<事務局長のサポート日誌>(その3)

●2020/10/27 今日は労を労い一緒に焼肉食べた

10月27日(火)
❶13時に昨日と同じ**区の福祉事務所に向かう。つくろいの小林さんと現地集合、きょうは二人同時の生活保護申請同行のはずが、昨日に引き続いて相談者は現れず、さすがにさすがに参った。ドタキャンは慣れているけれど二日連続はさすがに辛いね。この時間があれば、溜まった作業もできるし休息もできる。でもね。昨日現れなかった青年から夜にお詫びのメールが届く。このまま人生まで諦めてしまったらいけないよ。もう一回会って生保申請する事を伝えた。彼を収容所のような無料低額宿泊所に押し込み、精神的に追い詰めた責任は大きい。
❷練馬区社会福祉協議会に移動して「練馬区避難者支援団体連絡会」に参加した。練馬区や都内で避難者への支援を行う関係機関や団体がそれぞれで把握している情報を共有し、日頃から相談や情報共有し合える関係をつくることを目的に定期的に開催している。福島県復興支援員さんからは「コロナ感染で避難者への個別訪問ができなくなり、避難者へのアンケートを送付して訪問が必要な場合は対応したいと聞いてみたら1件しか訪問希望が返ってこなかった。」と支援の難しさが報告された。私からは、避難の協同センター含む三団体で取り組んだ「新型コロナ災害下における原発事故避難者の暮らしと住まいの不安に関する緊急アンケート調査」で報告した、コロナによる雇い止めや収入減少で30%の方が家賃支払いが厳しくなっており、住居確保金が終了するこれからが厳しくなると報告、ボラセンの加納さんや練馬社協さんも避難者の方からの雇い止め関連の相談が来ているが、、就労に結びつける事に苦労しているとの報告、年末から年明けになる時期が更に厳しくなる。交流も良いけれど、早く動かないといけないよね。本当に、、
➌夜は、**区で生保申請の際に家出が理由で警察を呼ばれて一緒に闘ったもうひとりの20歳女子がアパート転宅を完了して、リクルートスーツも保護費で支給、就活も順調に進んできた。SOSを受けた雨で夜の代々木公園で泣きながら待っていたあの頃から見違える姿になった。今日は労を労い一緒に焼肉食べた。「安心できる住まいを確保して自立に向けた階段を昇り巣立っていく。」

●2020/10/26 「外国人のためのフードバンク構想」鮮明に

10月26日(月)
❶午前は、先週に生活保護申請同行した青年と急遽会って悩み相談、13時に**区の福祉事務所に向かい、Cさんの生活保護申請同行、12時46分にメールが届いた。「今日は事情があり行けなくなりました。」さすがにさすがに参った。同行するはずだった青年は**区でひとり生活保護申請して受理の条件として、埼玉県の劣悪な無料低額宿泊所入所する事だった。結果は生存権すら奪われる場所だった。逃げ出すしかなくてSOSをくれた。今日は再申請の予定だった。理由は知っている。体調が心配だ。でも携帯がないから直接、状況を把握できない。メールを返信した。「心配しています。何かあれば連絡ください。」
❷急遽だが、生き辛さを抱えて行き場所を失っているAさんに会いに行く。親からの虐待を受けてひとりで生活保護申請したが、無料低額宿泊所に入所させられた。逃げ出してグループホームに転居したが、期限付きのホームで、次に福祉事務所が提案したホームも彼女の精神的状況から見て耐えられる住環境でなかった。その後、福祉事務所から提案がでてこない、生活保護費の住宅扶助費の範囲内で泊まれるとりあえずのホームを私たちが当面の間、提供して今後どうしていくか一緒に考えていく。でも決めるのはAさんだ。
➌夕方は、車を大宮駅に走らせる。神奈川県**市で生活保護を利用しているが、簡易宿泊所から東北まで逃げ出したTさんと会う。私と同い年で、ぶっ飛んだ人生を生きてきた。一緒にビビンバを食べながら「帰ってきなよ」
ケースワーカーに連絡してから、これからやり直そうと話した
❹夜は、都内に戻り**フードバンクを訪問、宅配型フードバンクと無料スーパー型常設パントリーの視察をおこなう。行政からの受託を受けず、行政の安全網から構造的に抜け漏れている家庭への支援をおこなっている事、支援する側や「困窮者へのフードバンクは、カップヌードルや鯖缶とアルファ米」でなく、低カロリー高栄養素食品の品揃えをおこなっている。事務所内には業務用冷蔵庫・冷凍庫が並んでいる。冷蔵車も購入し引き取りや宅配をおこなっている。外国人のための協同組合型支援センターで考えている「外国人のためのフードバンク構想」のイメージがより鮮明になった。

●2020/10/25 シェアハウスに自転車を届けた

10月25日(日)
❶今日は、8月に歌舞伎町から家出状態でSOSをくれた20代のMさんが住んでいるシェアハウスに、以前から約束していた自転車を届けた。友人の杉浦幹さんが相模原からマイカーで運んできてくれた。神奈川県央地域でSOSがあり生活保護申請同行した青年たちのアパート転居後の生活フォローをほぼ全てお願いしている。杉浦さんのマイカーには、常にリサイクル品とフードバンクの食料が積まれています。移動型リサイクルパントリーのようです。
11月1日に開催する「外国人向け大相談会」にも不足している衣料や生活用品の提供依頼もお願いしました。Mさんはとっても嬉しそうに近くをサイクリング!役所で支援措置手続きを終えているので、今後の就労移行支援事業所で働く準備をすすめます。
❷自宅に戻り夕方までは静かな時間を過ごした。でも19時を過ぎてSOSが届く。自宅から車で15分以内、所持金も僅かな状態で20代の女性が待っている。昨日にSOSをくれて電話で相談対応中の相談者も20代の女性も同じ区内で待っている。翌日に持ち込んではいけないと考え、夜の緊急出動をおこなった。。最近、本当に若い女性が多い。詳しい事情は記さないが、生活保護申請同行して安心して暮らせるアパート暮らしができて、ゆっくりゆっくり暮らしを創り直していく事を約束した。

●2020/10/23 「テント村相談会」についての打ち合わせ

10月23日(金)
今日は11月1日に開催するクルド人の生存権を守る実行委員会主催の「テント村相談会」についての打ち合わせで終日、埼玉県内でウロウロ、、、
❶午前はクルドを知る会の松澤代表、温井さん、原さんを連れて、パルシステム埼玉本部の武井部長を訪問しました。お互い、長い活動歴なのに、同じ蕨市内で活動している団体同士に繋がりがなかったとのこと、川口駅前キュポ・ラ広場の「テント村相談会」の食料支援に、パルシステムも協力します。「反貧困緊急ささえあい基金」などの支援を受けて、まさにいま命をつないでいる埼玉県蕨川口の在日クルド人難民申請者は、すでに700名を超えている。ぜひ地域の方々にクルドや公的支援から排除された外国人の窮状を知ってほしいと思います。地域のなかでの支えあい連帯。宜しくお願い致します。
❷午後は、近くの戸田市からSOSをくれた外国人の方に会いにいき、当面の生活費の緊急給付をおこない、浦和区に移動、埼玉総合法律事務所で開催されている「クルド人の生存権を守る実行委員会」に参加、「テント村相談会」前の最後の打ち合わせ、私の役割は食料は200食分をパルシステムの協力で用意し、前日にはクルド家族が必要としている衣服や紙おもつなどの生活用品を揃えて当日は生活相談の緊急対応を担当する。何よりも反貧困ネットワーク埼玉など貧困支援団体と外国人支援団体との横断的な連帯が地域でできた事が嬉しい。

●2020/10/22  福祉事務所は施設収容型福祉を見直せ!

10月22日(木)
生活保護の申請者に対する「疑い」が差別的な運用に繋がっていた。
❶新型コロナ災害緊急アクションでは、生活保護利用者への不当な権利侵害が起きた場合は、抗議と申し入れなどのを権利回復運動を恒常的におこなう事、社会的に明らかにしていく事で、再発防止と抜本的改善を求めていこうと考えている、支援者が同行する場合にのみ運用され、ひとりで生保申請にいくと施設入所強要されるなどの現状を変えていく「権利運動」で全体を変えていこう!
●昨日の足立区福祉に続き、今日は杉並区高円寺福祉事務所での要請行動をおこないました。。生活保護利用者のアパート転宅を認めようとしない判断に対し、2時間に及ぶ交渉の末、無事にアパート転宅を認めさせる結果を勝ち取りました。緊急アクションのメンバーだけでなく、趙党派の杉並区議5名含む約20名の交渉団で臨みましたが、今回の案件の当事者2名が本当に頑張りました。
●私たち新型コロナ災害緊急アクションが支援して、高円寺福祉で生活保護を開始している**さんがアパートを確保し、居宅保護に移行しようと準備している段階で、生活保護の実施要領で求められている「居宅生活ができると認められる者」という判断について高円寺福祉は、「あくまで3か月から6か月を基本に家計管理やコミニュケーション、ゴミ捨てできるか判断する。1か月では判断できない。路上に1度でも出たら皆、同じ対応している」とし、居宅への移行を認めない判断をおこない、私たちの抗議に関わらず撤回しない状況で今日を迎えています。他にも、私たちが支援して高円寺福祉で生活保護を開始している**さんも10月15日の担当ケースワーカーによる自宅訪問の際に、**さんがアパート入居の意思を表明したに関わらず、判断が保留になってると聞きました。2人ともに私が生活保護申請同行を担当し、申請受理した段階で相談員は、私たちが支援し「アパート転宅をおこなう」方針を了解したはずです。
●今日の話し合いの冒頭、話し合い時間が30分と設定されていたに関わらず、高円寺福祉所長は15分に渡り延々と持論展開、自らが山谷地区を含む地域の担当だった時、居宅生活が可能だと判断した人が、後で「精神薄弱者」だったとわかったことがあったと差別発言、
だから路上生活者は信用できず「アパート転宅を簡単に認めない」理由を強調し続ける。
このような差別的体質が福祉事務所に浸透してしまっている。決定的なのは、ひとりひとりの相談者の履歴を聞き取った内容を断片的に捉え、「仕事を転々としている。」「生活保護を利用していたが施設から失踪した」事を本人責任と決めつけ、アパート生活が難しいと判断する。最初から、生活保護の申請者に対する「疑い」が差別的な運用に繋がっているのだ。
●私たちも、居宅生活が無理な方にまで居宅への移行を求めているのではない。しかし、ホームレスになった原因はコロナ禍も含め、雇用が不安定化しているからで、多くは、充分に居宅生活が可能である事は、私たちの活動実践からも証明されています。
●当事者の**さんが勇気を持って強調したように、「派遣の仕事は期間が限定され、期間途中でも派遣切りに合えば仕事を変わらざるをえない」など、今回のコロナ災害で可視化された大量のネカフェ難民の若者たちが、何故アパートを借りる事ができずにネカフェ暮らしや寮付き派遣を転々とし、コロナで失職したのか背景を理解していない。現在の施設や無低が、劣悪な居住環境と集団生活と本人の手元に少額しか残らない貧困ビジネスの温床となっている事を放置、相談者が何故、失踪するしかなかった、失踪は「人間性の回復」を求めたからなのだ、このような事を理解しようともしない。
●私たちは、住まいを失った人々への支援の際、安心して暮らせる住まいを確保することを最優先とする考え方。「住まいは人権である」という考えで活動している。福祉事務所が「家に住むこと」についての決定権を持ち、路上経験がある相談者を「アパートに住むための準備期間が必要である」という考えで、施設に入ることを強要し、貧困ビジネスの温床となっている無低に丸投げしてきた実態は厳しく告発したい。
●私はダニエル・ブレイク一人の市民だ、それ以上でも以下でもない人間だ、この世界は完璧ではなく、努力をしていても、真面目に働いていてもうまく行かないときもある。そういうときに支えとなるのが福祉であり、それはいわば戦場における病院の如きものだ。傷つき敗れた労働者はここでいったん休み、英気を取り戻し、また社会へと戻ってゆく。そういう存在であるべきである。だが実際には職員らも心に余裕がなく、無礼なジャンパーを作るほどに追い込まれている。追い詰められた人間を、追い詰められた人間が門前払いする地獄絵図が展開されている。それを助長する政策を、グローバリストの政治家たちが推進する。
➡コロナ災害で路上に放り出された人々は、新自由主義の犠牲者だ。自己責任ではなく社会的責任として捉えよ。アパートをまず無条件で提供し、いったん休み、また社会にゆっくりゆっくり戻り自立していく。私たちの考えであり、「本来の福祉だ。」
●2時間の攻防戦の末に、アパート転宅が認められた。アパート転宅に関わっているもやいの土田さんと状況確認、話し合い後に早速、アパートの正式入居申し込みをおこなった。落ち着いた仕事につくには住所が必要。希望する就労先の面接もアパート転居で本格的に動ける。
「住まいは人権」「ハウジングファースト」すべてが始まる。
❷今日の午前は**区での生活保護申請同行だった。正直過ぎる実直な青年、シングルマザーの家庭で幼少期から貧困状態で辛すぎて貧困を理由に学校でイジメられてきた。真面目に働いてきたが、職場でもイジメられて辞めた。その頃から派遣で働きコロナの影響で雇い止めになり路上に出た。**区でも無低や施設が生保申請受理の条件だと長々と説明、青年は既に働き始めているので、給料を全額、いったん預ける施設や生活保護費の大半を施設料にとられる無低はそぐわないと反論、**区はビジネスホテルを提供しない事が解っていたので、青年が現在泊まっているビジネスホテルがGOTOトラベルの値引きで安くなっているので住宅扶助費から一時宿泊先として認めさせ、その間にアパート転宅をすすめる事で合意した。
➌夕方は日暮里駅でSOSをくれた青年と会う。横浜市内の無低から失踪したという。3月にコロナ感染の影響で東海地方の自動車関連企業から雇い止めされて、その後に生活保護申請し無低に入所させられた。無低で引かれる施設料と食事費を合計すると約10万円、
自立の為の無低入所が逆に携帯電話代も支払う事ができない程の更なる貧困に追い込まれた。生保は廃止されていないので来週月曜に、ケースワーカーに連絡して実状を共有し、今後の対策を共に考える事にした。福祉事務所は自立を阻害する無低に丸投げするな!放置するな!施設収容型福祉を見直せ!

●2020/10/21  足立区福祉事務所の不当な生活保護廃止処分を許さない

10月21日(水)足立区福祉事務所の不当な生活保護廃止処分を許さない。
❶午後から足立区役所で、「生活保護申請同行したアフリカ出身のAさんが、一度は生保決定が出ていたのに、十分な所在確認を怠り、「失踪」を理由に保護決定後、4日後に保護廃止した案件」について、新型コロナ災害緊急アクションとして「直ちに、保護廃止決定を取り消すとともに、ご本人に謝罪する事」を求め、足立福祉事務所長宛ての申し入れと話し合いをおこないました。Aさんの生活保護申請に同行した小椋足立区議、瀬戸、つくろい東京ファンドの稲葉さん、生活保護問題対策全国会議の田川さん、Aさんの職場の事業所長、Aさんで話し合いに臨みました。
●しかし足立区は「生活保護廃止決定の判断は間違えていない。」と保護廃止決定取り消しに応じませんでした。
生活保護申請同行したのは9月28日、保護決定したのは10月8日(金曜日)保護廃止したのは10月12日(月)土日を挟む、たった4日間での廃止決定は前例がありません。私たち申請同行した支援者や勤務先に何の事前確認もなく、一方的に一時宿泊先のビジネスホテルから退去させ、野宿生活を強いた責任は免れません。
●足立区はAさんが宿泊しているビジネスホテルにメモで(用件は伝えていない)連絡しても本人と連絡がとれずに、ホテルに荷物もなく「失踪した」と根拠づけています。Aさんは毎日ホテルに宿泊しており、区は事実を誤認しています。Aさんは携帯電話を喪失していますが、メールも繋がっています。早朝からの物流センターでの倉庫作業でのアルバイトで、1日も休まず働いています。コロナ感染拡大で4月以降から仕事がなくなり8月から早朝倉庫作業で真面目に働いていた。朝から働いているのでホテルに昼間連絡しても連絡はとりづらいはず。その事情も考慮されず、所在確認として必要な調査も行われていない。所在不明なのかどうかは勤務先への電話確認で足りる。また私が勤務状況や勤務先も伝えており、支援者に連絡も可能だった。
本人は家財道具もなく、所持品もリュックサックを1つしかない。このリュックサックは職場に持っていっているので部屋に荷物はないのです。一方的に一時宿泊先のビジネスホテルから退去させた以降は。新型コロナ災害緊急アクションの支援でホテルに宿泊せざるを得なくなっている。
●しかし、今日も足立区は非を認めず、保護廃止処分を取り消さず、「生活保護を利用するなら最初から申請をやり直してほしい」と突っぱねた。Aさん本人の希望もあり、福祉事務所に移動して再度の生活保護申請同行、ビジネスホテルも宿泊し直して、早期のアパート入居を目指す。私たちはこのような顛末で終わらす事ができない。行政不服審査法に基づく不服申立て」をおこない認容裁決(処分が取り消しまたは変更される裁決)を求めると共に、
問題を可視化していく。
❷足立区役所を出発してSOSをくれたMさんに池袋まで会いに行く。深刻な相談だった。先週に渋谷区役所にひとりで生活保護申請にいったら区の政策としては無低に入ってもらうしかないと言われ、そのまま無低に入れられた。無低に入れないなら他の区役所で相談したらとも言われたという。渋谷区で相談したのに無低の場所は埼玉県内で個室と言われたが、ただベニヤ板で仕切ってあるだけで、不衛生で食事もひどくとても普通の人が食べる食事ではない。風呂も16時まで、施設費も8.3万円とられて、自立できるお金が残らない。
酷いのは、その劣悪な無低すら申請受理当日には宿泊できず、公園で野宿させたらしいのだ。
昨日に埼玉の無低にこれ以上住めない。辛いと言っているのに、無低の職員に連絡して連れ返されたという。まだ保護決定されていない。彼の体調面も考慮して明日、生保申請をこちらから取り下げて、良識ある福祉事務所で再申請をおこなう。もうこれ以上、人権侵害を犯し続ける福祉事務所の犠牲にさらす事はできない。「生活保護は権利!」「住まいは権利!」
➌最後は新宿からのSOSで30代の青年からのSOS、これからの展望が見えず所持金は100円、でも生活保護利用は決断できないという。とりあえず数日の住まいと命を繋ぐ給付金を渡す。いつでも再度のSOSをだしてほしい。
 

●2020/10/19  反貧困ネットワークの全体会議を開催

10月19日(月)
夜は、反貧困ネットワークの全体会議を開催しました。事務局長の役割は討議資料の作成です。今回は議題が11もある。大変です。生きづらい若者たちからの捻じれた内容の電話相談が続きましたが、現場に向かう案件はなく、何とか17時に資料が完成、会議開始前の1時間半前でした。
❶緊急アクション関連の今後の取り組みとして①生活保護決定者への不当な取り扱いをおこなった福祉事務所2か所への緊急申し入れ行動②11月1日川口駅前公園キュ・ポラ広場での「外国人テント村相談会」の取り組みに参加③年末年始の生活困窮者、路上困窮者への支援策、宿泊場所問題の厚労省事前要請の必要性④ささえあい基金への寄付が8月以降、減少している一方で当事者給付は増え続けていて、基金の呼びかけが必要と確認
❷11月26日文京区民センターで開催予定の「2020年度貧困ジャーナリズム大賞」の進捗状況を共有、10月31日が締め切り、問い合わせは来ているのに応募用紙は届いていないので分担して、知っているジャーナリストや新聞記者に働きかけする事を確認、
➌2021反貧困ネットワーク全国集会は、2021年2月21日(日)で確定して準備をはじめる。「コロナ渦と貧困」 が中心テーマとなる。コロナ感染災害で炙り出された貧困問題の現状を当事者に登場して頂き企画を編成。新型コロナ災害緊急アクションの取り組み報告に加えて、非正規差別・シングルマザー・学生・障害者・子どもの問題も取り上げていく。
希望に向けた討論(反貧困ネットワークの法人化「地域と社会の分かち合いと連帯の社会運動と事業」に向けての提起)も準備する。
❹反貧困ネットワークの一般社団法人に向けた論議をおこなった。反貧困直営事業と他団体とのネットワーク事業を明確にする事、情報提供としては、ガイドブックづくりなどが考えられる。誰もやらない領域をしっかりやろうと確認、瀬戸自身は、公的支援を受ける事のできない外国人を最優先に「食料と生活物資」「医療」「住まい」「就労」などのネットワーク協同組合型支援センターが早急に必要だと考えている。

●2020/10/18 格差社会において協同組合は何が出来るか

10月18日(日)
格差社会において協同組合は何が出来るか
文京区民センターでの『西暦二〇三〇年における協同組合』出版記念シンポジウム「格差社会において協同組合は何が出来るか」に参加した。そもそも、私がこの本で「闘え協同組合」と題して希望の連帯協同組合の必要性の提起を無責任におこなった事がオールド協同組合活動家諸先輩の魂に火をつけてしまい今日のシンポ企画となってしまったようだ。大した呼びかけも拡散もされていないのに会場は満杯だ。
●私は、格差と貧困と差別と闘う各団体からの現状報告と問題提起のトップバッターとして報告させて頂いた。新型コロナ災害緊急アクションでの支援活動の現場経験で可視化された①「家のない」20代~40代の世代を中心としたワーキングプアがコロナ災害で苦境に陥っても、人間扱いされず「住まいの権利」すら無条件で保障されない福祉行政、②日本の公的支援の対象外から外され差別と排除され続け「死にたくても死んでしまう」多数の外国人が放置され続けていることを踏まえて、「貧困格差を作り出した加害者たちの「自助の補完装置」の共助組織でない、被害者である当事者が参画した、「社会運動としての連帯協同組合」をつくる必要がある、特に、公的支援を受ける事のできない外国人を中心に「食料と生活物資」「医療」「住まい」「就労」などの協同組合型支援センターが早急に必要だと、、またも提起してしまった。
本や今日の集会の仕掛け人である平山昇さんがまとめで「協同組合、労働組合、NPO から個人まで、誰でも参加の協同組合型プラットフォームを創ろう!」と提起、今日の集会で終わる事ができませんね。
●希望連帯代表でもある白石孝さんが、日本の社会運動も国政も自治体行政も縦割りが基本、政策には基本思想が感じられない。一方で、韓国で進む「有機農業」「新たな地域コミュニティづくり」「給食無償化」「オーガニック給食」「公共給食」は、その最終目標が「持続可能な社会」と思える。「協同組合」運動が最終目標でなく、地域と社会の分かち合いと連帯が基本ではないか、と提起。「緊急アクションを立ち上げる際、私が強調したのは、分野ごと地域ごとに個々に取り組まれている運動が別々にやっていたら、この未曽有のコロナ災害に対応できない。韓国の社会運動に学び「ネットワーク運動」として進めよう、という提案だった。結果、30 を超える団体が参加し、その連携と協同の取り組みが、社会的影響力を一定行使しえたと。「下町労働史と協同組合、労働組合、ユニオン」と題して報告した、江戸川ユニオンの小畑精武さんの実践の過程を我が実践に生かしていきたい。
●韓国からZOOMで参加された、元韓国ドゥレ生協連合会専務理事の金起燮さんは、「社会的協同組合」運動の足元を固めましょう」と提起。現在の協同組合が「思想の危機」に直面していて「思想の危機」の主語は、「協同組合」でなく「人間」であり、人間の労働(自己表現)をどう見るか。なぜ人間は他人と関わり、関わりの外にある者とは一体どう付き合うべきなのか。それに真面目に答えていかないといけないと述べています。
●移住連の鳥井一平さんが「協同組合が外国人や組合員になれない人々を排除していないか」と発言、生協自身も積極的にフードバンクや子ども食堂や路上相談会を支援している。但し、困窮状態や差別や排除されている人々と直接向き合うのでなく、支援する側とばかり対話していないだろうか。困難にある差別や排除されている人々と直接向き合い、一緒に苦悩しながら伴走していく事。
●共同連の柏井宏之さんが「当事者」 を包む「社会的連帯経済会議」を!と提起しています。2007 年に韓国で成立した「社会的企業育成法」の時、貧民運動や障害者の「脆弱階層」の当事者を包む労働組合・協同組合・知識人の社会的連帯経済会議が立ち上がった。」一方で、現在の生協では、貧民運動や公的支援から排除された外国人、障害者の「脆弱階層」の当事者の政策参画が殆ど見受けられない。れいわ新選組が重度障害者を国会に送り出した。生協でも同様の事を考える事ができないか。
●共同連の堀利和さんや斎藤縣三さんが提起した「重い障害のある人々、差別ゆえに切り捨てられる外国人、罪を犯したことで受け入れられない人々、高齢ゆえに働けないとされる人々、子どもを抱え働きにくい人々など、それぞれの差別や排除としっかり向き合う思想と運動の上につくる。それは、福祉という枠組みの中での救済システムとは全く異なる。行政主導ではなく民の運動として日本型社会的協同組合を実現する。」
●明日は反貧困ネットワークの全体会議、先月に確認した総会方針に基づき、反貧困ネットワークの法人定款論議が議題だ。「助ける運動」を超えた「地域と社会の分かち合いと連帯の社会運動と事業」に向けた準備が本格的に始まる。
❷集会を終えても懇親会には今日も参加できない。SOSが2件あったからだ。上野では先週にSOSがあって対応した40代の男性と会う。先週は生活保護を躊躇した。彼は携帯電話もメールも通じない。来週に生活保護申請同行する。今日は来ていなかったが、元の職場で同じように雇い止めにあっている元同僚が、生保申請したいとの事、緊急アクションの同僚にも協力頂き、2名同時に生保申請する、その前に入念な打ち合わせ、その後に生保が以前に決定してアパート暮らしをしている20代の青年の悩みを聞く。コロナ災害の影響で仕事が見つからず鬱状態、私の知人の仕事を紹介してみよう。私たちの支援は生保申請に同行してアパート転宅までは成功するが、その先の就労先が見つからず、新たな孤立に繋がる場合がある。就労支援や協同労働づくりが早急の課題だ。電話がまた鳴る。アパート転宅している青年の悩み相談だった。

●2020/10/17 シンポジウム : 「コロナ時代」を生き抜くために

10月17日(土)
❶午後から文京シビックセンターで「研究所テオリア」主催のシンポジウム「「コロナ時代」を生き抜くために」で五箇公一さんと一緒に講演させて頂きました。「研究所テオリア」は新型コロナ災害緊急アクションで共に活動している立川市のNPO法人さんきゅうハウスの吉田和男さんが所長を担っている。会場にいた『季刊ピープルズ・プラン』編集長の白川真澄さんが私の親父の想い出を語ってくれた。三里塚がロケ現場で親父が制作した映画「襤褸の旗」の事、白川さんと一緒に闘ったらしい1974年の戸村一作三里塚空港反対同盟委員長の参議院選挙など、親父は戸村選対の一員だった。管制塔占拠被告団の中川憲一さんも来てくれた。柘植書房の「管制塔 ただいま占拠中」での中川さん(パック)とつれあいの道子さんとの決戦直前の置き手紙のやり取りが、悲しくも美しく、ロマンチストの中川さんが若い頃の私の隠れたヒーローだったのだ。管制塔戦士は管制塔をぶっ壊したが、管制官など空港公団職員を安全な場所に逃がし、傷ひとつ与えずに、いのちを守った。
❷今日の講演会中にSOS電話が3件もダイレクトにきていた。1件は公衆電話からだ。携帯電話もメールも喪失している相談者が多い。質疑応答中だが中座させてもらう。緊急案件だが明日会う約束をした。集会終了後に浅草からSOSをくれた20代の青年に会いに行く。
以前にもSOS対応したが、派遣の仕事が決まっているとの事で宿泊費と生活費を給付して別れた。しかし、その後も派遣の仕事が不安定で所持金が亡くなったとの事、素朴で実直、小・中高の時の辛い体験を聞く。生活保護申請後も伴走するからと説得して、来週に生活保護申請同行する事を約束した。
➌群馬県境の埼玉県北部の街からSOSが入った。反貧困ネットワークのメールに「助けてください」と短いメール、その後に電話が来た。20歳の少年で所持金は10円、電話の向こうの声が泣いている。夜遅くだが向かうしかなかった。浅草から104キロの辺境の地に車を走らせた。彼も幼少期から壮絶で辛すぎる家庭環境で生きてきた。高校卒業後に市内の会社で働くも厳しすぎる環境で、退社すると同時に退寮して同時に住まいを失う。生活保護は幼少期からの生活保護生活でバッシングを受け続けて強い抵抗感、来週から他県の住み込みでの仕事が決まっているが、その場所まで交通費もないし食費もない。私自身が見ても、その会社は平気なのだろうかと心配した。とにかく何かあったらすぐ連絡するように伝えて交通費含む給付金を渡した。自宅に帰ってその会社を検索したら、福利厚生や休日も酷いし、廃炉作業含む原発作業員の仕事も請け負っている。拙い、明日に電話する事にしよう。止めたほうがい。彼は持病を抱えている。

●2020/10/16 シングルマザーにコロナの影響が大きい

10月16日(金)
「助ける運動」を超えた「助け合う社会運動と事業」に!
私の役割は、新型コロナ災害緊急アクションや反貧困ネットワーク、避難の協同センターの活動以外にも、職場でもあるパルシステムと貧困格差の現場で当事者支援に取り組む団体との有機的な繋がりをつくり協働連携をつくることです。新型コロナ感染拡大以降でも、困窮者やホームレス支援に取り組む「新宿ごはんプラス」「TENOHASHI」「企業組合あうん」の路上相談会や事業連携が開始し継続されています。
❶今日は朝から、職場であるパルシステム本部で「しんぐるまざあず・ふぉーらむ」の赤石理事長と事務局の村山さんが訪問、今後の連携協議をおこないました。
しんぐるまざあず・ふぉーらむでは、新型コロナの影響で生活状況が悪化したひとり親家庭への支援を行うため「だいじょうぶだよ!プロジェクト」と銘打ち 3 月以来、月に1回、緊急食料支援を行っていて、現在は2,100世帯に宅配に届けている。7月にネットを通じて実施した調査では、シングルマザー約1800人から回答があり、新型コロナウイルス感染症に関連して自身の雇用や収入に影響を受けたシングルマザーが7割超と非常に高いこと、18.2%が食事回数を減らし、14.8%が1回の食事量を減らしているとの結果がでていて「これまでも生活がギリギリだったために、あっという間に困窮し親は、2日に1食に食事を減ら、子どもは1日2食、親子で雑炊。もう食べるものがない。」という相談も届いています。見て見ぬ振りはできません。
❷今晩のSOSはJR荻窪駅周辺から届いて駆けつけた。相談者の40代男性のKさん、名刺の裏側を見て、会話が盛り上がる。私の名刺は両面名刺、表は反貧困ネットワーク、裏側は避難の協同センターですが、原発反対の官邸前抗議にも通い続けていた方でした。2年前に正社員で 働いていた自動車会社が倒産してしまい、その後は、ネカフェで派遣暮しだったようです。月曜日にはいる給料は3万円程。その後の見通しがないようで、反原発運動の同志としても放置できないので、生活保護申請同行して、アパートを借りて今後の希望を!

●2020/10/15 野宿生活など絶対にさせません

10月15日(木)
足立区で生活保護申請同行したAさんが、一度は生保決定が出ていたのに一方的に廃止された案件について
●本人と面談して、経緯を確認してきました。明らかに不当な決定であり、新型コロナ災害緊急アクションとして、廃止撤回を求める申し入れをおこなう事としました。特に一時宿泊先のビジネスホテルから退去させ、野宿生活を強いた責任は免れません。
●Aさんは、日本国籍を持つアフリカ出身。早朝からの物流センターでの倉庫作業でのアルバイトで、1日も休まず働いている。コロナ感染拡大で4月以降から仕事がなくなり8月から早朝倉庫作業で真面目に働いていた。物流センター近くの公園で野宿を続けている事を勤務先の同僚が気づいて連絡してくれて事業所長さんが、「生活保護を利用してアパートを確保して欲しい」と願い、緊急アクションにSOSをくれたのです。
●Aさんと一緒に生活保護申請同行したのは9月28日、保護決定したのは10月6日、保護廃止したのは10月12日、たった6日間での廃止決定です。区はAさんが宿泊しているビジネスホテルに連絡しても本人と連絡がとれなかった。ホテルに荷物もなく失踪したとの一方的な判断をおこなったのです。Aさんは携帯電話を喪失していますが、メールも繋がっています。早朝から働いているのでホテルに昼間連絡しても連絡はとりづらいはず、、どこの事業所で働いているのか生保申請の際に伝えています。メールを使わず、一緒に同行した区議会議員や私に所在確認しないで、一方的に廃止して、ホテルからの退去を求めたのは酷過ぎます。野宿生活に追い込んだ責任は免れません。来週、新型コロナ災害緊急アクションとして、廃止撤回を求める申し入れをおこないます。撤回されるまで、反貧困緊急支えあい基金でビジネスホテルに宿泊して頂いています。野宿生活など絶対にさせません。

●2020/10/14 皆さんと連帯して「貧乏なめんな」

10月14日(水)
当たり前の権利を奪われた虐げられた皆さんと連帯して「貧乏なめんな」
❶昨日のFBで報告した杉並区高円寺福祉事務所の、既に保護決定しているKさんのアパート転宅を拒否し続け、「住まいは権利」を侵害する行為を続けている事件。今週金曜日に一旦回答するように求めたが、今日、ケースワーカーから連絡が来た。結果は昨日ほぼ同じでした。要約すると「「この段階でのアパート転宅は認めない。就労先が決まり、就労証明書類提出が必要2ヶ月は様子を見る。その中で状況を見て早まる事はある。その為にも27日にハローワークには行ってほしい、家計簿を付けてほしい」アパート転宅を遅々として認めない。私たちは既にアパート入居に向けた準備を進行させている。役所に頭を下げてお願いするのではなくて、堂々と「住まいは権利」を行使する事に決めた。近いうちに、緊急申し入れ行動を設定する。全国で生活保護を利用しながら、当たり前の権利を奪われた虐げられた皆さんと連帯してすすめていく。「貧乏なめんな」
❷もうひとつ信じられない案件が発生していて事実関係を調査している。**区で生活保護申請同行したAさんが、一度は生保決定が出ていたのに廃止された。決定して10日も経過していないのに廃止され、一時宿泊先のビジネスホテルから退去させられたのだ。私たち支援者に所在確認の連絡先も聞く事もしていない。Aさんは公園で野宿生活を強いられながらも、現在は、毎日働いている。その事は**区福祉事務所に伝えている。携帯電話を喪失していてメールのみが連絡手段、ケースワーカーはホテルのフロントに電話しても本人はいつも不在である事で「失踪した」とみなして保護を廃止してしまったのではないか、、Aさんは昼間働いているのに、、、何故にメール送付ぐらいできないのかなと本当にやるせない。公園暮らしで仕事にいくのは申し訳ない。昨日から緊急アクションの「支えあい基金」で緊急給付をおこないビジネスホテルに泊まって頂き、明日の夜にAさんと面談し、事実経過の確認と今後の方向性を決めていく。
➌今日は、8月に歌舞伎町から家出状態でSOSをくれた20代のMさんと一緒だった。Mさんは9月初旬に保護開始して、私の信頼する友人が経営するシェアハウスで暮らしている。今日は役所で支援措置手続きと今後の就労移行支援事業所で働く準備をすすめた。**福祉では、支援してきた若者たちが、人生の再スタートを始めている。18歳の少年も就職が決まった。**区で生保申請で警察を呼ばれて一緒に闘ったもうひとりの20代女子も先週、アパート転宅を完了して、リクルートスーツを着て就活中だ。二人をサポートしてくれている**福祉事務所には本当に感謝している。
「安心できる住まいを確保して自立に向けた階段を昇っていく」杉並区高円寺福祉事務所は大きな間違いを犯している。

●2020/10/13 「住まいは権利」を侵害する行為を許さない

10月13日(火)
杉並区高円寺福祉事務所の「住まいは権利」を侵害する行為を許さない
❶今日は雨宮処凛さんと一緒にこの間、支援しているKさんと同行。何と、杉並区高円寺福祉事務所は既に保護決定しているKさんのアパート転宅を拒否しました。
あくまで6ヶ月を基本に、家計管理やコミュニケーション能力、ゴミ捨てなどできるかを判断して、アパート転宅を認めるかどうか決めていく方針に終始、、1ヶ月では生保利用者の状態が判断できない。いかなる理由でも、路上に1度でもでたら皆、同じ対応している。Kさんだけでなく同時に、生活保護申請同行したTさんも同様の対応をおこなっている。★私たちは、ハウジングファーストの理念である「ホームレスの状態にある人が、第一に必要としているのは安定した住居である。他の様々な困難は、それらが解決してからではなく、まず安定した住居が得られてから対処されるべきである」という考えに基づき、相談者が待つ場所に出向いて、緊急宿泊費と生活費をお渡しながら、その場でアセスメントをおこない、数日後に生活保護申請同行、迅速な利用決定を促し、施設入所させないように働きかけ、ビジネスホテルなどで一時宿泊している1か月の期間中にアパート転宅に向けた「居宅支援」をおこなってきた。
★私は緊急事態宣言以降、約200人の当事者と関わってきた。生保申請同行しアパート転宅した方は、安定した住居で暮らし、平穏な日常を取り戻している。KさんもTさんもアパート内見をはじめている。今更のアパート転居拒否は認められないし。このような運用は、私が同行した都内23区の福祉事務所では前列がないと主張して撤回を求めた。対応した係長は、「私には決められない。10月28日の検討会議で論議したい。」私たちは待てないと主張した。今週金曜日に一旦回答するように求めた。撤回しなければ区議を絡めて、要請抗議行動もおこなうと通告している。
★杉並区高円寺福祉事務所の対応で許せない理由がもうひとつある。9月15日にKさんの生保申請に同行した時に、「保護決定までの生活費の前借り金額」で、相談員から提示された「保護決定までの14日間、5000円でやり繰りしてください。」保護費支給までの間、1日358円でどうやって食べて暮らせば良いのか。何回抗議しても「私たちの決まりですから変えられません。」ここの福祉事務所はフードバンクは常備されていなく二駅先の社会福祉協議会にとりにいくしかない。押し問答が続いた時に相談員のトンデモナイ発言が飛び出した。「言っちゃなんだけど、二か月も路上で暮らしていたんでしょ。」正確に言えば、前職をコロナの影響で失い寮から追い出され、二か月はネットカフェ暮らし、謝罪を求めて、すんなり謝ったが、彼らの世代の多くが非正規や派遣でしか働く場所がなく、少ない賃金でアパートを借りる事もできず、ネットカフェ暮らしか寮付きの仕事で食つないできて、コロナの影響で今日のような状況に至った事を何故、理解する事もしないで「上から見下ろす」発言になるのか、結果的に7,000円まで金額は少しだけ引き上げられた。「上から見下ろす」高円寺福祉事務所の姿勢だけは絶対に許せない。
★幾つかの福祉事務所は、当事者の居宅能力(アパート等で自立して生活できるか)を見極めなければならないという理屈を盾にして、劣悪施設、無料低額宿泊所の入所を強制させる対応がまかり通っている。就労を通した経済的自立を重視する困窮者支援制度自体が、生存権保障を後退させかねない状況が福祉事務所の対応で顕在化している。コロナ禍で仕事を失い、住まいを失い、生活保護申請に行っても、住まいの提供はされずに、自立支援施設か無料低額宿泊所の入所を迫るか、就労支援を優先され、再び、寮付き派遣の仕事を紹介される。
★何回か紹介しているMさんが5月7日に上尾市で、生保申請受理後、保護決定は19日後、一度もMさんとケースワーカーは、自ら時間をとり面談してこなかった事。だから、最寄りの駅から徒歩50分、上尾市役所に通うには2時間もかかる東松山氏のSSSの無料低額宿泊所の実態を知らなかった。Mさんは生活保護費受給した後も殆ど所持金がない理由は、面接に行きたくても交通費がなくて面接会場に行けない理由を全く知らなかった。SSSが運営する無低から徴収される金額は79,000円 上尾市の生活保護費は105,000円 食事も2食のはずだが、大した理由でないMさんは、携帯電話代を引けば所持金は月1万円を切る。このような強制収容所のような貧困ビジネスが入所者をどれだけ苦しめているか、このような強制収容所のような貧困ビジネスが入所者をどれだけ苦しめているか、私たちのような支援者がSOSを受けて同行して問題化するまで、何故、実状把握しようとしないのか、気づけないのか!コロナの影響で仕事を失なっただけで「働きたい」と願う20代の青年を施設に収容し、集団生活を強要するのか!、人々の暮らしの基盤である「住まい」を確実に保障する「ハウジングファースト」型の支援策を国の貧困対策の中軸に据えるべきであると求め続ける。
❷夜は、反貧困ネットワークに直接SOSがあった40代の男性と上野駅で会いました、携帯もメールもなく公衆電話でのやり取り。で3月に住んでいた**県から上京して東京で仕事も失った。身体もボルトだらけで足も引きずっている。数日後に生活保護をどこで申請したいか連絡がある。

●2020/10/12 凍りついた身体を温め続けていきましょう

10月12日(月)
凍りついた身体をゆっくりゆっくり温め続けていきましょう。希望を信じていこう。
❶先週月曜に続いて、今日の朝も、**駅近くのビジネスホテルに一時避難させている
20代のCさんと面談、、担当ケースワーカーと保健士さんも同席、土曜日夜に、「安心して居られる場所」を一緒に訪問、とても気に入ったようで、「ひとりで寂しい」と泣いていた姿が嘘のようです。「若者が自分のことを応援してくれる人と出会い、素を出し安心して居られる場所」今日も面談終了後に歩いて出掛けていきました。20時頃に電話したら、とても嬉しそうな弾むような声が聴こえて「ありがとう」の響き、Cさんと出会ってから既に20日間が経過、少しづつですが、「凍りついた身体が温まってきました。」支援する側の都合や論理で相談者を引っ張ってはいけません。私ひとりでは限界があるので、地域の支援団体とのチームプレーで対応していきます。後はひとりでも寂しくない住まい探しです。凍りついた身体をゆっくりゆっくり温め続けます。希望を信じていこう。
❷午後からは、先週、離島から緊急アクションにSOSを頂き、東京まで飛行機で来られたMさんと一緒に**区福祉事務所で生活保護申請同行、今日の相談員とケースワーカーも迅速で、ビジネスホテルもすんなり提供、支援者は見守っているだけで良し。迅速にアパート探しです。福祉事務所近くで一緒に食べた「一蘭の天然とんこつラーメン」はじめての東京でひとりぼっちにならないように、、ホテルに向かう道中で見えた「東京ドーム」と「東京スカイツリー」を見て、歓声をあげている。いつでも事務所に遊びにおいで!
➌夜は九段下駅近くで若い男性からのSOS対応に向かう。所持金は既にゼロ円。自立支援寮に入所して真面目に働いてきたのに、私も「それはないだろ~」と驚く些細な理由で退所させられ、ネカフェ暮らしを続けて働いていたがコロナで仕事を失った。今週に緊急アクションの仲間が生活保護申請同行してくれる。

●2020/10/11 ジェットコースターのような1日

10月11日(日)車のエンジンがかからない。私の身体より車が先に倒れたか。
❶今日は豊島区民センターで「コロナ対策に便乗した戦争・治安・改憲にNO!を 10・11集会」に呼んで頂き、「深刻化する貧困と排除と差別」と題した講演をおこないました。
会場はほぼ満員!新型コロナ緊急アクションにおける支援活動をはじめてから、この様なラディカルな集会は久し振りです。現状では、路上からのSOSに共助でいのちを繋ぎ続ける。でも以下の集会スローガン もっともっと突きつけよう!共助に頼るな、公助の責任果たせ。◎命を守れ! 選別するな!◎必要なのは保健だ!医療だ!福祉だ!◎生活を保障しろ!◎休業補償をしろ!◎所得を補償しろ!◎居住権を保障しろ!◎コロナに乗じたヘイトをやめろ!◎改悪するな!入管法◎外国人の人権を保障しろ!
❷今日は忙しいんだ。集会を途中で抜けて、反貧困ネットワーク埼玉の会議会場である浦和に向かう為に駐車場から自家用車を出して出発しようとしたら車のエンジンがかからない。4月以降の支援活動で都内や神奈川・埼玉を爆走し続け、走行距離は10万キロ超え、私の身体より車が先に倒れたか。最悪だったのは、タワー式パーキングに停めてしまった事だ。
次から次に他のお客さんが来ると車の中で故障の原因がつかめずに外に出される。他の客に迷惑がかかるのでJAFを呼ぶ羽目に、、スマートキーの電池切れだというのに!コンビニにリチウム電池を買いに行く事にも時間がかかる。その間に緊急アクションの路上からのSOSが届く。反貧困埼玉の猪股弁護士からは「何時から参加できるの?」との電話。反貧困埼玉の会議は16時30分、緊急SOS待ち合わせは18時、車が出庫できたのは17時30分、今日の反貧困埼玉の会議は、11月1日に川口駅前キューポラ広場で開催する「クルド人の生存権を守る実行委員会」前代未聞の車内スマホでのZOOM会議を参加しながら、新宿駅西口に向かった。残念な事に、既に、相談者の携帯のバッテリーが切れていて、待ち合わせ場所の返信メールが届かず、結果的に会えず。夜遅くにメール返信があった。明日は必ず会いたいと伝える。
➌20時からは、「日韓市民交流を進める希望連帯」主催のオンラインセミナー「韓国の今を伝えるオンラインレポート」に参加した。テレビ画面では私も登場するNHKBS1の「ドキュメンタリー「東京リトルネロ」が流れているがリアルで見れない。私のセミナーでの役割が新型コロナ災害緊急アクションの取り組み報告とソウル在住の研究者である鈴木明さんに調査依頼があったからだ。韓国において、①コロナで「住まい」を失った方への政府、自治体政府の住宅確保と住宅支援制度、②移住外国人に関する生活保障、医療、保険などに関する調査、③韓国の青年ホームレス の現状と彼らが就労や社会に参加する為に必要な総合的支援④国民基礎生活保障法におけるコロナにおける失業者への特別対策、中央自活センターや民間団体、タシソギ支援センターや開かれた女性センターや青年ハブ、住民連帯組織の活動事例調査など、ぜひ比較検証して私たちの反貧困運動に生かしていきたい。それにしても、ジェットコースターのような1日だった。

●2020/10/10 「生きづらい若者たち」のSOSが増えている

10月10日(土)
緊急アクションに寄せられるSOSには20代前半のいわゆる「生きづらい若者たち」のSOSが増えています。家族から逃げて「住まい」に困り、野宿生活に至ってしまう。その多くが親からの虐待などの経験を持っています。家族がセーフティネットとしての機能を失っています。
●生活保護申請同行してアパート転宅して私たちの支援は完了しません。アパート転宅はスタート地点にたっただけです。ひとりひとりの苦しみの大半を占める「死んでしまいたい位の孤独」を解決しないと、「アパートが更に、孤立を深める場所」になってしまいます。
●昨日は、神奈川県でこの間、サポートしている若者に会いにいきました。月1回は会うようにしています。今日は都内の若者を連れて「安心して居られる場所」を訪問してきました、昼食と夕食が無料で食べられ、友達の家のようにくつろいでしまう空間でした。本人も馴染める場所だったようです。「若者が自分のことを応援してくれる人と出会い、素を出し安心して居られる場所」ひとりで生きていくにしてもひとりじゃない。スタート地点から少しづつでも歩きだす事ができたら本当に嬉しいです。

●2020/10/8 第39回避難の協同センター運営委員会を開催

10月8日(木)
❶第39回避難の協同センター運営委員会を開催しました。今日の討論は28日に予定されている総会議案の恩義、コロナウイルス感染拡大以降の6か月間、感染リスクと困窮者支援活動に集中してきた事などで避難者支援の活動が停滞してしまいました。当事者であり避難者がやりたい事をやる事を基本に、再び活動を活性化させ①生活困難に悩む、避難当事者の生活再建、自立支援など個別支援②避難者本人の意向に基づく居住支援活動③所持金が少なく生活困難や転居費用などにお困りの当事者への緊急対策として、引き続き「一時生活給付金」を引き続き運用④新型コロナ災害緊急アクションの「反貧困緊急ささえあい基金」と連携して、誰一人も路上に迷わない体制をつくる。⑤避難者自身の要望に応じた学習会や講座を企画する⑥当事者団体である“ひだんれん”“全国避難者の会”の活動を支援⑦国家公務員住宅避難者への二倍請求、調停世帯の「追い出し訴訟」など、経済的事情など退去できない避難者への圧力を止めさせる。以上7点課題を第5期活動計画として総会に提案する事としました。
❷今日は避難の協同センターと反貧困ネットワークの事務所がある飯田橋事務所に、離島から緊急アクションにSOSを頂き、東京まで飛行機で来られた女性相談者が来訪、事務所にいたメンバーで歓迎しました。寮付き派遣の仕事で離島で働いていましたが、コロナで雇い止めにあい今日から住まいを失ったのです。週末はホテルに泊まって頂き、月曜に生活保護申請同行します。東京出身ではないので、週末はゆっくり休んでもらいましょう。「東京ではもう独りではありませんよ」予想外の歓迎振りにとても嬉しそうでした。
➌夜は埼玉県蕨市に移動して「クルドを知る会」の皆さんと今後の連携について意見交換会を開催、移住連の支援基金が終了した現在、「反貧困緊急ささえあい基金」が公的支援を受けれないクルドの皆さんの命綱である。給付支援は継続していく事を確認しました。
就労の権利すら奪われている状態で、出口の展望が見えず「食べる」「医療を受ける」「住み続ける」など、生存権の危機にある人々が増え続けている。給付支援だけではなく、継続的な食料支援体制をつくる事、住宅問題、医療や生活相談体制、生活保護集団申請、これから具体化していく事が山積みで、支援センターの必要性など具体化が必要、その為にも、11月1日に川口市の公園で開催する「外国人テント村」の準備を急ピッチで進める。
❹21時30分に赤羽駅の路上からのSOSがあって急遽、駆けつける、雨が降る夜、明日以降の台風での大雨で公園での野宿生活に耐えられず、急ぎ宿泊先を確保したいとの叫び、
週末にかけての緊急宿泊費を支援し、来週に生活保護申請同行する。台風がやってくる。住まいを失った方々には辛すぎる日々だ。私たちを頼ってほしい。生き続けてほしいから。

●2020/10/7 久しぶりの福島、県交渉に参加する

10月7日(水)
今日は東京を離れて、久し振りの福島です。原発事故被害者団体連絡会(ひだんれん)の第21回福島県交渉に参加しました。6か月ほぼ毎日続いている困窮者支援でストレスが高まるなかで、福島の皆さんとの時間は「優しい時間」でした。類子さん、さきさん、松本さん、村田さん、熊本さん、あやちゃん、今ちゃん、皆さんに感謝すると共に、これからも原発事故避難者支援の運動をこれからも続けていきます。よろしくお願いします。
★ひだんれん、「避難の権利」を求める全国避難者の会、避難の協同センターの 3 団体で取り組んだ「新型コロナ災害下における原発事故避難者の暮らしと住まいの不安に関する緊急アンケート調査」に基づいた緊急提言が今回の交渉ポイントでした。
❶コロナ災害における避難者の窮状は今回のアンケート調査にも表われている。復興支援員の戸別訪問休止中の孤独死も発生している。国と福島県が、全国広域に散らばり多様な困難の中にある避難者の実態調査を早急に実施し、避難先自治体の行政職員、社会福祉協議会職員、民間支援団体との連携、戸別訪問等により、生活困窮者を早期に発見して必要な生活支援をおこなうこと
❷原発事故避難者が、現在でも厳しい生活状況におかれ、コロナ災害がさらに追い打ちをかけていることが読み取れるアンケート結果、コロナ災害の影響により、家賃の支払いが「非常に苦しくなった」「やや苦しくなった」の回答が 29%、そのうちの 85%が民間賃貸に居住する避難者であり、公営住宅に居住する避難者への影響は少ない。民間賃貸住宅に居住する避難者の家賃負担が増している。国と福島県が、家賃補助を再開し、公営住宅への特定入居と単身世帯でも入居できるよう入居要件を緩和することを求める
➌併せて国家公務員宿舎入居者の提訴取り下げ、「2倍家賃請求」の停止・撤回を要求する。医療・介護保険窓口負担の減免措置の継続・拡大については、国との具体的な折衝と結果報告を求める。
★今日の交渉で私が拘ったのは、「住居確保給付金」が、収入が回復しないまま支給期間が切れる人が年末年始に増えることなどが懸念されていて、窮状にある多くの避難者が家賃を支払えない状態となると心配している。そのような最悪の事態を避ける為に、早急に実態把握をおこない、必要な財政的支援措置が求められる。しかし福島県は相変わらずの「個別事情に応じて相談にのり必要な制度に繋げます。避難者への財政的支援は考えていません。」
財政的支援措置を伴わない支援で問題は解決できるのか、政府のいいなりになり、原稿を棒読みひかできない内堀福島県知事の部下である県担当職員は何をいっても動けないし動かないだろう。虚しさだけが残る。もうすぐ原発事故から10年となる。

●2020/10/6 今日も生活保護申請同行が続きます

10月6日(火)
今日も生活保護申請同行が続きます。先週金曜日夜にSOS対応した元福祉職の女性、福祉の現場における多くの仕事は体力的にも精神的にも過酷で退職後、寮付き派遣で全国を転々とするしかなかったらしい、申請した**福祉事務所の相談員も迅速で、ビジネスホテルもすんなり提供、支援者は見守っているだけで良し。
一方で、私が対応良しと評価しているいくつかの福祉事務所で、支援者が同行しないとビジネスホテルどころか、施設入所を前提で、申請受理すると言われたり、3か月間ぐらい自立支援で見極めないとアパート転宅を認めないなどの事例があちこちから届いている。
支援者か同行しないとこのような対応するのは言語道断です。

●2020/10/5 アフリカ人のAさんがはじめて笑った

10月5日(月)
❶朝から**駅近くのビジネスホテルで、若い女性相談者Cさんと面談した、担当ケースワーカーと保健士さんも同席している。10日程前にSOSを受け対応した。親の暴力から逃げて**市で生活保護を利用しているが、現在まで居所を転々としている。結果論だが**市は、無料低額宿泊所に入所させてしまった事をはじめ、Cさんの要望に応じた支援をできていない。生きづらさを抱える若者の複合的な困難に対して、結果的に「施設ありきの保護」のような単線的なスキームでは、無理があるのだ。孤立する事の恐怖と一方で、集団で生活していく事への恐怖の狭間にいるCさんに、明確な支援方針を持ちえず今日に至っている。結果的に、SOSを受けた私が、**福祉の確認を踏まえて、先週からビジネスホテルで預かる事となった。どうしたら、泣いてばかりの状態から、自己を肯定できて笑う事ができる「居場所」と「居所」をつくる事ができるだろうか、、、今日はCさんの気持ちを踏まえて、日中から夜までいれてご飯も食べれる「居場所」と、孤独に陥る事なく安心して泊まれるグループホームの見学を踏まえて、ケースワーカーさんと分担して、申し込む事にした。あと1週間ビジネスホテルで預かる。
❷都内**区に移動して、以前からサポートしている外国人のBさんと会う。母国から「良心的徴兵拒否」で日本に来て難民申請した。民族紛争が絶えない国では自国民を殺す事もある。Bさんは「殺したくない」と考え徴兵を拒否した。難民申請から4か月を経過したが、現段階でも就労可能なビザは下りていない。働いてはいけないので収入ゼロが続いている2か月後には就労可能となると入管から連絡を受けた。それまでは「生き続けたい」母国に帰れば投獄される、あともう少しで働ける。
➌同じ区に居住する原発事故から自主避難したシングルマザーMさんに会いにいった。3年前に生活保護申請同行後、継続してサポートしています。地方の大学に通う長男君がコロナ感染拡大の影響でバイト先の職場が閉鎖され、生活費や光熱費も払えず状態、Mさんは生活保護なので経済的サポートができません。苦労して入学した大学生活を経済的事情で断念させたくありません。苦労して入学した大学生活を経済的事情で断念させたくありません。ささえあい基金と避難の協同センターから溜まってい光熱費と家賃支援をおこないました。ささえあい基金では、大学生への給付支援が増えてきています。
❹都内**区から上野駅近くに車を走らせた。二週間前に給付した男性だった。やっぱり安定的に収入をえる手段もなく、所持金15円、今日から路上生活を強いられる。宿泊給付金を渡して、木曜に生活保護申請をおこなう。最近、上野駅周辺からのSOSが続いている。
❺最後に**ビジネスホテルに泊まる、日本国籍を持つアフリカ人のAさんに会いにいった。コロナ感染拡大で4月以降から仕事がなくなり8月から公園で野宿しながら早朝倉庫作業で真面目に働いてきた先週**区で生活保護申請して、もうすぐ保護決定の見込みだが、生活保護に不安を持っていて再度、制度説明して欲しいとの事だった。ネットで検索するとネガティブな情報ばかり流れていて、日本人の友人が殆どいないAさんは相当不安だったのだ。制度を利用して安心できるアパートを確保して家具什器費で、家具や電化製品を揃えよう。Aさんがはじめて笑った。
❻神奈川県内の**福祉事務所で生保申請の待ち合わせに来なかった青年、その後に私のサポート日誌に「また連絡が来たらすぐに駆けつけるから諦めずに連絡して欲しい」との記述を読んでくれて連絡してくれて、明日に生活保護申請同行する予定だったが、就職面接で合格した嬉しい知らせが来た。社宅付きのアルバイトだという。とりあえず良かった。
「一人じゃない、何かあったらすぐに駆けつける]の言葉で自分は勇気がもらえました。との言葉、いままでの人生、悲しい事があったけれど、話してくれてありがとう。今度こそ  いい事がたくさんある事を願っています。本当に本当に元気でいてください。
❼上尾で生活保護申請して東松山の無料低額宿泊所に放置されたM君、今日、念願の都内でのアパート転宅の契約成立の朗報が届いた。すぐにでも入居できるが、担当ケースワーカーの回答は「一時金の支給は早くて22日」という内容、最後の最後まで苦しめないでほしい、それでは就職にも影響しかねないので明日以降、前倒し支給の交渉をすすめます。

●2020/10/4 「週末恒例の世界料理ツアー」の再開

10月4日(日)
❶夕方から、親からの管理から逃れて逃れて、路上からSOSをくれた2名の20代女子と個別にお会いしてアフターフォロー 穏やかな秋です。
★Aさんは**区で生活保護申請同行した際に、家出していた事を理由に前代未聞の警察を呼ばれ追い返された経験を共有、この強烈な経験が力になり、地元**区で問題なく生保利用ができました。今週のアパート引っ越しに向けて一緒に地元の不動産屋にいって正式契約、私は緊急連絡先に、、正社員の就職先もきまりそうで、未来が開けてきました。所持金5円、で泣きながら**公園で待っていた時から1か月、激動の1か月でした。
★Bさんは、路上生活の寸前でSOSをくれた。失われた10年を取り戻す横浜の小旅行に行って生活保護申請して、ひとり暮らしができる事を目標にシェアハウスで暮らしています。今日は1月に予定する小旅行の夢を実現する為の家計簿づくりを一緒におこないました。少ない保護費を上手にやり繰りして旅行の為の計画的貯金を成功させて夢の実現へ!
❷今晩は、6か月半振りの「週末恒例の愛するパートナーさんとの世界の料理ツアー」の再開を祝う。新型コロナ災害緊急アクションを起ちあげた以降、連日の路上からのSOSが続き、土日も関係なく飛び回ってきた。定期的におこなってきた国内の「あいうえお旅行」もできなくなり、パートナーさんにもストレスを相当かけてきたと思う。これからも長期間に渡って続く困窮者支援と路上からのSOS対応、自分自身のストレス低減含めて、可能な限りの両立をはかる。常に感謝の気持ちを忘れずに、、、
★再開第一弾はあえて自宅から徒歩30秒で、一昨日オープンしたばかりの「インドネパールレストラン:ロージ」を選択した。住宅街の中で、座席は7席の小さなお店、オープン後もお客がたくさん来ている形跡もなし、地域のお仲間として、この時期に開店させた若きネパール人のマスターを絶望させたくない思いを込めて決めた。私が選択したのは、「ロージディナーセット」と「ポークチョーミン」新宿や後楽園のインド料理店でシェフを務めたマスターのつくる味はやさしい.胃ももたれない。立地が良ければお客が入るレベルです。
とにかく地域のお仲間さんとしてこれからも通い続けます。

●2020/10/3 「来週は必ず会おう。もう独りじゃないよ」

10月3日(土)
❶最近、上野駅周辺からのSOSが続いている。あじいるから紹介された男性のSOS電話で目覚めた。湯島の移住連会議室で「西暦2030年における協同組合」出版記念シンポジウム「格差社会において協同組合は何が出来るか」の打ち合わせを終えて、待ち合わせ場所に向かった。給与振り込み日まで、残金がなくなり生活困難、このような相談が増えています。
❷つくろい東京ファンドのシェルターに居住している相談者に会いにいく。予想以上にアパートが決まらず、精神的にも辛い思いをさせてしまったね。昨日いい物件が内見できて正式に申し込み、今度は決まるといいね。決まったら、回転寿司食べて、大好物のサーモンの握りを二人で食べまくろう。
➌今日は少し嬉しい事があった。一昨日に神奈川県内の**福祉事務所で生保申請の待ち合わせに来なかった青年が連絡をくれた。メールには丁寧なお詫びと、来れなかった事情が書かれていた。自分のような人間は、支援をして貰えるような人間じゃないと、、、でも私のサポート日誌に「また連絡が来たらすぐに駆けつけるから諦めずに連絡して欲しい」との記述を読んでくれて連絡してくれた。全く違う地域の駅で会った。「人生 何度でもやり直せるよ。」来週に生活保護申請に同行する。今日は、思いっきり伝えたよ。「来週は必ず会おう。もう独りじゃないよ。心配なし。」俺は待ってるぜ。
❹自宅の駐車場に車を停めて、スマホを確認したら、上野からのSOSが来た。今日は自宅から1分の場所にインドネパールレストランがオープンしたので、愛するパートナーさんとの週末恒例の世界の料理ツアー」を半年振りに再開しようと思ったのだが、所持金が6円と書いてある。今日は断念して上野に引き返す。待っていた素朴な青年。来週から派遣の仕事が決まっているが、野宿生活の影響もあり、体調もふらつくという。体調が心配なので、明日必ず病院にいってもらう事にした。その為にも今日明日はビジネスホテルでしっかり休んでください。そのうえで今後を決めていこう。今日中に会って良かった。自宅に戻ったのは22時、ラストオーダーに間に合わなかった。