<事務局長のサポート日誌>(その5)

●2021/5/19 今日はK君のメンタルクリックの受診日

5月19日(水)
❶来週火曜日にアパート入居が決まったYさんの家具什器購入を目的に、荒川の企業組合あうんに向かった。4月16日に新宿駅西口で駆けつけ支援して約1カ月、コロナ禍では地元の北陸の町では仕事がなく神奈川県内の小さな工場で働くも職場内のパワハラが激しく退職、故郷にいる母親もパートで働き続けていて裕福でなく私の地元の練馬区で生活保護申請した。練馬区のアパート入居支援事業で無事に今日に至った。私の自宅から徒歩圏内でサポートしてきた相談者が4人住んでいる。地域のご一緒さんなので何かあれば飛んでいくよ。そういえば5月23日は練馬駅北口平成つつじ公園で『吹っ飛ばそう!貧困inねりま』が開催される。みんな遊びに来てくれるといいな。
❷大急ぎで反貧困ネットワーク事務所に戻り、社労士さんとの打ち合わせです。反貧困ネットワークの一般社団法人化に伴い、雇用する常勤職員の就業規則・労働契約・社保などの整備が必要になります。単なる労使関係でない「みんなで論議してみんなで決めて協働する組織原理を徹底しながらすすめていく。労働基準法と労働者の権利を守る事はこれからの基本です。
➌今日は月2回のK君のメンタルクリックの受診日です。自死しようとして現場にでかけて怖くなり最後だと考えてメールをくれたあの日から4カ月、反貧困ネットワークのシェルターの優しい仲間たちに支えられて一歩づつ再生しています。出会った当初は考える事すらできなかった自立生活の目標づくりも始めます。これからもゆっくり伴走します。
❹夜は反貧困の事務所に戻り、土曜の23時過ぎに東京駅丸の内郵便局前の路上で行き倒れのように座り込んでいた女性Sさんの支援者会議、Sさんがいちばん信頼するドクターも一緒です。Sさんとはも長いお付き合いです。精神的困難を抱えるSさんが安心できる居住環境が保障されず、福祉事務所からはアパート入居さえ認められてこなかった。対応が酷い福祉事務所の生活保護の廃止手続きをおこない、他区で再申請、今週から安心できる「宿所提供施設」を一時利用住宅として住む事ができて安心しています。もうひとりで悩まないでアパート暮らしを目指していきましょう。もう黙っていなくなっちゃ駄目だからね。

 


●2021/5/18 給付金狙いの偽装SOSが増えるとリスクも

5月18日(火)
❶昨日はFacebookに投稿する気分になれなかった。夕方にSOSを受けた所持金は200円の20代青年、生きていてほしいと思って駆けつけた。気弱そうな風貌だ、数日後の生保申請同行を約束して、その日までの宿泊費と生活費を給付して「また会おう」と約束して別れた。しかし2時間後に突然の非通知の電話、「お金を落とした。もう一度助けてほしい」断ると何故か見知らぬ男が電話にでる。「彼からお金を返してもらった。追加給付できないのか。いま何処にいるのか。最後まで面倒を見ろ」背後に悪い奴らがいる。彼は利用されているのか、悪い連中に絡まれているのか、それとも首謀者なのか、今日も給付金狙いのSOSが届く。痛い経験を何回もしているのでメールのやり取りで見破る事ができた。このような給付金狙いの偽装SOSが増えると、対応スキルの高度化も必要になる。駆けつけ支援の危険リスクが伴なう。市民からの善意の「ささえあい基金」を悪用されてたまるか。本当に辛く緊急性が高い相談者、コロナの長期化でボロボロにされた相談者のいのちを繋ぐ事を止める事はできない。今日は以前に支援を長期間続けてきたが何回も失踪していて連絡を取れなくなった青年が、逮捕拘留されている事が解った。無料低額宿泊所で辛い経験を何回もしていた。経済的困窮と孤独が犯罪の根底にある。釈放された時には拘留先に迎えににいく。見捨てる事はできない。コロナ災害に有効な政策を打つ事もなく公助責任を放棄した政治の責任は大きい。ボロボロ状態の底抜け社会になってしまった。
❷今日の午前は、久し振りの「新型コロナ災害緊急アクションの事務局会議」をオンラインで実施。私と阪上さんは反貧困ネットワーク事務所で参加、理由は同時並行で事務所の近くでSOSを発してくれた福島県出身のCさんの相談を事務所でおこなうからだ。明後日にSOSは増え続けている。会議や移動時間中にも電話が鳴る。今日の会議中に入管法廃案の速報が流れる。国会前にいる反貧困ネットワークの外国人担当の原さんに「おめでとうコール」現場支援が続き、議員会館前のシットインに一度も参加できなかった。議員会館前にいた支援者から「仮放免で居所がない外国人が2名いる。反貧困ネットワークのシェルターで受け入れる事ができないか」シェルターは既に満室状態、1部屋空くのは早くても来週以降、
連携団体のシェルター含め調整をはかり早めに安心できる住まいを用意したい。とにかく住まいを失った人のSOSが止まらない。ZOOM会議では減ることがないSOSに、今後どのように対応していくのか相談。駆けつけ以上の負担は生活保護申請同行とアパート入居までの実務、反貧困ネットワークでは6月より相談員を増やす。孤立化防止と就労ケアの充実、自治体議員や各県別の支援ネットワークの連携拡大で最悪の局面を乗り越えろ!
➌午後は湾岸エリアの福祉事務所に20代の青年の生活保護申請同行、丁寧で迅速な対応で今日からの安心できる居所を確保、直後に地方都市で生活保護継続している事がわかり、廃止手続きおこない明日に再申請して迅速に受理してくれる事を福祉事務所は約束してくれた。最近の若者たちは大変だよね。
❹夜は反貧困ぐんまの定期総会後のZOOM講演会に呼んで頂きました。緊急アクションの相談フォームに届く群馬県からのSOSはすべて代表の仲道さんに連絡、全ての案件を当日中の対応と翌日には課題解決してくれるのです。群馬では支援者が同行しないと「追い返し」が当たり前になっているそうです。住まいがない方の生保申請の場合、無料低額宿泊所がない群馬県では申請受理当日の居宅保護も福祉事務所がおこなわない酷い実態、地域特性から空き家がたくさんあるので反貧困ぐんまでは申請同行段階でアパートを入居できる準備を完了させていると聞いた。各地域の反貧困ネットワークや支援団体が連携して「生活保護申請苦情なんでもホットライン」を考えたい。どこの地域でも支援団体の負荷が高過ぎる・
「福祉が人を殺す」事態にしない為にも! 
★5月27日(木)13時~17時に高崎城址公園(高崎市役所前)で新型コロナ生活相談&フードバンク in 高崎』が開催される。主催は「 新型コロナ災害緊急アクション@群馬」いつの間に結成されていた。

●2021/5/16 日曜日だが朝から電話やメールが相次ぐ

5月16日(日)
❶ふだんの日曜日はSOSが比較的少ないのだが、今日は朝から電話やメールが騒がしい。歌舞伎町の性風俗で働き、悪い人間関係にはまってしまった娘を心配して遠く離れた場所に住むお母さんからの相談、電話の向こうでのすすり泣きが聞こえる。静かであるはずの日曜日の朝、今週は雨が続くようだ。多くの若者たちが路上の片隅で泣いている。
❷午後は、定番の待ち合わせ場所である新宿駅西口小田急出口の喫煙スペース前に自家用車を停車させた。お昼頃に新宿駅南口のホームレス状態の方に声かけを続けているTさんからの相談イコール出動依頼がきっかけだった。50代のNさん 年齢よりも老けて見える。お坊さんやっていた時期もあるという。住まいとい住まいを失い野宿生活をはじめで数日間、死のうと思ったけれど死ねなかった。糖尿病のせいか身体がボロボロ状態である事が解る。携帯は使えず通信状態がないとの事だったが、私のルーターで繋いでみるとWi-Fiスポットではメール連絡がとれる事が解った。木曜に生活保護申請に同行する。
➌新宿西口にもうひとりのSOS対応、50代のKさん、四谷の公園から歩いてきた。数年前にアパート家賃滞納で強制退去、サウナなどに泊まりながら引っ越し派遣で生活したがコロナで失職、生活保護イコール施設入所と野宿の知人から聞いていて否定的だったが、丁寧に説明した結果、明日に緊急アクションのスタッフが生活保護申請に同行する。
❹終了後にまたまた都内のターミナル駅に移動する。生活保護申請に同行して先週金曜日にアパートの審査がしたばかりの20代女子と面談、「ビジネスホテルで独りでいる事がたまらなく寂しい」と繰り返していたが、もうすぐアパートに入居できるよ。でも寂しさは全く変わらない。今日は同じ境遇だった「女子会」のKさんも一緒に励ましあった。
❺次は埼玉県西川口駅からのSOS 20代の男性だ。派遣切りにい寮から追い出された。足が怪我している。メールには、「お金も無いため、ご飯も食べれません。毎日、いつ死ぬんだろうと不安で仕方ありません。」と書いてある。到着した時に本当にほっとした姿が印象的だった。火曜日に地元の支援団体の友人が申請同行、即日で個室シェルターも用意してくれると約束できた。ほっとした姿がまた印象的だった。
❻今晩の最後は蒲田駅からのSOS、川口から蒲田は遠いぞ。また20代の男性だった。九州から仕事を求めて4月に上京したが、仕事などなかった。野宿は2週間以上、3日間何も食べていなかった。今回のメールに返信がなかったら死のうと考えていた。でも死ぬにしてもお腹が減り過ぎていて力がでない。本当に間に合ってよかった。
 

●2021/5/15 「反貧困ネットワーク神奈川」の会合に参加

5月15日(土)
❶午後から神奈川県座間市で開催された「反貧困ネットワーク神奈川・コロナ禍の支援体制作りⅡ」に参加して、支援の現状報告をさせて頂きました。いつも笑顔満開でありながら、困窮者や弱者いじめに対してはしぶとく戦う千葉県船橋市議の池沢みちよさんの講演、1年前に「千葉県での支援体制の受け皿をつくってほしい」突然のごり押し要請をおこなったのは私、ほぼ困窮者支援や生活保護申請同行やアパート入居まで経験が皆無だったメンバーが「反貧困ささえあい千葉」を結成して相談会の定例開催、生保申請同行からアパート探しまで経験蓄積、池沢さんの市議会における提起で、船橋市の都内23区ではあり得ない対応をひとつづつ突破していく過程が生き生きと報告された。できたてホヤホヤの反貧困神奈川のメンバーを刺激しまくっていた。
❷会場の近くにイグナチオ教会の大人食堂に参加して相談対応したナイジェリア国籍の女性Dさんが住んでいる。学習会会場に来てもらった。Dさんは家賃未払い3カ月続いていた。今日は私が来るという事で家賃保証会社との話し合いに同行してほしいとの事だった。
地元の市議会議員の長谷川久美子市議が同行してくれた。このままでは立ち退き訴訟を起こすと通告された。Dさんは15年前に来日、3年間入管に収容後、現在まで仮放免状態、何回も難民申請しているが却下され続けている。日本で働きながら生き続ける事を願い、介護職の勉強も続けてきたが、コロナ禍で収入減となっていた支援団体や教会の援助も途切れた。このままでは退去を避けられない。最後の最後は反貧困ネットワークのシェルターで受け入れる事になるが、既にシェルターは常に満室状態だ。増設しないと無理、同じ様に退去が迫られている外国人が何人もいる。長谷川市議に公営住宅入居の可能性を探ってほしいと要請する。国土交通省は仮放免でも公営住宅入居を認める通知を出しているが多くの自治体は動かない。Dさんは身体もボロボロだ。地域の支援体制を強め支えていくしかない。限界を超えている共助、政府は共助をしないどころか、入管法を改悪してDさんのような方を強制的に送還できるようにしてしまう。Dさんは別れ際に、「日本が好きで来日したが酷い国だった、帰りたいが帰れない。でも帰りたい。」本当に申し訳ない。
➌20代の女性からのSOS電話が鳴り、急いで都内に戻る。所持金300円で今日から野宿、性風俗のお店で働いているがコロナの影響で客が来なくなった。本人は自分が野宿状態なのに何回話しても生活保護など自らの生活再建を真剣に考える事ができない。明日からの指名客に期待を寄せる。この世界から抜けられないよくある事例、説得できなかった。
❹上野駅からもSOSが来た、21時30分に到着した。最近は土曜日のSOSも金曜と同じように増加している。30代の男性が待っていた。元システムエンジニアだったが、コロナで仕事を失い同居していた家族との関係も悪化してネットカフェ暮らしを続けてきたが所持金は800円、今日から野宿だ。来週に生保申請同行する事を合意、それまでの宿泊費と生活費を渡した。
❺長かった今日の任務も終了、終了したかったのだが、またSOS電話が鳴る。どこの食糧配布や生活相談で会う女性Sさんだった。様々な支援者が関わってきたけれど、暫くすると路上に戻ってしまう。しかしSさんのキャラクターのせいなのか見捨てる事ができない。待ち合わせの上野駅前で待っていたがいつになっても来ない。電話をくれた東京駅丸の内郵便局前の路上で行き倒れのように座り込んでいた。時間は23時過ぎだった。もう深夜になるので車に乗せて新宿のビジネスホテルに連れていった。歌舞伎町を通過した、若者た動いちが多すぎる人数で盛り上がっている。路上の片隅で若い女性が野宿状態で座り込んでいる。異様な光景が続く。Sさんを今日から2日間だけ泊めるビジネスホテルにに到着しhた時間は24時30分 このような支援を続ける事は得策でない。Sさんがこれから安定した暮らしに戻れるように、、水曜夜にSさんの支援者会議を開催して、チームで関わる事とした、Sさんが信頼する精神科医さんも来てくれる。何回も何回も居なくなるSさんだけど見捨てる事はできない。

●2021/5/14 これから希望はたくさんある、平気!平気!


5月14日(金)
❶午前の**福祉事務所での生保申請同行は相談者は約束の場所に表れなかった。月曜日に阪上さんが駆けつけ対応してくれたTさん、携帯電話だけでなくメールなどの通信手段もないので連絡をとる事ができないので困る。時間が空いた事もあり、同じ福祉事務所で生保申請同行して区内でアパートで暮らす30代女性Kさんの案件でケースワーカーと事務折衝、アパートの貸主が毎日のようにアパートにやって来て「いつまで生活保護を利用するのか」「早く働きにいきなさいよ」Kさんは精神的に追い込まれてしまう。コロナ禍で仕事が見つからない。鬱病も抱えている。前担当のCWから働きかけてもらったが全く改善がされていない。私自身、以前に他の区で近隣住民の騒音問題で転宅を認めてもらった交渉経験があるので、今回も転宅申し入れをおこなったが、「このような理由では転宅は認められない」との回答、このような状態を放置していてKさんの病状が悪化したら取返しがつかない。経緯を時系列でまとめて所長に意見書を提出する旨、通告した。福祉事務所は柔軟な運用ができるはずだと思う。もうこれ以上の放置は許されない。
❷お昼に、2畳の狭すぎるシェアハウスに住んでいる20代のCさんのSOSを受けて急遽の相談に向かう。親からの執拗な干渉を受けて家から離れたが仕事が見つからない。唯一採用された会社も保証人が立てられずに採用取り消し、減り続ける貯蓄で不安でたまらない。よく聞いてみると地域の社協に相談に行ったら担当相談員は私の友人であるNさん、とてもやさしい人だったという。Nさんとも連絡をとりあい仕事探しに協力するよと伝えた。
➌今日のメインイベントである「反貧困ネットワーク寂しがりやの女子会」を開催する泪橋ホールに向かう。何回もFBに書いているがmコロナ禍から1年。新たな課題に直面している。「生活保護につなげてアパート入居できたら終わり、じゃない」今はコロナの影響で仕事も見つかりにくい。アパートに入っても人とのかかわりがないために孤立を深めてしまい、支援してきた相談者からの嘆きが相次いで届く。電話でもメールでも届く。共通している事は独りぼっちのアパートやビジネスホテルで「死にたくなるような寂しさ」1週間、誰とも会話していない。部屋の天井を見上げるだけなのだ。僕らが思っているより、若い人たちの抱えている困難は深刻、このような背景から、反貧困ネットワークの就労支援担当の山岸薫さんと相談して企画した。今日は当事者4名含め10名の女子が参加した。コロナ感染に配慮して席を充分離しての食事会、泪橋ホールの多田さんの手作り料理でのおもてなしです。今日決まった事は二つ1①5月末までにもう1回自主開催  ②6月6日にワーカーズコープと共催する「第三回仕事探し・仕事づくり交流会」に女子会がベトナム料理を調理して参加者を出迎える。支援されるだけでなく、助けあって支援する立場で協働参画する。
❹今日はシェルターの住人であるブラジルのM君が深夜便で成田空港から帰国する日だ、3月17日に居所もなく所持金120円の状態で、四谷の外国人在留支援センター(FRESC)、事務所に駆け込んだ南米の40歳の青年のMさん、日本で暮らして20年、少し前まで定住ビザだったが、トラブルに巻き込まれて「仮放免」にされてしまった。泊まる場所がない。青年は、故郷の国に帰りたい。しかし入管に相談にいったら、収容の危険性がある。あの日から2か月、関係者の尽力で国費で帰国できる事になったインドのGさんも、K君も今晩から入居するN君も、そして多田さんも一緒に泪橋ホールから見送った。。2カ月間、M君の自由人的行動に翻弄されつつも徹底的に伴走し続けた反貧困ネットワーク外国人担当の原文次郎さんが成田空港まで送り届けた。本当に良かった。
❺夜は東北道をぶっ飛ばして埼玉県**市のスーパーマーケットの駐車場に向かう。昨日にSOSが来ていた20代のU君、幼少期から絶望的な境遇にありながら、乗り越えてきた頑張り屋さんだった。親の責任や借金を肩代わりしてきた。でもコロナで仕事も住まいも失った。明日から泊まる場所がない。そのような状況下でいくつかの支援NPOや弁護士ネットワークにメールした。生活保護利用の事も相談した。メールの返信が来ない団体、自分で役所にいってから相談に乗るからと言われた。
勇気を持って「助けて」と発信したのに反応してくれなかったのだ。夕方にメールで何回もやり取りした。U君は信用できなかったのかもしれない。「これから向かうよ。一緒になって考えよう。本当にもう独りじゃなんだ。」
かなり強引に何回もやり取りした。「死んではいけない」気持ちが通じて待ち合わせの約束ができた。「これが最後だと思っています、こんな僕に時間を使わせてもっと助けれるべき人はいるのにごめんなさい。」心配するな!50キロかけてスーパーマーケットに着いた。U君は大粒の涙で泣き続けた。神奈川県**市で暮らしていた。**市に帰りたいという。明日たまたま座間で反貧困ネットワーク神奈川の学習会に呼ばれていたので今晩荷物を整理して明日夕方に合流して神奈川の支援者と面会、保護申請の担当と伴走者を決める事を神奈川担当の杉浦さんと打ち合わせ。明日、不動産屋さんも来てくれるので早期にパート入居できるよう体制を準備しておく。
❻埼玉に向かう車中で連続して、以前に支援してきた2名の30代男子からで電話が来た。I君は司法書士事務所で働く事になった、H君は事業所の責任者になったとの嬉しい連絡、2名とも「死ぬ前に最後のメールを送った」と駆けつけ面談の車中で泣いていたんだ。だからU君、これから希望はたくさんある、平気!平気!

●2021/5/13 鎌田慧さんが嬉しそうに労いの言葉

5月13日(木)
❶朝から先日の深夜に「助けて」のSOSを受けて対応した20代のHさんと一緒に福祉事務所に向かう。コロナ災害は止まる事なく1年以上が経過、相談メールの文面に「死にたい」「死のうと思った」が目立つようになった。Hさんはコロナの影響で仕事を失い住まいも失った。自殺未遂で警察が駆けつける程、追い詰められたという。ひとりで向かった福祉事務所の生活保護相談でも希死念慮状態で福祉事務所は申請受理後に精神科病院に入院させて回復を図る対応をおこなった。これは間違えているとは思わない。でも拙かったと思うのは受け入れ先の病院が決まるまでの数日間、集団部屋の無低で待機させてしまった事、退院した後にまた施設に入所させられる。そんな生活保護だったら死んだ方が良い。入院を自主退院して、深夜のSOSとなった。今日は福祉事務所のケースワーカー、係長とHさんの今後の生活について論議したけれど時間切れで終わった。反貧困ネットワークのシェルターが明日の夜に空くので1週間受け入れる事に合意してもらった。多くの若者たちが死を考え試みている。コロナ災害、1年も経過すると精神的にボロボロにされる。H君が悪い訳ではない。傷ついた心を癒す。孤独からの脱却 最近の支援は本当につらい事が多すぎる。
❷職場であるパルシステムでの地域活動委員会を終えて、連合会館で開催された「さようなら原発一千万人アクション実行委員会」に久し振りの参加、鎌田慧さんが嬉しそうに労いの言葉をかけてくれる。私が参加する時には「福島原発被害者課題」の報告を求められる、国家公務員宿舎の避難者二倍請求問題だけでなく、緊急アクションや反貧困ネットワークで対応してきた原発作業員の雇止めや福島県内での居所確保なしの生活保護受理問題を報告させて頂いた。

●2021/5/12 第23回福島県との交渉に参加しました

5月12日(水)
❶午前は第23回福島県との交渉に参加しました。ひだんれん・「避難の権利」を求める全国避難者の会・避難の協同センター三団体の主催です。
交渉討論の主要論点は、昨年末福島県は退去できない状況にある国家公務員宿舎入居避難者の親族に対し、退去と2倍家賃の支払いを促す書面を送り、避難者本人の承諾なしに県職員が戸籍附票など個人情報を無断で取得し、法的措置も辞さないとの内容で、親族宅への文書送付と自宅訪問圧力を加えた件についての抗議と謝罪を求めました。福島県は、「国家公務員宿舎の提供期限から二年を過ぎており不法占拠とみなす。安定的な住まいに転居頂くために親族に協力を求めた」と開き直り謝罪を拒否、自らの行動を正当化しました。原発事故子ども被災者支援法の「避難の権利」を反故にして、避難住宅の供与を一方的に打ち切り、経済的事情などで期限内に退去できなかった避難者に対して、ただ一般の不動産情報を提供するだけを支援と言い切り、残留するしかなかった避難者に裁判提訴するなどの圧力を多くの避難者が親族や家族間の分断状況にある事を知っていながら、あえて親族宅に押しかけ親族から説得させようという行為は許されない行為であるし勝手に個人情報を公務員が個人情報保護方針に反する閲覧と圧力行為で使用した事は許されない。多くの残留避難者が非正規でしか仕事がなく転居費用もない。公営住宅提供や転居費用支援などの具体的支援策を用意せず、一般的な不動産情報を提供しただけで「私たちは充分に支援をおこなった」転居できない、転居しないのであれば裁判も辞さない。原発事故被害者である避難者に被災県である福島県がおこなうべきではない。
❷午後から1カ月前に深夜の公園のトイレからSOSを受けて支援継続中の女性Sさんと二回目のケースワーカー面談同行、辛かったフラッシュバックが面談の長時間の話題にならないように注意深く見守る事が目的だが今日は無事に保護決定、そのような心配はなかった。Sさんのような普段は明るい若い女性が公園で野宿をしなければならなかったか、「助けて!と言えなかしうったか」会う度に考える。今日は公園での野宿中に痛みがあった歯に激痛が走り、急いで生活保護の医療券対応の歯医者を検索して一緒に飛び込む。「次回の面談から自分ひとりでいけるよ。瀬戸さん、希望になってくれてありがとう」少しずつ自分の足で歩きだす。希望が見えてきた。
➌泪橋の反貧困ネットワークシェルターに訪問、平均週3回は訪問している感じだ。今日は金曜日に無事に本人希望であるブラジルに帰国できるM君と面会、PCR検査しないと帰国できないので外国人担当の原さんが新橋のPCR検査に向かう。インド人のGさんは皮膚病が再発しているようだ。仮放免の立場なので支援ネットワークとの連携で医療対応が必要だ。言葉が通じない。でも私と会うと「社長!シャチョー」と言いながらお金もないのにアイスクリームを持ってくる。帰る事もできず収入を得る事もできず、医療も受けれない。僕らが当面支えるしかない。出口が見えない支援が続く。その他にも日本国籍の二名と面談、
複合的な困難と悩みを聞く。シェルター運営は想定以上のソーシャルワークの知識と実践力が求められる。毎日が勉強の日々だ。
❹夜は第二回の一般社団法人あじいる」と反貧困ネットワークの合同会議です。アジールはフランス語で「自由領域」「避難所」「無縁所」という意味。様々な縁と切り離された人々が、ここで新しい縁を築き上げよう。もう一度仲間と共に胸を張って生きる場を作っていこう。そんな思いでつながった仲間たちと立ち上げた団体です。反貧困ネットワークのシェルター「ささえあいハウス」を山谷泪橋に設置、公的支援も受ける事もできず、住まいからも追い出されている外国人を中心とした緊急宿泊先として位置づけました。外国人の同居人だけでなく日本国籍の同居人もひとりひとりが深刻な困難を抱えています。共通している事は、「医療」「経済的困窮」「孤独」単なる住居提供では困難は解決できない問題を共有、反貧困ネットワークだけでは問題解決しようとしないで、「共に胸を張って生きていく為の」今後の展開について協働していく。泪橋ホールで開始する「女子会」の支援と今後の相談者の居場所づくり、シェルター入居者を対象にした「健康相談会」など今後の展開計画を具体化していく事としました。

●2021/5/11 協働の関係づくりを一歩づつ!

5月11日(火)
ワーカーズコープ本部で「第3回しごと探し・しごとづくり相談交流会」の打ち合わせに参加、昨年12月の段階では反貧困ネットワークからは私だけの参加でしたが、今日は社団法人移行もあり、外国人支援担当の原さんと稲葉奈々子さん、就労支援担当の山岸さん含め4名の参加で臨みました。4月に法人化。「「一般社団法人反貧困ネットワーク」を設立、新自由主義の中で使い捨てのようにされ、コロナで仕事を切られたら住まいまで追い出される。。もう一度仕事に就くにしても、ブラック企業で使い捨てのように働かされて痛んできた人たちが、みんなで支えあって働ける場所をつくりたいし繋げていきたい。すぐには週5日働けない人もいるから、それぞれの事情に合わせた働く場や居場所を協同の仲間たちと作っていきたい。。自己否定でなく自己肯定できる場をつくりたいと考えてきました。田嶋専務の報告のとおり、前回3月に開催した相談交流会から2人がワーカーズコープ東京の現場に常勤就労となり、また他の相談者も社会連帯活動などに参加され、つながりが生まれているそうです。
●今日の討論では6月11日に就労担当の山岸さんと準備してきた「女子会」との連携。参加される女子会メンバーのひとりひとりが抱いていた「ひとりぼっちの寂しさ」から女子会参加に至る思いを大切にして、一方的に支援する・支援される関係でない「しごとづくり相談交流会」の関わりにしていきたい。メンバーのひとりであるベトナム籍のRさんに連絡したらやる気満々で「ベトナムカフェスタイル」で準備したいとの事、協働の関係づくりを一歩づつ!

●2021/5/10 「福祉が人を殺す」本当にめちゃくちゃだ

5月10日(月)
❶今週も朝から福祉事務所での生活保護申請同行から始まりました。相談者はGW直前に千代田区内で駆けつけ支援したWさん、いままで経験した事のない業界では名前が知られている技術開発者、大手ベンチャー企業の幹部も経験、ネットNEWSでも技術が紹介されている。社長の不祥事で会社が倒産、借金の一部肩代わりしていたらしく責任をとり退職、肩書きや頭脳が邪魔になり再就職もできず、やがてホームレスになったという。爽やかにジェットコースターのような転落を語る。相談員さんも驚くばかり、、反貧困の課題解決事業に貢献してほしいと私、後日、反貧困ネットワークの頭脳でもある佐々木君と会う事になった。
❷午後は他の福祉事務所に移動しての生活保護申請同行、大人食堂に来て頂いた60代の野宿生活の男性、長い間、真面目に働いてきたが会社のリストラで野宿生活、生活保護相談した事があるが集団生活の施設暮らしが申請受理の条件といわれ拒否して野宿生活を選択、大人食堂での相談で、私たちが同行する事でアパート暮らしを目指す事を確認、今日を迎えたが彼は表れず、携帯電話もメールアドレスもない相談者は連絡手段がない。彼はまたどこかの公園にいるのだろうか。生き抜いてほしい。
➌五反田駅に移動してオリンピックメダリストの会社経営者と面会、大人食堂のテレビニュースに衝撃を受けて、食糧支援と就職支援についての連携ができないかと連絡を受けた。
私からはテレビでは放映されなかった外国人の窮状と政府の排除と差別の事、自己肯定感を徹底的に奪われ打ちのめされた若者たちの孤立と「助けてといえない」状況報告にメダリストは更に衝撃を受けていた。私たちの支援現場にも同行頂き現場の事実から連携を深める事を確認しました。
❹夜は「反貧困ネットワーク実務担当者会議」第二・四の月曜日に開催して実務スタッフが一同に開催して、駆けつけ支援➡生保同行➡アパート入居支援➡就労支援と孤立化防止のカテゴリー別に進捗を共有します。今日の会議では常に満室に近い状態のシェルター入居者の状況と支援計画と今後の増設計画、大人食堂の外国人相談者の今後の対応など課題が盛沢山、会議中もSOSがあちこちから届き一次対応と同時並行しながらの進行でした。
❺21時に今日の「合法的夜逃げ屋本舗」の任務で都内某所に移動、30代の女性と荷物を運びこむ、。地方から出てきたが病気で働けず、地方にいる親の仕送りで脱法ドミトリーで暮らすが反社勢力も同居するドミトリーで恐怖の中で暮らす。マンション1部屋に二段ベッドが置かれて8人が暮らす。(いつか実態は公表したい)とにかく脱出するしかない。昨年秋に**区福祉で生活保護相談にいったら相談員から、「落ちるところがまで落ちたら相談に来い」と言われた。今晩から私たちの個室シェルターで安心できる夜が過ごせる。6畳部屋のトイレあり、シャワーあり、家電ありの部屋を見て嬉しそう!今週は暫く休んで来週一緒に生活保護申請に一緒にいってアパート暮らしを目指そうね。
❻今晩も悲鳴のようなSOSが届く。20代の男性から「助けて!」のメール、これだけでは解らない。電話を持たないHさんとメールで詳細を把握する。「自殺を何回も考えた。」所在と概要が解ったのは22時30分頃、シェルターがある泪橋で会えたのは23時過ぎ、内容がとにかく酷い。福祉事務所の対応があまりに酷い。コロナ禍で仕事を雇止めされ、住まいから追い出され自殺を考えた。**福祉事務所に生活保護申請したら数日間の無低施設入所、その後に自殺未遂が原因と考えられるが精神科病院に1カ月入院させられ3日前に退院させられた。居所がないの状態で退院させてどうする!今日は福祉事務所は公表しないが、弁護士含めてケースワーク相談記録も情報開示して必要な対応をとる。コロナで犠牲になった若者が生活保護を申請したら、病院に隔離して、居所もないのに路上に投げる行為が真実ならば徹底的に明らかにして責任を追及するしかない。
「福祉が人を殺す」本当にめちゃくちゃだ。心配して駆けつけた泪橋ホールの友人たちと多田さんと一緒に食べたおにぎりと味噌汁、対応終了時間は午前1時だった。

●2021/5/9 自著本の最終稿をやっと書き上げた

5月9日(日)
今回の週末は私が担当する駆けつけ支援はなし。急増したSOS対応、社団法人に移行した反貧困ネットワークの事業体移行と大人食堂主催など怒涛の4月以降の日々、遅れに遅れていた自著本の最終稿をやっと書き上げた。6月初旬には出版できると聞いた。関係者の皆さん、本当に申し訳ございません。だって3カ月以上遅れたのだから本当にごめんなさい・
●夕方17時に私が生活保護申請同行してアパート入居を目指す6名が都内**ホテルのラウンジに集結した。今日は「アパート探し説明会」福祉事務所経由でアパート入居が決まるまでの期間、ビジネスホテルを提供する自治体は都内23区で三分の一程度、宿泊先ホテルも集中している。ホテルのロビーにいると知っている顔ばかりが行き来する。今日も6人のうち5人がここのホテルに泊まっている。GW前に生保決定通知が下りたが、連休中はアパート探しの体制づくりが弱まってしまう。福祉事務所は、物件探しが具体的に進んでいる形跡がないとホテル宿泊延長ができない。無低や更生施設に入所せよ!と言われる。反貧困ネットワーク含め、民間団体が運営するシェルターで受け入れたいがは常に満室状態だ。
今日は連携する「生活保護利用者を支援する宅建士」柿本志信さんが事前に物件情報をセレクトしてくれた。急ピッチで内見に入る。

●2021/5/7 金曜日はSOSが殺到する曜日だ

5月7日(金)
❶朝から生活保護申請同行、GW前に住まいから強制退去を受けて反貧困ネットワークのシェルターで一週間滞在していた30代のTさん、住んでいたマンションも脱法的シェアハウス、1部屋を4つの壁で仕切り、家賃は4,2万円で家賃2か月での強制退去を受けた。このような個人が購入したマンションをシェアハウスで又貸しする事業が横行している現実、賃貸借契約で借主の居住権の保護がない現状を変えていく必要がありませね。Tさんは無事に今日からビジネスホテルに宿泊して、安心できるアパート住まいに向けて歩みだします。
❷福祉事務所でのケースワーカーとの長時間の面談で辛かった過去がフラッシュバックする。福祉事務所側は、アパート生活ができるかの見極めや今後の支援計画の材料にしていく事は解るのだが、多くの女性相談者の精神的負担でぎりぎりの状況に追い込まれる。午後から1カ月前に深夜の公園のトイレからSOSを受けて「瀬戸さんは希望になってくれますか」と言われた時の表情はずっと忘れないだろう。前回のケースワーカーとの面談で再度のフラッシュバック、再度の公園で保護して今日からのケースワーカーとの面談には当面同席する。お昼に待ち合わせして一緒に食事して久し振りにお腹を一杯にして心を和らげて臨んだ。今日の面談では初めてケースワーカーの眼を正面から見る事ができたという。これからも丁寧に丁寧に伴走していく。やっぱり「希望」でいたいと思う。
➌夕方は昨日、城東エリアの福祉事務所で生保申請同行して今晩から反貧困ネットワークのシェルターに一時宿泊する20代のR君に滞在先のネットカフェに迎えにいく。運びきれない程の荷物を狭いネカフェのどこに置いていたのだろうか。聞いてみるとリュックサックを枕にしてスーツケースの上に足を乗せて身体を曲げて寝ていたらしく身体中が痛いという。極度の心配性のR君からは出会って以降、1日7~8回に渡り、質問メールが届く。今日もシェルターの間取り、ゴミ出しの日、ネズミはいるか。駆除剤は必要か、、生活保護開始後の就労の心配、、「とにかく心配しないで」シェルターに着いたら住人たちがお出迎え、いままで独りぼっちだったのに、急におせっかいの仲間たちがいろいろ教えてくれる。とりあえず入居後からはメールが来なくなった。とりあえず良かった。
❹今日は金曜日、SOSが殺到する曜日だ。都内、さいたま、川崎あちこちから「死にたくないけど死んでしまう」とのメール、大人食堂に来てくれた仮放免のアフリカの女性から「今すぐアパートから退去しろ」との悲痛な声、川崎からの相談者は杉浦さんが会いにいってくれた。都内とさいたまの相談者は所持金なしで既に野宿状態、しかし「今日中に駆けつけるから待ち合わせ場所と時間を決めましょう」と返信したがメールは帰ってこない。充電が切れてしまったか!とにかく生きていてほしい。必ず駆けつけるから連絡がほしい。

●2021/5/6 40代の男性、雇止めされて寮から追い出された

5月6日(木)
★大人食堂を終えて今日から通常業務に戻った。SOSの発信地点のエリアも拡大している。私たちが駆けつけるエリアは東京・千葉・神奈川・埼玉の首都圏だが、最近は群馬・栃木・茨城からも届く。群馬は反貧困群馬の仲道さんが連携をお願いすると当日中に相談者に会いに県内を駆け回ってくれている。今日も即時対応してくれて結果報告が届いた。支援ネットワークづくりを他県にもつくらないと「大切ないのちがこぼれ落ちてしまう。」
私は、都内城東エリア福祉事務所➡蒲田➡所沢➡西葛西を駆け回った。「いのちを繋げ」!
❶午後から都内城東エリアにある**福祉事務所に20代のR君の生活保護申請同行、様々な精神的困難を抱えている。連休前にSOSを受け駆けつけて以降、心配性のR君から何回も質問がメールで届き、その都度返信してきた。社会や大人への不信感が強い事と、早く働き経済的自立を急ぎたい。焦り続ける。5日間も福祉事務所が閉庁していたので不安が増幅してしまったようだ。増して城東エリアの福祉事務所は、アパート入居までの一時滞在先としてのビジネスホテルを提供しない。無料低額宿泊所に誘導する事が常態化している。それでも**区の福祉事務所での生活保護申請にこだわるR君の意思を尊重した。予測どおり、個室でない無料低額宿泊所か自分でドヤを探してほしいとの主張、R君の精神状態が混乱してしまう事を避ける為にも満室状態の反貧困ネットワークのシェルターが明日の午後に1室空くので、急ぎ部屋清掃をおこない当面の宿泊先として確保した。最近満室状態のシェルター、住まいを追い出される寸前の公的支援から排除された外国人と大人食堂で4名で会っている。シェルターの増設を急ピッチで準備しないといけない。しかし個室シェルターは公がやる事ではないか!憤る事ばかりだ。
❷4時間近くかかった生保申請受理、18時に相談者が待つ蒲田に移動した。一度は生活保護申請しようと決意した40代のCさんは生活保護利用を立ち止まってしまった。「私などが生活保護を利用する資格などあるのだろうか。」もう一度生活保護制度の概要を説明した。心配事項は生活保護の阻害事項にならない事を説明、再度来週に申請同行する事を約束した。生活保護の利用は憲法で認められた権利!制度を利用して不安定なネカフェや野宿生活の繰り返しを止めてアパート暮らしをはじめよう。もう焦らなくていい。
➌蒲田から首都高・外環・関越の高速道路を乗り継ぎ所沢へ、コロナで仕事を失い家賃滞納と公共料金未払い、所持金1000円の女性からの悲鳴に近いSOS、明日にでも電気。・ガスが止められると泣いている。私たちが市民のカンパで運営する「反貧困ささえあい基金」では家賃の肩代わりもできないし貸付もできない。一度は断ったが電話の向こうで泣いている。もう駆けつけるしかない。お会いして状況を聞いてみると生活保護の相談に福祉事務所にいったらしい。福祉事務所の対応は「コロナでみんな大変なんです。」と追い返されたという。またここでも「福祉が人を殺す」来週に地元の福祉団体が生活保護申請に同行する事となった。それまでの繋ぎと公共料金支払い分を給付、泣き顔が笑顔に変わった。
❹今日もSOSが止まらない。江戸川区西葛西からだ。所持金ゼロ円だ。もう野宿しているらしい。駆けつけ時間が22時を超える。明日に持ちこせない。所沢から62キロ、自宅のある練馬を飛び越えて西葛西に向かった。40代の男性、先月に工場を雇止めされて寮から追い出された。今日は必死に求職活動をおこない来週から寮付き警備の仕事が私の到着寸前に決まったという。日曜日までのネットカフェ代と食費を給付、ギリギリの綱渡りで「命を繋ぐ駆けつけ支援」こんな日常が常態化してしまった。

●2021/5/5 来場者数は448人 医療・生活相談は190人でした

5月5日(水)

★三回目の緊急事態宣言下のGW、反貧困ネットワークや聖イグナチオ教会福祉関連グループ、つくろい東京ファンド・ビッグイシュー基金・コロナ被害相談村実行委員会などが協力し、「ゴールデンウィーク大人食堂」を聖イグナチオ教会で開催しました。5月5日の来場者数は448人。うち医療・生活等の相談をされた方は190人でした。
★今回の特徴は、協働団体として難民支援協会、世界の医療団、あうん&あじいる&隅田川医療相談会、北関東医療相談会、クルドを知る会、移住連移住連貧困対策 PTの支援団体が連携して日本の公的支援や医療の対象から排除され、入管に長期収容されて身体はボロボロにされ、難民申請を繰り返しても却下され就労許可されず経済的に困窮状態にある外国人の医療・生活・就労相談を大規模におこなった事です。提供されたお弁当は新小岩のネパール料理の超有名店「サンサール」のキーマカレーと鶏ハーブ煮でした。
★私は相談会ホールにて12時から18時30分まで、一度の休憩時間もとる事なく、相談票に記入されたひとりひとりの最終面談を担当しました。福祉事務所への生活保護申請同行チームへの引き継ぎ、法律相談の場合の弁護士との連携、大半の外国人の経済的困窮を個別に確認し生活給付金の支給と相談できる支援団体や外国人コミュニティがない方には私の名刺を渡して、何か困った時の緊急連絡先になる事を約束(明日から英語のメールとFacebookのお友達リクエストが急増する事にビビる)相談対応した外国人は106名 給付金額は207万円、90%以上は仮放免か在留3カ月で働く事ができない。
★給付金を渡した瞬間に涙が溢れ出し止まらない女性、日本で生まれた女のコを連れたアフリカ系のお母さん、私は問いかけた。「学校通いに不自由はないでしょうか」日本語が堪能な長女が目をクリクリさせながら応えてくれた。「進学する時に奨学金が必要なのです。」長女との交流は帰宅後に早速始まった。メールのやり取りが始まった。6月のパルシステムの会員生協での講演会に彼女を誘う。多くがお母さんであるパルシステムの組合員にも知ってほしいと思う。
★今日も「住まいから追い出される」寸前の外国人が数名いたが、公園で2か月もの間、野宿生活を続けていたアフリカ系の50代の男性が座った。身体もボロボロだった。今日からも野宿はしょうがないと言えない。とりあえず反貧困ネットワークのシェルターで今日から一時宿泊してもらう事にした。私たちの泪橋シェルターでは4人目となるホームレス外国人となる。彼も日本語を話せない。入管にも同行が必要だ。最低限いえる事は「もう独りにしないよ」20時にシェルターに就いたらブラジルのシェルター同居人が英語で先輩づらでお節介をはじめている。「ここのスーパーマーケットが安いよ」助け合うコミュニティとしてのシェルター。今日の外国人の状況を考えると増設を急がないといけない。
★相談票の拾い起こし分類では、国籍は、ミャンマー16名 エチオピア7名 ナイジェリア28名カメルーン17名 イラン2名ネパール4名スリランカ1名ブルキナファソ1名コンゴ5名 トルコ2名バングラデシュ1名タンザニア1名アフガニスタン1名ギニア1名 ベトナム1名 フイリピン1名 ガーナ3名でした。
★日本国籍では49名の相談票集約、5名の方が、つくろい東京ファンドとビッグイシューの生保申請同行チームがアパート入居までサポートをやり抜きます。給付金は10名、9万7千円でした。 
★とても残念で主催者として最大の反省点は、緊急アクションの相談メールでは女性からの「死にたい」メールが激増、全体では20代~30代からのSOSが70%にも昇るのに、コロナ禍の貧困が直撃した女性や若い世代が気軽に参加できる状況をつくれなかった事。テレビカメラの放列が参加者にプレッシャーを与え過ぎた事。相談したい人が相談できない状況をつくってしまった事はしっかり総括する必要があると感じた。ちなみに放映されたテレビニュースではこれだけ多くの外国人が大人食堂に駆けつけた理由、排除と差別の政治と社会の根本理由に触れる放送局は皆無だった。
★明日からは日常の支援活動に戻る。「死にたいと考えたけれど死ねなかった」「助けてと言えなかった」「誰とも話せず孤独だった事が辛かった」非道な福祉事務所の追い返し、相談会SOSを受けて駆けつける支援の重要性も逆に痛感した。どこの支援団体とも繋がれていない多くの外国人、反貧困ネットワークとして対応していきたい。私たちの活動の基盤はあちこちからの「生死の際からのメール、相談会に来たくてもこれない人が大多数、「生きていてほしい」と願い駆けつける。

●2021/5/4 困窮者支援の原点Nさんに会いに行く

5月4日(木)
❶5月4日は必ず神奈川県の公園に向かう。今年は松本徳子さん、村田弘さん、満田夏花さんも来てくれた。私たち「避難の協同センター」の相談者であるNさんが公園内の雑木林の二股に分かれた所に、洗濯物用ロープをかけ、首を吊った自死した日だ。
★2017年5月4日の事だった。Nさんは2012年に夫の反対を押し切って2人の子どもを被ばくから守るために郡山から200キロ離れた東京に母子避難した。私との本格的な出会いは2016年の年末に差し掛かる頃だった。パルシステム本部の2階で開催した相談会に切羽詰まった状態でNさんが現れた。仕事はダブルワーク、自分の物を切り詰めて子どもたちの大学の入学費を貯金していた。2017年4月には二人目の子どもの大学進学を控えていた。Nさんを追い詰めた理由は別にあった。政府は2017年3月末で区域外避難者の住宅無償提供を打ち切る方針を決定、2016年春から個別に説得工作をはじめた。「いまお住まいのみなし仮設住宅から退去して頂く」Nさんは追い詰められた。住んでいた雇用促進住宅の居住条件から外れた状態、入学金と初年度の学費を貯金してきたが、住まいから退去を迫られたが、新たに東京で住居を借りる余裕は最早なかった。Nさんは既に体調を崩しており、顔面が少し麻痺している事が解った。
★私は年明けから2か月、Nさんが雇用促進住宅に継続居住できるようにJKK、SK公社に出向き交渉を続けた。Nさんとは同学年、交渉先に向かう車中で、浜田省吾の「もうひとつの土曜日」を一緒に聞いた。何とか継続居住が実現できた。しかし月6万3000円の家賃がかかるようになった。今後は元気だったころの自分の貯金を取り崩しながら2人分の大学授業料と家賃、生活費を支払っていかなくてはならない。3月の終わりにNさんの父が病に倒れた後、Nさんも疲れ果てても入院となった。「入院費がかさむと、大学に通う子どもたちを退学させなければならなくなる」私に病院からメールが来た。郡山の病院まで自家用車で迎えにいった。「少しずつよくなればいいから」と励まし一時住宅を用意した。
★2017年5月4日は午後から会う約束をしていた。福島県からの家賃補助を受ける方法があったので説明と久し振りにファミレスでご飯を食べようと思った。朝7時30分位に別の女性支援者が電話で話していた。しかし8時30分頃、住宅から500メートルほど離れた公園途中の階段にある木に洗濯用ロープを張り、首をかけ、体重を預けた。私が病院に駆けつけた時は既に脳死状態だった。その日の深夜にNさんは亡くなった。夫は遺品を片付ける事もなく私たちに部屋の掃除、遺品整理の作業を預けた。
★避難の協同センター松本徳子さんと満田夏花さんと部屋の掃除をおこなった。1枚の卓上カレンダーに書かれてあった「ゴメンね」のメモ あれから5年が経過した。私の現在の困窮者支援の原点がNさんです。そしてどんなに月日が経っても5月4日はNさんに会いにいきたいと思います。「独りにしちゃってゴメンね」
❷夕方は、昨日の朝に配送車と接触して重体となってしまった小田原の母がいる市立病院に向かい「オンライン面会」幸いに頭からの出血は収まり、強力な麻酔で痛みを和らげていたのでタブレッドの向こうにいる母は元気だ。元気な理由は、自分が車と接触して入院してている事が認識できていないのだ。明日にでも帰れると思っている。骨が10本以上折れていて肺に穴が開いている。予断は許さない。長期の入院での身体の衰えが気になる。でも私の困窮者支援の様子をテレビで欠かさず見てくれて「頑張れ!」と励まし続けてくれている母、元気に帰ってきてほしい。

●2021/5/3 「大人食堂」給付金を渡した時に涙を浮かべた

5月3日(水)
★午後から四谷イグナチオ教会で開催予定の「大人食堂」準備のために自宅を出発しようとしていた時に携帯電話が鳴る。小田原に住んでいる妹からだ。嫌な予感が的中した。小田原駅西口近くの路上で84歳の一人暮らしの母が配送中の車に接触し転倒してしまい、病院に緊急搬送、緊急入院された。病院はコロナ禍で面会すら許されない。危篤でも会えないそうだ。、妹から間接的に状況を聞くしかない。頭を強く打って出血と複数の骨折、とりあえず経過観察、一般的には「重体状態」で入院している。私は相談給付チームの責任者の役割を果たしながら、妹と連絡をとり状況を聞く。明日の夕方に小田原市立病院にいき短時間のオンライン面会、とりあえず元気になってほしいと願う。
★100人を超えるボランティアスタッフに支えられ。15時から開始された大人食堂、感染拡大による緊急事態宣言発令下で前日午前に現場導線配置や役割分担を確定、厳しい感染防止策をとった事で、一度に相談できる数も限定的。相談に来られた方が長蛇の列、終了予定時間を大幅に超過して終了。食料配布数が延べ210。そのうち、生活相談医療相談に来られた方が139人でした。相談コーナーには来られなったようですが、学生女子 とお母さん、普通に通勤している感じの若い女性も食料配布に並ばれていたようです。ささえあい基金からの給付金は106万円に昇りました。
★私の手元で回収して集約している「生活相談シート」では外国人相談41名、日本国籍相談30名の相談内容が記載されています。日本国籍30名の緊急給付が11名 生活保護申請予定4名(当日中に申請受理された方1名含む)緊急アクションの相談フォームに届くSOSは4月に入り、70%は20代~30代、女性は20%だが、相談ブースでは60代~70代が大半、殆どの方が公園での野宿生活が長く、携帯電話もメールも所持していないので連絡がとれません。ゴールデンウイーク後の申請同行を2名担当しますがちゃんと会えるといいですね。もうアパートで安心して暮らしてほしいと何回も何回も伝えました。
★外国人相談は39名。38名に給付、みんな所持金がない。お腹を空かせている。何人も給付金を渡した時に涙を浮かべた。
国籍は、ミャンマー6名 エチオピア4名 ナイジェリア8名ガーナ2名カメルーン3名 イラン6名ネパール4名スリランカ1名ブルキナファソ1名トルコ2名バングラデシュ1名韓国1名そのうち仮放免の方は34名、就労資格のある人は5名、仮放免で難民申請しても許可されない。3回目の申請予定の方も多い。日本という国は就労資格を与えず、極度の貧困に追い込み、入管法を改悪して政治的迫害の可能性が高い国へ強制送還させるのか申し訳ない気持ちで一杯だった。医療相談コーナーで今後の医療支援と同行、私たちは当面の生活費を給付するしかないのが現実だ。今日だけでも4名の方が住居追い出しの危機が迫っていると聞いた。4名には名刺を渡した。支援団体と繋がっていない方も多い。給付金を渡して終わりでは済まない。住居が追い出されたら必ず連絡してほしい。反貧困ネットワークのシェルターで居所を確保する事を考えたいと、、シェルターの部屋が足りなくなる。シェルターの増設が早急に必要だ。力量以上の支援がも求められている。「殺してはならない」共助の限界を知りつつも「殺してはならない」政府は何をやっているんだ!
★反貧困ネットワークを寄付で支えてください。
私達にご寄付いただいたお金は、主に下記の用途へ大切に使わせていただきます。
各支援団体が取り組む緊急経済支援や一時居住支援への直接給付費用(緊急ささえあい基金)
すでに複数稼働している住まいを失った方が一時的に入居できるシェルター運営費用
「年越し大人食堂」や「GW大人食堂」などの直接相談

●2021/5/2 「ゆるい居場所」づくりを本気で考えています

5月2日(火)
❶週末は福祉事務所が休みなので生活保護申請同行はありません。今日は3件のSOSの駆けつけ支援です。休みをとれない事は事実ですが、いろいろ考える事ができる貴重な曜日です。明日から「大人食堂」ですね。相談会はあくまで「入口」です。連休明けの申請同行や息の長いサポート体制が充分できていない、公的支援を受けれずに困窮している外国人が多数相談にきたらどうする。本当に悩ましい。それでも役所が閉まっているGW、役割を果たしていきたい。
❷昨日は「さびしんぼう女子会」苦しい経験を重ねてきた相談者が少しでも前に歩いていけるように、今日も反貧困ネットワークの同僚となった山岸さんと今後を相談、くらしサポートウイズで「引きこもり女子会」を起ち上げた志波さんにも相談して、当事者が参画できる「ゆるい居場所」づくりを早めに起ち上げたいねと話す。きっかけは今日も、ビジネスホテルにいてアパート探し中の女子から「独りぼっち」が耐えられないとの電話だった。「花に水をあげる事、でも多く水をあげすぎると枯れてしまう。」施しの場でない「ゆるい居場所」づくりを本気で考えています。
➌新宿西口で待っていた20代の青年はイケメン君だった。東海地方から先月上京した。歌舞伎町で有名ホストになりたくて面接を重ねたが、コロナ感染の影響が拡大し続け、イケメン君を雇うお店はなかった。気づいたら所持金はゼロ円、短い東京での夢はは破れただけでなく、野宿生活も体験した。二人で話した結果、今日の夜行バスで故郷に帰る事にした。
交通費を援助した。コロナが終わったら東京にまた来ればいい、
❹二人目の駆けつけ先は秋葉原駅で待っていたのは30代の青年、千葉県**市に住んでいて大型電気店の派遣を雇止めされた、千葉に住民票があるので千葉県**で生活保護申請する事に決定、反貧困ネットワーク事務所に千葉担当に阪上さんがいたので事務所に連れていき、引き継ぎ!良き友の阪上さんがいてくれて大助かりです。
❺三人目の駆けつけ先は蒲田駅、待っていたのは40代の男性、とっても真面目に働いてきた「日本の労働者」9年間働いてきた工場を雇止めされてアパートからも追い出され、私が駆けつけた後も何回も何回も頭を下げて「命が繋がりました。」連休明けに一緒に生活保護を申請しにいきましょう。生活保護は権利です!

●2021/5/1 ベトナム料理のキッチンカーを走らせる夢

5月1日(月)
❶今日は年末にSOSを受けて支援を続けてきたベトナム人女性のRさんが念願のアパート住まいが実現したのでお祝いに出かけました。この間、Rさんを励まし続けた「ほしの家」の中村シスター、私がサポートしてきた「さびしんぼう」女子会2名もお祝いに駆けつけました。
★年末に出会った頃のRさんは怯えていた。コロナの影響で仕事を失って6か月、家賃が払えず、大家がアパートの室内に土足で押しかけ、「年内で退去しろ」と迫られていた。定住資格を持っていたが、困窮状態も重なりで更新に間に合わなかった。入管の年末最終日に申請にいった。しかし発行されたビザは3カ月の特定活動ビザだった。私の家業でもある「合法的夜逃げ屋本舗」号を出動させた。教会が用意してくれたシェルターに転居し、生活保護を利用したいとの意思を聞いて一緒に準備を重ねて生保申請が受理された。出会った頃は泣き虫だったが現在は希望を語るRさん、元々は通訳だしベトナム料理も上手らしい。悩める「さびしんぼう」女子会と一緒にベトナム料理のキッチンカーを走らせる夢。中村シスターは「夢を見ること、夢を実現したいと思うこと」を語る。ひとりぼっちから共に創る夢を語り合った。
❷上野駅からのSOSででお会いした20代の男性、親の虐待から2日前に飛び出したが居所がない。自立した生活を送りたいという。GW明けに生活保護申請に同行する。
➌新宿区内のビジネスホテルで待ち合わせたOさん、深夜に届いたメール、電話番号があり繋がっているので午前に電話で状況を聞く事にした。朝10時に電話した。長期間勤めた職場を雇止めになり野宿生活、人生に絶望を感じた。お腹が減った。もう何日も食べていなかったOさんは公園入口で声をかけてきた入れ墨の男性に誘われた。「仕事あるから一緒にいかないか」横づけされていたバンに乗せられた。よく聞くと千葉県の山奥の施設に連れていかれる事が解った。怖い。もう終わりだ。その時に私からの電話が鳴ったらしい。私は「隙を見て逃げてほしい。いま直ぐ逃げてほしい」Oさんは逃げた。Oさんと電話でやり取りした。TOKYOチャレンジネットの一時利用住宅の有資格者である事が解った。Oさんは私の指示どおりチャレンジネットに向かい、今日からの居所が確保ができた。夜にOさんが待つビジネスホテルに向かい、当面の生活費を渡した。Oさんは泣いていた。施設に送られ、貧困ビジネスの施設で強制労働させられる寸前だった。よく逃げてくれたOさんの勇気に乾杯!これから良い事がきっとある。

●2021/4/30 住居追い出しに伴う「合法的夜逃げ屋本舗」

4月30日(金)
❶午後から**区のファミレスで高齢の母親と同居されているDさんと今後の住居相談、生活保護の住宅扶助費の範囲内でバリアフリーの良質物件を探す事は大変です。知人の不動産屋さんに連絡して沿線沿いの空き家バンク含め調査開始、FB読者の皆さんも情報提供願います。(京王線沿線、JR三多摩地域です)
❷最近の私の支援業務は住居追い出しに伴う「合法的夜逃げ屋本舗」コロナ禍に起因する失職で家賃滞納による強制退去、シェルターの倉庫での一時預かりなど週2回は特別任務に従事する。今日は先日SOSを受けた流行りの脱法ハウス=マンションの1室を壁で仕切ったシェアハウスから追い出された男性をGW後の生活保護申請同行とビジネスホテル一時宿泊の間だけ反貧困シェルターに泊まってもらう。マンションに荷物を引き取りにいきシェルターに移動、シェルター前では先日SOS対応した40代の男性Hさんも待っている。業界では名前が知られている技術開発者、社長の不祥事で会社が倒産、借金の一部肩代わりしていたらしくホームレスになったという。爽やかに現在に至る経過を話す。栄光と予想もしなかった転落、これだけの才能があるのだから、再生できるよ!きっと、きっと!
➌18時30分待ち合わせで大田区の**駅に向かう。昨年9月にSOS対応した40代のCさん、その時は足に追った怪我を保険もなく治療できず化膿してしまい40度を超える高熱に関わらず、整形外科が追い返す事態になって私の方で「ささえあい基金」から治療費を出して緊急入院してもらった。その後、Cさんは派遣で食いつなぎ現在までネットカフェで暮らしていた。先月まで順調に仕事があったが、今回の緊急事態宣言とGWで「待機状態」
再会して「今日までよく頑張ってきたね。」と労いながら、「やっぱり生活保護を一時的に利用した方がいいよ。」と助言する。でもCさんはGW明けに仕事が連続してあるからと言う。5月3日にチャレンジネットが開いているから必ず行くように助言した。一時利用住宅制度を利用しての居住確保、その間に入居費用を貯金して今回はアパートを借りよう。
❹3,5日の聖イグナチオ教会でのおとな食堂・相談会は、感染対策に細心の対策が必要となってきた。緊急事態宣言下での相談会になるからだ。急増する困窮者が路上から悲鳴をあげている以上、支援を止める訳にいかない。20時からZOOMで医療チームとの緊急会議、でも途中までとなった。夜はSOSが続くからだ。
❺21時30分から、新宿からのSOS、30代の女性だ、。病気で働けず、地方にいる親の仕送りで脱法ドミトリーで暮らすが親も会社倒産で仕送りが途絶えた。ドミトリーからも追い出しが迫っている。昨年秋に**区福祉で生活保護相談にいったら相談員から、「落ちるところがまで落ちたら相談に来い」と言われた。とりあえず連休明けに今いる脱法ドミトリーを出て、静かな場所の福祉事務所で生活保護申請同行する。本当に水際と夜逃げ屋本舗のオンパレードとなってしまった。

●2021/4/29 深夜の12時の公園、三人で泣いて笑った

4月29日(木)
❶一般社団法人反貧困ネットワークの第1回理事会を開催した。4月に入り深刻化する若者や女性からのSOSが続く。もう暫くは、減少する事はない。「死のうと考えた」「ひとりぼっち」「助けてといえなかった」コロナ感染拡大が1年以上も続けば多くの人々の精神が壊れていく。悲鳴の声が増え続ける状況に対応できる相談体制、特に駆けつけだけでなく、生活保護申請から孤立化防止や就労ケアまでの相談員人員の補充を早急にすすめたい。担当の原さんが外国人支援でフル稼働、体制強化が必須だ。ゴールデンウイークに開催する大人食堂も組織あげて対応していく。
❷終了後の21時30分に新宿区内で30代女性からのSOSに駆けつけた。美術大学出身でデザインの仕事をしていたがブラック企業で鬱病になり派遣の仕事をしていたが雇い止めされた。ネットカフェを転々としてきたが所持金が尽きた。TBSのNEWS23を観て連絡をくれたという。生活保護を利用してアパート暮らしを始めようと提案したが、友人宅に泊めてもらうという。約束は1週間、少しの間だけだ。1週間だけ仕事を探してみたいという。もし仕事がなければ連絡をさせてほしい。生活保護を利用する方向で考えると、、ずぶ濡れの雨の中で、、
❷月曜昼に姿を消した30代の女性、先々週の日曜日、深夜の公園のトイレからSOSを受けて駆けつけた。福祉事務所でのケースワーカーとの面談で辛かった過去がフラッシュバックした。「みんなに迷惑をかけたくない。とても心配してくれて嬉しかった。でも私は私で生きていく。」といって姿を消した。出会った時に「瀬戸さんは希望になってくれますか」と言われた事が頭から離れない。泪橋で一緒に食べたキーマカレー弁当、今晩はまた野宿しているのであろうか。生きていてほしいと考え、着信拒否の電話に電話をかけ続けて、メールを打ち続けた。失踪して3日目の今日、メール返信が来た。でももう会えないという。私より他の相談者を大事にしてほしいとメールのやり取りが途絶えた。反貧困ネットワーク理事会を終えて移動する車中、外は大雨だ。彼女は大雨の中で平気だろうか、、電話をしてみた。着信拒否だったはずの電話が繋がった。全く違う公園で野宿していた。理事会に参加していた以前に所持金1円状態で支援して現在はアパート暮らしをしている20代の女性のAさんも「私も同じ経験をしています。今度は助ける側になりたい」と言って一緒に車に乗り込む。公園で会えた。4日間振りの再会だった。生きていてくれて、また帰ってきてくれた。それだけでいいんだ。辛かった過去の経験を僕はすべて解るわけはない。でもいつでも帰れる場所をつくって待っている。深夜の12時の公園、三人で泣いて笑った。

●2021/4/28 GW大人食堂実施に先立つ記者会見

4月28日(水)
❶午前は参議院議員会館で「GW大人食堂実施に先立つ記者会見」を開催しました。しっかりした呼びかけもできない状況下で多くの報道陣が詰めかけました。今回の大人食堂の特徴は、公的支援も受けれず経済的の困窮したり、医療も受ける事ができない外国人の相談体制を強化、反貧困ネットワークやつく東京ファンドが協働体制を図っている北関東医療相談会・クルドを知る会、あじいる・難民支援協会・世界の医療団・移住連貧困対策PTがその後のフォローも含め参画します。日本国籍の困窮者も4月以降、SOSが急増しています。GW前から生活保護申請同行や孤独化を防ぐフォロー、アパート探しなど予定がパンパン、外国人支援担当の原文次郎さんも飛び回っています。私たちの活動は相談だけではありません。連携団体と一緒に「入口」だけでなくその後のフォロー体制を整備して臨みたいと思います。
❷午後は**福祉事務所で生活保護申請同行、先週末に地方から上京して2日後に連絡をくれた男性、親から虐待を受けてその後の人生も孤独との闘い、でも真面目に働き続けた誠実で正直な青年、コロナ禍で雇止めされて寮からも追い出されて、生きていく力を失った。
死ぬ前に一度も来た事も見た事もない東京に触れておきたいとの事だった。これからの「希望」づくりのサポート含め、しっかり伴走していこう。夜に青年が泊まる事になったビジネスホテルで会いました。「こんな良いホテルに泊めて頂いてありがとうございます。」とっても良い笑顔に変わっていました。
➌夕方は20代の女性のメンタルクリニックの週1回の同行、夜は支援してきた「独りぼっち」に悩む女子会をホテルのロビーで3名の参加で開催、アパートやビジネスホテルで1日誰とも話す事がない日々が続いている。そのような相談会が激増しています。私たちは「場をつくる」共通の苦しかった経験を持つ若い女性たちが会話を弾ませています。私は途中で帰りましたが、遅くまで会話が盛り上がったようです。20時で飲食が閉まり、暗闇の東京、寂しくなるゴールデンウイーク、とにかく気にかけていく。緊急アクションの相談フォーム、女性からの相談メールが急増しています。

●2021/4/27 TVを観て電話やメールがたて続けに届く

4月27日(火)
昨晩のTBSのNEWS23を観て困窮状態にある方々からの電話やメールがたて続けに届く。福祉事務所での同行中にも携帯が鳴っていた。
❶朝から**福祉事務所の生活保護申請同行、1階の相談コーナーでは、私が担当した相談者2名に会う。既に生保受給が決定してケースワーカーとアパート入居など次のステップの相談、1人は事前に連絡を受けていた20代の女性、住み込み派遣の警備会社うぃ雇止めされて強制退去、反貧困ネットワークのシェルター倉庫で荷物を預かり、現在はビジネスホテルに宿泊している。申請同行時にはアパート入居をすすめると確認したのに、ケースワーカーは施設入所をすすめている。女性はアパート入居を希望している。今日の面談に立ち会い、私たちがアパート探しを責任を持つから施設入所の働きかけを止めてもらった。彼女は1日誰とも話さないビジネスホテル暮らしがたまらなく寂しいという。就労ケア含め支援して「希望」をサポートしていきたい。次に30代の男性の生保申請に同行する。飲食業で働いてきたが、1月の緊急事態宣言以降、仕事を失った。無事に生保申請が受理された。アパート入居に向けて動くので見守ってくださいね。
❷対応が厳しいと有名な**福祉事務所で生保申請に同行して何とかアパート入居が決まり鍵の受け渡し日に行方が解らなくなった青年、何とか発見できてこれからの人生を一緒に考えた。ギャンブル依存症からの脱却には、更生保護施設に入り依存症治療に専念すると本人も決意してくれた。今日は福祉事務所を訪問、一緒に頭を下げて更生施設の入所手続き、人生やり直しできると信じて。また会おう。これからも応援するよ。
➌東京都と隣接する埼玉県**市に向かう。60代の男性、運転代行業務で3ヶ月自宅待機で無給、総合支援資金が5月18日、でも現在は所持金ゼロ、何日も食べていなく、様々な支援団体にに連絡したが支援を断られた。自殺サイトを見てたらTBSで私の映像が流れた。最後の電話、私と繋がった。生活費を緊急給付、こちらも再起に向けてのサポートを一つひとつ!
❹埼玉から帰宅しよう都内に戻ろうとしたら深刻なメールが飛び込んだ。さいたま市内の公園からだ。「所持金0で、もうどうにもならないので死にたい。死なずにすむ方法を教えて」これでは至った経緯や今後どうしたいか解らない。何度もメールを交わす。事情が解った。飲食店勤務、マンボウ適用で解雇、住み込の家も追い出され、さいたま市内の福祉事務所に生活保護の相談にいったら、50歳の生活保護はないといわれ、追い払われたという。何と酷い対応をしたんだ。「これは違法行為です。私たちが一緒に福祉事務所に同行します。生活保護を利用してアパート生活をしましょう、」会える感触の答えが届いた。公園に車を走らせた、でも到着直前に連絡が途絶えた。「今日も福祉が人を殺す。悲しい夜が続く。生きていてほしい!その声が届かない冷たい社会になってしまった。

●2021/4/26 TBSのNEWS23に生出演しました

4月26日(月)
❶今日は在宅勤務で夜からの「法人反貧困ネットワーク実務担当者会議」の資料作成に集中する予定だった。4月以降にSOSを受けて駆けつけて生保申請同行した相談者ひとりひとりの現在の状況を点検、次のSTEPにどう繋げるか方向性を整理する。しかし作業に集中できない。支援している相談者からの嘆きが相次いで届く。電話でもメールでも届く。共通している事は「孤独」独りぼっちのビジネスホテルで、独りぼっちのアパートで「死にたくなるような寂しさ」以前のように仕事が見つからず、部屋の天井を見上げるだけなのだ。
関わる支援者を増やしている。寄り場である「泪橋シェルター」も設置した。傷ついた相談者の状況を反貧困ネットワークのスタッフ会議で共有してチームで対応していくしかない。
★とても残念でやりきれない事があった、先々週の日曜日、深夜の公園のトイレからSOSを受けて駆けつけた30代の女性、精神的な不安からビジネスホテルではなく、反貧困ネットワークのシェルターで2日間泊まって一緒にキーマカレー弁当を食べた。しかし彼女は午前のケースワーカー面談後に行方不明になった。ケースワーカーが不適切な対応はしていない。福祉事務所から飛び出した事をケースワーカーから連絡を受けた。彼女と電話で話した。「みんなに迷惑をかけたくない。とても心配してくれて嬉しかった。でも私は私で生きていく。」といった。電話が切れた。再度、電話しても着信拒否となった。彼女にとって生活保護は自らの尊厳が否定されていると考えたのだ。今晩はまた野宿しているのであろうか。生きていてほしい。いつでも待っているから。
❷待ったなしのSOSが来た。所持金ゼロ円 4月末に強制退去の情報だ。作成資料も中途半端な状態で相談者が待つコンビニ店の駐車場に向かう。働いていた非正規の職場を雇止めされて家賃が払えなくなった。未納月を聞くと4月末で2か月だという。短期間の未納で強制退去、何かおかしい。今回もマンションの部屋を間仕切りしたシェアハウスだった。このような違法な脱法ハウス案件が続く。4月30日に一緒に荷物を運び出し、反貧困ネットワークのシェルターで一時滞在してGW明けに生保申請同行する事とした。
➌夜は反貧困ネットワークの事務所で実務者会議を開催した。4月21日、無事に法人登記が終えて、正式に官報にも珪砂されました。支援してきた相談者の現況確認と今後の支援方針の確認。シェルター入居者の現況と施設清掃の件、5月3日と5日に開催する予定の「大人食堂」開催準備の件、429開催の理事会議案確認に費やす。今日は夜のTBSのNews23が私たちの活動を追ってTV局のカメラが入っています。
❹今日は新宿西口でTBSのNEWS23での生出演、現場では村瀬キャスター、スタジオの小川キャスターに投げられた質問に答える。福祉事務所が相談者の辛かった暮らしや心を受け止めてほしい。追い返しなどしないで欲しい事は伝える事はできた。医療すら受ける事ができない外国人がいる事に触れた時に小川キャスターは頷いてくれた。しかしたった2分で伝えられる事は少なく「孤独」と「助けてといえない社会」福祉が人を殺す現状について充分伝える事ができなかった事は残念、放送終了後から携帯電話が鳴り続け、帰宅してもメールフォームに相談が続々と届いている。公園のトイレで出会い、今日いなくなった女性の事が頭から離れない。また帰ってきてほしい。遠慮しないで連絡してほしい。ずっと待っている。

●2021/4/25 「死にたくないけど死んでしまう」講演会

4月25日(日)
❶午後から「ベグライテン」に呼んで頂き、「死にたくないけど死んでしまう ー貧困非常事態宣言発令中!ー」と題したZOOM講演会の講師を務めさせて頂きました。上智大学コミュニティカレッジの講座「死への準備教育~生と死を考える」の受講生が、2001 年7 月に立ち上げた勉強会で生と死、公共哲学について共に学ぶ会でしたが、東日本大震災以降は被災地支援だけでなく、脱原発運動や平和運動にも取り組んでいます。「ベグライテン」の意味は「共にいる」、「伴奏する」という意味のドイツ語です。「苦しんでいる人の傍にいる」という会の基本精神を表す言葉として、会の名前にしたそうです。
❷日曜日なのに路上からのSOSが講演会中に連続して届く。大久保駅➡川崎駅➡赤坂見附駅の順番でコース編成して駆けつける事にした。大久保駅では30代前半の男性、3年前からフリーター生活、収入が低いのでネットカフェを居所にしながら、飲食業で食いつないできたが、コロナの影響で飲食の仕事が激減した。今日からの緊急事態宣言で居酒屋は酒類の販売ができない。彼は躊躇していた生活保護を利用と決心した。そうしないと生きていけないと考えた。今週に生活保護申請に同行する。
➌川崎駅で待っていた30代の青年は一昨日に続いて川崎市内の福祉事務所に生活保護申請の相談にいった時に「ここに住民票がない」との理由で追い返されたとの事、結果的に所持金はゼロ、何日も食べる事はできず、河川敷で寝るしかなかった。「福祉が人を殺す」元々の生活基盤が東京であるので今週に都内で生活保護申請に同行するが、反貧困神奈川ネットワークとも連携して、川崎市内の福祉事務所に追い返し実態を把握して改善に取り組む必要がある。
❹赤坂駅で待っていた20代の青年、地方でコロナの影響もあり仕事はなく、先週に上京した。もうひとつの理由は。「東京はホームレスに優しい」と聞いていたからである。右も左も東京が解らないという。今週に生活保護申請に同行する。もう来週の昼間の予定が埋まりつつある。ゴールデンウイークの閉庁期間にはSOSが急増するだろう。体制をつくり対応したい。だが既に支援団体は余力がなくなっている。

●2021/4/23 住所がない人は、死ねと言うのか!

4月23日(金)

❶反貧困ネットワーク事務所での社労士面談を終えて、13時からの**福祉事務所に向かう。日曜の深夜に公園のトイレの中で野宿していてSOSをくれた30代の女性Rさんの生保申請同行だ。「死のうと考えて、その前に最後のメールをしたら来てくれた」と言ったRさんをネットカフェに送り届ける時に私に問いかけた言葉である「瀬戸さんは希望ですか」時折り少しだけ笑う姿と、今日を迎えるまで頭から離れなかった。
★都内最高レベルの対応をしてくれる福祉事務所の女性相談員さんは、今日までのRさんの哀しみと困難を受け止め「今日までよく頑張ってきたね。」「ゆっくりゆっくり考えて焦らずにいこうね。」申請受理は驚く程に早い。扶養照会も必要ないよね!と 通常はビジネスホテル宿泊交渉成立でアパート入居に向けた準備に移行するが、今回は女性相談員さんと協議の結果、反貧困ネットワークのシェルターで一時宿泊する事にした。順調に生きてきたKさんが死にたくなってしまった辛い経験を聞いて、ひとりぼっちのビジネスホテルに置いてしまう事に躊躇したからだ。今週に生保申請同行してビジネスホテルに宿泊した20代の女性から「ホテルにいる事がたまらなく寂しい」と連絡を受けていた事も理由のひとつだ。「独りぼっち」の辛さ、可能であれば反貧困ネットワークのシェルターで多くのおせっかいさんの関わりで「生きる力」と「楽しさ」がつくれたらいい。シェルターの同居人や管理人の内山さんが待っていてくれてお部屋のセッティング、泪橋ホールの多田さんがつくってくれた「キーマカレー弁当」を一緒に食べた。本当に本当に「もう独りじゃない。」
❷毎週金曜日は相談者からのSOSが急増している。池袋・立川・北千住・川崎、、緊急アクションの仲間たちが分担して駆けつけ支援に向かう。私は新宿からのSOSに向かった、Oさんからのメールに駆けつける。メールに「普通の生活を立て直せるなら普通に暮らしたいけど、たぶん無理だと思うので、死にたいです。死にたいけど死ぬ勇気がなくて」18時30分の待ち合わせにOさん、東海地方の小さい町ので寮つき派遣で雇い止め、幼少の頃に親から見捨てられ不幸続き、自殺する前に一度、東京を見て死のうと思った。メールにすぐ返信来て涙が止まらなかったという。。来週に申請同行する。。
➌新宿から川崎駅からのSOSに向かう。川崎駅は神奈川県だが、待っていた50代のSさんは野宿生活を強いられ上野公園で寝ていた時に、荷物を盗まれ、全ての身分証明を失った。都内のネットカフェは身分証明がないと宿泊できない。仕方なく証明がなくても宿泊できる川崎に来た。川崎区福祉事務所で生活保護の相談にいったら相談員から「住所がないと生活保護を受け付ける事ができない。」と追い返されたという。全くの違法対応だ。住所がない人は、死ねと言うのか!意気消沈するSさんは私の違法であるとの説明に「怒りと悲しみ」を全身で表現する。来週、都内に戻り一緒に生活保護申請に同行する。人生これから!

●2021/4/22 入管法改悪反対の緊急院内集会

4月22日(木)
❶参議院議員会館で開催された「入管法改悪反対! 緊急院内集会 ~移民・難民の排除ではなく共生を~」が開催されて、反貧困ネットワークを代表して発言の機会を頂きました。
★(IWJ報告を抜粋)入管法改正の内容は(1)現行で収容を解く仕組みは「仮放免」のみだが、一時的に社会で生活できる「監理措置」を新設(2)難民申請に伴う送還停止は申請2回までに制限(3)国外退去命令に従わない場合の罰則−などだ。監理措置は入管の審査官が判断するため、専門家は「入管の裁量だけで決められ、無制限収容が続く」現行制度では、難民申請中は強制送還が停止されるが、改正案では同じ理由で3回以上申請した場合は送還可能となる。母国に送還されれば迫害を受ける恐れもある。
★私からは、反貧困ネットワークのシェルターで暮らしているPさんの事に触れた。「昨年5月に、家賃が払えなくなり家から追い出されて公園で寝泊まりしていた中国人の仮放免者Pさんは、背後から鈍器で頭を殴られて気を失い、救急車で病院に運ばれた。翌日、意識が戻ると、頭がい骨が陥没し、右足が麻痺していた。しかし病院は、仮放免で医療費が払えないとわかると、動けないPさんを車椅子に乗せて、病院の車で、野宿していたもとの公園に連れていき、ベンチに放置した。その後Pさんは、数日間、近所の人がくれる食べ物で空腹をしのぎながら、自分で足をマッサージして何とか歩けるようになり、その後、反貧困ネットワークのシェルターに入所した。」仮放免者は医療も受けれず、重篤な病状にも関わらず、医療も受けれず放置される実状、生存権すら保障されない。「おいでよ。一緒に暮らそう」私たちのような小さな民間団体が支えるしかない。Pさんは働く事が許されない。Pさんの住まいと生活費をずっと払い続けなければならない。
★集会でオンラインで報告してくれた日本生まれ日本育ちのペルー人高校生、「かつて父親を強制送還されており、現在は母親が同様の措置を受けることを明らかにし、家族が引き裂かれることに怯えている」
★クルド人青年は「君がいくら努力し、勉強しても無駄だと告げられた。集会で発言したミャンマー人女性、10年ほど前に来日し、何度も難民申請したが、認められていない。少数民族への弾圧を逃れるため、幼い頃から家を転々としてきた、いま送り返されれば私は逮捕、死刑にされる。難民として認めてほしい」現行制度では、難民申請中は強制送還が停止されるが、改正案では同じ理由で3回以上申請した場合は送還可能となる。母国に送還されれば迫害を受ける恐れもある。
★現行制度では、難民申請中は強制送還が停止されるが、改正案では同じ理由で3回以上申請した場合は送還可能となる。母国に送還されれば迫害を受ける恐れもある。私たち反貧困ネットワークの「ささえあい基金」で支援してきた1200名を超える外国人の多くは難民申請中だ。「おいでよ。一緒に暮らそう」私たちの支援自体が監視下におかれ、引き裂かれていく。
❷参議院議員会館を出発して反貧困ネットワークの会計担当の女性Mさんと**福祉事務所に一緒に生活保護申請同行、3月末にSOSを受けた。駆けつけた時に会計簿記の有資格者で事業会計業務を長年おこなっていた事が解り、反貧困ネットワークの法人化に伴い、会計職員を募集していた事から後日、採用する事となった。Mさんは昨年夏に雇用先の企業から雇止めになっており、家賃が払えず、4月20日にマンションの強制退去が決まっていた。当日に一緒に荷物を運び出して、生活保護申請してアパート入居して、反貧困ネットワークで協働労働の仲間となり自立していく。
➌夜は、台東区からのSOSに向かう。昨年8月にお会いしたOさん、特別支援学校の教師だった。8月にお会いした時にもドヤで暮らしながら頑張っていた。その時は給付で終えた。
後日、丁寧なお礼の手紙が届いた。それからもOさんは派遣で様々な仕事で頑張ってきたが、仕事がまたなくなり所持金が尽きた。来週から警備の仕事が決まった。でも、もう何日も食べていなかった。週末の食費を渡した。立ち去る車から何回も頭を下げる光景が見えた。Oさん、「もう無理をしないでいいよ。」60歳を超えたOさんは疲れていた。

●2021/4/21 「助けてといえること」「孤独と向き合うこと」

4月21日(水)
昨年春のコロナ感染症拡大と緊急事態宣言から1年、ほぼ休む事がなく路上からのSOSに向き合う日々、その後の生活保護申請同行とアパート入居までの支援、1月以降に急増した「住居の強制退去」と女性からのSOS、「死のうとおもったけど死ねなかった」事態は深刻化している。精神的にボロボロにされている相談者の急増、私を追い込むのは「助けて!と言える人がいない」そして、やり切れない程の孤独だ。コロナが感染したから貧困になったのではない。以前から「助けてと言えない社会」「どうしようもない孤独な社会」だった。
非正規、女性、精神的困難、外国人、弱い状況に置かれた人々の暮らしが「底が抜けたようにこぼれ落ちた」私が出会った多くの相談者が言う。「たまらなく寂しかったんだ。」私の活動の関心と行動の大半が「助けてといえること」「孤独と向き合うこと」となっている。
❶今日は2名の20代の若者のメンタルクリニック受診の同行、午前は「生きていく自信がない」と自殺慣行の現場を見て怖くなって逃げてきた男性K君の3回目の受診、孤独でたまらないビジネスホテルから、反貧困ネットワークのシェルターで優しき仲間たちとの関わりのなかで一歩一歩づつだけれど前を向いて自らの事を語り、これからの人生について語り始めた。「助けられる側から、瀬戸さんたちを応援する事で助ける側になりたい」と語ってくれた。もう死にたいとは言わなくなった。
❷メンタルクリニックを中抜けして先週水曜に駆けつけた20代女性の第二次合法的夜逃げ支援、。地方の田舎町から上京して警備の仕事をしていたが、突然の雇止めと即時の退去命令、既に生活保護申請同行、受理されてビジネスホテルに泊まっている。今日はホテルに入りきれない荷物を反貧困ネットワークのシェルターの倉庫部屋で一時預かり、先に帰宅していたK君が搬入のお手伝い。彼女が車中で寂しそうに話す。「ビジネスホテルで1人でいる事が寂しい。早くアパート決めて働きにいきたい」福祉事務所は私の前では「アパート探しの協力お願いします。」と言っていたくせに、その後に彼女に「施設に入れ」と言ってきたらしい。寂しくて胸がつぶれる思い想いの彼女を私から分断しようとしている。益々、心を閉ざしてしまう。本人意思の尊重と生きる力づくりの援助。ケースワーカーさん、援助の方法を間違えていませんか。来週お会いしましょう。もう彼女を追い込まないで!
➌夕方は半年前から伴走を続けている20代の女性Mさんと三回目のメンタルクリニック訪問、私の尊敬する精神科医さんのオープンダイアログ、対話に私も参加して様々なお喋りを続ける。毎回の共通話題はムーミンとスナフキン、彼女も話す。「1週間、誰とも話す事がない。」今日からクリニック訪問を隔週から毎週に切り替えた。私も週1回程度の連絡ししかできていない。彼女は多くの大人から裏切られたという。だから私から連絡が来ないと
「また裏切られるかもしれない」と思う。いま出来る事は何だろうと考える。彼女と関わる人を少しでも増やしていく事含めて、「孤独」からの卒業ができるよう何ができるか、考えてみよう。週1回の彼女との対話、私にとっても自己を認識でききる時間でもある。もっともっと学ばないといけない。とても大切な時間なのです。

 

 

●2021/4/20 演劇の舞台もなくなり稽古に通う交通費もなく

4月20日(火)
❶今日は湾岸エリアの**福祉事務所で10時~13時~15時と3名連続の生活保護申請同行の予定だった。**福祉事務所に隣接する駅はネットカフェが集中している。緊急アクションに届くSOSは新宿駅・池袋駅・上野駅・蒲田駅・北千住駅・川崎駅・関内駅に集中している。今日の**福祉事務所は私がよく通う場所、嫌な顔を見せずいつも笑顔で迅速に対応してくれる女性相談員さんが今日も対応してくれた。なのに今日の3名のうち2名が待ち合わせ時間に来なかった。あとでメールが来た。「やっぱり生活保護は怖くていけませんでした。」20代の彼は以前、他の福祉事務所で生保申請受理後に10名部屋の無料低額宿泊所に入所させられ失踪した。SOSを受けて駆けつけた時に「私が一緒だから大丈夫」と話したのに、、宿泊費や食費は昨晩分までしか渡せていない。彼は今日も野宿しているのだろうか?また連絡をくれたら一緒に生保申請に行くよ。「必ず無低に行かないようにするから、心配しないで!」今日同行した青年は無事に申請が受理されて個室のホテルに泊まってアパート入居を目指す事になった。携帯電話がない彼と連絡がつかない事がもどかしい。
❷福祉事務所を出発して今日の重要なミッションのために移動!コロナ感染拡大から1年以上が経過して、「仕事を失い家賃が払えず住居追い出し」が多発している。重要なミッションとは「合法的夜逃げ」いわゆる荷物を運び出し、反貧困ネットワークのシェルターの一時預かりをおこなう。相談者が生活保護申請する場合、一時滞在先のビジネスホテルに運びこめない。シェルターが重要な役割を果たす。今日、何故か一緒に積み込みを手伝ってくれた小学生の女の子が「引っ越しですか?」笑顔で頷いて逃げた。
➌生活保護申請に同行してせっかくアパートの入居が決まったのに一時宿泊先から行方不明になり捜し続けていたMさんとやっと会えた。心配していたとおり、ギャンブルの誘惑に負けて保護費を全部使ってしまった。「あんなに世話になって住居まで準備してもらったのに裏切ってしまった。僕なんか刑務所にいった方が良いと思って公園で野宿していた。」という。アパート入居はキャンセルになったけれど、今日からシェルターに泊まって、来週にケースワーカーさんに会いにいこう。これからの事を一緒に考えよう。まだやり直せる。
❹21時の新宿駅西口に向かった。小田急線に乗ってきた30代の女性Aさん、働きながら演劇を続けている。彼女とは久し振りだ。昨年6月に野宿していた見知らぬ20代の女性Cさんのネットの書き込みを見て、自分自身もお金がないのに数日間、自分の住んでいるアパートに預かり、私に連絡してくれて3人で会った。20代の女性、現在は元気らしい。実はコロナの長期化でAさんの働く職場も困難に陥り、収入も減少して演劇の舞台もなくなり稽古に通う交通費もなく、次の給料日まで食べる事ができない状態になってしまった。10か月前に、ボロボロになったCさんを抱えて待っていてくれたAさんの姿を覚えている。Aさんの演劇公演に誘われた事がある。小さな劇場だった。チケットまで買っていたが直後の緊急事態宣言で観に行く事ができなかった。今回はAさんの力になりたいと思う。



●2021/4/19 地域連携とネットワークづくりで課題の解決を

4月19日(月)   
地域連携とネットワークづくりで課題を解決していこう
❶深夜に公園のトイレの中で野宿していた女性をネットカフェに届けて自宅に戻った時間が深夜の1時30分だった。今週も朝から福祉事務所での生活保護申請同行、眠い朝です。
今日の相談者のIさんは先週金曜に新宿からのSOSで出会った。コロナ禍では地元の北麓の町では仕事がなく神奈川県内の小さな工場で働くも職場内のパワハラが激しく退職、故郷にいる母親もパートで働き続けていて裕福でない。これ以上の迷惑はかけられない、無事に申請が受理され、1カ月間のビジネスホテル暮らしが始まります。アパート探しもがんばります
❷午後から代々木にある㈱キズキを反貧困ネットワーク外国人担当の原さんと就労支援担当の山岸さんと訪問しました。自立生活サポートセンターもやいの大西理事長から繋いで頂きました。キズキは、「何度でもやり直せる社会をつくる」というビジョンを掲げ、不登校や学校中退の方を対象とした塾(キズキ共育塾)、うつ病・発達障害の方を対象としたビジネススクール(就労移行支援施設・キズキビジネスカレッジ)などの事業を運営していて
4月より、休眠預金の財源を活用し、コロナ禍で収入減・失業した方向けにデジタル系の就労訓練を行うサービスを開始している。サービス利用者は、就労訓練中も給与手当(時給1,013円)を受けつつ、IT領域などの新しい職種への転職を目指すことが可能となっている。反貧困ネットワークでは、ワーカーズコープと連携して「仕事探し・仕事おこし交流会」を開催して、駆けつけ支援から生活保護利用とアパート入居まで支援してきたが、その後に仕事が見つからず、孤立に陥ってしまった相談者に「協同労働」の職場を紹介して就労ケアを通じて就職支援してきました。東京都など現在の貸付金免除付き就職支援制度が「介護職」などに職種が限定されている事が課題と感じてきました。仕事を失い、住まいを失った若い世代がスキルを高め、その期間も収入をえられる求職支援制度として、デジタル系就労支援制度を開始した㈱キズキとも連携を深めます。早速、デジタル系求職希望の女性相談者に繋げていく事を確認しました。ひとりでも多くの相談者が「よい仕事」に就けるようにしていきたいですね。
➌私たちのシェルターがある「山谷泪橋」に戻り、一般社団法人あじいるの皆さんと合流、シェルターの近くにある「山友会クリニック」を訪問しました。山友会では1984年以来、住民票がなく健康保険証をお持ちでない等の事情で医療機関を受診することのできない状態にある路上生活者の方のために、無料診療所を運営しています。医師、看護師、鍼灸・マッサージ師などの方々が、日常の勤務や開業の休日のときに、長年に渡り無料で診療・施術を行い、専門的な治療や検査が必要な方は、相談室の相談員と連携して、治療を受ける上での必要な公的支援制度の利用について相談しています。私たちのシェルターには仮放免や就労不可の在留資格しかない外国人が居住しています。多くが入管での長期収容や公的医療資格外で身体がボロボロになっても病院に行く事すらできませんでした。外国人以外にもシェルターで受け入れる日本国籍の方でも無保険状態や精神疾患を抱えている場合が多い事が現状です。シェルターが単なる一時的な住居でなく、身体も心も癒して治療もできる「社会的一時住宅」として機能させるためには地域の連携が必要です。これからも山谷地域の皆さんにお世話になる事、求められば私たち自身も役に立てるように連携していきます。
❹夜は「吹っ飛ばそう!貧困in練馬 実行委員会」に参加、地元の仲間たちと一緒に5月23日(日)に練馬駅前のつつじ公園で、練馬の貧困問題に取り組む団体や市民団体が連携して相談会を開催します。生活・医療・法律相談以外にもコロナで苦境に陥ったアーティストが表現できる場もつくります。成功させて練馬地域の「反貧困。・住民連帯」の足掛かりにしていきたいと思います。

●2021/4/18 「神奈川の支援体制作り」初会合開かれる

4月18日(日)  

❶午前は大和市で、反貧困ネットワークの社団法人設立に際し、神奈川担当に理事にお願いした杉浦幹さんが呼びかけた、「神奈川の支援体制作り」初会合。いままで神奈川県からのSOSに基づく駆けつけ支援を私もおこなっていたが、SOSの急増で、以前から協力して頂いていた杉浦さんに多くをお願いする状況、理事に着任した3月31日を過ぎてすぐから神奈川県内各地からのSOSが急増して、杉浦さんが夜は駆けつけ、昼間は生活保護申請同行やアパート探しをおこなう日々、職場の時間有給の繰り返しとなり、ヤバい状況になりつつある。コロナ感染拡大から1年、SOSは4月以降、ヤバいレベルで急増している。このままでは神奈川のSOSに対応できない。危機感の中で、杉浦さんが自治体議員や地域のソーシャルワーカーに呼びかけた。杉浦さん自身が障害者福祉の現場叩き上げである事、県内の市民運動ネットワークを丁寧につくっていたからこそ、自治体議員が3名(全て女性)ソーシャルワーカー等9名が参加、駆けつけ支援➡住まいさがし一時居住➡生活保護申請or仕事さがし~アフターフォローといっ神奈川方式の支援フローを分担しておこなう事が確認された。東京でも参考にしていきたい。自治体議員に加えて、地域の精神保健福祉士さんやソーシャルワーカーや福祉職の皆さんとの連携を強く意識していきたい。
❷大和から上大岡駅まで車で移動、杉浦さんはやつぱり一緒に来てくれた。20代の男性が待っている。ここでは書かないが、最近とっても悲しい事があった。鬱病になり働けなくなった、3月に生活保護の相談に福祉事務所にいった。所持金が少しだけ生活保護支給額より少し多かった。福祉事務所は「あなたは若いのだから働け」と言って彼の辛い思いを聞く事はしなかった。「いまは働けないんだ。」福祉事務所の職員が「所持金が少なくなったら相談に来てくださいね。」この一言だけをいえば、彼は絶望して死を考えなくて済んだ。所持金500円、彼はもう福祉事務所に行くのが怖いという。杉浦さんが福祉事務所に同行してくれる事になった。
➌横浜市上大岡から埼玉県川口に大移動、当初は最初から参加する予定だった、北関東医療相談会・クルドを知る会・VIDES JAPAN三団体が共催で行われた「第1回川口医療相談会」に駆けつける。先週に今回の共催団体と反貧困ネットワークが活動(事業)連帯を本格化させて、公的医療支援が受けれない外国人の医療支援、経済的困窮対策含めた給付支援、居所を失った場合のシェルター増設などを連携してすすめる事を確認した。今回の医療相談会の実際を学び、東京で反貧困ネットワークなどが開催する「外国人医療相談会」に生かす事が目的だった。今日は28人のクルドの方が医療相談を受けたと聞く。保険適用もされない仮放免、短期ビザで就労資格が与えられず、経済的困窮だけでなく、身体が蝕んでも放置し生存すら守らない日本、団体連携で頑張っていくが、支援団体の疲弊も増している。原文次郎さんは言う。「本当に困窮している人は日本での生活に耐えられなくなり、一部には既に本国に帰っている者もいると聞く。しかし、帰国しても元々が難民として来ている人々は無事で済むとは限らない。身分を隠して過ごす者もあり、身柄を拘束されるなど迫害に遭っている者もいるやに聞く。」本当に皆さんに申し訳ない。
❹川口から都内に戻る。昨晩遅くに10代の少年からSOSを受けた。頼れる親はいないが海外留学で学んできたが、留学先の国でコロナの関係でビザの更新が継続されなくなり帰国を余儀なくされた。親がいない彼は帰国したけれど所持金はない。コンビニとラーメン屋のバイトで週7日働き続けるが給料日は月末だ。もう食えない。もう泊まれる場所もない。私は彼が働くコンビニに向かって面談して、当面の生活給付、お会いしたけれどメチャクチャにピュアな少年だった。
❺自宅にいた23時に、無視できないSOSメールが届いた。自宅から遠くない公園のトイレの中で30代の女性が野宿をしていた。嫌な予感がした。駆けつけないといけない。女性に電話して駆けつけた。順調に暮らしていたが、本人責任でないトラブルに巻き込まれ、病を患い働けなくなった。所持金60円、今晩からネカフェに泊まり、今週中に保護申請同行する。「死のうと考えて、その前に最後のメールをしたら来てくれた」と言った。凛とした礼儀正しい。時折り少しだけ笑う。「今の自分を考えると情けなくて笑ってしまうんです。」
今まで福祉事務所に裏切られたようだった。彼女は最後に私に聞いた。「瀬戸さんは希望ですか」もちろん頷いた。 今日の支援終了は深夜の1時30分 駆けつけて良かった。

●2021/4/17 市民憲法講座主催の講演会「貧困の現場から」

4月17日(土)

緊急アクションの相談フォームに首都圏各地から悲鳴のようなSOSが連続して届いている。
❶昨晩も夜遅くまでの駆けつけ対応であったので、午前はお休みする。反貧困ネットワークの同僚となった佐々木君が都内某所からのSOSに駆けつけてくれた。生活保護申請希望の福祉事務所は私が良好な関係性を持つ所、生活保護申請同行の担当は任せてよ!でも来週の昼間は毎日が福祉事務所だ。火曜日は3名の申請同行を連続しておこなう。
❷NPO法人共同連が主催する「障害者雇用就労セミナー —劣化する障害者雇用と新たな就労」の第二部「東京都ソーシャルファームを考える」に参加、連日の駆けつけ支援からアパート入居までサポートしても極限の孤独と仕事が見つからない問題、精神疾患などの「就労困難者」も多い。再び新自由主義を体現した企業社会には働く場所はなく、あるのは寮付き派遣や日払いバイトでボロボロにされる。新自由主義経済に対し「社会的連帯経済」を本気で具体化して、就労困難にある人々と共に働く職場づくりにチャレンジする協同組合や社会的企業との連携にチャレンジしている。企業組合あうんが東京都ソーシャルファームに認証されたと聞いた。ソーシャルファームは、ソーシャル・インクルージョンの考え方に立ち、自律的な経済活動の下、社会的企業として、就労困難者と認められる者の雇用の場の拡大と自立を進め、地域の産業及び雇用に貢献することを通じて、 ダイバーシティの実現を目指すもの。就労困難者の3人以上の雇用などが要件で、認証事業者にはバリアフリー設備への改修費や事業所の家賃などが補助される。しかし今日の報告では認証されたのは3つ、予備認証が25、ほぼ民間企業となってしまっている。手続きや就労困難者の定義も曖昧、困難者ひとりひとりの就労困難である理由づけのハードルが高い。審査担当者に民間や市民サイドのメンバーもいないなどの欠陥点が指摘されている。コロナ禍の貧困のなかで価値観の転換が政治や行政の側に求められている。もっと韓国や欧州の「連帯経済」に学べ!民間支援団体は本当に疲弊している。
➌夜は文京区民センターで、市民憲法講座主催の講演会「「コロナ禍で奪われる命と生活~「貧困」の現場から」で講演させて頂いた。尊敬する総がかり行動実行委員会の高田健さん、菱山南帆子さんたちに呼んでいただいた事が本当に嬉しい。私が半年間サポートして就労ビザがやっと下りた23歳のトルコ人青年の話もさせてもらった。トルコでは徴兵制があり、クルド人民衆を殺せ!と言われれば従わなければならない。彼は「殺してはいけない」と考え、憲法9条のある日本に来た。しかし就労資格可のビザは認められず、長期間、収入なしの生活、貯金も全てなくなり、「ささえあい基金」で支え続けた。彼は言った。「憲法9条の日本が何故、このような冷たい仕打ちを続けるのですか。」入管法改悪絶対反対!
❹講演中にもSOSが続いている。横浜から2か所、相模原から、浦和から、北千住から合計5か所からのSOS、横浜市内の福祉事務所でまた不当な追い返しの犠牲者がでている。明日は大和で支援者会議があるので終了次第、駆けつける。相模原からの相談者からはSOSが途絶えた。急ぎ文京区民センターから大雨の中、浦和駅に向かった。「死ぬ事を考えている」とメールに書いてあったからだ。40代の男性だった。群馬県出身だった。コロナで失職して困窮、群馬県内の**市で生活保護申請したら「若いから働け」と言われて追い返されて、昨日はさいたま市内の**福祉事務所に申請に出向いたら「うちは担当ではない。」と追い返された、何故、浦和にいるのかと聞いたら、電車に飛び込む為に来たと答えた。
もう22時だ。今日のネットカフェ代を渡して明日から反貧困ネットワークのシェルターで安心して泊まってもらい、今後の事を一緒に考える。北千住駅からのSOSは18歳の男性、今日までは泊まれる場所があるが明日からは野宿だという。明日の夜に待ち合わせする事に決めた。本当に本当に「福祉が人を殺す」私たちはぎりぎりの場面で止める。でもこれではもうすぐ止めきれない!「「これ以上、福祉が人を殺すな!」

●2021/4/16 路上からの悲鳴のようなSOSが続いた

4月16日(金)
路上からの悲鳴のようなSOSが続いた。駆けつけ支援をおこなう事はイコール生活保護申請同行で福祉事務所に向かう日程を組み込む。20代と女性が急増、既に来週昼間のスケジュールがほぼ埋まってしまった。昼間は福祉事務所、夜は駆けつけ支援、支援崩壊状態が続いている。出版予定の本の最終原稿が書けない。どんどん出版が遅れていく。
❶今日午前の福祉事務所での生保申請同行は、20代女性ふたり同時の申請となる。同じビジネスホテルに緊急宿泊していたので迎えにいく。福祉事務所に向かう最中にパトカーに追いかけられる。若い女性を連れて何しているんだ!と職務質問、反貧困ネットワークの名刺を見せると最敬礼!
今日は、さすがに大変過ぎるので、信頼する女性支援団体のkさんに来て頂いて強力なサポート、1月に大学を辞めた女性、地方から東京にでてきて警備会社から雇止めされて即時に社員寮から追い出されて駆けつけた女性、それぞれが「生きづらさ」を抱えていた。単なる生活保護申請同行で終わらない。女性相談支援員と一緒に今後を考えていく。しかし二人同時の同行支援は本当にクタクタになる。
❷昼ご飯を食べる余裕もなく、ベトナム人女性Tさんの住むシェルターに向かう。インドシナ難民(定住者)の2世で自身も定住者資格を持っていたが2020年夏にコロナ禍で通訳の仕事を失い悩んでいるうちに在留資格更新の機会を失い、家賃未払いで退去を迫られた。SOSを受けて一緒にマンションから荷物を運び出し、シェルターで保護を開始した。入管手続きを経て在留資格を回復、一緒に生活保護申請にいってアパート入居が決まった。今日は一緒に家具什器選び、来週に念願のお引越しです。支えてくれた「山谷ほしのいえ」の中村シスターも駆けつけてくれました。SOSを受けて駆けつけた当時は「この世の果て」状態だったTさん、現在は多くの支えでとても明るくなり、お会いする時はいつも笑顔です。企業組合あうんの中村さんは「どっこい食堂でベトナム料理を作ってよ」とリクエスト!
本当に本当に良かったです。今度は一緒に笑顔で働ける仕事を探そうね。最後は外国人を中心とした新規シェルター候補地の内見、これから公的支援を受けれない外国人の相談会が予定されています。住まいを失った外国人は家族単位の場合もある。準備を急ぎたい。
➌今日はSOSがいちばん多い金曜日です。私だけでも3名の駆けつけ支援に都内を駆け回る。1人目は上野に向かう。20代の男性が待っていた。昨年に地方から上京してきたがコロナ禍で仕事もなく**区で生活保護利用したら10人部屋の無料低額宿泊所にいれられて逃げた。12月に緊急アクションにSOSをくれたが、生活保護はもう嫌だと考えて面会ができなかった。3ヶ月まえに電車の飛び込み自殺をはかった時に身分証明は全てなくした。今回は私が一緒に福祉事務所に同行して施設や無低に入所なんてさせないよ!彼は途中から泣いていた。本人希望で**福祉事務所で来週に保護申請に同行する。
❹2人目は常連の新宿駅西口に移動、また来たか!と新宿警察がウロウロしている。40代の男性が待っていた。2月に派遣の仕事で地方から上京したが、ブラック派遣、寮に住める期間中に次の仕事が見つからずm住所が無い状態でできる仕事もなく寝る場所の確保などで借金が膨らんだ、数日間の野宿生活、来週、生活保護申請同行します。
❺3人目も同じ場所で20代の男性が待っていた。大学卒業して会社に就職したがコロナで失職、東北の親の元には帰れない。東京でやり直したいとの思いを聞いて、来週に生活保護申請に同行する。これで来週の平日は毎日の生活保護申請同行となってしまった。23時に千葉担当の阪上さんから、駆けつけ支援が終わった!とのメールが届いた。

●2021/4/15 入管法改悪で送還させるな、廃案にさせよう!

4月15日(木)
❶今日の某福祉事務所での生保申請同行、この福祉事務所の相談員とは信頼関係が構築できている。「扶養照会」申請者の意向尊重求める厚生労働省通知が話題に、ベテラン相談員さんが「決まりだから扶養照会するしかなかったけれど、殆ど意味がないし、相談者が申請しずらい状況でした。今回は本当に良かったですね。皆さんの活動の成果ですよ」つくろい東京ファンドの仲間たちや生活保護問題対策全国会議が政府を動かす説得力ある提起をおこなったからだと思う。福祉事務所の相談員にとっても負担が軽減されるし、相談者の意思を尊重できる本当に良かった。気配りのベテラン相談員さんは、いつも私に感謝の言葉を口にしてくれる。
私もケースワーカーに引き継ぎ立ち去る相談員さんに、いつも頭を下げてお礼を言うようにしている。
❷昨日の深夜24時過ぎに来た21歳の関西からの女性MさんのSOS、同じ年の友人を助けてほしいと願う必死な声、今日の夕方に新宿駅西口前で、その友人Sくんと会えた。S君と会うまでには少し苦労した。「全く知らない奴が何をしてくれるのか」彼は東京に出てきたが仕事探しが上手くいかずに所持金が150円、両親は事情があり連絡がとれない。来週末から住み込みの仕事の面接が決まったが、お金が尽きた。泊まる場所がなく野宿、もう空腹で耐えられない、その事を知ったMさん、私が出演していたYouTubeを観ていて連絡をくれたのだ。ささえあい基金からの給付金を渡して、入寮するまで暮らしていけるようにした。最後に聞いた。「Mさんが助けてくれたんだよ。電話で話したけれど、泣きそうになりながらとても心配していた。彼女なの?」Sくんは答える。「彼女じゃないですよ~」私は言葉を返す「Mさんのような優しい女性を彼女にした方がいいよ」余計なおせっかいをしてしまった。たまたま自家用車の前では、総がかり行動の署名街頭宣伝がおこなわれていた。Sくんと一緒に菱山南帆子さんに会いにいってSくんは激励のエールを受けて、私と別れた。何故か私は街頭スピーチで支援現場の話をさせてもらう。高田健さんも優しい笑顔で迎えてくれた。今晩はSOSがなかったので国会前の「入管法改悪反対の集会」に少しだけ参加、当事者でもあるイラン人の友人と会う。彼は自らが入管で収容されて痛めつけられた経験を持つ。仮放免の現在も働くことが認められない、なのに彼は「お世話になっている」と言って困窮者支援の現場で一緒に汗を流す。私たちは彼の生存権を守らなければならない。入管法改悪で送還させてはならない。廃案させよう!

●2021/4/14 女性の貧困が深刻となっている

4月14日(水)
❶女性の貧困が深刻となっている。今日は3名連続しての女性相談者の対応となった。
最初は半年前から伴走を続けている20代の女性Mさんと隔週のメンタルクリニック訪問、私の尊敬する精神科医さんがMさんの大好きなムーミン人形を椅子に座らせて待っていてくれた。独りぼっちで暮らすMさんにとって対話を中心に治療を進めていくオープンダイアログが良い。不安ばっかりの心を「安心できる」雰囲気をつくりだす事で癒していく。独りぼっちにならないように、これから毎週、対話を楽しむ治療に一緒に通う事とした。
❷二人目は昨日にSOSで駆けつけた20代の女性、大学を退学するしかなかったが東京での生活を続ける事にした。もう親には頼れない。信頼する女性支援団体の方と面談、一緒に生活保護申請に同行してアパートを借りて人生の再スタートを目指します。
➌19時になり1時間遅れて池袋のワーカーズコープに移動して、ワーカーズコープと反貧困ネットワークが連携して3月6日に開催した「第二回しごと探し・しごとづくり相談交流会」の振り返り会議に参加、当日参加された私たちSOSを受けてが駆けつけて生活保護申請に同行した相談者14人のうち2人が4月からワーカーズコープの組合員となり常勤として就労することになったとの嬉しい報告、(1人は物流現場、1人は新宿らいふさぽーと事業(IT関連など)。ワーカーズコープからは、お茶の水ビジネススクールの外国籍の卒業後の就労がない中で、ワーカーズコープに紹介があり、ネパール、インドネシア、モンゴル出身の3人が常勤で就労することになったとの報告もあった。(経理、総務、ハウスクリーニングなど)。参加してくれた14名ひとりひとりの相談交流会終了後の就労ケアの進捗状況、アパート暮らしで抱える「死にたくなる程の孤独」にならないようにチームで相談者ひとりひとりに寄り添う必要性を再認識、反貧困ネットワークも法人組織がスタート、今日の会議も就労支援担当の山岸さん、外国人担当の原さんも参加、誰かが「気にかけて」繋がり続けていく事を基本に「職業紹介所」に終わらないようにしたい。また「人間扱いされない職場に戻る」のでなく、成果重視型でない協働労働の場づくりを主体的に形成していきたい。
第3回の相談会は、6月6日に開催することを確認した。
❹ワーカーズコープでの会議を中座して緊急SOS対応に向かった先は足立区の**駅で待っている20代の女性と待ち合わせた。地方の田舎町から上京して警備の仕事をしていたが、突然の雇止めにあった。今日の昼間に住み込みバイトの面接から、寮に戻ってきたら、会社の人間から「今日で退去しろ!」と強要されて荷物をまとめていたが今日からの居所がない。所持金は3000円、電話したら泣いていた。緊急アクションの他のスタッフからメールが来た。昨年9月のSOSでも同じ警備会社寮を強制退去、路上となった男性のアパート入居をサポートしたとの事、このような悪質で「人間扱いしない」会社は、落ち着いたら告発しなければいけないと考えつつも雨の中で持ちきれない荷物を車に積んで、今日からとりあえず「ささえあい基金」を使って行きつけのビジネスホテルに宿泊、金曜日に生活保護申請に同行する。
❺今晩はこれで終わりでない。蒲田駅では所持金157円で途方に暮れている30代の男性からのSOS、今日中に駆けつけるしかない。コメントに書かれていた。「住まいを無くして、引越、建築、倉庫などの日払いの仕事をして生活をしてきました。コロナウィルスの影響で日払いの仕事が少なくなったり、ネットカフェの休業になった事もあり宿泊できずに野宿する事が多くなりました。毎日お金の事や宿泊する所を考える生活に疲れてしまい、犯罪を犯して刑務所に入ったほうが楽なのではないかと考えてしまう時があります。」お会いしたNさんは「生活保護は若い人間は利用してはいけないと思っていました。」生活保護を利用したら、やり直しできるよ!生活保護申請に同行する事とした。
❻自宅に戻った時間は深夜の24時を過ぎていた。緊急アクションの相談メールが鳴った。関西の20代の女性からだった。「電話でいいので至急相談お願いしたいです。」同い年友人が東京で会社の面接で騙され所持金ゼロで途方に暮れている。助けてあげてほしい。私が出ていたユーチューブを見て連絡してくれた。友人を気遣い連絡をくれた。優しさが嬉しかった。明日に本人から連絡をもらいお会いする事にしました。今日も他のスタッフも各地から届いているSOSに全力で対応を続けている。



●2021/4/13 久し振りに参議院議員会館を訪問した

4月13日(火)
❶午前、久し振りに参議院議員会館を訪問した。ムーミン党の同志でもある福島県出身、日本共産党の岩渕友参議院議員と再会、昨年のコロナ感染拡大以前は原発事故避難者支援の問題では常に連携させて頂き、東日本復興特別委員会や予算委員会でも避難者支援打ち切りを常に取り上げてくれた。今日は困窮者支援の仲間でもある医師の谷川智行さんと一緒に、福島県内福祉事務所の生活保護申請時の違法行為や実態把握の必要性について共有して頂く事が目的だった。福島の実際の支援者と中継を繋ぎながらの
共有会議となった。
★九州から福島に来て福島市で原発作業員として働いていたが、突然、雇止めになり。2月から郡山駅前で路上生活、原発事故被災者支援を続けている福島の友人が声かけしてくれた。問題は郡山市の生活保護申請受理段階の対応だ。相談者の男性は路上生活で所持金は400円、それなのに福祉事務所では、申請受理したが、保護決定される14日間、保護費からの前払いも渡せない。一時的な居住場所も提供できないと主張した。これでは野宿生活を続けろ!と福祉事務所が強弁しているものであり、定められている「居宅保護」を逸脱している。2年前も同様の事案が発生している。その時の除染作業員(名古屋の笹島から福島市で住み込み除染作業で雇い止めにあい、歩いてK市に来て追い返され行方不明に)も、同様の対応をされた。今回は、支援者が同行して申請受理までされたが、生保決定まで、飲まず食わずで居所がなくても仕方ないとの態度に終始したらしい。支援者が一時避難先の空き室マンションをシェルターとして提供して、みんなで食糧と生活支援をおこなって何とかアパート入居までこぎつけた。
★以前から福島県内には民間の支援団体が運営する野宿を余儀なくされた人々のシェルターがなく、仙台や塩釜の支援団体が運営するシェルターで保護してきたと聞く。緊急アクションに届く相談者からのSOSでも南相馬など浜通りの原発作業員として全国から集まられ、寮に入寮して働くが雇止めにあい路上に放りだされたり、原発作業員の仕事があり南相馬に向かったが仕事がなかったとの話を聞く。そのような福島県だからこそ公設シェルターやビジネスホテル、県営団地の活用で居所を失った人々の一時利用住宅が必要なのだ。
★避難者は今、賠償や支援の打ち切りで生活に困窮している。浪江町の生活保護世帯は、2016年に14世帯だったのが、20年は74世帯に増加。孤立と貧困がすすむ一方、それが見えにくくなっているのも課題だ。事故から10年を迎え、落ち着いたかに見えても、避難者は孤立しています。避難先の地域にもなじめず、あい次ぐ賠償や生活支援の打ち切りで、もともといた自治体の支援も少なくなり、取り残されている、(福島民医連新聞3月号より)
❷「汚染水」放出決定の暴挙に抗議する官邸前集会が開かれている。でも我慢するしかない。参議院議員会館をでて、反貧困ネットワークのシェルターがある山谷泪橋に向かう。入居者のアパート入居が決まった。中央区で生保申請したが、日本橋や銀座方面に安価なアパートがないので三多摩地域でアパートを見つけた。今日は中央区との生活保護移管交渉、無事に交渉を終えた。もうひとりのアパート入居決定した相談者と連絡がつかなくなった。行方を捜す。まったく息が抜けない。泪橋ホールの多田さんが特別に料理してくれた「ドライカレー」が美味しい。
➌今日も多数の緊急SOSメールが夕方に集中して届く。対応チームで手分けして返信と駆け付けをおこなう。私は埼玉県内2か所を広域緊急対応、大学を退学するしかなかった女性が泣いていた。都内は佐々木君に任せた。神奈川では杉浦さんが対応、夜に千葉県からのSOS、阪上さんも連日の駆けつけになる。丁寧に困難案件の返信を次々とおこなう田川さん。チームで乗り切ろう!毎日毎日、

●2021/4/12 危険な入管法改悪を止めよう!4.22に院内集会

4月12日(月)

❶今週も福祉事務所での生活保護申請同行からはじまりました。前週の後半に対応したSOS、福祉事務所が閉まる土日の宿泊費と食費を渡して月曜日の生活保護申請に備えます。
今日は湾岸地域で信頼できる相談員さんが揃っている**福祉事務所に向かい30代の男性Tさんの同行です。少年時代から親を知らずに生きてきて、悪い事もいっぱいしてきた。それでも真面目に生きようとしてきたけれどもやり直しができない社会、許されない社会なんだ。コロナで更に追い打ちをかけられ、死のうと考えたけれど死ぬ事ができずに、千葉県から都内まで歩き続けてきて緊急アクションの相談フォームを見つけてメールしたら、すぐ返信が来た。嬉しかったという。今日の生活保護申請同行、犯歴があると東京都が提供するビジネスホテルの宿泊も許可されないルールがあると解っていたので、新しく綺麗な完全個室のドヤが近くにある福祉事務所で生活保護申請同行して無事に今日から泊まれる事になりました。「これから充分やり直す事ができる」
❷福祉事務所をでて近くのターミナル駅の路上でSOSをくれた50代の男性からのSOS、長く勤めていたホテルの清掃業務を雇止めされたという。最近本当に宿泊業関連の雇止め案件が多過ぎる。生活保護申請同行をおこなう場所を打ち合わせ、またホテル清掃の仕事に就きたいという。この世界しか知らないんです。ホテルが多くある地域の福祉事務所で保護申請同行する事とした。色々な世界があって色々な出会いがあるはずと思いながら。
➌夜は反貧困ネットワークの事務所に戻る。佐々木さんと原さんが膨大な助成金申請の書類をめでたく完成させていた。公的支援を受けれずに困窮する外国人支援には小さな団体の財政を逼迫する経費がかかる。私の事業計画に基づき、細かく予算書と提出書類を短期で完成させてくれた。困窮する外国人の生活費・緊急宿泊費・医療費・シェルター費用・寄り場費用・相談会費用、自助と共助でしか生存できない外国人の支援、公助はどこにいった!
❹事務所では二つの会議が同時並行でおこなわれた。4月22日開催予定の「入管法改悪反対!緊急院内集会」実行委員会と反貧困ネットワーク実務担当者会議、「入管法改悪反対!緊急院内集会」では反貧困ネットワークとして支援してきた外国人の窮状を報告する。法案では、国外退去の命令に従わない場合、1年間の懲役または20万円以下の罰金となる可能性がある。加えて問題視されているのは、法務省が難民と認めない決定を2回下せば、以降は強制送還が可能になってしまう仕組みだ。つまり、何らかの事情を抱え3回以上難民申請をしている外国人が、迫害の恐れのある国に帰されてしまう可能性があるということだ。私たちが支援してきた多くの外国人が該当してしまう。私たちがそれでも支援し続けたらほう助罪になるのか! 来週から衆議院法務委員会で審議されると聞いた。連休明けに採決される可能性がある。極めて危険な状況に対し、連帯行動を起こす。廃案に追い込め!
❺4月から一般社団法人に組織再編された「反貧困ネットワーク」隔週で実務担当者会議を開催している。支援してきた相談者個々人の支援状況を踏まえて今後の計画を共有する。シェルターの住人たちの外国人は全員が公的支援対象外だ。個々人の生活状況、健康状態を共有する。実務担当者会議の特徴は、理事、設立時社員がZOOMでオブザーバー参加できるようにしている。組織の透明性と多くのメンバーが日常運営に参画できるようにしていきたい。

●2021/4/10 午後から活動拠点である山谷泪橋に向かう

4月10日(土)
❶午後から反貧困ネットワークの活動拠点である山谷泪橋に向かう。4月から社団法人に組織変更、増加し続ける駆けつけ対応とその後の申請同行とアパート入居作業、就労ケア、寄り場づくり、シェルター管理、外国人支援など共に活動する予定の仲間たちを白石孝さんが連れてきた。シェルター、泪橋ホール、企業組合あうんなどをご案内、今日は広島県の小さな町からもスーパー婦人相談員さんの藍野美佳さんが上京してくれた。東池袋中央公園でのTenohashiの相談会では森川すいめいさんに会えて感激していました。その後の多摩川沿いからのSOSにも同行して頂き、東京の困窮者支援の現状の一端を知って頂いた。泪橋ホールでは、古井戸や泉谷しげるとコラボしていた往年のフォーク歌手のよしだよしこさんと真っ黒けぼっくす「酔いどれキネマ ミュージック#3」のLIVEのリハーサル!「満月の夕」と「サークルゲーム」聴けて良かった。反貧困文化祭で呼びたいです。
❷夜は藍野さんと一緒に多摩川河川敷の小さな駅に向かう。昨晩の午前2時にSOSが届いた。「おかねもなく仕事もつけず困っています。」所持金が500円の32歳の男性、寒い夜に河川敷で野宿していると思うと、とても心配になってすぐメールを返信、同報で知り合いの女性市議会議員さんにもメール、議員さんからすぐ返信が来る。一緒に会いにいこう。今日の夜に電話したら「僕のためにだけ来てくれるなんて信じられません。嬉しいです。」
夜19時に待ち合わせた。優しそうな好青年が待っていた。寒いのに薄着で小さなリュックがひとつ、公園で眠りについたらジャンパーを盗まれたという。もう10日間も野宿だという。東北のある町から上京した理由は「親に仕送りしたい」との理由からだ。建築業で自分でアパートを借りて頑張ってきたが、コロナで失職して家賃滞納で先月強制退去、心配する親がいる。厚労省通知で「扶養照会」は本人が拒絶したらOKになるからと話したら安堵した表情、来週に市議会議員さんが生活保護申請同行してアパート暮らしを最優先して暮らしを再建しようと合意、帰宅したら丁寧な感謝のメールが届いていました。もう独りじゃないよ。

●2021/4/9 闘う労働組合が介入すれば一発アウト!

4月9日(金)
❶午前の某福祉事務所内のロビーで、メチャ信頼している支援団体代表理事の女性Yさんとバッタリ出くわした。どうも対応していた相談者が待ち合わせ時間に来なかったようだ。来られなかった相談者のために奔走している事をYさんから聞いていた。現れなかった相談者の事を愚痴る訳もなく「よくあるよね」とニコリ、
❷某福祉事務所での生活保護申請同行、火曜の夜にSOSで駆けつけた30歳のイケメン男子、都内の有名チェーンホテルのフロントで契約職員として勤務していたが、コロナ陽性反応で長期休養が迫られた間に、予告なしの電話での雇止めを受け、寮からも追い出された。コロナの長期化で宿泊業界も厳しい状況にあっても許されない。「解雇予告手当」も支払われていない。闘う労働組合が介入すれば一発アウト! しかし今日は生活保護制度を利用してアパート生活など生活再建の土台をつくる。生保申請は受理されて、今日からビジネスホテル宿泊、アパート入居を目指すと同時に不当な雇止めをおこなったホテルチェーンの責任追及と補償を勝ち取ろう!
➌午後からは連合会館で、ソーシャルアジアフォーラム主催の研究会「貧困問題の“いま”」でZOOM講義、2008年の年越し派遣村の際に活躍された龍井葉二さん(元連合・非正規労働センター総合局長)に呼んで頂きました。ソーシャル・アジア・フォーラムは、1994年に日本、韓国、台湾の少数の労使関係研究者を中心に発足、2019年レポートを読むと、韓国の労働政策の動向と展望-最低賃金引上げ・労働時間の短縮を、地域単位社会連帯的雇用創出』戦略-光州型雇用創出モデルの研究交流をおこなっていますね。昨年3月に新型コロナ災害緊急アクション設立後に42の団体と繋がりましたが、労働組合との繋がりがPOSSEなどユニオン労組以外とは弱い状況にあります。年末から大久保公園での相談会などで連携関係が少しずつですが出来つつあります。今後の連携を強めていきたいと思います。反貧困ネットワークが2007年10月に結成されて暫くは労働組合のメンバーが多く参加していました。これからです。
❹今晩も多くの仲間たちが首都圏各地から届くSOSに駆けつけています。最近は千葉・神奈川からの問い合わせが急増しています。一般社団法人反貧困ネットワークの職員でもある阪上さん(千葉)杉浦さん(神奈川)佐々木さんが駆けつけ支援チームで飛び回っています。特に神奈川の杉浦さんは毎日飛び回る事態、18日に急遽ですが、神奈川の支援者会議を反貧困ネットワークが関わり開催、負担軽減と支援体制強化に取り組みます。

●2021/4/7 南浦和にある「アミーゴス」で三団体連携会議

4月7日(水)
❶午前は反貧困ネットワークのシェルター「ささえあいハウス」で入居している元ホストのK君を連れて二回目のメンタルクリニックへの通院同行、これまでも報告したとおり「生きていく自信がない」と消え入る声でいたK君は「ビジネスホテルで天井を見上げるだけの死にたくなる孤独」から私たちのシェルターに預かり、共に歩むステップに移行して以降、泪橋ホールの多田さんの毎日の優しさとシェルターの住人の当事者同士の繋がりで、奇跡ともいえる明るさを取り戻し、二週間振りに会ったクリニックの相談員もK君の変貌振りに驚いていました。これからも気を抜かずに伴走していきます。
❷メンタルクリニックから戻り、昨日のパルシステム神奈川に引き続き、FOEJapanの満田夏花さんを連れて、パルシステム東京の環境担当職員とパルシステム連合会の地域支援本部の談本部長と中根部長と面会、今後の脱原発・被害者支援・気候変動などの環境政策と組合員の学習の場づくりの連携について意見交換しました。貧困問題だけでく、脱原発や環境分野でも様々な市民団体とパルシステムの協働プラットフォームを強めていきたいと思います。私はFOEJapanを応援します。原発事故被害者救済運動の灯りを消せない。
➌反貧困ネットワークの事務所で一般社団法人移行後の会計実務の打ち合わせをおこない、夕方は、4月から反貧困ネットワークの職員となった原文次郎さん、佐々木大志郎さんと一緒に南浦和にある北関東医療相談会(アミーゴス)の事務所に向かう。今日はアミーゴスの長沢さんとクルドを知る会の松澤さん、温井さんと三団体連携会議を開催しました。コロナ感染拡大以降、多くの外国人の困窮が可視化されて、連日のようにSOSが続いています。ささえあい基金だけでも1250世帯に4000万円を超える給付金の支給、就労資格が与えられず公的支援も受ける事のできない外国人のなかには住まいからも追い出されて公園で野宿する人も増えた。身体が病んでも医療も受ける事もできない。子供たちの学校の制服も買えない。オモツも汚れて破れてパンパン、、このような状況に対して、それぞれの団体がシェルターを用意して住まいを提供したり、団体の少ない資金で医療費を捻出したりしている状況です。もうそれぞれの団体が単独で取り組む事も限界にきています。各団体の2021年度の事業計画や予算を共有化して事業連帯をできる事からおこない、力が分散する事のないようにしたり、知識やノウハウの学びあいや合同政策要求などできる事からはじめる事を確認しました。アミーゴスでは4月18日に川口で外国人向けの医療相談会を開催します。反貧困ネットワークでも都内で外国人版「大人食堂」開催の検討に入っています。外国人支援団体のプラットフォーム作りの役割を果たしていきます。
❹今晩もSOSが来ている。急いで都内に戻る。上野で待っていた30代の青年と市ヶ谷で待っていた青年、二人ともに所持金は100円以下で野宿生活が1週間に及んでいた。「死のうと思ったが死ねなかった。死ぬ前に最後にSOSメールをだしたら、すぐ返信が来て、とても救われたんです。」生きていようね。まだまだ人生これからだし、もう独りじゃない。何回も何回も声をかけた。来週になるが生活保護申請に同行してアパート入居を目指す。終了時間は今日も22時を過ぎていた。

●2021/4/6 ZOOM学習会「日常の崩壊と絶え間ないSOS」

4月6日(火)

❶今日の朝は新横浜で迎えました。9年間通い続けたパルシステム神奈川本部で開催された組合員ZOOM学習会「日常の崩壊と絶え間ないSOS」組合員さんを中心に120名が参加頂いたようです。会場として使用した2階の会議室で設営準備してくれた職員たちは、2001年~2009年にけんぽく生協と生協ゆいが組織合同直後の混迷した時期に、当時の事業本部長だった私の「迷ったら組合員に学べ!」「委託配送会社に丸投げするな!指示するのではなくトラックに一緒に同乗して組合員さんに声をかけよう!」の方針に共感しつつも文句を言いながらも一緒に夜遅くまで頑張ってくれた当時20代の職員たちです。共済キャンペーン中は配送担当が帰ってくれたら炊き出し飯が待っている。昔も今も行動スタイルは変わっていないんです。「現場にしか事実はない!」でも当時から怒られてました。「全然本部にいないのは問題です。本部長の仕事をしてくださいよ。」直す事が今でも苦手です。言葉も変わっていません。ひとり苦闘して悩む配送職員に「独りじゃないよ!」横浜マリノスではなく弱小の横浜FCの三ツ沢での試合に、悩める職員を連れていき、負け続ける横浜FCの選手のボロボロの雄姿を観ながら「これからだよ。ぼちぼちやろうな」。このマインドは不変です。
今日は20代の時に本当に生活面でもお世話になった、けんぽく生協時代の理事長、中村洋子さんも参加してくれていてチャットで励ましのメッセージを贈ってくれていたようです。ぜひ会いにいきたいです。何回も何回も泊めてくれて貧乏な頃の私にご飯を食べさせてくれてありがとう。病院に運ばれた時にもアパートに駆けつけてくれた事は今でも忘れていませんよ。
❷お昼には、FOEJapanの満田夏花さんに合流頂いて、パルシステム神奈川の環境政策担当理事と担当職員との懇談をおこないました。原発事故以降の原発事故被害者救済運動に参加するきっかけを頂いて以降、一緒に活動してきた同志です。たくさんの事を学んできました。昨年2月のコロナ感染拡大以降、多くの脱原発と被害者救済イベントの中止、福島現地の皆さんとの交流の縮小が続きました。今日の懇談でも話題となりましたが、甲状腺市民健診や保養活動も多くの生協で中止になっていて今後の存続も厳しくなっています。原発事故10年が経過して、健診も保養も必要性について意見が別れているようです。市民団体は経済的な問題、支援スタッフの高齢化などで活動継続が困難になっている団体が多いようです、コロナで復興支援員の戸別訪問もされなくなり、交流会も縮小・中止、被害者や避難者は孤立を深めているようです。多くの避難者たちが自立した生活を送る一方で孤立し困窮している。健康不安を抱える被害者 FOEJapanの矢野さんたちが取り組んでいる保養活動の「ぽかぽかプロジェクト」では活動を再開しています。保養に参加希望する家族が増えているのです。FOEJapanは原発問題だけでなく、気候変動や森林保全や開発金融など環境問題など活動は多岐に渡ります。原発事故から10年「福島を忘れない」で終わるのでなく、取り残された被害者が存在するのだから活動の歩みを止めてはいけません。私自身も「反貧困運動と困窮者支援」が多忙過ぎて、原発事故被害者や避難者問題に充分取り組めていません。満田さんたちFOEJapanの活動を応援し、どんどん繋ぎ、関わり続けたいと思います。
Facebookでは詳しく触れていませんが、私自身は、多くの福島出身の相談者と出会い、県外避難者のSOSにも対応しています。明日も満田さんと一緒に他の会員生協を訪問します。
➌夜は新宿駅西口で2人の男性のSOSを続けて対応しました。2人ともに若く同じくホテルマン、Aさんは福島のホテルを雇い止め、Bさんは、コロナ陽性で長期休養が迫られ、都内のホテルから解雇されたのです。酷すぎます。こんな事が許されていいのか!ユニオン労組に相談してみます。しかしコロナの長期化で宿泊業界も厳しい状況に置かれています。とりあえず野宿生活を続けられません。今日からの宿泊費と食費をお渡しして、生活保護申請に同行してアパート入居を目指します。

●2021/4/5「練馬住民連帯-反貧困練馬」がつくれたらいいな~

4月5日(月)
❶昨日の反貧困ネットワークのロングランイベントの疲れが残るなか、今週も福祉事務所での生活保護申請同行です。最近は男性相談者のすっぽかしが多いので、事前に何回も連絡して今日は会えました。逃げてきた職場は個人経営で作業スペースに監視カメラがついていて長時間労働の超ブラック状態、寮から退去してネットカフェで繋いでいたが、野宿生活となり、私たちと繋がった。無事に申請受理されて今晩からビジネスホテル、アパート入居を目指します。
❷夜は「吹っ飛ばそう!貧困in練馬実行委員会」です。地元練馬区で楽しく、お世話になり続けている「生活者ネット」の区議会議員のやないさんが言い出しっぺとつなぎ役と事務局を引き受けてくださり、今晩は練馬区の市民運動の有志が集まりました。5月23日(日)に食料配布&相談会を開催する事を確認しました。これから公園使用許可申請にはいります。昨日の反貧困ネットワーク新宿デモの時にもコロナの犠牲となった音楽ユニット「ALBA/TOROS」にライブしてもらいました。単なる相談会でなく「反貧困文化祭&寄り場」のような空間をつくりたいですね。練馬区で活動する反貧困関連の諸団体や居場所、子ども食堂やフードバンクなどの団体だけでなく、生協やJA、そして社協や生活保護担当部局にも呼び掛けて「練馬住民連帯-反貧困練馬」がつくれたらいいな~と思います。とりあえずはじめる事から、2週間に1度の実行委員会がはじまりました。

●2021/4/4(2)全国集会2021 希望に向けてディスカッション

4月4日(日)❷
新宿デモ終了後は反貧困ネットワークの全国集会2021「生きてくれ-コロナと貧困」を新宿文化センターで開催、コロナ定員105人で予約制の制約のなかでの開催となった。
❶反貧困ネットワークは、3月31日に「一般社団法人反貧困ネットワーク設立総会」をおこない、ネットワーク運動をつうじた社会的可視化の運動だけでなく、経済的弱者をささえあいの精神で支えあう「社会運動としての連帯協働組織」へと新たな一歩を歩みだした。集会の冒頭に代表世話人から理事長となった宇都宮健児さんが決意表明をおこなった。
❷セッション1は新型コロナ災害緊急アクションの取り組みを私と、外国人支援に取り組む移住連の稲葉奈々子さん(反貧困ネットワーク)から報告、在留資格がないことで、人間扱いされない不平等の中での外国人支援に取り組む現状を報告した。奈々子さんの報告の結びを共有したい。「法律のほうが間違っていることもある!良心に照らして、法律のほうがおかしいときには、市民はそれに従わないことが、市民の義務だ、という考え方がある。
・ガンジーも、サフラジェット(イギリスの女性参政権運動の担い手)も、公民権運動を担ったアメリカ黒人たちも、キング牧師も、マンデラも、皆、「間違っている」と考える法律に従わなかった。つまり「違法」なことをやった。でもそれは「正統」な主張だった。こうした運動の上に、現在の人権は成立している。
➌2008年末年始の年越し派遣村の時と大きく違う点は、集中型の相談会や炊き出しでなく、地域単位で相談会がおこなわれた事だ。今日の報告でも群馬・三多摩・千葉・埼玉のクルド人相談会の報告がおこなわれた。女性相談会では、2日間で122件の相談があり、50代が最も多く、次いで40代、30代、20代だった。今どんなことに困っているかという質問で最も多かったのは「仕事」、次に「心と体」、そして「家庭・家族」「ハラスメント・いじめ」と続いた。生活保護の申請を希望する人も複数いた。具体的には、以下のような相談が寄せられた。!地域で貧困問題に取り組む団体や自治体議員と連携、社協や市長も巻き込んだ事例も報告、一方で止まらない「生活保護申請時の追い返し」粘り強く申請同行をおこなっている状況が現在も続いている。
➌しんぐるまざーずふおーらむの赤石理事長の報告「自分のご飯は2日に一度にしている。
自分の食事は子供達の残り物、もしくは食べずにいる。」「公園の飲み水を使う。トイレも出来るだけ、外のトイレを使う。外出してないので入浴を2日に一度にし、水道光熱費を少しでもかからないようにしている。」非正規で賃金が安い。子育てを1人で担っている。十分な社会保障がないなどの平常時の不利に、飲食、サービス業などの時短非正規で仕事が減少などコロナ禍の不利が重なり、シングルマザーの7割がコロナによる雇用・収入に影響があったという。しんぐるまざーずふおーらむでは、「だいじょうぶだよ!プロジェクトを取り組み。お米、パッケージ、肉や野菜、お菓子をのべ22000世帯に届けるだけでなく、ふたり親含む、低所得子育て世帯への給付金を超党派議員に働きかけ政府を動かしている。見習いたい。
❹今日のシンポのもうひとつのポイントは、公共サービスの担い手の多くが、雇用の非正規化であり,ワーキングプア化している実態だった。正規の公務員と異なり,非正規公務員には法制度上の保護も代償措置もない。短期契約を繰り返しながら働く非正規の公務員驚く程の低賃金、自立支援現場の疲弊状況が報告された。相談者の方々より少しマシ…程度のワーキングプアな私たちが、夢や希望を持ち諦めない、というメッセージを送ることは難しい。困窮者ニーズに寄り添うように心がけても、住居確保給付金の受付が過重になり、困窮者自立支援ではなくなっている。相談支援員が「相談者」と審査機関である「市」との板挟みになり、相談者に理不尽に叱られて、ノイローゼ状態になる場合も多い。私たち自身が福祉の相談現場の現状を共有し、連帯していくかが問われている。
❺セッション③は希望に向けた討論は、友人でもある韓国の住民連帯運動の活動家であるカンネヨンさんからの報告だ。住民連帯運動を通じた「横の連帯構築」は公や自治体を巻き込み、社会的政治的影響力の拡大に繋げ、福祉や政治を変えていく実践、これこそ法人化した反貧困ネットワークが果たす役割であると再確認、課題別の運動を繋ぎ、運動や事業の共同化・連帯化をはかり、公との連携をはかる力をつくる事だ。明日、私の地元である練馬区で地域連携の反貧困運動の話し合いがおこなわれる。カンネヨンさんの活動拠点だったカナック住民連帯の「反貧困特別委員会」私の課題は決まった。

 

 


●2021/4/4(1)150人で新宿の街をサウンドデモ

4月4日(日)❶
今日は反貧困ネットワークの全国集会2021「生きてくれ-コロナと貧困」を15時30分から開催する。昨年3月以降、反貧困ネットワークが呼びかけた「新型コロナ災害緊急アクション」、「反貧困緊急ささえあい基金」の取組みをつうじて、多、現場での駆けつけ支援、いのちを繋ぐ取組みを続けてきた。本来は「公助」がもっと機能していれば救える事ができたのに、自己責任社会にもと「自助」ばかりが強調され、コロナで、仕事や住まいを失った
人々が路上に溢れた。「ささえあい基金」の給付でとりあえずの給付で繋ぎ、生活保護申請に同行して、丸投げともいえる施設入所強要を拒否してアパート入居を実現してきた。公的支援を受けれない外国人への生活支援、医療支援、シェルターも開設して、いのちと住まいを繋ぐ。このような外国人の生存権は現段階でも放置されている。
私たちは「共助」をおこない続けるが、本来は「政治の責任」であり「公助の責任」だ。これ以上の「福祉が人を殺す」事態は許されない。私たちは「ささえあう」だけではいけない。困窮者支援の現場の事実から、デモで路上から声をあげよう。「政府は責任を果たせ!」「福祉が人を殺すな!」反貧困ネットワークとしては2012年以降のデモだった。立ちあがろう!
●集会の冒頭は、音楽ユニット「ALBA/TOROS」メンバーの仲地さんからSOSを受けて駆けつけた、ライブの観客が減り始めた昨年2月以降、仕事が減り、この1年の収入は以前の1割になった。実家から食品を送ってもらうなどしてしのいできたが、音楽活動に必要なネット費用も払えなくなる寸前だった。お会いした時にYouTubeで聞かせてもらった。魂に響いた。「壊せ、そして、未来へつなげ 生きること諦めてんじゃねぇ―。」さっそく出演依頼した。繋がろうぜ!
●約150人がサウンドカーを先頭に新宿駅周辺を1時間にわたってデモ行進した。切実な言葉が目を引いた。またコールも楽しくも切実だ。「生きさせろ」「お金をよこせ」「住まいをよこせ」「携帯よこせ!」「外国人の生存権守れ!」長時間のデモで疲れたけれどまたやろう!声をあげよう。

●2021/4/2 邦衛さんは天国で親父と再会しているに違いない

4月2日(金)
❶今日の生活保護申請もすっぽかし、事前に何回も電話連絡しても音信不通、SOSに駆けつけた時には困難な精神疾患を抱えていて、事前に疾患の症状と民間での対処方法事例を勉強していた。疾患の症状は無料低額宿泊所の集団生活では他者からのいじめを受けやすいと聞いていた。信頼できる相談員と保健士さんがいる福祉事務所を選択していたのに本当に残念だった。彼は狭いネットカフェの天井を見上げて何を思っているのだろう。精神疾患が本当であれば、また連絡してほしい。ひとりで生きるにはあまりに冷たい社会だから!
❷夕方は上野駅からのSOS、三多摩地域の小さな代理店で店長代理として頑張ってきたが、過酷な労働環境と職場内に設置された監視カメラ、逃げ出すように仕事を辞めたが、コロナで仕事が見つからずに所持金が60円、来週早々に生活保護申請に同行する。
➌夜は反貧困ネットワークで運営するシェルター「ささあいハウス」に向かう。「泪橋ホール」で次々と入居者と面談、シェルター入居者の横の繋がりが深まっていてお互いを励ましあう。元コンビニ店長のTさんのアパート入居が明日なので餃子を食べながらのお祝い、泪橋が舞台のあしたのジョーを流す。「生きていく自信がない」とSOSをくれたK君にもシェルター入居中にも気にかけてくれた。多田さんは毎日弁当を届けてくれていたと聞いた。K君は「こんな仕事がしたいのです。」と相談してくれた。泪橋の住人たちの「支えあい」で小さな奇跡が起きつつある。その後も入居している外国人の方の生活支援の相談が続いている。入居している外国人は、就労資格がないので収入が無い。定期的に訪問する事は定期的に給付して命を繋いでいる事、出口がない支援、お金を渡す支援が続く。お金を渡すだけでない支援を考え続ける。とりあえず「寄り場」をつくる事を最優先したい。
❹田中邦衛さんが亡くなった。邦衛さんは親父が制作に関わった「若者たち」の5人兄弟の長男、太郎役を演じた。親父とも交流があった。天国で今頃、再会しているに違いない。泪橋ホールで親父の映画「襤褸の旗」を少し流してもらった。映画会をやろうと多田さんがいってくれた。

●2021/4/1 「ささえあいハウス」元ホストのK君の近況確認

4月1日(木)
❶反貧困ネットワークのシェルター「ささえあいハウス」で入居してい元ホストのK君の近況確認、「生きていく自信がない」とSOSを受けて以降、丁寧に見守り続けてきた。先週のシェルター入居で「ビジネスホテルで天井を見上げるだけの死にたくなる孤独」をこれ以上続けてはいけないと「ささえあいハウス」に迎え入れた。ハウスの住人と涙橋ホールの多田さんの優しさと手作りの餃子とカレーライス、2カ月間、1度も見せる事がなかった笑顔と、ガムとゼリーでしか栄養をとれなかったK君の顔色が健康的になっていた。今日は、シェルターの住人である元コンビニ店長のSさんが明日のアパート入居を控えて、近くにある企業組合あうんで家具什器選び、待ち合わせていた昨日の社団法人反貧困ネットワークの理事に着任した大塚さん、ビアンカさん、原さんを連れてあうんに向かった。
❷今日の夜は、企業組合あうんが中心となって設立した「一般社団法人あじいる」と反貧困ネットワークの合同会議です。アジールはフランス語で「自由領域」「避難所」「無縁所」という意味。様々な縁と切り離された人々が、ここで新しい縁を築き上げよう。もう一度仲間と共に胸を張って生きる場を作っていこう。そんな思いでつながった仲間たちと立ち上げた団体です。2019年、フードバンクと隅田川医療相談会を統合して、非営利団体の「一般社団法人あじいる」として出発、当事者を真ん中に、支援、被支援の関係ではない組織作り、他団体とのネットワークを強化して、貧困問題を社会的に発信しています。
➌反貧困ネットワークのシェルター「ささえあいハウス」を山谷泪橋に設置、多くの住人が公的支援も受ける事もできず、住まいからも追い出されている外国人を中心とした緊急宿泊先として位置づけました。住人である外国人のひとりひとりが深刻な困難を抱えています。共通している事は、「医療」「経済的困窮」「孤独」「在留資格」単なる住居提供では困難は解決できない事が身を持って体験、反貧困ネットワークだけでは問題解決できないのです。医療では日本の公的医療から排除されてきた彼らを「あじいる」の皆さんが地域の病院に連れていって頂き、見守って頂いています。「在留資格」問題では反貧困ネットワークの原さん、稲葉さんがビザの状態や入管の意思を確認しながら同行支援を続けています。日々の安否を確認してくれている管理人の内山さん、孤独に陥らないように「あじいる」の共同作業日に誘ったり、地域での支えあいが不可欠なのです。
★「反貧困緊急ささえあい基金」で4000万円、延べ1250世帯のいのちを給付金で繋いできましたが、給付金を渡すだけでは解決できない「住まい」「医療」「食」「寄り場」を地域の住民連帯でつくりだす為に、今後、月1回のペースで「合同会議」を開催して具体化していきます。方針化している「困窮している外国人を対象とした共配型フードバンク」や企業組合あうんで取り組んでいる「ソーシャルファーム=自律的な経済活動を行いながら、就労に困難を抱える方が、必要なサポートを受け、他の従業員と共に働いている社会的企業」も検討課題としていきます。

●2021/3/31 「一般社団法人反貧困ネットワーク総会」を開催

3月31日(水)
今日の夜に、反貧困ネットワークの「一般社団法人化」への設立総会が行われるので、事務局長の役割責任である設立総会の議案書を昨晩から朝時にかけて書き上げて完成させた。今日は午前の福祉事務所の生保申請同行はない。
❶午後から昨年秋にSOSを受けて駆けつけた20代女性Mさんを連れて、信頼するメンタルクリニックを訪問した、昨年秋に出会って現在まで精神サポートを継続している。生保は利用しているが、福祉事務所が提供した施設がMさんの「生きづらさ」の困難に対応できる場所ではなく、現在までMさんが安心できる場所で住む場所を探し、現在に至っている。その安心できる場所も居住期限は夏が来るまで、一生懸命に生きてきたけれど次に安心できる場所とひとりぼっちにならずに「生きる力」が作れるように、信頼できるクリニックの窓を一緒に叩いた。クリニックの先生の「オープンダイアログの精神療法」大切にされるのは、Mさんががいま話したいことを尊重することで、ゆっくりゆっくり傷ついてきたMさんの心をほぐす。暫く一緒に通い続ける事としました。「ゆっくりゆっくり歩いていけばいいよ。」
❷夜は「一般社団法人反貧困ネットワーク総会」を開催しました。反貧困ネットワークは、人間らしい生活と労働の保障を実現し、貧困問題を社会的・政治的に解決することを目的として2007年10月に設立しました。様々な分野や社会的な立場の「個別領域」を乗り越えて、それぞれの団体・個人が相互に連携し協力し合い貧困という大きな問題を解決するがために発足した経緯を持っています。新型コロナウイルス感染拡大で一挙に噴出した壮絶な社会の貧困状態で、ひとりひとりが経済的貧困と孤独と孤立で「死にたくなる」「死んでしまう」状況に追い込まれています。苦しみや悲しみを分かちあい、支えあう事で「生きていく力」に変えていく事、その為に「繋がりあい、支えあう事業」づくり「当事者が協働する事業」を本格的に開始する事にしました。
本日採用した、会計担当スタッフは、先日、緊急アクションのSOSで駆けつけた会計実務の有資格者の女性です。コロナ禍で真っ先に切り捨てられた女性たちが多くいます。多くの非正規の若者たちがアパートも借りれずにネットカフェで漂流してコロナで路上から悲鳴をあげている現実、私たちは、これからも路上からの悲鳴に駆けつけ、いのちを繋ぎます。給付金で生活を繋ぎ、公的支援に繋ぐだけでなく、その先も孤立する事なく、多くの傷ついた当事者の皆さんと一緒に支えあい、分かち合い協働する場づくりをすすめます。「生きていく事は良い事もたくさんあるんだ、」私たちは現場から社会を変えていきます。これからもよろしくお願いいたします。
(設立趣意書抜粋)
反貧困ネットワークは、人間らしい生活と労働の保障を実現し、貧困問題を社会的・政治的に解決することを目的として2007年10月に設立しました。新型コロナウイルス感染症の拡大のなか、「新型コロナ災害緊急アクション」を貧困格差に取り組む市民団体、NPO、労働組合に広く呼びかけ設立、「反貧困緊急ささえあい基金」を緊急アクションに参画する42団体で共同利用して、仕事や住まいを失った人々や、日常生活が困難に陥った人々、日本国籍を持たない人々への駆けつけ支援を通じて、いのちを繋いできました。1月の緊急事態宣言再発令以降、住まいから追い出された若者たちが再び急増しています。「死にたくないけど死んでしまう。」から「死のうと思ったが死ねなかった。」明らかに路上からの叫びが変わってきています。このような状況に何故、至ってしまうのか、困っている時に福祉の窓口に行った時に冷たくされて助けてもらう事も許されない。「福祉が人を殺す」こんな事態が今日も全国のあちこちで起きています。
そのような状況下で、私たちは任意団体でゆるやかなネットワークから「一般社団法人反貧困ネットワーク」として新たな一歩を歩みだします。「一般社団法人」に変わることで、ネットワーク運動をつうじた社会的可視化の運動だけでなく、ささえあいの精神で支えあう、事業をすすめることができます。新自由主義の被害者である当事者が、主体者として参画した「社会運動としての連帯協同組織」をつくり、協同互助の精神に基づき、生活困窮者に対する各種支援事業を行います。「個別」領域でなく、相互連携での社会運動ネットワークづくりを強め、「貧困問題を社会的・政治的に解決する」活動と事業をつうじて、これからも社会に貢献していく事としました。

●2021/3/30 孤立からの脱却、事例を増やしていきたい

3月30日(火)
❶今日も福祉事務所での生活保護申請からスタートです。何と昨日に引き続き脱法シェアハウス被害者の案件です。相談者は20代の男性Gさん、地方から上京して幾つかのシェアハウスやドミトリーを転々としながらアルバイト生活を続けてきた。しかしコロナの影響で、働く居酒屋のシフトに殆ど入れずにいる。月2万円の収入が精一杯、先週にSOSを受けた時に、働きながら、生活保護で生活に不足する費用を組み合わせていこうと提案して今日に至った。そういう訳で、シェアハウス問題で福祉事務所に相談にいった訳ではない。しかし居所があり生活保護申請した場合、アパートの賃貸借契約書の確認をおこなう場合が多い。Gさんが見せてくれた契約書は、契約書とは呼べない内容だった。①貸主の住所も連絡先が記載されていない(LINEで連絡をとるらしい)②建物所在が記載されていない③賃料は記載金額と実際は違う(ドミトリータイプで二段ベッドなどで半額以下)④居住占有スペースが不明④家賃滞納1カ月で退去 甲乙で押印されているので契約は成立しているが問題が多い。生活保護の住宅扶助費の必要㎡より狭い。ケースワーカーさんと協議して生活保護は受理し迅速に保護費支給はすすめるが、早期のアパート転居を一時扶助費を利用して、すすめていく事を確認した。地方からでてきて高額な入居費用が準備できない非正規の若者たちが、ネットカフェや脱法ハウスなど住居とは思えない場所で暮らすしかなきょじい実態が次々と明らかになっている。居住貧困にあえぐ若者たちへの公的住宅の提供や、初期費用補助や家賃補助、脱法ハウスの規制など、政策提起が必要であると痛切に思う。
❷午後からは自立生活サポートセンターもやいで2名の相談者のアパート入居の面談、居住支援コーディネーターの土田さんが丁寧に聞き取りをおこなう。とても嬉しかった事は1名の青年が、ワーカーズコープの常勤職員として就職が決まった事。少しずつではあるが、二回に渡るワーカーズコープと共催している「仕事づくり、仕事探し交流会」を通じて、私がSOSを受けて対応した「住まいと仕事を失った若者たち」が協同労働の現場で働く事が決まっている事だ。生活保護の利用期間を上手に活用して「就労ケア」をおこない、仲間として職場に迎える。SOSから生活保護申請からアパート入居まで、問題はその先からの孤立が心配なのだ。仕事づくり、仕事さがしをつうじた仲間づくり。孤立からの脱却、少しずつでも事例を増やしていきたい。

●2021/3/29 今週も生活保護申請同行からスタート

3月29日(月)
❶今週も福祉事務所での生活保護申請同行からスタートです。信頼できる**福祉事務所に20代女性のNさんの申請同行、脱法シェアハウスから先週木曜に一緒に脱出してビジネスホテルに宿泊支援して今日に至った。賃貸契約を締結する事なく、分譲マンションの1室を6部屋に区切り、4畳もない部屋に押し込み、社員として偽装させ社員寮として入居させ、管理人や近隣住民として接触させない。部屋には窓もなく消防法違反、このような脱法シェアハウスが首都圏で広がっている。Nさんは無事に申請受理されて今日から区が提供した個室アパートに居住してアパート転宅に向けて一歩を踏み出す。
❷午後からは新宿にあるTOKYOチャレンジネットに向かい、先週、SOS対応した女性Sさんの一時利用住宅入居に向けた同行交渉をおこなった。コロナの影響で事務職を雇止めされて、家賃滞納で追い出された。止む無く性風俗の仕事で命を繋いできたが、緊急事態宣言の影響で来店者が激減、転々としていた宿泊先のホテルに泊まるお金が尽きて給付支援をおこなった。緊急事態宣言が解除されて少しずつ来店者が戻ってきた。チャレンジネットの一時利用住宅制度(3カ月)は、就労中、または介護職就職により自立した生活を目指していて、東京都内での生活実態がある方は、支援の対象となる。Sさんは就労しているが、店から賃金明細が発行されず、現金手渡しである事から、一時利用住宅の利用証明が難しい事から、同行して交渉する事にした。相談員の配慮ある対応で無事に明後日から入居できる事となった。Sさんは、なるべく早く昼間の仕事に戻れるようにしたいと話してくれた。
➌今日は同時並行で、対応していた案件があった。連携支援団体からの支援要請だった。都内**区の福祉事務所で生保申請を一人でおこなった30代の男性、生保決定通知が下りるまで、郊外の無料低額宿泊所に入所させられた。劣悪な環境に抗議したらしい。今日は**福祉に呼ばれる。再度、区内の無料低額宿泊所に入所させられる可能性が高いが、どうしたら良いかとの相談だった。本来は生保を利用する権利と無低の入所は全く関係がない。
「生保利用の条件が無低入所である。」と言われたら拒否して私に連絡してほしい。今日から反貧困ネットワークのシェルターでアパート転居まで住まいを確保するとケースワーカーに伝えてほしいと!予想どおりケースワーカーは「無低に入所してほしい。反貧困ネットワークのシェルターなんか聞いた事はない。貧困ビジネスなんじゃないか」と言い放つ。この段階で電話を代わってもらいケースワーカーに直接説明した。「代表は元日弁連会長の宇都宮健児さん、事務局長は私だ。」ケースワーカーは態度を一変させ、アパート入居までのシェルター入居をあっさり認めた。今日からシェルターに宿泊している。
❹反貧困ネットワークの事務所に戻り。「実務担当者会議」を開催、法人事業体へ4月から移行するに当たり、実務担当者が集まり、週単位での生保申請同行者のその後のアパート入居までの進捗状況を共有、携帯電話がない方への「つながる携帯」の貸与、入居までの段取り、シェルター入居者の自立までの進捗把握、外国人入居者の在留資格状態や健康状態など個別支援計画の共有をおこなう。法人化に向けた諸規程の整備、法人定款登記までの行程確認、4月4日開催の「反貧困ネットワーク全国集会」の準備含めて、課題は盛りだくさん!
19時からは外国人支援担当の原文次郎さんと一緒に、入管収容問題を考えるショーシャルワーカーネットワーク主催の「非正規滞在外国人の人権を考える~新型コロナ緊急アクションの現場から~」のZOOM講演を務めるが講演中も横浜から、新大久保からのSOSメールが続く。緊急対応が必要だ。夜はゆっくりできない。こんな生活が1年続いている。
❺21時30分に向かった新大久保からのSOSでお会いした30代のYさん、3月22日に**福祉でひとりで生活保護申請したが無低の五人部屋に強引にサインさせられ入所、タコ部屋状態で日曜日に逃げてきた。 まだ生活保護決定通知決定も連絡はない、明日に**福祉事務所に生保取り下げを連絡して週末に生保申請同行してアパート入居を目指す。
政府は国会で「生活保護は権利です。ぜひ利用してください。」と言う。しかし福祉事務所の現場では「追い返し」と「無低や施設に入所しないと生活保護申請は受理しない。」福祉が人を殺す。厚労大臣は私の支援現場に同行して現実を直視してほしい。現場は改善どころか泥沼状態なのだ。

●2021/3/27 「さようなら原発首都圏集会」デモに参加

3月27日(土)

❶今日は日比谷公園野外音楽堂で「さようなら原発首都圏集会」が開催されている。主催はさようなら原発1000万人アクション、10万人が代々木公園に集まった全国集会で、武藤類子さんの感動的スピーチを聞いて以降は欠かさず参加、2014年からは実行委員会メンバーとして集会運営にも関わってきた。しかしコロナウイルス感染拡大以降、休む事もままならない困窮者支援で関わる事ができなくなった。現場支援活動が本格化するのは午後から21時過ぎまで、今日は疲れの回復のために、集会参加断念しようと考えたが、やっぱり原発反対の仲間たちに会いたいと思い、デモの途中から参加した。解散地点で多くの仲間たちが声をかけてくれる。ひとりひとりの笑顔がとても優しい。また「さようなら原発」の運動に戻りたい。原発事故被害者の切り捨ては続いている。

❷デモに向かう途中の車中でもデモの途中でもSOSメールが次々と届く。今日助けにきてほしいとの直電が入る。1年間続いている。解散地点近くの交通会館内の椅子でメールを次々と返信した。赤坂から、関内から、新大久保からSOSの悲鳴が止まらなかった。今日のSOSでお会いしたのは全員が20代だった。
➌赤坂見附駅で出会った青年、九州の出身、離婚後に転々としながら建設業で寮暮らししていたがコロナで失職!住まいも追われた。月曜日にで寮付き派遣の仕事が決まるかも知れない。駄目だったら生活保護申請するしかないとの事、「別れた女性と一緒に暮らす子どもの養育費だけは稼ぎたい。ちゃんと会えるようになりたいんです。」普段は「頑張れ!」と言わない支援だが、今日だけは「頑張ってね。」といった。
❹赤坂から東池袋中央公園のTENOHASHIの食糧配布相談会に向かった。340人が参加したと聞いた。その場でSOSを受けた20代の女性とお会いした。以前から相談を受けてきた。IT企業で働くが収入が半減してしまい、家賃が支払えない。緊急給付をおこなうと同時に今より安いアパート転居の段取りの打ち合わせ、入居費用をビッグイシューの「おうちプロジェクト」を利用できるように協力していく。
❺新大久保では20代の青年が待っていた。20代の真面目なS君は、精神的困難を抱えていた。困難な病のせいで集団生活でいじめられ続けてきたという。現在の福祉制度では障害者手帳を所持していない困難を抱える人々が、真っ先に社会から切り捨てられてしまう。施設入所でなく、個室で暮らせるよう治療含めてケースワーカーや保険士がしっかり対応してくれる福祉事務所で生活保護申請に同行する。もう独りじゃない。
❻次のSOSは、川崎市内だ。到着は22時近くになった。反貧困ネットワークの神奈川支援担当で毎日にように奔走させてしまっている杉浦幹さんも現地で合流してくれた。待っていた20代の青年は所持金はゼロ円、コロナで仕事を失いネットカフェで暮らす。ガソリンスタンドでバイトしていて、4月15日からアパートが決まっていて初期費用払ったら所持金なくなってしまった。次の給料までの命を繋いだ。今日の帰宅時間は24時を過ぎていた。止まらないSOS、首都圏のあちこちで20代の若者たちの悲鳴が続いている。

●2021/3/26 夜は女性からのSOSが連続した

3月26日(金)

❶午後から池袋のビジネスホテルに2名の相談者、上野で1名の相談者を車で迎えにいき、反貧困ネットワークが運営している個室シェルター「ささえあいハウス」に向かった。

池袋の2名はいずれも、1月にSOSの駆けつけ支援をおこない、生活保護申請同行してアパート探しをすすめてきた。しかし、依頼していた不動産屋の担当が病気で倒れてしまい行程が遅れてしまい、生保申請受理日から2か月が経過した今日、ビジネスホテルを契約期間満了で退去、アパート入居日までは反貧困ネットワークが運営している個室シェルター「ささえあいハウス」で居住に責任を持つ事にしました。2名は既に友達になっていたようで、勝手に支えあっていました。当事者同士のつながりは凄いんです。A君はコンビニ店長を雇止めにあい、B君は建設職人で仕事を失い、神奈川県の大和市で「水際作戦」で追い返されて私にSOSが届いた。辛い経験を持つ二人が助け合っていたのです。
★上野のビジネスホテルで迎えた「生きていく自信がない」とメールが来て駆けつけた20代の青年K君も今日でビジネスホテルの契約期間満了、毎週会いに行き「死にたくても死ねなかった。」傷つき過ぎた心の回復に向けて対話を続けてきた。最大の困難は「孤独」ビジネスホテルの小さな部屋の天井だけを見つめていても希望は開けない。今日から、私たちのシェルターで暮らす事で、「独りぼっちじゃない空間」「貧乏だけど幸せな瞬間がたくさんある体験と仲間たち」がある場所への階段を登る事とした。シェルターに到着してすぐ近くにある「泪橋ホール」に行ったら、シェルターの住人たちが集まってきた。ブラジルやインドの住人もやってきた。いつも笑顔で迎えてくれるオーナーの多田さんに癒され、励まされる。嬉しい事があった、全くご飯が食べれないK君が、おかしい仲間たちとの会話に加わり、自分の辛かった経験を語り、多田さんの餃子や内山さんがご馳走したカレーを美味しそうに食べたんだ。ガムとゼリーしか食べれなかったのに、そして、出会って2カ月間、笑った事がないK君が笑ってくれた、本当に嬉しかった。これからも一歩ずつ歩いていこう。もう独りじゃないんだよ!「優しい時間と優しい仲間に溢れている。」
❷夜は女性からのSOSが連続した。三多摩地域の女性に会いにいった。所持金2000円一昨日から連絡があり、会って相談したいという。コロナ前まではゼネコン業界の契約社員で働いていたが、非正規ゆえに真っ先に雇止めされてアパートも家賃滞納で強制退去されて、現在はネカフェ暮らしを繰り返しながら風俗店で働くがコロナで客が途絶えた。その日にならないと収入が解らないその日暮らし、でも簡単に仕事を捨てられない。TOKYOチャレンジネット、おうちプロジェクト、いくつかの選択肢を考えながら、住まいの確保の方向性を定めていく事に協力していく。
➌2人目は東京タワーが見える都心の街へ、一人目と同じく40代の女性、所持金200円、コロナで会計事務の仕事を雇止めされた。数日後に電気、水道が止められる。家賃未払いで4月中旬に強制退去が迫られる切羽詰まった状況だ。居住地である**区に生活保護の相談にいったら「働けるのだから」と言われ追い返されたという。住居追い出しが迫っている事から。退去後の住まいの確保方針、生活保護の申請同行場所と時期の打ち合わせ、会計実務のスキルも高いので職務経歴書を送付してもらい、仕事づくりも協力できる。継続して支援して、生活再建に向けて継続して応援していこう。

●2021/3/24 本当にゆっくりゆっくり歩いていこう

3月24日(水)
❶何と今日も午前の生活保護申請同行、福祉事務所前で待つが相談者の男性、約束の時間に現れない。これで直前キャンセル、ドタキャンが3日連続です。今日の相談者は昨晩も連絡をとりあっていた。でも待ち合わせ1時間前から何回も電話しても電話に出ない。嫌な予感がしても引き返せない。待ち合わせ時間を45分過ぎても現れないので撤収、救いだったのは、撤収直後に「寝坊しちゃいました」メール、今日も他の若い男性相談者にアパート契約の件で電話しても繋がらない。ここでも「寝ていて気付きませんでした。」メールが続く。
でもしょうがないと思う。仕事もなくお金もなくビジネスホテルやネカフェやアパートに引きこもる日々、何もする事もなく気がついたら昼夜逆転、そういえば僕らの世代だって、学生時代は、アルバイトを寝坊しまくりで転々としまくりでアパートの寝床には当時のバイブルだった「週刊アルバイトニュース」が山積みだったから、、そんな事を思い出しながら次の支援に向かう。
❷午後は「「生きていく自信がない」とメールが来て駆けつけた20代の青年Kくんと週1回の面談日、今日はゆうりんクリニックを訪問、ケースワーカーさんと相談員さんと今後のサポートについての打ち合わせ、これからも週単位で傷づいた心を回復させる。K君と出会ったのは1月初めの寒い夜過ぎて、もう暖かな春が来たんだよ。K君を乗せて走らせる車窓からの桜満開、二人で眺めた。これからも一緒に歩いていこう。本当にゆっくりゆっくり歩いていこう。

●2021/3/23 ドタキャンするのは全員男性です

3月23日(火)
❶午前の生活保護申請同行、今日もドタキャン。ドタキャンするのは全員男性です、前日まで「必ず行きます。」そんなメールが来て現地に向かったら待ち合わせ場所に来ない。連絡しても返信は来ない。時間があれば寝ているか、溜まった仕事をこなしたいですね。さすがに愚痴がこぼれます。
❷お昼から代々木総合法律事務所の林治弁護士を訪問、林さんといえば「首都圏追い出し屋対策会議」などで、「脱法ハウス」に居住し、立ち退きを迫られて困っている方々を対象に相談に乗り、悪質業者を告発するなど、住まいの貧困分野の「闘う弁護士」として最前線で活躍する。反貧困ネットワークの顧問弁護士でもある。
先週に三多摩の**市からSOSを頂いた初期費用ゼロの「シェアハウス」に入居した20代の女性Nさん、止む無く初期費用ゼロのシェアハウスに入居したが契約内容がおかしい事に気づいた。分譲マンションの1室を改造して部屋が6つに分割されている。契約内容も入居者は㈱**の社員として契約して「社員寮」と位置づけられて、マンションの管理人との接触は一切してはならないと記されている。インターホンが鳴っても、宅配などが届く予定がなければ、絶対出ないでほしいとも記されている。今日の面談でNさんが部屋の動画を見せてくれた。たったの3畳部屋、驚いたのは窓なしの部屋、震災や火事があった場合の逃げ場がない。更に驚いたことに、シェアハウスの管理会社から「お金貸します。」のメールが届く事、林弁護士は、2013年に、極端に狭いスペースに違法に人を住まわせている「違法貸しルーム」(脱法ハウス)の疑いのある物件調査を、住まいの貧困に取り組むネットワーク、国民の住まいを守る全国連絡会と実施して、国土交通省に通知を出させている。林弁護士は嘆く。「まだこのような悪質シェアハウスが増えているのか!」コロナ禍でどんどん明らかになってきている。Nさんとは、このような悪質なシェアハウスから一刻も早く退去して、私たちの支援で、生活保護を申請してアパート生活を目指そう!と確認した。可能であれば、この悪質管理会社を摘発したいと考えている。
➌法律事務所を出発して、**ビジネスホテルで先週に生保申請同行した30代の青年Yさんのフォロー面談、信頼できる福祉事務所を選択したつもりだが、Yさんは今までの数回の生保経験で全て劣悪な施設入所が強要された経験が完全にトラウマとなっていて不安を拭えない。ビジネスホテルの狭い空間、少ない貸付金での生活に圧迫感が強まる。私は励ます。」「二歩下がってもいいから三歩前に歩こう。」金曜日には保護決定が下りる見込みだ。納得できるアパート探しを始めよう。独りにはしないから!
❹ビジネスホテルを出発して、台東区にある「反貧困ネットワークシェルター:ささえあいハウス」の定期訪問、今日は入居者面談を3名おこなう。新宿駅南口で声かけしたフェルト人形アーティスト夫婦のクマさん、夫婦世帯のアパート探しは単身者アパートより時間はかかっているが、本人は絶好調!少しづつイベントが復活したり、作品を買いたい人が来訪したり、死にかかったアーティストが再び輝き始めている。千葉から入居したSさんは26に日にアパートが決まった。荒川で生保利用しているMさんもアパート探しが本格化ひている。大変なのは外国籍の3名、行方不明だったインドのPさんがふらっと登場した事に安堵、今度は黙っていなくなっちゃダメだよ!Pさん含め3名の外国籍の入居者は全員が仮放免、入管対策や医療と健康面など今後の支援計画も紆余曲折、、出口が見えないけれど「命を繋ぎ続ける」しかないと考えている。今週金曜日には何人か新たな日本人入居者を迎えるにあたって施設担当の内山さんと那須さんと打ち合わせ、原さん 早く帰っておいで!

●2021/3/22 今日の彼女は1時間、喋り続けた

3月22日(月)
今日は午前も午後も予定していた生活保護申請同行がキャンセルとなった。午後に反貧困ネットワークの事務所で4月4日に予定されている「反貧困ネットワーク全国集会」の準備作業をおこなうが全然進んでいない。夕方からはSOSに向かう。
❶都内湾岸地域で待っている50代の女性相談者に会いにいく。知り合いのジャーナリストから紹介を受けた。2019年に悪徳福祉ビジネス会社から不当にも解雇され、コロナ禍で仕事が見つからずに、以前は自分には無縁だと考えていた経済的困窮状態に陥り、生活保護を利用するに至ったという。大好きだった趣味にも通えずに孤独に陥り、精神疾患も重たくなってくる。今日の彼女は1時間、喋り続けた。人と話せる事が楽しいと笑う。途中で私が信頼する支援団体の女性にオンラインで繋ぎ、今後の方向性について一緒に考える。孤独から脱出する事で精神疾患をどこまで癒す事ができるだろうか。
❷2人目は自宅の近くにある地下鉄**駅近くの20代の青年が待っていた。所持金は60円、シェアハウスの家賃を滞納、未払い家賃を貸してほしいとのメールだったが、根本的解決にならないし、金貸し団体でもないので、お断りしたうえで青年の家に向かった。真面目で礼儀正しい青年だった。現在も、居酒屋店員で働くが給料は月2万円にしかならない。これでは家賃も払えない。今週に一緒に福祉事務所に生活保護を申請して、働きながら生活の安定化を目指す。
➌3人目は10分程の場所にある中野駅前での待ち合わせ、21時に40代の男性がベンチに座っていた。両親は彼が小さい頃に亡くなり、児童養護施設で暮らしていた。大人になって頑張って働き続けた。しかし、千葉県内の寮付き派遣で働いていたが2月で雇い止め。寮も追い出されて、千葉県K市で生活保護の相談にいったら「施設に入らないと申請受理しないと言われた。中野は面接で来ただけ土地勘も全くないという。所持金は13円、今晩は野宿を覚悟していた。K市の対応は『水際作戦』の典型例です。厚労省の通達があっても、実際の現場では、今でもこういう虚偽の情報提供や誤った対応が横行しています。「福祉が人を殺す」私たちと繋がれて良かったですね。今週、生活保護申請同行します。安心してアパート暮らしを始めましょう。

●2021/3/20 片山かおるさん 最終日の駅頭宣言に駆けつける

3月20日(土)
仕事や住まいを失った人々からのSOSを受けての現場駆けつけや福祉事務所同行や相談者のメンタルフォローが続き過ぎて、大切な大切な友人の選挙応援に駆けつける事ができないでいた。原発事故の翌年である2012年以降、原発事故被害者支援、日韓市民連帯、そしてコロナ感染症拡大に起因した困窮者支援、ずっとずっと一緒に活動してきた。3月21日(日)投開票の小金井市議会議員選挙において4期目の当選を目指す、片山かおるさん、最終日の最後の駅頭宣言に駆けつける事ができた。
●片山さんが凄いところは「ネットワーク力で課題を解決すること」ひとりで問題を解決するスーパーヒーローや指導者を好まない。少しづつの力を寄せあって課題を解決していくこと。地域を変えていくことに必要な事を教えてもらった。強い者の政治から弱者の政治へ、ただの市民が地域を変えていく。
●コロナで多くの人々が疲れきってしまった。誰にも相談できずに独りぼっちで「死にたい」と眠れない夜を過ごす人々が多くなった。もう速く歩く必要なんかない。ゆっくりゆっくり歩いていけばいいよ。でも必要なのは「分かちあうこと」片山さんが目指している政治は「分ちあう政治」なんだと思う。市民ひとりひとりが少しづつの「優しさを持ち寄って」地域を変えていく。僕は片山さんから色々な事を教えてもらった。大切な友人です。

●2021/3/19 やない克子区議・練馬の市民運動の仲間と作戦会議

3月19日(金)

❶午前は、練馬区役所の区議会控室に、やない克子区議(生活者ネットワーク)さんと練馬の市民運動の仲間たちと作戦会議、私の地元である練馬区でも困窮者支援の活動ネットワークを作ろうと意思一致、三多摩でも府中派遣村やさんきゅうハウスなどの支援団体、自治体議員や法律家ネットワークが相談会をおこない、瀬戸の地元である練馬でもやろうよと声かけしてくれたのだった。今日の作戦会議では梅雨になる前に、練馬駅前の公園で相談会を地域の団体と一緒に開催する事、反貧困文化祭のように、コロナでライブやイベントがなくなり困窮してしまったアーティストが演じる場づくりや、その後の「ささえあいのネットワークづくり」住民連帯運動のきっかけになればと思う。これから準備がはじまります。
❷午後は**福祉事務所に向かう。昨日、体調不良で今日に生活保護申請同行する予定だった30代の女性相談者がしっかり体調回復、3回目の正直で生活保護申請が受理されました。昨日まで携帯電話が繋がっていたのに、今朝の電話は公衆電話からだった。何と今朝に携帯が料金滞納で止まってしまった。携帯がないとアパート探しも求職活動も困難になる。滞納金額は6,000円、今日17時まで振り込むと復活できる。急いで6,000円をささえあい基金から追加援助して生活保護申請、都内で断トツレベルの福祉事務所、アパート探しの面談も終えて、今日からビジネスホテルに泊まる。本当に良かったね。同じ時間に同じ区の別の福祉事務所で申請同行したベトナム人女性Rさんから喜びの電話が入る。保護が決定されて今日からアパート探しを福祉事務所が一緒におこなってくれるとの事。都内の福祉事務所がみんな同じような対応をしてくれると本当にいいよね。
➌夕方に江戸川橋にあるNPO自立生活サポートセンターもやいの事務所に向かう。私が申請同行して既に生保が利用開始されている3名のアパート探しの面談立ち会い、居住支援コーディネーターの土田さんたち3名の担当職員が同時面談、ビジネスホテルの滞在期限中のアパート入居を目指します。私自身の駆けつけ支援、生保申請同行件数があまりに多いのでアパート探しはもやいさんの協力が不可欠です。ネットワーク力で支援していくしかありません。
❹今日も夜のSOSが続々と届きます。東京だけではありません。今年になって困難な相談案件が続いています。田川さんは相談メールに次々に回答しています。私は18時から新宿駅西口に自家用車を停車させて、30代の男性2名の相談対応をおこなう。二人とも30代の男性で東北出身で、既に野宿状態です。ひとりは元ホストです。最近、ホストクラブのイケメンホストが野宿に追い込まれる事例が頻発している。1年半前までは生活保護など全く無縁で生きてきた。生活保護の基本説明をおこなう。来週一緒に福祉事務所にいこう。二人ともに明日までに答えをだしてくれる、
❺20時過ぎに、電話で「助けてほしい!」と連絡をくれた50代の女性からのSOSに駆けつけたのは埼玉県近くの団地の近く、同居する家族と喧嘩して家出してしまった。所持金は12円、愛の手帳を所持している。東京から遠く離れた地域で生活保護申請に同行してほしいと頑ななのだ。希望地を聞くと、沖縄や大阪で暮らしたいという。そんな事はできないと答える。でも絶対に家に帰らないし、帰れないと抵抗される。とりあえず横浜の寿支援者交流会のオリジンが対応してくれると連絡をくれた。横浜までの交通費を渡して、明日にオリジンと一緒に対応する事を決めた。自宅に帰ったら、女性から電話が入る。「家族から帰っておいでと言われたので帰る事にしました。」本当に本当にほっとした。仮眠して地方からのSOSに返信する。猫がいて家がなくなる相談者からだ。何だか凄い「底抜け」になってきた。

●2021/3/18 シンポ「コロナ経済危機下における雇用と生存権」

3月18日(木)
❶昨日、体調不良で今日に生活保護申請同行する予定だった女性相談者、朝の出発前に電話連絡を続けたが繋がらない。心配しながらも待ち合わせの時間である10時に福祉事務所に到着、彼女は来ていない。10時20分頃に携帯電話が鳴った。今日も引き続きの体調不良、心配だったので彼女が宿泊しているネットカフェに移動して直接体調確認と食費を追加給付、3度目の正直の生活保護申請同行は明日に延期、体調回復する事を願っています。
❷午後は横浜市**区の福祉事務所に向かう。横浜市といえば3月9日神奈川区における生活保護「水際作戦」についての抗議・要請行動をおこない、二日後の3月11日、市として不適切な対応の改善を認めたうえで、改善の取り組みを開始していると聞いている。今日の相談者の生保利用中の夫婦も以前から福祉事務所の理不尽さに怒り、私に同行を依頼してきた。私自身の今日の方針は、「時系列で経緯を確認する事を基本に、対立の根本原因と責任の所在を明らかにして、事態を正常化し、適切な保護を受ける。」この事に徹した。時系列で確認してみると、**区の違法性は見当たらない。確実に言える事は、丁寧な説明ができていたのかに尽きる。複合的、複雑化してしまった問題をひとつずつ整理する。崩れた信頼関係を作りなおす時間、支援者の重要な役割のひとつなのです。
➌夜は連合会館でのシンポジウム「コロナ経済危機下における雇用と生存権~再び労働と貧困を問う」に参加して、緊急アクションの活動報告とパネルディスカッションでの討論、年末年始のコロナ村相談会、先週の女性相談会、派遣ユニオンや移住連のこの間のコロナ禍の活動を踏まえた政府・地方自治体等に対する要求と政策提言をどのように提起していくのかがポイントであった。非正規労働者を正社員より先に人員削減やシフト減の対象としてよい事などコロナ禍で当たり前になっている。正社員と平等に非正規労働者にも整理解雇法理を適用して保護する政策、休業補償の充実支援など労働分野の政策提起、緊急アクションでは労働分野との連携が弱いので、今後は連携を強めていきたい。介護の資格訓練だけではダメで、仕事の創出・提供・調達と失業対策事業、伊丹ワーカーズコープの就職斡旋例や、労働組合の労働者供給事業の活用も、法人反貧困ネットワークの重点課題として調査をすすめていこう。エープラスの吉祥さんも強調していたけれど、困窮状態にある方に「現金給付」住まいのない方に「住宅支援」もっともっとシンプルでタイムリーな支援を!
❹パネルディスカッションでの討論中にもパソコンでメールチェックと返信作業、緊急アクションで共に活動している田川さんからメールが飛んでくる。これから新宿でSOS対応にいけないか。20時30分になり、終わらない討論を抜け出して新宿駅西口で待つ20代の青年、30代の男性に会いに行く。2人ともに東北出身だった。今日から野宿生活を強いられる寸前だった。Aさんは来週に生活保護同行、Bさんはアルバイトが決まっているのでTOKYOチャレンジネットでの一時住宅制度を活用してもらう。終わりのないSOS対応、いつまで続くのか、、
❺嬉しいメールが届いた。5月に成田空港周辺のホテルを雇止めされて対応したMさんからだった。「3月で生活保護廃止決定となりました。仕事のほうは、ビジネスホテルの清掃責任者をしています。瀬戸さんには御礼をいくら言っても足りないくらいお世話になりました。反貧困ネットワークのHPの瀬戸さんのサポート日誌はちょくちょく目を通してます。自分にも何かやれる事、手伝える事があればなあと思っています。お忙しいでしょうが、またお会い出来ればと思っています。」初めて会った時の不安な状況を今でも思い出します。これからは友人ですね。本当に嬉しかったのです。

●2021/3/17 シェルターで今日から安心して寝れますね

3月17日(水)
❶今日は予定されていた女性相談者の生活保護申請同行が、本人の体調不良で明日に延期となったので、対応中の相談者が一時居住しているビジネスホテルに向かい、続けてフォロー面談をおこないました。現段階においても20名を超える進行中の相談者がいます。アパート探し中の相談者、生保決定待ちの相談者、孤立や心の病を抱えていて継続的に伴走を続けている相談者、それぞれの課題を抱えています。今日も「本当にアパートで自立など私にできるのだろうか。自信がない。何回も支援者に裏切られてきた」と嘆く30代の青年、結果的に何回も劣悪な施設に入所させらてきた経験ばかりだったから、、今回はしっかり寄り添っていきたいと思う。もう一人の相談者である20代の青年、「生きていく自信がない」とメールが来て駆けつけた。彼とは毎週1回は会う事にしている。前髪からストレートに目が見えないように伸ばしているので、眼の表情や眼差しを知る事ができなかったのだけれど、今日は、眼差しをかなり見せてくれるようになった。とても嬉しかった事は、出会って2か月経過して、私のどうでもいい会話に反応して、はじめて小さく笑ってくれた。出会って2か月ではじめての笑顔だったから嬉しくて嬉しくて、、ゆっくり歩いていこう。一緒に!
❷今晩は新規のSOSもなく帰宅しようとしたら携帯電話でSOSがやって来た。四谷に事務所を持つ女性弁護士さんからだった。年末の新大久保相談会で一緒だった。居所もなく所持金120円の状態で、事務所に駆け込んだ南米の40歳の青年のMさん、日本で暮らして20年、少し前まで定住ビザだったが、トラブルに巻き込まれて「仮放免」にされてしまった。今日からも泊まる場所がない。青年は、故郷の国に帰りたい。しかし入管に相談にいったら、収容の危険性がある。相談に行った事務所とは外国人在留支援センター(FRESC)、Mさんを助ける為に、FRESCには頼れない。弁護士さんは弱小団体である反貧困ネットワークに頼るしかなかった。即時に反貧困ネットワークのシェルターを一時利用住宅として提供する事を判断、自宅とは全く逆のシェルターに向かう。今日からMさんは僕らの仲間になった。急いで布団も用意できた。今日から安心して寝れますね。
●「公的支援組織が民間に頼る。これではシェルターがどんどん埋まってしまう。外国人のための公的住宅や公的シェルター設置を真剣に考えてほしい。民間の支援団体ができる事、できない事には限界がある。公的支援しかできない事、やらなけれならない事は沢山あるはずだ。「日本に住む全ての外国人に、生存権の保障を!」

●2021/3/15  1万円の緊急給付、今日もいのちを繋ぐ。

3月15日(月)

❶午後から、はじめての**区福祉事務所での生活保護申請同行、少し緊張します。今日の相談者YさんははSOSで事前にお会いしていなくて事前情報も少ないので窓口に向かう前に、今日に至る経過と今後の希望を聞く事からはじめました。Yさんは30代前半、壮絶な家庭環境、小さい時に親から捨てられて施設に入れられても自ら努力して、私にとっては絶望的レベルの優秀な大学に入学したのだけれど、学費を払い続ける事ができずに退学するしかなかった。その後は得意分野を生かして働いてきたが、長時間労働で身体を酷使して転職、コロナ禍で職と住まいを失った。何とか住居と住民票を確保しようとしてたどり着いたのが都会のと真ん中の**区のトランクルーム、住民票を移したが、1.5畳のスペースでは寝泊まりする事ができない。区の福祉事務所に相談したが追い返された。「これでは死んでしまう」緊急アクションの相談フォームにたどり着いた。申請同行した**区福祉事務所は通常ホテルを提供しないと言われ施設を進められましたが、抵抗してビジネスホテルに1カ月間宿泊、貸付金も4日間で10000円です。しかし**区はアパート捜しが大変、住宅扶助費の範囲では風呂なしが多い。頑張りましょう。

❷夕方からは反貧困ネットワーク事務所に戻り、二つのZOOM会議を開催、一つ目は難民支援協会の皆さんも参加頂いての「大人食堂外国人相談会」の企画検討、この間の緊急アクションや反貧困ネットワークへのSOSや給付金申請における外国人からの悲鳴が止まらない。住まいも追い出される方も続出、反貧困ネットワークのシェルターも関連含めて6名の受け入れしているが、在留資格、健康問題、医療問題、経済的問題など複合的問題を抱えている。年始の大人食堂の相談も24名の外国人が参加している。相談会が入口であるならば出口の体制づくりが大切であり問題解決の方法が重要、住まいを失った方のシェルター、命をつなぐための給付と食料支援、深刻さを極める医療支援と入管対応、移民難民・難民の排除ではなく、共生を!刑罰でなく、在留資格を!アドボカシー活動、外国人支援に取り組んできた多くの団体とネットワークする事が必須だ。でもまずやってみようと意思一致、これから企画書をまとめよう。
➌夜は「法人反貧困ネットワーク困窮者支援実務チーム会議」を開催、法人反貧困ネットワークの設立総会を3月31日に控えているが、激増する駆けつけ支援から生活保護申請同行を踏まえたアパート入居、医療ケア、その後の就労支援が日々、動いている。現段階で、私だけで20名を超える相談者の支援計画に基づいた対応を抱えている。(累計で約500名)
反貧困ネットワーク運営の「ささえあいハウス」の入居者7名の個別サポートも対応チームで続けている。その後のシェルター増設も必要に迫られいぇいる。支援チームの週単位での進捗状況把握と共有とその後の支援計画の確認を、、実務チーム会議を定例化するなかで「チーム反貧困」ですすめていきたい。 
❹21時から相変わらず2件のSOS対応、1件目は何故か警察署前で待ち合わせ、沖縄からの青年、本人の希望もあり翌日、ひとりで生保申請にいく事なので、細かく「追い返しされない方法」「無低ではなく本人希望のドヤで暮らす」方法をアドバイス、無事に申請受理されて、先ほど、今日からドヤに宿泊できると連絡がありました。2件目は神田駅前で20代の青年でした。都内のホテルで働いていたがコロナで雇い止め、都内のタクシー会社に再就職したが給料が今週末、3週間、水だけで何も食べていなく郊外のの自宅にも帰れない。1万円の緊急給付、今日もいのちを繋ぐ。

●2021/3/14 女性からのSOSが急増している

3月14日(日)
❶大久保公園で開催された「女性による女性のための相談会」には今日だけでも100名を超える相談者が駆けつけたとの事、コロナ感染影響が長期化して、多くの女性の暮らしに直撃している。緊急アクションの相談フォームにも女性からのSOSが急増している。今晩の駆けつけSOSも2名ともに女性であった。
❷三多摩の**市に駆けつけた。地方から東京にでてきてアパート入居の初期費用が捻出できず、初期費用ゼロの「シェアハウス」に入居した20代の女性からだった。仕事が決まりかけたが寸前でのキャンセル、暫くはビジネスホテルに泊まっていたが所持金が少なくなり、止む無く初期費用ゼロのシェアハウスに入居したが契約内容がおかしい事に気づいた。分譲マンションの1室を改造して部屋が6つに分割されている。契約内容も入居者は㈱**の社員として契約して「社員寮」と位置づけられて、マンションの管理人との接触は一切してはならないと記されている。インターホンが鳴っても、宅配などが届く予定がなければ、絶対出ないでほしいとも記されている。「賃貸借契約」ではなく、借主の居住権の権利など全くない。相談者の女性は仕事を失い、生活保護申請を考えている。しかしこれではケースワーカーの自宅訪問さえ許されないのではないかとの不安がある。早速、反貧困ネットワークの顧問弁護士とも相談して対応策を考えながら伴走していく。それにしても多くのシェアハウスが「脱法ハウス」の貧困ビジネスを展開して、地方から上京した若い女性を餌食にしている。私が担当した案件では3件目になる。ひとつは「体脂肪率10%下げたら家賃1万円」のトンでもシェアハウスや1カ月家賃未納で翌日には鍵を替えられ、荷物全て処分された事例も聞いた。「脱法ハウス」の悪質シェアハウスを許してはいけない!
➌先週に池袋からSOSをくれて駆けつけた30代前半の女性、週末に生活保護申請に同行する予定であったが体調不良で延期するしかなかったが、体調が完全に戻っていないうえに、給付金も枯渇してしまい、再び野宿の危機である事が、本人からの連絡で解った。再び給付金が欲しいと彼女が連絡してきた訳ではない。ただ「申し訳ありません」コロナの影響で仕事を失い、家賃未納でアパートを強制退去、多くの荷物を持ってネットカフェと公園をいったりきたり、、貴方の自己責任ではありません。何回も伝えた。今週中に生活保護申請に同行する事を約束して給付金を渡した。立ち去る車のバックミラーから、彼女が何回も頭を下げる姿が見えた。

●2021/3/12 「前泊地主義」を主張して譲らない福祉事務所

3月12日(金)
一昨日夜に新宿駅西口でSOS対応した30代のKさんの生活保護申請同行、以前から困難度合いが高い相談者に丁寧な寄り添う対応をしてきたのに、今日は冒頭から前泊地はどこか?と執拗に迫られる。最近、「前泊地主義」を主張して譲らない福祉事務所が増えている。東京都から福祉事務所に、「前泊地主義」の徹底が通知されているのではないかと危惧している➡住所のないホームレス状態にあっても,申請に訪れた役所を「現在地」として申請することができます。. 住民票のおいてある場所と違う場所に居る場合でも,現在生活している所を住所として申請することができます。 これを,生活保護運用における「現在地主義」といいます。 現在地主義の根拠は生活保護法19条にあります。
●Kさんは幼少時代から凄まじい虐待経験があり、養護施設で暮らす。身体にも暴行を受けた傷跡が残っている。以前から他の福祉事務所にて生活保護を利用したが、全て無料低額宿泊所か自立支援と更生施設に入所させられた。本人の手元に残るお金は、1.5万円、保護費の90%を超える。施設費が貧困ビジネスに吸い取られる。Kさんは脱出して路上へ、。福島県南相馬市の除染作業員として仕事があると聞き、原町にいったら仕事はないと言われた、仙台を経由して東京に戻った。
●Kさんは居所がない。たまたま新宿駅西口で待ち合わせた。SOSを受けての面談、生活保護申請同行の意向確認ができたら。申請場所の選定に入る。居所がない方の生保申請相談を受けた場合、今後住みたい地域を聞く事が鉄則だ。しかし、殆どの場合が「どこでもいいです。**は嫌な思い出があります。」このような場合は自治体毎の住宅事情や個々人の困難事情に応じて申請場所を複数提案する事にしている。申請しても悪質な無料低額宿泊所に送りこむ福祉事務所なんてとんでもない。Kさんの場合は身分証明がない為にネットカフェにも泊まれない。旅館業法の問題もあり、ビジネスホテルも断る場合が殆どだ。止む無く私がお世話になっているビジネスホテルか自ら運営するシェルターに案内する。問題は「現在地保護」を嫌がり「前泊地主義」を主張する福祉事務所が増えてきている事だ。居所がない相談者に「前泊地主義」を徹底した場合、新宿や池袋や上野に集中する。これでは、ネットカフェが集中する地域に生活保護申請が集中するのは当然だ。相談者本人の今後の暮らしと居住地の希望を最大限に尊重した選択を福祉事務所は尊重してほしい。福祉事務所毎の対応格差を是正してほしい。対応が良い福祉事務所に相談者が集中して現場が疲弊して、対応が酷い福祉事務所は水際作戦もおこなうので、楽をする。
Kさんは無事に申請が受理されて、今日からビジネスホテルに宿泊する事ができた。ケースワーカーとも連携して早期のアパート入居を目指して動く。

●2021/3/11 東日本大震災と福島原発事故から10年を迎えた

3月11日(木)
東日本大震災と福島原発事故から10年を迎えた。
❶2011年3月当時はパルシステムの事業部長だった。被災地との物流が止まった。浪江町にあったパルシステム福島相双センターが警戒区域となり、事業継続不能となり組合員全員が避難した。被災地に物資を送り続ける。一方で容赦なく計画停電でセットセンターも止まり、組合員への商品供給も欠品多発、指示が飛ぶ。「被災地を優先せよ!」
❷7月に郡山のルートインホテルに常駐体制を敷き、組合員が避難によって減少して経営危機に陥ったパルシステム福島の組合員拡大支援チームを会員生協の精鋭チームを派遣してもらい、経営危機から脱却させた。でもこの活動中に、須賀川市で戸別訪問中に訪問相手のお母さんに言われた一言が人生を変えた。「何でこんな線量が高い場所で半袖で活動しているの?土の線量を計測させてもらった。3マイクロシーベルトを超えていた。
➌秋以降から郡山を経由して会津若松にある応急仮設住宅に毎週、通い続けた。大熊町からの避難者が13か所の仮設住宅で暮らしていた。そのうち4か所の仮設住宅(えは長原・松長・亀公園・緑公園)のコミュニティ活動支援に通い続けた。木幡ますみさんと仮設住宅で出会った。仮設住宅の部屋の中には田中正造の肖像画が掲げてあった。
❹2012年春頃から経産省テント、官邸前抗議、疎開裁判に関わるなかで、規制庁前で抗議活動している満田夏花さん、阪上武さん、避難者の長谷川克己さんと出会った。福島原発告訴団の説明に来てくれた小金井市議の片山かおるさんに出会った。
❺満田さんたちと出会って以降、「原発事故被害者の救済を求める全国運動」設立に参画して、骨抜きにされた「原発事故子ども被災者支援法」の実効を求めてきた。パルシステムにおける「産直産地と連携した保養プログラム」「会員生協の甲状腺検診」立ち上げに関わった。その時に県外避難者の窮状を知る事となった。関わっていた「さようなら原発1000万人アクション」で原発事故被害者救済に取り組むよう働きかけ、現在まで避難者問題を取り組むに至っている。
❻2017年3月末での区域外避難者の住宅無償提供打ち切りを控え、2016年7月に「避難の協同センター」を設立、住まいを失う危機にある避難者の住宅確保と支援延長に活動を集中させた。2017年5月に支援してきた母子避難のお母さんが自死した。毎年3月末になると避難者への支援が次々と打ち切られてきた。現段階では国家公務員住宅に住む区域外避難者が、福島県から二倍家賃請求と退去できない理由を考慮されず、追い出しが強要されている。原発事故被害者は棄民とされた。
➐新型コロナ感染症拡大で、仕事を失い住まいを失った人々からのSOSが続出した。事務局長を担っていた「反貧困ネットワーク」が呼びかけ「新型コロナ災害アクション」を設立し、連日の現場支援を続けている。一方で「避難者の窮状」が埋没してしまった。ソーシャルデイスタンスで復興支援員の訪問活動も居場所も保養もSTOPした。緊急アクションのSOSで福島出身の方や、除染作業員の方が多く見受けられるようになった。避難者の子どもがSOSをだして緊急保護した。郡山では原発作業員が雇止めされて生活保護を申請したら、その日からの居所も提供されず、原発反対の仲間たちが支えている。
❽原発事故から10年が経過した。この国は「復興」「絆」を叫び、公的責任、加害責任を「自己責任」にすりかえて弱き人々を棄民とする。悲しい国となってしまった。

●2021/3/10 ベトナム人女性の生活保護申請、無事に受理

3月10日(水)
❶午前は**福祉事務所でベトナム人女性の生活保護申請に同行して無事に受理されてほっとしています。コロナの影響で通訳の仕事を失って6カ月、家賃が払えず、大家がアパー「年内で退去しろ」と迫られて、一緒に車に荷物をパンパンに詰め込んでビジネスホテルに避難、翌日から知人のシェルターに移動して現在に至る。定住資格を持っていたが、困窮状態も重なりで更新に間に合わなく、年末に申請した入管の判断は3カ月ビザ、生活保護など公的支援も受けれず、就労もできない状況に追い込まれた。先週やっと入管から定住ビザが再交付されて、今日が念願の生保申請日、**福祉は1時間程で申請受理、明日の自宅訪問を踏まえて、アパート入居を果たして、通訳の再復帰を目標のゴールにしながら仕事探しもおこなう。1月から「ほしのいえ」の中村シスターの所に通い続けておにぎりづくりやフォー作りで交流を深めてきた。今度、フォーを食べさせてくれると約束してきれました。
❷午後は**福祉事務所に移動して50代の女性の生活保護申請に同行しました。かなり困難な案件である事、はじめての福祉事務所だったので地元区議さんにも立ち会って頂いた。寝たきりの叔母と都営住宅に住むが世帯は別にしている。コロナの影響もあり、家賃を長期間未納で退去通告も受けている。叔母の年金のみで暮らす。世帯を一緒にする事を前提に、生保申請が受理される。
➌夜のSOSが今日も続く。新宿駅西口に30代のKさんが待っていてくれた。10日程、路上生活をしていた。私が出演しているユーチューブを観て、素直に助けを求めたいと思ったと相談フォームに書かれていた。凄まじい虐待経験があり、養護施設で暮らす。の暴力の傷跡がある。何回か、生活保護利用したが、全て無料低額宿泊所か自立支援。集団生活が馴染めなかったという。南相馬の除染作業員として福島にいったら仕事はないと言われて、東京にきた、金曜日に生活保護申請に同行する。礼儀正しい青年だった。
❹最後のSOSは神田駅、彼も携帯電話がない。直前までメールでやり取りしていたが、待ち合わせ時間に、彼は現れなかった。「このまま行くとおなかがすきすぎてしまい物を盗むような犯罪を犯してしまうかもしれません。どうか助けてください。」今晩は何処にいるのだろうか、、明日でもいいから連絡してほしい。
待っている。

●2021/3/9 神奈川区福祉事務所に6団体で抗議申入れ

3月9日(火)
❶横浜市神奈川区福祉事務所に生活保護の相談に行った女性が生活保護制度に関する虚偽の説明をされ、申請を断念させられるという悪質な水際作戦が発生した問題で、新型コロナ災害緊急アクション、つくろい東京ファンド、寿支援者交流会など6団体で抗議と申入れ、神奈川区福祉事務所との話し合い、横浜市役所記者クラブでの記者会見を行いました。神奈川区と横浜市は不適切な対応だったとして謝罪しました。問題を明らかにして。抗議と謝罪を求めてくれた当事者のAさんの勇気に感謝したいと思います。
★当事者の女性Aさんは仕事を失い、2月22日に横浜市神奈川区の福祉保健センターを訪問した。対応した相談員は施設入所が申請の前提条件であるかのような説明を繰り返し、女性が持参した申請書を受け取らなかった。
★このような事例は対応した神奈川区の一相談員の間違えた対応で終わる問題では全くない。横浜市内の多くの福祉事務所が同様の対応をおこなっている。私もいくつかの横浜市内の申請同行をおこなっているが、生活困窮者自立支援制度における横浜市自立生活支援施設「はまかぜ」に入所させる事が前提となっていたり、住まいを失った相談者に対して、「居宅保護」の責任を果たさず、女性にも「寿ドヤMAP」を配布して、自分で寿の町を歩かせ、ドヤを探させるなどの事例を聞き、抗議した事があります。厚生労働省はビジネスホテルやネットカフェを一時的な宿泊施設として案内する事を通知しているはずです。他にも先に住まいを決める必要があるとか、所持金が最低生活費を下回っているのに、Aさんが所持金が申請できる基準を上回っているなど間違えた発言を繰り返しています。東京の福祉事務所の大半も同様ですが、生活保護の申請書を相談者が窓口で手に取ることができて、生活保護申請の意思が示された場合、申請を受け付けることなど、「生活保護は権利」に基づく運用がされていない。
★緊急事態宣言再発令以降、住まいから追い出された若者たちが急増しています。昨年までは「死にたくないけど死んでしまう。」このような声が多かった。1月以降は「死のうと思ったが死ねなかった。」明らかに路上からの叫びが変わってきているのです。このような状況に何故、至ってしまうのか、困っている時に福祉の窓口に行った時に冷たくされて助けてもらう事も許されない。時には「死に至らしめる」事を福祉に携わる人々は自覚してほしい。「福祉が人を殺す」こんな事態が今日も全国のあちこちで起きている。
❷今日も東京では、SOSが止まっていなかった。横浜から都内に車を走らせる。1か所目は、池袋で30代前半の女性だった。外見では野宿生活が強いられているとは思えないファッション、でも不自然に荷物を持っている。コロナの影響で仕事を失い、家賃未納でアパートを強制退去、多くの荷物を持ってネットカフェと公園をいったりきたり、、もう独りじゃないよ!と伝えて今週中に生活保護申請に同行する。2か所目は中野駅前、20代の男性、10代の時に公園で親は失踪した。何と横浜市内で生保申請したが、二回にわたり多人数部屋の施設に入所させられて退所して再びホームレスになったという。中野の路上で「福祉が人を殺す」犠牲者にまた出会った。

●2021/3/8 ネパール料理店「サンサール」食べにいって交流

3月8日(月)
❶午前は、**区福祉事務所に向かい2名の相談者のサポートをおこなう。**区福祉は、相談員の対応は迅速に申請受理してくれる。1か月間のビジネスホテルでの宿泊も約束しケースワーカーに引き継いでくれる。しかし引き継がれたケースワーカーの対応格差が大きすぎる事は本当に困るのだ。
★先週金曜に申請受理された元ホストのN君、午前に受理されてケースワーカーと顔合わせ、ビジネスホテルまで確保して、アパート探しを進めると伝えたのに、ケースワーカーは、次の相談者の生活保護申請同行に向かう為に退席した途端に、「瀬戸さんには黙っていてほしいのだけれど自立支援施設に入所してほしい。」と施設入所を強く勧めたとN君から連絡を受けた。何てお粗末な対応になるのだろう。今日、ケースワーカーとの面談があるとの事、今日は別の相談者Kさんの申請同行で**福祉に来ていると伝える。ケースワーカーは、保護決定前の貸付金を渡しただけでN君を返そうとしていた。私はその場で、私との関係を分断しようとして自立支援に入所させようとした事実を抗議、予定どおりアパート入居に向けて準備をすすめると通告!姑息なやり方をするな!
❷先週金曜日夜にSOSを受けて駆けつけたKさん、二週間前にもSOSを受けて22時に駆けつけた。所持金ゼロ円で、精神疾患がある事が書かれていたからだ。その時は生活保護は躊躇した。先週金曜日に会った場所はワーカーズコープ本部前で2日間も夜を過ごしていたという。故郷にはもう帰りたくない。東京で暮らす為には生活保護利用しかないと考えた。**福祉の相談員さんは協力的で、「今日からホテルに宿泊できるようにケースワーカーに伝えます。瀬戸さんに協力してもらってアパート探し頑張ってください」と発言、ケースワーカーにバトンタッチした。であるのに、ケースワーカーは、Kさんの精神疾患を問題にしたのか解らないが、集団生活の無料低額宿泊所か4人部屋の更生施設入所を譲らない。Kさんは、集団生活が苦手である事を訴える。平行線の論議が続いている。3時間かかった。アパート生活ができないのではないかと推測して、提案が4人部屋の施設であったら、精神疾患があるKさんは施設から失踪してしまう確率が高くなる。苦肉の策として、反貧困ネットワークのシェルターのすぐ近くにある簡易宿泊旅館(ホテルに近い造りでシャワーとトイレだけ共同)であれば長期宿泊が可能のため、今日から宿泊する事となった。シェルターに近いので私も時々会いにいけるからだ。何で民間の支援団体が「ここまでやるか!」
➌午後から別の福祉事務所での生活保護申請は相談者の体調不良で延期となった。この間支援してきた20代の女性を連れて新小岩に向かう。SOSを受けて駆けつけた時には「死ぬ事を真剣に考えていた。」ワーカーズコープの交流会にも参加してくれてワーカーズの事業所にも体験訪問を申し込んだという。今度は「助ける仕事」をしたいと笑う。
★向かったのは新小岩のネパール料理店「サンサール」小岩店、店主のマラカール・ウルミラさんはたくさんTVでも取り上げられて入る方です。生活に困っている人を支援したいという連絡がありました。彼女もシングルマザーです。食べログ評価も3.7超えで都内有数のネパール料理店です。まず食べにいって交流です。反貧困ネットワークの白石さん、稲葉奈々子さん、原さんも集まりました。連携する際には当事者が元気になる交流や「おすそ分け・無料食堂」などいろいろ考えられますね。「分かち合いのネットワーク」作りましょう。
❹帰宅する車中で携帯電話が鳴った。昨日の夜にSOSで向かったラッパーさんと4月4日の「反貧困ネットワーク全国集会」の前段集会が新宿駅西口で開催される。その際のオープニングライブの出演をお願いした。コロナ感染症の被害者だけでなく、政府の無策の犠牲者として「路上から生きさせろ」と叫ぶ!バンド名は近日公開しょう。

●2021/3/7 当事者が唄え、叫べ!「生きさせろ」

3月7日(日)
今日のSOS対応は1件のみ、明日から昼間はほぼ予定が埋まっているので、対応は今日中に終わらせておきたい。向かった場所は自宅から1時間の地方都市、何とラップミュージシャンの夫婦、子供もいる。コロナ感染影響が長期化、ライブやイベントの中止が続き、耐えに耐えてきた。日雇いの仕事に行きながら、創作活動だけは続けてきた、今回の緊急事態宣言で、息の根が止められかかっている。水道光熱費や創作活動に必須なネット接続も止められた。車中の中でユーチューブ映像でのLIVEを視聴させてもらった。「拳をあげよう!」と唄っている。反貧困ネットワークの新宿サウンドデモでの出演調整をはじめている。
当事者が声をあげる。当事者が唄え、叫べ!「生きさせろ」

●2021/3/6 「第2回しごと探し・しごとづくり相談交流会」開催

3月6日(土)
反貧困ネットワークとワーカーズコープの協働開催の「第2回しごと探し・しごとづくり相談交流会」を労協連本部8階会議室で開催しました。私たちがSOSを受けてサポートを続けている14名の仲間たち(支援する側と支援される側を超える意味)が参加してくれました。うち女性が3名、外国人が2名。年代は20代から40代でした。組織をあげて準備いただいたワーカーズコープから25名、反貧困ネットワークも4月からの法人化で就労ケア相談事業を開始する事もあり6名参加、希望されている職種は多様だ。接客・小売り・デザインや編集・社会貢献など、多くが以前の職種に戻りたくないと考えている。
●雨宮処凛さんの紹介で、日本ALS 協会理事の川口由美子さんが、ALS(筋萎縮性側索硬化症)など難病患者にヘルパーが少ない事から人材募集の案内もされた。当事者の方からの発言もあり、今後の連携を是非すすめていきたい。
●私からは「昨年5月から500人の相談を行い、生活保護につなげアパート入居を実現してきた。しかし、その後がうまくいかない。仕事が見つからない、仕事がない。孤立を深める人たちが増えている。コロナ禍で状況が深刻化している。飲食業や派遣の仕事がなくなり寮から追い出されたり、職場環境がひどい。仕事が見つかっても同じような環境に戻ってほしくない。私もパルシステムという協同組合で働いているが、ワーカーズコープも同じ協同組合陣営だ。給与は決して高くないが、協同で働く場や仕事を一緒につくり出している。こういう働く世界を一緒につくり出していくことが大切。すぐに働きたい人、居場所がほしい人、交流したい人、それぞれの思いを聞き取りながら相談に乗ってほしい」と挨拶。
●ワーカーズコープから、協同労働という働き方と足立の民設民営の学童クラブ、千葉の生協物流における外国人雇用の実践、春日部での新しい仕事おこしの取り組みが紹介された。
●帰宅してから4名のお仲間さんから丁寧なお礼メールが来ていた。彼ら彼女たちにとって「協同労働」なんて初めて聞く話だ。ある女性の仲間は反貧困ネットワークやワーカーズの居場所事業に週1回、体験就労しながら「今度は助ける側になりたい」と意思表明をしている、SOSで出会った時に「死のうと思っていた」といっていた男性2名は、よってたかってのお節介面談に「世間話含めて、何故か楽しかった。協同労働の話がとても感慨深く、事業所訪問にぜひ行きたいです。」と答えてくれた。
●交流会を終えて、家が近いお仲間さんの女性が帰宅する際に「アパート暮らしを始めて、福祉事務所などに行く時以外は殆ど人と話す事ないんです。」と呟いた。単なる就労支援ではない何でも相談できて遊びにいける居場所、「独りじゃないよ」の言葉を本当に本当につくらないといけない。今回の参加者の多くは直近2か月で出会ったお仲間さん、逆に見れば、私たちが孤立しないような体制をつくれなかった事で、多くの相談者を孤立化させ、連絡がとれなくなり、アパートの中で引きこもったり、ある相談者は再びいなくなったりしてしまった。反貧困ネットワークとワーカーズコープでは協働チームで参加してくれた仲間たちの就労を通じた個別ケアを本格的に取り組む事にしている。反貧困ネットワークでは支援団体でなく、当事者が仲間になり、共に働く職場づくりが実現できるようにしていきたい。目指すのは「社会連帯協働組合」!

●2021/3/5 独りぼっち痛みに耐えて頑張ったMさん

3月5日(金)
❶股関節が痛くて歩けなくなり、SOS対応して乳癌で入院された女性のMさん、3カ月の長期入院との診断でしたが、今日の福祉事務所訪問でケースワーカーさんから嬉しい報告、「1カ月くらいで退院できます。もう既に歩行訓練始めています。」退院したら予定どおり、アパート入居の作業をすすめましょう。コロナ禍で独りぼっち痛みに耐えながら、頑張っちゃったMさん、退院したらゆっくりゆっくり歩いていきましょう。
❷午後は「生きていく自信がない」とメールが来て駆けつけた20代の青年Kくんとの定期同行日、ケースワーカーさんと週間単位で次のステップを一段づつ登る作業をすすめている。毎週1回は会う事にしている。K君が泊っている福祉事務所から福祉事務所に向かう車中でK君の変化に気づいた。前髪からストレートに目が見えないように伸ばしているから、眼の表情や眼差しを知る事ができなかったが、今日は眼差しを少しだけ見せてくれたんだ。車中では先週に比べて少しだけ多くの話をした。最近、K君と同じ元ホストの青年からのSOSを受けていて、業界で働く青年たちの厳し過ぎる自己責任を前提としたビジネスのカラクリで多くの青年たちが苦しみコロナ禍で底が抜けたように路上に放りだされた。私自身はKくんをここまで追い詰めた闇社会を許せない。まだご飯がしっかり食べれない。ガムで栄養補給していると聞いた。再来週には一緒にクリニックに行く事になった。「生きる力」をつける事、一歩づつでいいからと一緒になって歩く。
➌夜は池袋で先週にSOSで給付対応した40代の男性が再び会いたいとの事で駆け付けた。生保申請をためらって、昨日から再度の野宿生活、今日の待あわせ場所で寝ていたと言う。昨日は私自身が予定があり今日に会う約束をしたのだけれど、彼はずっと待っていてくれたんだ。来週月曜日に一緒に生活保護申請にいこう!