<事務局長のサポート日誌>(その6)

●2021/6/22 本当に本当に勘弁してほしい 頭が痛すぎる

6月22日(火)

❶昨年秋にSOSで駆けつけて生活保護申請してアパート入居している女性Mさんと福祉事務所を訪問した。入居先の恒例の大家さんが「いつまで生活保護を受けているんだ。」「家賃を払っているからいいと思わないで」と時折、自宅にやってきて圧力を加える。福祉事務所には状況を説明してきた。でも事態は改善されていない。通院先のクリニックに診断書(意見書)を書いてもらうよう要請したが、「福祉事務所の要請がなければ意見書は書けない」と言う。以前、他の区で近隣住民の騒音問題でメンタルに大きな影響がでてしまい「意見書」を提出して生活保護費の一時扶助費を再度、給付されて、アパート転居できた事例がある。でも今日に訪問した福祉事務所では「前例がない。福祉事務所内での会議に諮っても否決される可能性が高い。」という。契約時の不動産仲介業者にも連絡を入れ大家への改善申し入れをおこなうが、Mさんの精神的圧迫は深刻なので、一時的に反貧困ネットワークのシェルターに一時避難して平穏を取り戻している。引き続き福祉事務所と交渉してもう一度のアパート入居と一時扶助の再支給を求めていく。
❷保護決定してアパートを探す。生保申請受理当日からビジネスホテルに宿泊できる期間は原則1カ月間(入居交渉が進んでいる場合、延長を更に1カ月の福祉事務所あり)保証会社の最終審査が通過しない事が続き、やっと通過しても急に大家が渋り、振り出しに戻る。今日3名の相談者からSOSが入る。入居が決まったがビジネスホテルの滞在期限に大家の受け入れがまにあわない。**福祉事務所からシェルターで受け入れてほしいとの依頼が続けてくる。対応が問題となった城東エリアの福祉事務所は、「今回は特別対応でビジネスホテルに宿泊させた。延長は認められない。無低に入所してほしい。」と言い張る。シェルターは既に満杯状態、居所を失った外国人の入居希望者が11名いる。連携する支援団体にも協力を依頼するが1名が限界、引き続き対応策を今週末までに決める。強行される東京オリンピックの影響で生活保護利用者の一時利用住宅としてのビジネスホテルは急速に縮小されていると聞く。福祉事務所がアパート探しをおこなう区は私が知る限り3区しかない。自分で探すか、支援団体に丸投げする。本当に本当に勘弁してほしい。頭が痛すぎる。

●2021/6/21 泪橋ホールは開店を待ちわびた山谷の住人たちが

6月21日(月)
❶週末も大車輪であった為に、午前は疲れを和らげる時間に充てる。午後からは湾岸エリアで、いつもお世話になり続けている福祉事務所で生活保護申請同行、12月に駆けつけ支援した20代の男性、都内ナンバーワンの対応をしてくれる**区福祉事務所で生保決定後にアパート探しの最終段階に時間がかかり、失踪してしまった後、5カ月振りに再度のSOSが来た。いつもお世話になっている福祉事務所は、相談係長も来てくれて失踪経緯を共有して、短時間でビジネスホテルを用意してくれて生活保護申請をスピード受理してくれた。
❷夕方は台東区にあるシェルターに移動、今日は入居者の引っ越しを手伝う。近くにある泪橋ホール、緊急事態宣言が解除されて久し振りにお店が開いた。店内にフォーク歌手の豊田 勇造さんがシェルターの管理人の内山さんと今後の東京でのライブについて打ち合わせをしていた。べ平連やフォークゲリラなどで活動、関西フォーク創世紀から一貫してメッセージソングを歌い続けている。1980年代に韓国の反体制詩人、金芝河の救援やタイのカラワン楽団との交流などを続けている事で知られていて、白石孝さんや内山さんが東京でライブを開催する時に尽力していると聞いていた。ぜひ反貧困フェスに出演してほしいと依頼!反貧困フェスいつか企画しないといけなくなってしまいました。
★今日の泪橋ホールは開店を待ちわびていた山谷の住人たちが次々とやってきて美味しそうにビールを飲んでいる。昔は悪さを繰り返してきた80代~90代のおじさんたちの笑顔が愛らしい。おじさんたちから「自由空間」をこれ以上奪ってはいけないよ。ちゃんとやれよ!コロナ対策!

 

 

●2021/6/20 日曜日なのに4か所からSOSが届いている

6月20日(日)
❶午後から社会的連帯経済を推進する会が主催する「コロナ禍を機にこれからの社会―地域を考える」連続WEBセミナー第1回「格差、貧困、差別に社会的連帯経済はどのように立ち向かえばよいか」に、つくろい東京ファンド代表理事の稲葉剛さんと一緒にパネリストとして参加させて頂きました。実は私も社会的連帯経済を推進する会の呼びかけ人に連ねています。
★コロナ危機は、医療・社会保障費の削減、労働法制の規制緩和を進めてきた新自由主義の問題点、貧富格差の拡大と社会的弱者への差別、を露呈させた。とりわけ危機的状況にあるのが低賃金で不安定な雇用条件で働いていた女性、若者、高齢者、外国人労働者、障害者、などの社会的弱者やマイノリティ、自助を強調する新自由主義「自己責任論」の対極にあるのが、自主的・民主的な経済活動を通じて相互扶助・共助・互恵の社会をめざす「社会的連帯経済」運動だ。稲葉さんも私も発言した事だが、小さな支援団体が住居を喪失した困窮者や公的支援から排除された外国人の一時利用住宅を市民から基金を集め提供する。明日からガス・水道が止められる状況下で即時に救済する制度がなく、支援団体が少額給付していのちを繋ぐ。排除された仮放免などの外国人は住居だけでなく食料と生活費もワンセットで「出口がない支援」を続ける。本来は公的部門が担うべき役割を果たさないから、小さな支援団体が脆弱な財税基盤のなかで支え続ける。こんな状況は続かないだろう!これは稲葉さんとの共通認識、労働についても、私たちが支援してきた多くの人々が、また非正規・派遣の仕事に戻っていく。また新自由主義の労働市場に戻すのでなく、たすけあい、経済的自立を図ることができる協同労働の仕組みをつくる事、例えば生協がネットワークのハブになり、横で繋がりあう住民連帯型の連帯経済をつくる事を本気で目指す事ができないか。協同組合に携わるリーダーの皆さんに真剣に考えてほしいと考えた。
★1844年にロッチデールの先駆者たちは、設立する組合の目的を、以下のとおりに掲げました。「本組合の目的と計画は、1口1ポンドの出資金で十分な資金を集め、組合員の金銭的利益と家庭的状態の改善をはかることにある。このために、次のような計画と施設の建設を実行に移す。
①食料品、衣類等を売る店舗を設置する。
②多数の住宅を建設または購入し、社会的家庭的状態の改善に協力しようとする組合員の住居にあてる。
③失職した組合員、あるいはひきつづく賃金の引き下げで苦しんでいる組合員に職を与えるため、組合の決議した物品の生産を始める。
④さらに、組介員の利益と保障を増進せしめるため、組合は若干の土地を購入、または借入し、失職していたり、労働に対して不当な報酬しか得ていない組合員にこれを耕作させる。
⑤実現が可能になりしだい、本組合は生産、分配、教育および政治の力を備える。換言すれば、共通の利益に基づく自給自足の国内植民地を建設し、または、回様の植民地を創らんとする他の諸組合を援助する。
❷今日は日曜日なのに、都内の4か所から「助けてほしい」のSOSが届いている。16時30分にシンポジウムが終了、17時30分には自宅から20分程の場所にある都営三田線の駅の待ち合わせ場所に到着した。所持金ゼロ円で力尽きた20代の男性、訪問営業の仕事がコロナの影響で自粛を迫られ雇止めされ、家賃滞納で住居を追い出された。もう野宿生活を続けている。今週に生活保護申請に同行する。
➌速攻で18時30分に待ち合わせしている錦糸町駅に向かう。20代前半の居所がない東南アジア国籍の20代の青年と支え続けてきてくれた女性と会う。詳しくは書く事ができないが、これまで住居を自費で捻出して命を繋ぎ続けてくれた女性に感謝、近くのタイ料理店でささやかな食事をご馳走した。外国人支援担当の原さんと一緒にヒアリング、在留資格から生活保護制度を利用する事ができる。但しビザ更新が半年以内に迫っており、アパートを確保して仕事ができる状態で生活保護を卒業している状況でビザ更新の時期を迎えないと圧倒的に入管との関係では不利だ。準備を充分におこない生活保護申請から就労ケアをおおこなう事とした。
❹20時30分に2名のSOS対応があるので新宿駅に戻った。1人目はまた20代の男性だ。所持金は800円、地方から上京したが、コロナのせいで会社が潰れ、日払いの仕事で食いつないでいましたが緊急事態宣言のせいで仕事がなくなり力尽きたとの事、今週に生活保護申請に同行する。5月以降のSOSは20代が7割を占めている。
❺最後は、ネコと一緒に1カ月間も野宿生活を続けている女性を私の友人が声をかけてくれて私に繋いでくれた。反貧困犬猫部の稲葉剛さんは日頃は沈着冷静だがネコの事になると燃える男に豹変する。犬猫と一緒に暮らせる個室シェルター「ボブハウス」が奇跡的に空いていたので21時30分に「ボブハウス」で待ち合わせた。電車が止まっているのに、稲葉さんは6600円かけてタクシーで駆けつけてくれた。とても可愛く犬のようにすぐ人間になつくオスネコ君だ。ネコちゃんの前の稲葉さんの笑顔、本当に嬉しそうだ。女性はコロナの影響で家賃を払えずに福祉事務所に何回も生活保護の相談にいった。福祉事務所は3回も通い続けた相談の窓口で「ネコを処分しないと生活保護は申請できない」と追い返されて、電車にネコちゃんと一緒に新宿で野宿生活をはじめた。野宿仲間のおっちゃんたちが優しく出迎えてくれる事を知っているからだった。この福祉事務所を絶対に許せない。
必死に愛するネコちゃんと生き続けようと福祉に頼った彼女に対し「処分しろ!」とは何事か!反貧困犬猫部は徹底的に守り抜く。もう安心していいよ!

●2021/6/19 ガーナの高校生とお母さんがゲストトーク

6月19日(土)
❶今晩は小金井で、闘う同志でもある小金井市議の片山かおるさんに呼んで頂いた講演会がある。緊急アクションの相談フォームに池袋から所持金150円の状態で20代の女性からSOSが届いている。小金井の講演会が終わってからの駆けつけになると21時を確実に過ぎる。池袋で対応して小金井に向かえばよい。1時間15分あれば移動できると思った。
❷池袋で待っていた20代の女性、「コロナ感染症対応休業支援金」の申請中で給付金の決裁が下りるか、給付日がいつか解らない。既に居所がなくネットカフェ住まいで所持金150円の状態、最近、支援金(貸付金)給付待ちで、いつ頃入金されるか解らずにその間に力尽きてしまう事が多い。コロナ支援金は申請して入金されるまでに最大3カ月かかる場合もあると聞く。事務処理の流れの抜本的迅速化を急ぐ事ができないだろうか。相談者は明日、面接を控えている。その結果を踏まえてチャレンジネットの一時利用住宅を申し込むか、仕事が決まらなければ、生活保護申請に同行するか決めていこうと話した。
➌池袋の街が混雑している。西武デパート入口付近も大渋滞、池袋から抜けられず首都高⇒中央高速も大渋滞、想定外の池袋➡小金井まで移動時間が2時間もかかり講演会開始時間に遅れてしまった。片山さんのフォローで無事に終了できた。パルシステム埼玉の講演会に続いて、三郷市の教会で暮らすガーナの高校生ミラクルちゃんとお母さんキシワさんがゲストトークに参加、ミラクルちゃんには在留資格を認めるものの、両親は帰国させられる可能性が高いという入管からの通告、家族全員で在留資格を求めているのに家族を引き裂こうとしていたが、昨日、家族全員特定活動が認められたとのニュースが舞い込んだ。これからは働けます。ミラクルちゃんは来年大学受験、今日も友人に聞いた給付型奨学金の情報提供、みなさん応援してください。

●2021/6/18 在日女性はヤン・ヒウンの歌が大好きだと笑った

6月18日(金)
通常はSOSが集中する金曜日ですが今日は静かです。今日の駆けつけ支援は1件のみです。
★都内某所のスーパーマーケット前で待っていてくれたのは在日コリアンの30代女性でした。日本語学校で学んで10年以上前に来日して真面目に働いてきた。コロナウイルスが感染拡大して以降、来客の減少もあり仕事を辞めるしかなかったようです。当時の居住地である千葉県の**市に生活保護申請の相談にいったら、福祉事務所の相談員は、「韓国の親族に世話になれば良い」と言い放ち追い返したようです。数日間は公園で野宿して現在のゼロゼロ物件のアパートに入居できたが、来月中旬までに家賃が払えないと追い出されるようです。でも平気です。追い出されたり野宿する事はもうありません。使える行政と民間の支援制度を組合せていけば、ちゃんと乗り越える事ができます。生活保護申請する場合も一緒に同行すれば平気です。所持金二千円で20日間過ごすしかないとの事だったので食費をお渡ししました。とても安心していました。
★私のオンボロ車に韓国の反体制フォーク歌手のヤン・ヒウン(揚姫銀)のCDがある事を彼女が気づいた。1970年代の韓国の民主化運動で『朝露』を歌った、ヤン・ヒウンの歌が大好きだと笑った。日本の福祉事務所が「助けてほしい」と相談してきた在日コリアンの女性を追い返す事など許せない。本当にゴメン!市民の民衆連帯で乗り越えよう。
★朝露 (アチミスル) 日本語訳
長い夜を明かし 葉の一枚一枚に宿る 真珠よりも綺麗な朝露のように私の心の悲しみが 一つ一つ結ばれるとき 朝 丘に登り 小さく微笑む 太陽は赤く昇り真昼の蒸し暑さは私への試練なのか 私は今行く あの荒れた広野に悲しみを全て拭い去り 私は今行く

●2021/6/17 企業組合あうんで家具什器選びをおこなう

6月17日(木)
❶午前は反貧困ネットワークで会計業務を担当しているMさんを連れて企業組合あうんで家具什器選びをおこなう。Mさん自身もコロナ災害の影響で勤務先から雇止めにあい家賃滞納で住居追い出し直前にSOSをくれて駆けつけ支援した時に日商簿記2級の有資格者である事から、立ち上げ時にあった法人反貧困ネットワークの会計実務をお願いした。昨日にようやくアパートに入居して新しい生活をスタートさせた。反貧困ネットワークでは2名の当事者が有給スタッフとして私たちの働く仲間になっている。
❷午後から、社民党の皆さんが、反貧困ネットワークの支援現場の視察に来てくれました。
福島みずほさん(党首)大椿ゆうこさん(副党首)服部良一さん(幹事長)朝倉れい子さん(全国一般三多摩労働組合書記長)とスタッフの皆さん、先月に呼んで頂いた社民党シンポジウムの際に「現場に来て当事者と直接、話をして現場の事実から政策をつくるべきだ」と提起したら、本当に現場に来た!服部さんは数日前に、住居を喪失してネットカフェに暮らす人々の現状をリアルに体験する為に、ネットカフェに泊まったといいます。今日は泪橋でシェルターに住む外国人のPさん、生活保護申請に同行して保護決定されたばかりのSさんの当事者自身の体験談を聞く事含めて、反貧困ネットワークの活動を説明しました、企業組合あうんに移動して、理事長の荒川さんから活動説明を受けました。失業し野宿を余儀なくなくされた元野宿生活者を中心に2002年に仕事おこしの取り組みとして始まった・「労働者同士が支え合い、使い捨てでない労働である「協同労働」の実践は、反貧困ネットワークの今後の目標でもあるのでます。
➌社民党の皆さんを見送り、シェルターに戻り3名の入居者と近況について確認、共通していえる事は、生活保護申請同行時点では、「**さんは自立生活ができるか見極めが必要で簡単にアパート生活を認める訳にいかない」といっていながら、ケースワーカーはその後は放置状態であり、私たち支援団体に丸投げ状態である事、これでは自立生活の援助とはいわないでしょう。その事を実感しているのは当事者なのですよ。シェルターに入居しているK君は今後の自立生活を目指して、シェルターの管理人である内山さんから、お米の研ぎかたから自炊生活の基本まで手取り足取りのレッスンを受けていました。
❹夜は六本木からのSOSに駆けつける。12月に駆けつけ支援した20代の男性、若くして自らITベンチャー企業を立ち上げたがコロナ禍が拍車をかけて経営不振、従業員は守り、本人は全ての財産を捨てた。12月に生活保護申請同行してアパート探しの段階で連絡をたった。自殺も考えたけれど死ねなかった。何とかもう1回やり直したいという。来週もう1回生活保護申請に同行してもう一度スタート台にたつ。

●2021/6/16 コミュニティースペース Kosatenを訪問

6月16日(水)
杉並区善福寺近くの交差点にあるコミュニティースペース、 Kosaten(あなたの公-差-転)。を訪問しました。反貧困ネットワーク職員の原さんと浅見さんも一緒です。様々な人たちの交差点です。「すべての人を排除しない」ことを理念としており、食料に困っている人向けのパントリーや、日本在住の外国人ならびに外国のルーツを持つ人たちが悩みを共有したり相談できる「ボーダークロッシング・ドロップイン・センター」などの取り組みも行われている。
★主宰しているイギリス出身の太田エマさんとは、大人食堂で出会った。先日開催したワーカーズコープとの仕事探し交流会にも参加してくれた。Kosatenパントリーともう一つの南荻窪で開催しているほたるパントリーあわせて50世帯が利用している。外国籍の方も多く参加している。仮放免状態に置かれて経済的困窮にある方も来られている。
★都内でいくつかの外国人コミュニティがあり、定期的な食料配布会が開催されている。しかし配布食料調達ルートと財源が脆弱なコミュニティが多い。市販の野菜を購入して集まってくる人々に配っている光景も見た。
★働く事も許されず、移動する事も許されず、健康保険もなく、昨年のコロナの定額給付金からも排除された、何の公的支援も受けられない外国籍の人々。「ささえあい基金」で延べ1400件の外国人給付支援をおこない命を繋いできた。シェルターも開設して住まいを失った外国人の宿所提供もおこなってきた。しかし団体単体支援は限界がある。先日、農民連に訪問させて頂いた時に、全国の生産農家からのお米や生活困窮にある外国人を対象にした拠点単位の共配システムが協働できないか話題にした。地域単位の子ども食堂ネットワークとの連携も考えられる。単に給付金を配るだけではいけない。地域と繋がり重層的な「ささえあい」が必要な段階にきている。

●2021/6/15 安心できる雰囲気での申請受理となった

6月15日(火)
❶今日も朝から**福祉事務所での生保申請同行でした。二週間前に埼玉県北部の道の駅で車上ホームレス状態でSOSがあり駆けつけた兄弟、先週はお姉さんの生活保護申請に同行した。今日は一緒に車上で暮らしていた弟のNさんの申請同行、ギリギリまで都内で寮付きの仕事を探していたが見つからず、お姉さんの近くに住みたいとの事なので来週火曜日に同じ福祉事務所で保護申請です。無事に受理されました。世帯分離での生保利用なのでアパートも二部屋探す必要があります。地域密着型の小さな不動産さんに聞いてみよう。
❷午後からはお馴染みの福祉事務所に移動しての生活保護申請同行、他の支援団体に急遽依頼されての居所がない相談者の居所設定を急遽おこなう。福祉事務所ロビーには他の支援団体の友人3名と遭遇、コロナ災害の長期化でそれぞれが困難事例の対応、いつの日かコロナ災害が終息してほしい。ひとりで生保申請しても追い返される事もなく、無低に入所される事にない日が来る事を願う。同行した40代のGさん、SOSメールに「このままだと完全ホームレスです。最悪自殺も考えてます。」今日の同行の前に電話で意思と当面のゴールを確認して今日を迎えた。担当した相談員もケースワーカーも対応が良くGさんにとっては安心できる雰囲気での申請受理となった。
➌6月5日から反貧困ネットワークの常勤職員となった女性相談員の藍野さん、暫くは一緒に動いて福祉事務所や相談者面談に同行頂いている。もう1週間も過ぎているのに昼ごはんをお店で一緒に食べていない。午前と午後の現場移動、1時間の食事休憩すら忙しくとれず、コンビニでの食料調達ばかり、今日は福祉事務所前でパンを立ち食い。早く一緒にラーメン食べにいこう。

●2021/6/14 経営者も従業員もボロボロにされた

6月14日(月)
❶午後から湾岸地域の福祉事務所に申請同行、先週木曜日に駆けつけ支援した30代の真面目な男性、喫茶店を経営、支店も開店させて順調だったが、コロナ禍で経営危機に陥り、全ての店舗が閉店となり多額の負債を抱えた。家も失い全てを失った。既にコンビニでバイトを始めているが、とにかく家がないと危ない。無事に申請受理、早期にアパート入居を目指す。それにしてもコロナ禍における緊急事態宣言の連続で飲食店の打撃は大きい。喫茶店は「家賃支援給付金」の対象だった。経営者も従業員もボロボロにされた。政府の責任は大きい。
❷隔週開催の反貧困ネットワーク実務担当者会議に向かう前に新宿区内のビジネスホテルに向かう。一昨日に最果ての東北の地からSOSメールをくれた20代の青年S君が上京した。幼少期から父親からの虐待を受け続けてきた。母親も耐え続けてきたが、もう限界と思い、母親も賛成して「東京に逃げるように」送り出してくれた。将来の希望も聞いた。今まではやりたい事ができなかった。これからの希望も聞いた。20代の若者の夢を実現するために一緒に生活保護申請に同行してアパートでの自立生活を目指す。
➌今日、嬉しい事があった。朝に福祉事務所から嬉しい連絡が届いた。1月に川崎駅近くで出会い、二回目に会った時には慣れない夜の警備で股関節が痛くて歩けなくなった 40 代の女性 M さん、いちばん信頼できる福祉事務所で生保申請、同日に総合病院で受診、癌が見つかり緊急入院した。2 日遅れたら脳内出血なども併発する可能性が高かった。あの日から4か月、コロナの影響で見舞いにいく事も許されなかった。今日退院が決まった。アパートが決まるまで、先週開設した女性専用のシェルターに入居してもらう事にしました。来週に退院して荷物を積んでお引越し、いつも腹ペコ状態だったのであの時食べた久し振りの「安楽亭の焼肉」か「揚州商人の担々麺」に寄ってシェルターに向かう。夜景が綺麗だ。シェルターは5室、先週開設したのに、もう3部屋埋まった。泪橋のシェルターも満室、住まいがない外国人が待機状態、いくらあっても足りない。
❹夜の反貧困ネットワーク実務担当者会議、嬉しい事がまた二つ、昨年冬に東京駅八重洲ブックセンターで所持金1円で出会った20代のYさん、あの時泣いていたYさんは「助けられる側」から私たち反貧困ネットワークで共に働く仲間になった。同じような境遇にある女性相談者の相談相手になり励ます。女子会を起ち上げ、大人食堂の時の給付管理を一手に引き受ける。以前の有名企業の職場でもチームリーダーだった。今日から正式に仲間になった。優秀すぎてボロボロにされたから、今度をゆっくゆっくり無理しないでいこう。
❺反貧困ネットワーク実務担当者会議はZOOMでもスタッフが参加できる。反貧困神奈川の杉浦さんは車中から参加、横で手を振るのは、先週末に、海老名駅の公園からFAXでSOSをくれたMさん、金曜まで半年の野宿生活に耐えてきた。絶望のどん底の中、反貧困ネットワークの活動を新聞で知りました。このFAX代かパンを買うか迷いましたが、FAXを送る事にしました。最後の100円玉です。どうか助けてください。体力も限界ですが、日が暮れるまで公園でお待ちしています。」あれから3日、杉浦さんたちはMさんのアパートを既に見つけた。Mさん。もう独りじゃないよ。もうたくさんの仲間がいるから!

●2021/6/12 用心深くも「東京の夜を駆ける」

6月12日(土)
❶今日の駆けつけ支援は1件のみ、木金で合計10件を超える駆けつけをおこなった事はイコール翌週の昼間の予定が生活保護申請同行で埋まってしまう事を意味する。とりあえずホッとする。
❷定番の新宿駅西口で待ち合わせしたIさん、通信事業の訪問営業の個人事業主、コロナで訪問営業が1年以上も真面に出来ず、家賃滞納で住まいも強制退去させられたという。順調な時期は年収1000万円を超える時期もあり、まさかホームレスになると思わなかったと!生活保護の知識はなし、いつものように「生活保護を利用して住まいの暮らしを取り戻しましょう」と提案、来週に一緒に生活保護申請する事にした。
➌移動中の車内のスマホから「怒鳴り散らす声」が響いた。「お前らみたいな連中は皆殺しにしてやる」昼間に非通知設定からの電話が来た。某公園からの電話、40代の気弱そうな男性の声だ。公園で知り合った知人から私たちの団体を聞き、携帯を借りて連絡をしたという。お金と泊まれる場所がない、私たちに連絡すれば助けてくれると聞いた。電話も身分証明もない。とりあえず私は電話を貸してくれた知人に電話を代わってほしいと伝えた。「給付金目当て」を防ぐためだ。電話はすぐに切れた。
そして暫くして「怒鳴り散らす声」が響いた。公園で野宿に陥った人に声かけして電話をかけさせてお金を巻き上げている連中がいるのかもしれない。ここの公園では困窮者に声かけして貧困ビジネスの施設に入所させ生活保護費をピンハネしている連中が多くいる。私たちの支援活動は危険リスクが高い。おいそれと誰にでも「駆けつけ支援」をお願いする訳にはいかない事情がここにある。本当に「助けてほしい」とメールをくれた相談者がいる以上は続けていく。用心深くも「東京の夜を駆ける」

●2021/6/11 朝日新聞がひとりの命を繋いだ

6月11日(金)
❶日曜から木曜まで連日の午前から21時過ぎまで支援業務が続いていたので今日の午前は休息にして多発する金曜日のSOSに備えた。昨日夕方にたて続けに来て翌日に持ち越したSOSの対応が3件控えていて電話掛けして面談予約、夕方からの駆けつけに備えていた。
★反貧困ネットワーク事務所にいる阪上さんから電話が入る。事務所に神奈川県の海老名市の公園からFAXが届いている。対応できないか?夕方まで公園にいる。達筆な字体と居場所の地図、そしてこのように書かれていた。「絶望のどん底の中、反貧困ネットワークの活動を新聞で知りました。このFAX代かパンを買うか迷いましたが、FAXを送る事にしました。最後の100円玉です。どうか助けてください。体力も限界ですが、日が暮れるまで公園でお待ちしています。」神奈川担当の杉浦さんに連絡をとる。誰か駆けつける事はできないか!しかし反貧困神奈川の仲間たちは全員が昼間は仕事を持っていて夕方まで駆けつけるメンバーがいない。全員がボランティアなのだ。今日の夕方に会う予定だった相談者全員に連絡をとり時間を変更してもらい自宅の練馬から首都高速と東名高速で向かうが渋滞と公園の場所がよく解らず到着時間が17時となってしまった。公園に相談者Tさんは見当たらない。もう諦めてしまったか、でも簡単に帰る事はできない。1時間近く待ち、もう帰るしかないと思った頃に、Tさんの姿が見えた。「本当に来てくれたのですね。もう来られないと思いました。」Tさんは泣いていた。北関東出身で厚木方面で働いてきたが雇い止め。近隣の福祉事務所で生活保護申請したら無低送りになりそうになり生活保護を断念、図書館で朝日新聞読んで最後だと思いFAXした。今日から近くのビジネスホテルで3泊、杉浦さんが21時に来てくれてTさんと打ち合わせして月曜日に生活保護申請する事になった。本当に良かったです。この時ばかりは「朝日新聞がひとりの命を繋いだ。」
❷当初の予定より4時間も遅れてしまった。20時30分に上野駅でお会いしたNさん 数日前に埼玉県北部の道の駅で車上ホームレス状態でSOSがあり駆けつけた兄弟、お姉さんの生活保護申請に同行した。一緒に車上で暮らしていた弟のNさんはギリギリまで都内で寮付きの仕事を探していたが見つからず、お姉さんの近くに住みたいとの事なので来週火曜日に同じ福祉事務所で保護申請します。都会の暮らし これからもささえあって生きていく、応援していきますよ。
➌次の相談者は南千住の泪橋交差点で待っていてくれたMさん、21時を過ぎてごめんなさい。Mさんは西成や寿でもドヤで暮らしながら日雇いで働いてきた。長期化するコロナ禍で飯場の仕事もなくなった。給付金を渡し、1泊2000円のドヤで週末暮らす。ドヤに住んでいても寿のある横浜市中区では無低に入所強要されたという。山谷ではどうかと聞かれる。ほしのいえの中村シスターに電話確認してみた。山谷のドヤに泊まりドヤ領収書を持参すれば台東区役所では、ドヤに住み続けながら生活保護を利用できる。無低や施設にいれられそうになったら必ず連絡をもらう。駆けつけるよと伝えた。Mさんは笑った。
❹今日の最後の駆けつけ支援は新宿駅西口、22時を過ぎていた。待っていたのは20歳の青年、建築系のバイトで雇い止め、生活保護は考えていないと言い切る。私はこう伝えた。
「今後も東京で暮らすのであれば「住まいの安心」をまず最優先させた方が良いと思います。日々、日払いの仕事はあるか、寝泊まりするお金はあるか考える日々より、生活保護制度の利点であるアパートでの暮らしを利用した方が良いです。コロナ禍で仕事がなかなかみつからない状況です。焦ってはダメですよ。」帰宅したらメールが届いた。「生活保護申請を前向きに考えようと思いました。協力してくれますか。」もちろんです。いつでも同行するよ。

 

 

●2021/6/10 もう勝手に絶望してはダメだよ!

6月10日(木)
❶「いま森の中にいます。死のうと思ったが死ねなかった」二週間前にメールが届いた。「生きていて良かった。会いたい。」と返信、五日前に埼玉県内の田舎のバス停からのSOS、今日、再度の生活保護申請同行となった。二月末に出会い★★福祉事務所で生活保護申請同行してアパート探しを続けてきたが、家賃保証会社の審査がなかなか通らず、担当CWは支援者である私にあえて連絡せずに「期限が来たのだからビジネスホテルを退去して自立支援施設にいけ」と強要、彼は突然連絡を絶ち消えた。親の多額の借金を返済するために好きだった仕事を辞めて夜の仕事で全ての金額を返済した。なのにコロナ禍でお店の客が来なくなり閉店の憂き目にあう。オーナーから「つけでもいいから客を呼べ」と言われて代金を支払う事ができない客を呼んで代金を肩代わりさせられた。彼は死にたいと考えた。「消えていなくなりたい。」死のうと考えた彼がもう一度生きようと考えて生活保護を利用したのに★★福祉事務所の無責任なCWは再び彼を追い込んだのだ。今日はあえて都内でいちばん丁寧な対応とアパート探しまで担う福祉事務所での生活保護申請を選択、今日から再びビジネスホテルに宿泊、今度はまめに連絡をとりあおう。もう勝手に絶望してはダメだよ!
❷午後から大田区内で週末から新規開設する予定のシェルター5室の家具什器搬入があるので向かおうとする直前にSOSメールが入る。大田区内のとある駅からだ。切実な内容である為、1時間以内に会おうと返信する。予定を変更だ。シェルターの最寄り駅に来てもらう事にした。今晩からコンビニのバイトをはじめるが、給料支給日まで1カ月ある。宿泊先もない。反貧困ささえあい基金の給付金はあくまで短期間の繋ぎでしかない。社協に聞いてみても居所がない場合の即日の給付や貸付制度は存在しない。相談者のBさんに事情を聞く。神奈川県内で喫茶店を経営、支店も開店させて順調だったが、コロナ禍で経営危機に陥り、全ての店舗が閉店となり多額の負債を抱えた。家も失い全てを失った。コンビ二のバイトだけで生活再建の道は長過ぎる。コンビニでバイトをおこなうが、来週に一緒に生活保護をいったん申請して一時扶助費でアパートを借りる。住まいの安心から基盤をつくる。政府の無策の責任は大きい。コロナ禍が長期化して飲食店の倒産が増え続けている。
➌大田区内に新たに開設するシェルター5室、週末からの入居者を受け入れる為に今日は企業組合あうんの協力を得て、家具什器(洗濯機・冷蔵庫・レンジ・机・ケトル)と布団セットの納入です。とても優しい笑顔の大学教員の夫婦さんが私が出演したTBSテレビを観て連絡をくれたのです、安保法制反対教員の会で国会前で一緒だったはずですね。これから宜しくお願い致します。優しく暖かなシェルターになりそうです。
❹急ぎ練馬区内に戻り、女性のCさんの住宅相談、8月末で家主都合でアパート取り壊しに伴う退去が控えている。所持金や資産の関係で生活保護の対象でないが、病気の関係で無職状態が長く、逆にアパートを探しづらい。不動産仲介の柿本さんと一緒にアパート探しを急ぐが、もうひとつの悩みである孤独、同じ練馬区民として連絡をとりあう。
❺夜は練馬駅前のココネリで5月24日に開催した「吹っ飛ばそう!貧困inねりま 振り返りの会」でも今晩も集中できず途中で退出、夕方以降、新宿・上野・南千住・池袋・さいたま市合計5件のSOSメールが連続して届く。ひとりひとりの回答に時間がかかる。今晩駆けつけないと野宿になる相談者、明日に対応しても生き延びる事が可能な相談者、全員が深刻な内容だ。「自殺を考えている:とにかく回答する。「もう独りじゃないから」
今晩は練馬から新宿の相談者に駆けつけ、南千住は企業組合あうんの中村光男さんに駆けつけてもらった。明日は3件の相談者の対応に入る。本当に底抜け状態だ。

●2021/6/9 本を受け取る、これからリュックサックが重くなる。

6月9日(水)
❶朝9時からの社労士さんとのZOOM会議を終えて、10時からの福祉事務所の生活保護申請同行に駆け込んだ。二週間前に埼玉県の道の駅からSOSを頂いた40代の女性、乗っていた軽車両を売却したが、殆どお金にならず今日の生活保護申請に至った。1カ月半の車上生活で足がパンパンに晴れていた。今日からビジネスホテルより広い東京都が運営する宿所所供施設で暮らしアパート探しをおこなう。ちなみに6月20日に開催する社会的連帯経済を推進する会シンポのZOOMでの事前リハーサルは福祉事務所の面談室からのライブ参加となった。まさに分刻みです。
❷午後からの同じ福祉事務所での生活保護申請同行はまたまたの「すっぽかし」SOSを受けて駆けつけ支援した際に、全く荷物を持っていない状態(ネカフェに預けている。コインロッカーに預けているなど)で面談する男性の多くが「すっぽかす」市民からの善意の給付金なのに、残念というしかない。
➌お茶の水の「社会評論社」に移動して6月17日に刊行予定の「新型コロナ災害緊急アクション活動日誌 2020.4 - 2021.3―死のうと思ったが死ねなかった 最後だと思いSOSのメールした。やり切れないほどの独りぼっち、 路上からの悲鳴が止まらない!」が出来上がったので引き取ると同時に今後の販売拡大について打ち合わせ、私みたいな無名人の著作本なのに社会評論社の松田社長は「社設立50周年、社の命運をかけて二千冊を初版でつくった」と力説する。手売りを当面頑張るしかない。これからリュックサックが重くなる。
❹反貧困ネットワークの事務所に戻り、「都内城東地域の支援者・自治体議員の合同ZOOM会議」を開催した。小椋区議と一緒によびかけた。東京都内における自治体別の福祉事務所における生活保護申請受付の対応格差が著しい。私自身都内で過半数の福祉事務所で生活保護申請に同行しているが、都内23区で特に城東地域の対応が厳しい。事例として
A無料低額宿泊所、自立支援施設入所を生保申請受理の条件
B東京都協議ビジネスホテルを一時宿泊先として提供しない。
Cアパート入居の見極めを約3カ月かける。無料低額宿泊所に入所させ、集団生活・ゴミ出し・家計管理ができるかの評価に時間をかける。実態は無低NPOに評価を丸投げ
D現在地保護が徹底されていない。区外のドヤ・シェルター・ネットカフェでの宿泊した場合、追い返す。
今日の会議を契機として。❶城東地域(中央区、台東区、墨田区、江東区、葛飾区、江戸川区)城北地域一部(北区、荒川区)の生活保護申請時の福祉事務所の対応についての実態把握と改善点の整理❷生活困窮者自立支援制度の委託先、一時生活支援事業における居住支援事業の実態把握➌生活保護申請同行やアパート生活、その後のフォローなど自治体議員の協力体制づくりに取り組む。

●2021/6/8 板橋区内にある農民連を訪問しました

6月8日(火)
❶午前は板橋区内にある農民連を訪問しました。農民連とはパルシステムがTPP反対運動に取り組んでいた事から議員会館前の批准阻止行動など、長い繋がりがあります。5月GWの大人食堂の際には事務局の藤原あさ子さんに直前の要請に関わらず多くの青果とお米を支援頂きました。単発の一方的な要請でなく、反貧困ネットワークとして日常的な連携ができるか意見交換をおこないました。
★農民連からは「コロナ禍による需要減で米の過剰在庫が生まれ、米の販売不振と米価下落は底なしの状態」が続いている事、過剰在庫は政府が責任をもって市場隔離し、需給環境の改善で米価下落を防ぐことを求めている。その一方で、コロナ禍で職を失い、米を食べられない生活困窮者や学生への食料支援に回すことなどを農水省に求めている。既に農民連では昨年から生活困窮者や学生に米や野菜などの食料支援に取り組んでいる。特に興味を持ったのは、お祝いの贈り物などで幅広く利用できる「全国共通おこめ券」がコロナ禍での生活困窮者対策に使用されていること。(1)米関連商品など幅広く利用でき、(2)使用期限がない、(3)配送費を抑え、より多くの支援が行える――などのメリットがあるとの事。
★私からは仮放免など公的支援を受けれない外国籍の人々が食べる事すら困難な状態で「全国共通おこめ券」を食料配布が可能な外国人コミュニティーで配布できないか、青果や農産加工品を農民連と連携して共同購入配送が実現できれば良いかな!と呟く。先週、城南信用金庫の吉原顧問とも「地域通貨」を就労含めて運用できないか論議を始めている。「呟きと連携力」で分かち合いの事業を構想してみよう。
❷群馬県最北端の町から20代の女性からSOSが昨日届いていた。所持金は0円、でも「夢をまた追いたい」と書いてある。でも居場所がさっぱり解らない。反貧困ぐんまの仲道さんに同報メールを送信しながら「居場所を教えてほしい」と連絡を取り続ける。午後に居場所が解った。仲道さんは既に近くまで駆けつけてくれていた。仲道さんに何人もの相談者の命を繋いで頂いた。今週中に生活保護申請同行、既にアパートも見つけてくれた。凄い!
➌午後は、2カ月前に深夜の公園のトイレからSOSを受けて支援継続中の女性Sさんと三回目のケースワーカー面談同行、辛かったフラッシュバックが面談の長時間の話題にならないように注意深く見守る事が私の役割、今日無事にアパートでの自立生活のGOサイン!笑顔がはじけた。
❹明後日から入居できるように、新規開設予定のシェルターの最終設備確認をおこなうために大田区に向かう、週末には1名の女性が入居する予定だ。優しい大家さんが出迎えてくれた。明後日に家具什器を搬入して入居開始だ。
❺最近、会えていない少し心配な大田区在住のT君宅に安否確認もかねてアパート訪問して元気である事を確認して、港区からSOSをくれた40代のSさんに会いにいく。居所はない。連絡を受けた時に、追い返しで有名な**福祉事務所で生活保護申請を考えていたらしい。無謀な申請、確実に施設に収容されてしまう。週末に緊急アクションの熱血自治体議員が生保申請に同行してくれる事になった。やつぱり多くの福祉事務所にひとりで生保申請にいくのは無謀だという事。いつまでこのような現実が続くのだろうか。

●2021/6/7 今晩も5か所からのSOS、とっくに底抜けしている

6月7日(月)
❶午前は台東区役所でのAさんの生活保護申請同行と昨晩深夜にSOSメールを頂いた相談者Bさんとの待ち合わせ、日曜日から反貧困ネットワークの常勤に加わった藍野さんも一緒だ。しかし両者とも役所にある福祉事務所に表れずじまい。でも本当にすっぽかしだったんだろうか。Aさんは先週に三ノ輪にある「ほしのいえ」の中村シスターを頼って駆け込んできた。宿泊先の山谷のドヤからバスで上野駅に路線バスに乗り込んだ以降、連絡が途絶えた。Bさんは昨晩に入谷方面で野宿していて区役所に徒歩で向かっていて、あと20分で到着すると電話で連絡を交わして以降、電話が繋がらなくなった。上野公園入口付近には野宿している、野宿しているように見える人に声をかけて、「一緒に生活保護申請に同行できる。仕事もある。今日から泊まれる施設があるから」と誘う連中がいる。NPO支援団体であると言い、ワゴン車に乗せられて無料低額宿泊所に連れていかれて施設収容されて容易にでてこれない。二人は連れていかれてしまったのだろうか。何故、急に連絡が途絶えたのか、とても心配している。
❷午後から浦和駅近くにあるパルシステム埼玉の組合員活動スペース、ぱる★てらすで開催される講演会「コロナ禍が影響を与えた日本の貧困問題」での講演、最近、埼玉県内からのSOSが増えている。道の駅の車上ホームレスからのSOSも届く。埼玉県内には川口・蕨に多くのクルド人の皆さんが居住している事をはじめ、各地で多くの外国籍の方が居住している。反貧困ささあい基金からの給付記録では「難民申請しても認められず仮放免状態で働く事も医療も受ける事ができない。」「働きたいのに働いてはいけない。もう何日も食べていない。」「家賃が払えずもうすぐ追い出される」最近では連日のメールと電話が来ている。
1時間30分の講演会のうち30分の時間をクルドを知る会の温井さん、埼玉県在住の仮放免の当事者自身に窮状を組合員に直接語って頂く事にした。スリランカ国籍のパートナーと暮らす戸田市在住の久保さん夫婦と三郷市の教会で暮らすガーナの高校生ミラクルちゃんのお母さんキシワさんが涙を浮かべながら入管の実態、仮放免ゆえの経済的困窮の実状が語られる、ミラクルさんは助産師になる夢に向かって、勉強を続けています。しかし高校卒業後、ミラクルさんには在留資格を認めるものの、両親は帰国させられる可能性が高いという入管からの通告、家族全員で在留資格を求めているのに家族を引き裂こうとしている。キシワさんは地元の子ども食堂にも参加して地域の子どもたちの支援に関わっている。本来は公助で何とかすべき事だ。でも共助がないと死んでしまう。パルシステムの組合員ひとりひとりが身近にいる外国籍の窮状を知ってほしいし、地域で連携してほしい。その意味で今日の講演会の意味は大きいし各地域で企画するので呼んでほしいと思う。
➌埼玉から衆議院第二議員会館で開催されている、公正な税制を求める市民連絡会主催の国会議員と対話集会のリレートークで発言させて頂いた。コロナ禍を契機に、社会保障制度を支える税制、財政問題を考え、政策実現を共にすすめていく内容、しかし私自身は現場の凄まじいリアルを語るしかない。「私の車に乗り当事者の窮状をリアルに知ってほしい。」
発言後、蒲田駅で20代の青年からのSOSに向かった。今晩も5か所からの「助けて」のSOS、とっくに底抜けしてしまった。外国人担当の原さんの元には20人の住まいを失いそうな外国人からのSOSが来ていると聞いた。政治は何をやっているんだ。

●2021/6/6 公助の責任を果たせ!長い1日が終わった

6月6日(日)
❶日曜朝に横浜市に向かう。朝10時から神奈川民医連の第12回学術運動交流集会「コロナ禍で広がる貧困~この時代を乗り越えるために私たちができること~」の講演です。神奈川民医連は県内各地で無料低額診療に取り組み、食糧支援なども取り組みを始めています。今日はZOOM参加が中心ですが約500名の医療従事者が私の講演を聴講してくれたようです。公的医療すら受ける事ができない外国人の支援を続ける私たちにとって、今後の民医連の診療所や病院との連携が必須です。神奈川県内の福祉事務所あちこちで「追い返し」や施設入所を条件とした生活保護申請受理など「違法対応」が目立つ。連携して問題を解決していきたい。
❷午後から池袋のワーカーズコープ本部8階を借り切り「第3回しごと探し・しごとづくり相談交流会」を開催した。ワーカーズコープと反貧困ネットワーク新型コロナ災害緊急アクションとの共催、相談者は16名、これまでの相談交流会で、ワーカーズコープで何人か就労を受け入れていだたいている。就労は、最初は週1日からはじまり、徐々に広げる。単なる就労支援でなく、痛んだ心を少しづつ和らげていく。対話や交流を重ね、孤立を防ぐ。そして共に働く「協同労働」今日は、緊急アクションの相談メールにSOSをくれて駆けつけ支援をおこなった相談者だけでなく、杉並区にある「公差転」のエマさんと葛飾区四ツ木を拠点にする「アディアベバ・エチオピア協会」の滝さんが今後の外国人の就労や持続的な食料支援などの連携を求めて参加してくれた。大人食堂で出会った埼玉県三郷市在住のガーナ国籍の女子高校生ミラクルさんも参加してくれた。日本で生まれ育ちながら在留資格がなく、強制送還の対象となっている外国人の子どもだ。支援を受ける教会の一角で、両親と暮らしています。この10年、家族全員、仮放免の立場で過ごしてきました。ミラクルさんは来年春に大学進学の夢がある。在留資格を認めさせる運動への支援と大学進学のための奨学金支援を流暢な日本語で訴えてくれた。「普通の人間なのに違う扱いをされて、すごい心が痛くなる。
★今日の企画で嬉しかった事は、私たちが駆けつけ支援した3名の女性が女子会を立ち上げた事、前回までは相談者として参加していたのだけれど、この交流会で出会い友だちになった事、ベトナム国籍のRさんは定住ビザを失い家から追い出されそうになった時にSOSをくれた。本人も頑張って定住ビザを復活させた。Rさんの本場ベトナム料理、Yさんは所持金1円の状態で泣きながら東京駅にいた。Kさんは沖縄の離島で雇止めにあいSOSが来て、東京においでと呼んだんだ。同じ痛みを持つ3名が今日まで準備を重ねてきた。一流ベトナム料理を超えてしまった味、これからも助け合って気にかけあいながら生きていく。
「いままで助けて頂いたから、これからは助ける側になりたいんです。」嬉しいですね。『助けて』と言えない社会と死にたくなるような孤独、助けてと言える場所を作っていこう。
➌今日は終わりでなかった。交流会が終了してパソコンを確認したら3名からのSOS、都内から川崎から川口から、あちこちからのSOSに対応しないといけない。20時過ぎの対応は今日の疲れた身体には辛いな。都内からのSOSは保険証がない20代の青年、身体が痛いという。細かい指示をおこない救急車で病院に行ってもらう。後の対応は私がサポートするからと、、後からの報告によると無事で良かった。川崎には杉浦さんに駆けつけてもらい、川口には私が向かう。野宿生活4日目の30代の男性、後日、反貧困埼玉のTさんが生活保護申請に同行してくれる。やっぱり共助ばかりではダメだ。公助の責任を果たせ!長い1日が終わった。

●2021/6/5 もうネットカフェ暮らしする金もない

6月5日(土)
❶「いま森の中にいます。死のうと思ったが死ねなかった。助けを求める気力がありません、」3月末に駆けつけ支援してアパートが決まる前に失踪していた20代の青年Nさんから2週間にメールが届いた。「どこにでも助けにいくから返信がほしい」と返信したが帰ってこなかった。心配していたが、深夜にメールが届いた。「迷惑ばっかかけてほんと自分が情けないです、ごめんなさい。」Nさんが待つ埼玉県**市のあるバス停に向かった。待ち合わせ場所に車を停車させて待っていたら疲れ果てた姿のNさんがキャリーバッグをコロコロさせて歩いてきた。失踪に至るまでの経過、その後の経過を聞いた。生保申請同行して予定どおりビジネスホテルに滞在、順調にアパート探しも進んだが、保証会社の最終審査ですべて断られてしまう。その頃に私との連絡も途絶えた。1カ月を経過したとのだけの理由でビジネスホテルを退去、Nさんはそのまま姿を消した。私たちの力不足も否めない。あの時に、Nさんが返信してくれて連絡をくれたら良かったのにと思う。しかし**福祉事務所のケースワーカーはアパート探しを相談者自身にすべてやらせるか私たち支援団体に丸投げする。
ビジネスホテルの宿泊期限を超えたら、支援団体との事前確認もしないで無低や施設に入所させようとする。多くは未然に止めるがNさんは絶望していなくなった。失踪して生保廃止した事をケースワーカーから私の方に報告される事はなかった。Nさんとは来週違う福祉事務所で一緒に生活保護申請する事とした。もうこれ以上に傷つける事はできないので、もっと責任をもって対応してくれるケースワーカーが多い福祉事務所にする。
❷夜は池袋駅からのSOS、ユーチューブを観て、瀬戸と連絡がとりたいと書いてある。4年間もネットカフェで暮らしていた。生活保護申請を頑なに拒んでいたので背景を聞いたところ、以前に生保を利用した時に、貧困ビジネスのぼつたくりアパートで保護費の殆どをピンハネされて放置されたとの事、来週、もう一度生活保護を申請する。もうネットカフェ暮らしする金もない。これ以上は野宿生活 やっぱり住まいから暮らしをつくり直そう。

●2021/6/4 城南信用金庫の顧問の吉原毅さんと遭遇

6月4日(金)
❶今日は午前午後ともに、いちばん通いなれた**福祉事務所での生活保護申請同行、朝日新聞朝刊にデカデカと1面割いて支援活動が掲載された。朝日の清川記者の力溢れる記事、これからも頑張ります。
★午前約束していた30代の青年は福祉事務所に来なかった。実は昨日も新宿福祉事務所ですっぽかされた。SOSを寄せて駆けつけた男性のうち5名のうち2名は生保申請同行の
待ち合わせ場所に来ない。短期の繋ぎの給付金だけを目当てにしても生活を立て直す事など出来ない。多くは携帯電話がない状態のSOSだから状況が掴めない。せめて福祉事務所に来る気がないのなら連絡ほしいんだ。溜まっている実務作業や休養に時間をあてたいと思うんだ。今日の午前は朝日に掲載された事で「活動に共鳴しました。寄付させてください。」の電話が連続した。全て高齢の方のでした。厳しい年金生活、もう思うように身体が動かないので寄付だけでもできないかと、、、そういえば反貧困犬猫基金では子どもさんがお小遣いを貯めて寄付してくれた事例が多い。本当に嬉しい。みんなの心で支えられている。
❷午後から20代の青年Tさんの申請同行、関西出身の明るく自らの辛かった過去を語る。
10代の頃から親の離婚で翻弄されて家を出て、苦労続きの飯場生活、手配師たちに引き回された事でいつどこで働いてきたのか記憶が正確でない。相談員は無礼にも「頭打っちゃって忘れたの?病院にいった方がいい」私だってTさんのようにワゴンに乗せられてあちこちの飯場に回されたらどこにいたのか解らなくなる。身分証明も通帳もない。住民票もどこにあるか不明だ。相談員の少し馬鹿にした態度にTさんは笑っていう。「ふつうじゃないからここにいる」「存在しない男」「ふつうな暮らしがしたい」「クリスマスケーキを食べたい」「公園の水はただなんです」ひとつひとつ実感がこもった名セリフ、福祉事務所のケースワーカーはビジネスホテルではなく、反貧困ネットワークのシェルターのすぐ近くのドヤを紹介した。ひとり寂しいビジネスホテルではなく、シェルターに遊びに来れるドヤに滞在しながらTさんとアパートを探す。今年はクリスマスケーキを食べようね。ブルーハーツのドブネズミ精神でいこう。
➌日曜日のワーカーズコープで開催する「第3回しごと探し・しごとづくり相談交流会」コロナ禍によって、たくさんの困難を抱えてきた当事者の皆さんが孤立しないように、その人にあった仕事が見つかるように、そして主体的に参画できる当事者の就労ケアと、主体者として働く場づくりをどう進めていくかを考えていく場です。今回は、私たちがSOSを受け駆けつけ支援して、現在はアパート暮らしをしている女性3人組とほしのいえの中村シスターが「女子会」をつくりベトナム料理でお迎えする事になりました。「女子会」のひとりひとりが言うんです。「いっぱい助けられたからいつか助ける仕事がしたい」そんな思いがいっぱい詰まった企画です。料理は5品、今日はキッチンの下見とベトナム食材店での買い出しと予備調理先の「ほしのいえ」までの運搬作業、シェフはベトナム国籍で私が生活保護申請したRさん 気合が入っています。
❹ワーカーズコープ本部で城南信用金庫の前理事長で顧問の吉原毅さんと遭遇、実業家でありながら反原発運動の先頭に立つ。今日の朝日新聞も読んでいてくれた。私は働く事も医療を受ける事すら排除された外国人の支援の状況を話した。吉原さんは現状に怒りながらも「地域通貨」「独自通貨」について具体的なヒントを提示してくれた。21時頃にショートメールが何通も届く、そうだ、早めに吉原さんに会いにいこう。日本政府や入管に管理されない労働、「分かち合いの経済」シェルターだって外国人当事者の自主管理も考えられないか、吉原さんに会いにいこう。
❺夜は、先週に埼玉県のとある道の駅で「車上ホームレス」常態でSOSをくれた女性のSさんからの再度のSOS、実はあの後に車を売却したのですが、殆どお金にならず、今日は反貧困ネットワークの事務所に来てくれて再度の面談、家族のために生きてきた。これからは自らの人生を大切にしよう。来週一緒に生活保護申請にいく。
❻来週から反貧困ネットワークに強力な常勤職員が加わる。広島県竹原市の現役女性相談員の藍野美佳さん、性被害ワンストップセンターひろしまの相談員も担っていたのに、上京して反貧困ネットワークの生活保護申請同行だけでなく、相談者のあらゆるその後の個別フォローやケア活動などで活躍して頂く。今日は藍野さんの誕生日、理事である白石さん、大塚さん、田代さん 就労支援スタッフの山岸さん そして女子会2名で「ご挨拶」
来週からよろしくお願いします。一緒に東京を駆け回りましょう。

●2021/6/2 社民党シンポジウム「底が抜けた社会」の現実

6月2日(水)
❶午前は小岩にある江戸川区福祉事務所生活援護第二課を訪問、先週金曜日にNさんと一緒に生活保護申請した思いもよらない相談員の「追い返し大作戦」を受けた。「申請受理条件は無料低額宿泊所」「アパート入居は3カ月間の見極め期間がないと認められない。」壮絶な人権無視のローカルルールを持ち出し、嫌なら他の区で生保申請してほしいと言う始末、私たちは、他の区で実施しているビジネスホテルでの一時宿泊を認める事、生保決定後のアパート探しと入居準備をおこなう線は譲らず。10日間のビジネスホテルを暫定的に確保して今日の再協議に臨んだ。滝沢区議と今日も一緒だ。
★今日の福祉事務所の対応は相談係長と生活援護係長、担当ケースワーカーが対応、前回と一転して物腰が柔らかい対応だったが、ビジネスホテル再延長は認めるが、アパート入居などの自立見極めは平均3ヶ月かける為、ビジネスホテル後の無料低額宿泊所入所は撤回せず。前回と違うのは、相談者本人が無低を拒否した場合、反貧困ネットワークのシェルターに入居する事は認める可能性が、今日の私たちの要求は持ち帰り後日回答するとの事、現場サイドの裁量権は限定されて江戸川区全体の生活保護行政の方針が歪んでいるのではないかと強く感じた。斎藤江戸川区長は福祉事務所長の経験があると聞いた。多くの生活保護申請者が、人権を制約される無料低額宿泊所に収容され精神を壊されている事実、一律的な援助方針で、集団生活ができるか、金銭管理ができるか、ゴミ出しができるかの3点も3カ月もかけて自立生活が判断できるか見極める。多くは貧困ビジネスの無低に丸投げする。
このような現状を認める訳にいかない。いくら物腰が柔らかくても「福祉が人を殺す」事に変りはない。今回の要求について回答がゼロであれば正式に区長申し入れをおこなう。
❷午後からK君を連れてメンタルクリニックの定期受診に同行、今日はじめて今後のアパート暮らしの事、今後の目標について話す。「死んでしまいたい」状況から生きていく力がついてきたよねと話す、でも辛い経験一杯したから次の目標のイメージづくりはこれからだよね。焦る事はない。ゆっくりゆっくり歩いでいけばいいさ。
➌夜は社民党の大椿ゆうこさんに誘われ社会民主党雇用・格差貧困PTシンポジウム「底が抜けた社会」の現実〜コロナ禍の貧困と雇用破壊〜に参加、現状報告をおこなう。社民党への政策要望を聞かれて「現場に来て当事者の置かれている状況を直に触れる事、福祉の現場で何が起きているか現場で知ること」「生きていてもしょうがない、消えてしまいたい。助けてといえない状況で、生きていていいんだ。絶望から生きる希望を」連帯経済とささえあい分かち合う経済と社会 具体的に政策化してほしいと願う。住まいに困っている方への住宅保障と定額給付金を!助けてと声をあげたら助けてくれる福祉。手遅れにならないように、早く早く!

●2021/6/1 墨田区も「自立支援に入所せよ」の繰り返し

6月1日(火)
墨田区も「生保申請すると自立支援に入所せよ」の繰り返し
❶二か月に一度の定期通院、8年前に大病して入院以降通い続けている病院の裏が偶然にも反貧困ネットワーク事務所なのです。今日は同僚の佐々木君が朝に渋谷と新宿からのSOSをくれた相談者を反貧困ネットワーク事務所に誘導してくれて通院後にすぐ相談対応できました。二人ともに20代の男性でした。4月以降のSOSの半数が20代です。コロナ災害の影響が1年以上も経過して若い年代が底が抜けたようにこぼれ落ちています。また共通していた事は、大阪や名古屋にいて仕事がなく東京に来たら仕事があるのではないか望みを繋いで上京したが仕事など見つからず、所持金を使い果たして野宿生活に至ったこと、所持金も200円、東京から移動する事もできない。一人目のA君は、墨田区で生保申請の相談にいったら自立支援に入所が条件といわれた。以前に上野公園で声を掛けられ1畳ほどの相部屋にぶちこまれ千葉県の**市で保護申請を強要された事があり、墨田区での保護申請を断念したという。「福祉が人を殺す」今回は平気だよ。私たちが一緒だから!
❷夜は事務所から総がかり行動実行委員会・改憲問題対策法律家6団体連絡会が主催する「コロナ禍に乗じた改憲を許すな! 市民と法律家のオンライン緊急集会~ 改憲の第一歩 改憲手続法(国民投票法)改正案を廃案に ~ 」のリレートークで発言させて頂きました。伊藤真弁護士、海渡雄一弁護士、半田滋さんなど凄いメンバーに「何で俺なんだ」と思いつつ発言、ZOOM集会では20名しか参加者が解らない。この集会にどれだけ参加しているのか解らず終了、やっぱりリアルじゃないとダメだな!と思っていたら、郡山から大阪に区域外避難している森松明希子さんから「見ていたよメール」後で森松さんに聞いたら100人以上ZOOM参加していたとの事、でも久し振りに森松さんとお喋り、また大阪で串カツ一緒に食べたいな。原発関西訴訟絶対勝利!
➌集会を中抜けして、三ノ輪にある「ほしのいえ」の中村シスターからのSOSに向かう。「ほしのいえ」に所持金10円の40歳の青年が待っていた。コロナで建築の仕事がなくなり、野宿生活になって今日、墨田区役所に生活保護申請の相談にいったら「自立支援センターに入所しないと申請は受け付けられない」昼間の相談と全く同じだ。山谷の有名なNPOにも相談したが同じような事を言われたという。江戸川も酷いが墨田も酷い。城東エリアは本当に酷い。本人は墨田はもう嫌だという。私たちのシェルターで最終的に受け入れる事を前提に生活保護申請同行する。緊急アクションの同志である小椋足立区議と共産党の谷川さんと協議し、4月9日に「城東エリア自治体議員・支援者会議」を開催し各区の生活保護申請現場の実態把握と課題整理し改善要望をまとめていく事にした。

●2021/5/31 施設収容型ではなくハウジングファーストへ!

5月31日(月)
❶午後から江戸川区福祉事務所の生活保護申請で追い返されそうになった件について水曜日の再協議に向けて緊急アクションの同志でもある小椋足立区議と江戸川区議の滝沢区議と「オンライン対策会議」江戸川の申請時対応の問題点整理をおこない再協議に臨む。他の会派にも呼び掛けて問題の多い城東エリアの支援者・自治体議員連携会議も来週には開催できるように準備する。申請⇒ビジネスホテル⇒迅速なアパート入居の流れを確立して、無低が生保申請受理の条件、アパート入居までの見極めまで3カ月、区外のドヤ、シェルターを認めないなどのローカルルールを中止させる事。現在地保護も徹底させたい。施設収容型ではなくハウジングファーストへの転換を!
❷夜は第二回一般社団法人反貧困ネットワーク理事会でした。専務理事(事務局長)の役割である事から日曜日は自宅に籠り議案書作成に費やしました。無事に終了してほっとしています。
★2020年度末でささえあい基金で13,339,702円(うち、ささえあい基金120,072,051円、犬猫部5,387,464円)市民の善意で集まり、仕事や住まいを失った相談者への支払い給付金が59,482,960円、そのうち4千万円が就労資格を与えられていない仮放免状態などを中心とした困窮した外国人への給付、生活費の給付だけでは問題の解決の出口は見えず、コロナ災害の長期化に伴い国籍を問わず、家賃を支払う事ができず住まいからの強制退去を受けた方々が急増した事から台東区に個室シェルター10室開設、既に満室状態である事から、今日の理事会で個室シェルター5室を大田区に増設する事としました。事務局長を補佐する阪上さん、事業企画広報担当の阪上さん、外国人支援担当の原文次郎さんに加え、現役女性相談員の藍野さんを6月から迎え、就労支援担当の山岸さんと連携して、駆けつけ支援から生活保護申請同行、アパート入居で終わるのでなく孤立化防止と就労ケアまで地域ネットワークや支援団体協働で取り組みます。外国人支援も大変な状況です。担当の原さんは大変です。ひっきりなしに「住まいを追い出されそうだ。」「所持金がゼロ円 助けてほしい」との声が届きます。生活保護制度や多くの社会保障制度や医療制度から排除された外国人の支援は生活丸ごと支援し続ける事を意味、共助では既に限界を超えているのです。でも野宿してください、こんな非人道的な事は言えません。苦悩が続きます。
★6月6日にワーカーズコープと共催で「第3回仕事づくり交流会」を開催します。コロナ禍によって、たくさんの困難を抱えてきた当事者の皆さんが孤立しないように、その人にあった仕事が見つかるように、そして主体的に参画できる当事者の就労ケアと、主体者として働く場づくりをどう進めていくかを考えていきます。すでに5人の就労が決まりました今後次の三点を具体的な検討や取り組みをしていきます。◇就労相談を踏まえた求人情報や資格取得などの支援、◇当事者の皆さんの孤立の防止と交流の場づくり◇公的支援を受けられない外国人の皆さんへの就労の場づくりや継続的な衣食住の支援事業など 今回は、反貧困ネットワークが駆けつけ支援して、前回までは交流会に参加されたメンバーが「女子会」をつくりベトナム料理でお迎えします。
➌理事会終了後は自宅から近い公園から20代の青年からのSOS、メールには「静かな家で暮らしたい」4年前に病気で仕事にいけなくなり雇止めされてアパートからも退去してネットカフェと野宿を繰り返しながら日雇いや派遣で働き続けてきたが、コロナで力尽きたという。週末に生活保護申請に同行する事とした。「静かな家で暮らそう」

●2021/5/28 久し振りに福祉事務所の机を叩きつけた。

5月28日(金)
❶今日、あまりにも酷い対応をおこなった福祉事務所名は小岩にある江戸川区福祉事務所生活援護第二課だ。酷い対応は第二課だけでない。江戸川区全体の生活保護行政が酷い。昨年夏に親からのハラスメントを受けて親から逃れた20代の女性に「住所がある場所で申請しろ」と言い張り、制服警官まで介入させたのは中央にある生活援護第一課だった。江戸川区はSDGs未来都市に選定されたと昨日の報道、「誰一人取り残さない』社会の実現」なんて実践されていない。怒りや悲しみが収まらないのは私ではない。「助けて」と声を出して切り捨てられそうになった相談者のNさん、50年以上も江戸川区が好きで江戸川で生きてきた。「福祉が人を殺す」自覚せよ!殺してしまう前に!
★一昨日の夜に新小岩駅前で会ったNさん、所持金は100円余り、携帯電話は故障していて通信手段はなく公衆電話からの連絡だった。真面目に営業マンとして働いてきたが、10年前に会社が経営不振になりリストラ、以降は非正規や派遣の繰り返しだった。コロナ禍で仕事を失い住まいを失った。2年程前に江戸川区で生活保護を利用していた経験がある。
★生活保護申請の際に必ずおこなう今日からの居所の確保、初老の相談員のT氏は「江戸川区では例外を除いてビジネスホテルは認めていない。」の強硬姿勢、住宅扶助費特別規準額範囲内のネットカフェも認めない。江戸川区外のドヤ(簡易宿泊旅館)も支援団体のシェルターも安いビジネスホテルも認めない。とにかく江戸川区外の一時宿泊は認めないと主張し続ける。であるのに区外であり東京都でない無料低額宿泊所に入所してほしいという。そしてアパート入居を認めるまで3ヶ月を要するという。居所を失った相談者は受刑者のように扱われるのです。
この事は相談員の独断での話ではない。滝沢区議会議員の事前情報によると「3/18付の都と協議済みホテルの一覧は受け取っているが、江戸川区では使いにくいこともあり、施設をご案内している」一部利用を認める場合はあるが、無低が空くまでの間の期間にビジネスホテルを使う。そして挙句の果てに相談者のNさんの廃止歴を言い出し「返還請求の可能性があるので他の区で申請した方が良い」との脅しまでする始末。査察係長とケースワーカーを呼んでほしいと求めても拒絶する。結局のところ「無料低額宿泊所に入所しないと生活保護申請は受理しない」と追い返す事が江戸川区の方針なのだ。午後は他の相談者の生保申請同行が控えている。今日の妥協点は1週間、**ホテル(区外です)に宿泊、来週水曜に査察とケースワーカーと今後の対応含め再協議、滝沢区議会議員と一緒におこなう事で終了、他の区での事例や東京都の通知を何回説明しても、決まって「だったらその区に行けばよい」こんなローカルルールを認めません。相談者のNさんの心労を考えると申し訳ないと思います。
Nさんの意思を大切にする事を前提に、江戸川区の違法対応はやがて「福祉が人を殺す」結果になります。違法は正すしかないのです。
❷怒りと疲れを癒す時間もなく、城東エリアの福祉事務所に向かう。ここの福祉事務所もビジネスホテルを提供しません。30代の女性の生保申請同行です。精神的困難を抱えている事からビジネスホテルでは孤独化する事を懸念して、完全個室で生活扶助もおこなう宿所提供施設を求めました。若い笑顔の相談員が、女性用の埼玉の無低に入所するよう笑顔で無低とは解らないように説明されましたが、私にバレてしまい、反貧困ネットワークのシェルターで女性用の宿所提供施設の空きを待つ事にしました。1日本当に疲れました。
➌私が確認しているだけでも都内23区のうち10区ぐらいしかビジネスホテルは提供されず、特に城東エリアはこれでは生保申請同行はテクニックがないと無低に送られる。アパート探しは自らおこなう。これでは大変な作業です。同行者がいない相談者は「無低が嫌なら申請受理できない」追い返しが横行しています。城東エリア支援者・自治体議員合同会議が必要です。まず自らの区の現状を知る事からです。自治体議員の皆さん 本気で変えましょう。個別でも良いです。連絡ください。「福祉で人が殺される前に」

●2021/5/26 「コロナ災害対策自治体議員の会」の会議に参加

5月26日(水)
❶今日は朝から区内の**警察署に向かう。以前に数カ月間支援してきた相談者Mさんの保釈に必要な「身元引受人」としての役割だ。緊急アクションの相談メールにSOSがあり、生活保護申請同行、アパートの最終審査まで通過したのに、決まっていた就職も反故にされ絶望し行方不明になった。何回も何回も連絡をとりあう関係だった。私と連絡が取れなくなって3カ月が経過、罪状は経済的貧困ゆえの窃盗容疑、しかし居所もなくお金もない状態、釈放された今日からの泊まる場所と生活に責任を持って対応する人間がいないと釈放する事も認められない。10時30分に釈放、Mさんはやせ細っていた。留置場生活の事、住人の状況、出されていた食事の事を聞かせてもらう。少なくとも野宿生活よりマシな暮らしで過ごしていたようだ。今更、説教してもしょうがない。これからの支援方針を伝え、福祉事務所に立ち寄り、お世話になっている相談員の予約を取り付け、13時から生保申請同行受理、区が用意した個室アパート型の更生施設に今日から入所、継続的診療もおこないながらアパート暮らしを目指す。何度でも「助けてほしい」との声に応え続けていくいくしかない。
❷反貧困ネットワーク事務所で開催されている「コロナ災害対策自治体議員の会」の会議に参加、各自治体議員の方々から、支援の取り組み報告がされる。生活保護の扶養照会につい議会質問がされている。片山かおるさんを通じて緊急アクションに届く三多摩の相談案件は議員ネットワークで対応ができている。神奈川や千葉も地域ネットワークで対応ができてきた。区部の城東・城南エリア、埼玉を中心とした議員ネットワークづくりが必要だ。議会を通じて福祉行政を変えていくときに自らの福祉事務所がどのような対応をおこなっているか、無低に無秩序に送り込んでいないか、どのような無低に送り込んでいるか、生活困窮者自立支援の支援と連携できてるか、多くの議員に同行してもらい、「現場のリアル」を知ってもらうしかない。都議選、衆議院選挙を控えている。今日報道された7月に給付開始予定の困窮者向けの給付金は生活保護利用者が除外されている。住民登録から抹消されている方、そして多くの外国人もまた排除されるのか、働きかけをはじめよう。
➌夕方は新小岩駅からのSOS 私と同年代だ。携帯電話の機械もないので公衆電話からのSOS、待ち合わせする事にも困難を極める。昔はバリバリの営業マンだったが経営不振でリストラ、生活保護利用の経験もあるが福祉事務所のケースワーカーの冷たい対応の連続、派遣で仕事をしていたら即時に廃止、生保は利用したくないと思い続け、最後は野宿生活、私たちが同行する事で安心してもらい金曜に生活保護申請にいく事にした。

●2021/5/25 シェルター増設に向けた物件見学

5月25日(火)
❶午前は湾岸エリアの**福祉事務所で40代Tさんの生活保護申請同行、この福祉事務所での申請受理は早いです。簡単に現在の所持金と居所、現在に至る経緯をざっくり聞いて、1時間以内に今日から宿泊する簡易宿泊旅館(もしくはビジネスホテル)の予約をはじめます。この地域の簡易宿泊旅館は綺麗です。住民票も作れます。Tさんは仕事探しの関係でWi-Fiが完備している旅館を選びました。実はTさん、最初にSOSで出会って駆けつけて1カ月、何回も生活保護申請を考えたが福祉事務所に向かう最後の勇気がなくて私たちの生活給付も2回以上は給付しない事が基本、再びの野宿と所持金なし、今回ばかりは「このま申請したらこんなに苦しむ事はなかったです。」生活保護は権利なんです。
❷福祉事務所を出発して車で20分程度の閑静な住宅街に向かう。向かった理由は、反貧困ネットワークのシェルター増設に向けた物件見学、私が出演したTBSのニュース23を観て、現在の若者の貧困の実状に衝撃を受けた若き大学教授夫婦が所有しているアパート5部屋を丸ごと貸したいと連絡をくれたのです。お会いしたら「安保法制反対大学教員の会」「ママの会」「宇都宮健児応援団」で活動している夫婦でした。地域騒音もなく、部屋も風呂、トイレ独立の20㎡の個室です。「今日から使ってください。」法人反貧困ネットワーク理事会に提案する必要がありますが、住まいを失っている相談者からの問い合わせが相次ぐなかで、今日から使ってほしいとの有難い提案は本当に嬉しいです。単なる住居提供でなく「地域で支えあう関係づくり」を大事に連携していきます。
➌次は30分程度車を走らせて、80代のお母さんと一緒に暮らす女性に会いにいく。生活保護を利用して二人で暮らしているがお母さんも高齢になり、バリアフリーに近い住環境の必要性がでてきた。お互いの独立した空間も大切なのです。今日は具体的なニーズを聞いて、これから物件探しです。福祉事務所への転居交渉も必要になりますが親子で支えあう姿を見て頑張らなきゃいけないと思いました。本当に!
❹今日も新宿からSOSが届く。朝からFacebookのメッセンジャーに「このままでは死んでしまいます。所持金15円、はじめて野宿しています。助けてほしい。」今日は予定が埋まっている。そのように答えても「助けてほしい」と叫ぶかのようなメールが続く。夕方の一瞬に空き時間を見つけて駆けつけた。3日間何も食べてなくてフラフラの状態だった。
❺夜は新宿歌舞伎町で働いていて店から搾取を受けている女性の対応に駆けつけた。雨宮処凛さんも一緒、この世界は変に記述すると身の危険があるのでこれ以上は書かないし書けない。「底が抜けた社会」は徹底的に若者たちをボロボロにしてしまう。

●2021/5/24 支援してきた青年の失踪が増えている

5月24日(月)
❶今日は午前・午後ともに20代の青年の生活保護申請同行のはずが両方ともに直前のキャンセル、親に相談して生活保護申請を断念したとの理由も共通、ギリギリの状態からのSOSで駆けつけた。「若くても生活保護は利用できることは知りませんでした。」と彼は私に聞いた。地方から夢を抱いて上京してきた。いや地元では仕事がなくてコロナ禍でも仕事だけは東京にあると考え上京したが、まさかの野宿生活、希望など何処にもなかった。地元に帰っても生き続けてほしい。
❷支援してきた青年の失踪が増えている。ひとりの青年からのメールが届いた。「いま森の中にいます。死のうと思ったが死ねなかった。助けを求める気力がありません、」どこにでも助けにいくから返信がほしいと返信したが帰ってこない。他にも若い世代からの電話が続く。共通している事は「孤独」寂しい寂しいという。居場所やイベント案内しても疎外感があるという。生活保護が決定してもアパート生活が実現しても孤独の解決はできない。ビジネスホテルやアパートの一室で天井を見上げてばかりの時間、ただでさえ、非正規の仕事しかない希望がない。コロナ禍で絶望しかない社会、本当に「底が抜けてしまった。」
❷昼過ぎに、入管にいる反貧困ネットワーク外国人支援担当の原さんから電話が入る。「今日から居所がない女性がいる。何とかできないか」う~ん 反貧困ネットワークのシェルターは満室状態、でも野宿してくださいと言えない。連携している団体のシェルターに空きを確認する。部屋が一室だけ空いていた。シェルター入居までのホテルを押さえ、夜の反貧困ネットワークの実務会議終了後に原さんと保護先の教会に迎えにいき荷物を運び。ビジネスホテルにチェックイン 帰宅時間は23時を過ぎていた。
➌夜の反貧困ネットワークの実務担当者会議、二週間に一度、ひとりひとりの支援状況の細かい確認を行う。アパートが決まった人、決まっていない人、元気に前を歩きはじめた人、寂しそうな人、音信不通になった人、シェルター入居者は就労資格すら与えられていない外国人が多い。健康状態も悪い。入管との関係もどうなっているか、本人の意思に反した送還の危険性はないか、住まいから追い出された外国人からの問い合わせが続いている。反貧困ささえあい基金からの「給付支援」だけでは解決に至らない。シェルターの増設、寄り場づくり、就労ケア、収入先がない外国人向けの機動的な「フードバンク」結局は資金と支える人と地域との連携が不可欠だ。
4月の反貧困ネットワークの法人収入決算を見ると2020年より市民からの寄付は大きく減少している。深刻度を増すコロナ禍の貧困、やらなければならない事が増えている。「野宿させてゴメンね。私には何もできません」と言えない。活動の更なる可視化が求められる。

●2021/5/23 「吹っ飛ばそう!貧困inねりま」が開かれる

5月23日(日)
❶練馬駅前の平成つつじ公園で「吹っ飛ばそう!貧困inねりま」が開催されました、食品 生活用品配布、生活相談だけでなく。LIVEコンサートも開催する企画でした。私にとって今後の支援を考え実行するうえで重要な意味づけがありました。
⓵私自身が居住する練馬区で地域で多様な市民運動や貧困問題に取り組む仲間たち(多くのはじめて出会う方含め)と繋がり、地域で支えあい分かち合うネットワークづくりをすすめる。区職労を起点に福祉事務所や社協の職員とも連携を深める。
⓶長期化するコロナ災害で甚大な影響を受けたアーティストや芸術家などの活動の場の提供、緊急アクションや反貧困ネットワークが支援してきた当事者を中心に、、、
★練馬区内ではじめての大規模な相談会、区民を中心に80名を超えるボランティアが集まった。今後を考えると大きな一歩を踏み出したといえる。相談会だけでなく、地域での「居場所や寄り場づくり」「駆け込みスポット」「分かち合いの店」「地域シェルター」など色々な事をみんなで考える事ができる。
★正確な報告は後日されると思うが、準備していた引換券もすべて無くなり乳幼児や小学生を連れたお母さんが非常に多かった事、しかし私が集約した生活。医療・労働・法律相談は11件、会場内でも相談に繋がりづらい要因は何か振り返り会議で共有したいと思う。パルシステム東京の西村さんが会場内で声をかけてくれて相談ブースに来てくれた女性、生活保護の資産保有規準に外れているだけで、様々な支援度口からたらい回しになっている。今後、伴走していく事をお話して涙を拭ってもらった。前日に避難者支援で活動を共にしている練馬社協の職員さんから「住居確保金の申請が減少している。とても心配している。」と連絡を受けている。生活保護だけでなく様々な制度が使いやすく、利用できる制度が広報されている事、「断らない相談」サービスの充実が求められる。
★今日のコンサートでは、反貧困全国集会でも唄ってくれたアルバトロス、イラン人歌手、フェルト人形作家のクマさん、全員が反貧困ネットワークで駆けつけ支援して繋がった。アーティストや芸術家などの活動の場がなくなっている。引き続き繋がっていきたい。他にも相談ブースを手伝って頂いた「女子会」のAさんKさん、来週から司法事務所で働く事になったIさん 確実に明日に向けて歩き始めている。
❷練馬相談会を終えて新宿西口に向かう。今日も20代の青年だ。先々週に建築の仕事を雇止めされた。所持金は800円、でも頑なに生活保護だけは利用したくないという。仕事を探し続けるという。「困った時に誰でも使える、使いやすい制度」になっていない。

●2021/5/22 「さびしんぼう」は会うだけで気持ちが落ち着いた

5月22日(土)
❶夕方にSOSで駆けつけた20代のTさんは若くして起業したがコロナの影響で失職した。所持金は128円、以前は会社がある駅の周辺で困窮者への食糧配布もおこなっていて自らが支援を受ける立場になると思っていなかった。6月から仕事が決まっているとの事なのでTOKYOチャレンジネットの一時利用住宅に月曜からいくよう約束した。反貧困ネットワークも緊急ささえあい基金の事も知らないTさんは支援内容を聞いて、信じられないという。私のテレビ映像を観てもらって納得、若い起業家は再び仕事が順調に進んだら必ず恩返ししたいと何回も何回も頭を下げた。
❷夜は泪橋にある反貧困ネットワークの緊急シェルターに立ち寄り、入居している若者の相談に乗る。昨日に苦しい心を訴える電話を何回も受けていたけれど、車上ホームレス兄弟の対応で都内から遠く離れた場所にいたので駆けつける事ができず、今日も電話で何回も話したが、「さびしんぼう」は寂しそうだ。今晩シェルターで会った「さびしんぼう」は会うだけで気持ちが少し落ち着いたようだった。

●2021/5/21 55キロ離れた道の駅からのSOS

5月21日(金)
❶午前は**福祉事務所で反貧困ネットワークのシェルターに先週から住んでいる20代のHさんと一緒にケースワーカー面談、コロナの影響で仕事を失い住まいも失い自殺未遂を図った後での生活保護申請にいった。福祉事務所は申請受理後に精神科病院に入院させて回復を図る対応をおこなった。Hさんは自主退院してしまい、私たちに「助けて」と23時過ぎにSOS、シェルターで一時的に預かった。先週のCW面談で福祉事務所が提案する「更生施設」ではなく、シェルターでの生活を経てのアパート自立を希望するHさんと平行線で時間切れ、1週間後の今日に結論を持ち越した。シェルターでのHさんは住人たちとの協同にも積極的に関わり元気を回復している。元々アニキ肌だったのでシェルター全体の引っ越し作業や清掃なども率先して動いている。1週間の経緯を説明して、反貧困ネットワークとしての「支援計画表」をケースワーカーと共有しながらアパート自立までの伴走をシェルター生活しながらおこなう事になりました。Hさんとの伴走が続きます。
❷午後から**福祉事務所に移動、30代のAさんの生保申請同行です。間借りしている知人が5月で引っ越してしまい住まいがなくなりコロナ禍で仕事が全くなくなった。聞いてみると都内の一流高校出身なのに住所不定歴が長い。悪い仲間と出会ったから人生おかしくなったと言うんだ。ヤクザや反社勢力じゃないという。バックパッカー系か売れないアーティスト系か、様々な出会いと運で幸も不幸も変わってくる。Aさんとの伴走も暫く続く。
➌今日も定番の新宿駅西口前に自家用車を停車させる。毎日のように路上からのSOSが続く。今日の新宿方面の駆けつけ支援は20代の男性が二人、5月以降は20代の比率が八割を占める。元不動産営業マンは月曜日に生保同行、お父さんお母さんの顔を知らない気弱そうな青年は、明日まで生保利用するか考えて連絡くる
❹最後は55キロ離れた道の駅からのSOSだった。40代の女性で所持金1000円、とりあえず寝る場所は車の中があってもガソリンが切れたらヤバい状態になる事を知っている。とりあえず向かう事にした。道の駅について呆然した。駐車場の右奥は明らかに車上ホームレスと解る車が10代以上停車している。猫を飼っている若い女性の車も見えた。置き逃げと思われる車も数台、住まいを失い移動しながら求めた地は「道の駅」、誰にも知られず車の中で孤独死する場合もある。かなりショックだった。今日出会った女性は、病気を抱える弟と一緒だった。弟を守るため自らもアパートを引き払ったという。週末に寮付き住宅の仕事の採用可否が決まる。駄目な場合の生活についても提案した。都内での暮らしを希望している。都内では車の維持費がかかる。車の当面の置き場とその後の処分方法も一緒に考え生保申請する事も検討する事も約束した。病弱の弟を守るために頑張ってきたお姉さんの人生、明るく振る舞う姿に胸が詰まってしまった。

●2021/5/20 新宿西口で三人連続の駆けつけ対応

5月20日(木)
❶午前は**福祉事務所で2名の相談者の生活保護申請同行、急増するSOSと駆けつけ支援はイコール生保申請同行とアパート探しの実務急増に直結する。さすがに同時刻のダブル申請は負荷がかかり過ぎる為に、今日は千葉担当の阪上さんに協力してもらった。
★私が担当した50代のNさんは日曜日に友人が新宿で野宿している方々の声かけして食料を配布していた時に出会った。仕事と住まいを失い野宿生活はじめで数日間、死のうと思ったけれど死ねなかった。最後の100円でパンを買って食べようとしていた時に友人と出会った。友人に呼び出されて緊急対応して今日を迎えた。奇想天外で様々な経歴が面白い。お寺に出家したり、亡くなった田村正和のテレビドラマのエキストラで連続出演していた事が自慢、とにかく糖尿病を長期間放置していたので生活保護申請受理されたので早速、通院を開始する。笑っている場合ではございません。
★阪上さんが同席してくれた福島県出身の40代のCさん、事務所の近くの公園で野宿していた。相談相手と知識不足に対するアドバイスが欲しいとメールが来ていた。生活保護でアパート暮らしができる事は知らなかった。今日、申請受理されて嬉しそう。Nさん Cさん二人とも今日からビジネスホテルに1カ月泊まり、アパート入居を目指します。
❷20代の女性Mさんと定期面談、今日はメンタルクリニックのソーシャルワーカーさんと福祉事務所のケースワーカーさんとMさんの次のステップに向けての協議、出会った頃と比較して本当に元気になりました。解らなかった潜在力が凄いんです。これからです。
➌新宿西口で三人連続のSOSに基づく駆けつけ対応です。横では、仲間たちがSTOP!改憲発議 総がかり行動 緊急署名街頭宣伝の準備中、今日の相談者は20代が2名、30代1名です。SOSを発する世代が急激に若くなっている事、「消えていなくなりたい」若者に絶望しか与えらられない時代の絶望に唖然とします。20代のH君は飲食の仕事が今回の緊急事態宣言で全くなくなり「もう消えてしまいたい」と思いつつ最後のメール、若者でも生活保護が利用できる事をはじめて知った。来週月曜に生保申請同行する。同じく20代のP君は小さな飲食系の企業に採用が決まり上京したが、何と採用取り消し!このまま故郷に帰るか、東京に残るか迷っていると、、明日まで結論を出したいとの事だった。30代のF君は、やんちゃ過ぎる青春時代を送ってきた。私もよく知っている暴走族グループの話で盛り上がった。突っ張り時代の勲章だった入れ墨が就職を邪魔してしまう。「死ぬしかない」と思った時に私のYouTubeを観て希望を繋いだ。本当かどうかは解らないけれど人懐っこい笑顔とボロボロの帽子、「何回でもやり直せるぜ」来週、生保申請同行します。
❹5月23日に開催する『吹っ飛ばそう!貧困inねりま』実行委員会に途中まで参加して、チャレンジネットの一時利用住宅に住む40代の女性Mさんに会いに行く。2か月前にSOSをもらい新宿にあるチャレンジネットに同行した。夜の飲食業を続けながら三多摩の一時利用住宅を提供された。入居期限が7月1日、その頃までにお金を貯めてアパートを借りる予定だったが、今回の緊急事態宣言でお店に全く客が来なくなり、数日間、何も食べていない。急遽駆けつけて食費の支援をおこなう。土曜日にチャレンジネットの担当者と協議して今後の生活について考える事にした。繰り返される緊急事態宣言、本当にボロボロにされていく。