<事務局長のサポート日誌>(その6)

●2021/8/2 悲しすぎる程の、底が抜けた社会

8月2日(月)

★2日振りのFacebook投稿となる。週末も緊急対応もおこない、大量の電話とメール相談。そして伴走中の相談者のフォローにほぼ費やした。今日も20代の女性と男性の生保申請同行だった。しかしどれも、深刻過ぎる内容の連発で具体的な報告を書く気力もない。
★夏を迎えての相談内容が、緊急アクションの相談チームを始めた昨年春と比べて明らかに違ってきている。年代層も20代の相談が大幅に増加、ここ数日は若い女性からのSOSも急増している。昼間の仕事も生活できない程の低賃金と雇止め、風俗のみが受け入れ先となっているが、繰り返される緊急事態宣言が直撃している。今日だけでも相談が連続した。一方で、路上や公園のベンチに座り込んでいる女性もいて「どうしたらいいか教えてほしい」と通りかかった市民からの連絡も増えている。夜の会議で座っている外国人担当の原さんも、住まいを失う外国人からの電話が続いている。悲しすぎる程の、底が抜けた社会に僕らは生きている。
★夜の反貧困ネットワークの実務スタッフ会議レジュメで私はこう書いた。「最近の相談事例によると、相談者のそれぞれの「生きづらさ」の要因や抱えている課題は多様で複合的である。例えば、知的、発達障害やうつ症状といった障害や病気を抱えている相談者、家計管理に難を抱えた相談者。精神的困難と経済的困難を抱えて、心をやられてしまった若い世代が増えているのだ。幼少期から、いじめや虐待による対人不信等の両方を抱えていたり、多くの親がひとり親、低収入、、親自身が、ひとりでの子育て、同時に複数の課題を抱えて生活していた。その子どもたちが多くの課題を抱えながら、大人になり、就けた仕事は非正規しかなく。でコロナ禍により路上にでている事例が多い。」そこまで追い込んだのは「助けて!」と言える友人や相談機関がなかった事、そして、やり切れない程の孤独だ。コロナが感染したから貧困になったのではない。以前から「助けてと言えない社会」「どうしようもない孤独な社会」だった。多くの相談者が言う。「たまらなく寂しかったんです。」このように「助けてといえない」状況に何故、至ってしまったのか、困っている時に福祉の窓口に行った時に「若いのだから生活保護は利用できない。」「ギリギリまで落ちたら相談に来てください。」「施設入所が生活保護受理の条件です。」福祉事務所から、冷たく追い返される事が日常的に起きている
★単なる生活保護申請同行からアパート入居の支援スキームでは済まない状況となっている。通院同行、社会生活訓練、就労ケア、孤立化させない、引き続きの伴走が必要となっている。その為の対人援助スキルと困難課題毎の基礎知識の習得、福祉事務所、社協と意識的な連携も必要となる、(特に査察指導員や相談係長との関係づくり)地域のフードバンクや寄り場との関係づくり、私たちだけではできない事ばかり、支援者である私たちが「燃え尽き症候群」に至らないようにしなければいけない。反貧困ネットワークの支援の方向性をみんなで考えて実践内容とネットワーキングをブラッシュアップしていきたい。

●2021/7/30 外国人向けの食糧支援の繋ぎ

●2021/7/29 反貧困犬猫部がついているから大丈夫!


7月29日(木)
❶ネコと一緒のKさん、今日の午前に、無事にシェルターの所在地の**福祉事務所で生保申請が受理されました。病気で働くなった事、コロナで再就職できなくなった元トレーラーの女性運転手、千葉県YM市で生活保護の相談にいったら、「ネコを処分しないと生保は申請できない」「借金は自己破産してからでないとと生保申請できない」と言われた。家賃も払えず、誰にも相談できず、ネコちゃんと一緒に新宿駅周辺で約1カ月の野宿生活がへて1カ月以上経過したところで私たちと繋がった。新宿で野宿していた時に支えてくれたのは都庁下の野宿のおじさんたち、ネコちゃんのご飯をみんなで集めてくれた。昨晩も寝れなかったという。「ネコと一緒なら生保は利用できない」たぶん駄目だろう。福祉事務所に入る前にKさんは私に言った。「シェルターはもう出なければいけないですよね。」
福祉事務所の相談員は信頼関係を築いてきた2名が対応してくれた。「生活保護の法律で、犬猫を飼っていたら生活保護は利用できないなどと、どこにも書いていません。瀬戸さん、YM市にはっきり抗議すべきです。」迅速に申請受理、長期間の困窮生活で身体がボロボロなので、明日から通院治療を開始する事となった。
★Kさんは本当に嬉しそうだった。スキップ踏むように飛び跳ねている。「ネコちゃんと一緒にアパートで生活できるんですね。」これからネコと一緒に住めるアパートを探す。通常よりも時間はかかるが、**福祉事務所では2名の犬猫部員がアパート暮らしを始めている。反貧困犬猫部がついているから大丈夫!
❷西新宿で20代の男性のSOSに駆けつける。対面営業の仕事がコロナで直撃していた。次の給与支払日の前に所持金が底をついた。最近はこのようなSOSが増えている。
➌夜は荒川の企業組合あうんに移動して「一般社団法人あじいる」と反貧困ネットワークの月次協働会議、シェルターに入居している外国の居住だけでない、具体的に支えあう方法を考えていく事が目的。入居者ひとりひとりを独りぼっちにしない事。医療支援、食糧支援、寄り場での協働作業について論議。7月の隅田川医療相談会に多くのシェルター入居者が参加してくれている。就労が許可されない外国人を対象に、シェルターへのお米や野菜の配送をお届けする事を確認、単に食糧を提供される側でなく、小分けや発送作業に参加してもらう。協働作業を通じて、「共に生きる」「支えあう」寄り場づくりを発展させる事を確認しました。

●2021/7/28 「当事者が当事者を助ける」事例

7月28日(水)
★午前は連携している支援団体の相談者の生活保護申請同行のサポート業務。午後は終日、
2名の若い相談者の**クリニックの通院同行でした。14時からはKくん、15時からはMさんと続きます。シェルターの住人でもあるK君は意気消沈状態です。大切にしていたiPhoneを地面に落としてしまい、画面が壊れてほHOMEボタンが動かない。SIMカードの挿入部分も壊れそうです。ソフトバンクの店舗に聞いたら、Apple Storeでしか修理できないと言われたそうです。都内のApple Storeは数える程しかありません。問い合わせする際のパスワードや管理IDも全て思い出せない。生活保護費では新規で購入する経済的余裕がありません。意気消沈しながら待合い室でApple Storeに行こうか、ヤマダ電機などの量販店で格安携帯に切り替えるか相談、若い世代にとっては保存していたデータがバックアップもされない状態での格安携帯への切り替えは辛いのです。
★ここで奇跡が起きたのです。待合室で横に座っていた診療を待っている男性が「私は以前、Apple関連の仕事をしていました。」故障しているiPhoneを無料診断、Apple Storeにも連絡、最安値の修理方法も伝授、店舗予約まで全て助けてくれたのです。この男性もコロナ禍で仕事と住まいを失い、生活保護を利用して、アパートで暮らしていると聞きました。様々な技能を持っている方がコロナ災害の犠牲者となっています。クリニックの小さな病室で起きた奇跡は、あとで考えたら、「当事者が当事者を助ける」事例です。K君の今までみた事のないような笑顔が印象的でした。

●2021/7/27 福祉事務所全体の対応改善を、時間がかかっても

7月27日(火)
❶午前の湾岸エリアの福祉事務所での生活保護申請同行。7月3日の夜に20代の女性AさんからのSOSに駆けつけた。その日のFacebookにこのように記した。「会社の人間に騙された挙句、仕事も住まいも失い、。怖くなって新幹線に乗って上京した。もう大人のこと、信じれないなって思ってしまったけど、このタイミングで素敵な大人の方に出会えて本当によかったです、」しかし、大人への不信、生活保護を利用する事への躊躇があり今日に至った。何回も何回も励ましながら今日に至った。
★湾岸エリアの福祉事務所は信頼できる女性の査察指導員( 社会福祉法の規定により福祉事務所に置かれる職員で、ケースワーカーを指導監督する)や女性相談員がいる。お隣の同じ区にある福祉事務所では千葉県M戸市で不当な追い返しにあった在日コリアンの女性を女性相談係長が包み込むように優しく応対してくれた。Aさんの「信頼できる大人はいるんだよ」判ってほしかったので、今日も相談員を指名させて頂いた。包み込むような対応をして頂いて感謝です。
★都内23区の福祉事務所の多くが追い返しや無料低額宿泊所が生保受理の条件と言い張り、私たち支援団体は抗議して是正を求めてきた。一方で今日の福祉事務所にような対応をしてくれる福祉事務所も多くある。1年半近くのコロナ禍での生保申請同行で、関係性を形成してきた。酷い職員も多いかもしれないけれど。頑張っている職員の存在もみてきた。
Facebookで良い対応をしてくれる福祉事務所名を紹介できない事は寂しい。良い対応をしてくれる福祉事務所に住まいを喪失した相談者が集中して職員が疲弊、酷い対応をする福祉事務所には誰も近寄らなくなるからだ。しかし、私たちは良い福祉事務所だけでなく、酷いと思われている多くの福祉事務所にも通うようにしている。そのような福祉事務所の中でも頑張ってくれている職員と出会えた事も最近多いからだ。関係づくりを丁寧におこない福祉事務所全体の対応改善を、時間がかかっても、働きかけていきたいと考えている。
❷福祉事務所での申請終了後、定期通院、自立生活サポートセンターもやい訪問、夜はさようなら原発1000万人アクション実行委員会に参加、避難者の二倍請求と追い出し裁判の状況報告、ボブハウスに滞在している猫と一緒の女性を訪問、ネコのエサ含めて状況確認、今日も忙しく1日が終わった。

●2021/7/26 「キー・オブ・ライフ」の名曲を英語で歌いだした

7月26日(月)
❶午前は、土曜日にSOSを受けて駆けつけた男性の対応について、**福祉事務所の相談係長と協議、更生施設から退所させられて居所がない。福祉事務所の見解は、「集団生活なにに煙草を吸っていた事と、ギターを弾く事を止めなかった」5年間も4人部屋に収容し続けていれば、誰だって集団生活ルールを守れなくなるよ。大好きなギターで叫びたくなるよ。土曜日にTENOHASHIの相談会に自家用車で移動中に、たまたまカーステレオから流れたスティーヴィー・ワンダーの「キー・オブ・ライフ」の名曲を英語で歌いだした。3曲もスラスラと歌ったんだ。1日も早くハウジングファーストを!明日、彼が希望する街で生活保護申請する、史上最強の自治体議員が同行してくれる。
❷連休明けの月曜日、反貧困ネットワークが担当する生活保護申請同行は3件、なにに2人の相談者はすっぽかし!来れない場合は事前に連絡くださいね。藍野さんが担当した生保申請同行では、ビジネスホテルが無事に空いていました。無観客のおかげです。
➌夜は一般社団法人反貧困ネットワークの第4回理事会を開催、月次の支援状況やシェルター入居者の現況や支援計画の共有、今後の大人食堂や貧困ジャーナリズム大賞の企画検討、最大の懸案課題は、寄付金収入が7月に入り激減している事、テレビ出演や新聞で大きく取り上げられる月は収入が増加する。これでは厳しい。メディア出演に依存する構造は良くない。様々な団体と話しているが、2022年頃から支援団体の経営は厳しくなるとの予測は共通課題。ささえあい基金の給付継続、現在のスタッフ人件費、シェルター運営費用を何とか維持しないといけない。住まいを失い「死んでしまいたい」と思いながら、生き続けようとしている方々への支援を止めるわけにいかない。特に差別・排除され続けている外国人の生存権を守る事、知恵と工夫が求められている。

●2021/7/24 「新宿ごはんプラス」の緊急相談会に合流

7月24日(土)
❶今日は都庁下で開催されている「新宿ごはんプラス」の緊急相談会に合流、昨日から取材帯同しているメディアと待ち合わせ、ロジカルの久保さんやパルシステムのボランティアスタッフはいつのまにか毎週開催される相談会の欠かせない存在となっている。連合会の若手女性職員も自主参加している。とても嬉しい。急遽だったが、無料生活相談支援をおこなう。継続的にフォローをおこなっていく。
❷五輪の競技会場警備が厳しい湾岸エリアからのSOSに駆けつけた。待ち合わせた場所は更生施設の前だった。50代の男性Rさん些細な理由で3日前に強制退所させられて野宿生活、話を聞くと5年近くも4人部屋での相部屋生活だったという。コロナ感染状況下でも個室生活を保障されない現実、過去の薬物依存、精神疾患などを理由に施設での集団生活を強制され続けていた。スーパーでのレジ、ファミレスの皿洗い、自ら就労努力を続けているのに、、施設での集団生活を長期化させ、アパート転宅などの自立を福祉が妨げ、保護責任を放棄している。現在、利用している福祉事務所での生活保護はもう絶対に嫌だという。池袋のTENOHASHIの食料配布相談会でRさんが今後に希望する区の自治体議員が来ているので東池袋に向かい打ち合わせ、私の方で理不尽な対応を続ける福祉事務所での生活保護廃止手続きの事務折衝をおこない、自治体議員さんが、生保申請同行とアパート探しの手伝いをおこなう。「住まいは基本的人権!」
★TENOHASHIの食料配布相談会で、知り合いとなった当事者から何人も声をかけられる。多くが現在でも生活保護を利用していない。コロナ感染拡大からもうすぐ1年半、みんな疲れ果てているのに「生活保護だけは利用したくない」と頑なに福祉を拒む。施設収容と追い返しばかりの福祉行政の責任は重い。
➌今日もSOSが多い。20時の神田駅で待っていたのは150円の男性、白いYシャツを着た20代、今日も面接帰りだったという。地方都市でウーバーの仕事をしていたが、配達員の数が増加し過ぎてしまい、担当件数が激減、借りていたアパートの家賃が払えず退去、上京したが仕事が見つからず、それでも今日まで就職活動、今日の面接結果が水曜日、面接結果が駄目だったら生活保護を利用したいので保護申請に同行してほしいと、、
❹最後は練馬駅で所持金200円の男性からのSOS、21時15分まで待ったが所持金200円の彼は表れなかった。メールには生活保護を利用したいと書いてあった。いまどこにいるのであろうか。とにかく「生きていてほしい」

 

 

●2021/7/23 日本の人権レベルは五輪開催の資格なんてない

7月23日(金)
❶沈黙の厳戒態勢の東京であっても山谷地域はいつもと同じだ。行きつけの泪橋ホールでは、ピアノライブがあり常連さんが聴き入る。今日から福祉事務所は4連休。このような時間は支援し続けている相談者のフォローにあてる事ができる。僕らの世界では今回のオリンピック開催強行はトンデモなく許せない事、でも時間がたっぷりある山谷の住人たちの多くは、五輪のテレビ観戦を楽しみにしているようだ。それでも仮放免のシェルターの住人は怒っている。難民申請する多くの同胞を入管に拘束、仮放免で就労不可の「生殺し」日本の人権レベルは五輪開催の資格なんてない。
❷非公開の困難案件の対応をおこない、20代の青年が待つ新大久保に向かう。YouTubeで私の映像を観たという。地方から都内の大学進学で上京し卒業、就職先がブラック企業で退職と同時期にコロナ感染拡大して予想外の野宿生活。来週に生活保護申請同行しよう。
➌緊急アクションへの相談フォームへのSOSは相変わらず多い。しかし最近の傾向は都内23区からのSOSは増えていないが、他の地域からのSOSが急増している。殆どが酷い追い返しを受けていたり、複雑な事情を抱えている。手分けして対応している状況だ。
❹夜の駆けつけ支援はなかったので交通規制中の渋谷区内に車を突入させる。五輪反対のデモ隊を激励する事が目的、オリンピックスタジアムには見学する人々で密集している。五輪中にも五輪後にも感染者数は手に負えない状態になる。そして排除された野宿者はどこにいるのだろう。既にテレビ画面からは感動の演出が総動員で開始されている。あとで地獄が待っている。

●2021/7/22「生きていてくれてありがとう」サッカーの話をした

7月22日(木)
❶今日の連休初日、都心の道路も首都高もガラガラ、感染爆発下での五輪開会式前日の風景、炎天下の都内のあちこちでコロナ災害の犠牲者が倒れそうになっている。浅草近くの公園からのSOSに駆けつけた。所持金ゼロ円の40代の男性だった。昨年春に自動車会社の工場を雇止めになって寮から追い出されて、よく1年以上も日雇いで食いつないできた。生きていてくれて良かった。生活保護は嫌だったけれど、生き続けていくには利用するしかないと、、運転免許があるのだったら希望はある。今日から福祉事務所は4連休だ。連休明けの月曜日に一緒に生活保護申請にいこう。
❷高速を飛ばして都内の某所に向かう。20代の女性が待っている。希望を抱いて、真面目に働いてきたのに、たくさんの大人に騙されて貯金してきた全財産を奪われた。少し前から相談を受けていた。連絡を取り続けていた。しかし連絡が途絶えた。今日の朝に連絡がきた「もう辛いんです。」藍野さんと一緒に駆けつけた。小さな公園で野宿して、いのちを繋いできた。「生きていてくれてありがとう。」大好きなサッカーの話をした。来週に一緒に生保申請に一緒にいく事に決めた。一緒にアパートも探そう。そこから仕事探し、希望はたくさんある。面倒くさい漫才(ツッコミ藍野ボケ瀬戸)をかます支援者二人だけど今回は信用してほしい。もう独りじゃないよ、本当だよ。

●2021/7/21 搾取貧困ビジネスの犠牲者からのSOSが絶たない

7月21日(水)
❶今日の生活保護申請同行もそうだが、困窮に陥った若者をカモにした搾取貧困ビジネスの犠牲者からのSOSが絶たない。大半がNPO法人である事を名乗る、貧困ビジネスに関わっている職員が個人でLINEやチャットに入り込み巧みに誘い込む。しかしこの職員も現段階でも生活保護を受給している。搾取NPOの被害者だ。
★生活保護の申請同行に生活保護受給中の職員が同行する。搾取NPOの多くは、困窮にあり、住居を喪失した若者からのSOSがあると、指定された施設に先に入所させて、生保申請に同行する。受給日になると入所者をワゴン車の乗せて福祉事務所に乗りつける。保護費が封入されいる封筒を職員にそのまま渡す。相談者本人に残されるお金は二万円程度だ。
★地方からSOSが入り、東京に逃げてきた相談者から聞いた。居所を失いNPOに連絡、入所できた無料低額宿泊所は綺麗な家電付き個室アパート、しかし毎回、一時扶助費で支給される家具什器費を福祉事務所に請求、完全に搾取貧困ビジネスと福祉事務所が、結果的に癒着してしまっている。厚生労働省も東京都も自治体も福祉事務所も実態把握に取り組んでいない。行き過ぎた民営化も原因だ。生活困窮者自立支援の現場も民間委託、パソナやなどの派遣会社が入札でどんどん参入している。生活保護部門の民間委託も一部で進行している。被害は拡大している。抗する取り組みが求められている。
❷今日も藍野さんと私が同じ時間に別々の福祉事務所で生活保護申請同行、良心的な福祉事務所なのに、ビジネスホテルの確保に苦労している。東京都協議済みホテルの部屋の多くが、五輪組織委員会に押さえられていた。先週の東京都との話し合いではホテルの部屋は充分確保されているとの話であったが、既に埋まりつつある。福祉事務所の職員はホテルに電話をかけまくり、今日は何とか部屋は確保できた。明日から4連休、福祉事務所は休みだ。来週月曜日からの生保申請は急増する。ホテルはもう空いていないのではないかと心配している。

●2021/7/20 1000円上乗せの高速を飛ばして向かう

7月20日(火)
❶先週月曜に駆けつけたSOS、脳梗塞を発症している事が判って病院に緊急搬送した同年代の男性Sさん、1週間で無事に退院できました。言語障害は残ったけれど、片麻痺などの後遺症はなかった。MSWも協力してくれた生活保護も今度は利用できます。もう二度と冷たい対応しない事をお願いします。まにあって良かったです。
❷今日は支援してきた4か月の乳がんの闘病に頑張り抜いたMさんの通院同行です。まだまだ通勤ラッシュの長時間の通院は難しい。早朝5時30分に起床して、シェルターに迎えに高速を飛ばす。今日から五輪開催での首都高1000円一律上乗せで一般道は渋滞、高速はガラガラ状態、駆けつけ支援は都内あちこちから突然飛び込む。とんでもない負担になるぞ!もうあちこちで五輪の犠牲を受けている。7時過ぎに到着して余裕で8時30分からの病院診療にまにあった。Mさんは少しずつ元気になってきた。車中で大好きなミスターチルドレンを聴きながら会話が弾む。もう過去の辛かった話をする事もなく、将来の話もする事もなく、今は音楽の話など普通の話です。これからも焦る必要はないから、経過も順調です。Mさん 本当に明るくなりました。
➌江東区東大島駅からのSOS、8月から寮付き派遣の仕事が決まったが、それまでの所持金が尽きて公園での野宿生活が続いている。最近よくある相談です。もう暑すぎてみんなが野宿が限界だと悲鳴をあげている。1000円上乗せの高速を飛ばして病院から直接向かう。でもなかなか会えない。どこにいるんだ。東大島駅にいるのに30分以上も所在不明。あとで判ったのは、東大島駅は河川橋上駅となっていて駅の出入口は川の両端にある。これでは出口と出口が離れすぎていて車で移動するのも橋を渡る状態、30分かけてやっと会えました。相談者の男性は野宿でご飯も食べていない。暑くて暑くてフラフラでした。
❹再び、1000円上乗せの高速を飛ばしてシェルターに戻り、今度は在日コリアンの女性Wさんと一緒に、地域の親切な不動産屋さんに向かう。既に報告したとおり、千葉県のM戸市で生活保護の相談に行った時に「韓国の親に面倒をみてもらえ」「借金がある人は生活保護は利用できない」差別され排除されたWさんとシェルターがある町で、住民票を移動して生活保護申請して即時決定、自力でアパートを探してきたけれど「外国人お断り」の入居差別を体感する事となった。今日は知人で地域の優しい不動産屋が用意してくれたアパートを見にいきました。お気に入りの物件が見つかり、申し込みしました。冷たい差別とは排除の日本社会。「私には家が見つかるのでしょうか」Wさんは心配します。「平気だよ。見つかるまでシェルターにいればいいよ」Wさんはほっとしていました。

●2021/7/19 原発避難者に公営住宅提供などの対応を

7月19日(月)
午後から衆議院議員会館で。「福島原発避難者の住まいと人権を守ろう 原発事故避難者への二倍請求と追い出し強要を許さない緊急院内集会」を開催しました。
★福島県は、6月14日付で、避難者20数世帯に最後通告ともとれる文書を送りつけています。内容は、意向確認で、7月16日までに退去する事を求め、自主的に転居しない場合は、法的手段に移行する旨警告しています。どうやら、福島県9月議会に提訴議案の上程をおこなう可能性が強まっています。
★福島県が準備している、「追い出し訴訟」に対し、「原発事故子ども被災者支援法」「国際人権法」に照らしても違法であること。避難者の個別事情に充分な支援を果たす事なく、「不正入居者」とみなし2倍相当の損害金請求をおこない続けた結果の「追い出し」は、生存権・居住権侵害に相当し、権利の乱用であることから、福島県が9月県議会で議案を提出した段階で、私たちの側から「原発事故避難者二倍請求と追い出し差し止め訴訟」を、訴える意思を固めた事を今日の集会で公表しました。昨年12月には福島県の担当者が県内に住む親の元に押しかけたり、書留で文書を送りつけました。家族を利用して分断をはかり、追い込む事は許されない。福島県は裁判で原発事故被害者を「犯罪者」のように位置づけ、訴えて強制追い出しをするのでなく、経済的状況が厳しい避難者に公営住宅提供などの対応をおこなうべきです。

●2021/7/18 セミナー「居住支援制度の現状と課題」に参加

7月18日(日)
❶午後から労協センター事業団主催の杉並区居住支援セミナー「居住支援制度の現状と課題」に参加しました。講師は東洋大学教授の山本美香さんからは「求められる居住支援とはどのようなものか」居住支援の概念から住宅セーフティーネット制度の目的と現状、居住支援協議会の現状と事例紹介の解説がされた。パルシステム神奈川時代からの長年の恩人の吉中由紀さんはくらしサポートウイズ理事長で全国居住支援法人協議会事務局長の立場から、くらしサポートウイズでの住まいの相談事例、全居協での居住支援活動の普及拡大や貸主や自治体などに向けた研修やアドバイス事業などの説明がされた。場違いの私からは日常活動となった「住まいを喪失した困窮者の駆けつけ支援と生活保護申請、アパート入居までの取り組み」の現場からは、居住支援制度全般、住宅セーフティーネット制度が生活保護利用者に対応する福祉事務所から活用する事例にも出会った事もなく、現場から見えない制度となっている現状を報告した。ホームレス状態にある人、外国人が入居を拒まれずに利用できるにはどうしたら良いのか、福祉事務所がアパート入居支援について殆ど私たち民間支援に丸投げしている状態、施設入所に丸投げしている状態。生活困窮者自立支援事業の一時生活支援事業の自治体サイドの取り組みも見えない。進む福祉の民営化、公営住宅の空き家活用も進んでいない状況、あまりに「民」や企業の取り組みに偏っていないか、疑問は増すばかり、それでも進めなければならない横軸連携、だからこそ参加できて良かった。
❷日曜日だというのに緊急アクションの相談フォームには朝から深夜までSOSが続いた。千葉担当の阪上さんは23時にSOS対応している。私はセミナー終了後の17時から4件の駆けつけ支援、特徴的傾向は以前にSOSを受けてサポートした相談者が連続する緊急事態宣言で就職先を再度雇い止めされ所持金が尽きている事、最初に駆けつけた多摩エリアの男性はせっかく生活保護も停止した矢先の雇止め、最後の21時に練馬で駆けつけた40代の男性も清掃の仕事が決まった時には喜びのメールをくれたのだけれど今月に雇止め、明らかに緊急事態宣言を繰り返すだけの政府の無策の被害者といえる。
➌2件目の秋葉原で駆けつけた20代の青年は正社員で働いていたが、コロナで解雇、日雇いの繰り返し、8月から寮付きの仕事に就くが、それまでのお金がない。このパターンも急増してきた。寮付き非正規・派遣は、雇い止めになれば、翌日には住居から退去させられる。これからも連絡をください。大型の旅行カバンとリュックサックを抱えた若者を見送った。
❹3件目は**公園で出会った30代の青年、「水をわけてください」猛暑の東京、このままの野宿では死んでしまう。所持金50円、買っておいたパンを渡したら、貪るように食べた。精神的困難を抱えていた。明日、緊急に福祉事務所に同行する。「生き抜いていこう」

●2021/7/17 再出発応援の意味も込めて食費と交通費

7月17日(土)
❶月曜日の原発事故避難者の二倍請求問題集会準備もあり、飯田橋の事務所での作業、阪上さんに依頼されて、大阪大学附属病院看護師労働組合/阪南中央病院労働組合主催の「STOP!東京オリパラ いのちと医療を守りたい!Web集会」に反貧困ネットワークから原さんと参加して3分ずつのスピーチ、医療や教育現場からの切実な報告が続く。水俣から永野先生から、学校での先生や生徒が置かれた授業や深刻な状況、皆疲弊しきってるなど、オリパラやってる場合か?感染対策しろ!オリパラ予算を補償に回せ!、水俣から相思社の永野三智さんも参加、みんなみんな本当にリアルに集合したいです。オンラインもう飽きた!また相思社にいきたい!
❷今日(7/17)も緊急相談フォームからSOSのご連絡を受け、佐々木君と手分けして対応、飯田橋から上野に移動、40代の男性が待っていた。もう1週間も野宿生活、梅雨が明けて暑くて暑くてもう耐えられないという。昼間はデパートの中をウロウロしているという。タクシー運転手の仕事もコロナが直撃したという。来週に生活保護申請に同行する。
➌21時30分に埼玉高速鉄道の小さな駅で待ち合わせした40代の男性、4月にもSOSで会っている。生活保護申請同行も検討したが、どうしても踏み切れず、日雇いで食い繋いできた。寮付き警備の仕事が来週から決まり入寮したが、所持金もなく何日も食べていないので声に力がない。現場にいく交通費もない。来週からの再出発応援の意味も込めて食費と交通費を給付した。やっぱり今日も休めなかった土曜日でした。

●2021/7/16 無低の実態把握を早急におこなってほしい

7月16日(金)
★今日の東京都との協議、7月7日に引き続いての2回目の交渉、チャレンジネットの利用者120名が7月12日、滞在期限を迎え、一斉にホテルから退去した事、何人かが既に行方が解らない。TENOHASHIの食料配布では何人もホテルから退去して行き場がない人々が来ている。生活保護申請者に提供される「協議済みホテル」も、五輪関係者用におさえられているため、利用者の滞在期間が1カ月に満たない状況で、開幕前日(7月22日)より前にホテルから退去、別のドヤや無料低額宿泊所に移動させられる可能性が高いなど前回協議後の推移を踏まえたうえでのうえでの今日の協議だった。
★生活保護申請者の利用できる協議済みホテルについては、「現在、十分な量の協議済みホテルのキャパシティは確保できた。五輪関係者用に抑えられているところもあるが、そこから出た後の行き先として足りるキャパシティがある」私の元には一部の良心的な福祉事務所では、7月22日退去から1カ月滞在に延長されるとの連絡が来ている。直近の生活保護申請同行でも1カ月のホテル滞在が認められたとの情報、7月7日協議要請の成果ともいえる、とりあえず良かったと思う。
★問題なのは、、チャレンジネットの利用者、ホテルを出た約120人のうち、4カ月の一時利用住宅に移ったのが約20人。生活保護への移行予定が十数人。残り約90人は、友人宅やネットカフェに滞在するほか、わからない人がほとんどだという。何故、緊急事態宣言発出時、五輪期間中に安価なビジネスホテルが宿泊費を急騰させる時期に、いったんであっても退去させてしまったのか、「退去した人が再度来た場合は、改めて柔軟に対応する」となっているが、生活保護を申請すると無料低額宿泊所に入所させられると警戒して何人も野宿に戻つている。
★私が強調したいのは、各区市の福祉事務所の間では受けられる支援の格差が存在すること、ホテルの部屋を提供しているのは、実際には都内の3分の1ほど自治体です。都として支援の枠組みを用意していても、実際には使うことなく、無料低額宿泊所や自立支援施設しか選択肢を示さない違法な対応を行う自治体が大半だ。この実態を東京都が把握する事、無低の実態把握を早急におこなってほしい。
★写真の「自己申告票」は昨日のFacebookで問題にした、S区のK福祉事務所において居所がない状態で申請に来た相談者が記入させられる。無料低額宿泊所や自立支援施設しか選択肢を示さない違法な対応を行っている。ビジネスホテルを利用できた方はほんの僅かなのです。支援者が同行しない場合は、ビジネスホテルの選択肢は示される事なく、無料低額宿泊所や自立支援施設に入所しないと追い返す。この実態をかえなければ駄目なんです。

●2021/7/15 「五輪理由に困窮者を避難先ホテルから排除」

7月15日(木)
❶午後からS区のK福祉事務所での生活保護申請同行、S区内には5か所の福祉事務所がある。
同行したのは40代の男性のUさん、印刷会社を雇い止めになり、アパートを6月に退去、、ネットカフェで暮らしていた。先週は週2回の軽作業派遣で食いつなぎ、ギリギリまで生活保護に頼りたくないと頑張ってきたが、仕事がまたなくなり、SOSが届いた。「もう諦めます。生活保護の申請に同行してください。Uさんの今後の希望を聞き、S区内で申請する事にした。
★冒頭から本当に酷い対応に驚愕した。相談部屋ではなく受付コーナーで相談員は勝手にuさんと一対一で面談を開始した。「支援者が同行しているのに何故、相談部屋を使わないのか」と問いただすと相談員は、「現在地保護の場合は相談部屋では対応しない事がルールとなっている。」私が横に座るスペースもない。私を無視して勝手に説明をはじめた。
★居所がない状態で、生活保護を申請した場合、K福祉事務所では、最初から渋谷寮か無料低額宿泊所に入所する事が条件のようなペーパーを渡される。延々とペーパーに基づいて説明する相談員、後方で聞いていた私は、我慢できずに強引に介入した。uさんは6年前にT区で生活保護申請した時に10人部屋の悪質な無低に入所させられた経験がある。保護費の大半を無低に持っていかれた事も納得できずに自ら退所している。その事情も聞かずに、一方的に強要するような説明に抗議、やっと横に椅子を置き同席する事を許された。
K福祉事務所では仕事がなく居所がない現在地保護は、ビジネスホテルを提供していないと突っ張る。五輪の影響でビジネスホテルは厳しいと判断、uさん同意のもと、「ドヤは認めてほしい!」と言ったら相談員は、そちらで探して予約してくれるなら検討すると言って係長と協議なのか席を外す、戻ってきたら再度、「所在が解らなくなっても解らないからドヤは認められない。無低に入所してほしい。個室だから」と主張、私からは「無低の場所と施設条件を示してほしいと要求」返ってきた答えは、川崎市***のSSS、①施設料が10万円超え、⓶食事は17時から18時までで食べなくても徴収、③風呂は17時から20時まで、④門限21時まで、自由を剥奪されたルールにUさんが無低入所を明確に拒否、**福祉は一転してドヤを認める。**はドヤを予約した事がないというので、私の方でオーナーをよく知っている山谷のドヤを予約して今日から1週間泊まり継続更新する事とした。一連のやり取りを男性の職員が後ろで監視している。前払いも1日1000円と乾パンの缶詰のみ、交通費を上乗せしてほしいと言っても拒絶、さっさとアパート転宅急ぎます。
H区長はこのような福祉事務所の現状を知っているのでしょうか。
❷興奮を抑えて地元練馬で「吹っ飛ばそう!貧困inねりま」実行委員会に参加、緊急事態宣言に関わらず15名の参加、5月のライブ&相談会の総括を踏まえて秋に第二回の相談会を開催する事を決定、私としては練馬は23区で唯一、都市農業が盛んな事から、シェルター入居者の就労資格がない外国人の耕作農地と共同販売店、シェルター、分かち合いの「寄り場づくり」など勝手に中期的提案、地域で分かち合い・ささえあいのネットワークつくりたいなと思うのです。
➌自宅に近い練馬で1日を終えたいのに、必ずSOSが来る。上野駅からだ。自宅前を通り過ぎて待ち合わせ場所に向かう。福島県浜通り出身の男性だった。来週火曜日から寮付き派遣の仕事が北関東で決まったが、もう所持金が尽きてしまい野宿生活、このようなパターンが増えている。寮まで辿り着けない。宿泊費と生活費給付、今日も帰宅時間は22時30分
❹今日発売の週刊金曜日に「五輪理由に困窮者を避難先ホテルから排除」と題して記事を書きました。明日は朝から東京都と二回目の話し合いです。困窮者を犠牲にする五輪強行は納得できない。

●2021/7/14 ネコちゃんとお母さんの命を繋ぐ

7月14日(水)
❶今晩のSOSは1件のみ、市ヶ谷で待っていたのは20代前半の礼儀正しい好青年、所持金150円、個人事業主で運送業務を請け負っていたが委託先より正当な料金が支払う事がされず失職、日雇いで食いつないでいたが今日から泊まるお金がない。寮付き派遣の面接が明日にある。面接紹介表を見せてもらう。合格すれば明日から寮に泊まれるかもしれないという。でも給料がもらえるのは2週間後だ。今後を決めるのは本人の意思、多くの駆けつけ支援で寮付き派遣で雇止めにあい、そのまま寮から追い出される事例が頻発している。面接の結果を報告頂き、生活保護含め必要な支援をおこなう事を約束した。
❷ネコと一緒に1カ月間も野宿生活を続けていた女性、女性はコロナの影響で家賃を払えずに千葉県**福祉事務所に何回も生活保護の相談にいったのに、ネコを処分しないと生活保護は申請できない」と追い返されて、電車にネコちゃんと一緒に新宿で野宿生活をはじめた。現在はボブハウスに宿泊している。今晩は3回目の自宅訪問、来週に予定している生活保護申請に向けての打ち合わせと生活費の補充、ネコちゃんのご飯と砂も不足していると聞く。ネコちゃんとお母さんの命を繋ぐ。訪問して良かった。

●2021/7/13 アパートを確保してゆっくり昼間の仕事を探そう

7月13日(火)
❶午後から練馬区避難者支援団体連絡会に参加、練馬区社協が事務局となり、区内で避難者への支援を行う関係機関や団体がそれぞれで把握している情報を共有し、日頃から相談や情報共有し合える関係をつくることを目的に、昨年から取り組みを開始している。福島県から練馬区に避難している人数は昨年段階で約120名、コロナ禍で当事者団体、支援団体の交流企画は中止がつづき避難者の自宅訪問もできなくなってから久しい。コロナ災害の長期化で、非正規就労の比率が高い区域外避難者の経済的困難も心配、昨年の埼玉県調査、避難の協同センター調査でも40%以上が経済的に厳しくなっているとの調査結果、PTSD比率も同様に高い。しかし社協のスタッフも言われていたが、深く繋がれないとの事、避難者への住宅支援打ち切りや医療費支援縮小などの影響、原発事故避難者の困難は続いている。
❷終了後、新宿駅西口にSOS対応で向かう。佐々木君は2件の緊急駆けつけを2件おこなってくれている。私が担当した50代の男性は待ち合わせ場所に表れなかった。直前の電話で「生活保護だけは嫌です」所持金100円、野宿生活1週間、それでも嫌がる。もう一人、昨日、チャレンジネットのビジネスホテルから退去させられた男性が、親しい新聞記者と新宿で一緒だと連絡が来た。彼も無料低額宿泊所だけは入所したくないとの事で生活保護申請を躊躇、結果的に会えなかった。「生活保護は権利」しかし、これまで生活保護を利用した多くの人々が、「施設収容型福祉」と「貧困ビジネス」の犠牲となり尊厳を否定された結果として、生活保護を利用する位なら野宿した方がマシだというようになってしまった。責任は大きい。いのちよりオリンピックの方が大事。もう誰も信用できないんだ。
➌新宿から多摩地域の**市に向かう。3月にSOSをくれた女性のKさん、事務職の仕事を雇止めされて、生活のために風俗の仕事をしているが、繰り返される緊急事態宣言で仕事が激減、ネカフェ暮らしをしながら日々を凌いできた。一緒にチャレンジネットにいって何とか一時利用住宅に入居できたが、その後も緊急事態宣言は続く。今回の宣言で、さすがに力尽きた。一時利用住宅の入居期間内にアパート入居費用は貯められるどころか困窮状態は改善できなかった。「さすがにもういいです。疲れたんです。生活保護を申請します。同行してください。」8月の一時利用住宅の退去日に生活保護申請に同行する事を約束した。
もういいよね、ゆっくり休んでアパートを確保して、ゆっくり昼間の仕事を探そう。

●2021/7/12 院内集会「政治は公的責任を果たしてほしい」

7月12日(月)
帰宅できた時間は深夜12時、衆議院議員会館で開催された新型コロナ災害緊急アクション~活動報告会&各政党との討論集会で「「民間支援団体が担うのには限界がある。政治は公的責任を果たしてほしい」「政治家は現場を知ってほしい」と訴えた。集会後に駆けつけたSOSの現場で脳梗塞を発症しているのに待ち合わせ場所に表れた同年代の男性の救急対応、彼は先週、**川区の福祉事務所に生活保護について相談したが対応してもらえなかったと呟いた。発症していたのは1週間前だった。支援の現場では、依然として『公助』の姿が見えない。見えないどころか「福祉が人を殺す」長い1日が終わった。政治は現実を見に来てほしい。
❶衆議院議員会館で開催された「新型コロナ災害緊急アクション~活動報告会&各政党との討論集会」一部は活動報告会を企画した。会場で1年3カ月振りにNさんと再会した。昨年の4月26日に自宅から187キロ、3時間かけてSOSに向かった先は那須高原、所持金40円、3日間何も食べていなく車上ホームレス状態、「山中で死のうと思った。」「人と会うのが怖い」何回も交信を続けて3日後に会えた福島県出身のNさん、現在は生保申請同行してくれた支援団体のピュアスタッフとして困窮者支援の現場で働いている。集会の映像配信を全て一人でやりきったYさんも12月に東京駅で所持金1円の状態で駆けつけた女性、反貧困ネットワークのスタッフで頑張っている。
★私からは、都内各区福祉事務所から生活保護を申請して東京都協議済みホテルに入居していた約50人が7月22日朝までに移動を強いられている状況を報告、今朝までの情報集約では、**ホテルでは約60室が五輪組織委員会の運営スタッフ用に押さえられていたという。チャレンジネットからホテルに入居していた約120人が今日、宿泊期限を迎え一旦退去させられている事が判った。改めて相談に行った人については次につなげるためのホテル利用は柔軟に考えるとの事の回答、でも相談に行かない、行けなかった人はどうするのか、最悪、野宿へと追いやられる危険性がある。相談者からメールが来た。16日に新しいホテルを見学して移動できないか、ホテル名を聞いたらドヤだった。ある福祉事務所では、ホテル退去後は都外の無料低額宿泊所に入所してほしいとの連絡、無低を拒否した場合など含めて、最悪、野宿へと追いやられる危険性がある。明日からの生保申請同行をどうしたら良いのか、今週中に東京都に再交渉を求めたい。本来的にはどのホテルでも区市によって「厚労省協議」にかけることで1日4000円くらいまで受給可能、都内のホテルは空室が多いと聞く。今週中に最悪の事態を避ける方策を見出したい。これ以上、困窮者を五輪の犠牲にするな!
★第一部では瀬戸が緊急アクション活動報告と住宅問題、稲葉剛さんが生活保護、女性相談会の吉祥さんが女性の貧困、移住連の稲葉奈々子さんが外国人問題、渡辺寛人さんが労働問題の現状と政策提起をおこなう。。
★第二部は、「各政党との討論集会」直前の呼びかけに関わらず、立憲民主(長妻議員)共産(宮本議員)国民民主(矢田議員)社民(朝倉候補)れいわ(山本代表)が参加してくれた。もはや政治は何をやってるんだ!と追及や求めるだけでなく、現場で起きているリアルを共有する事、私たちの側からも、個別課題毎の提起から、横串で繋ぐ政策提案力が求められている。日頃の分野を超えた連帯運動を意識して取り組んでいかないとダメだ。貧困問題、女性問題、外国人問題の連帯は進みつつある。労働運動、協同組合運動との連携は進んでいない。公との連携協同も必要だ。政治を変えるのは私たちの役割なんだ。
❷集会を終えて、外国人担当の原さんと池袋に向かう。長期間、野宿生活を続けていて連携する支援団体の食料配布に並んでいた東南アジアの男性だ。10年以上前に来日、空港で入管に収容、その後も仮放免と再収容の繰り返し、難民認定されず10年以上も日本で生存権も保障されず、それでも生きてきた。もう公園での野宿生活も限界、アパート暮らしをしたいという。もう野宿生活はさせられない。でも私たちのシェルターも他の支援団体のシェルターも満室状態だ。生活費や食料の支援も継続的に必要だ。シェルターが空くのを待っしかない。それまでどのように居所を確保するか、弁護士も入れて今後を検討する。とりあえず、今日はビジネスホテルに泊める事にした。
➌池袋から千葉県に近い**川区内の待ち合わせ場所に向かった。同年代の男性が独り暮らしのアパートから歩いて待ち合わせのコンビニに来た。電話の声がおかしかった。呂律が回っていない。片腕が硬直しているように見えた。足を引きずっている。汗をかいている。私は脳出血で倒れた経験から、脳梗塞の症状だとすぐ解った。所持金210円、給付金や生活保護の相談は二の次だ。すぐ救急車を呼んだ。幸いな事に受け入れ病院はすぐ決まった。緊急治療、小脳出血だった。命は取りとめた。麻痺も最小限だと思う。まにあって良かった。彼はコロナで仕事を失い、妻とも別れたという。これ以上迷惑をかけられないと自ら小さなアパートを借りて暮らして1カ月、1週間前に体調の異変、異変を感じながら**川区福祉に生活保護の相談にいった。最後の失業保険が来週に支払われるとの事で現金も尽きていたのに追い返されたという。最後の最後にメールをくれたのだ。保険証も持っていなかった。暫く、入院してリハビリをおこなう。医療ソーシャルワーカーと連携して生活保護を利用する。支援の現場では、依然として『公助』の姿が見えない。見えないどころか「福祉が人を殺す」ベッドに横たわる彼は、苦しみから解放されたように安堵の表情で語りかけてくれた。「助けてくれてありがとうございます。」政治家はこの現実を見てほしい。
❹遅れに遅れて23時、新宿西口で待つSさんに会う。数日前に駆けつけた。決まっていた仕事がキャンセルされ、再び野宿になった。生活保護を利用したいが躊躇していたという。以前に*東区で生保申請したら無料低額宿泊所に収容され苦しい思いをしたからだ。「今回は私たちが一緒だから」と答えた。今週に生保申請に同行する。でもビジネスホテルに必ず宿泊できるようにします。とは言えなかった。新宿都庁下の長く続く野宿者の段ボールの列、段ボールの上に吊るされたオリンピックフラッグ、何やってるんだ。日本は、何やってるんだ。政治は!『貧困に苦しむ人々の声を聞け!』私たちにはやっぱり公助の姿が見えない。

●2021/7/11 ラジオドラマ「ハザードランプを探して」を聴く

7月11日(日)
この間、早朝から夜遅くの支援業務が続いていたので週末はスローダウンしないと身体が持たないと判断、でも相談電話は多い。オリンピック期間中の生活保護申請者のビジネスホテル退去問題の取材も多い。月曜日の緊急アクションでの院内集会の資料作成や原発避難者への二倍請求と追い出し問題も重なる。せっかくの自宅での作業も集中できない。今日は18時30分に反貧困ネットワークの事務所に、配布資料の最終準備と印刷に阪上さん、原さん、佐々木さん、ボランティアの小野寺さんが集まってくれた。
●昨日にSOSをくれた20代の相談者が来訪、これまでの困難を聞く。水曜に生活保護申請同行するが、五輪の影響でビジネスホテルが獲得できるか解らない状況を率直に事前説明、最低でもネットカフェ滞在を福祉事務所に説得するしかないか、、悩ましい1週間が始まる。いずれにしても五輪強行開催の被害者がコロナ災害を食い止められなかった加害者によって切り捨てられている状況は許せない。何とか当事者第一主義で動きたい。
●19時をかなり過ぎたところでTFMでのラジオドラマ、ハザードランプを探して~コロナ禍の貧困 「ただ、生きていてもいいですか?」を聴く。新型コロナ災害緊急アクションの駆けつけ支援を通じて出会った2名の女性の物語、藤田和恵さんが実話に基づいた描いたストーリーがリアル過ぎる。SOSに駆けつけた時の「どこかに連れていかれると思った」当たり前だよね。ハザードランプを探して~コロナ禍の貧困 「ただ、生きていてもいいですか?」聴取可能期限:2021年07月12日 20:44まで聞く事ができます。

●2021/7/9 藍野さんとりあえずアッパレ!

7月9日(金)
★今日は朝7時に自宅を出発して湾岸エリアにある反貧困ネットワークシェルターに向かう。先週に4カ月間の乳がんの闘病生活を終えて退院したMさんのはじめての検査日、通院同行のために車で迎えにいく。生活保護申請同行日の翌日にがんが解り4カ月間入院していた事で体力が急激に低下してしまった。免疫力低下も心配、なのに病院が設定した予約時間は9時30分、とっても通勤ラッシュの朝にひとりで電車に乗って1時間以上も耐えられないと判断した。しかし朝の一般道路も首都高速も大渋滞、シェルターに90分かかり到着、病院はなんと私の自宅から近い、9時を過ぎると道路は空いて45分で病院に到着した。
★ここで重要な事を気付かなかった。今日は退院後の初回健診、15時までかかる。急遽、14時から予定していた、冷酷な対応で有名な**福祉事務所の生保申請同行を、藍野さんにお願いした。「うちの福祉事務所は、ビジネスホテル提供なんかしていない。無低大原則、嫌なら他の福祉事務所で申請しろと追い返し、相談員の目の前で、相談者に白紙の紙に「**福祉で生活保護の申請をしたいです。」と書いてもらったら申請受理となり、月曜日まではネカフェ宿泊が認められ、月曜に女性専用の宿所提供施設(無低でも自立支援でもない)で生活できる。藍野さんとりあえずアッパレ!
★Mさんの病院検査は15時20分に全て終了、全ての検査結果は異常なし、本当に良かったです。福祉事務所に立ち寄り、良心的なケースワーカーさんに結果報告と保護費をもらった。土曜日と平日午後の受診は独りで通院するが、再来週の健診は8時30分からとなっている。当面は同行します。緊急事態再発とオリンピック強行直前の夕方の環七は大渋滞、シェルターから自宅まで2時間もかかりました。でもMさんがとても明るく、よく話してくれる方だったので今日はとても良い1日でした。

●2021/7/8 NHKラジオ出演はSOSに移動中の車中で

7月8日(木)
❶今日も朝から**福祉事務所に向かう。7月1日に反貧困の相談員の藍野さんが、生保申請同行した時に私とほぼ同郷の相談者Kさんに、ホテルという名のドヤを提供した件、ケースワーカーは共同風呂、共同トイレだと事前に説明していない。1カ月の宿泊でなく、1週間の生活の様子を見て延長判断するとの事だった。今日は1週間経過してはじめてのケースワーカー面談に立ち会った。「1週間どのように過ごしましたか。お金はどのくらい残っていますか。」今日のケースワーカーは前回と豹変したような対応だったという。1週間問題なく過ごせたようなのでホテルを延長しましょう。期間は言わない。ホテルではなくドヤだからだ。私はドヤが悪いとはいっていない。ドヤだと住所が置けるのが最大の利点、ビジネスホテルのような厳しい宿泊期限もなく緩やかだ。でも今回はホテルだと言わずにドヤである事、トイレ・風呂・キッチンなどを事前に説明して相談者に事前了解をえてから宿泊提供すべきなのだ。もう二度と嘘は言ってはいけません。
❷午後から私は。平和地域活動委員会参加のためパルシステムに戻る。藍野さんは引き続き同じ福祉事務所で新規相談者の生保申請同行、藍野さんから電話連絡が入る。「21日までビジネスホテル宿泊、翌日から無料低額宿泊所に入所してもらう。」福祉事務所では22日以降の選択肢がないようだ。貧困ビジネスの温床であり、私たちが問題にしてきた無低に選択肢がない。オリンピックでホテルが押さえられてしまったからの理由で無秩序に入所させられる。東京都や厚労省は事前に事態が想定できたのに、困窮者を犠牲にした。22日の朝、何人かは無低の環境を拒否して野宿する可能性も否定できない。弱きものをオリンピックの犠牲にするわけにいかない。
➌NHKラジオ出演はSOSに移動中の車中でおこなった。都内のホステルに向かう。昨日湾岸エリアの福祉事務所に表れなかった20代の女性Aさん、藍野さんも私もその後、メールを送り続けた。「いま何処にいますか。ご飯食べれてますか。ちゃんと屋根がある場所に泊まれていますか。寂しくはないですか。これからも連絡を待とうと思います。遠慮しないでください。いつでも駆けつけます。」Aさんから返信が来た。Aさんが書いてくれた苦難の日々を思う。ホステルで会った。Aさんは私のフェイスブックも見ていてくれた。昨日は生活保護を利用する事が恐くなってしまって途中で電車を降りてしまった。約束を破ったのにメールとフェイスブックを見て嬉しかった。勇気を出して、もう一度メールをくれた。Aさんと会って「もう独りでないといったよね」大人は酷い奴ばっかりじゃなんだよ。Aさんは泣いて笑った。来週、もう一度生活保護申請に一緒にいく事にした。
❹最後は、山手線の小さな駅で40代の元印刷屋さんの男性と会う。所持金200円、明日と土日だけ仕事が決まったけれど、今日は野宿するしかない。冷たい雨が降り続けている。しっかり常用で仕事が決まる事を願い、2日分の宿泊費と生活費を給付した。

●2021/7/7 やる気も覇気も見られない課長の対応

7月7日(水)
❶東京五輪の開催期間中、生活保護申請者のアパート入居までの一時的な滞在場所としてのビジネスホテルの宿泊提供期間が7月22日朝チェックアウトにされている事が、先週の生活保護申請同行でビジネスホテルを提供する福祉事務所(23区中10区程度)全て説明されている事が解った。このような状況下で、無料低額宿泊所や自立支援施設にこれまで以上に強力に斡旋されるケースが目立っている。五輪・パラ五輪前後の期間において、住居喪失者が相部屋の施設や路上での生活を余儀なくされる事態が懸念されている。今日の朝9時より都庁において「「東京五輪・パラ五輪期間にかかる住居喪失者支援の緊急要望書」を都内支援10団体の連名で提出、私は反貧困ネットワークと新型コロナ災害緊急アクションを代表して参加した。東京都に求めた主な要望は、(1)住居喪失者や生活保護申請者の居所確保 (2)五輪開催に伴う路上生活者の退去・撤去をしないこと (3)ホームレス状態の人などへのワクチン接種の実施
★提出後の都との話し合いにおいて都の保護課長は、「各区の福祉事務所が頑張って個室確保をしているので大丈夫だろう」という認識、オリパラ期間はホテルが満室になる状態を何故、想定しないで放置、福祉事務所任せにしてきたのか、チャレンジネットを通してビジネスホテルを利用している方についても、宿泊場所を失う可能性が高い。22日朝に多くの生活困窮者が一斉退去することになった場合、どうするのか。対応を聞いても、「今の時点ではわからない」やる気も覇気も見られない課長の対応、状況把握がされていないようでは危機認識の共有もできない。このままでは、22日の夜から泊まるところがなくなり、野宿せざるをえなくなる。五輪で困窮者が犠牲者になる。東京都や厚生労働省の公的責任で、誰ひとりも野宿を強いる事のなきよう対策をとってほしい。私たちは支援してきてビジネスホテルに宿泊している相談者全員と連絡を取りながら野宿や無料低額宿泊所に入所させられないように対策を講じる。
❷都庁から出て急いで、湾岸エリアの福祉事務所に向かった。先週土曜の夜に、羽田空港の滑走路の夜景の近くにあるホステルからSOSをくれた20代の女性Aさんか「もう大人のこと、信じれないなって思ってしまったけど、このタイミングで素敵な大人の方に出会えて本当によかったです、当日に連絡したのにすぐ来てくれて沢山話聞いてくれてありがとうございました」携帯電話がないので、その後もメールでやり取りした。感謝と同時に独りぼっちで寂しいと、、月曜日に突然、返信が途絶えた。何があったのだろう。メールを送信しても返信がこない。それでも福祉事務所に向かったがAさんは来なかった。「いま何処にいますか。ご飯食べれてますか。ちゃんと屋根がある場所に泊まれていますか。寂しくはないですか。これからも連絡を待とうと思います。遠慮しないでください。いつでも駆けつけます。」
➌夜は、ワーカーズコープ本部で、反貧困ネットワークとワーカーズコープが連携して、6月6日に取り組んだ「第3回しごと探し・しごとづくり相談交流会」の振り返り会議。これまで相談交流会に参加された方が5人ワーカーズコープに就労につながり、また明日からワーカーズコープが主催する「介護職員初任者研修講座」に2人が受講。ワーカーズではこの間、急速に外国人の雇用が進んでいると聞いた。一方で雇用しても精神的課題、金銭管理などの課題を抱えたりしている事例もあり、精神的ケアや自立生活のためのケアを事業所長が苦労している上京も報告された。討論の最中に、SOSが入る、30代の男性だ。池袋にいる。関西から仕事を探しに上京したが、仕事がなく帰郷したいが交通費がないという。ワーカーズコープに来てもらい帰郷のバス代を給付する。地方に仕事がない。家族との関係が切れているとの理由で、東京に来れば仕事があると思って上京、でも仕事がなく生活保護を利用する。このような相談事例が増えている。このような事例に対して、何ができるかも討論、就労資格を与えられない外国人との協同耕作など話題は広がる。独自地域通貨が考えられないか、、地元練馬で、社会的住宅、耕作地、大人食堂、フードパントリーなどコンソーシアムができないかな。第4回しごと探し・しごとづくり相談交流会を、9月20日に開催することを確認し、次回会議に向けて、協同組合や農民連、労福協などに参加を呼びかける事とした。
❹会議の帰りに近くの池袋東口公園でTENOHASHIの夜回り支援に来ていた清野さんや武石さんに会う。今日の朝8時30分に一緒だった二人と21時過ぎに再会、みんな頑張っている。

●2021/7/6 Wさんは嬉しくて泣いていた

7月6日(火)
❶今日も朝からS区**福祉事務所での生保申請同行、しかし相談者は表れなかった。駆けつけ支援を担当した佐々木さんに聞いたら、今まで連絡がとれていたのに、昨日からバッタリ連絡が取れなくなっていたという。とりあえず元気でいてくれれば良い。でも彼はもう金がない。それにしても事前に連絡してくれるといいのと思う。午後は藍野さんが残り、別の相談者の生保申請同行、対応の良い福祉事務所にはずだが、無料低額宿泊所の入居誘導が強く迫られた。との事、やっと確保できたビジネスホテルも今日も7月22日朝のチェックアウトだという。このままでは22日の朝は一斉に無低か野宿かの選択を迫られる。明日の東京都申し入れで状況を打破しないと大変な事になる。
❷午後から先週にシェルターに入居した在日コリアンWさんの女性の生保の生保申請同行、既に報告したが、千葉県M戸市福祉事務所の差別的で違法な追い返し対応は酷すぎる。3回も相談に出向いたのに「韓国の家族に面倒を見てもらえ」「負債があると生活保護は利用できない」と仰天の追い返しをしていたのだ。Wさんは何回も不安を口にする。「私のような韓国人が生活保護を利用できるのでしょうか」「借金があると無理ですよね」「断られたらシェルターにもいられなくなりますか」先週に怖くなって近寄れなくなったM戸市から住民票を移して、シェルターのある場所に住民票を移動した。在日外国人は外国人登録証がある住所の福祉事務所でしか生活保護が申請できないからだ。
★対応してくれた福祉事務所の面接を担当してくれた方は女性の相談係長、ハッキリいって今まで経験してきたなかで最高の対応をしてくれた。Wさんは嬉しくて泣いていた。これからは独りではないよ。二人で食べた丸金ラーメン Wさんは辛ラーメンを美味しそうに食べていました。
➌夕方に、外国人担当の原さんが女性シェルターに入居予定のアフリカ系の女性Hさんを連れてくるとの事で待機、知人宅に居候状態でお世話になっていながら家賃も払えず生活が苦しいという。Hさんも様々な状況を良く考えた上で入居の最終判断をするという。嬉しかったのは冷蔵庫の中に、優しすぎる大家さん夫婦が、「入居時セット」のバナナと牛乳と卵を準備してくれました。大家さんがシェルター名を命名してくれました。2525(にこにこ)ハウスです。憲法25条の意味なんです。
❹今日の夜は都内のあちこちからSOSが舞い込む。3か所の運行ルートを編成、秋葉原→市ヶ谷→新宿の順番で回る。秋葉原と市ヶ谷で待ち合わせしたのは30代の男性、所持金ほとんどなし、居所なし状態で切羽詰まっている。秋葉原で会った青年は、状況に対して「生活保護しか使える制度がない」との私の説明にショックを受けていた。市ヶ谷の青年は生活保護申請同行となった。
❺最後は新宿駅西口、21時になってしまった。待っていたのは40代の女性、コロナの影響で仕事がなくなり住まいも失い、4か月間のネットカフェ暮らしで所持金が150円まで減ってしまった。「何回も死のうとしたが、死ねなかった」もう独りじゃないからアパート探しから仕事探しまで一緒に頑張り過ぎないで頑張りましょうね。女性はずっと泣いていた。今週中に生活保護申請に同行する。

 


●2021/7/5 オリパラで福祉事務所の対応が一変

7月5日(月)

❶今週も福祉事務所での生活保護申請同行から始まりました。今週から悩ましい日々が始まります。オリパラ期間中の生保申請受理者のビジネスホテルなど一時宿泊場所の確保が困難になる事が先週の申請同行で明らかになったからです。先週の事例でも「良くても7月22日朝にはチェックアウトしてほしい。」「無料低額宿泊所に入所してほしい」。いままで私たちが同行すれば、最低1カ月間はビジネスホテルに一時宿泊できていたのに、対応が一変したのです。
★今日午前に同行した地元の福祉事務所、いつも満点の対応をしてくれる女性相談員さんが嘆く。オリパラ期間中はホテルが押さえられずに苦労している。仕方なく無料低額宿泊所を冒頭、案内するしかないとの事、でもビジネスホテルを希望する相談者には対応するが、
多くの相談者が利用してきたホテルは7月16日までとホテル側から通告されている。現在、某チェーン店のビジネスホテルをあちこちあたっているが7月22日朝にはチェックアウトといわれている。「無観客の可能性があるので、とりあえずビジネスホテルを押さえましょう。」先週の**福祉事務所ではケースワーカーが宿泊先の判断をおこなう。ここではホテルと偽り、ドヤを紹介した。明日は2か所、明後日も1か所 違う福祉事務所の申請同行だ。現在の運用では、生活保護申請受理者用のホテルの部屋を事前予約している訳でなく、東京都が指定したホテルの空き状況に応じて確保している。このままいけば日を重ねる度に空き室はなくなる。7月22日朝にホテルから一斉退去になり、無低に入所するしか選択方法がない。7月7日(水)に他の支援団体と一緒に東京都に申し入れする事を決めた。。具体的にはあらかじめ一定数の居室を確保することや、厚労省協議による宿泊費増額についての運用を各自治体で徹底する事を求めていくしかない。チャレンジネットの一時利用住宅利用者の一時滞在先のビジネスホテルも同様に、7月22日朝にホテルから一斉退去になるような事があってはならない。
❷昼から、**福祉事務所でのケースワーカーとの面談同行、3カ月前に深夜の公園からSOSをくれて駆けつけた女性、「瀬戸さんは希望になってくれますか」と言われた記憶、長時間の面談で辛かった過去がフラッシュバックしてしまい再び公園に、再び駆けつけた。以降はずっとケースワーカー面談に立ち会ってきた。今日はひとりで面談、私は外で待つ。自分で不動産屋を回り、もうすぐ仕事にも復職する。もうひとりで歩いていけそうな気がする。もう一歩だね。
➌夜は反貧困ネットワーク実務担当者会議、今日からは相談対応事例の共有に会議の多くを費やす事を意識してすすめた。ひとりひとりの相談対応や申請同行で感じた事、悩んだ事、みんなで決めていきたい事を共有して論議する。チームでレベルアップして相談者の役にたっていきたい。

●2021/7/4 差別と排除は絶対に許してはいけない

7月4日(日)
❶昨晩、支援を続けてきた都内の外国人家族の緊急事態を昨日聞いた。1日でも放置できないので、原さんと駆けつけた。長い期間、家族を支え続けてきた地元の支援者も一緒だ。詳しくは書かないがこれだけは書く。「皮膚の色が違う外国人を差別し、排除し続ける政治は市民社会にも浸透している。緊急事態の現場を誰も通りかからなかったはずはない。何故、誰一人も助けてくれなかったのか」地域に繋いでいくが、ぜひお願いしたい。地域で生きている人々の事を知る事、多様性を認める事、困った時に「助けて」と言える事、差別と排除は絶対に許してはいけない。厳しく断罪せよ!
❷新宿区内の狭すぎるレンタルオフィスで待っていたのは、料理人のMさん、コロナ災害の被害が直撃してしまった。芸能人も常連客の会員制レストラン、ホテルの料理長などの経歴もあるMさんも働いていた店も閉店、転々としたお店も閉店、家賃も払えずに住まいからも追い出された。とりあえず二週間後から調理の仕事が決まったが、コロナ感染が再び増加している事から、本当に仕事が始まるか解らない。今晩はとりあえず生活費は給付、チャレンジネットでの一時利用住宅入居の交渉をおこなうが難しい場合は連絡をとりあい継続的支援をおこなう事を約束した。帰宅は23時、私にとって日曜日は日曜日でない。

●2021/7/3 多摩地域・神奈川県からのSOSが増えている

7月3日(土)
❶今日も緊急アクションの相談フォームに多くのSOSが届く。最近の特徴は、SOSの大半は、23区内からだったのに、多摩地域・神奈川県からのSOSが増えている事、コロナ禍の長期化に伴い、単身だけでなく家族単位での困窮状態からのSOSも増えている。女性からのSOSも増えている。来週からのスケジュールも埋まりつつある。オリンピックを控えて生活保護申請を受理された後に、ビジネスホテルは提供されるのであろうか。「無料低額宿宿泊所しか残っていません。」と言われた場合の代案や抵抗戦術を考えて臨むしかない。
来週は反貧困ネットワークの相談員である藍野さんと手分けして福祉事務所を回る。
❷日本橋茅場町で待っていたYさん、30年住み慣れた都内の馴染みの街のアパートを家賃未納で退去、故郷に帰るも居場所はなく東京に戻ってきた。所持金は140円、週末過ごす宿泊費と生活費を渡して、来週、馴染みの街の福祉事務所で生保申請同行する。
➌夜は羽田空港の滑走路の夜景の近くにあるホステルから20代の女性AさんからのSOSに駆けつける。詳しくは書けないが地方で真面目に働いてきたのに、会社の人間に騙された挙句、仕事も住まいも失い、。怖くなって新幹線に乗って上京したという。辿り着いたホステルは10人部屋で壁で仕切られた簡易個室、住人同士の怒鳴りあいで夜も眠れない。宿泊費は1日2.000円、今回も騙されるのではないかとビクビクしたそうです。早速の返信が来ました。「もう大人のこと、信じれないなって思ってしまったけど、このタイミングで素敵な大人の方に出会えて本当によかったです、当日に連絡したのにすぐ来てくれて沢山話聞いてくれてありがとうございました」慣れない東京だと思うけれど、しっかりサポートしていきます。
❹夜もずっと、あちこちからの相談電話が続く。サポートを続けている外国人家族の子どもが陰湿ないじめにあっていると聞いた。明日、急遽駆けつける。こんな「冷たい日本でオリンピックを開催する資格なんかない!

●2021/7/2 犬猫家族のためのシェルター候補地を見学

7月2日(金)
❶午後から関越自動車道を走り埼玉県西部の**駅に向かう。今日は反貧困犬猫部部長の雨宮処凛さんの号令に私と原さんが応じた。任務は犬猫を飼っていて住居を喪失した家族のためのシェルター候補地の一軒家の見学です。雨宮さんの友人の友人の社会福祉士さんが、反貧困犬猫部の活動に共鳴して頂き、リフォームするので活用してほしいと嬉しい連絡をくれたのです。最近、家賃が払えず。住まいを喪失した方が激増しています。犬猫家族でなくても仮放免で子どもがいる外国人家族からも多く相談が来ています。古い家でしたが部屋が3つもありました。部屋の中にはキャットタワーもあり、書斎もあり、ネコ好きの雨宮さんのアジトとしても最適でしたが、リフォームも大家さんの好意で工事してくれるようです。本当にありがとうございます。このような好意の連絡が続いています。
❷関越で定番の新宿駅西口に戻る。今日の駆けつけ支援の待ち合わせは、地方から高速バスでバスタに到着した30代の男性との待ち合わせ、最近、地方から仕事を探し上京してくる若い男性が増えている。東京も感染拡大が続き、仕事がない。地元の支援団体を紹介するが、うまく繋がれない。即時対応してもらえないなど返信が来る。故郷でどのような困難があり、どのような家族との軋轢があったのか、聞き取りだけでは根底にある苦しみは全て解らない。東京に来て生活保護を利用してアパートを借りて仕事を見つけて再スタートをはじめたいとの意思を尊重するしかない。東京の地理もよくわからない。生保申請先も任される。
ましてオリンピックを控えてビジネスホテル確保も難しくなっている。対応が厳しく「無低が生保申請受理の条件だ」と言い放つ福祉事務所は更に足が遠のく。相談者第一主義で生保申請同行する。
➌夜は昨日、某福祉事務所で「ホテル」と名称がついている「ホテル」では無い山谷のドヤに説明なしであてがわれた相談者Kさんに会いにいく、近くにある泪橋ホールで餃子定食を食べてもらい「ゴメンね」Kさんは野宿生活をしていて着替えの服も殆どない。衣服もカンパした。ケースワーカーはとりあえず1週間、ドヤに泊めて「ちゃんと生活ができるか様子を見て今後を決める」という。そんな事を言い放つのであれば必ずドヤに家庭訪問しにくるのでしようね。大田区のシェルターの家主さんから写真が届く。先日に乳がんから退院してシェルターに入居したMさんを蕎麦屋さんに連れていってくれたようだ。Mさんの人生 辛かった時間が多過ぎました。私たちといる時間はできる限り「優しい時間」を過ごして
ほしいです。女子会のKさんは8月から「女性の貧困」に取り組むワーカーズの仕事が決まったとの報告、私たちの伴走支援は「未熟」だけど、福祉事務所より「優しい時間」を通じて丁寧だ思うんだ。

●2021/7/1 ビジネスホテル一時宿泊提供がなくなりつつある

7月1日(木)
❶職場であるパルシステム本部で生活困窮者の食糧支援の今後についての意見交換、パルシステムでは新宿ごはんプラス・TENOHASHIなどの相談会などでの食料提供、企業組合あうんのどっこい食堂の青果食材の提供、私たちが主催する大人食堂でも全面的に支援頂いた。今日は私から、外国人支援から見えてきた継続的な食料支援の必要性などについて報告、いろいろ新たな協働連携を具体化していく事にした。
❷6月18日に駆けつけた在日コリアンの30代女性Fさん、新型コロナウイルス感染症対応休業支援金が給付されずに大雨の今朝、家賃未納でアパートを退去した。所持金は300円、退去したアパートの前まで迎えにいき味噌ラーメンを食べて、アパート所在地の福祉事務所で相談した。Fさんは以前住んでいた千葉県M市で計3回の生活保護の相談をしていた。福祉事務所の相談員は、「韓国の親族に世話になれば良い」と言い放ち追い返した。数日間は公園で野宿して今朝退去したゼロゼロ物件のアパートに来たのだった。外国人登録証の住所は千葉県M市、現在地保護はできない。しかしM市での生活保護申請は頑なに拒んだ。もうM市での保護課に行く事は「差別されたトラウマと冷たくされた瞬間のフラッシュバック」考え悩んだ挙句、M市役所に転出届だけをとりにいき、反貧困ネットワークの女性シェルターに今晩から一時宿泊、明日に転入届をおこない来週に生活保護申請に同行する事とした。都内から高速をぶっ飛ばして千葉県へ、転出届をもらって高速をぶっ飛ばして都内に戻った。シェルターでは突然の入居にかかわらず待っていてくれた大家さん、同居人の女性2名が受け入れを手伝ってくれた。急にどこに来たのか、最寄りの駅は何処にあるのか、商店街は何処にあるのか解らないFさんを今晩からの食材の買い物に付き添ってくれたようだ。千葉県M市の差別と排除の追い返し事件は絶対に許せない。ただ今は追求は今後の課題としていく。Fさんが新たな地域でのささえあいの中で再出発をスタートしてからで良いと思う。でも本当に申し訳ない気持ちで一杯だ。
➌高速道路で移動中に、**福祉事務所で生活保護申請同行中の反貧困ネットワークのスタッフAさんから連絡が入る。普段は私たちが問題なくビジネスホテルを一時宿泊先として最低でも1カ月提供するはずが「無料低額宿泊所しか空いていない」とケースワーカーが突っ張る。Aさんは相談者の「無低だけは入所したくない」との意思を受けて猛然と抗議した。背景には7月23日からの東京オリンピック強行開催でホテルの空きがなくなっている事も考えられる。Aさんの長時間の粘りで、東京都協議ホテルだはないけれど、ホテルが確保できたとの連絡が来た。しかしメールの内容を見たら「南千住」おかしい。電話でAさんと確認したらホテルという名のドヤだった。Aさんは優秀な相談員だが東京に来て1カ月を経過していない。全てのエリアとドヤ事情を理解できていないのは当然だ。しかもケースワーカーは共同風呂、共同トイレだと相談者にも説明していない。1カ月の宿泊でなく、1週間の生活の様子を見て延長判断するとの事、ホテルに泊まれると言い放ち、共同風呂と共同トイレなど事前に説明をしなかった事は本当に不誠実だ。相談者とAさんを騙した。相談者は野宿生活から解放され、ホテルでゆっくり休んで、お風呂に入ろうと思ったらビックリしたようです。ケースワーカーさん 適当な対応はもうお止めなさい。本当に怒っています。
❹いよいよ東京オリンピックを控えて生活保護申請受理者のビジネスホテル一時宿泊提供がなくなりつつある。「オリンピックがある為、先週金曜の生保同行では、ビジネスホテル宿泊は7月21日までとなると言われた、今日に他の支援団体の同行でも7月21日退去、現在、利用していてアパート探し中の相談者も「期限内にアパートが決まらないから」との理由で退去させられている。確かに福祉事務所の責任でない事は理解する、だからと言って貧困ビジネスの無料低額宿泊所に全員収容し続けるのか、8月末まで、居所を失った生保申請者全員を収容するのか、無低が一杯になったら野宿になるのか、早急に東京都の見解と対策提示を求めようと考えている。

●2021/6/30 K君は一歩ずつだけれど前を向いている

6月30日(水)
❶台東区にあるシェルターにK君を迎えにいって、メンタルクリニックの5回目の定期受診同行をおこなう。今日は担当ケースワーカーもクリニックで合流、現在の生活状況を把握して今後について一緒に考える。オープンダイアログ形式での対話に時間だ。自殺を試みようと向かった現場から怖くなってSOSをくれた。「生きていく自信がない」孤独でたまらないビジネスホテルから、反貧困ネットワークのシェルターで暮らし始めて4か月が経過した。優しき隣人との関わりのなかで一歩ずつだけれど前を向いている。将来のアパートでの自立生活を実現するためにシェルター管理人の内山さんが「美味しいお米の炊き方と料理」を教えてくれている。コンビニ中心の食事でなくてスーパーマーケットでの買い物で家計管理、K君に来いたら「自炊の方が美味しい」と笑う。シェルターは単なる宿泊所のハコではない。ひとりひとりの困難状況に応じて生活支援をおこなっている。
❷午後からは江戸川橋にある自立生活サポートセンターもやいに向かう。今日は住まいを探している3名の相談者が集合して居住支援コーディネーターの土田さんと東さんが丁寧に対応してくれる。最近、保証会社の最終審査で落ちてしまう事例が頻発している事から、確実性と進捗が把握できる事から、もやいの居住支援部門にお願いした。20代の男性2名と家主の都合で8月末にマンションの取り壊しがされる。ずっと独りぼっちで悩んで胸が押しつぶされそうになって練馬の相談会で知りあい、励まし続けながら今日に至った。UR住宅もファミリータイプが大半だった。土田さんが事前にいくつかの物件をリストアップしてくれていたのでひと安心、チームで伴走していきます。

●2021/6/29 もう独りではない事を実感したMさん

6月29日(火)
★6月5日から反貧困ネットワークの相談員に加わって頂いた藍野美佳さんが先週から生活保護申請同行をひとりでお願いできるようになったので、私は以前から担当している相談者の個別フォローに丁寧に関われる時間が増えてきた。東京都内の福祉事務所毎の対応格差への驚き、行政や福祉事務所が本来やるべき事を民間支援団体が何故ここまで担うのか、驚く事が多いと言う。支援の方向性や困難事例の対応方法など「事例共有」など対話のコミュニケーションを大切にして反貧困ネットワークの支援力を高めていく。
❶都内某所のボブハウスにネコと一緒に暮らす女性kさんを迎えにいって反貧困ネットワークの事務所に移動し、今後の方向性について地域担当の阪上さん含めて面談をおこなう。事務所までの移動中に聞いたら以前は20トンの大型トレーラーの運転手で全国各地を駆け回っていたのだと!平均労働時間は16時間、さすがに身体を壊して働く事ができなくかった。でもKさんは結構稼げたんだよと言う。その頃の年収を聞くと約450万円、大型トラック運転による身体の酷使と長時間労働 もう無理してはいけないよ。「ネコを処分しないと生活保護は利用できない」このように言い放った福祉事務所にはしっかり抗議しよう。
❷**福祉事務所でケースワーカーさんと待ち合わせして大学病院に向かう。今日は念願の退院の日、4か月振りに女性Mさんと再会、驚く程に痩せていた。1月にSOSを受けて駆けつけた夜の川崎駅、飲食業で雇止め、慣れない夜の警備で身体を酷使、仕事も当時は殆どなく、ネカフェも泊まれない状態で再会した時にMさんは歩く事が困難に、翌日に都内で最高の対応をしてくれる福祉事務所で生保申請して即日、総合病院で検査して乳がんである事が解った。入院前に食べた「安楽亭の焼肉」と「揚州商人の担々麺」をもう一度食べようと約束した。退院しても支援し続ける事を確認して4カ月間が経過した。反貧困ネットワークの女性シェルターで暫く暮らす。大家さんの大学教授夫妻、今日も待っていてくれた。同じアパートで暮らすKさんは買い物を手伝ってくれた。「ささえあう仲間」が近くにいる。もう独りではない事を実感したMさん、私の著作本をプレゼント、Mさんも登場している。やっぱり「安楽亭」でなくて少しレベルが高い焼肉食べて、退院を祝いたい。

●2021/6/27 最近は日曜日のSOSも増えてきている

6月27日(日)

❶最近は日曜日のSOSも増えてきている。数日間、私の代わりに駆けつけ支援を頑張ってくれた佐々木大志郎さんは子どもが小さいので日曜日は子どものために休ませたい、神奈川の杉浦さんは住まいを喪失した外国人のシェルター受け入れに伴う引っ越し大移動、今日の駆けつけ支援は頑張ろう。
❷多摩川を少し超えた川崎大師近くで待っていてくれたUさん、昨晩遅くにSOSメールが届いたが、電話して今日に待ち合わせした。Uさんは福島県中通り出身だった。最近、福島県出身の相談者が増えている。避難指示がでなかったが放射線量が高く、多くの家族が県外に母子避難した地域だ。必ず話題の中に「2011年3月11日は福島にいたのですか」と聞く。その後の10年の暮らしを聞く。「大変でしたね。」の言葉を返すが、原発事故の被害者として翻弄された暮らしの困難を思う。Uさんは。仕事が決まりそうなのでチャレンジネットで一時利用住宅制度の活用をすすめた。もし仕事がキャンセルされたらいつでも連絡がほしいと伝えた。福島出身の相談者の支援には人一倍の力を込める。
➌都内に戻り、定番の新宿駅西口に戻る。私の故郷と離れていない神奈川県出身のKさん、故郷の高校が統廃合されたと聞いた。コロナの影響で雇止めされた。故郷の街にも多くの住居喪失者が増えている。昨日の神奈川での講演会で小田原からの参加者がいて聞いた。加藤小田原市長が市長選挙で敗北して以降、生活保護の窓口が厳しい対応が増えてきたという。
とても心配だ。Kさんは都内で生活保護申請する事になった。
❹最後は先週末に、ネコと一緒に1カ月間も新宿で野宿生活を続けていて女性にボブハウスで面談。ネコちゃん含めてちゃんと食べていますか?稲葉剛さんの協力で入居できた犬猫シェルター「ボブハウス」1週間たってネコちゃんは安心して寝転がっていた。3回も通い続けた福祉事務所の窓口で「ネコを処分しないと生活保護は申請できない」と追い返されていた。今晩は今後の支援計画を確認して今週の行動の打ち合わせ、ネコちゃんの為にも頑張ろう。

●2021/6/26 反貧困ネットかながわ・瀬戸大作出版記念講演会

6月26日(土)
❶午後から大和駅方面に向かう。緊急事態宣言解除後初めての週末、道路は渋滞している。1時間半かけて到着、「反貧困ネットワークかながわ・瀬戸大作出版記念講演会」神奈川県のSOSほぼ全ての駆けつけを担当し、反貧困ネットワークかながわを結成して、チームで生活保護申請同行から直アパ(生活保護申請前にアパート契約から入居までおこなう)までおこなう。杉浦さん自身が障害者施設の現役職員、チームメンバーは福祉職の方が多い。ホームレス支援団体、何と不動産屋さんもいる。自治体議員さんもいる。多彩で実践的な構成で重層的な支援、本を出版しているのに営業努力を怠っている自分、杉浦さんが今日の講演会を企画してくれた。杉さんには感謝、感謝の日々である。
★小さな会場だったが、30人は来てくれただろうか、原発神奈川訴訟の村田弘団長は本当に義理人情の固まりのような人だ。けんぽく生協に入協時から35年、生協の可能性や実務について教えてくれた平本さん、自らの農場で採れた野菜を持ってきてくれた。平本さんは自慢する事を一切しないが、パルシステムの韓国生協との交流のきっかけづくりを全て担った人。もっともっと評価されて良い。8年振りに再会した茅ケ崎在住の天野さん、福島原発事故後の官邸前、経産省前で「福島集団疎開裁判」で一緒だった。当時から心優しい人で、
突然いなくなったと思ったら母の介護に専念する為だった。現在は地元の困窮に苦しむ方々の伴走を続けてくれている。元々、小田原出身で神奈川県央地域でも活動していたので、懐かしい友人の再会がとても嬉しかった。
❷平本さんからの野菜、杉浦さんからのそうめんを積んで墨田区に向かう、都内に戻る道中も2か所で事故があり大渋滞だ。向かった先は一昨日に出会ったアフリカ国籍のシングルマザーと中学生と小学生の子どもの住むアパートだ。二人の子供たちは日本生まれで日本語が堪能だが家族全員が仮放免、支援してきた高齢の女性が数年前から経済的に支えてきたが、年齢的にも経済的にも限界で私たちに支援を求めてきた。どうみても崩れ落ちそうなオンボロで狭いアパートに住んでいた。家賃は3万円、風呂もない。近くに銭湯もない。「シャワーがある部屋が羨ましい」とお母さんは笑った。子どもたちも笑った。
★今日は行く事ができなかったが、杉並区善福寺近くの交差点にあるコミュニティースペース、 Kosaten(あなたの公-差-転)「すべての人を排除しない」ことを理念としており、食料に困っている人向けのパントリーや、日本在住の外国人ならびに外国のルーツを持つ人たちが悩みを共有したり相談できる「ボーダークロッシング・ドロップイン・センター」などの取り組みも行われている。今日はフードパントリーの開催日、6月16日に訪問した時に外国人支援の食糧確保に窮している事を聞き、農民連の藤原あさこさんに相談、時間がないのに100キロのお米と宮崎、愛知、神奈川からの野菜を支援してくれた。今回の事をきっかけに首都圏に点在する外国人コミュニティに定期的に農産品を届ける食糧配送のシステム作りに取り組んでいきたいと考えている。藤原さんありがとう。

●2021/6/25 弱者を踏みつけにするオリンピック反対!

6月25日(金)
❶午前中に**福祉で20代の青年の生保申請同行、例によって「うちは無料低額宿泊所に行ってもらう事になっている」の繰り返しから始まる。ビジネスホテルを何と確保したが、東京都協議ホテルはひとつしか空いていないという。もっと問題なのは「オリンピックがある為、宿泊は7月21日までとなると、これは福祉事務所の判断でない事だけは理解してほしい」他の区の対応を来週生保申請時に同行するので状況把握するが、多くの東京都協議ホテルがオリンピック開催の影響で利用できなくなる可能性がある。このままでは居所がない状態で生活保護申請した相談者のほぼ全てが無料低額宿泊所か施設に入所が前提となってしまう。オリンピック開催強行で居所がない困窮者が犠牲になる。弱者を踏みつけにするオリンピック反対!
❷20時近くに携帯電話が鳴った。「自殺しようとして**山で死のうと考えたが死ねなかった。もう一度生きたいと思ったけれど私のような者を助けてくれますか。」所持金は千円である事から今日は大丈夫と電話をくれた50代の男性は応えた。遅い時間なので明日に対応しようか悩んだが、このような場合は、自死しようとした現場からなるべく早く離れさせる事、携帯電話のバッテリーが少なく、連絡が途切れてしまうかもしれない。いちばん近い自治体議員の会の友人に電話したら駆けつけてくれるという。急ぎ相談者に連絡して最寄り駅から待ち合わせ駅に来てもらう事にした。来週月曜日に生活保護申請にいく事になり、友人の元市議さんが同行する事となった。今頃、ビジネスホテルでゆっくり身体を休めていると思う。本当に命が繋がり良かった。

●2021/6/24 本当に困っている避難者たちをなんとかしたい

6月24日(木)
❶福島から県外に避難されている方からの電話相談を受ける。集団訴訟の原告として闘っているが、長期化する避難生活とコロナ災害、話を聞くと家賃支払いがやっとで、公共料金の支払いにも窮するようになった。住宅支援が打ち切られて以降、貯蓄を切り崩してきたけどもう限界だという。裁判勝利を願う。しかし長期化する中で、疲弊していく原発事故被害者の原告たち、東電と国の責任は重い。
★今日は久し振りに村田弘さんと熊本美彌子さんと打ち合わせ、二人とも喜寿も過ぎているのに原発事故避難者の権利を守る闘いの先頭に立ち続ける。加害者である国によって避難者は分断され、切り捨てられてきた。不正義がまかり通り続ける状況に対し、絶望することも多いけれど、このままでは悔しい。諦めてはいけない。二人は普段は温厚だ。村田さんは猫を熊本さんは犬を最近亡くした。福島から一緒に避難してきた家族を失った時の悲しそうな顔、しかし国や福島県の不条理に憤り怒る。「これ以上馬鹿にされてなるものか!」本当に困っている避難者たちをなんとかしたい。避難当事者だからこそ!
★集まった理由は、福島県は昨年12月、国家公務員宿舎に入居している避難者本人に6月に入り、「7月中旬までに自主的に転居されない場合は、訴訟など法的手段に移行する」との最後通告を送りつけた事、昨年12月にも、避難者本人に事前了解を得ることなく、避難者親族宛てに生活拠点課長名での文書を送り付け、さらに親族宅を訪問。「御親族が自主的に転居されない場合は、訴訟など法的手段に移行せざるを得ません」と法的手段をちらつかせて〝追い出し〟への協力を求めていた。今回は最後通告ともいえる。経済的にも余裕がなく転居できなかった避難者、転居費用も工面できない。なのに「期限を決めた自立の強制」を強いて、公営住宅や暮らしていける民間賃貸住宅のサポートもしないで避難者を被告にしようとしている。これからの対応を協議、近日中に方針を公表する予定だ。
❷事務所を出発して都内某所に向かう。新規のシェルター物件候補地の見学を外国人支援担当の原さんと合流して見学、合計8部屋の個室アパートを私たちの要望にあわせてリフォームしてくれるという。住まいを失い、私たちにSOSを出している外国人が10世帯を超えている。生活保護申請受理後に福祉事務所が一方的に決めた期限にアパートに入居できない場合は劣悪な環境の無料低額宿泊所にいけと迫られている相談者が、私が担当するだけでも3名いる。公的責任を果たさずに支援団体に丸投げする。どうしてもシェルターの増設は必要と思いながら判断に躊躇する。シェルターはハコモノだけあれば良い訳ではない。入居者の精神的ケアや孤立化防止、外国人の場合は入管同行や医療同行も必要、限られた財源のなかで、対応できる人材が不足している。経済的持続性、少し内部論議が必要となる、
➌続けて墨田区の**ショッピングセンターでアフリカ国籍の3名の家族と支援者の女性と会う。シングルマザーに中学生と小学生、二人の子供たちは日本生まれで日本語が堪能だが家族全員が仮放免、支援してきた高齢の女性が数年前から経済的に支えてきたが、年齢的にも経済的にも限界だ。出会ったきっかけは、バス停で道に迷っていたシングルマザーを支援者の女性が声をかけて、困窮の状況を聞いて2年以上支えていのちを繋いできたという。私たちだけでは支えきれない事は解っている。地域の支援資源を探す。クラウドファンディングでの呼びかけ、食糧支援のネットワークづくりを準備していく事を約束した。子供たちの笑顔に本当に弱い自分がいる。

●2021/6/23 福島みずほ議員がフランス国家功労勲章をもらう

6月23日(水)
❶午前は住まいを探しの相談でした。**の相談会で知りあって1カ月、家主の都合で住んでいるアパートの取り壊しがしまい8月末まで退去しないといけません。生活保護利用ではないのですが、精神的に病を抱えて現在は働く事が困難になってしまったのです。仕事をしていないと貸してくれるアパートはないのではないか、ずっとずっと独りぼっちで悩んで胸が押しつぶされそうになって、勇気を出して訪れた相談会会場でも相談できずにいた所をボランティアスタッフで参加していたパルシステム東京の理事さんが背中を抱き寄せて相談ブースの私の所に連れてきてくれたのです。親しい居住支援団体の友人に相談したら「物件は見つかりますよ」と嬉しい回答、来週から本格的に物件探しが始まります。
❷日頃から親しくさせて頂いて応援してくれている福島みずほ参議院議員が、フランス共和国から国家功労勲章シュヴァリエを叙され、フランス大使館で叙勲式があるので参加して欲しいとの連絡がありました。大使館など昔から別世界である事、行くとしたら抗議行動で座り込んだりの経験ばかり、困窮者支援の現場活動家とは無縁だと考えたけれど、パートナーから「二度と中に入れないのだから経験したら」と言われた事、友人でもあるみずほさんが誘ってくれた事を感謝して、阪上同志と参加しました。フランス大使からは、ジェンダー平等や死刑廃止への取り組みについての功績が強調されていました。みずほさん本当におめでとうございます!これからも友人として同志として宜しくお願い致します。
➌とは言っても大使館内でも電話が鳴りっぱなしです。反貧困ネットワークの佐々木君が新宿から3件立て続けのSOSが入っており駆けつけ支援を全て担当、うち2件の生活保護申請同行の依頼を受け調整、大使館を急いで飛び出して大井町で待つSOS相談者に駆けつけ支援、ファッション業界の上級幹部だった男性までが居所がない状態にビックリ!土曜日までの生活ができない。東京チャレンジネットを案内して一時利用住宅を3カ月利用できる事の確約がとれた。
❹夜は荒川の企業組合あうんの、どっこい食堂に移動して、「あじいると反貧困ネットワークの協働会議」今回で三回目となる。台東区にシェルターを開設して4か月、多くの外国人や困難を抱える居住者を単なる住まいの支援だけでなく、医療や生活や食料、寄り場づくりを協働で支援しいていく。今日の討議では⓵当事者同士が出会える場所をどう作れるのか        
⓶シェルターでの健康相談会開催に向けて⓷ワクチン接種問題(ホームレス状態の方のワクチン接種、公的支援から排除されてきた外国人のワクチン接種)が論議された。反貧困ネットワークだけではできる事が少なすぎる。協働して進めていく。
★ひとりで外国人を支え続けてきた若い女性が、相談に来てくれた。ひとりで悩まないで一緒に支えていこうよ!と話す。あじいるとの合同会議を見学、支援者同士もささえあうことが大事。僕らと一緒に、仲間になろう。

●2021/6/22 本当に本当に勘弁してほしい 頭が痛すぎる

6月22日(火)

❶昨年秋にSOSで駆けつけて生活保護申請してアパート入居している女性Mさんと福祉事務所を訪問した。入居先の恒例の大家さんが「いつまで生活保護を受けているんだ。」「家賃を払っているからいいと思わないで」と時折、自宅にやってきて圧力を加える。福祉事務所には状況を説明してきた。でも事態は改善されていない。通院先のクリニックに診断書(意見書)を書いてもらうよう要請したが、「福祉事務所の要請がなければ意見書は書けない」と言う。以前、他の区で近隣住民の騒音問題でメンタルに大きな影響がでてしまい「意見書」を提出して生活保護費の一時扶助費を再度、給付されて、アパート転居できた事例がある。でも今日に訪問した福祉事務所では「前例がない。福祉事務所内での会議に諮っても否決される可能性が高い。」という。契約時の不動産仲介業者にも連絡を入れ大家への改善申し入れをおこなうが、Mさんの精神的圧迫は深刻なので、一時的に反貧困ネットワークのシェルターに一時避難して平穏を取り戻している。引き続き福祉事務所と交渉してもう一度のアパート入居と一時扶助の再支給を求めていく。
❷保護決定してアパートを探す。生保申請受理当日からビジネスホテルに宿泊できる期間は原則1カ月間(入居交渉が進んでいる場合、延長を更に1カ月の福祉事務所あり)保証会社の最終審査が通過しない事が続き、やっと通過しても急に大家が渋り、振り出しに戻る。今日3名の相談者からSOSが入る。入居が決まったがビジネスホテルの滞在期限に大家の受け入れがまにあわない。**福祉事務所からシェルターで受け入れてほしいとの依頼が続けてくる。対応が問題となった城東エリアの福祉事務所は、「今回は特別対応でビジネスホテルに宿泊させた。延長は認められない。無低に入所してほしい。」と言い張る。シェルターは既に満杯状態、居所を失った外国人の入居希望者が11名いる。連携する支援団体にも協力を依頼するが1名が限界、引き続き対応策を今週末までに決める。強行される東京オリンピックの影響で生活保護利用者の一時利用住宅としてのビジネスホテルは急速に縮小されていると聞く。福祉事務所がアパート探しをおこなう区は私が知る限り3区しかない。自分で探すか、支援団体に丸投げする。本当に本当に勘弁してほしい。頭が痛すぎる。

●2021/6/21 泪橋ホールは開店を待ちわびた山谷の住人たちが

6月21日(月)
❶週末も大車輪であった為に、午前は疲れを和らげる時間に充てる。午後からは湾岸エリアで、いつもお世話になり続けている福祉事務所で生活保護申請同行、12月に駆けつけ支援した20代の男性、都内ナンバーワンの対応をしてくれる**区福祉事務所で生保決定後にアパート探しの最終段階に時間がかかり、失踪してしまった後、5カ月振りに再度のSOSが来た。いつもお世話になっている福祉事務所は、相談係長も来てくれて失踪経緯を共有して、短時間でビジネスホテルを用意してくれて生活保護申請をスピード受理してくれた。
❷夕方は台東区にあるシェルターに移動、今日は入居者の引っ越しを手伝う。近くにある泪橋ホール、緊急事態宣言が解除されて久し振りにお店が開いた。店内にフォーク歌手の豊田 勇造さんがシェルターの管理人の内山さんと今後の東京でのライブについて打ち合わせをしていた。べ平連やフォークゲリラなどで活動、関西フォーク創世紀から一貫してメッセージソングを歌い続けている。1980年代に韓国の反体制詩人、金芝河の救援やタイのカラワン楽団との交流などを続けている事で知られていて、白石孝さんや内山さんが東京でライブを開催する時に尽力していると聞いていた。ぜひ反貧困フェスに出演してほしいと依頼!反貧困フェスいつか企画しないといけなくなってしまいました。
★今日の泪橋ホールは開店を待ちわびていた山谷の住人たちが次々とやってきて美味しそうにビールを飲んでいる。昔は悪さを繰り返してきた80代~90代のおじさんたちの笑顔が愛らしい。おじさんたちから「自由空間」をこれ以上奪ってはいけないよ。ちゃんとやれよ!コロナ対策!

 

 

●2021/6/20 日曜日なのに4か所からSOSが届いている

6月20日(日)
❶午後から社会的連帯経済を推進する会が主催する「コロナ禍を機にこれからの社会―地域を考える」連続WEBセミナー第1回「格差、貧困、差別に社会的連帯経済はどのように立ち向かえばよいか」に、つくろい東京ファンド代表理事の稲葉剛さんと一緒にパネリストとして参加させて頂きました。実は私も社会的連帯経済を推進する会の呼びかけ人に連ねています。
★コロナ危機は、医療・社会保障費の削減、労働法制の規制緩和を進めてきた新自由主義の問題点、貧富格差の拡大と社会的弱者への差別、を露呈させた。とりわけ危機的状況にあるのが低賃金で不安定な雇用条件で働いていた女性、若者、高齢者、外国人労働者、障害者、などの社会的弱者やマイノリティ、自助を強調する新自由主義「自己責任論」の対極にあるのが、自主的・民主的な経済活動を通じて相互扶助・共助・互恵の社会をめざす「社会的連帯経済」運動だ。稲葉さんも私も発言した事だが、小さな支援団体が住居を喪失した困窮者や公的支援から排除された外国人の一時利用住宅を市民から基金を集め提供する。明日からガス・水道が止められる状況下で即時に救済する制度がなく、支援団体が少額給付していのちを繋ぐ。排除された仮放免などの外国人は住居だけでなく食料と生活費もワンセットで「出口がない支援」を続ける。本来は公的部門が担うべき役割を果たさないから、小さな支援団体が脆弱な財税基盤のなかで支え続ける。こんな状況は続かないだろう!これは稲葉さんとの共通認識、労働についても、私たちが支援してきた多くの人々が、また非正規・派遣の仕事に戻っていく。また新自由主義の労働市場に戻すのでなく、たすけあい、経済的自立を図ることができる協同労働の仕組みをつくる事、例えば生協がネットワークのハブになり、横で繋がりあう住民連帯型の連帯経済をつくる事を本気で目指す事ができないか。協同組合に携わるリーダーの皆さんに真剣に考えてほしいと考えた。
★1844年にロッチデールの先駆者たちは、設立する組合の目的を、以下のとおりに掲げました。「本組合の目的と計画は、1口1ポンドの出資金で十分な資金を集め、組合員の金銭的利益と家庭的状態の改善をはかることにある。このために、次のような計画と施設の建設を実行に移す。
①食料品、衣類等を売る店舗を設置する。
②多数の住宅を建設または購入し、社会的家庭的状態の改善に協力しようとする組合員の住居にあてる。
③失職した組合員、あるいはひきつづく賃金の引き下げで苦しんでいる組合員に職を与えるため、組合の決議した物品の生産を始める。
④さらに、組介員の利益と保障を増進せしめるため、組合は若干の土地を購入、または借入し、失職していたり、労働に対して不当な報酬しか得ていない組合員にこれを耕作させる。
⑤実現が可能になりしだい、本組合は生産、分配、教育および政治の力を備える。換言すれば、共通の利益に基づく自給自足の国内植民地を建設し、または、回様の植民地を創らんとする他の諸組合を援助する。
❷今日は日曜日なのに、都内の4か所から「助けてほしい」のSOSが届いている。16時30分にシンポジウムが終了、17時30分には自宅から20分程の場所にある都営三田線の駅の待ち合わせ場所に到着した。所持金ゼロ円で力尽きた20代の男性、訪問営業の仕事がコロナの影響で自粛を迫られ雇止めされ、家賃滞納で住居を追い出された。もう野宿生活を続けている。今週に生活保護申請に同行する。
➌速攻で18時30分に待ち合わせしている錦糸町駅に向かう。20代前半の居所がない東南アジア国籍の20代の青年と支え続けてきてくれた女性と会う。詳しくは書く事ができないが、これまで住居を自費で捻出して命を繋ぎ続けてくれた女性に感謝、近くのタイ料理店でささやかな食事をご馳走した。外国人支援担当の原さんと一緒にヒアリング、在留資格から生活保護制度を利用する事ができる。但しビザ更新が半年以内に迫っており、アパートを確保して仕事ができる状態で生活保護を卒業している状況でビザ更新の時期を迎えないと圧倒的に入管との関係では不利だ。準備を充分におこない生活保護申請から就労ケアをおおこなう事とした。
❹20時30分に2名のSOS対応があるので新宿駅に戻った。1人目はまた20代の男性だ。所持金は800円、地方から上京したが、コロナのせいで会社が潰れ、日払いの仕事で食いつないでいましたが緊急事態宣言のせいで仕事がなくなり力尽きたとの事、今週に生活保護申請に同行する。5月以降のSOSは20代が7割を占めている。
❺最後は、ネコと一緒に1カ月間も野宿生活を続けている女性を私の友人が声をかけてくれて私に繋いでくれた。反貧困犬猫部の稲葉剛さんは日頃は沈着冷静だがネコの事になると燃える男に豹変する。犬猫と一緒に暮らせる個室シェルター「ボブハウス」が奇跡的に空いていたので21時30分に「ボブハウス」で待ち合わせた。電車が止まっているのに、稲葉さんは6600円かけてタクシーで駆けつけてくれた。とても可愛く犬のようにすぐ人間になつくオスネコ君だ。ネコちゃんの前の稲葉さんの笑顔、本当に嬉しそうだ。女性はコロナの影響で家賃を払えずに福祉事務所に何回も生活保護の相談にいった。福祉事務所は3回も通い続けた相談の窓口で「ネコを処分しないと生活保護は申請できない」と追い返されて、電車にネコちゃんと一緒に新宿で野宿生活をはじめた。野宿仲間のおっちゃんたちが優しく出迎えてくれる事を知っているからだった。この福祉事務所を絶対に許せない。
必死に愛するネコちゃんと生き続けようと福祉に頼った彼女に対し「処分しろ!」とは何事か!反貧困犬猫部は徹底的に守り抜く。もう安心していいよ!

●2021/6/19 ガーナの高校生とお母さんがゲストトーク

6月19日(土)
❶今晩は小金井で、闘う同志でもある小金井市議の片山かおるさんに呼んで頂いた講演会がある。緊急アクションの相談フォームに池袋から所持金150円の状態で20代の女性からSOSが届いている。小金井の講演会が終わってからの駆けつけになると21時を確実に過ぎる。池袋で対応して小金井に向かえばよい。1時間15分あれば移動できると思った。
❷池袋で待っていた20代の女性、「コロナ感染症対応休業支援金」の申請中で給付金の決裁が下りるか、給付日がいつか解らない。既に居所がなくネットカフェ住まいで所持金150円の状態、最近、支援金(貸付金)給付待ちで、いつ頃入金されるか解らずにその間に力尽きてしまう事が多い。コロナ支援金は申請して入金されるまでに最大3カ月かかる場合もあると聞く。事務処理の流れの抜本的迅速化を急ぐ事ができないだろうか。相談者は明日、面接を控えている。その結果を踏まえてチャレンジネットの一時利用住宅を申し込むか、仕事が決まらなければ、生活保護申請に同行するか決めていこうと話した。
➌池袋の街が混雑している。西武デパート入口付近も大渋滞、池袋から抜けられず首都高⇒中央高速も大渋滞、想定外の池袋➡小金井まで移動時間が2時間もかかり講演会開始時間に遅れてしまった。片山さんのフォローで無事に終了できた。パルシステム埼玉の講演会に続いて、三郷市の教会で暮らすガーナの高校生ミラクルちゃんとお母さんキシワさんがゲストトークに参加、ミラクルちゃんには在留資格を認めるものの、両親は帰国させられる可能性が高いという入管からの通告、家族全員で在留資格を求めているのに家族を引き裂こうとしていたが、昨日、家族全員特定活動が認められたとのニュースが舞い込んだ。これからは働けます。ミラクルちゃんは来年大学受験、今日も友人に聞いた給付型奨学金の情報提供、みなさん応援してください。

●2021/6/18 在日女性はヤン・ヒウンの歌が大好きだと笑った

6月18日(金)
通常はSOSが集中する金曜日ですが今日は静かです。今日の駆けつけ支援は1件のみです。
★都内某所のスーパーマーケット前で待っていてくれたのは在日コリアンの30代女性でした。日本語学校で学んで10年以上前に来日して真面目に働いてきた。コロナウイルスが感染拡大して以降、来客の減少もあり仕事を辞めるしかなかったようです。当時の居住地である千葉県の**市に生活保護申請の相談にいったら、福祉事務所の相談員は、「韓国の親族に世話になれば良い」と言い放ち追い返したようです。数日間は公園で野宿して現在のゼロゼロ物件のアパートに入居できたが、来月中旬までに家賃が払えないと追い出されるようです。でも平気です。追い出されたり野宿する事はもうありません。使える行政と民間の支援制度を組合せていけば、ちゃんと乗り越える事ができます。生活保護申請する場合も一緒に同行すれば平気です。所持金二千円で20日間過ごすしかないとの事だったので食費をお渡ししました。とても安心していました。
★私のオンボロ車に韓国の反体制フォーク歌手のヤン・ヒウン(揚姫銀)のCDがある事を彼女が気づいた。1970年代の韓国の民主化運動で『朝露』を歌った、ヤン・ヒウンの歌が大好きだと笑った。日本の福祉事務所が「助けてほしい」と相談してきた在日コリアンの女性を追い返す事など許せない。本当にゴメン!市民の民衆連帯で乗り越えよう。
★朝露 (アチミスル) 日本語訳
長い夜を明かし 葉の一枚一枚に宿る 真珠よりも綺麗な朝露のように私の心の悲しみが 一つ一つ結ばれるとき 朝 丘に登り 小さく微笑む 太陽は赤く昇り真昼の蒸し暑さは私への試練なのか 私は今行く あの荒れた広野に悲しみを全て拭い去り 私は今行く

●2021/6/17 企業組合あうんで家具什器選びをおこなう

6月17日(木)
❶午前は反貧困ネットワークで会計業務を担当しているMさんを連れて企業組合あうんで家具什器選びをおこなう。Mさん自身もコロナ災害の影響で勤務先から雇止めにあい家賃滞納で住居追い出し直前にSOSをくれて駆けつけ支援した時に日商簿記2級の有資格者である事から、立ち上げ時にあった法人反貧困ネットワークの会計実務をお願いした。昨日にようやくアパートに入居して新しい生活をスタートさせた。反貧困ネットワークでは2名の当事者が有給スタッフとして私たちの働く仲間になっている。
❷午後から、社民党の皆さんが、反貧困ネットワークの支援現場の視察に来てくれました。
福島みずほさん(党首)大椿ゆうこさん(副党首)服部良一さん(幹事長)朝倉れい子さん(全国一般三多摩労働組合書記長)とスタッフの皆さん、先月に呼んで頂いた社民党シンポジウムの際に「現場に来て当事者と直接、話をして現場の事実から政策をつくるべきだ」と提起したら、本当に現場に来た!服部さんは数日前に、住居を喪失してネットカフェに暮らす人々の現状をリアルに体験する為に、ネットカフェに泊まったといいます。今日は泪橋でシェルターに住む外国人のPさん、生活保護申請に同行して保護決定されたばかりのSさんの当事者自身の体験談を聞く事含めて、反貧困ネットワークの活動を説明しました、企業組合あうんに移動して、理事長の荒川さんから活動説明を受けました。失業し野宿を余儀なくなくされた元野宿生活者を中心に2002年に仕事おこしの取り組みとして始まった・「労働者同士が支え合い、使い捨てでない労働である「協同労働」の実践は、反貧困ネットワークの今後の目標でもあるのでます。
➌社民党の皆さんを見送り、シェルターに戻り3名の入居者と近況について確認、共通していえる事は、生活保護申請同行時点では、「**さんは自立生活ができるか見極めが必要で簡単にアパート生活を認める訳にいかない」といっていながら、ケースワーカーはその後は放置状態であり、私たち支援団体に丸投げ状態である事、これでは自立生活の援助とはいわないでしょう。その事を実感しているのは当事者なのですよ。シェルターに入居しているK君は今後の自立生活を目指して、シェルターの管理人である内山さんから、お米の研ぎかたから自炊生活の基本まで手取り足取りのレッスンを受けていました。
❹夜は六本木からのSOSに駆けつける。12月に駆けつけ支援した20代の男性、若くして自らITベンチャー企業を立ち上げたがコロナ禍が拍車をかけて経営不振、従業員は守り、本人は全ての財産を捨てた。12月に生活保護申請同行してアパート探しの段階で連絡をたった。自殺も考えたけれど死ねなかった。何とかもう1回やり直したいという。来週もう1回生活保護申請に同行してもう一度スタート台にたつ。

●2021/6/16 コミュニティースペース Kosatenを訪問

6月16日(水)
杉並区善福寺近くの交差点にあるコミュニティースペース、 Kosaten(あなたの公-差-転)。を訪問しました。反貧困ネットワーク職員の原さんと浅見さんも一緒です。様々な人たちの交差点です。「すべての人を排除しない」ことを理念としており、食料に困っている人向けのパントリーや、日本在住の外国人ならびに外国のルーツを持つ人たちが悩みを共有したり相談できる「ボーダークロッシング・ドロップイン・センター」などの取り組みも行われている。
★主宰しているイギリス出身の太田エマさんとは、大人食堂で出会った。先日開催したワーカーズコープとの仕事探し交流会にも参加してくれた。Kosatenパントリーともう一つの南荻窪で開催しているほたるパントリーあわせて50世帯が利用している。外国籍の方も多く参加している。仮放免状態に置かれて経済的困窮にある方も来られている。
★都内でいくつかの外国人コミュニティがあり、定期的な食料配布会が開催されている。しかし配布食料調達ルートと財源が脆弱なコミュニティが多い。市販の野菜を購入して集まってくる人々に配っている光景も見た。
★働く事も許されず、移動する事も許されず、健康保険もなく、昨年のコロナの定額給付金からも排除された、何の公的支援も受けられない外国籍の人々。「ささえあい基金」で延べ1400件の外国人給付支援をおこない命を繋いできた。シェルターも開設して住まいを失った外国人の宿所提供もおこなってきた。しかし団体単体支援は限界がある。先日、農民連に訪問させて頂いた時に、全国の生産農家からのお米や生活困窮にある外国人を対象にした拠点単位の共配システムが協働できないか話題にした。地域単位の子ども食堂ネットワークとの連携も考えられる。単に給付金を配るだけではいけない。地域と繋がり重層的な「ささえあい」が必要な段階にきている。

●2021/6/15 安心できる雰囲気での申請受理となった

6月15日(火)
❶今日も朝から**福祉事務所での生保申請同行でした。二週間前に埼玉県北部の道の駅で車上ホームレス状態でSOSがあり駆けつけた兄弟、先週はお姉さんの生活保護申請に同行した。今日は一緒に車上で暮らしていた弟のNさんの申請同行、ギリギリまで都内で寮付きの仕事を探していたが見つからず、お姉さんの近くに住みたいとの事なので来週火曜日に同じ福祉事務所で保護申請です。無事に受理されました。世帯分離での生保利用なのでアパートも二部屋探す必要があります。地域密着型の小さな不動産さんに聞いてみよう。
❷午後からはお馴染みの福祉事務所に移動しての生活保護申請同行、他の支援団体に急遽依頼されての居所がない相談者の居所設定を急遽おこなう。福祉事務所ロビーには他の支援団体の友人3名と遭遇、コロナ災害の長期化でそれぞれが困難事例の対応、いつの日かコロナ災害が終息してほしい。ひとりで生保申請しても追い返される事もなく、無低に入所される事にない日が来る事を願う。同行した40代のGさん、SOSメールに「このままだと完全ホームレスです。最悪自殺も考えてます。」今日の同行の前に電話で意思と当面のゴールを確認して今日を迎えた。担当した相談員もケースワーカーも対応が良くGさんにとっては安心できる雰囲気での申請受理となった。
➌6月5日から反貧困ネットワークの常勤職員となった女性相談員の藍野さん、暫くは一緒に動いて福祉事務所や相談者面談に同行頂いている。もう1週間も過ぎているのに昼ごはんをお店で一緒に食べていない。午前と午後の現場移動、1時間の食事休憩すら忙しくとれず、コンビニでの食料調達ばかり、今日は福祉事務所前でパンを立ち食い。早く一緒にラーメン食べにいこう。

●2021/6/14 経営者も従業員もボロボロにされた

6月14日(月)
❶午後から湾岸地域の福祉事務所に申請同行、先週木曜日に駆けつけ支援した30代の真面目な男性、喫茶店を経営、支店も開店させて順調だったが、コロナ禍で経営危機に陥り、全ての店舗が閉店となり多額の負債を抱えた。家も失い全てを失った。既にコンビニでバイトを始めているが、とにかく家がないと危ない。無事に申請受理、早期にアパート入居を目指す。それにしてもコロナ禍における緊急事態宣言の連続で飲食店の打撃は大きい。喫茶店は「家賃支援給付金」の対象だった。経営者も従業員もボロボロにされた。政府の責任は大きい。
❷隔週開催の反貧困ネットワーク実務担当者会議に向かう前に新宿区内のビジネスホテルに向かう。一昨日に最果ての東北の地からSOSメールをくれた20代の青年S君が上京した。幼少期から父親からの虐待を受け続けてきた。母親も耐え続けてきたが、もう限界と思い、母親も賛成して「東京に逃げるように」送り出してくれた。将来の希望も聞いた。今まではやりたい事ができなかった。これからの希望も聞いた。20代の若者の夢を実現するために一緒に生活保護申請に同行してアパートでの自立生活を目指す。
➌今日、嬉しい事があった。朝に福祉事務所から嬉しい連絡が届いた。1月に川崎駅近くで出会い、二回目に会った時には慣れない夜の警備で股関節が痛くて歩けなくなった 40 代の女性 M さん、いちばん信頼できる福祉事務所で生保申請、同日に総合病院で受診、癌が見つかり緊急入院した。2 日遅れたら脳内出血なども併発する可能性が高かった。あの日から4か月、コロナの影響で見舞いにいく事も許されなかった。今日退院が決まった。アパートが決まるまで、先週開設した女性専用のシェルターに入居してもらう事にしました。来週に退院して荷物を積んでお引越し、いつも腹ペコ状態だったのであの時食べた久し振りの「安楽亭の焼肉」か「揚州商人の担々麺」に寄ってシェルターに向かう。夜景が綺麗だ。シェルターは5室、先週開設したのに、もう3部屋埋まった。泪橋のシェルターも満室、住まいがない外国人が待機状態、いくらあっても足りない。
❹夜の反貧困ネットワーク実務担当者会議、嬉しい事がまた二つ、昨年冬に東京駅八重洲ブックセンターで所持金1円で出会った20代のYさん、あの時泣いていたYさんは「助けられる側」から私たち反貧困ネットワークで共に働く仲間になった。同じような境遇にある女性相談者の相談相手になり励ます。女子会を起ち上げ、大人食堂の時の給付管理を一手に引き受ける。以前の有名企業の職場でもチームリーダーだった。今日から正式に仲間になった。優秀すぎてボロボロにされたから、今度をゆっくゆっくり無理しないでいこう。
❺反貧困ネットワーク実務担当者会議はZOOMでもスタッフが参加できる。反貧困神奈川の杉浦さんは車中から参加、横で手を振るのは、先週末に、海老名駅の公園からFAXでSOSをくれたMさん、金曜まで半年の野宿生活に耐えてきた。絶望のどん底の中、反貧困ネットワークの活動を新聞で知りました。このFAX代かパンを買うか迷いましたが、FAXを送る事にしました。最後の100円玉です。どうか助けてください。体力も限界ですが、日が暮れるまで公園でお待ちしています。」あれから3日、杉浦さんたちはMさんのアパートを既に見つけた。Mさん。もう独りじゃないよ。もうたくさんの仲間がいるから!

●2021/6/12 用心深くも「東京の夜を駆ける」

6月12日(土)
❶今日の駆けつけ支援は1件のみ、木金で合計10件を超える駆けつけをおこなった事はイコール翌週の昼間の予定が生活保護申請同行で埋まってしまう事を意味する。とりあえずホッとする。
❷定番の新宿駅西口で待ち合わせしたIさん、通信事業の訪問営業の個人事業主、コロナで訪問営業が1年以上も真面に出来ず、家賃滞納で住まいも強制退去させられたという。順調な時期は年収1000万円を超える時期もあり、まさかホームレスになると思わなかったと!生活保護の知識はなし、いつものように「生活保護を利用して住まいの暮らしを取り戻しましょう」と提案、来週に一緒に生活保護申請する事にした。
➌移動中の車内のスマホから「怒鳴り散らす声」が響いた。「お前らみたいな連中は皆殺しにしてやる」昼間に非通知設定からの電話が来た。某公園からの電話、40代の気弱そうな男性の声だ。公園で知り合った知人から私たちの団体を聞き、携帯を借りて連絡をしたという。お金と泊まれる場所がない、私たちに連絡すれば助けてくれると聞いた。電話も身分証明もない。とりあえず私は電話を貸してくれた知人に電話を代わってほしいと伝えた。「給付金目当て」を防ぐためだ。電話はすぐに切れた。
そして暫くして「怒鳴り散らす声」が響いた。公園で野宿に陥った人に声かけして電話をかけさせてお金を巻き上げている連中がいるのかもしれない。ここの公園では困窮者に声かけして貧困ビジネスの施設に入所させ生活保護費をピンハネしている連中が多くいる。私たちの支援活動は危険リスクが高い。おいそれと誰にでも「駆けつけ支援」をお願いする訳にはいかない事情がここにある。本当に「助けてほしい」とメールをくれた相談者がいる以上は続けていく。用心深くも「東京の夜を駆ける」

●2021/6/11 朝日新聞がひとりの命を繋いだ

6月11日(金)
❶日曜から木曜まで連日の午前から21時過ぎまで支援業務が続いていたので今日の午前は休息にして多発する金曜日のSOSに備えた。昨日夕方にたて続けに来て翌日に持ち越したSOSの対応が3件控えていて電話掛けして面談予約、夕方からの駆けつけに備えていた。
★反貧困ネットワーク事務所にいる阪上さんから電話が入る。事務所に神奈川県の海老名市の公園からFAXが届いている。対応できないか?夕方まで公園にいる。達筆な字体と居場所の地図、そしてこのように書かれていた。「絶望のどん底の中、反貧困ネットワークの活動を新聞で知りました。このFAX代かパンを買うか迷いましたが、FAXを送る事にしました。最後の100円玉です。どうか助けてください。体力も限界ですが、日が暮れるまで公園でお待ちしています。」神奈川担当の杉浦さんに連絡をとる。誰か駆けつける事はできないか!しかし反貧困神奈川の仲間たちは全員が昼間は仕事を持っていて夕方まで駆けつけるメンバーがいない。全員がボランティアなのだ。今日の夕方に会う予定だった相談者全員に連絡をとり時間を変更してもらい自宅の練馬から首都高速と東名高速で向かうが渋滞と公園の場所がよく解らず到着時間が17時となってしまった。公園に相談者Tさんは見当たらない。もう諦めてしまったか、でも簡単に帰る事はできない。1時間近く待ち、もう帰るしかないと思った頃に、Tさんの姿が見えた。「本当に来てくれたのですね。もう来られないと思いました。」Tさんは泣いていた。北関東出身で厚木方面で働いてきたが雇い止め。近隣の福祉事務所で生活保護申請したら無低送りになりそうになり生活保護を断念、図書館で朝日新聞読んで最後だと思いFAXした。今日から近くのビジネスホテルで3泊、杉浦さんが21時に来てくれてTさんと打ち合わせして月曜日に生活保護申請する事になった。本当に良かったです。この時ばかりは「朝日新聞がひとりの命を繋いだ。」
❷当初の予定より4時間も遅れてしまった。20時30分に上野駅でお会いしたNさん 数日前に埼玉県北部の道の駅で車上ホームレス状態でSOSがあり駆けつけた兄弟、お姉さんの生活保護申請に同行した。一緒に車上で暮らしていた弟のNさんはギリギリまで都内で寮付きの仕事を探していたが見つからず、お姉さんの近くに住みたいとの事なので来週火曜日に同じ福祉事務所で保護申請します。都会の暮らし これからもささえあって生きていく、応援していきますよ。
➌次の相談者は南千住の泪橋交差点で待っていてくれたMさん、21時を過ぎてごめんなさい。Mさんは西成や寿でもドヤで暮らしながら日雇いで働いてきた。長期化するコロナ禍で飯場の仕事もなくなった。給付金を渡し、1泊2000円のドヤで週末暮らす。ドヤに住んでいても寿のある横浜市中区では無低に入所強要されたという。山谷ではどうかと聞かれる。ほしのいえの中村シスターに電話確認してみた。山谷のドヤに泊まりドヤ領収書を持参すれば台東区役所では、ドヤに住み続けながら生活保護を利用できる。無低や施設にいれられそうになったら必ず連絡をもらう。駆けつけるよと伝えた。Mさんは笑った。
❹今日の最後の駆けつけ支援は新宿駅西口、22時を過ぎていた。待っていたのは20歳の青年、建築系のバイトで雇い止め、生活保護は考えていないと言い切る。私はこう伝えた。
「今後も東京で暮らすのであれば「住まいの安心」をまず最優先させた方が良いと思います。日々、日払いの仕事はあるか、寝泊まりするお金はあるか考える日々より、生活保護制度の利点であるアパートでの暮らしを利用した方が良いです。コロナ禍で仕事がなかなかみつからない状況です。焦ってはダメですよ。」帰宅したらメールが届いた。「生活保護申請を前向きに考えようと思いました。協力してくれますか。」もちろんです。いつでも同行するよ。

 

 

●2021/6/10 もう勝手に絶望してはダメだよ!

6月10日(木)
❶「いま森の中にいます。死のうと思ったが死ねなかった」二週間前にメールが届いた。「生きていて良かった。会いたい。」と返信、五日前に埼玉県内の田舎のバス停からのSOS、今日、再度の生活保護申請同行となった。二月末に出会い★★福祉事務所で生活保護申請同行してアパート探しを続けてきたが、家賃保証会社の審査がなかなか通らず、担当CWは支援者である私にあえて連絡せずに「期限が来たのだからビジネスホテルを退去して自立支援施設にいけ」と強要、彼は突然連絡を絶ち消えた。親の多額の借金を返済するために好きだった仕事を辞めて夜の仕事で全ての金額を返済した。なのにコロナ禍でお店の客が来なくなり閉店の憂き目にあう。オーナーから「つけでもいいから客を呼べ」と言われて代金を支払う事ができない客を呼んで代金を肩代わりさせられた。彼は死にたいと考えた。「消えていなくなりたい。」死のうと考えた彼がもう一度生きようと考えて生活保護を利用したのに★★福祉事務所の無責任なCWは再び彼を追い込んだのだ。今日はあえて都内でいちばん丁寧な対応とアパート探しまで担う福祉事務所での生活保護申請を選択、今日から再びビジネスホテルに宿泊、今度はまめに連絡をとりあおう。もう勝手に絶望してはダメだよ!
❷午後から大田区内で週末から新規開設する予定のシェルター5室の家具什器搬入があるので向かおうとする直前にSOSメールが入る。大田区内のとある駅からだ。切実な内容である為、1時間以内に会おうと返信する。予定を変更だ。シェルターの最寄り駅に来てもらう事にした。今晩からコンビニのバイトをはじめるが、給料支給日まで1カ月ある。宿泊先もない。反貧困ささえあい基金の給付金はあくまで短期間の繋ぎでしかない。社協に聞いてみても居所がない場合の即日の給付や貸付制度は存在しない。相談者のBさんに事情を聞く。神奈川県内で喫茶店を経営、支店も開店させて順調だったが、コロナ禍で経営危機に陥り、全ての店舗が閉店となり多額の負債を抱えた。家も失い全てを失った。コンビ二のバイトだけで生活再建の道は長過ぎる。コンビニでバイトをおこなうが、来週に一緒に生活保護をいったん申請して一時扶助費でアパートを借りる。住まいの安心から基盤をつくる。政府の無策の責任は大きい。コロナ禍が長期化して飲食店の倒産が増え続けている。
➌大田区内に新たに開設するシェルター5室、週末からの入居者を受け入れる為に今日は企業組合あうんの協力を得て、家具什器(洗濯機・冷蔵庫・レンジ・机・ケトル)と布団セットの納入です。とても優しい笑顔の大学教員の夫婦さんが私が出演したTBSテレビを観て連絡をくれたのです、安保法制反対教員の会で国会前で一緒だったはずですね。これから宜しくお願い致します。優しく暖かなシェルターになりそうです。
❹急ぎ練馬区内に戻り、女性のCさんの住宅相談、8月末で家主都合でアパート取り壊しに伴う退去が控えている。所持金や資産の関係で生活保護の対象でないが、病気の関係で無職状態が長く、逆にアパートを探しづらい。不動産仲介の柿本さんと一緒にアパート探しを急ぐが、もうひとつの悩みである孤独、同じ練馬区民として連絡をとりあう。
❺夜は練馬駅前のココネリで5月24日に開催した「吹っ飛ばそう!貧困inねりま 振り返りの会」でも今晩も集中できず途中で退出、夕方以降、新宿・上野・南千住・池袋・さいたま市合計5件のSOSメールが連続して届く。ひとりひとりの回答に時間がかかる。今晩駆けつけないと野宿になる相談者、明日に対応しても生き延びる事が可能な相談者、全員が深刻な内容だ。「自殺を考えている:とにかく回答する。「もう独りじゃないから」
今晩は練馬から新宿の相談者に駆けつけ、南千住は企業組合あうんの中村光男さんに駆けつけてもらった。明日は3件の相談者の対応に入る。本当に底抜け状態だ。

●2021/6/9 本を受け取る、これからリュックサックが重くなる。

6月9日(水)
❶朝9時からの社労士さんとのZOOM会議を終えて、10時からの福祉事務所の生活保護申請同行に駆け込んだ。二週間前に埼玉県の道の駅からSOSを頂いた40代の女性、乗っていた軽車両を売却したが、殆どお金にならず今日の生活保護申請に至った。1カ月半の車上生活で足がパンパンに晴れていた。今日からビジネスホテルより広い東京都が運営する宿所所供施設で暮らしアパート探しをおこなう。ちなみに6月20日に開催する社会的連帯経済を推進する会シンポのZOOMでの事前リハーサルは福祉事務所の面談室からのライブ参加となった。まさに分刻みです。
❷午後からの同じ福祉事務所での生活保護申請同行はまたまたの「すっぽかし」SOSを受けて駆けつけ支援した際に、全く荷物を持っていない状態(ネカフェに預けている。コインロッカーに預けているなど)で面談する男性の多くが「すっぽかす」市民からの善意の給付金なのに、残念というしかない。
➌お茶の水の「社会評論社」に移動して6月17日に刊行予定の「新型コロナ災害緊急アクション活動日誌 2020.4 - 2021.3―死のうと思ったが死ねなかった 最後だと思いSOSのメールした。やり切れないほどの独りぼっち、 路上からの悲鳴が止まらない!」が出来上がったので引き取ると同時に今後の販売拡大について打ち合わせ、私みたいな無名人の著作本なのに社会評論社の松田社長は「社設立50周年、社の命運をかけて二千冊を初版でつくった」と力説する。手売りを当面頑張るしかない。これからリュックサックが重くなる。
❹反貧困ネットワークの事務所に戻り、「都内城東地域の支援者・自治体議員の合同ZOOM会議」を開催した。小椋区議と一緒によびかけた。東京都内における自治体別の福祉事務所における生活保護申請受付の対応格差が著しい。私自身都内で過半数の福祉事務所で生活保護申請に同行しているが、都内23区で特に城東地域の対応が厳しい。事例として
A無料低額宿泊所、自立支援施設入所を生保申請受理の条件
B東京都協議ビジネスホテルを一時宿泊先として提供しない。
Cアパート入居の見極めを約3カ月かける。無料低額宿泊所に入所させ、集団生活・ゴミ出し・家計管理ができるかの評価に時間をかける。実態は無低NPOに評価を丸投げ
D現在地保護が徹底されていない。区外のドヤ・シェルター・ネットカフェでの宿泊した場合、追い返す。
今日の会議を契機として。❶城東地域(中央区、台東区、墨田区、江東区、葛飾区、江戸川区)城北地域一部(北区、荒川区)の生活保護申請時の福祉事務所の対応についての実態把握と改善点の整理❷生活困窮者自立支援制度の委託先、一時生活支援事業における居住支援事業の実態把握➌生活保護申請同行やアパート生活、その後のフォローなど自治体議員の協力体制づくりに取り組む。

●2021/6/8 板橋区内にある農民連を訪問しました

6月8日(火)
❶午前は板橋区内にある農民連を訪問しました。農民連とはパルシステムがTPP反対運動に取り組んでいた事から議員会館前の批准阻止行動など、長い繋がりがあります。5月GWの大人食堂の際には事務局の藤原あさ子さんに直前の要請に関わらず多くの青果とお米を支援頂きました。単発の一方的な要請でなく、反貧困ネットワークとして日常的な連携ができるか意見交換をおこないました。
★農民連からは「コロナ禍による需要減で米の過剰在庫が生まれ、米の販売不振と米価下落は底なしの状態」が続いている事、過剰在庫は政府が責任をもって市場隔離し、需給環境の改善で米価下落を防ぐことを求めている。その一方で、コロナ禍で職を失い、米を食べられない生活困窮者や学生への食料支援に回すことなどを農水省に求めている。既に農民連では昨年から生活困窮者や学生に米や野菜などの食料支援に取り組んでいる。特に興味を持ったのは、お祝いの贈り物などで幅広く利用できる「全国共通おこめ券」がコロナ禍での生活困窮者対策に使用されていること。(1)米関連商品など幅広く利用でき、(2)使用期限がない、(3)配送費を抑え、より多くの支援が行える――などのメリットがあるとの事。
★私からは仮放免など公的支援を受けれない外国籍の人々が食べる事すら困難な状態で「全国共通おこめ券」を食料配布が可能な外国人コミュニティーで配布できないか、青果や農産加工品を農民連と連携して共同購入配送が実現できれば良いかな!と呟く。先週、城南信用金庫の吉原顧問とも「地域通貨」を就労含めて運用できないか論議を始めている。「呟きと連携力」で分かち合いの事業を構想してみよう。
❷群馬県最北端の町から20代の女性からSOSが昨日届いていた。所持金は0円、でも「夢をまた追いたい」と書いてある。でも居場所がさっぱり解らない。反貧困ぐんまの仲道さんに同報メールを送信しながら「居場所を教えてほしい」と連絡を取り続ける。午後に居場所が解った。仲道さんは既に近くまで駆けつけてくれていた。仲道さんに何人もの相談者の命を繋いで頂いた。今週中に生活保護申請同行、既にアパートも見つけてくれた。凄い!
➌午後は、2カ月前に深夜の公園のトイレからSOSを受けて支援継続中の女性Sさんと三回目のケースワーカー面談同行、辛かったフラッシュバックが面談の長時間の話題にならないように注意深く見守る事が私の役割、今日無事にアパートでの自立生活のGOサイン!笑顔がはじけた。
❹明後日から入居できるように、新規開設予定のシェルターの最終設備確認をおこなうために大田区に向かう、週末には1名の女性が入居する予定だ。優しい大家さんが出迎えてくれた。明後日に家具什器を搬入して入居開始だ。
❺最近、会えていない少し心配な大田区在住のT君宅に安否確認もかねてアパート訪問して元気である事を確認して、港区からSOSをくれた40代のSさんに会いにいく。居所はない。連絡を受けた時に、追い返しで有名な**福祉事務所で生活保護申請を考えていたらしい。無謀な申請、確実に施設に収容されてしまう。週末に緊急アクションの熱血自治体議員が生保申請に同行してくれる事になった。やつぱり多くの福祉事務所にひとりで生保申請にいくのは無謀だという事。いつまでこのような現実が続くのだろうか。

●2021/6/7 今晩も5か所からのSOS、とっくに底抜けしている

6月7日(月)
❶午前は台東区役所でのAさんの生活保護申請同行と昨晩深夜にSOSメールを頂いた相談者Bさんとの待ち合わせ、日曜日から反貧困ネットワークの常勤に加わった藍野さんも一緒だ。しかし両者とも役所にある福祉事務所に表れずじまい。でも本当にすっぽかしだったんだろうか。Aさんは先週に三ノ輪にある「ほしのいえ」の中村シスターを頼って駆け込んできた。宿泊先の山谷のドヤからバスで上野駅に路線バスに乗り込んだ以降、連絡が途絶えた。Bさんは昨晩に入谷方面で野宿していて区役所に徒歩で向かっていて、あと20分で到着すると電話で連絡を交わして以降、電話が繋がらなくなった。上野公園入口付近には野宿している、野宿しているように見える人に声をかけて、「一緒に生活保護申請に同行できる。仕事もある。今日から泊まれる施設があるから」と誘う連中がいる。NPO支援団体であると言い、ワゴン車に乗せられて無料低額宿泊所に連れていかれて施設収容されて容易にでてこれない。二人は連れていかれてしまったのだろうか。何故、急に連絡が途絶えたのか、とても心配している。
❷午後から浦和駅近くにあるパルシステム埼玉の組合員活動スペース、ぱる★てらすで開催される講演会「コロナ禍が影響を与えた日本の貧困問題」での講演、最近、埼玉県内からのSOSが増えている。道の駅の車上ホームレスからのSOSも届く。埼玉県内には川口・蕨に多くのクルド人の皆さんが居住している事をはじめ、各地で多くの外国籍の方が居住している。反貧困ささあい基金からの給付記録では「難民申請しても認められず仮放免状態で働く事も医療も受ける事ができない。」「働きたいのに働いてはいけない。もう何日も食べていない。」「家賃が払えずもうすぐ追い出される」最近では連日のメールと電話が来ている。
1時間30分の講演会のうち30分の時間をクルドを知る会の温井さん、埼玉県在住の仮放免の当事者自身に窮状を組合員に直接語って頂く事にした。スリランカ国籍のパートナーと暮らす戸田市在住の久保さん夫婦と三郷市の教会で暮らすガーナの高校生ミラクルちゃんのお母さんキシワさんが涙を浮かべながら入管の実態、仮放免ゆえの経済的困窮の実状が語られる、ミラクルさんは助産師になる夢に向かって、勉強を続けています。しかし高校卒業後、ミラクルさんには在留資格を認めるものの、両親は帰国させられる可能性が高いという入管からの通告、家族全員で在留資格を求めているのに家族を引き裂こうとしている。キシワさんは地元の子ども食堂にも参加して地域の子どもたちの支援に関わっている。本来は公助で何とかすべき事だ。でも共助がないと死んでしまう。パルシステムの組合員ひとりひとりが身近にいる外国籍の窮状を知ってほしいし、地域で連携してほしい。その意味で今日の講演会の意味は大きいし各地域で企画するので呼んでほしいと思う。
➌埼玉から衆議院第二議員会館で開催されている、公正な税制を求める市民連絡会主催の国会議員と対話集会のリレートークで発言させて頂いた。コロナ禍を契機に、社会保障制度を支える税制、財政問題を考え、政策実現を共にすすめていく内容、しかし私自身は現場の凄まじいリアルを語るしかない。「私の車に乗り当事者の窮状をリアルに知ってほしい。」
発言後、蒲田駅で20代の青年からのSOSに向かった。今晩も5か所からの「助けて」のSOS、とっくに底抜けしてしまった。外国人担当の原さんの元には20人の住まいを失いそうな外国人からのSOSが来ていると聞いた。政治は何をやっているんだ。

●2021/6/6 公助の責任を果たせ!長い1日が終わった

6月6日(日)
❶日曜朝に横浜市に向かう。朝10時から神奈川民医連の第12回学術運動交流集会「コロナ禍で広がる貧困~この時代を乗り越えるために私たちができること~」の講演です。神奈川民医連は県内各地で無料低額診療に取り組み、食糧支援なども取り組みを始めています。今日はZOOM参加が中心ですが約500名の医療従事者が私の講演を聴講してくれたようです。公的医療すら受ける事ができない外国人の支援を続ける私たちにとって、今後の民医連の診療所や病院との連携が必須です。神奈川県内の福祉事務所あちこちで「追い返し」や施設入所を条件とした生活保護申請受理など「違法対応」が目立つ。連携して問題を解決していきたい。
❷午後から池袋のワーカーズコープ本部8階を借り切り「第3回しごと探し・しごとづくり相談交流会」を開催した。ワーカーズコープと反貧困ネットワーク新型コロナ災害緊急アクションとの共催、相談者は16名、これまでの相談交流会で、ワーカーズコープで何人か就労を受け入れていだたいている。就労は、最初は週1日からはじまり、徐々に広げる。単なる就労支援でなく、痛んだ心を少しづつ和らげていく。対話や交流を重ね、孤立を防ぐ。そして共に働く「協同労働」今日は、緊急アクションの相談メールにSOSをくれて駆けつけ支援をおこなった相談者だけでなく、杉並区にある「公差転」のエマさんと葛飾区四ツ木を拠点にする「アディアベバ・エチオピア協会」の滝さんが今後の外国人の就労や持続的な食料支援などの連携を求めて参加してくれた。大人食堂で出会った埼玉県三郷市在住のガーナ国籍の女子高校生ミラクルさんも参加してくれた。日本で生まれ育ちながら在留資格がなく、強制送還の対象となっている外国人の子どもだ。支援を受ける教会の一角で、両親と暮らしています。この10年、家族全員、仮放免の立場で過ごしてきました。ミラクルさんは来年春に大学進学の夢がある。在留資格を認めさせる運動への支援と大学進学のための奨学金支援を流暢な日本語で訴えてくれた。「普通の人間なのに違う扱いをされて、すごい心が痛くなる。
★今日の企画で嬉しかった事は、私たちが駆けつけ支援した3名の女性が女子会を立ち上げた事、前回までは相談者として参加していたのだけれど、この交流会で出会い友だちになった事、ベトナム国籍のRさんは定住ビザを失い家から追い出されそうになった時にSOSをくれた。本人も頑張って定住ビザを復活させた。Rさんの本場ベトナム料理、Yさんは所持金1円の状態で泣きながら東京駅にいた。Kさんは沖縄の離島で雇止めにあいSOSが来て、東京においでと呼んだんだ。同じ痛みを持つ3名が今日まで準備を重ねてきた。一流ベトナム料理を超えてしまった味、これからも助け合って気にかけあいながら生きていく。
「いままで助けて頂いたから、これからは助ける側になりたいんです。」嬉しいですね。『助けて』と言えない社会と死にたくなるような孤独、助けてと言える場所を作っていこう。
➌今日は終わりでなかった。交流会が終了してパソコンを確認したら3名からのSOS、都内から川崎から川口から、あちこちからのSOSに対応しないといけない。20時過ぎの対応は今日の疲れた身体には辛いな。都内からのSOSは保険証がない20代の青年、身体が痛いという。細かい指示をおこない救急車で病院に行ってもらう。後の対応は私がサポートするからと、、後からの報告によると無事で良かった。川崎には杉浦さんに駆けつけてもらい、川口には私が向かう。野宿生活4日目の30代の男性、後日、反貧困埼玉のTさんが生活保護申請に同行してくれる。やっぱり共助ばかりではダメだ。公助の責任を果たせ!長い1日が終わった。

●2021/6/5 もうネットカフェ暮らしする金もない

6月5日(土)
❶「いま森の中にいます。死のうと思ったが死ねなかった。助けを求める気力がありません、」3月末に駆けつけ支援してアパートが決まる前に失踪していた20代の青年Nさんから2週間にメールが届いた。「どこにでも助けにいくから返信がほしい」と返信したが帰ってこなかった。心配していたが、深夜にメールが届いた。「迷惑ばっかかけてほんと自分が情けないです、ごめんなさい。」Nさんが待つ埼玉県**市のあるバス停に向かった。待ち合わせ場所に車を停車させて待っていたら疲れ果てた姿のNさんがキャリーバッグをコロコロさせて歩いてきた。失踪に至るまでの経過、その後の経過を聞いた。生保申請同行して予定どおりビジネスホテルに滞在、順調にアパート探しも進んだが、保証会社の最終審査ですべて断られてしまう。その頃に私との連絡も途絶えた。1カ月を経過したとのだけの理由でビジネスホテルを退去、Nさんはそのまま姿を消した。私たちの力不足も否めない。あの時に、Nさんが返信してくれて連絡をくれたら良かったのにと思う。しかし**福祉事務所のケースワーカーはアパート探しを相談者自身にすべてやらせるか私たち支援団体に丸投げする。
ビジネスホテルの宿泊期限を超えたら、支援団体との事前確認もしないで無低や施設に入所させようとする。多くは未然に止めるがNさんは絶望していなくなった。失踪して生保廃止した事をケースワーカーから私の方に報告される事はなかった。Nさんとは来週違う福祉事務所で一緒に生活保護申請する事とした。もうこれ以上に傷つける事はできないので、もっと責任をもって対応してくれるケースワーカーが多い福祉事務所にする。
❷夜は池袋駅からのSOS、ユーチューブを観て、瀬戸と連絡がとりたいと書いてある。4年間もネットカフェで暮らしていた。生活保護申請を頑なに拒んでいたので背景を聞いたところ、以前に生保を利用した時に、貧困ビジネスのぼつたくりアパートで保護費の殆どをピンハネされて放置されたとの事、来週、もう一度生活保護を申請する。もうネットカフェ暮らしする金もない。これ以上は野宿生活 やっぱり住まいから暮らしをつくり直そう。

●2021/6/4 城南信用金庫の顧問の吉原毅さんと遭遇

6月4日(金)
❶今日は午前午後ともに、いちばん通いなれた**福祉事務所での生活保護申請同行、朝日新聞朝刊にデカデカと1面割いて支援活動が掲載された。朝日の清川記者の力溢れる記事、これからも頑張ります。
★午前約束していた30代の青年は福祉事務所に来なかった。実は昨日も新宿福祉事務所ですっぽかされた。SOSを寄せて駆けつけた男性のうち5名のうち2名は生保申請同行の
待ち合わせ場所に来ない。短期の繋ぎの給付金だけを目当てにしても生活を立て直す事など出来ない。多くは携帯電話がない状態のSOSだから状況が掴めない。せめて福祉事務所に来る気がないのなら連絡ほしいんだ。溜まっている実務作業や休養に時間をあてたいと思うんだ。今日の午前は朝日に掲載された事で「活動に共鳴しました。寄付させてください。」の電話が連続した。全て高齢の方のでした。厳しい年金生活、もう思うように身体が動かないので寄付だけでもできないかと、、、そういえば反貧困犬猫基金では子どもさんがお小遣いを貯めて寄付してくれた事例が多い。本当に嬉しい。みんなの心で支えられている。
❷午後から20代の青年Tさんの申請同行、関西出身の明るく自らの辛かった過去を語る。
10代の頃から親の離婚で翻弄されて家を出て、苦労続きの飯場生活、手配師たちに引き回された事でいつどこで働いてきたのか記憶が正確でない。相談員は無礼にも「頭打っちゃって忘れたの?病院にいった方がいい」私だってTさんのようにワゴンに乗せられてあちこちの飯場に回されたらどこにいたのか解らなくなる。身分証明も通帳もない。住民票もどこにあるか不明だ。相談員の少し馬鹿にした態度にTさんは笑っていう。「ふつうじゃないからここにいる」「存在しない男」「ふつうな暮らしがしたい」「クリスマスケーキを食べたい」「公園の水はただなんです」ひとつひとつ実感がこもった名セリフ、福祉事務所のケースワーカーはビジネスホテルではなく、反貧困ネットワークのシェルターのすぐ近くのドヤを紹介した。ひとり寂しいビジネスホテルではなく、シェルターに遊びに来れるドヤに滞在しながらTさんとアパートを探す。今年はクリスマスケーキを食べようね。ブルーハーツのドブネズミ精神でいこう。
➌日曜日のワーカーズコープで開催する「第3回しごと探し・しごとづくり相談交流会」コロナ禍によって、たくさんの困難を抱えてきた当事者の皆さんが孤立しないように、その人にあった仕事が見つかるように、そして主体的に参画できる当事者の就労ケアと、主体者として働く場づくりをどう進めていくかを考えていく場です。今回は、私たちがSOSを受け駆けつけ支援して、現在はアパート暮らしをしている女性3人組とほしのいえの中村シスターが「女子会」をつくりベトナム料理でお迎えする事になりました。「女子会」のひとりひとりが言うんです。「いっぱい助けられたからいつか助ける仕事がしたい」そんな思いがいっぱい詰まった企画です。料理は5品、今日はキッチンの下見とベトナム食材店での買い出しと予備調理先の「ほしのいえ」までの運搬作業、シェフはベトナム国籍で私が生活保護申請したRさん 気合が入っています。
❹ワーカーズコープ本部で城南信用金庫の前理事長で顧問の吉原毅さんと遭遇、実業家でありながら反原発運動の先頭に立つ。今日の朝日新聞も読んでいてくれた。私は働く事も医療を受ける事すら排除された外国人の支援の状況を話した。吉原さんは現状に怒りながらも「地域通貨」「独自通貨」について具体的なヒントを提示してくれた。21時頃にショートメールが何通も届く、そうだ、早めに吉原さんに会いにいこう。日本政府や入管に管理されない労働、「分かち合いの経済」シェルターだって外国人当事者の自主管理も考えられないか、吉原さんに会いにいこう。
❺夜は、先週に埼玉県のとある道の駅で「車上ホームレス」常態でSOSをくれた女性のSさんからの再度のSOS、実はあの後に車を売却したのですが、殆どお金にならず、今日は反貧困ネットワークの事務所に来てくれて再度の面談、家族のために生きてきた。これからは自らの人生を大切にしよう。来週一緒に生活保護申請にいく。
❻来週から反貧困ネットワークに強力な常勤職員が加わる。広島県竹原市の現役女性相談員の藍野美佳さん、性被害ワンストップセンターひろしまの相談員も担っていたのに、上京して反貧困ネットワークの生活保護申請同行だけでなく、相談者のあらゆるその後の個別フォローやケア活動などで活躍して頂く。今日は藍野さんの誕生日、理事である白石さん、大塚さん、田代さん 就労支援スタッフの山岸さん そして女子会2名で「ご挨拶」
来週からよろしくお願いします。一緒に東京を駆け回りましょう。

●2021/6/2 社民党シンポジウム「底が抜けた社会」の現実

6月2日(水)
❶午前は小岩にある江戸川区福祉事務所生活援護第二課を訪問、先週金曜日にNさんと一緒に生活保護申請した思いもよらない相談員の「追い返し大作戦」を受けた。「申請受理条件は無料低額宿泊所」「アパート入居は3カ月間の見極め期間がないと認められない。」壮絶な人権無視のローカルルールを持ち出し、嫌なら他の区で生保申請してほしいと言う始末、私たちは、他の区で実施しているビジネスホテルでの一時宿泊を認める事、生保決定後のアパート探しと入居準備をおこなう線は譲らず。10日間のビジネスホテルを暫定的に確保して今日の再協議に臨んだ。滝沢区議と今日も一緒だ。
★今日の福祉事務所の対応は相談係長と生活援護係長、担当ケースワーカーが対応、前回と一転して物腰が柔らかい対応だったが、ビジネスホテル再延長は認めるが、アパート入居などの自立見極めは平均3ヶ月かける為、ビジネスホテル後の無料低額宿泊所入所は撤回せず。前回と違うのは、相談者本人が無低を拒否した場合、反貧困ネットワークのシェルターに入居する事は認める可能性が、今日の私たちの要求は持ち帰り後日回答するとの事、現場サイドの裁量権は限定されて江戸川区全体の生活保護行政の方針が歪んでいるのではないかと強く感じた。斎藤江戸川区長は福祉事務所長の経験があると聞いた。多くの生活保護申請者が、人権を制約される無料低額宿泊所に収容され精神を壊されている事実、一律的な援助方針で、集団生活ができるか、金銭管理ができるか、ゴミ出しができるかの3点も3カ月もかけて自立生活が判断できるか見極める。多くは貧困ビジネスの無低に丸投げする。
このような現状を認める訳にいかない。いくら物腰が柔らかくても「福祉が人を殺す」事に変りはない。今回の要求について回答がゼロであれば正式に区長申し入れをおこなう。
❷午後からK君を連れてメンタルクリニックの定期受診に同行、今日はじめて今後のアパート暮らしの事、今後の目標について話す。「死んでしまいたい」状況から生きていく力がついてきたよねと話す、でも辛い経験一杯したから次の目標のイメージづくりはこれからだよね。焦る事はない。ゆっくりゆっくり歩いでいけばいいさ。
➌夜は社民党の大椿ゆうこさんに誘われ社会民主党雇用・格差貧困PTシンポジウム「底が抜けた社会」の現実〜コロナ禍の貧困と雇用破壊〜に参加、現状報告をおこなう。社民党への政策要望を聞かれて「現場に来て当事者の置かれている状況を直に触れる事、福祉の現場で何が起きているか現場で知ること」「生きていてもしょうがない、消えてしまいたい。助けてといえない状況で、生きていていいんだ。絶望から生きる希望を」連帯経済とささえあい分かち合う経済と社会 具体的に政策化してほしいと願う。住まいに困っている方への住宅保障と定額給付金を!助けてと声をあげたら助けてくれる福祉。手遅れにならないように、早く早く!

●2021/6/1 墨田区も「自立支援に入所せよ」の繰り返し

6月1日(火)
墨田区も「生保申請すると自立支援に入所せよ」の繰り返し
❶二か月に一度の定期通院、8年前に大病して入院以降通い続けている病院の裏が偶然にも反貧困ネットワーク事務所なのです。今日は同僚の佐々木君が朝に渋谷と新宿からのSOSをくれた相談者を反貧困ネットワーク事務所に誘導してくれて通院後にすぐ相談対応できました。二人ともに20代の男性でした。4月以降のSOSの半数が20代です。コロナ災害の影響が1年以上も経過して若い年代が底が抜けたようにこぼれ落ちています。また共通していた事は、大阪や名古屋にいて仕事がなく東京に来たら仕事があるのではないか望みを繋いで上京したが仕事など見つからず、所持金を使い果たして野宿生活に至ったこと、所持金も200円、東京から移動する事もできない。一人目のA君は、墨田区で生保申請の相談にいったら自立支援に入所が条件といわれた。以前に上野公園で声を掛けられ1畳ほどの相部屋にぶちこまれ千葉県の**市で保護申請を強要された事があり、墨田区での保護申請を断念したという。「福祉が人を殺す」今回は平気だよ。私たちが一緒だから!
❷夜は事務所から総がかり行動実行委員会・改憲問題対策法律家6団体連絡会が主催する「コロナ禍に乗じた改憲を許すな! 市民と法律家のオンライン緊急集会~ 改憲の第一歩 改憲手続法(国民投票法)改正案を廃案に ~ 」のリレートークで発言させて頂きました。伊藤真弁護士、海渡雄一弁護士、半田滋さんなど凄いメンバーに「何で俺なんだ」と思いつつ発言、ZOOM集会では20名しか参加者が解らない。この集会にどれだけ参加しているのか解らず終了、やっぱりリアルじゃないとダメだな!と思っていたら、郡山から大阪に区域外避難している森松明希子さんから「見ていたよメール」後で森松さんに聞いたら100人以上ZOOM参加していたとの事、でも久し振りに森松さんとお喋り、また大阪で串カツ一緒に食べたいな。原発関西訴訟絶対勝利!
➌集会を中抜けして、三ノ輪にある「ほしのいえ」の中村シスターからのSOSに向かう。「ほしのいえ」に所持金10円の40歳の青年が待っていた。コロナで建築の仕事がなくなり、野宿生活になって今日、墨田区役所に生活保護申請の相談にいったら「自立支援センターに入所しないと申請は受け付けられない」昼間の相談と全く同じだ。山谷の有名なNPOにも相談したが同じような事を言われたという。江戸川も酷いが墨田も酷い。城東エリアは本当に酷い。本人は墨田はもう嫌だという。私たちのシェルターで最終的に受け入れる事を前提に生活保護申請同行する。緊急アクションの同志である小椋足立区議と共産党の谷川さんと協議し、4月9日に「城東エリア自治体議員・支援者会議」を開催し各区の生活保護申請現場の実態把握と課題整理し改善要望をまとめていく事にした。

●2021/5/31 施設収容型ではなくハウジングファーストへ!

5月31日(月)
❶午後から江戸川区福祉事務所の生活保護申請で追い返されそうになった件について水曜日の再協議に向けて緊急アクションの同志でもある小椋足立区議と江戸川区議の滝沢区議と「オンライン対策会議」江戸川の申請時対応の問題点整理をおこない再協議に臨む。他の会派にも呼び掛けて問題の多い城東エリアの支援者・自治体議員連携会議も来週には開催できるように準備する。申請⇒ビジネスホテル⇒迅速なアパート入居の流れを確立して、無低が生保申請受理の条件、アパート入居までの見極めまで3カ月、区外のドヤ、シェルターを認めないなどのローカルルールを中止させる事。現在地保護も徹底させたい。施設収容型ではなくハウジングファーストへの転換を!
❷夜は第二回一般社団法人反貧困ネットワーク理事会でした。専務理事(事務局長)の役割である事から日曜日は自宅に籠り議案書作成に費やしました。無事に終了してほっとしています。
★2020年度末でささえあい基金で13,339,702円(うち、ささえあい基金120,072,051円、犬猫部5,387,464円)市民の善意で集まり、仕事や住まいを失った相談者への支払い給付金が59,482,960円、そのうち4千万円が就労資格を与えられていない仮放免状態などを中心とした困窮した外国人への給付、生活費の給付だけでは問題の解決の出口は見えず、コロナ災害の長期化に伴い国籍を問わず、家賃を支払う事ができず住まいからの強制退去を受けた方々が急増した事から台東区に個室シェルター10室開設、既に満室状態である事から、今日の理事会で個室シェルター5室を大田区に増設する事としました。事務局長を補佐する阪上さん、事業企画広報担当の阪上さん、外国人支援担当の原文次郎さんに加え、現役女性相談員の藍野さんを6月から迎え、就労支援担当の山岸さんと連携して、駆けつけ支援から生活保護申請同行、アパート入居で終わるのでなく孤立化防止と就労ケアまで地域ネットワークや支援団体協働で取り組みます。外国人支援も大変な状況です。担当の原さんは大変です。ひっきりなしに「住まいを追い出されそうだ。」「所持金がゼロ円 助けてほしい」との声が届きます。生活保護制度や多くの社会保障制度や医療制度から排除された外国人の支援は生活丸ごと支援し続ける事を意味、共助では既に限界を超えているのです。でも野宿してください、こんな非人道的な事は言えません。苦悩が続きます。
★6月6日にワーカーズコープと共催で「第3回仕事づくり交流会」を開催します。コロナ禍によって、たくさんの困難を抱えてきた当事者の皆さんが孤立しないように、その人にあった仕事が見つかるように、そして主体的に参画できる当事者の就労ケアと、主体者として働く場づくりをどう進めていくかを考えていきます。すでに5人の就労が決まりました今後次の三点を具体的な検討や取り組みをしていきます。◇就労相談を踏まえた求人情報や資格取得などの支援、◇当事者の皆さんの孤立の防止と交流の場づくり◇公的支援を受けられない外国人の皆さんへの就労の場づくりや継続的な衣食住の支援事業など 今回は、反貧困ネットワークが駆けつけ支援して、前回までは交流会に参加されたメンバーが「女子会」をつくりベトナム料理でお迎えします。
➌理事会終了後は自宅から近い公園から20代の青年からのSOS、メールには「静かな家で暮らしたい」4年前に病気で仕事にいけなくなり雇止めされてアパートからも退去してネットカフェと野宿を繰り返しながら日雇いや派遣で働き続けてきたが、コロナで力尽きたという。週末に生活保護申請に同行する事とした。「静かな家で暮らそう」

●2021/5/28 久し振りに福祉事務所の机を叩きつけた。

5月28日(金)
❶今日、あまりにも酷い対応をおこなった福祉事務所名は小岩にある江戸川区福祉事務所生活援護第二課だ。酷い対応は第二課だけでない。江戸川区全体の生活保護行政が酷い。昨年夏に親からのハラスメントを受けて親から逃れた20代の女性に「住所がある場所で申請しろ」と言い張り、制服警官まで介入させたのは中央にある生活援護第一課だった。江戸川区はSDGs未来都市に選定されたと昨日の報道、「誰一人取り残さない』社会の実現」なんて実践されていない。怒りや悲しみが収まらないのは私ではない。「助けて」と声を出して切り捨てられそうになった相談者のNさん、50年以上も江戸川区が好きで江戸川で生きてきた。「福祉が人を殺す」自覚せよ!殺してしまう前に!
★一昨日の夜に新小岩駅前で会ったNさん、所持金は100円余り、携帯電話は故障していて通信手段はなく公衆電話からの連絡だった。真面目に営業マンとして働いてきたが、10年前に会社が経営不振になりリストラ、以降は非正規や派遣の繰り返しだった。コロナ禍で仕事を失い住まいを失った。2年程前に江戸川区で生活保護を利用していた経験がある。
★生活保護申請の際に必ずおこなう今日からの居所の確保、初老の相談員のT氏は「江戸川区では例外を除いてビジネスホテルは認めていない。」の強硬姿勢、住宅扶助費特別規準額範囲内のネットカフェも認めない。江戸川区外のドヤ(簡易宿泊旅館)も支援団体のシェルターも安いビジネスホテルも認めない。とにかく江戸川区外の一時宿泊は認めないと主張し続ける。であるのに区外であり東京都でない無料低額宿泊所に入所してほしいという。そしてアパート入居を認めるまで3ヶ月を要するという。居所を失った相談者は受刑者のように扱われるのです。
この事は相談員の独断での話ではない。滝沢区議会議員の事前情報によると「3/18付の都と協議済みホテルの一覧は受け取っているが、江戸川区では使いにくいこともあり、施設をご案内している」一部利用を認める場合はあるが、無低が空くまでの間の期間にビジネスホテルを使う。そして挙句の果てに相談者のNさんの廃止歴を言い出し「返還請求の可能性があるので他の区で申請した方が良い」との脅しまでする始末。査察係長とケースワーカーを呼んでほしいと求めても拒絶する。結局のところ「無料低額宿泊所に入所しないと生活保護申請は受理しない」と追い返す事が江戸川区の方針なのだ。午後は他の相談者の生保申請同行が控えている。今日の妥協点は1週間、**ホテル(区外です)に宿泊、来週水曜に査察とケースワーカーと今後の対応含め再協議、滝沢区議会議員と一緒におこなう事で終了、他の区での事例や東京都の通知を何回説明しても、決まって「だったらその区に行けばよい」こんなローカルルールを認めません。相談者のNさんの心労を考えると申し訳ないと思います。
Nさんの意思を大切にする事を前提に、江戸川区の違法対応はやがて「福祉が人を殺す」結果になります。違法は正すしかないのです。
❷怒りと疲れを癒す時間もなく、城東エリアの福祉事務所に向かう。ここの福祉事務所もビジネスホテルを提供しません。30代の女性の生保申請同行です。精神的困難を抱えている事からビジネスホテルでは孤独化する事を懸念して、完全個室で生活扶助もおこなう宿所提供施設を求めました。若い笑顔の相談員が、女性用の埼玉の無低に入所するよう笑顔で無低とは解らないように説明されましたが、私にバレてしまい、反貧困ネットワークのシェルターで女性用の宿所提供施設の空きを待つ事にしました。1日本当に疲れました。
➌私が確認しているだけでも都内23区のうち10区ぐらいしかビジネスホテルは提供されず、特に城東エリアはこれでは生保申請同行はテクニックがないと無低に送られる。アパート探しは自らおこなう。これでは大変な作業です。同行者がいない相談者は「無低が嫌なら申請受理できない」追い返しが横行しています。城東エリア支援者・自治体議員合同会議が必要です。まず自らの区の現状を知る事からです。自治体議員の皆さん 本気で変えましょう。個別でも良いです。連絡ください。「福祉で人が殺される前に」

●2021/5/26 「コロナ災害対策自治体議員の会」の会議に参加

5月26日(水)
❶今日は朝から区内の**警察署に向かう。以前に数カ月間支援してきた相談者Mさんの保釈に必要な「身元引受人」としての役割だ。緊急アクションの相談メールにSOSがあり、生活保護申請同行、アパートの最終審査まで通過したのに、決まっていた就職も反故にされ絶望し行方不明になった。何回も何回も連絡をとりあう関係だった。私と連絡が取れなくなって3カ月が経過、罪状は経済的貧困ゆえの窃盗容疑、しかし居所もなくお金もない状態、釈放された今日からの泊まる場所と生活に責任を持って対応する人間がいないと釈放する事も認められない。10時30分に釈放、Mさんはやせ細っていた。留置場生活の事、住人の状況、出されていた食事の事を聞かせてもらう。少なくとも野宿生活よりマシな暮らしで過ごしていたようだ。今更、説教してもしょうがない。これからの支援方針を伝え、福祉事務所に立ち寄り、お世話になっている相談員の予約を取り付け、13時から生保申請同行受理、区が用意した個室アパート型の更生施設に今日から入所、継続的診療もおこないながらアパート暮らしを目指す。何度でも「助けてほしい」との声に応え続けていくいくしかない。
❷反貧困ネットワーク事務所で開催されている「コロナ災害対策自治体議員の会」の会議に参加、各自治体議員の方々から、支援の取り組み報告がされる。生活保護の扶養照会につい議会質問がされている。片山かおるさんを通じて緊急アクションに届く三多摩の相談案件は議員ネットワークで対応ができている。神奈川や千葉も地域ネットワークで対応ができてきた。区部の城東・城南エリア、埼玉を中心とした議員ネットワークづくりが必要だ。議会を通じて福祉行政を変えていくときに自らの福祉事務所がどのような対応をおこなっているか、無低に無秩序に送り込んでいないか、どのような無低に送り込んでいるか、生活困窮者自立支援の支援と連携できてるか、多くの議員に同行してもらい、「現場のリアル」を知ってもらうしかない。都議選、衆議院選挙を控えている。今日報道された7月に給付開始予定の困窮者向けの給付金は生活保護利用者が除外されている。住民登録から抹消されている方、そして多くの外国人もまた排除されるのか、働きかけをはじめよう。
➌夕方は新小岩駅からのSOS 私と同年代だ。携帯電話の機械もないので公衆電話からのSOS、待ち合わせする事にも困難を極める。昔はバリバリの営業マンだったが経営不振でリストラ、生活保護利用の経験もあるが福祉事務所のケースワーカーの冷たい対応の連続、派遣で仕事をしていたら即時に廃止、生保は利用したくないと思い続け、最後は野宿生活、私たちが同行する事で安心してもらい金曜に生活保護申請にいく事にした。

●2021/5/25 シェルター増設に向けた物件見学

5月25日(火)
❶午前は湾岸エリアの**福祉事務所で40代Tさんの生活保護申請同行、この福祉事務所での申請受理は早いです。簡単に現在の所持金と居所、現在に至る経緯をざっくり聞いて、1時間以内に今日から宿泊する簡易宿泊旅館(もしくはビジネスホテル)の予約をはじめます。この地域の簡易宿泊旅館は綺麗です。住民票も作れます。Tさんは仕事探しの関係でWi-Fiが完備している旅館を選びました。実はTさん、最初にSOSで出会って駆けつけて1カ月、何回も生活保護申請を考えたが福祉事務所に向かう最後の勇気がなくて私たちの生活給付も2回以上は給付しない事が基本、再びの野宿と所持金なし、今回ばかりは「このま申請したらこんなに苦しむ事はなかったです。」生活保護は権利なんです。
❷福祉事務所を出発して車で20分程度の閑静な住宅街に向かう。向かった理由は、反貧困ネットワークのシェルター増設に向けた物件見学、私が出演したTBSのニュース23を観て、現在の若者の貧困の実状に衝撃を受けた若き大学教授夫婦が所有しているアパート5部屋を丸ごと貸したいと連絡をくれたのです。お会いしたら「安保法制反対大学教員の会」「ママの会」「宇都宮健児応援団」で活動している夫婦でした。地域騒音もなく、部屋も風呂、トイレ独立の20㎡の個室です。「今日から使ってください。」法人反貧困ネットワーク理事会に提案する必要がありますが、住まいを失っている相談者からの問い合わせが相次ぐなかで、今日から使ってほしいとの有難い提案は本当に嬉しいです。単なる住居提供でなく「地域で支えあう関係づくり」を大事に連携していきます。
➌次は30分程度車を走らせて、80代のお母さんと一緒に暮らす女性に会いにいく。生活保護を利用して二人で暮らしているがお母さんも高齢になり、バリアフリーに近い住環境の必要性がでてきた。お互いの独立した空間も大切なのです。今日は具体的なニーズを聞いて、これから物件探しです。福祉事務所への転居交渉も必要になりますが親子で支えあう姿を見て頑張らなきゃいけないと思いました。本当に!
❹今日も新宿からSOSが届く。朝からFacebookのメッセンジャーに「このままでは死んでしまいます。所持金15円、はじめて野宿しています。助けてほしい。」今日は予定が埋まっている。そのように答えても「助けてほしい」と叫ぶかのようなメールが続く。夕方の一瞬に空き時間を見つけて駆けつけた。3日間何も食べてなくてフラフラの状態だった。
❺夜は新宿歌舞伎町で働いていて店から搾取を受けている女性の対応に駆けつけた。雨宮処凛さんも一緒、この世界は変に記述すると身の危険があるのでこれ以上は書かないし書けない。「底が抜けた社会」は徹底的に若者たちをボロボロにしてしまう。

●2021/5/24 支援してきた青年の失踪が増えている

5月24日(月)
❶今日は午前・午後ともに20代の青年の生活保護申請同行のはずが両方ともに直前のキャンセル、親に相談して生活保護申請を断念したとの理由も共通、ギリギリの状態からのSOSで駆けつけた。「若くても生活保護は利用できることは知りませんでした。」と彼は私に聞いた。地方から夢を抱いて上京してきた。いや地元では仕事がなくてコロナ禍でも仕事だけは東京にあると考え上京したが、まさかの野宿生活、希望など何処にもなかった。地元に帰っても生き続けてほしい。
❷支援してきた青年の失踪が増えている。ひとりの青年からのメールが届いた。「いま森の中にいます。死のうと思ったが死ねなかった。助けを求める気力がありません、」どこにでも助けにいくから返信がほしいと返信したが帰ってこない。他にも若い世代からの電話が続く。共通している事は「孤独」寂しい寂しいという。居場所やイベント案内しても疎外感があるという。生活保護が決定してもアパート生活が実現しても孤独の解決はできない。ビジネスホテルやアパートの一室で天井を見上げてばかりの時間、ただでさえ、非正規の仕事しかない希望がない。コロナ禍で絶望しかない社会、本当に「底が抜けてしまった。」
❷昼過ぎに、入管にいる反貧困ネットワーク外国人支援担当の原さんから電話が入る。「今日から居所がない女性がいる。何とかできないか」う~ん 反貧困ネットワークのシェルターは満室状態、でも野宿してくださいと言えない。連携している団体のシェルターに空きを確認する。部屋が一室だけ空いていた。シェルター入居までのホテルを押さえ、夜の反貧困ネットワークの実務会議終了後に原さんと保護先の教会に迎えにいき荷物を運び。ビジネスホテルにチェックイン 帰宅時間は23時を過ぎていた。
➌夜の反貧困ネットワークの実務担当者会議、二週間に一度、ひとりひとりの支援状況の細かい確認を行う。アパートが決まった人、決まっていない人、元気に前を歩きはじめた人、寂しそうな人、音信不通になった人、シェルター入居者は就労資格すら与えられていない外国人が多い。健康状態も悪い。入管との関係もどうなっているか、本人の意思に反した送還の危険性はないか、住まいから追い出された外国人からの問い合わせが続いている。反貧困ささえあい基金からの「給付支援」だけでは解決に至らない。シェルターの増設、寄り場づくり、就労ケア、収入先がない外国人向けの機動的な「フードバンク」結局は資金と支える人と地域との連携が不可欠だ。
4月の反貧困ネットワークの法人収入決算を見ると2020年より市民からの寄付は大きく減少している。深刻度を増すコロナ禍の貧困、やらなければならない事が増えている。「野宿させてゴメンね。私には何もできません」と言えない。活動の更なる可視化が求められる。

●2021/5/23 「吹っ飛ばそう!貧困inねりま」が開かれる

5月23日(日)
❶練馬駅前の平成つつじ公園で「吹っ飛ばそう!貧困inねりま」が開催されました、食品 生活用品配布、生活相談だけでなく。LIVEコンサートも開催する企画でした。私にとって今後の支援を考え実行するうえで重要な意味づけがありました。
⓵私自身が居住する練馬区で地域で多様な市民運動や貧困問題に取り組む仲間たち(多くのはじめて出会う方含め)と繋がり、地域で支えあい分かち合うネットワークづくりをすすめる。区職労を起点に福祉事務所や社協の職員とも連携を深める。
⓶長期化するコロナ災害で甚大な影響を受けたアーティストや芸術家などの活動の場の提供、緊急アクションや反貧困ネットワークが支援してきた当事者を中心に、、、
★練馬区内ではじめての大規模な相談会、区民を中心に80名を超えるボランティアが集まった。今後を考えると大きな一歩を踏み出したといえる。相談会だけでなく、地域での「居場所や寄り場づくり」「駆け込みスポット」「分かち合いの店」「地域シェルター」など色々な事をみんなで考える事ができる。
★正確な報告は後日されると思うが、準備していた引換券もすべて無くなり乳幼児や小学生を連れたお母さんが非常に多かった事、しかし私が集約した生活。医療・労働・法律相談は11件、会場内でも相談に繋がりづらい要因は何か振り返り会議で共有したいと思う。パルシステム東京の西村さんが会場内で声をかけてくれて相談ブースに来てくれた女性、生活保護の資産保有規準に外れているだけで、様々な支援度口からたらい回しになっている。今後、伴走していく事をお話して涙を拭ってもらった。前日に避難者支援で活動を共にしている練馬社協の職員さんから「住居確保金の申請が減少している。とても心配している。」と連絡を受けている。生活保護だけでなく様々な制度が使いやすく、利用できる制度が広報されている事、「断らない相談」サービスの充実が求められる。
★今日のコンサートでは、反貧困全国集会でも唄ってくれたアルバトロス、イラン人歌手、フェルト人形作家のクマさん、全員が反貧困ネットワークで駆けつけ支援して繋がった。アーティストや芸術家などの活動の場がなくなっている。引き続き繋がっていきたい。他にも相談ブースを手伝って頂いた「女子会」のAさんKさん、来週から司法事務所で働く事になったIさん 確実に明日に向けて歩き始めている。
❷練馬相談会を終えて新宿西口に向かう。今日も20代の青年だ。先々週に建築の仕事を雇止めされた。所持金は800円、でも頑なに生活保護だけは利用したくないという。仕事を探し続けるという。「困った時に誰でも使える、使いやすい制度」になっていない。

●2021/5/22 「さびしんぼう」は会うだけで気持ちが落ち着いた

5月22日(土)
❶夕方にSOSで駆けつけた20代のTさんは若くして起業したがコロナの影響で失職した。所持金は128円、以前は会社がある駅の周辺で困窮者への食糧配布もおこなっていて自らが支援を受ける立場になると思っていなかった。6月から仕事が決まっているとの事なのでTOKYOチャレンジネットの一時利用住宅に月曜からいくよう約束した。反貧困ネットワークも緊急ささえあい基金の事も知らないTさんは支援内容を聞いて、信じられないという。私のテレビ映像を観てもらって納得、若い起業家は再び仕事が順調に進んだら必ず恩返ししたいと何回も何回も頭を下げた。
❷夜は泪橋にある反貧困ネットワークの緊急シェルターに立ち寄り、入居している若者の相談に乗る。昨日に苦しい心を訴える電話を何回も受けていたけれど、車上ホームレス兄弟の対応で都内から遠く離れた場所にいたので駆けつける事ができず、今日も電話で何回も話したが、「さびしんぼう」は寂しそうだ。今晩シェルターで会った「さびしんぼう」は会うだけで気持ちが少し落ち着いたようだった。

●2021/5/21 55キロ離れた道の駅からのSOS

5月21日(金)
❶午前は**福祉事務所で反貧困ネットワークのシェルターに先週から住んでいる20代のHさんと一緒にケースワーカー面談、コロナの影響で仕事を失い住まいも失い自殺未遂を図った後での生活保護申請にいった。福祉事務所は申請受理後に精神科病院に入院させて回復を図る対応をおこなった。Hさんは自主退院してしまい、私たちに「助けて」と23時過ぎにSOS、シェルターで一時的に預かった。先週のCW面談で福祉事務所が提案する「更生施設」ではなく、シェルターでの生活を経てのアパート自立を希望するHさんと平行線で時間切れ、1週間後の今日に結論を持ち越した。シェルターでのHさんは住人たちとの協同にも積極的に関わり元気を回復している。元々アニキ肌だったのでシェルター全体の引っ越し作業や清掃なども率先して動いている。1週間の経緯を説明して、反貧困ネットワークとしての「支援計画表」をケースワーカーと共有しながらアパート自立までの伴走をシェルター生活しながらおこなう事になりました。Hさんとの伴走が続きます。
❷午後から**福祉事務所に移動、30代のAさんの生保申請同行です。間借りしている知人が5月で引っ越してしまい住まいがなくなりコロナ禍で仕事が全くなくなった。聞いてみると都内の一流高校出身なのに住所不定歴が長い。悪い仲間と出会ったから人生おかしくなったと言うんだ。ヤクザや反社勢力じゃないという。バックパッカー系か売れないアーティスト系か、様々な出会いと運で幸も不幸も変わってくる。Aさんとの伴走も暫く続く。
➌今日も定番の新宿駅西口前に自家用車を停車させる。毎日のように路上からのSOSが続く。今日の新宿方面の駆けつけ支援は20代の男性が二人、5月以降は20代の比率が八割を占める。元不動産営業マンは月曜日に生保同行、お父さんお母さんの顔を知らない気弱そうな青年は、明日まで生保利用するか考えて連絡くる
❹最後は55キロ離れた道の駅からのSOSだった。40代の女性で所持金1000円、とりあえず寝る場所は車の中があってもガソリンが切れたらヤバい状態になる事を知っている。とりあえず向かう事にした。道の駅について呆然した。駐車場の右奥は明らかに車上ホームレスと解る車が10代以上停車している。猫を飼っている若い女性の車も見えた。置き逃げと思われる車も数台、住まいを失い移動しながら求めた地は「道の駅」、誰にも知られず車の中で孤独死する場合もある。かなりショックだった。今日出会った女性は、病気を抱える弟と一緒だった。弟を守るため自らもアパートを引き払ったという。週末に寮付き住宅の仕事の採用可否が決まる。駄目な場合の生活についても提案した。都内での暮らしを希望している。都内では車の維持費がかかる。車の当面の置き場とその後の処分方法も一緒に考え生保申請する事も検討する事も約束した。病弱の弟を守るために頑張ってきたお姉さんの人生、明るく振る舞う姿に胸が詰まってしまった。

●2021/5/20 新宿西口で三人連続の駆けつけ対応

5月20日(木)
❶午前は**福祉事務所で2名の相談者の生活保護申請同行、急増するSOSと駆けつけ支援はイコール生保申請同行とアパート探しの実務急増に直結する。さすがに同時刻のダブル申請は負荷がかかり過ぎる為に、今日は千葉担当の阪上さんに協力してもらった。
★私が担当した50代のNさんは日曜日に友人が新宿で野宿している方々の声かけして食料を配布していた時に出会った。仕事と住まいを失い野宿生活はじめで数日間、死のうと思ったけれど死ねなかった。最後の100円でパンを買って食べようとしていた時に友人と出会った。友人に呼び出されて緊急対応して今日を迎えた。奇想天外で様々な経歴が面白い。お寺に出家したり、亡くなった田村正和のテレビドラマのエキストラで連続出演していた事が自慢、とにかく糖尿病を長期間放置していたので生活保護申請受理されたので早速、通院を開始する。笑っている場合ではございません。
★阪上さんが同席してくれた福島県出身の40代のCさん、事務所の近くの公園で野宿していた。相談相手と知識不足に対するアドバイスが欲しいとメールが来ていた。生活保護でアパート暮らしができる事は知らなかった。今日、申請受理されて嬉しそう。Nさん Cさん二人とも今日からビジネスホテルに1カ月泊まり、アパート入居を目指します。
❷20代の女性Mさんと定期面談、今日はメンタルクリニックのソーシャルワーカーさんと福祉事務所のケースワーカーさんとMさんの次のステップに向けての協議、出会った頃と比較して本当に元気になりました。解らなかった潜在力が凄いんです。これからです。
➌新宿西口で三人連続のSOSに基づく駆けつけ対応です。横では、仲間たちがSTOP!改憲発議 総がかり行動 緊急署名街頭宣伝の準備中、今日の相談者は20代が2名、30代1名です。SOSを発する世代が急激に若くなっている事、「消えていなくなりたい」若者に絶望しか与えらられない時代の絶望に唖然とします。20代のH君は飲食の仕事が今回の緊急事態宣言で全くなくなり「もう消えてしまいたい」と思いつつ最後のメール、若者でも生活保護が利用できる事をはじめて知った。来週月曜に生保申請同行する。同じく20代のP君は小さな飲食系の企業に採用が決まり上京したが、何と採用取り消し!このまま故郷に帰るか、東京に残るか迷っていると、、明日まで結論を出したいとの事だった。30代のF君は、やんちゃ過ぎる青春時代を送ってきた。私もよく知っている暴走族グループの話で盛り上がった。突っ張り時代の勲章だった入れ墨が就職を邪魔してしまう。「死ぬしかない」と思った時に私のYouTubeを観て希望を繋いだ。本当かどうかは解らないけれど人懐っこい笑顔とボロボロの帽子、「何回でもやり直せるぜ」来週、生保申請同行します。
❹5月23日に開催する『吹っ飛ばそう!貧困inねりま』実行委員会に途中まで参加して、チャレンジネットの一時利用住宅に住む40代の女性Mさんに会いに行く。2か月前にSOSをもらい新宿にあるチャレンジネットに同行した。夜の飲食業を続けながら三多摩の一時利用住宅を提供された。入居期限が7月1日、その頃までにお金を貯めてアパートを借りる予定だったが、今回の緊急事態宣言でお店に全く客が来なくなり、数日間、何も食べていない。急遽駆けつけて食費の支援をおこなう。土曜日にチャレンジネットの担当者と協議して今後の生活について考える事にした。繰り返される緊急事態宣言、本当にボロボロにされていく。