<事務局長のサポート日誌>(その5)

●2021/4/19 地域連携とネットワークづくりで課題の解決を

4月19日(月)   
地域連携とネットワークづくりで課題を解決していこう
❶深夜に公園のトイレの中で野宿していた女性をネットカフェに届けて自宅に戻った時間が深夜の1時30分だった。今週も朝から福祉事務所での生活保護申請同行、眠い朝です。
今日の相談者のIさんは先週金曜に新宿からのSOSで出会った。コロナ禍では地元の北麓の町では仕事がなく神奈川県内の小さな工場で働くも職場内のパワハラが激しく退職、故郷にいる母親もパートで働き続けていて裕福でない。これ以上の迷惑はかけられない、無事に申請が受理され、1カ月間のビジネスホテル暮らしが始まります。アパート探しもがんばります
❷午後から代々木にある㈱キズキを反貧困ネットワーク外国人担当の原さんと就労支援担当の山岸さんと訪問しました。自立生活サポートセンターもやいの大西理事長から繋いで頂きました。キズキは、「何度でもやり直せる社会をつくる」というビジョンを掲げ、不登校や学校中退の方を対象とした塾(キズキ共育塾)、うつ病・発達障害の方を対象としたビジネススクール(就労移行支援施設・キズキビジネスカレッジ)などの事業を運営していて
4月より、休眠預金の財源を活用し、コロナ禍で収入減・失業した方向けにデジタル系の就労訓練を行うサービスを開始している。サービス利用者は、就労訓練中も給与手当(時給1,013円)を受けつつ、IT領域などの新しい職種への転職を目指すことが可能となっている。反貧困ネットワークでは、ワーカーズコープと連携して「仕事探し・仕事おこし交流会」を開催して、駆けつけ支援から生活保護利用とアパート入居まで支援してきたが、その後に仕事が見つからず、孤立に陥ってしまった相談者に「協同労働」の職場を紹介して就労ケアを通じて就職支援してきました。東京都など現在の貸付金免除付き就職支援制度が「介護職」などに職種が限定されている事が課題と感じてきました。仕事を失い、住まいを失った若い世代がスキルを高め、その期間も収入をえられる求職支援制度として、デジタル系就労支援制度を開始した㈱キズキとも連携を深めます。早速、デジタル系求職希望の女性相談者に繋げていく事を確認しました。ひとりでも多くの相談者が「よい仕事」に就けるようにしていきたいですね。
➌私たちのシェルターがある「山谷泪橋」に戻り、一般社団法人あじいるの皆さんと合流、シェルターの近くにある「山友会クリニック」を訪問しました。山友会では1984年以来、住民票がなく健康保険証をお持ちでない等の事情で医療機関を受診することのできない状態にある路上生活者の方のために、無料診療所を運営しています。医師、看護師、鍼灸・マッサージ師などの方々が、日常の勤務や開業の休日のときに、長年に渡り無料で診療・施術を行い、専門的な治療や検査が必要な方は、相談室の相談員と連携して、治療を受ける上での必要な公的支援制度の利用について相談しています。私たちのシェルターには仮放免や就労不可の在留資格しかない外国人が居住しています。多くが入管での長期収容や公的医療資格外で身体がボロボロになっても病院に行く事すらできませんでした。外国人以外にもシェルターで受け入れる日本国籍の方でも無保険状態や精神疾患を抱えている場合が多い事が現状です。シェルターが単なる一時的な住居でなく、身体も心も癒して治療もできる「社会的一時住宅」として機能させるためには地域の連携が必要です。これからも山谷地域の皆さんにお世話になる事、求められば私たち自身も役に立てるように連携していきます。
❹夜は「吹っ飛ばそう!貧困in練馬 実行委員会」に参加、地元の仲間たちと一緒に5月23日(日)に練馬駅前のつつじ公園で、練馬の貧困問題に取り組む団体や市民団体が連携して相談会を開催します。生活・医療・法律相談以外にもコロナで苦境に陥ったアーティストが表現できる場もつくります。成功させて練馬地域の「反貧困。・住民連帯」の足掛かりにしていきたいと思います。

●2021/4/18 「神奈川の支援体制作り」初会合開かれる

4月18日(日)  

❶午前は大和市で、反貧困ネットワークの社団法人設立に際し、神奈川担当に理事にお願いした杉浦幹さんが呼びかけた、「神奈川の支援体制作り」初会合。いままで神奈川県からのSOSに基づく駆けつけ支援を私もおこなっていたが、SOSの急増で、以前から協力して頂いていた杉浦さんに多くをお願いする状況、理事に着任した3月31日を過ぎてすぐから神奈川県内各地からのSOSが急増して、杉浦さんが夜は駆けつけ、昼間は生活保護申請同行やアパート探しをおこなう日々、職場の時間有給の繰り返しとなり、ヤバい状況になりつつある。コロナ感染拡大から1年、SOSは4月以降、ヤバいレベルで急増している。このままでは神奈川のSOSに対応できない。危機感の中で、杉浦さんが自治体議員や地域のソーシャルワーカーに呼びかけた。杉浦さん自身が障害者福祉の現場叩き上げである事、県内の市民運動ネットワークを丁寧につくっていたからこそ、自治体議員が3名(全て女性)ソーシャルワーカー等9名が参加、駆けつけ支援➡住まいさがし一時居住➡生活保護申請or仕事さがし~アフターフォローといっ神奈川方式の支援フローを分担しておこなう事が確認された。東京でも参考にしていきたい。自治体議員に加えて、地域の精神保健福祉士さんやソーシャルワーカーや福祉職の皆さんとの連携を強く意識していきたい。
❷大和から上大岡駅まで車で移動、杉浦さんはやつぱり一緒に来てくれた。20代の男性が待っている。ここでは書かないが、最近とっても悲しい事があった。鬱病になり働けなくなった、3月に生活保護の相談に福祉事務所にいった。所持金が少しだけ生活保護支給額より少し多かった。福祉事務所は「あなたは若いのだから働け」と言って彼の辛い思いを聞く事はしなかった。「いまは働けないんだ。」福祉事務所の職員が「所持金が少なくなったら相談に来てくださいね。」この一言だけをいえば、彼は絶望して死を考えなくて済んだ。所持金500円、彼はもう福祉事務所に行くのが怖いという。杉浦さんが福祉事務所に同行してくれる事になった。
➌横浜市上大岡から埼玉県川口に大移動、当初は最初から参加する予定だった、北関東医療相談会・クルドを知る会・VIDES JAPAN三団体が共催で行われた「第1回川口医療相談会」に駆けつける。先週に今回の共催団体と反貧困ネットワークが活動(事業)連帯を本格化させて、公的医療支援が受けれない外国人の医療支援、経済的困窮対策含めた給付支援、居所を失った場合のシェルター増設などを連携してすすめる事を確認した。今回の医療相談会の実際を学び、東京で反貧困ネットワークなどが開催する「外国人医療相談会」に生かす事が目的だった。今日は28人のクルドの方が医療相談を受けたと聞く。保険適用もされない仮放免、短期ビザで就労資格が与えられず、経済的困窮だけでなく、身体が蝕んでも放置し生存すら守らない日本、団体連携で頑張っていくが、支援団体の疲弊も増している。原文次郎さんは言う。「本当に困窮している人は日本での生活に耐えられなくなり、一部には既に本国に帰っている者もいると聞く。しかし、帰国しても元々が難民として来ている人々は無事で済むとは限らない。身分を隠して過ごす者もあり、身柄を拘束されるなど迫害に遭っている者もいるやに聞く。」本当に皆さんに申し訳ない。
❹川口から都内に戻る。昨晩遅くに10代の少年からSOSを受けた。頼れる親はいないが海外留学で学んできたが、留学先の国でコロナの関係でビザの更新が継続されなくなり帰国を余儀なくされた。親がいない彼は帰国したけれど所持金はない。コンビニとラーメン屋のバイトで週7日働き続けるが給料日は月末だ。もう食えない。もう泊まれる場所もない。私は彼が働くコンビニに向かって面談して、当面の生活給付、お会いしたけれどメチャクチャにピュアな少年だった。
❺自宅にいた23時に、無視できないSOSメールが届いた。自宅から遠くない公園のトイレの中で30代の女性が野宿をしていた。嫌な予感がした。駆けつけないといけない。女性に電話して駆けつけた。順調に暮らしていたが、本人責任でないトラブルに巻き込まれ、病を患い働けなくなった。所持金60円、今晩からネカフェに泊まり、今週中に保護申請同行する。「死のうと考えて、その前に最後のメールをしたら来てくれた」と言った。凛とした礼儀正しい。時折り少しだけ笑う。「今の自分を考えると情けなくて笑ってしまうんです。」
今まで福祉事務所に裏切られたようだった。彼女は最後に私に聞いた。「瀬戸さんは希望ですか」もちろん頷いた。 今日の支援終了は深夜の1時30分 駆けつけて良かった。

●2021/4/17 市民憲法講座主催の講演会「貧困の現場から」

4月17日(土)

緊急アクションの相談フォームに首都圏各地から悲鳴のようなSOSが連続して届いている。
❶昨晩も夜遅くまでの駆けつけ対応であったので、午前はお休みする。反貧困ネットワークの同僚となった佐々木君が都内某所からのSOSに駆けつけてくれた。生活保護申請希望の福祉事務所は私が良好な関係性を持つ所、生活保護申請同行の担当は任せてよ!でも来週の昼間は毎日が福祉事務所だ。火曜日は3名の申請同行を連続しておこなう。
❷NPO法人共同連が主催する「障害者雇用就労セミナー —劣化する障害者雇用と新たな就労」の第二部「東京都ソーシャルファームを考える」に参加、連日の駆けつけ支援からアパート入居までサポートしても極限の孤独と仕事が見つからない問題、精神疾患などの「就労困難者」も多い。再び新自由主義を体現した企業社会には働く場所はなく、あるのは寮付き派遣や日払いバイトでボロボロにされる。新自由主義経済に対し「社会的連帯経済」を本気で具体化して、就労困難にある人々と共に働く職場づくりにチャレンジする協同組合や社会的企業との連携にチャレンジしている。企業組合あうんが東京都ソーシャルファームに認証されたと聞いた。ソーシャルファームは、ソーシャル・インクルージョンの考え方に立ち、自律的な経済活動の下、社会的企業として、就労困難者と認められる者の雇用の場の拡大と自立を進め、地域の産業及び雇用に貢献することを通じて、 ダイバーシティの実現を目指すもの。就労困難者の3人以上の雇用などが要件で、認証事業者にはバリアフリー設備への改修費や事業所の家賃などが補助される。しかし今日の報告では認証されたのは3つ、予備認証が25、ほぼ民間企業となってしまっている。手続きや就労困難者の定義も曖昧、困難者ひとりひとりの就労困難である理由づけのハードルが高い。審査担当者に民間や市民サイドのメンバーもいないなどの欠陥点が指摘されている。コロナ禍の貧困のなかで価値観の転換が政治や行政の側に求められている。もっと韓国や欧州の「連帯経済」に学べ!民間支援団体は本当に疲弊している。
➌夜は文京区民センターで、市民憲法講座主催の講演会「「コロナ禍で奪われる命と生活~「貧困」の現場から」で講演させて頂いた。尊敬する総がかり行動実行委員会の高田健さん、菱山南帆子さんたちに呼んでいただいた事が本当に嬉しい。私が半年間サポートして就労ビザがやっと下りた23歳のトルコ人青年の話もさせてもらった。トルコでは徴兵制があり、クルド人民衆を殺せ!と言われれば従わなければならない。彼は「殺してはいけない」と考え、憲法9条のある日本に来た。しかし就労資格可のビザは認められず、長期間、収入なしの生活、貯金も全てなくなり、「ささえあい基金」で支え続けた。彼は言った。「憲法9条の日本が何故、このような冷たい仕打ちを続けるのですか。」入管法改悪絶対反対!
❹講演中にもSOSが続いている。横浜から2か所、相模原から、浦和から、北千住から合計5か所からのSOS、横浜市内の福祉事務所でまた不当な追い返しの犠牲者がでている。明日は大和で支援者会議があるので終了次第、駆けつける。相模原からの相談者からはSOSが途絶えた。急ぎ文京区民センターから大雨の中、浦和駅に向かった。「死ぬ事を考えている」とメールに書いてあったからだ。40代の男性だった。群馬県出身だった。コロナで失職して困窮、群馬県内の**市で生活保護申請したら「若いから働け」と言われて追い返されて、昨日はさいたま市内の**福祉事務所に申請に出向いたら「うちは担当ではない。」と追い返された、何故、浦和にいるのかと聞いたら、電車に飛び込む為に来たと答えた。
もう22時だ。今日のネットカフェ代を渡して明日から反貧困ネットワークのシェルターで安心して泊まってもらい、今後の事を一緒に考える。北千住駅からのSOSは18歳の男性、今日までは泊まれる場所があるが明日からは野宿だという。明日の夜に待ち合わせする事に決めた。本当に本当に「福祉が人を殺す」私たちはぎりぎりの場面で止める。でもこれではもうすぐ止めきれない!「「これ以上、福祉が人を殺すな!」

●2021/4/16 路上からの悲鳴のようなSOSが続いた

4月16日(金)
路上からの悲鳴のようなSOSが続いた。駆けつけ支援をおこなう事はイコール生活保護申請同行で福祉事務所に向かう日程を組み込む。20代と女性が急増、既に来週昼間のスケジュールがほぼ埋まってしまった。昼間は福祉事務所、夜は駆けつけ支援、支援崩壊状態が続いている。出版予定の本の最終原稿が書けない。どんどん出版が遅れていく。
❶今日午前の福祉事務所での生保申請同行は、20代女性ふたり同時の申請となる。同じビジネスホテルに緊急宿泊していたので迎えにいく。福祉事務所に向かう最中にパトカーに追いかけられる。若い女性を連れて何しているんだ!と職務質問、反貧困ネットワークの名刺を見せると最敬礼!
今日は、さすがに大変過ぎるので、信頼する女性支援団体のkさんに来て頂いて強力なサポート、1月に大学を辞めた女性、地方から東京にでてきて警備会社から雇止めされて即時に社員寮から追い出されて駆けつけた女性、それぞれが「生きづらさ」を抱えていた。単なる生活保護申請同行で終わらない。女性相談支援員と一緒に今後を考えていく。しかし二人同時の同行支援は本当にクタクタになる。
❷昼ご飯を食べる余裕もなく、ベトナム人女性Tさんの住むシェルターに向かう。インドシナ難民(定住者)の2世で自身も定住者資格を持っていたが2020年夏にコロナ禍で通訳の仕事を失い悩んでいるうちに在留資格更新の機会を失い、家賃未払いで退去を迫られた。SOSを受けて一緒にマンションから荷物を運び出し、シェルターで保護を開始した。入管手続きを経て在留資格を回復、一緒に生活保護申請にいってアパート入居が決まった。今日は一緒に家具什器選び、来週に念願のお引越しです。支えてくれた「山谷ほしのいえ」の中村シスターも駆けつけてくれました。SOSを受けて駆けつけた当時は「この世の果て」状態だったTさん、現在は多くの支えでとても明るくなり、お会いする時はいつも笑顔です。企業組合あうんの中村さんは「どっこい食堂でベトナム料理を作ってよ」とリクエスト!
本当に本当に良かったです。今度は一緒に笑顔で働ける仕事を探そうね。最後は外国人を中心とした新規シェルター候補地の内見、これから公的支援を受けれない外国人の相談会が予定されています。住まいを失った外国人は家族単位の場合もある。準備を急ぎたい。
➌今日はSOSがいちばん多い金曜日です。私だけでも3名の駆けつけ支援に都内を駆け回る。1人目は上野に向かう。20代の男性が待っていた。昨年に地方から上京してきたがコロナ禍で仕事もなく**区で生活保護利用したら10人部屋の無料低額宿泊所にいれられて逃げた。12月に緊急アクションにSOSをくれたが、生活保護はもう嫌だと考えて面会ができなかった。3ヶ月まえに電車の飛び込み自殺をはかった時に身分証明は全てなくした。今回は私が一緒に福祉事務所に同行して施設や無低に入所なんてさせないよ!彼は途中から泣いていた。本人希望で**福祉事務所で来週に保護申請に同行する。
❹2人目は常連の新宿駅西口に移動、また来たか!と新宿警察がウロウロしている。40代の男性が待っていた。2月に派遣の仕事で地方から上京したが、ブラック派遣、寮に住める期間中に次の仕事が見つからずm住所が無い状態でできる仕事もなく寝る場所の確保などで借金が膨らんだ、数日間の野宿生活、来週、生活保護申請同行します。
❺3人目も同じ場所で20代の男性が待っていた。大学卒業して会社に就職したがコロナで失職、東北の親の元には帰れない。東京でやり直したいとの思いを聞いて、来週に生活保護申請に同行する。これで来週の平日は毎日の生活保護申請同行となってしまった。23時に千葉担当の阪上さんから、駆けつけ支援が終わった!とのメールが届いた。

●2021/4/15 入管法改悪で送還させるな、廃案にさせよう!

4月15日(木)
❶今日の某福祉事務所での生保申請同行、この福祉事務所の相談員とは信頼関係が構築できている。「扶養照会」申請者の意向尊重求める厚生労働省通知が話題に、ベテラン相談員さんが「決まりだから扶養照会するしかなかったけれど、殆ど意味がないし、相談者が申請しずらい状況でした。今回は本当に良かったですね。皆さんの活動の成果ですよ」つくろい東京ファンドの仲間たちや生活保護問題対策全国会議が政府を動かす説得力ある提起をおこなったからだと思う。福祉事務所の相談員にとっても負担が軽減されるし、相談者の意思を尊重できる本当に良かった。気配りのベテラン相談員さんは、いつも私に感謝の言葉を口にしてくれる。
私もケースワーカーに引き継ぎ立ち去る相談員さんに、いつも頭を下げてお礼を言うようにしている。
❷昨日の深夜24時過ぎに来た21歳の関西からの女性MさんのSOS、同じ年の友人を助けてほしいと願う必死な声、今日の夕方に新宿駅西口前で、その友人Sくんと会えた。S君と会うまでには少し苦労した。「全く知らない奴が何をしてくれるのか」彼は東京に出てきたが仕事探しが上手くいかずに所持金が150円、両親は事情があり連絡がとれない。来週末から住み込みの仕事の面接が決まったが、お金が尽きた。泊まる場所がなく野宿、もう空腹で耐えられない、その事を知ったMさん、私が出演していたYouTubeを観ていて連絡をくれたのだ。ささえあい基金からの給付金を渡して、入寮するまで暮らしていけるようにした。最後に聞いた。「Mさんが助けてくれたんだよ。電話で話したけれど、泣きそうになりながらとても心配していた。彼女なの?」Sくんは答える。「彼女じゃないですよ~」私は言葉を返す「Mさんのような優しい女性を彼女にした方がいいよ」余計なおせっかいをしてしまった。たまたま自家用車の前では、総がかり行動の署名街頭宣伝がおこなわれていた。Sくんと一緒に菱山南帆子さんに会いにいってSくんは激励のエールを受けて、私と別れた。何故か私は街頭スピーチで支援現場の話をさせてもらう。高田健さんも優しい笑顔で迎えてくれた。今晩はSOSがなかったので国会前の「入管法改悪反対の集会」に少しだけ参加、当事者でもあるイラン人の友人と会う。彼は自らが入管で収容されて痛めつけられた経験を持つ。仮放免の現在も働くことが認められない、なのに彼は「お世話になっている」と言って困窮者支援の現場で一緒に汗を流す。私たちは彼の生存権を守らなければならない。入管法改悪で送還させてはならない。廃案させよう!

●2021/4/14 女性の貧困が深刻となっている

4月14日(水)
❶女性の貧困が深刻となっている。今日は3名連続しての女性相談者の対応となった。
最初は半年前から伴走を続けている20代の女性Mさんと隔週のメンタルクリニック訪問、私の尊敬する精神科医さんがMさんの大好きなムーミン人形を椅子に座らせて待っていてくれた。独りぼっちで暮らすMさんにとって対話を中心に治療を進めていくオープンダイアログが良い。不安ばっかりの心を「安心できる」雰囲気をつくりだす事で癒していく。独りぼっちにならないように、これから毎週、対話を楽しむ治療に一緒に通う事とした。
❷二人目は昨日にSOSで駆けつけた20代の女性、大学を退学するしかなかったが東京での生活を続ける事にした。もう親には頼れない。信頼する女性支援団体の方と面談、一緒に生活保護申請に同行してアパートを借りて人生の再スタートを目指します。
➌19時になり1時間遅れて池袋のワーカーズコープに移動して、ワーカーズコープと反貧困ネットワークが連携して3月6日に開催した「第二回しごと探し・しごとづくり相談交流会」の振り返り会議に参加、当日参加された私たちSOSを受けてが駆けつけて生活保護申請に同行した相談者14人のうち2人が4月からワーカーズコープの組合員となり常勤として就労することになったとの嬉しい報告、(1人は物流現場、1人は新宿らいふさぽーと事業(IT関連など)。ワーカーズコープからは、お茶の水ビジネススクールの外国籍の卒業後の就労がない中で、ワーカーズコープに紹介があり、ネパール、インドネシア、モンゴル出身の3人が常勤で就労することになったとの報告もあった。(経理、総務、ハウスクリーニングなど)。参加してくれた14名ひとりひとりの相談交流会終了後の就労ケアの進捗状況、アパート暮らしで抱える「死にたくなる程の孤独」にならないようにチームで相談者ひとりひとりに寄り添う必要性を再認識、反貧困ネットワークも法人組織がスタート、今日の会議も就労支援担当の山岸さん、外国人担当の原さんも参加、誰かが「気にかけて」繋がり続けていく事を基本に「職業紹介所」に終わらないようにしたい。また「人間扱いされない職場に戻る」のでなく、成果重視型でない協働労働の場づくりを主体的に形成していきたい。
第3回の相談会は、6月6日に開催することを確認した。
❹ワーカーズコープでの会議を中座して緊急SOS対応に向かった先は足立区の**駅で待っている20代の女性と待ち合わせた。地方の田舎町から上京して警備の仕事をしていたが、突然の雇止めにあった。今日の昼間に住み込みバイトの面接から、寮に戻ってきたら、会社の人間から「今日で退去しろ!」と強要されて荷物をまとめていたが今日からの居所がない。所持金は3000円、電話したら泣いていた。緊急アクションの他のスタッフからメールが来た。昨年9月のSOSでも同じ警備会社寮を強制退去、路上となった男性のアパート入居をサポートしたとの事、このような悪質で「人間扱いしない」会社は、落ち着いたら告発しなければいけないと考えつつも雨の中で持ちきれない荷物を車に積んで、今日からとりあえず「ささえあい基金」を使って行きつけのビジネスホテルに宿泊、金曜日に生活保護申請に同行する。
❺今晩はこれで終わりでない。蒲田駅では所持金157円で途方に暮れている30代の男性からのSOS、今日中に駆けつけるしかない。コメントに書かれていた。「住まいを無くして、引越、建築、倉庫などの日払いの仕事をして生活をしてきました。コロナウィルスの影響で日払いの仕事が少なくなったり、ネットカフェの休業になった事もあり宿泊できずに野宿する事が多くなりました。毎日お金の事や宿泊する所を考える生活に疲れてしまい、犯罪を犯して刑務所に入ったほうが楽なのではないかと考えてしまう時があります。」お会いしたNさんは「生活保護は若い人間は利用してはいけないと思っていました。」生活保護を利用したら、やり直しできるよ!生活保護申請に同行する事とした。
❻自宅に戻った時間は深夜の24時を過ぎていた。緊急アクションの相談メールが鳴った。関西の20代の女性からだった。「電話でいいので至急相談お願いしたいです。」同い年友人が東京で会社の面接で騙され所持金ゼロで途方に暮れている。助けてあげてほしい。私が出ていたユーチューブを見て連絡してくれた。友人を気遣い連絡をくれた。優しさが嬉しかった。明日に本人から連絡をもらいお会いする事にしました。今日も他のスタッフも各地から届いているSOSに全力で対応を続けている。



●2021/4/13 久し振りに参議院議員会館を訪問した

4月13日(火)
❶午前、久し振りに参議院議員会館を訪問した。ムーミン党の同志でもある福島県出身、日本共産党の岩渕友参議院議員と再会、昨年のコロナ感染拡大以前は原発事故避難者支援の問題では常に連携させて頂き、東日本復興特別委員会や予算委員会でも避難者支援打ち切りを常に取り上げてくれた。今日は困窮者支援の仲間でもある医師の谷川智行さんと一緒に、福島県内福祉事務所の生活保護申請時の違法行為や実態把握の必要性について共有して頂く事が目的だった。福島の実際の支援者と中継を繋ぎながらの
共有会議となった。
★九州から福島に来て福島市で原発作業員として働いていたが、突然、雇止めになり。2月から郡山駅前で路上生活、原発事故被災者支援を続けている福島の友人が声かけしてくれた。問題は郡山市の生活保護申請受理段階の対応だ。相談者の男性は路上生活で所持金は400円、それなのに福祉事務所では、申請受理したが、保護決定される14日間、保護費からの前払いも渡せない。一時的な居住場所も提供できないと主張した。これでは野宿生活を続けろ!と福祉事務所が強弁しているものであり、定められている「居宅保護」を逸脱している。2年前も同様の事案が発生している。その時の除染作業員(名古屋の笹島から福島市で住み込み除染作業で雇い止めにあい、歩いてK市に来て追い返され行方不明に)も、同様の対応をされた。今回は、支援者が同行して申請受理までされたが、生保決定まで、飲まず食わずで居所がなくても仕方ないとの態度に終始したらしい。支援者が一時避難先の空き室マンションをシェルターとして提供して、みんなで食糧と生活支援をおこなって何とかアパート入居までこぎつけた。
★以前から福島県内には民間の支援団体が運営する野宿を余儀なくされた人々のシェルターがなく、仙台や塩釜の支援団体が運営するシェルターで保護してきたと聞く。緊急アクションに届く相談者からのSOSでも南相馬など浜通りの原発作業員として全国から集まられ、寮に入寮して働くが雇止めにあい路上に放りだされたり、原発作業員の仕事があり南相馬に向かったが仕事がなかったとの話を聞く。そのような福島県だからこそ公設シェルターやビジネスホテル、県営団地の活用で居所を失った人々の一時利用住宅が必要なのだ。
★避難者は今、賠償や支援の打ち切りで生活に困窮している。浪江町の生活保護世帯は、2016年に14世帯だったのが、20年は74世帯に増加。孤立と貧困がすすむ一方、それが見えにくくなっているのも課題だ。事故から10年を迎え、落ち着いたかに見えても、避難者は孤立しています。避難先の地域にもなじめず、あい次ぐ賠償や生活支援の打ち切りで、もともといた自治体の支援も少なくなり、取り残されている、(福島民医連新聞3月号より)
❷「汚染水」放出決定の暴挙に抗議する官邸前集会が開かれている。でも我慢するしかない。参議院議員会館をでて、反貧困ネットワークのシェルターがある山谷泪橋に向かう。入居者のアパート入居が決まった。中央区で生保申請したが、日本橋や銀座方面に安価なアパートがないので三多摩地域でアパートを見つけた。今日は中央区との生活保護移管交渉、無事に交渉を終えた。もうひとりのアパート入居決定した相談者と連絡がつかなくなった。行方を捜す。まったく息が抜けない。泪橋ホールの多田さんが特別に料理してくれた「ドライカレー」が美味しい。
➌今日も多数の緊急SOSメールが夕方に集中して届く。対応チームで手分けして返信と駆け付けをおこなう。私は埼玉県内2か所を広域緊急対応、大学を退学するしかなかった女性が泣いていた。都内は佐々木君に任せた。神奈川では杉浦さんが対応、夜に千葉県からのSOS、阪上さんも連日の駆けつけになる。丁寧に困難案件の返信を次々とおこなう田川さん。チームで乗り切ろう!毎日毎日、

●2021/4/12 危険な入管法改悪を止めよう!4.22に院内集会

4月12日(月)

❶今週も福祉事務所での生活保護申請同行からはじまりました。前週の後半に対応したSOS、福祉事務所が閉まる土日の宿泊費と食費を渡して月曜日の生活保護申請に備えます。
今日は湾岸地域で信頼できる相談員さんが揃っている**福祉事務所に向かい30代の男性Tさんの同行です。少年時代から親を知らずに生きてきて、悪い事もいっぱいしてきた。それでも真面目に生きようとしてきたけれどもやり直しができない社会、許されない社会なんだ。コロナで更に追い打ちをかけられ、死のうと考えたけれど死ぬ事ができずに、千葉県から都内まで歩き続けてきて緊急アクションの相談フォームを見つけてメールしたら、すぐ返信が来た。嬉しかったという。今日の生活保護申請同行、犯歴があると東京都が提供するビジネスホテルの宿泊も許可されないルールがあると解っていたので、新しく綺麗な完全個室のドヤが近くにある福祉事務所で生活保護申請同行して無事に今日から泊まれる事になりました。「これから充分やり直す事ができる」
❷福祉事務所をでて近くのターミナル駅の路上でSOSをくれた50代の男性からのSOS、長く勤めていたホテルの清掃業務を雇止めされたという。最近本当に宿泊業関連の雇止め案件が多過ぎる。生活保護申請同行をおこなう場所を打ち合わせ、またホテル清掃の仕事に就きたいという。この世界しか知らないんです。ホテルが多くある地域の福祉事務所で保護申請同行する事とした。色々な世界があって色々な出会いがあるはずと思いながら。
➌夜は反貧困ネットワークの事務所に戻る。佐々木さんと原さんが膨大な助成金申請の書類をめでたく完成させていた。公的支援を受けれずに困窮する外国人支援には小さな団体の財政を逼迫する経費がかかる。私の事業計画に基づき、細かく予算書と提出書類を短期で完成させてくれた。困窮する外国人の生活費・緊急宿泊費・医療費・シェルター費用・寄り場費用・相談会費用、自助と共助でしか生存できない外国人の支援、公助はどこにいった!
❹事務所では二つの会議が同時並行でおこなわれた。4月22日開催予定の「入管法改悪反対!緊急院内集会」実行委員会と反貧困ネットワーク実務担当者会議、「入管法改悪反対!緊急院内集会」では反貧困ネットワークとして支援してきた外国人の窮状を報告する。法案では、国外退去の命令に従わない場合、1年間の懲役または20万円以下の罰金となる可能性がある。加えて問題視されているのは、法務省が難民と認めない決定を2回下せば、以降は強制送還が可能になってしまう仕組みだ。つまり、何らかの事情を抱え3回以上難民申請をしている外国人が、迫害の恐れのある国に帰されてしまう可能性があるということだ。私たちが支援してきた多くの外国人が該当してしまう。私たちがそれでも支援し続けたらほう助罪になるのか! 来週から衆議院法務委員会で審議されると聞いた。連休明けに採決される可能性がある。極めて危険な状況に対し、連帯行動を起こす。廃案に追い込め!
❺4月から一般社団法人に組織再編された「反貧困ネットワーク」隔週で実務担当者会議を開催している。支援してきた相談者個々人の支援状況を踏まえて今後の計画を共有する。シェルターの住人たちの外国人は全員が公的支援対象外だ。個々人の生活状況、健康状態を共有する。実務担当者会議の特徴は、理事、設立時社員がZOOMでオブザーバー参加できるようにしている。組織の透明性と多くのメンバーが日常運営に参画できるようにしていきたい。

●2021/4/10 午後から活動拠点である山谷泪橋に向かう

4月10日(土)
❶午後から反貧困ネットワークの活動拠点である山谷泪橋に向かう。4月から社団法人に組織変更、増加し続ける駆けつけ対応とその後の申請同行とアパート入居作業、就労ケア、寄り場づくり、シェルター管理、外国人支援など共に活動する予定の仲間たちを白石孝さんが連れてきた。シェルター、泪橋ホール、企業組合あうんなどをご案内、今日は広島県の小さな町からもスーパー婦人相談員さんの藍野美佳さんが上京してくれた。東池袋中央公園でのTenohashiの相談会では森川すいめいさんに会えて感激していました。その後の多摩川沿いからのSOSにも同行して頂き、東京の困窮者支援の現状の一端を知って頂いた。泪橋ホールでは、古井戸や泉谷しげるとコラボしていた往年のフォーク歌手のよしだよしこさんと真っ黒けぼっくす「酔いどれキネマ ミュージック#3」のLIVEのリハーサル!「満月の夕」と「サークルゲーム」聴けて良かった。反貧困文化祭で呼びたいです。
❷夜は藍野さんと一緒に多摩川河川敷の小さな駅に向かう。昨晩の午前2時にSOSが届いた。「おかねもなく仕事もつけず困っています。」所持金が500円の32歳の男性、寒い夜に河川敷で野宿していると思うと、とても心配になってすぐメールを返信、同報で知り合いの女性市議会議員さんにもメール、議員さんからすぐ返信が来る。一緒に会いにいこう。今日の夜に電話したら「僕のためにだけ来てくれるなんて信じられません。嬉しいです。」
夜19時に待ち合わせた。優しそうな好青年が待っていた。寒いのに薄着で小さなリュックがひとつ、公園で眠りについたらジャンパーを盗まれたという。もう10日間も野宿だという。東北のある町から上京した理由は「親に仕送りしたい」との理由からだ。建築業で自分でアパートを借りて頑張ってきたが、コロナで失職して家賃滞納で先月強制退去、心配する親がいる。厚労省通知で「扶養照会」は本人が拒絶したらOKになるからと話したら安堵した表情、来週に市議会議員さんが生活保護申請同行してアパート暮らしを最優先して暮らしを再建しようと合意、帰宅したら丁寧な感謝のメールが届いていました。もう独りじゃないよ。

●2021/4/9 闘う労働組合が介入すれば一発アウト!

4月9日(金)
❶午前の某福祉事務所内のロビーで、メチャ信頼している支援団体代表理事の女性Yさんとバッタリ出くわした。どうも対応していた相談者が待ち合わせ時間に来なかったようだ。来られなかった相談者のために奔走している事をYさんから聞いていた。現れなかった相談者の事を愚痴る訳もなく「よくあるよね」とニコリ、
❷某福祉事務所での生活保護申請同行、火曜の夜にSOSで駆けつけた30歳のイケメン男子、都内の有名チェーンホテルのフロントで契約職員として勤務していたが、コロナ陽性反応で長期休養が迫られた間に、予告なしの電話での雇止めを受け、寮からも追い出された。コロナの長期化で宿泊業界も厳しい状況にあっても許されない。「解雇予告手当」も支払われていない。闘う労働組合が介入すれば一発アウト! しかし今日は生活保護制度を利用してアパート生活など生活再建の土台をつくる。生保申請は受理されて、今日からビジネスホテル宿泊、アパート入居を目指すと同時に不当な雇止めをおこなったホテルチェーンの責任追及と補償を勝ち取ろう!
➌午後からは連合会館で、ソーシャルアジアフォーラム主催の研究会「貧困問題の“いま”」でZOOM講義、2008年の年越し派遣村の際に活躍された龍井葉二さん(元連合・非正規労働センター総合局長)に呼んで頂きました。ソーシャル・アジア・フォーラムは、1994年に日本、韓国、台湾の少数の労使関係研究者を中心に発足、2019年レポートを読むと、韓国の労働政策の動向と展望-最低賃金引上げ・労働時間の短縮を、地域単位社会連帯的雇用創出』戦略-光州型雇用創出モデルの研究交流をおこなっていますね。昨年3月に新型コロナ災害緊急アクション設立後に42の団体と繋がりましたが、労働組合との繋がりがPOSSEなどユニオン労組以外とは弱い状況にあります。年末から大久保公園での相談会などで連携関係が少しずつですが出来つつあります。今後の連携を強めていきたいと思います。反貧困ネットワークが2007年10月に結成されて暫くは労働組合のメンバーが多く参加していました。これからです。
❹今晩も多くの仲間たちが首都圏各地から届くSOSに駆けつけています。最近は千葉・神奈川からの問い合わせが急増しています。一般社団法人反貧困ネットワークの職員でもある阪上さん(千葉)杉浦さん(神奈川)佐々木さんが駆けつけ支援チームで飛び回っています。特に神奈川の杉浦さんは毎日飛び回る事態、18日に急遽ですが、神奈川の支援者会議を反貧困ネットワークが関わり開催、負担軽減と支援体制強化に取り組みます。

●2021/4/7 南浦和にある「アミーゴス」で三団体連携会議

4月7日(水)
❶午前は反貧困ネットワークのシェルター「ささえあいハウス」で入居している元ホストのK君を連れて二回目のメンタルクリニックへの通院同行、これまでも報告したとおり「生きていく自信がない」と消え入る声でいたK君は「ビジネスホテルで天井を見上げるだけの死にたくなる孤独」から私たちのシェルターに預かり、共に歩むステップに移行して以降、泪橋ホールの多田さんの毎日の優しさとシェルターの住人の当事者同士の繋がりで、奇跡ともいえる明るさを取り戻し、二週間振りに会ったクリニックの相談員もK君の変貌振りに驚いていました。これからも気を抜かずに伴走していきます。
❷メンタルクリニックから戻り、昨日のパルシステム神奈川に引き続き、FOEJapanの満田夏花さんを連れて、パルシステム東京の環境担当職員とパルシステム連合会の地域支援本部の談本部長と中根部長と面会、今後の脱原発・被害者支援・気候変動などの環境政策と組合員の学習の場づくりの連携について意見交換しました。貧困問題だけでく、脱原発や環境分野でも様々な市民団体とパルシステムの協働プラットフォームを強めていきたいと思います。私はFOEJapanを応援します。原発事故被害者救済運動の灯りを消せない。
➌反貧困ネットワークの事務所で一般社団法人移行後の会計実務の打ち合わせをおこない、夕方は、4月から反貧困ネットワークの職員となった原文次郎さん、佐々木大志郎さんと一緒に南浦和にある北関東医療相談会(アミーゴス)の事務所に向かう。今日はアミーゴスの長沢さんとクルドを知る会の松澤さん、温井さんと三団体連携会議を開催しました。コロナ感染拡大以降、多くの外国人の困窮が可視化されて、連日のようにSOSが続いています。ささえあい基金だけでも1250世帯に4000万円を超える給付金の支給、就労資格が与えられず公的支援も受ける事のできない外国人のなかには住まいからも追い出されて公園で野宿する人も増えた。身体が病んでも医療も受ける事もできない。子供たちの学校の制服も買えない。オモツも汚れて破れてパンパン、、このような状況に対して、それぞれの団体がシェルターを用意して住まいを提供したり、団体の少ない資金で医療費を捻出したりしている状況です。もうそれぞれの団体が単独で取り組む事も限界にきています。各団体の2021年度の事業計画や予算を共有化して事業連帯をできる事からおこない、力が分散する事のないようにしたり、知識やノウハウの学びあいや合同政策要求などできる事からはじめる事を確認しました。アミーゴスでは4月18日に川口で外国人向けの医療相談会を開催します。反貧困ネットワークでも都内で外国人版「大人食堂」開催の検討に入っています。外国人支援団体のプラットフォーム作りの役割を果たしていきます。
❹今晩もSOSが来ている。急いで都内に戻る。上野で待っていた30代の青年と市ヶ谷で待っていた青年、二人ともに所持金は100円以下で野宿生活が1週間に及んでいた。「死のうと思ったが死ねなかった。死ぬ前に最後にSOSメールをだしたら、すぐ返信が来て、とても救われたんです。」生きていようね。まだまだ人生これからだし、もう独りじゃない。何回も何回も声をかけた。来週になるが生活保護申請に同行してアパート入居を目指す。終了時間は今日も22時を過ぎていた。

●2021/4/6 ZOOM学習会「日常の崩壊と絶え間ないSOS」

4月6日(火)

❶今日の朝は新横浜で迎えました。9年間通い続けたパルシステム神奈川本部で開催された組合員ZOOM学習会「日常の崩壊と絶え間ないSOS」組合員さんを中心に120名が参加頂いたようです。会場として使用した2階の会議室で設営準備してくれた職員たちは、2001年~2009年にけんぽく生協と生協ゆいが組織合同直後の混迷した時期に、当時の事業本部長だった私の「迷ったら組合員に学べ!」「委託配送会社に丸投げするな!指示するのではなくトラックに一緒に同乗して組合員さんに声をかけよう!」の方針に共感しつつも文句を言いながらも一緒に夜遅くまで頑張ってくれた当時20代の職員たちです。共済キャンペーン中は配送担当が帰ってくれたら炊き出し飯が待っている。昔も今も行動スタイルは変わっていないんです。「現場にしか事実はない!」でも当時から怒られてました。「全然本部にいないのは問題です。本部長の仕事をしてくださいよ。」直す事が今でも苦手です。言葉も変わっていません。ひとり苦闘して悩む配送職員に「独りじゃないよ!」横浜マリノスではなく弱小の横浜FCの三ツ沢での試合に、悩める職員を連れていき、負け続ける横浜FCの選手のボロボロの雄姿を観ながら「これからだよ。ぼちぼちやろうな」。このマインドは不変です。
今日は20代の時に本当に生活面でもお世話になった、けんぽく生協時代の理事長、中村洋子さんも参加してくれていてチャットで励ましのメッセージを贈ってくれていたようです。ぜひ会いにいきたいです。何回も何回も泊めてくれて貧乏な頃の私にご飯を食べさせてくれてありがとう。病院に運ばれた時にもアパートに駆けつけてくれた事は今でも忘れていませんよ。
❷お昼には、FOEJapanの満田夏花さんに合流頂いて、パルシステム神奈川の環境政策担当理事と担当職員との懇談をおこないました。原発事故以降の原発事故被害者救済運動に参加するきっかけを頂いて以降、一緒に活動してきた同志です。たくさんの事を学んできました。昨年2月のコロナ感染拡大以降、多くの脱原発と被害者救済イベントの中止、福島現地の皆さんとの交流の縮小が続きました。今日の懇談でも話題となりましたが、甲状腺市民健診や保養活動も多くの生協で中止になっていて今後の存続も厳しくなっています。原発事故10年が経過して、健診も保養も必要性について意見が別れているようです。市民団体は経済的な問題、支援スタッフの高齢化などで活動継続が困難になっている団体が多いようです、コロナで復興支援員の戸別訪問もされなくなり、交流会も縮小・中止、被害者や避難者は孤立を深めているようです。多くの避難者たちが自立した生活を送る一方で孤立し困窮している。健康不安を抱える被害者 FOEJapanの矢野さんたちが取り組んでいる保養活動の「ぽかぽかプロジェクト」では活動を再開しています。保養に参加希望する家族が増えているのです。FOEJapanは原発問題だけでなく、気候変動や森林保全や開発金融など環境問題など活動は多岐に渡ります。原発事故から10年「福島を忘れない」で終わるのでなく、取り残された被害者が存在するのだから活動の歩みを止めてはいけません。私自身も「反貧困運動と困窮者支援」が多忙過ぎて、原発事故被害者や避難者問題に充分取り組めていません。満田さんたちFOEJapanの活動を応援し、どんどん繋ぎ、関わり続けたいと思います。
Facebookでは詳しく触れていませんが、私自身は、多くの福島出身の相談者と出会い、県外避難者のSOSにも対応しています。明日も満田さんと一緒に他の会員生協を訪問します。
➌夜は新宿駅西口で2人の男性のSOSを続けて対応しました。2人ともに若く同じくホテルマン、Aさんは福島のホテルを雇い止め、Bさんは、コロナ陽性で長期休養が迫られ、都内のホテルから解雇されたのです。酷すぎます。こんな事が許されていいのか!ユニオン労組に相談してみます。しかしコロナの長期化で宿泊業界も厳しい状況に置かれています。とりあえず野宿生活を続けられません。今日からの宿泊費と食費をお渡しして、生活保護申請に同行してアパート入居を目指します。

●2021/4/5「練馬住民連帯-反貧困練馬」がつくれたらいいな~

4月5日(月)
❶昨日の反貧困ネットワークのロングランイベントの疲れが残るなか、今週も福祉事務所での生活保護申請同行です。最近は男性相談者のすっぽかしが多いので、事前に何回も連絡して今日は会えました。逃げてきた職場は個人経営で作業スペースに監視カメラがついていて長時間労働の超ブラック状態、寮から退去してネットカフェで繋いでいたが、野宿生活となり、私たちと繋がった。無事に申請受理されて今晩からビジネスホテル、アパート入居を目指します。
❷夜は「吹っ飛ばそう!貧困in練馬実行委員会」です。地元練馬区で楽しく、お世話になり続けている「生活者ネット」の区議会議員のやないさんが言い出しっぺとつなぎ役と事務局を引き受けてくださり、今晩は練馬区の市民運動の有志が集まりました。5月23日(日)に食料配布&相談会を開催する事を確認しました。これから公園使用許可申請にはいります。昨日の反貧困ネットワーク新宿デモの時にもコロナの犠牲となった音楽ユニット「ALBA/TOROS」にライブしてもらいました。単なる相談会でなく「反貧困文化祭&寄り場」のような空間をつくりたいですね。練馬区で活動する反貧困関連の諸団体や居場所、子ども食堂やフードバンクなどの団体だけでなく、生協やJA、そして社協や生活保護担当部局にも呼び掛けて「練馬住民連帯-反貧困練馬」がつくれたらいいな~と思います。とりあえずはじめる事から、2週間に1度の実行委員会がはじまりました。

●2021/4/4(2)全国集会2021 希望に向けてディスカッション

4月4日(日)❷
新宿デモ終了後は反貧困ネットワークの全国集会2021「生きてくれ-コロナと貧困」を新宿文化センターで開催、コロナ定員105人で予約制の制約のなかでの開催となった。
❶反貧困ネットワークは、3月31日に「一般社団法人反貧困ネットワーク設立総会」をおこない、ネットワーク運動をつうじた社会的可視化の運動だけでなく、経済的弱者をささえあいの精神で支えあう「社会運動としての連帯協働組織」へと新たな一歩を歩みだした。集会の冒頭に代表世話人から理事長となった宇都宮健児さんが決意表明をおこなった。
❷セッション1は新型コロナ災害緊急アクションの取り組みを私と、外国人支援に取り組む移住連の稲葉奈々子さん(反貧困ネットワーク)から報告、在留資格がないことで、人間扱いされない不平等の中での外国人支援に取り組む現状を報告した。奈々子さんの報告の結びを共有したい。「法律のほうが間違っていることもある!良心に照らして、法律のほうがおかしいときには、市民はそれに従わないことが、市民の義務だ、という考え方がある。
・ガンジーも、サフラジェット(イギリスの女性参政権運動の担い手)も、公民権運動を担ったアメリカ黒人たちも、キング牧師も、マンデラも、皆、「間違っている」と考える法律に従わなかった。つまり「違法」なことをやった。でもそれは「正統」な主張だった。こうした運動の上に、現在の人権は成立している。
➌2008年末年始の年越し派遣村の時と大きく違う点は、集中型の相談会や炊き出しでなく、地域単位で相談会がおこなわれた事だ。今日の報告でも群馬・三多摩・千葉・埼玉のクルド人相談会の報告がおこなわれた。女性相談会では、2日間で122件の相談があり、50代が最も多く、次いで40代、30代、20代だった。今どんなことに困っているかという質問で最も多かったのは「仕事」、次に「心と体」、そして「家庭・家族」「ハラスメント・いじめ」と続いた。生活保護の申請を希望する人も複数いた。具体的には、以下のような相談が寄せられた。!地域で貧困問題に取り組む団体や自治体議員と連携、社協や市長も巻き込んだ事例も報告、一方で止まらない「生活保護申請時の追い返し」粘り強く申請同行をおこなっている状況が現在も続いている。
➌しんぐるまざーずふおーらむの赤石理事長の報告「自分のご飯は2日に一度にしている。
自分の食事は子供達の残り物、もしくは食べずにいる。」「公園の飲み水を使う。トイレも出来るだけ、外のトイレを使う。外出してないので入浴を2日に一度にし、水道光熱費を少しでもかからないようにしている。」非正規で賃金が安い。子育てを1人で担っている。十分な社会保障がないなどの平常時の不利に、飲食、サービス業などの時短非正規で仕事が減少などコロナ禍の不利が重なり、シングルマザーの7割がコロナによる雇用・収入に影響があったという。しんぐるまざーずふおーらむでは、「だいじょうぶだよ!プロジェクトを取り組み。お米、パッケージ、肉や野菜、お菓子をのべ22000世帯に届けるだけでなく、ふたり親含む、低所得子育て世帯への給付金を超党派議員に働きかけ政府を動かしている。見習いたい。
❹今日のシンポのもうひとつのポイントは、公共サービスの担い手の多くが、雇用の非正規化であり,ワーキングプア化している実態だった。正規の公務員と異なり,非正規公務員には法制度上の保護も代償措置もない。短期契約を繰り返しながら働く非正規の公務員驚く程の低賃金、自立支援現場の疲弊状況が報告された。相談者の方々より少しマシ…程度のワーキングプアな私たちが、夢や希望を持ち諦めない、というメッセージを送ることは難しい。困窮者ニーズに寄り添うように心がけても、住居確保給付金の受付が過重になり、困窮者自立支援ではなくなっている。相談支援員が「相談者」と審査機関である「市」との板挟みになり、相談者に理不尽に叱られて、ノイローゼ状態になる場合も多い。私たち自身が福祉の相談現場の現状を共有し、連帯していくかが問われている。
❺セッション③は希望に向けた討論は、友人でもある韓国の住民連帯運動の活動家であるカンネヨンさんからの報告だ。住民連帯運動を通じた「横の連帯構築」は公や自治体を巻き込み、社会的政治的影響力の拡大に繋げ、福祉や政治を変えていく実践、これこそ法人化した反貧困ネットワークが果たす役割であると再確認、課題別の運動を繋ぎ、運動や事業の共同化・連帯化をはかり、公との連携をはかる力をつくる事だ。明日、私の地元である練馬区で地域連携の反貧困運動の話し合いがおこなわれる。カンネヨンさんの活動拠点だったカナック住民連帯の「反貧困特別委員会」私の課題は決まった。

 

 


●2021/4/4(1)150人で新宿の街をサウンドデモ

4月4日(日)❶
今日は反貧困ネットワークの全国集会2021「生きてくれ-コロナと貧困」を15時30分から開催する。昨年3月以降、反貧困ネットワークが呼びかけた「新型コロナ災害緊急アクション」、「反貧困緊急ささえあい基金」の取組みをつうじて、多、現場での駆けつけ支援、いのちを繋ぐ取組みを続けてきた。本来は「公助」がもっと機能していれば救える事ができたのに、自己責任社会にもと「自助」ばかりが強調され、コロナで、仕事や住まいを失った
人々が路上に溢れた。「ささえあい基金」の給付でとりあえずの給付で繋ぎ、生活保護申請に同行して、丸投げともいえる施設入所強要を拒否してアパート入居を実現してきた。公的支援を受けれない外国人への生活支援、医療支援、シェルターも開設して、いのちと住まいを繋ぐ。このような外国人の生存権は現段階でも放置されている。
私たちは「共助」をおこない続けるが、本来は「政治の責任」であり「公助の責任」だ。これ以上の「福祉が人を殺す」事態は許されない。私たちは「ささえあう」だけではいけない。困窮者支援の現場の事実から、デモで路上から声をあげよう。「政府は責任を果たせ!」「福祉が人を殺すな!」反貧困ネットワークとしては2012年以降のデモだった。立ちあがろう!
●集会の冒頭は、音楽ユニット「ALBA/TOROS」メンバーの仲地さんからSOSを受けて駆けつけた、ライブの観客が減り始めた昨年2月以降、仕事が減り、この1年の収入は以前の1割になった。実家から食品を送ってもらうなどしてしのいできたが、音楽活動に必要なネット費用も払えなくなる寸前だった。お会いした時にYouTubeで聞かせてもらった。魂に響いた。「壊せ、そして、未来へつなげ 生きること諦めてんじゃねぇ―。」さっそく出演依頼した。繋がろうぜ!
●約150人がサウンドカーを先頭に新宿駅周辺を1時間にわたってデモ行進した。切実な言葉が目を引いた。またコールも楽しくも切実だ。「生きさせろ」「お金をよこせ」「住まいをよこせ」「携帯よこせ!」「外国人の生存権守れ!」長時間のデモで疲れたけれどまたやろう!声をあげよう。

●2021/4/2 邦衛さんは天国で親父と再会しているに違いない

4月2日(金)
❶今日の生活保護申請もすっぽかし、事前に何回も電話連絡しても音信不通、SOSに駆けつけた時には困難な精神疾患を抱えていて、事前に疾患の症状と民間での対処方法事例を勉強していた。疾患の症状は無料低額宿泊所の集団生活では他者からのいじめを受けやすいと聞いていた。信頼できる相談員と保健士さんがいる福祉事務所を選択していたのに本当に残念だった。彼は狭いネットカフェの天井を見上げて何を思っているのだろう。精神疾患が本当であれば、また連絡してほしい。ひとりで生きるにはあまりに冷たい社会だから!
❷夕方は上野駅からのSOS、三多摩地域の小さな代理店で店長代理として頑張ってきたが、過酷な労働環境と職場内に設置された監視カメラ、逃げ出すように仕事を辞めたが、コロナで仕事が見つからずに所持金が60円、来週早々に生活保護申請に同行する。
➌夜は反貧困ネットワークで運営するシェルター「ささあいハウス」に向かう。「泪橋ホール」で次々と入居者と面談、シェルター入居者の横の繋がりが深まっていてお互いを励ましあう。元コンビニ店長のTさんのアパート入居が明日なので餃子を食べながらのお祝い、泪橋が舞台のあしたのジョーを流す。「生きていく自信がない」とSOSをくれたK君にもシェルター入居中にも気にかけてくれた。多田さんは毎日弁当を届けてくれていたと聞いた。K君は「こんな仕事がしたいのです。」と相談してくれた。泪橋の住人たちの「支えあい」で小さな奇跡が起きつつある。その後も入居している外国人の方の生活支援の相談が続いている。入居している外国人は、就労資格がないので収入が無い。定期的に訪問する事は定期的に給付して命を繋いでいる事、出口がない支援、お金を渡す支援が続く。お金を渡すだけでない支援を考え続ける。とりあえず「寄り場」をつくる事を最優先したい。
❹田中邦衛さんが亡くなった。邦衛さんは親父が制作に関わった「若者たち」の5人兄弟の長男、太郎役を演じた。親父とも交流があった。天国で今頃、再会しているに違いない。泪橋ホールで親父の映画「襤褸の旗」を少し流してもらった。映画会をやろうと多田さんがいってくれた。

●2021/4/1 「ささえあいハウス」元ホストのK君の近況確認

4月1日(木)
❶反貧困ネットワークのシェルター「ささえあいハウス」で入居してい元ホストのK君の近況確認、「生きていく自信がない」とSOSを受けて以降、丁寧に見守り続けてきた。先週のシェルター入居で「ビジネスホテルで天井を見上げるだけの死にたくなる孤独」をこれ以上続けてはいけないと「ささえあいハウス」に迎え入れた。ハウスの住人と涙橋ホールの多田さんの優しさと手作りの餃子とカレーライス、2カ月間、1度も見せる事がなかった笑顔と、ガムとゼリーでしか栄養をとれなかったK君の顔色が健康的になっていた。今日は、シェルターの住人である元コンビニ店長のSさんが明日のアパート入居を控えて、近くにある企業組合あうんで家具什器選び、待ち合わせていた昨日の社団法人反貧困ネットワークの理事に着任した大塚さん、ビアンカさん、原さんを連れてあうんに向かった。
❷今日の夜は、企業組合あうんが中心となって設立した「一般社団法人あじいる」と反貧困ネットワークの合同会議です。アジールはフランス語で「自由領域」「避難所」「無縁所」という意味。様々な縁と切り離された人々が、ここで新しい縁を築き上げよう。もう一度仲間と共に胸を張って生きる場を作っていこう。そんな思いでつながった仲間たちと立ち上げた団体です。2019年、フードバンクと隅田川医療相談会を統合して、非営利団体の「一般社団法人あじいる」として出発、当事者を真ん中に、支援、被支援の関係ではない組織作り、他団体とのネットワークを強化して、貧困問題を社会的に発信しています。
➌反貧困ネットワークのシェルター「ささえあいハウス」を山谷泪橋に設置、多くの住人が公的支援も受ける事もできず、住まいからも追い出されている外国人を中心とした緊急宿泊先として位置づけました。住人である外国人のひとりひとりが深刻な困難を抱えています。共通している事は、「医療」「経済的困窮」「孤独」「在留資格」単なる住居提供では困難は解決できない事が身を持って体験、反貧困ネットワークだけでは問題解決できないのです。医療では日本の公的医療から排除されてきた彼らを「あじいる」の皆さんが地域の病院に連れていって頂き、見守って頂いています。「在留資格」問題では反貧困ネットワークの原さん、稲葉さんがビザの状態や入管の意思を確認しながら同行支援を続けています。日々の安否を確認してくれている管理人の内山さん、孤独に陥らないように「あじいる」の共同作業日に誘ったり、地域での支えあいが不可欠なのです。
★「反貧困緊急ささえあい基金」で4000万円、延べ1250世帯のいのちを給付金で繋いできましたが、給付金を渡すだけでは解決できない「住まい」「医療」「食」「寄り場」を地域の住民連帯でつくりだす為に、今後、月1回のペースで「合同会議」を開催して具体化していきます。方針化している「困窮している外国人を対象とした共配型フードバンク」や企業組合あうんで取り組んでいる「ソーシャルファーム=自律的な経済活動を行いながら、就労に困難を抱える方が、必要なサポートを受け、他の従業員と共に働いている社会的企業」も検討課題としていきます。

●2021/3/31 「一般社団法人反貧困ネットワーク総会」を開催

3月31日(水)
今日の夜に、反貧困ネットワークの「一般社団法人化」への設立総会が行われるので、事務局長の役割責任である設立総会の議案書を昨晩から朝時にかけて書き上げて完成させた。今日は午前の福祉事務所の生保申請同行はない。
❶午後から昨年秋にSOSを受けて駆けつけた20代女性Mさんを連れて、信頼するメンタルクリニックを訪問した、昨年秋に出会って現在まで精神サポートを継続している。生保は利用しているが、福祉事務所が提供した施設がMさんの「生きづらさ」の困難に対応できる場所ではなく、現在までMさんが安心できる場所で住む場所を探し、現在に至っている。その安心できる場所も居住期限は夏が来るまで、一生懸命に生きてきたけれど次に安心できる場所とひとりぼっちにならずに「生きる力」が作れるように、信頼できるクリニックの窓を一緒に叩いた。クリニックの先生の「オープンダイアログの精神療法」大切にされるのは、Mさんががいま話したいことを尊重することで、ゆっくりゆっくり傷ついてきたMさんの心をほぐす。暫く一緒に通い続ける事としました。「ゆっくりゆっくり歩いていけばいいよ。」
❷夜は「一般社団法人反貧困ネットワーク総会」を開催しました。反貧困ネットワークは、人間らしい生活と労働の保障を実現し、貧困問題を社会的・政治的に解決することを目的として2007年10月に設立しました。様々な分野や社会的な立場の「個別領域」を乗り越えて、それぞれの団体・個人が相互に連携し協力し合い貧困という大きな問題を解決するがために発足した経緯を持っています。新型コロナウイルス感染拡大で一挙に噴出した壮絶な社会の貧困状態で、ひとりひとりが経済的貧困と孤独と孤立で「死にたくなる」「死んでしまう」状況に追い込まれています。苦しみや悲しみを分かちあい、支えあう事で「生きていく力」に変えていく事、その為に「繋がりあい、支えあう事業」づくり「当事者が協働する事業」を本格的に開始する事にしました。
本日採用した、会計担当スタッフは、先日、緊急アクションのSOSで駆けつけた会計実務の有資格者の女性です。コロナ禍で真っ先に切り捨てられた女性たちが多くいます。多くの非正規の若者たちがアパートも借りれずにネットカフェで漂流してコロナで路上から悲鳴をあげている現実、私たちは、これからも路上からの悲鳴に駆けつけ、いのちを繋ぎます。給付金で生活を繋ぎ、公的支援に繋ぐだけでなく、その先も孤立する事なく、多くの傷ついた当事者の皆さんと一緒に支えあい、分かち合い協働する場づくりをすすめます。「生きていく事は良い事もたくさんあるんだ、」私たちは現場から社会を変えていきます。これからもよろしくお願いいたします。
(設立趣意書抜粋)
反貧困ネットワークは、人間らしい生活と労働の保障を実現し、貧困問題を社会的・政治的に解決することを目的として2007年10月に設立しました。新型コロナウイルス感染症の拡大のなか、「新型コロナ災害緊急アクション」を貧困格差に取り組む市民団体、NPO、労働組合に広く呼びかけ設立、「反貧困緊急ささえあい基金」を緊急アクションに参画する42団体で共同利用して、仕事や住まいを失った人々や、日常生活が困難に陥った人々、日本国籍を持たない人々への駆けつけ支援を通じて、いのちを繋いできました。1月の緊急事態宣言再発令以降、住まいから追い出された若者たちが再び急増しています。「死にたくないけど死んでしまう。」から「死のうと思ったが死ねなかった。」明らかに路上からの叫びが変わってきています。このような状況に何故、至ってしまうのか、困っている時に福祉の窓口に行った時に冷たくされて助けてもらう事も許されない。「福祉が人を殺す」こんな事態が今日も全国のあちこちで起きています。
そのような状況下で、私たちは任意団体でゆるやかなネットワークから「一般社団法人反貧困ネットワーク」として新たな一歩を歩みだします。「一般社団法人」に変わることで、ネットワーク運動をつうじた社会的可視化の運動だけでなく、ささえあいの精神で支えあう、事業をすすめることができます。新自由主義の被害者である当事者が、主体者として参画した「社会運動としての連帯協同組織」をつくり、協同互助の精神に基づき、生活困窮者に対する各種支援事業を行います。「個別」領域でなく、相互連携での社会運動ネットワークづくりを強め、「貧困問題を社会的・政治的に解決する」活動と事業をつうじて、これからも社会に貢献していく事としました。

●2021/3/30 孤立からの脱却、事例を増やしていきたい

3月30日(火)
❶今日も福祉事務所での生活保護申請からスタートです。何と昨日に引き続き脱法シェアハウス被害者の案件です。相談者は20代の男性Gさん、地方から上京して幾つかのシェアハウスやドミトリーを転々としながらアルバイト生活を続けてきた。しかしコロナの影響で、働く居酒屋のシフトに殆ど入れずにいる。月2万円の収入が精一杯、先週にSOSを受けた時に、働きながら、生活保護で生活に不足する費用を組み合わせていこうと提案して今日に至った。そういう訳で、シェアハウス問題で福祉事務所に相談にいった訳ではない。しかし居所があり生活保護申請した場合、アパートの賃貸借契約書の確認をおこなう場合が多い。Gさんが見せてくれた契約書は、契約書とは呼べない内容だった。①貸主の住所も連絡先が記載されていない(LINEで連絡をとるらしい)②建物所在が記載されていない③賃料は記載金額と実際は違う(ドミトリータイプで二段ベッドなどで半額以下)④居住占有スペースが不明④家賃滞納1カ月で退去 甲乙で押印されているので契約は成立しているが問題が多い。生活保護の住宅扶助費の必要㎡より狭い。ケースワーカーさんと協議して生活保護は受理し迅速に保護費支給はすすめるが、早期のアパート転居を一時扶助費を利用して、すすめていく事を確認した。地方からでてきて高額な入居費用が準備できない非正規の若者たちが、ネットカフェや脱法ハウスなど住居とは思えない場所で暮らすしかなきょじい実態が次々と明らかになっている。居住貧困にあえぐ若者たちへの公的住宅の提供や、初期費用補助や家賃補助、脱法ハウスの規制など、政策提起が必要であると痛切に思う。
❷午後からは自立生活サポートセンターもやいで2名の相談者のアパート入居の面談、居住支援コーディネーターの土田さんが丁寧に聞き取りをおこなう。とても嬉しかった事は1名の青年が、ワーカーズコープの常勤職員として就職が決まった事。少しずつではあるが、二回に渡るワーカーズコープと共催している「仕事づくり、仕事探し交流会」を通じて、私がSOSを受けて対応した「住まいと仕事を失った若者たち」が協同労働の現場で働く事が決まっている事だ。生活保護の利用期間を上手に活用して「就労ケア」をおこない、仲間として職場に迎える。SOSから生活保護申請からアパート入居まで、問題はその先からの孤立が心配なのだ。仕事づくり、仕事さがしをつうじた仲間づくり。孤立からの脱却、少しずつでも事例を増やしていきたい。

●2021/3/29 今週も生活保護申請同行からスタート

3月29日(月)
❶今週も福祉事務所での生活保護申請同行からスタートです。信頼できる**福祉事務所に20代女性のNさんの申請同行、脱法シェアハウスから先週木曜に一緒に脱出してビジネスホテルに宿泊支援して今日に至った。賃貸契約を締結する事なく、分譲マンションの1室を6部屋に区切り、4畳もない部屋に押し込み、社員として偽装させ社員寮として入居させ、管理人や近隣住民として接触させない。部屋には窓もなく消防法違反、このような脱法シェアハウスが首都圏で広がっている。Nさんは無事に申請受理されて今日から区が提供した個室アパートに居住してアパート転宅に向けて一歩を踏み出す。
❷午後からは新宿にあるTOKYOチャレンジネットに向かい、先週、SOS対応した女性Sさんの一時利用住宅入居に向けた同行交渉をおこなった。コロナの影響で事務職を雇止めされて、家賃滞納で追い出された。止む無く性風俗の仕事で命を繋いできたが、緊急事態宣言の影響で来店者が激減、転々としていた宿泊先のホテルに泊まるお金が尽きて給付支援をおこなった。緊急事態宣言が解除されて少しずつ来店者が戻ってきた。チャレンジネットの一時利用住宅制度(3カ月)は、就労中、または介護職就職により自立した生活を目指していて、東京都内での生活実態がある方は、支援の対象となる。Sさんは就労しているが、店から賃金明細が発行されず、現金手渡しである事から、一時利用住宅の利用証明が難しい事から、同行して交渉する事にした。相談員の配慮ある対応で無事に明後日から入居できる事となった。Sさんは、なるべく早く昼間の仕事に戻れるようにしたいと話してくれた。
➌今日は同時並行で、対応していた案件があった。連携支援団体からの支援要請だった。都内**区の福祉事務所で生保申請を一人でおこなった30代の男性、生保決定通知が下りるまで、郊外の無料低額宿泊所に入所させられた。劣悪な環境に抗議したらしい。今日は**福祉に呼ばれる。再度、区内の無料低額宿泊所に入所させられる可能性が高いが、どうしたら良いかとの相談だった。本来は生保を利用する権利と無低の入所は全く関係がない。
「生保利用の条件が無低入所である。」と言われたら拒否して私に連絡してほしい。今日から反貧困ネットワークのシェルターでアパート転居まで住まいを確保するとケースワーカーに伝えてほしいと!予想どおりケースワーカーは「無低に入所してほしい。反貧困ネットワークのシェルターなんか聞いた事はない。貧困ビジネスなんじゃないか」と言い放つ。この段階で電話を代わってもらいケースワーカーに直接説明した。「代表は元日弁連会長の宇都宮健児さん、事務局長は私だ。」ケースワーカーは態度を一変させ、アパート入居までのシェルター入居をあっさり認めた。今日からシェルターに宿泊している。
❹反貧困ネットワークの事務所に戻り。「実務担当者会議」を開催、法人事業体へ4月から移行するに当たり、実務担当者が集まり、週単位での生保申請同行者のその後のアパート入居までの進捗状況を共有、携帯電話がない方への「つながる携帯」の貸与、入居までの段取り、シェルター入居者の自立までの進捗把握、外国人入居者の在留資格状態や健康状態など個別支援計画の共有をおこなう。法人化に向けた諸規程の整備、法人定款登記までの行程確認、4月4日開催の「反貧困ネットワーク全国集会」の準備含めて、課題は盛りだくさん!
19時からは外国人支援担当の原文次郎さんと一緒に、入管収容問題を考えるショーシャルワーカーネットワーク主催の「非正規滞在外国人の人権を考える~新型コロナ緊急アクションの現場から~」のZOOM講演を務めるが講演中も横浜から、新大久保からのSOSメールが続く。緊急対応が必要だ。夜はゆっくりできない。こんな生活が1年続いている。
❺21時30分に向かった新大久保からのSOSでお会いした30代のYさん、3月22日に**福祉でひとりで生活保護申請したが無低の五人部屋に強引にサインさせられ入所、タコ部屋状態で日曜日に逃げてきた。 まだ生活保護決定通知決定も連絡はない、明日に**福祉事務所に生保取り下げを連絡して週末に生保申請同行してアパート入居を目指す。
政府は国会で「生活保護は権利です。ぜひ利用してください。」と言う。しかし福祉事務所の現場では「追い返し」と「無低や施設に入所しないと生活保護申請は受理しない。」福祉が人を殺す。厚労大臣は私の支援現場に同行して現実を直視してほしい。現場は改善どころか泥沼状態なのだ。

●2021/3/27 「さようなら原発首都圏集会」デモに参加

3月27日(土)

❶今日は日比谷公園野外音楽堂で「さようなら原発首都圏集会」が開催されている。主催はさようなら原発1000万人アクション、10万人が代々木公園に集まった全国集会で、武藤類子さんの感動的スピーチを聞いて以降は欠かさず参加、2014年からは実行委員会メンバーとして集会運営にも関わってきた。しかしコロナウイルス感染拡大以降、休む事もままならない困窮者支援で関わる事ができなくなった。現場支援活動が本格化するのは午後から21時過ぎまで、今日は疲れの回復のために、集会参加断念しようと考えたが、やっぱり原発反対の仲間たちに会いたいと思い、デモの途中から参加した。解散地点で多くの仲間たちが声をかけてくれる。ひとりひとりの笑顔がとても優しい。また「さようなら原発」の運動に戻りたい。原発事故被害者の切り捨ては続いている。

❷デモに向かう途中の車中でもデモの途中でもSOSメールが次々と届く。今日助けにきてほしいとの直電が入る。1年間続いている。解散地点近くの交通会館内の椅子でメールを次々と返信した。赤坂から、関内から、新大久保からSOSの悲鳴が止まらなかった。今日のSOSでお会いしたのは全員が20代だった。
➌赤坂見附駅で出会った青年、九州の出身、離婚後に転々としながら建設業で寮暮らししていたがコロナで失職!住まいも追われた。月曜日にで寮付き派遣の仕事が決まるかも知れない。駄目だったら生活保護申請するしかないとの事、「別れた女性と一緒に暮らす子どもの養育費だけは稼ぎたい。ちゃんと会えるようになりたいんです。」普段は「頑張れ!」と言わない支援だが、今日だけは「頑張ってね。」といった。
❹赤坂から東池袋中央公園のTENOHASHIの食糧配布相談会に向かった。340人が参加したと聞いた。その場でSOSを受けた20代の女性とお会いした。以前から相談を受けてきた。IT企業で働くが収入が半減してしまい、家賃が支払えない。緊急給付をおこなうと同時に今より安いアパート転居の段取りの打ち合わせ、入居費用をビッグイシューの「おうちプロジェクト」を利用できるように協力していく。
❺新大久保では20代の青年が待っていた。20代の真面目なS君は、精神的困難を抱えていた。困難な病のせいで集団生活でいじめられ続けてきたという。現在の福祉制度では障害者手帳を所持していない困難を抱える人々が、真っ先に社会から切り捨てられてしまう。施設入所でなく、個室で暮らせるよう治療含めてケースワーカーや保険士がしっかり対応してくれる福祉事務所で生活保護申請に同行する。もう独りじゃない。
❻次のSOSは、川崎市内だ。到着は22時近くになった。反貧困ネットワークの神奈川支援担当で毎日にように奔走させてしまっている杉浦幹さんも現地で合流してくれた。待っていた20代の青年は所持金はゼロ円、コロナで仕事を失いネットカフェで暮らす。ガソリンスタンドでバイトしていて、4月15日からアパートが決まっていて初期費用払ったら所持金なくなってしまった。次の給料までの命を繋いだ。今日の帰宅時間は24時を過ぎていた。止まらないSOS、首都圏のあちこちで20代の若者たちの悲鳴が続いている。

●2021/3/26 夜は女性からのSOSが連続した

3月26日(金)

❶午後から池袋のビジネスホテルに2名の相談者、上野で1名の相談者を車で迎えにいき、反貧困ネットワークが運営している個室シェルター「ささえあいハウス」に向かった。

池袋の2名はいずれも、1月にSOSの駆けつけ支援をおこない、生活保護申請同行してアパート探しをすすめてきた。しかし、依頼していた不動産屋の担当が病気で倒れてしまい行程が遅れてしまい、生保申請受理日から2か月が経過した今日、ビジネスホテルを契約期間満了で退去、アパート入居日までは反貧困ネットワークが運営している個室シェルター「ささえあいハウス」で居住に責任を持つ事にしました。2名は既に友達になっていたようで、勝手に支えあっていました。当事者同士のつながりは凄いんです。A君はコンビニ店長を雇止めにあい、B君は建設職人で仕事を失い、神奈川県の大和市で「水際作戦」で追い返されて私にSOSが届いた。辛い経験を持つ二人が助け合っていたのです。
★上野のビジネスホテルで迎えた「生きていく自信がない」とメールが来て駆けつけた20代の青年K君も今日でビジネスホテルの契約期間満了、毎週会いに行き「死にたくても死ねなかった。」傷つき過ぎた心の回復に向けて対話を続けてきた。最大の困難は「孤独」ビジネスホテルの小さな部屋の天井だけを見つめていても希望は開けない。今日から、私たちのシェルターで暮らす事で、「独りぼっちじゃない空間」「貧乏だけど幸せな瞬間がたくさんある体験と仲間たち」がある場所への階段を登る事とした。シェルターに到着してすぐ近くにある「泪橋ホール」に行ったら、シェルターの住人たちが集まってきた。ブラジルやインドの住人もやってきた。いつも笑顔で迎えてくれるオーナーの多田さんに癒され、励まされる。嬉しい事があった、全くご飯が食べれないK君が、おかしい仲間たちとの会話に加わり、自分の辛かった経験を語り、多田さんの餃子や内山さんがご馳走したカレーを美味しそうに食べたんだ。ガムとゼリーしか食べれなかったのに、そして、出会って2カ月間、笑った事がないK君が笑ってくれた、本当に嬉しかった。これからも一歩ずつ歩いていこう。もう独りじゃないんだよ!「優しい時間と優しい仲間に溢れている。」
❷夜は女性からのSOSが連続した。三多摩地域の女性に会いにいった。所持金2000円一昨日から連絡があり、会って相談したいという。コロナ前まではゼネコン業界の契約社員で働いていたが、非正規ゆえに真っ先に雇止めされてアパートも家賃滞納で強制退去されて、現在はネカフェ暮らしを繰り返しながら風俗店で働くがコロナで客が途絶えた。その日にならないと収入が解らないその日暮らし、でも簡単に仕事を捨てられない。TOKYOチャレンジネット、おうちプロジェクト、いくつかの選択肢を考えながら、住まいの確保の方向性を定めていく事に協力していく。
➌2人目は東京タワーが見える都心の街へ、一人目と同じく40代の女性、所持金200円、コロナで会計事務の仕事を雇止めされた。数日後に電気、水道が止められる。家賃未払いで4月中旬に強制退去が迫られる切羽詰まった状況だ。居住地である**区に生活保護の相談にいったら「働けるのだから」と言われ追い返されたという。住居追い出しが迫っている事から。退去後の住まいの確保方針、生活保護の申請同行場所と時期の打ち合わせ、会計実務のスキルも高いので職務経歴書を送付してもらい、仕事づくりも協力できる。継続して支援して、生活再建に向けて継続して応援していこう。

●2021/3/24 本当にゆっくりゆっくり歩いていこう

3月24日(水)
❶何と今日も午前の生活保護申請同行、福祉事務所前で待つが相談者の男性、約束の時間に現れない。これで直前キャンセル、ドタキャンが3日連続です。今日の相談者は昨晩も連絡をとりあっていた。でも待ち合わせ1時間前から何回も電話しても電話に出ない。嫌な予感がしても引き返せない。待ち合わせ時間を45分過ぎても現れないので撤収、救いだったのは、撤収直後に「寝坊しちゃいました」メール、今日も他の若い男性相談者にアパート契約の件で電話しても繋がらない。ここでも「寝ていて気付きませんでした。」メールが続く。
でもしょうがないと思う。仕事もなくお金もなくビジネスホテルやネカフェやアパートに引きこもる日々、何もする事もなく気がついたら昼夜逆転、そういえば僕らの世代だって、学生時代は、アルバイトを寝坊しまくりで転々としまくりでアパートの寝床には当時のバイブルだった「週刊アルバイトニュース」が山積みだったから、、そんな事を思い出しながら次の支援に向かう。
❷午後は「「生きていく自信がない」とメールが来て駆けつけた20代の青年Kくんと週1回の面談日、今日はゆうりんクリニックを訪問、ケースワーカーさんと相談員さんと今後のサポートについての打ち合わせ、これからも週単位で傷づいた心を回復させる。K君と出会ったのは1月初めの寒い夜過ぎて、もう暖かな春が来たんだよ。K君を乗せて走らせる車窓からの桜満開、二人で眺めた。これからも一緒に歩いていこう。本当にゆっくりゆっくり歩いていこう。

●2021/3/23 ドタキャンするのは全員男性です

3月23日(火)
❶午前の生活保護申請同行、今日もドタキャン。ドタキャンするのは全員男性です、前日まで「必ず行きます。」そんなメールが来て現地に向かったら待ち合わせ場所に来ない。連絡しても返信は来ない。時間があれば寝ているか、溜まった仕事をこなしたいですね。さすがに愚痴がこぼれます。
❷お昼から代々木総合法律事務所の林治弁護士を訪問、林さんといえば「首都圏追い出し屋対策会議」などで、「脱法ハウス」に居住し、立ち退きを迫られて困っている方々を対象に相談に乗り、悪質業者を告発するなど、住まいの貧困分野の「闘う弁護士」として最前線で活躍する。反貧困ネットワークの顧問弁護士でもある。
先週に三多摩の**市からSOSを頂いた初期費用ゼロの「シェアハウス」に入居した20代の女性Nさん、止む無く初期費用ゼロのシェアハウスに入居したが契約内容がおかしい事に気づいた。分譲マンションの1室を改造して部屋が6つに分割されている。契約内容も入居者は㈱**の社員として契約して「社員寮」と位置づけられて、マンションの管理人との接触は一切してはならないと記されている。インターホンが鳴っても、宅配などが届く予定がなければ、絶対出ないでほしいとも記されている。今日の面談でNさんが部屋の動画を見せてくれた。たったの3畳部屋、驚いたのは窓なしの部屋、震災や火事があった場合の逃げ場がない。更に驚いたことに、シェアハウスの管理会社から「お金貸します。」のメールが届く事、林弁護士は、2013年に、極端に狭いスペースに違法に人を住まわせている「違法貸しルーム」(脱法ハウス)の疑いのある物件調査を、住まいの貧困に取り組むネットワーク、国民の住まいを守る全国連絡会と実施して、国土交通省に通知を出させている。林弁護士は嘆く。「まだこのような悪質シェアハウスが増えているのか!」コロナ禍でどんどん明らかになってきている。Nさんとは、このような悪質なシェアハウスから一刻も早く退去して、私たちの支援で、生活保護を申請してアパート生活を目指そう!と確認した。可能であれば、この悪質管理会社を摘発したいと考えている。
➌法律事務所を出発して、**ビジネスホテルで先週に生保申請同行した30代の青年Yさんのフォロー面談、信頼できる福祉事務所を選択したつもりだが、Yさんは今までの数回の生保経験で全て劣悪な施設入所が強要された経験が完全にトラウマとなっていて不安を拭えない。ビジネスホテルの狭い空間、少ない貸付金での生活に圧迫感が強まる。私は励ます。」「二歩下がってもいいから三歩前に歩こう。」金曜日には保護決定が下りる見込みだ。納得できるアパート探しを始めよう。独りにはしないから!
❹ビジネスホテルを出発して、台東区にある「反貧困ネットワークシェルター:ささえあいハウス」の定期訪問、今日は入居者面談を3名おこなう。新宿駅南口で声かけしたフェルト人形アーティスト夫婦のクマさん、夫婦世帯のアパート探しは単身者アパートより時間はかかっているが、本人は絶好調!少しづつイベントが復活したり、作品を買いたい人が来訪したり、死にかかったアーティストが再び輝き始めている。千葉から入居したSさんは26に日にアパートが決まった。荒川で生保利用しているMさんもアパート探しが本格化ひている。大変なのは外国籍の3名、行方不明だったインドのPさんがふらっと登場した事に安堵、今度は黙っていなくなっちゃダメだよ!Pさん含め3名の外国籍の入居者は全員が仮放免、入管対策や医療と健康面など今後の支援計画も紆余曲折、、出口が見えないけれど「命を繋ぎ続ける」しかないと考えている。今週金曜日には何人か新たな日本人入居者を迎えるにあたって施設担当の内山さんと那須さんと打ち合わせ、原さん 早く帰っておいで!

●2021/3/22 今日の彼女は1時間、喋り続けた

3月22日(月)
今日は午前も午後も予定していた生活保護申請同行がキャンセルとなった。午後に反貧困ネットワークの事務所で4月4日に予定されている「反貧困ネットワーク全国集会」の準備作業をおこなうが全然進んでいない。夕方からはSOSに向かう。
❶都内湾岸地域で待っている50代の女性相談者に会いにいく。知り合いのジャーナリストから紹介を受けた。2019年に悪徳福祉ビジネス会社から不当にも解雇され、コロナ禍で仕事が見つからずに、以前は自分には無縁だと考えていた経済的困窮状態に陥り、生活保護を利用するに至ったという。大好きだった趣味にも通えずに孤独に陥り、精神疾患も重たくなってくる。今日の彼女は1時間、喋り続けた。人と話せる事が楽しいと笑う。途中で私が信頼する支援団体の女性にオンラインで繋ぎ、今後の方向性について一緒に考える。孤独から脱出する事で精神疾患をどこまで癒す事ができるだろうか。
❷2人目は自宅の近くにある地下鉄**駅近くの20代の青年が待っていた。所持金は60円、シェアハウスの家賃を滞納、未払い家賃を貸してほしいとのメールだったが、根本的解決にならないし、金貸し団体でもないので、お断りしたうえで青年の家に向かった。真面目で礼儀正しい青年だった。現在も、居酒屋店員で働くが給料は月2万円にしかならない。これでは家賃も払えない。今週に一緒に福祉事務所に生活保護を申請して、働きながら生活の安定化を目指す。
➌3人目は10分程の場所にある中野駅前での待ち合わせ、21時に40代の男性がベンチに座っていた。両親は彼が小さい頃に亡くなり、児童養護施設で暮らしていた。大人になって頑張って働き続けた。しかし、千葉県内の寮付き派遣で働いていたが2月で雇い止め。寮も追い出されて、千葉県K市で生活保護の相談にいったら「施設に入らないと申請受理しないと言われた。中野は面接で来ただけ土地勘も全くないという。所持金は13円、今晩は野宿を覚悟していた。K市の対応は『水際作戦』の典型例です。厚労省の通達があっても、実際の現場では、今でもこういう虚偽の情報提供や誤った対応が横行しています。「福祉が人を殺す」私たちと繋がれて良かったですね。今週、生活保護申請同行します。安心してアパート暮らしを始めましょう。

●2021/3/20 片山かおるさん 最終日の駅頭宣言に駆けつける

3月20日(土)
仕事や住まいを失った人々からのSOSを受けての現場駆けつけや福祉事務所同行や相談者のメンタルフォローが続き過ぎて、大切な大切な友人の選挙応援に駆けつける事ができないでいた。原発事故の翌年である2012年以降、原発事故被害者支援、日韓市民連帯、そしてコロナ感染症拡大に起因した困窮者支援、ずっとずっと一緒に活動してきた。3月21日(日)投開票の小金井市議会議員選挙において4期目の当選を目指す、片山かおるさん、最終日の最後の駅頭宣言に駆けつける事ができた。
●片山さんが凄いところは「ネットワーク力で課題を解決すること」ひとりで問題を解決するスーパーヒーローや指導者を好まない。少しづつの力を寄せあって課題を解決していくこと。地域を変えていくことに必要な事を教えてもらった。強い者の政治から弱者の政治へ、ただの市民が地域を変えていく。
●コロナで多くの人々が疲れきってしまった。誰にも相談できずに独りぼっちで「死にたい」と眠れない夜を過ごす人々が多くなった。もう速く歩く必要なんかない。ゆっくりゆっくり歩いていけばいいよ。でも必要なのは「分かちあうこと」片山さんが目指している政治は「分ちあう政治」なんだと思う。市民ひとりひとりが少しづつの「優しさを持ち寄って」地域を変えていく。僕は片山さんから色々な事を教えてもらった。大切な友人です。

●2021/3/19 やない克子区議・練馬の市民運動の仲間と作戦会議

3月19日(金)

❶午前は、練馬区役所の区議会控室に、やない克子区議(生活者ネットワーク)さんと練馬の市民運動の仲間たちと作戦会議、私の地元である練馬区でも困窮者支援の活動ネットワークを作ろうと意思一致、三多摩でも府中派遣村やさんきゅうハウスなどの支援団体、自治体議員や法律家ネットワークが相談会をおこない、瀬戸の地元である練馬でもやろうよと声かけしてくれたのだった。今日の作戦会議では梅雨になる前に、練馬駅前の公園で相談会を地域の団体と一緒に開催する事、反貧困文化祭のように、コロナでライブやイベントがなくなり困窮してしまったアーティストが演じる場づくりや、その後の「ささえあいのネットワークづくり」住民連帯運動のきっかけになればと思う。これから準備がはじまります。
❷午後は**福祉事務所に向かう。昨日、体調不良で今日に生活保護申請同行する予定だった30代の女性相談者がしっかり体調回復、3回目の正直で生活保護申請が受理されました。昨日まで携帯電話が繋がっていたのに、今朝の電話は公衆電話からだった。何と今朝に携帯が料金滞納で止まってしまった。携帯がないとアパート探しも求職活動も困難になる。滞納金額は6,000円、今日17時まで振り込むと復活できる。急いで6,000円をささえあい基金から追加援助して生活保護申請、都内で断トツレベルの福祉事務所、アパート探しの面談も終えて、今日からビジネスホテルに泊まる。本当に良かったね。同じ時間に同じ区の別の福祉事務所で申請同行したベトナム人女性Rさんから喜びの電話が入る。保護が決定されて今日からアパート探しを福祉事務所が一緒におこなってくれるとの事。都内の福祉事務所がみんな同じような対応をしてくれると本当にいいよね。
➌夕方に江戸川橋にあるNPO自立生活サポートセンターもやいの事務所に向かう。私が申請同行して既に生保が利用開始されている3名のアパート探しの面談立ち会い、居住支援コーディネーターの土田さんたち3名の担当職員が同時面談、ビジネスホテルの滞在期限中のアパート入居を目指します。私自身の駆けつけ支援、生保申請同行件数があまりに多いのでアパート探しはもやいさんの協力が不可欠です。ネットワーク力で支援していくしかありません。
❹今日も夜のSOSが続々と届きます。東京だけではありません。今年になって困難な相談案件が続いています。田川さんは相談メールに次々に回答しています。私は18時から新宿駅西口に自家用車を停車させて、30代の男性2名の相談対応をおこなう。二人とも30代の男性で東北出身で、既に野宿状態です。ひとりは元ホストです。最近、ホストクラブのイケメンホストが野宿に追い込まれる事例が頻発している。1年半前までは生活保護など全く無縁で生きてきた。生活保護の基本説明をおこなう。来週一緒に福祉事務所にいこう。二人ともに明日までに答えをだしてくれる、
❺20時過ぎに、電話で「助けてほしい!」と連絡をくれた50代の女性からのSOSに駆けつけたのは埼玉県近くの団地の近く、同居する家族と喧嘩して家出してしまった。所持金は12円、愛の手帳を所持している。東京から遠く離れた地域で生活保護申請に同行してほしいと頑ななのだ。希望地を聞くと、沖縄や大阪で暮らしたいという。そんな事はできないと答える。でも絶対に家に帰らないし、帰れないと抵抗される。とりあえず横浜の寿支援者交流会のオリジンが対応してくれると連絡をくれた。横浜までの交通費を渡して、明日にオリジンと一緒に対応する事を決めた。自宅に帰ったら、女性から電話が入る。「家族から帰っておいでと言われたので帰る事にしました。」本当に本当にほっとした。仮眠して地方からのSOSに返信する。猫がいて家がなくなる相談者からだ。何だか凄い「底抜け」になってきた。

●2021/3/18 シンポ「コロナ経済危機下における雇用と生存権」

3月18日(木)
❶昨日、体調不良で今日に生活保護申請同行する予定だった女性相談者、朝の出発前に電話連絡を続けたが繋がらない。心配しながらも待ち合わせの時間である10時に福祉事務所に到着、彼女は来ていない。10時20分頃に携帯電話が鳴った。今日も引き続きの体調不良、心配だったので彼女が宿泊しているネットカフェに移動して直接体調確認と食費を追加給付、3度目の正直の生活保護申請同行は明日に延期、体調回復する事を願っています。
❷午後は横浜市**区の福祉事務所に向かう。横浜市といえば3月9日神奈川区における生活保護「水際作戦」についての抗議・要請行動をおこない、二日後の3月11日、市として不適切な対応の改善を認めたうえで、改善の取り組みを開始していると聞いている。今日の相談者の生保利用中の夫婦も以前から福祉事務所の理不尽さに怒り、私に同行を依頼してきた。私自身の今日の方針は、「時系列で経緯を確認する事を基本に、対立の根本原因と責任の所在を明らかにして、事態を正常化し、適切な保護を受ける。」この事に徹した。時系列で確認してみると、**区の違法性は見当たらない。確実に言える事は、丁寧な説明ができていたのかに尽きる。複合的、複雑化してしまった問題をひとつずつ整理する。崩れた信頼関係を作りなおす時間、支援者の重要な役割のひとつなのです。
➌夜は連合会館でのシンポジウム「コロナ経済危機下における雇用と生存権~再び労働と貧困を問う」に参加して、緊急アクションの活動報告とパネルディスカッションでの討論、年末年始のコロナ村相談会、先週の女性相談会、派遣ユニオンや移住連のこの間のコロナ禍の活動を踏まえた政府・地方自治体等に対する要求と政策提言をどのように提起していくのかがポイントであった。非正規労働者を正社員より先に人員削減やシフト減の対象としてよい事などコロナ禍で当たり前になっている。正社員と平等に非正規労働者にも整理解雇法理を適用して保護する政策、休業補償の充実支援など労働分野の政策提起、緊急アクションでは労働分野との連携が弱いので、今後は連携を強めていきたい。介護の資格訓練だけではダメで、仕事の創出・提供・調達と失業対策事業、伊丹ワーカーズコープの就職斡旋例や、労働組合の労働者供給事業の活用も、法人反貧困ネットワークの重点課題として調査をすすめていこう。エープラスの吉祥さんも強調していたけれど、困窮状態にある方に「現金給付」住まいのない方に「住宅支援」もっともっとシンプルでタイムリーな支援を!
❹パネルディスカッションでの討論中にもパソコンでメールチェックと返信作業、緊急アクションで共に活動している田川さんからメールが飛んでくる。これから新宿でSOS対応にいけないか。20時30分になり、終わらない討論を抜け出して新宿駅西口で待つ20代の青年、30代の男性に会いに行く。2人ともに東北出身だった。今日から野宿生活を強いられる寸前だった。Aさんは来週に生活保護同行、Bさんはアルバイトが決まっているのでTOKYOチャレンジネットでの一時住宅制度を活用してもらう。終わりのないSOS対応、いつまで続くのか、、
❺嬉しいメールが届いた。5月に成田空港周辺のホテルを雇止めされて対応したMさんからだった。「3月で生活保護廃止決定となりました。仕事のほうは、ビジネスホテルの清掃責任者をしています。瀬戸さんには御礼をいくら言っても足りないくらいお世話になりました。反貧困ネットワークのHPの瀬戸さんのサポート日誌はちょくちょく目を通してます。自分にも何かやれる事、手伝える事があればなあと思っています。お忙しいでしょうが、またお会い出来ればと思っています。」初めて会った時の不安な状況を今でも思い出します。これからは友人ですね。本当に嬉しかったのです。

●2021/3/17 シェルターで今日から安心して寝れますね

3月17日(水)
❶今日は予定されていた女性相談者の生活保護申請同行が、本人の体調不良で明日に延期となったので、対応中の相談者が一時居住しているビジネスホテルに向かい、続けてフォロー面談をおこないました。現段階においても20名を超える進行中の相談者がいます。アパート探し中の相談者、生保決定待ちの相談者、孤立や心の病を抱えていて継続的に伴走を続けている相談者、それぞれの課題を抱えています。今日も「本当にアパートで自立など私にできるのだろうか。自信がない。何回も支援者に裏切られてきた」と嘆く30代の青年、結果的に何回も劣悪な施設に入所させらてきた経験ばかりだったから、、今回はしっかり寄り添っていきたいと思う。もう一人の相談者である20代の青年、「生きていく自信がない」とメールが来て駆けつけた。彼とは毎週1回は会う事にしている。前髪からストレートに目が見えないように伸ばしているので、眼の表情や眼差しを知る事ができなかったのだけれど、今日は、眼差しをかなり見せてくれるようになった。とても嬉しかった事は、出会って2か月経過して、私のどうでもいい会話に反応して、はじめて小さく笑ってくれた。出会って2か月ではじめての笑顔だったから嬉しくて嬉しくて、、ゆっくり歩いていこう。一緒に!
❷今晩は新規のSOSもなく帰宅しようとしたら携帯電話でSOSがやって来た。四谷に事務所を持つ女性弁護士さんからだった。年末の新大久保相談会で一緒だった。居所もなく所持金120円の状態で、事務所に駆け込んだ南米の40歳の青年のMさん、日本で暮らして20年、少し前まで定住ビザだったが、トラブルに巻き込まれて「仮放免」にされてしまった。今日からも泊まる場所がない。青年は、故郷の国に帰りたい。しかし入管に相談にいったら、収容の危険性がある。相談に行った事務所とは外国人在留支援センター(FRESC)、Mさんを助ける為に、FRESCには頼れない。弁護士さんは弱小団体である反貧困ネットワークに頼るしかなかった。即時に反貧困ネットワークのシェルターを一時利用住宅として提供する事を判断、自宅とは全く逆のシェルターに向かう。今日からMさんは僕らの仲間になった。急いで布団も用意できた。今日から安心して寝れますね。
●「公的支援組織が民間に頼る。これではシェルターがどんどん埋まってしまう。外国人のための公的住宅や公的シェルター設置を真剣に考えてほしい。民間の支援団体ができる事、できない事には限界がある。公的支援しかできない事、やらなけれならない事は沢山あるはずだ。「日本に住む全ての外国人に、生存権の保障を!」

●2021/3/15  1万円の緊急給付、今日もいのちを繋ぐ。

3月15日(月)

❶午後から、はじめての**区福祉事務所での生活保護申請同行、少し緊張します。今日の相談者YさんははSOSで事前にお会いしていなくて事前情報も少ないので窓口に向かう前に、今日に至る経過と今後の希望を聞く事からはじめました。Yさんは30代前半、壮絶な家庭環境、小さい時に親から捨てられて施設に入れられても自ら努力して、私にとっては絶望的レベルの優秀な大学に入学したのだけれど、学費を払い続ける事ができずに退学するしかなかった。その後は得意分野を生かして働いてきたが、長時間労働で身体を酷使して転職、コロナ禍で職と住まいを失った。何とか住居と住民票を確保しようとしてたどり着いたのが都会のと真ん中の**区のトランクルーム、住民票を移したが、1.5畳のスペースでは寝泊まりする事ができない。区の福祉事務所に相談したが追い返された。「これでは死んでしまう」緊急アクションの相談フォームにたどり着いた。申請同行した**区福祉事務所は通常ホテルを提供しないと言われ施設を進められましたが、抵抗してビジネスホテルに1カ月間宿泊、貸付金も4日間で10000円です。しかし**区はアパート捜しが大変、住宅扶助費の範囲では風呂なしが多い。頑張りましょう。

❷夕方からは反貧困ネットワーク事務所に戻り、二つのZOOM会議を開催、一つ目は難民支援協会の皆さんも参加頂いての「大人食堂外国人相談会」の企画検討、この間の緊急アクションや反貧困ネットワークへのSOSや給付金申請における外国人からの悲鳴が止まらない。住まいも追い出される方も続出、反貧困ネットワークのシェルターも関連含めて6名の受け入れしているが、在留資格、健康問題、医療問題、経済的問題など複合的問題を抱えている。年始の大人食堂の相談も24名の外国人が参加している。相談会が入口であるならば出口の体制づくりが大切であり問題解決の方法が重要、住まいを失った方のシェルター、命をつなぐための給付と食料支援、深刻さを極める医療支援と入管対応、移民難民・難民の排除ではなく、共生を!刑罰でなく、在留資格を!アドボカシー活動、外国人支援に取り組んできた多くの団体とネットワークする事が必須だ。でもまずやってみようと意思一致、これから企画書をまとめよう。
➌夜は「法人反貧困ネットワーク困窮者支援実務チーム会議」を開催、法人反貧困ネットワークの設立総会を3月31日に控えているが、激増する駆けつけ支援から生活保護申請同行を踏まえたアパート入居、医療ケア、その後の就労支援が日々、動いている。現段階で、私だけで20名を超える相談者の支援計画に基づいた対応を抱えている。(累計で約500名)
反貧困ネットワーク運営の「ささえあいハウス」の入居者7名の個別サポートも対応チームで続けている。その後のシェルター増設も必要に迫られいぇいる。支援チームの週単位での進捗状況把握と共有とその後の支援計画の確認を、、実務チーム会議を定例化するなかで「チーム反貧困」ですすめていきたい。 
❹21時から相変わらず2件のSOS対応、1件目は何故か警察署前で待ち合わせ、沖縄からの青年、本人の希望もあり翌日、ひとりで生保申請にいく事なので、細かく「追い返しされない方法」「無低ではなく本人希望のドヤで暮らす」方法をアドバイス、無事に申請受理されて、先ほど、今日からドヤに宿泊できると連絡がありました。2件目は神田駅前で20代の青年でした。都内のホテルで働いていたがコロナで雇い止め、都内のタクシー会社に再就職したが給料が今週末、3週間、水だけで何も食べていなく郊外のの自宅にも帰れない。1万円の緊急給付、今日もいのちを繋ぐ。

●2021/3/14 女性からのSOSが急増している

3月14日(日)
❶大久保公園で開催された「女性による女性のための相談会」には今日だけでも100名を超える相談者が駆けつけたとの事、コロナ感染影響が長期化して、多くの女性の暮らしに直撃している。緊急アクションの相談フォームにも女性からのSOSが急増している。今晩の駆けつけSOSも2名ともに女性であった。
❷三多摩の**市に駆けつけた。地方から東京にでてきてアパート入居の初期費用が捻出できず、初期費用ゼロの「シェアハウス」に入居した20代の女性からだった。仕事が決まりかけたが寸前でのキャンセル、暫くはビジネスホテルに泊まっていたが所持金が少なくなり、止む無く初期費用ゼロのシェアハウスに入居したが契約内容がおかしい事に気づいた。分譲マンションの1室を改造して部屋が6つに分割されている。契約内容も入居者は㈱**の社員として契約して「社員寮」と位置づけられて、マンションの管理人との接触は一切してはならないと記されている。インターホンが鳴っても、宅配などが届く予定がなければ、絶対出ないでほしいとも記されている。「賃貸借契約」ではなく、借主の居住権の権利など全くない。相談者の女性は仕事を失い、生活保護申請を考えている。しかしこれではケースワーカーの自宅訪問さえ許されないのではないかとの不安がある。早速、反貧困ネットワークの顧問弁護士とも相談して対応策を考えながら伴走していく。それにしても多くのシェアハウスが「脱法ハウス」の貧困ビジネスを展開して、地方から上京した若い女性を餌食にしている。私が担当した案件では3件目になる。ひとつは「体脂肪率10%下げたら家賃1万円」のトンでもシェアハウスや1カ月家賃未納で翌日には鍵を替えられ、荷物全て処分された事例も聞いた。「脱法ハウス」の悪質シェアハウスを許してはいけない!
➌先週に池袋からSOSをくれて駆けつけた30代前半の女性、週末に生活保護申請に同行する予定であったが体調不良で延期するしかなかったが、体調が完全に戻っていないうえに、給付金も枯渇してしまい、再び野宿の危機である事が、本人からの連絡で解った。再び給付金が欲しいと彼女が連絡してきた訳ではない。ただ「申し訳ありません」コロナの影響で仕事を失い、家賃未納でアパートを強制退去、多くの荷物を持ってネットカフェと公園をいったりきたり、、貴方の自己責任ではありません。何回も伝えた。今週中に生活保護申請に同行する事を約束して給付金を渡した。立ち去る車のバックミラーから、彼女が何回も頭を下げる姿が見えた。

●2021/3/12 「前泊地主義」を主張して譲らない福祉事務所

3月12日(金)
一昨日夜に新宿駅西口でSOS対応した30代のKさんの生活保護申請同行、以前から困難度合いが高い相談者に丁寧な寄り添う対応をしてきたのに、今日は冒頭から前泊地はどこか?と執拗に迫られる。最近、「前泊地主義」を主張して譲らない福祉事務所が増えている。東京都から福祉事務所に、「前泊地主義」の徹底が通知されているのではないかと危惧している➡住所のないホームレス状態にあっても,申請に訪れた役所を「現在地」として申請することができます。. 住民票のおいてある場所と違う場所に居る場合でも,現在生活している所を住所として申請することができます。 これを,生活保護運用における「現在地主義」といいます。 現在地主義の根拠は生活保護法19条にあります。
●Kさんは幼少時代から凄まじい虐待経験があり、養護施設で暮らす。身体にも暴行を受けた傷跡が残っている。以前から他の福祉事務所にて生活保護を利用したが、全て無料低額宿泊所か自立支援と更生施設に入所させられた。本人の手元に残るお金は、1.5万円、保護費の90%を超える。施設費が貧困ビジネスに吸い取られる。Kさんは脱出して路上へ、。福島県南相馬市の除染作業員として仕事があると聞き、原町にいったら仕事はないと言われた、仙台を経由して東京に戻った。
●Kさんは居所がない。たまたま新宿駅西口で待ち合わせた。SOSを受けての面談、生活保護申請同行の意向確認ができたら。申請場所の選定に入る。居所がない方の生保申請相談を受けた場合、今後住みたい地域を聞く事が鉄則だ。しかし、殆どの場合が「どこでもいいです。**は嫌な思い出があります。」このような場合は自治体毎の住宅事情や個々人の困難事情に応じて申請場所を複数提案する事にしている。申請しても悪質な無料低額宿泊所に送りこむ福祉事務所なんてとんでもない。Kさんの場合は身分証明がない為にネットカフェにも泊まれない。旅館業法の問題もあり、ビジネスホテルも断る場合が殆どだ。止む無く私がお世話になっているビジネスホテルか自ら運営するシェルターに案内する。問題は「現在地保護」を嫌がり「前泊地主義」を主張する福祉事務所が増えてきている事だ。居所がない相談者に「前泊地主義」を徹底した場合、新宿や池袋や上野に集中する。これでは、ネットカフェが集中する地域に生活保護申請が集中するのは当然だ。相談者本人の今後の暮らしと居住地の希望を最大限に尊重した選択を福祉事務所は尊重してほしい。福祉事務所毎の対応格差を是正してほしい。対応が良い福祉事務所に相談者が集中して現場が疲弊して、対応が酷い福祉事務所は水際作戦もおこなうので、楽をする。
Kさんは無事に申請が受理されて、今日からビジネスホテルに宿泊する事ができた。ケースワーカーとも連携して早期のアパート入居を目指して動く。

●2021/3/11 東日本大震災と福島原発事故から10年を迎えた

3月11日(木)
東日本大震災と福島原発事故から10年を迎えた。
❶2011年3月当時はパルシステムの事業部長だった。被災地との物流が止まった。浪江町にあったパルシステム福島相双センターが警戒区域となり、事業継続不能となり組合員全員が避難した。被災地に物資を送り続ける。一方で容赦なく計画停電でセットセンターも止まり、組合員への商品供給も欠品多発、指示が飛ぶ。「被災地を優先せよ!」
❷7月に郡山のルートインホテルに常駐体制を敷き、組合員が避難によって減少して経営危機に陥ったパルシステム福島の組合員拡大支援チームを会員生協の精鋭チームを派遣してもらい、経営危機から脱却させた。でもこの活動中に、須賀川市で戸別訪問中に訪問相手のお母さんに言われた一言が人生を変えた。「何でこんな線量が高い場所で半袖で活動しているの?土の線量を計測させてもらった。3マイクロシーベルトを超えていた。
➌秋以降から郡山を経由して会津若松にある応急仮設住宅に毎週、通い続けた。大熊町からの避難者が13か所の仮設住宅で暮らしていた。そのうち4か所の仮設住宅(えは長原・松長・亀公園・緑公園)のコミュニティ活動支援に通い続けた。木幡ますみさんと仮設住宅で出会った。仮設住宅の部屋の中には田中正造の肖像画が掲げてあった。
❹2012年春頃から経産省テント、官邸前抗議、疎開裁判に関わるなかで、規制庁前で抗議活動している満田夏花さん、阪上武さん、避難者の長谷川克己さんと出会った。福島原発告訴団の説明に来てくれた小金井市議の片山かおるさんに出会った。
❺満田さんたちと出会って以降、「原発事故被害者の救済を求める全国運動」設立に参画して、骨抜きにされた「原発事故子ども被災者支援法」の実効を求めてきた。パルシステムにおける「産直産地と連携した保養プログラム」「会員生協の甲状腺検診」立ち上げに関わった。その時に県外避難者の窮状を知る事となった。関わっていた「さようなら原発1000万人アクション」で原発事故被害者救済に取り組むよう働きかけ、現在まで避難者問題を取り組むに至っている。
❻2017年3月末での区域外避難者の住宅無償提供打ち切りを控え、2016年7月に「避難の協同センター」を設立、住まいを失う危機にある避難者の住宅確保と支援延長に活動を集中させた。2017年5月に支援してきた母子避難のお母さんが自死した。毎年3月末になると避難者への支援が次々と打ち切られてきた。現段階では国家公務員住宅に住む区域外避難者が、福島県から二倍家賃請求と退去できない理由を考慮されず、追い出しが強要されている。原発事故被害者は棄民とされた。
➐新型コロナ感染症拡大で、仕事を失い住まいを失った人々からのSOSが続出した。事務局長を担っていた「反貧困ネットワーク」が呼びかけ「新型コロナ災害アクション」を設立し、連日の現場支援を続けている。一方で「避難者の窮状」が埋没してしまった。ソーシャルデイスタンスで復興支援員の訪問活動も居場所も保養もSTOPした。緊急アクションのSOSで福島出身の方や、除染作業員の方が多く見受けられるようになった。避難者の子どもがSOSをだして緊急保護した。郡山では原発作業員が雇止めされて生活保護を申請したら、その日からの居所も提供されず、原発反対の仲間たちが支えている。
❽原発事故から10年が経過した。この国は「復興」「絆」を叫び、公的責任、加害責任を「自己責任」にすりかえて弱き人々を棄民とする。悲しい国となってしまった。

●2021/3/10 ベトナム人女性の生活保護申請、無事に受理

3月10日(水)
❶午前は**福祉事務所でベトナム人女性の生活保護申請に同行して無事に受理されてほっとしています。コロナの影響で通訳の仕事を失って6カ月、家賃が払えず、大家がアパー「年内で退去しろ」と迫られて、一緒に車に荷物をパンパンに詰め込んでビジネスホテルに避難、翌日から知人のシェルターに移動して現在に至る。定住資格を持っていたが、困窮状態も重なりで更新に間に合わなく、年末に申請した入管の判断は3カ月ビザ、生活保護など公的支援も受けれず、就労もできない状況に追い込まれた。先週やっと入管から定住ビザが再交付されて、今日が念願の生保申請日、**福祉は1時間程で申請受理、明日の自宅訪問を踏まえて、アパート入居を果たして、通訳の再復帰を目標のゴールにしながら仕事探しもおこなう。1月から「ほしのいえ」の中村シスターの所に通い続けておにぎりづくりやフォー作りで交流を深めてきた。今度、フォーを食べさせてくれると約束してきれました。
❷午後は**福祉事務所に移動して50代の女性の生活保護申請に同行しました。かなり困難な案件である事、はじめての福祉事務所だったので地元区議さんにも立ち会って頂いた。寝たきりの叔母と都営住宅に住むが世帯は別にしている。コロナの影響もあり、家賃を長期間未納で退去通告も受けている。叔母の年金のみで暮らす。世帯を一緒にする事を前提に、生保申請が受理される。
➌夜のSOSが今日も続く。新宿駅西口に30代のKさんが待っていてくれた。10日程、路上生活をしていた。私が出演しているユーチューブを観て、素直に助けを求めたいと思ったと相談フォームに書かれていた。凄まじい虐待経験があり、養護施設で暮らす。の暴力の傷跡がある。何回か、生活保護利用したが、全て無料低額宿泊所か自立支援。集団生活が馴染めなかったという。南相馬の除染作業員として福島にいったら仕事はないと言われて、東京にきた、金曜日に生活保護申請に同行する。礼儀正しい青年だった。
❹最後のSOSは神田駅、彼も携帯電話がない。直前までメールでやり取りしていたが、待ち合わせ時間に、彼は現れなかった。「このまま行くとおなかがすきすぎてしまい物を盗むような犯罪を犯してしまうかもしれません。どうか助けてください。」今晩は何処にいるのだろうか、、明日でもいいから連絡してほしい。
待っている。

●2021/3/9 神奈川区福祉事務所に6団体で抗議申入れ

3月9日(火)
❶横浜市神奈川区福祉事務所に生活保護の相談に行った女性が生活保護制度に関する虚偽の説明をされ、申請を断念させられるという悪質な水際作戦が発生した問題で、新型コロナ災害緊急アクション、つくろい東京ファンド、寿支援者交流会など6団体で抗議と申入れ、神奈川区福祉事務所との話し合い、横浜市役所記者クラブでの記者会見を行いました。神奈川区と横浜市は不適切な対応だったとして謝罪しました。問題を明らかにして。抗議と謝罪を求めてくれた当事者のAさんの勇気に感謝したいと思います。
★当事者の女性Aさんは仕事を失い、2月22日に横浜市神奈川区の福祉保健センターを訪問した。対応した相談員は施設入所が申請の前提条件であるかのような説明を繰り返し、女性が持参した申請書を受け取らなかった。
★このような事例は対応した神奈川区の一相談員の間違えた対応で終わる問題では全くない。横浜市内の多くの福祉事務所が同様の対応をおこなっている。私もいくつかの横浜市内の申請同行をおこなっているが、生活困窮者自立支援制度における横浜市自立生活支援施設「はまかぜ」に入所させる事が前提となっていたり、住まいを失った相談者に対して、「居宅保護」の責任を果たさず、女性にも「寿ドヤMAP」を配布して、自分で寿の町を歩かせ、ドヤを探させるなどの事例を聞き、抗議した事があります。厚生労働省はビジネスホテルやネットカフェを一時的な宿泊施設として案内する事を通知しているはずです。他にも先に住まいを決める必要があるとか、所持金が最低生活費を下回っているのに、Aさんが所持金が申請できる基準を上回っているなど間違えた発言を繰り返しています。東京の福祉事務所の大半も同様ですが、生活保護の申請書を相談者が窓口で手に取ることができて、生活保護申請の意思が示された場合、申請を受け付けることなど、「生活保護は権利」に基づく運用がされていない。
★緊急事態宣言再発令以降、住まいから追い出された若者たちが急増しています。昨年までは「死にたくないけど死んでしまう。」このような声が多かった。1月以降は「死のうと思ったが死ねなかった。」明らかに路上からの叫びが変わってきているのです。このような状況に何故、至ってしまうのか、困っている時に福祉の窓口に行った時に冷たくされて助けてもらう事も許されない。時には「死に至らしめる」事を福祉に携わる人々は自覚してほしい。「福祉が人を殺す」こんな事態が今日も全国のあちこちで起きている。
❷今日も東京では、SOSが止まっていなかった。横浜から都内に車を走らせる。1か所目は、池袋で30代前半の女性だった。外見では野宿生活が強いられているとは思えないファッション、でも不自然に荷物を持っている。コロナの影響で仕事を失い、家賃未納でアパートを強制退去、多くの荷物を持ってネットカフェと公園をいったりきたり、、もう独りじゃないよ!と伝えて今週中に生活保護申請に同行する。2か所目は中野駅前、20代の男性、10代の時に公園で親は失踪した。何と横浜市内で生保申請したが、二回にわたり多人数部屋の施設に入所させられて退所して再びホームレスになったという。中野の路上で「福祉が人を殺す」犠牲者にまた出会った。

●2021/3/8 ネパール料理店「サンサール」食べにいって交流

3月8日(月)
❶午前は、**区福祉事務所に向かい2名の相談者のサポートをおこなう。**区福祉は、相談員の対応は迅速に申請受理してくれる。1か月間のビジネスホテルでの宿泊も約束しケースワーカーに引き継いでくれる。しかし引き継がれたケースワーカーの対応格差が大きすぎる事は本当に困るのだ。
★先週金曜に申請受理された元ホストのN君、午前に受理されてケースワーカーと顔合わせ、ビジネスホテルまで確保して、アパート探しを進めると伝えたのに、ケースワーカーは、次の相談者の生活保護申請同行に向かう為に退席した途端に、「瀬戸さんには黙っていてほしいのだけれど自立支援施設に入所してほしい。」と施設入所を強く勧めたとN君から連絡を受けた。何てお粗末な対応になるのだろう。今日、ケースワーカーとの面談があるとの事、今日は別の相談者Kさんの申請同行で**福祉に来ていると伝える。ケースワーカーは、保護決定前の貸付金を渡しただけでN君を返そうとしていた。私はその場で、私との関係を分断しようとして自立支援に入所させようとした事実を抗議、予定どおりアパート入居に向けて準備をすすめると通告!姑息なやり方をするな!
❷先週金曜日夜にSOSを受けて駆けつけたKさん、二週間前にもSOSを受けて22時に駆けつけた。所持金ゼロ円で、精神疾患がある事が書かれていたからだ。その時は生活保護は躊躇した。先週金曜日に会った場所はワーカーズコープ本部前で2日間も夜を過ごしていたという。故郷にはもう帰りたくない。東京で暮らす為には生活保護利用しかないと考えた。**福祉の相談員さんは協力的で、「今日からホテルに宿泊できるようにケースワーカーに伝えます。瀬戸さんに協力してもらってアパート探し頑張ってください」と発言、ケースワーカーにバトンタッチした。であるのに、ケースワーカーは、Kさんの精神疾患を問題にしたのか解らないが、集団生活の無料低額宿泊所か4人部屋の更生施設入所を譲らない。Kさんは、集団生活が苦手である事を訴える。平行線の論議が続いている。3時間かかった。アパート生活ができないのではないかと推測して、提案が4人部屋の施設であったら、精神疾患があるKさんは施設から失踪してしまう確率が高くなる。苦肉の策として、反貧困ネットワークのシェルターのすぐ近くにある簡易宿泊旅館(ホテルに近い造りでシャワーとトイレだけ共同)であれば長期宿泊が可能のため、今日から宿泊する事となった。シェルターに近いので私も時々会いにいけるからだ。何で民間の支援団体が「ここまでやるか!」
➌午後から別の福祉事務所での生活保護申請は相談者の体調不良で延期となった。この間支援してきた20代の女性を連れて新小岩に向かう。SOSを受けて駆けつけた時には「死ぬ事を真剣に考えていた。」ワーカーズコープの交流会にも参加してくれてワーカーズの事業所にも体験訪問を申し込んだという。今度は「助ける仕事」をしたいと笑う。
★向かったのは新小岩のネパール料理店「サンサール」小岩店、店主のマラカール・ウルミラさんはたくさんTVでも取り上げられて入る方です。生活に困っている人を支援したいという連絡がありました。彼女もシングルマザーです。食べログ評価も3.7超えで都内有数のネパール料理店です。まず食べにいって交流です。反貧困ネットワークの白石さん、稲葉奈々子さん、原さんも集まりました。連携する際には当事者が元気になる交流や「おすそ分け・無料食堂」などいろいろ考えられますね。「分かち合いのネットワーク」作りましょう。
❹帰宅する車中で携帯電話が鳴った。昨日の夜にSOSで向かったラッパーさんと4月4日の「反貧困ネットワーク全国集会」の前段集会が新宿駅西口で開催される。その際のオープニングライブの出演をお願いした。コロナ感染症の被害者だけでなく、政府の無策の犠牲者として「路上から生きさせろ」と叫ぶ!バンド名は近日公開しょう。

●2021/3/7 当事者が唄え、叫べ!「生きさせろ」

3月7日(日)
今日のSOS対応は1件のみ、明日から昼間はほぼ予定が埋まっているので、対応は今日中に終わらせておきたい。向かった場所は自宅から1時間の地方都市、何とラップミュージシャンの夫婦、子供もいる。コロナ感染影響が長期化、ライブやイベントの中止が続き、耐えに耐えてきた。日雇いの仕事に行きながら、創作活動だけは続けてきた、今回の緊急事態宣言で、息の根が止められかかっている。水道光熱費や創作活動に必須なネット接続も止められた。車中の中でユーチューブ映像でのLIVEを視聴させてもらった。「拳をあげよう!」と唄っている。反貧困ネットワークの新宿サウンドデモでの出演調整をはじめている。
当事者が声をあげる。当事者が唄え、叫べ!「生きさせろ」

●2021/3/6 「第2回しごと探し・しごとづくり相談交流会」開催

3月6日(土)
反貧困ネットワークとワーカーズコープの協働開催の「第2回しごと探し・しごとづくり相談交流会」を労協連本部8階会議室で開催しました。私たちがSOSを受けてサポートを続けている14名の仲間たち(支援する側と支援される側を超える意味)が参加してくれました。うち女性が3名、外国人が2名。年代は20代から40代でした。組織をあげて準備いただいたワーカーズコープから25名、反貧困ネットワークも4月からの法人化で就労ケア相談事業を開始する事もあり6名参加、希望されている職種は多様だ。接客・小売り・デザインや編集・社会貢献など、多くが以前の職種に戻りたくないと考えている。
●雨宮処凛さんの紹介で、日本ALS 協会理事の川口由美子さんが、ALS(筋萎縮性側索硬化症)など難病患者にヘルパーが少ない事から人材募集の案内もされた。当事者の方からの発言もあり、今後の連携を是非すすめていきたい。
●私からは「昨年5月から500人の相談を行い、生活保護につなげアパート入居を実現してきた。しかし、その後がうまくいかない。仕事が見つからない、仕事がない。孤立を深める人たちが増えている。コロナ禍で状況が深刻化している。飲食業や派遣の仕事がなくなり寮から追い出されたり、職場環境がひどい。仕事が見つかっても同じような環境に戻ってほしくない。私もパルシステムという協同組合で働いているが、ワーカーズコープも同じ協同組合陣営だ。給与は決して高くないが、協同で働く場や仕事を一緒につくり出している。こういう働く世界を一緒につくり出していくことが大切。すぐに働きたい人、居場所がほしい人、交流したい人、それぞれの思いを聞き取りながら相談に乗ってほしい」と挨拶。
●ワーカーズコープから、協同労働という働き方と足立の民設民営の学童クラブ、千葉の生協物流における外国人雇用の実践、春日部での新しい仕事おこしの取り組みが紹介された。
●帰宅してから4名のお仲間さんから丁寧なお礼メールが来ていた。彼ら彼女たちにとって「協同労働」なんて初めて聞く話だ。ある女性の仲間は反貧困ネットワークやワーカーズの居場所事業に週1回、体験就労しながら「今度は助ける側になりたい」と意思表明をしている、SOSで出会った時に「死のうと思っていた」といっていた男性2名は、よってたかってのお節介面談に「世間話含めて、何故か楽しかった。協同労働の話がとても感慨深く、事業所訪問にぜひ行きたいです。」と答えてくれた。
●交流会を終えて、家が近いお仲間さんの女性が帰宅する際に「アパート暮らしを始めて、福祉事務所などに行く時以外は殆ど人と話す事ないんです。」と呟いた。単なる就労支援ではない何でも相談できて遊びにいける居場所、「独りじゃないよ」の言葉を本当に本当につくらないといけない。今回の参加者の多くは直近2か月で出会ったお仲間さん、逆に見れば、私たちが孤立しないような体制をつくれなかった事で、多くの相談者を孤立化させ、連絡がとれなくなり、アパートの中で引きこもったり、ある相談者は再びいなくなったりしてしまった。反貧困ネットワークとワーカーズコープでは協働チームで参加してくれた仲間たちの就労を通じた個別ケアを本格的に取り組む事にしている。反貧困ネットワークでは支援団体でなく、当事者が仲間になり、共に働く職場づくりが実現できるようにしていきたい。目指すのは「社会連帯協働組合」!

●2021/3/5 独りぼっち痛みに耐えて頑張ったMさん

3月5日(金)
❶股関節が痛くて歩けなくなり、SOS対応して乳癌で入院された女性のMさん、3カ月の長期入院との診断でしたが、今日の福祉事務所訪問でケースワーカーさんから嬉しい報告、「1カ月くらいで退院できます。もう既に歩行訓練始めています。」退院したら予定どおり、アパート入居の作業をすすめましょう。コロナ禍で独りぼっち痛みに耐えながら、頑張っちゃったMさん、退院したらゆっくりゆっくり歩いていきましょう。
❷午後は「生きていく自信がない」とメールが来て駆けつけた20代の青年Kくんとの定期同行日、ケースワーカーさんと週間単位で次のステップを一段づつ登る作業をすすめている。毎週1回は会う事にしている。K君が泊っている福祉事務所から福祉事務所に向かう車中でK君の変化に気づいた。前髪からストレートに目が見えないように伸ばしているから、眼の表情や眼差しを知る事ができなかったが、今日は眼差しを少しだけ見せてくれたんだ。車中では先週に比べて少しだけ多くの話をした。最近、K君と同じ元ホストの青年からのSOSを受けていて、業界で働く青年たちの厳し過ぎる自己責任を前提としたビジネスのカラクリで多くの青年たちが苦しみコロナ禍で底が抜けたように路上に放りだされた。私自身はKくんをここまで追い詰めた闇社会を許せない。まだご飯がしっかり食べれない。ガムで栄養補給していると聞いた。再来週には一緒にクリニックに行く事になった。「生きる力」をつける事、一歩づつでいいからと一緒になって歩く。
➌夜は池袋で先週にSOSで給付対応した40代の男性が再び会いたいとの事で駆け付けた。生保申請をためらって、昨日から再度の野宿生活、今日の待あわせ場所で寝ていたと言う。昨日は私自身が予定があり今日に会う約束をしたのだけれど、彼はずっと待っていてくれたんだ。来週月曜日に一緒に生活保護申請にいこう!