<事務局長のサポート日誌>(その2)

●2020/9/20 最後のお願いが駄目だったら死のうと思った

9月20日(日)
私の名刺を見て最後のお願いをしてみて駄目だったら死のうと思った。
❶大渋滞の関越自動車道で東松山に向かった。上尾市で生活保護を申請・利用しているのに、最寄りの駅から徒歩50分、市役所に2時間の無料低額宿泊所に入所させられたMさんを迎えにいく為だ。。風呂は午後5時までで門限は9時。門限を3度破れば強制退去。生活保護費としては10万5000円が出ていたが、施設費用として7万9000円が徴収されてしまう。食事は1日1食、。携帯電話の料金を払えば月に使えるお金は一万円以下。強制収容所のような生活なのに、ケースワーカーは1度も自宅訪問に来なくて、先月に上尾市役所に抗議した。都内で仕事を見つけてアパートに転宅する事を説明し、移管を認める事を了解させた。
*しかし仕事は、都内で決まったが、アパート契約に手間取ってしまった。都内での内見にも金がかかるM君は、交通費を捻出できなくなっていた。上尾市は、市役所から2時間もかかる場所の施設に、自分たちの都合で入所させておいて、役所に通う交通費もアパート探しの交通費も拠出しない。精神的圧迫含め、これ以上の収容所暮らしは無理と判断、今日から外泊扱いでビジネスホテルに泊まってもらって、火曜からは都内のシェルターに滞在してアパート探しに集中する事にした。今日から門限もなく風呂も制約なく入れる。M君はホッとしていた。早くアパート転宅できるようにしたいね。
❷東松山から都内に戻る。隅田川公園山谷堀広場で開催されている「隅田川医療相談会」に向かった。あじいるの中村光男さんが待っていてくれた。地元の不動産屋さんが待っていてくれてアパート物件の打ち合わせ、M君のアパート探しの短期決戦は総力戦だ。
*「隅田川医療相談会」に来たもうひとつの目的は、1か月前に亀戸駅周辺からSOSがあり給付支援していたKさんが再度のSOSで待っていたからだ。Kさんは、地方の最果ての地で、自ら事業を展開していたが、コロナの影響もあり、借金を抱え倒産、家も失っていた。私は現在の雇用情勢を踏まえて、生活保護を利用してアパートを確保してゆっくり生活再建した方が良いと勧めたが、生保利用でなく仕事を探したいとの事で給付金だけ渡して別れた。1か月が経過して再び野宿生活を強いられて死のうと思っていた。私の名刺を見て最後のお願いをしてみて駄目だったら死のうと思ったという。朝の7時30分に休ませてもらっていた交番から最後の電話をしてくれた。公園で再会して、連休明けに生活保護申請に同行する事にした。今晩はビジネスホテルでゆっくり寝ているだろう。遠い故郷に住む年老いた母親が喜んでくれたと言っていた。「やっぱり生きていた方がいいよ。」本当に、、、
➌夜は東名高速をぶっ飛ばして、町田方面に向かう。30歳の青年が所持金10円で待っていた。故郷から5年前にでてきて日本国中で仕事がある場所を転々としてきたが、コロナの影響で路上に。ビジネスホテルに送り届け、連休明けに生活保護申請同行する。
❹21時を過ぎていたが、約束していたY君と再会、5月1日に所持金ゼロ円で川崎駅でSOSを受けた23歳の青年、ブラック企業のような過酷な仕事で精神的に追い詰められて退職して社員寮を追い出されて路上を彷徨っていた。無事に正社員として就職し働きはじめている。川崎で会った時の顔面蒼白な状態から一転して、立派な姿に驚いた。本当に良かった。でも「あんまり無理すんなよ~」と言って笑って別れた。今日も長い1日だった。

●2020/9/19 公園で待っていたのは70代の男性だった

9月19日(土)
SOSを受けて向かった都内のある公園で待っていたのは70代の男性だった。少年の頃から家庭もボロボロで、貧しく、スーパーで何度も食料を万引きしながら人生を繋いできた。窃盗罪など軽犯罪で何回か捕まると懲役も長期になる。2年半の懲役を終えて地方の刑務所から出所して東京にでてきた。労務給はたったの3万円、久し振りの娑婆は、コロナの影響で多くの人々が仕事を失い、路上や公園で寝ている人が多かった。なんでこんなに初対面の私に正直に話してくれるのだろうか。
連休を過ぎたら生活保護申請に同行しよう。そろそろ静かな暮らしがしたいと彼は呟いた。

●2020/9/18 「自己責任」で追い込む社会をぶっ飛ばせ!

9月18日(金)
原発避難者や、少年たち、外国人を「自己責任」で追い込む社会をぶっ飛ばせ!
❶午前から外国人からのSOSが連続した。都内**公園で1か月間も野宿している外国人。仮放免でモスクに通いながら飢えを凌いでいる外国人、二人ともに心配して情報をくれた日本人からの連絡、二人ともに連休期間中にお会いする事とした。日を重ねるごとに外国人のSOSが増えてきている。新たに誕生したスガ政権は、働く事も許されない外国人に「自助」の名のもとに「自己責任」を強いる.「公助」の対象にすらなれずに路上に追い出され放置されている。
❷15時30分からは、参議院議員会館にて「新型コロナ災害下における原発事故避難者の暮らしと住まいの不安に関する緊急アンケート調査」記者向け報告会を開催、復興庁と国土交通省に、原発事故避難者の生活保障に向けた緊急提言を提出しました。コロナ災害下、原発事故避難者にも様々な影響が及んでいるのではないかとの危機感から、ひだんれん、「避難の権利」を求める全国避難者の会、避難の協同センターの 3 団体で取り組んだ。合わせて緊急相談フォームを開設し、必要な方に緊急支援を行っていて、緊急相談フォームは継続中です。
*限られた数の回答ではあったが、声の中からでも、非正規雇用や不安定就労が多く、限られた収入しかない、単身世帯は公営住宅に入居できず、民間賃貸の入居者で特に家計が逼迫しているなど、原発事故避難者が、現在でも厳しい生活状況におかれ、コロナ災害がさらに追い打ちをかけていることが読み取れるアンケート結果でした。コロナ災害の影響により、家賃の支払いが「非常に苦しくなった」「やや苦しくなった」の回答が 29%、そのうちの 85%が民間賃貸に居住する避難者であり、公営住宅に居住する避難者への影響は少ない。民間賃貸住宅に居住する避難者の家賃負担が増している。国と福島県が、家賃補助を再開し、公営住宅への特定入居と単身世帯でも入居できるよう入居要件を緩和することを求める。さらに民間住宅を公営住宅とみなして入居できるようにする等の諸施策を早急に求めたい。
*福島県からの避難者にも福島県以外からの避難者にも包括的な実態調査は一度も実施されていない。コロナ災害における避難者の窮状は今回のアンケート調査にも表われている。復興支援員の戸別訪問休止中の孤独死も発生している。国と福島県が、全国広域に散らばり多様な困難の中にある避難者の実態調査を早急に実施し、避難先自治体の行政職員、社会福祉協議会職員、民間支援団体との連携、戸別訪問等により、生活困窮者を早期に発見して必要な生活支援をおこなうことを求めた。しかし復興庁の今日の回答は「実態調査の必要はない」との立場を繰り返すばかり、平沢新復興大臣は「コロナ災害の影響で皆が大変なのだから我慢しろ」と言わんばかりの発言、原発事故被害者も、新自由主義の犠牲とされた正規職の仕事に就けず非正規、派遣就労しかなかったロスジェネ世代の加害者は政府にある。被害者に「自助=自己責任」を押しつけるなと言いたい。
➌記者向け報告会を終えて、日比谷野外音楽堂で開催される「さようなら原発首都圏集会」に参加、コロナの影響で開催できなかった大規模集会、我れが「ひだんれん」の村田弘さんが安倍政権の7年8か月と共に苦しんできた。福島原発事故は終わってない。この声を止めてはならない..私はずっと村田さんと一緒だ。
やっぱり民主主義は路上からを実感!
*しかし集会中にも、緊急アクションに立て続けに4名からのSOSが届いた。そのうち3名は殆ど所持金がなく今日は路上生活らしい。最後までの集会参加や久し振りのデモに参加できず、SOSの現場に直行した。
❹20時20分に蒲田駅に到着、30歳のTさんが待っていた。所持金は明日にはゼロ円、ネカフェ暮らしでコロナで失職、蓄えも尽きた。水曜日に警備会社の面接があるので結果待ち、寮付きでない会社なので就職できてもネカフェ暮らしの綱渡りは変わらない。安心できるアパート確保を勧め、生活保護も選択肢にいれる事を共有。生活保護申請の際には同行する事を約束。
❺21時30分に市ヶ谷駅に到着、20歳のNさんが待っていた。関西での壮絶な幼少から少年時代の苦しみを聞いた。ここでは書けない程なのだ。高校まで卒業して、東京に出てきて寮付きの会社で働いていていたがコロナで失職した。来週水曜日に生活保護申請同行します。4日間の公園での野宿生活、連休中はビジネスホテルに泊まってもらい、新しい服も買って水曜日にまた会おう。N君の事を「自己責任」で追い込む社会をぶっ飛ばせ! これからは僕らが一緒だよ!

●2020/9/17「自助の補完装置」でない「希望の連帯協同組合」を

9月17日(木)
貧困格差を作り出した加害者たちの「自助の補完装置」でない「希望の連帯協同組合」を
❶午前は電話によるSOS相談が続く。連携団体から反貧困ネットワークへ紹介される相談案件は深刻度が高い内容が多い。他にも生活保護申請同行して利用開始された相談者の数人と連絡、アパート転宅がスムーズにいかないケース、アパート暮らしを開始しても大不況で仕事に就けずに部屋の中で籠ってしまい再び孤立してしまうケース、連絡が途絶えてしまうケース、本当に悩ましい。その後、今後の外国人への給付だけではない支援体制の枠組みづくりに向けての関係団体・個人への働きかけをおこなっていたら大幅な時間超過となった。
❷午後から、湯島にある移住連会議室で私も執筆した『西暦二〇三〇年における協同組合』出版記念シンポジウムの第二回実行委員会に遅れて参加した。シンポジウムのテーマは「格差社会において協同組合は何が出来るか」
*そもそも、私がこの本で「闘え協同組合」と題して希望の連帯協同組合の必要性の提起を無責任におこなった事がオールド協同組合活動家諸先輩の魂に火をつけてしまったようだ。コロナ災害によって、非正規・派遣などで働く人たちが失業に追い込まれて生活の基盤を失い、住まいを失っている。在留資格が無い、あるいは短期のため、住民基本台帳に載らないことから公的支援の対象外とされた外国人の方から、連日のように悲鳴が続くなかで、私たちのような小さな支援団体やユニオン労組が連日のように走り回っている状況にある。当面の救貧対策を限界が来るまで続けていくが、次のステージも準備しなければいけないと考えている。貧困格差を作り出した加害者たちの「自助の補完装置」の公助組織でない、被害者である当事者が参画した、「社会運動としての連帯協同組合」をつくる必要がある。連合や労金などの大きな労働団体、生活協同組合のみならずフードバンクなども「自助の補完装置」に利用されてはいけない。
*私自身は、公的支援を受ける事のできない外国人を中心に「食料と生活物資」「医療」「住まい」「就労」などの協同組合型支援センターが早急に必要だと考えている。この事は構想と準備づくりを始めている。その為に必要としているのは協同組合の力だ。当事者の悲鳴を目の当たりにすればきっと解る。「闘え協同組合」の意味が解る。
*協同組合は先駆者たちの目的に立ち返って、元々は協同組合運動と一体であった労働運動といっしょに「社会的協同組合」を創って、差別と貧困化の時代に立ち向かう。
1844年にロッチデールの先駆者たちは、設立する組合の目的を、以下のとおりに掲げました。「本組合の目的と計画は、1口1ポンドの出資金で十分な資金を集め、組合員の金銭的利益と家庭的状態の改善をはかることにある。このために、次のような計画と施設の建設を実行に移す。
①食料品、衣類等を売る店舗を設置する。
②多数の住宅を建設または購入し、社会的家庭的状態の改善に協力しようとする組合員の住居にあてる。
③失職した組合員、あるいはひきつづく賃金の引き下げで苦しんでいる組合員に職を与えるため、組合の決議した物品の生産を始める。
④さらに、組介員の利益と保障を増進せしめるため、組合は若干の土地を購入、または借入し、失職していたり、労働に対して不当な報酬しか得ていない組合員にこれを耕作させる。
⑤実現が可能になりしだい、本組合は生産、分配、教育および政治の力を備える。換言すれば、共通の利益に基づく自給自足の国内植民地を建設し、または、回様の植民地を創らんとする他の諸組合を援助する。
⑥禁酒の普及のために、禁酒ホテルを、できるだけすみやかに組合の建物の一つとして開く」
*今日確認した出版記念シンポジウムの要領は、以下のとおり。
■開催日は、10月18日(日)13:30~17:00
■場所は文京区民センター2-A会議室(定員210名→その半分)
■テーマ:「救済から共済、協同へ――格差社会において協同組合は何が出来るか」
■現状報告と問題提起を、代表呼びかけ人の次の方々で行う。
・瀬戸大作(反貧困ネットワーク事務局長)
・鳥井一平(労働組合全統一特別執行委員、NPO移住連代表)
・堀利和(NPO共同連顧問)
■パネラーと賛同者は現在確認中、募集中。
■参加者の幅は、協同組合、労働組合ほか幅広く考え中。
➌会議終了後はNHKの取材を受けた後に、足立区まで車を走らせ、家賃滞納で退去危機にある外国人家族と会う。コロナ災害の影響で収入がゼロ。窮状を聞き、当面の生活費の緊急給付をおこなう。公的支援を受けれない外国人の窮状は日を追うごとに深刻化している。家族単位で住まいを失い、飢えをしのぐしかない外国人が急増するだろう。「闘え協同組合」

●2020/9/16  毎日が野戦病院、夜はレイバーネットTVに出演

9月16日(水)毎日が野戦病院のようになってきた。
❶今日は午後から豊島区**福祉事務所で、さいたま市**区の派遣会社の寮から出てきたSさんの生活保護申請同行、福祉の勉強をしてきたが、親の病気で進学を諦め、22歳で地方から全国各地の寮付き製造業で暮らしてきた。福祉介護職の給料では親を支える事ができないからだった。当初は派遣の給料は高かったが、年を経る事に下がり、コロナの影響で仕事がなくなり現在に至っている。20日前にSOSを受けて会った時には、「食料も無く、水のんで、餓えしのぎ、虫の息で辛うじて生きていて、寮で餓死か自殺かを考えている」先週土曜日に、仕事を探しましたが見つからず退寮が迫られているとの連絡を受けて迎えにいって都内のビジネスホテルに泊まって頂いて、今日を迎えた。
★豊島区**福祉での対応は、昨日の杉並と違って、とても良い対応だった、私が担当した相談者を3人も担当してくれた相談員さんもケースワーカーさんもSさんの事情を丁寧に聴き取り、元々が福祉職志望だったSさんに今後の自立に向けて丁寧な助言、他の区では殆ど取り止めてしまったアパート転宅までのビジネスホテルを一時宿泊先として提供してくれました。多くの自治体が同じような対応に改善してくれると良いですね。
❷豊島区**福祉をでて赤羽駅からSOSを頂いたTさんに会いにいく。緊急アクションに参画している労働組合に相談したら、私たちに繋いでくれたのだと、、Tさんは東北出身、小さなタクシー会社に就職したら、直後にコロナ感染で新人から雇い止めされ寮を退去あさせられたという。やっと清掃の仕事に就けたが、来週の給料日まで所持金が尽きて、今日は交通費がなく出勤でできず。最近はこのようなパターンが増えている。ネカフェ代と当面の生活費をお渡しした。不安定就労とネカフェ暮らしでは今後も不安だな~と思いつつ、生活保護だけは受けたくないとの本人の意思を尊重して別れた。
➌今日も来た。一昨日と同じく、所持金が殆どなく、怪我して病院にいけないIさんからSOS、10日前にSOSを受けたが、もう少し頑張ってみるとの事で給付金だけ渡した方だ。蒲田駅周辺で会った。仕事で怪我して、両足が虫に食われている。明日、近くの無料低額診療をおこなっている病院で受診するよう約束した。来週の連休明けに生活保護申請に同行する。もう暫く無理しなくていいよ。一昨日に足の怪我が化膿して40度まで熱があがったNさんは熱も下がり、体調も回復したようだ。今後の生活相談を目的に週末に会いに行こう。何か野戦病院のようになってきた。
➌夜は水道橋のたんぽぽ舎で、レイバーネットTV「コロナ災害 支援活動から見えてきたもの」に反貧困犬猫部の盟友でもある雨宮処凛さんと一緒に出演しました。詳しい報告はアーカイブ映像と一緒に後日掲載します。週刊金曜日にも報告記事が掲載されるようです。

●2020/9/15  相談員のトンデモナイ発言が飛び出した

9月15日(火)
相談員のトンデモナイ発言が飛び出した。「言っちゃなんだけど、二か月も路上で暮らしていたんでしょ。」保護費支給までの間、1日358円でどうやって食べて暮らせば良いのか。
今日は午後から杉並区**福祉事務所で2名の相談者の連続生活保護申請同行でした。
❶13時30分から、先週木曜に、宮城県**市から生還して区内のつくろい東京ファンドが用意したシェルターに入居しているNさんの生活保護申請に同行した。元々は都内在住、宮城県で寮付き派遣の仕事があると言われ向かったが、結果的に騙されて、縁も所縁もない地での予想もしなかった生活保護申請、しかし緊急連絡先が設定できなかった為に二週間限定だった市営住宅には布団も用意されず、エアコンもない。早く寮付きの仕事を探せと!
居宅支援の発想すらなく市営住宅も早く退去して欲しいと言われて、私は東京に戻ってやり直そうと助言して今日に至った。
・女性相談員との面談は当初は順調だった。おかしな展開に急旋回したのは「保護決定までの生活費の前借り金額」相談員から提示されたのは「保護決定までの14日間、5000円でやり繰りしてください。」腰が抜けた。保護費支給までの間、1日358円でどうやって食べて暮らせば良いのか。カップヌードルだけで暮らせというのか。多くの自治体で500円ルールが横行していて私たちは改善を求めてきた。**区では1日当たり2,400円を渡している。何回抗議しても「私たちの決まりですから変えられません。」ここの福祉事務所はフードバンクは常備されていなく二駅先の社会福祉協議会にとりにいくしかない。
押し問答が続いた時に相談員のトンデモナイ発言が飛び出した。「言っちゃなんだけど、二か月も路上で暮らしていたんでしょ。」寡黙なNさんも真っ赤になって怒った。正確に言えば、前職をコロナの影響で失い寮から追い出され、二か月はネットカフェ暮らし、それにしてもトンデモナイ。謝罪を求めた。すんなり謝ったが、彼らの世代の多くが非正規や派遣でしか働く場所がなく、少ない賃金でアパートを借りる事もできず、ネットカフェ暮らしか寮付きの仕事で食つないできて、コロナの影響で今日のような状況に至った事を何故、理解する事もしないで「上から見下ろす」発言になるのか、結果的に7,000円まで金額は少しだけ引き上げられたが、やっぱり納得できない。ここの事務所は保護決定まで平均10日で保護決定するので、交渉は終わりとしたが、「上から見下ろす」発言だけは絶対に許せない。
❷15時過ぎからは、金曜日夜にSOS対応したSさん、今日までネットカフェの宿泊代をささえあい基金で支援して今日に至っている。寮付き派遣の仕事を転々として4年前からネットカフェ暮らし、コロナの影響で、日払いの仕事も殆ど見つからず、数日間は公園で暮らしてきた。Sさんは当初、生活保護を嫌がっていたので理由を聞いてみたら、以前に生活保護申請にひとりで行ったら劣悪な貧困ビジネスの無料低額宿泊所に放置されて逃げ出した経験がトラウマになってしまった。一人目のNさんはシェルターに入居してからの申請だったが、Sさんは私たちの仲間の支援団体のシェルターが満室状態だったので不安を抱えたままの申請だった。都内区部は二つの区以外は一時滞在先としてビジネスホテルの提供を止めてしまっている。シェルターなどの一時滞在先を民間支援団体が用意しないと無低や施設に収容されてしまう。いつものように**福祉は、一度、施設に入所してほしいとの発言、Sさんは以前の経験の「施設で放置された」辛い経験があり受け入れられないと話す。
私からは、シェルターの空きを待つ間の期間のネカフェ代と生活費が出せないか、男性相談員に求めたら上司に相談のうえ認めてもらえた。1日当たり2,780円(宿泊費1,780円は前借りでなく)を認めてもらった。充分ではないが、相談員に感謝
・夜になっていつくろい東京ファンドから嬉しい連絡!シェルターが1室空いたとの事。これでアパート転宅まで安心して対応ができる。
・でも同じ事務所で相談員対応が何故、ここまで違うのだろう~
➌夜は、反貧困埼玉とクルドを知る会の松澤さんとの合同会議に参加、公的支援を受けれない外国人、生活困窮の度合いが激しくなり、所持金ゼロ、家賃未納による追い出しによる路上生活、飢餓状態の報告が増え続けている。生活保護申請、医療相談、地域と連携した継続的な食料と生活支援と給付支援など、反貧困ネットワークも参加して実行委員会形式で支援体制をつくることを確認、川口、蕨にはクルド人が2000人以上います。とにかく支える体制をつくるしかない。

●2020/9/14 まにあって良かった。頑張ってくれた。

9月14日(月)
まにあって良かった。生きていく為に頑張ってくれた。本当に、、、
❶先週木曜に新宿駅で再会したKさんをお連れして**区の福祉事務所を訪問、Kさんは**区で生活保護を利用して8年以上が経過しているが、アパートの周辺住民の騒音に加えて、怪我の後遺症と高齢が理由で、階段をのぼり2階の部屋で暮らすことが辛くて再び路上に出てしまった。今日は担当CWさんと相談、診断書で認められれば1階のお部屋のアパート転宅が認められる事を約束。これからは先に相談してくださいね。
❷朝に深刻な相談メールが来ていた。30代の青年Hさんからだ。所持金ゼロ円で公園での野宿生活が5日、すでに3日何も食べてなく、先週の水曜に仕事中に細菌が足に入ったらしく、、微熱が引かないまま現在化膿が両足に広がってしまって立ってるのもやっとな状態で39度以上の熱が出ているという。以前の派遣職の月給が13万円程入るが、それまで身体もお金も持たない!
相談者Hさんと連絡をとり、無料低額診療をおこなっている病院に行ってもらったが、皮膚科がなかった。紹介された皮膚科病院に傷だらけの足で歩いて向かったらしい。**区の福祉事務所から皮膚科病院に駆けつけた時間は18時、Hさんは横になり呻いていた、昼間は36度台だった熱が化膿が原因で40度を超えていた。Hさんは所持金0円で野宿生活をしていた事を担当医に伝える事を躊躇していた。私から「所持金も住居もない」事を聞いて、はじめて知ったようだ。でも特別な対応をしてくれる訳でもなく、医療など知識がない私が考え対応するしかない、近くの総合病院に連絡してもらったが、今晩入院できる病床がないと言う。とりあえず紹介状はもらった。病院横の薬局で抗生物質や解熱剤など処方箋をもらい、薬を飲ませた。担当医にお願いして、暫く横になり熱が下がるのを待たせてほしいと懇願した。熱が下がらないとビジネスホテルにもチェックインできない。19時30分を過ぎた頃、担当医から病院を閉めるから出ていってほしいと言われた。怒りを抑えながら皮膚科を出た。処方箋が効いたのか熱が下がっていた。自家用車にHさんを乗せて行きつけのチェーンのホテルにチェックイン とりあえずだが、見違える程元気になっている。明日の朝に総合病院で診察後に状況報告をもらって今後の支援方針を決める。Hさんにはタクシーで病院に行くよう助言、絶対に歩かないようにね。なるべく早めに生活保護申請して安心できるアパート確保と治療を急ぎたい。21時 今日はこれで終わりと思い、帰路についたはずだった。
➌駐車場に着き自宅に戻る最中に緊急SOSメールがきている事に気づいた。自宅から車で20分で到着できる場所からの20代の青年Mさんからだ。所持金200円、電話で連絡したら、今日から野宿で怖いという。コロナの前は普通に稼いでいたのに転げ落ちる暮らしに戸惑い絶望している。現地到着は22時20分。木曜に生活保護申請同行する事を確認、3日分の宿泊費と生活費を渡した。これから独りではない。22時45分 現地終了 お疲れ様でした。

●2020/9/13 とりあえず「家族のいのちを繋げ!」

9月13日(日)とりあえず「家族のいのちを繋げ!」
❶川口市で今日も相談会を開催しているクルドを知る会の原さんからSOSの電話が入る。かなり緊急性が高い内容なのですぐ現地に向かった。コロナの影響で仕事がなくなり、家賃滞納が続き、来週にも住まいを退去させられそうになっているクロド人家族が待っていた。小さな男の子が1人、お母さんのお腹が大きい。聞いてみると9月末には出産を控えている。母体に危険があるため、ビジネスホテルやシェルターに移す事もできない。(家族が住めるシェルター自体が殆どない。)反貧困ささえあい基金の適用基準外であるが、生まれてくる小さないのちと母体を守りたい。基金運用管理委員会メンバーと持ち回り決裁を電話でおこない、その場で未納分家賃入金をおこない、とりあえず「家族のいのちを繋ぐ」事はできた。しかし今後の出産費用をどう捻出するかが今後の重たい課題だ。在留資格の関係で健康保険に加入していない家族も多い。これでは、費用の大半が補助される「出産育児一時金」が支給されずに出産費用が莫大にかかる。母子手帳持っていれば支援の対象になるはずだ。いま色々調べてます。結構焦っています。
・外国人ゆえに、真っ先に解雇されたり短期ビザや仮放免で働く事が許されない外国人が住居から追い出され、路上や公園で野宿生活を余儀なくされている報告が多く寄せられはじめている。今日も上記の家族以外にも家賃未納で追い出しが迫っている外国人からの相談をおこない、当面の退去回避、民間支援の範疇を超えるレベルに来ているが「いのちを繋ぐ」
ためには止めることはできない。
❷終了後、さいたま市**区に向かう。広域合併でさいたま市は広い。最寄りの駅から15キロ、やたらに不便な場所に派遣会社の寮があった。20日程前に、SOSをくれた青年Sさんが待っていた。「派遣会社の寮で待機中、7月22日に赴任してから、今だ仕事決まらず、食料も無く、水のんで、餓えしのぎ、虫の息で辛うじて生きていて、寮で餓死か自殺かを考えている」寮の前で会った相談者は痩せこけていた。とりあえず二週間分の生活費を給付し、仕事が決まらなければ、一緒に生活保護申請同行する事にして別れた。Sさんから先週末に連絡があった。「あれから仕事を探しましたが見つからず退寮が迫られています。」今日からささえあい基金でビジネスホテルに泊まって頂いて水曜に生活保護申請に同行する事にした。瘦せこけた顔に安堵の笑顔がこぼれた。もう独りではない。

●2020/9/11 世代を超えて三人で唄った「15の夜」

9月11日(金)世代を超えて三人で唄った「15の夜」
❶お昼に練馬区内のシェアハウスに入居している2名の20代の女性を連れて、生活保護費から支給される家具什器を揃える事を目的に、荒川区にある企業組合あうんを訪問しました。二人とも親からの管理から逃れて東京に来て路上生活の寸前で、緊急アクションにSOSをくれて命を繋いだ。「優しい時間をくれた」Sさんは既に最初の保護費を受け取りました。ひとり暮らしができる事を目標に当面はシェアハウスで暮らします。**区で門前払いされて、月曜日に練馬大泉福祉で生保申請したTさんは17日に決定見込み、今日も地元の不動産屋さんでお気に入りのアパートに正式申し込みしました。
◎以前、生保申請とアパート転宅支援した18歳の少年も同様でしたが、私が担当してきた家出してきた若者たちの共通項は、尾崎豊が好きな事、35年以上前の歌なのに唄い繋がられている。車の中で流れた「15の夜」落書きの教科書と外ばかり見てる俺超高層ビルの上の空 届かない夢を見てる、、、今夜、家出の計画をたてるとにかくもう 学校や家には帰りたくない。。。。世代を超えて三人で唄った。
❷今晩のSOSは荻窪のコンビニ前で待ち合わせ、40代の男性でした。寮付き派遣の仕事を転々として4年前からネットカフェ暮らし、コロナの影響で、日払いの仕事も殆ど見つからず、数日間は公園で暮らしてきた。当初は生活保護を嫌がっていたので理由を聞いてみたら、3年前に生活保護申請にひとりで行ったら劣悪な貧困ビジネスの無料低額宿泊所に放置されて逃げ出した経験がトラウマになってしまったのだと、、生保申請同行とアパート転宅を支援する事を約束したら本当にホッとしていました。来週火曜に生保申請同行頑張ります。
 

●2020/9/10 何もする事がない辛さは半端ないのです

9月10日(木)
仕事も決まらず、誰とも話す事もなく、何もする事がない辛さは半端ないのです。
❶職場のパルシステムにいたら、お昼頃に作家の渡辺一枝さんからの携帯電話が鳴った。新宿高島屋からのSOSだ。職場の新大久保から新宿に向かう。一枝さんが高島屋に買い物に行って店を出たら、広場のベンチで新聞を読んでいるKさんがいた。Kさんはビッグイシューを新宿駅西口で販売していた、一枝さんは路上生活者もしくは元路上生活者だったおじさんたちで結成されたダンスグループ「ソケリッサ」のファンで、以前にダンサーとして活動していたKさんと友だちになっていた。以前よりも身なりが汚れていたKさんは、数年前に路上生活脱出して、私の自宅からも近い**区のアパートで暮らしていたのですが、アパートの大家さんの理不尽な対応に絶望して自宅を飛び出して再び路上に戻ってしまったのです。現在、私が共に活動する稲葉さん、小林さん、佐野さんを懐かしむ話題がKさんの口から飛び出します。通常はビジネスホテル➡生活保護申請同行のプロセスを踏みますが、江戸川橋にあるビッグイシュー事務所に連絡したら佐野未来さんから「シェルターが空いているよ。」と嬉しい返答、ビッグイシュー事務所に向って無事に即日入居できた。月曜に生保利用していた福祉事務所に訪問し、担当CWと面談して、生保継続しているか廃止されているか確認してKさんが安心して再びアパート転宅できるよう支援していきます。
❷今日は宮城県**市からK君が高速バスで帰還した。先月に新宿駅でSOSを受けた時にKさんは、数日後に宮城県で寮付き派遣の仕事がある、東京駅集合で出発する事になっていると言った。よく聞くと、宮城県のどの場所なのかも聞いていないと言う。私は「危ないからやめたほうがいい。また寮から追い出される可能性があるよ。」と4回くらい繰り返した。でもK君は宮城県に旅立った。
1か月が経過し3日前にk君からメールが届いた。「瀬戸さんがおっしゃっていたようにやはり宮城でだめでした。宮城の派遣先はK君が体温を計測した時に37.1度だった事を理由に、仕事には就かせない。寮も用意できないと言われたのだった。仕方なく**市で生活保護を申請し利用開始、役所から緊急連絡先がないのであれば部屋を借りれないから寮付きの仕事を見つけるように言われ2週間、市がそのまま借りてる市営住宅に一時入居、宮城県内で寮付きの仕事はほとんどなく、金曜日には部屋をでないといけないのです。」私からはこのような理由で福祉事務所が生活保護利用者を路上に追い出す事は考えられないから再度聞いてみるよう伝えた。延長を認めたが布団もエアコンも何もない部屋は相変わらずと言う。K君は東京都内在住だったので宮城県に縁もゆかりもない。私はいったん宮城県での生保を廃止して、私たちが東京で生保を再申請してアパート転宅まで支援するから高速バスで東京に戻るよう助言、1か月振りに新宿で再会した。二人で豚骨ラーメンを食べながら今後の打ち合わせ、今日からつくろい東京ファンドが用意したシェルターに入居して、来週に**区の福祉事務所で生活保護申請に同行する事にした。
➌夜は、つくろいのシェルターに入居しているN君と食事しながら久し振りの面談、生保申請同行後に利用開始して1か月以上経過しているが、体調不良でアパート転宅が実現していない。途中からメールにも電話などの連絡が地方の途絶えた。
工場で解雇され、東京に出てきて生保利用で出直す事を決意した。けれど、希望する製造業の仕事も決まらず、誰とも話す事もなく、何もする事がない辛さで気がおかしくなる。独りぼっちの部屋でどうしたら良いか解らない。体調不良の原因を打ち明けてくれた。cwからは何の連絡もないという。私は、ごめんね!と言いながら一緒に回転寿司を食べた。来週、またアパート探しを再開しよう。N君はサーモンの握り寿司ばかり食べて久し振りに嬉しそうだった。これから独りにしないからね。何回も伝えた。
❹またSOSが来た。大森駅で所持金300円の男性が待っていた、到着したのは21時30分、警備会社を解雇され、自転車に乗りながら、都内の炊き出しを回り、ネカフェに泊まりながら日雇いを探す。でもお金が尽きて昨日から路上生活、ささえあい基金から宿泊と生活支援金を渡して、緊急アクションの区議会議員が来週月曜に生活保護申請同行してくれる事になった。

●2020/9/9 寿の人々の優しい対応「俺たちはSさんの味方だよ」

9月9日(水)
寿の人々の優しい対応 「俺たちは、Sさんの味方だよ。」
❶今日は神奈川県**市のSさんを訪問、親のネグレクトに耐えられず家を出て6月に生保申請同行し、アパート転宅支援した20代の女性、CWからの呼び出しが数日間隔で頻繁にされているとの事、「私は麦茶を作って飲んでるので、飲み物は買わずあなたも麦茶を作ってください」「食器は100均でプラスチックなんかのを買ってください」話題はこのような生活指導ばかりで、恋人のごとく頻繁に会いたくないので辛い。このような状態だったら生活保護を廃止して寮付きの性風俗で働くしかないとのメール、先日、私からCWさんに連絡して以降は、頻繁な呼び出し連絡はピタッと止まったらしい。いつ生活保護を廃止し行方不明になってしまうか解らない。そのような理由で久し振りに**市に向った。以前から横浜市寿のドヤ街を見学したいと熱望されていたのでショートトリップ。今日の寿も道路の端にしゃがみ込み、酒を酌み交わす男性たち。街を歩く人はほとんどが高齢の男性、以前より車椅子の方が増えている感じ。寿生活館では高沢事務局長、便利屋の寿クリーンセンターでは森ひでおさんが案内してくれた。「頑張って働けばまともに生活できる」時代はとっくに崩れていて、20代のSさんにとって家庭では親のネグレクト、社会にでれば自己責任社会のもとに不安定雇用、CWには「生活保護利用者は、こうあるべきだと強いられる。」
Sさんは親や親しい人に頼れないまま、あちこちの公園を移動し5日も野宿でさまよっていたのだ。やっと会えた時に「私なんか誰にも気づかない場所でひとりで死にたかったんです。」この言葉を忘れる事ができない。
高沢事務局長や森さんの優しい対応と寿の人々、「俺たちは、Sさんの味方だよ。」Sさんのこれからは本人が決める事だけど自己肯定できる人生を歩んでほしいのです。
❷夜は連合会館で「さようなら原発1000万人アクション実行委員会」今日は9月18日に日比谷野音で開催する首都圏集会の最終確認。私の担当である原発事故被害者の登壇者は、ひだんれん幹事で神奈川訴訟の村田弘団長にお願いした。今晩は東京近郊の**県のある公園で仮放免中の方が住まいから追い出さ野宿しているとの情報、本人からも連絡をうけたが連携する地元の支援団体が本人と会えたのでホッとする。反貧困ささえあい基金で当面の宿泊費を支援する事にしました。公的支援を受けれない外国人が次々と路上に追い出されているのではないか。本当に日本政府はこの事態を放置し続けるのか!

●2020/9/7 地域でささえあいの中で自立できるように

9月7日(月)地域で多くの方々のささえあいの中で自立できるように
❶今日も練馬区内のシェアハウスを訪問、午前は新宿歌舞伎町で、SOSを受けて、生活保護申請同行した20代の女性Sさんのはじめてのケースワーカーさんの自宅訪問の日。軽度の障害があるSさんが今後、地域で多くの方々のささえあいの中で自立できるように、ケースワーカーさんを通じた地域福祉との連携が不可欠です。将来的なひとり暮らしを目指して、まず家計管理がひとりでできるようにしていきます。出会って以降、Sさんから「おはよう」「おやすみ」「今日は**して過ごしていました。」などのメールが毎日届きます。
返信を続けながら、たくさんのお友達ができるといいなと思います。
❷午後からは昨日**区福祉に生活保護申請して門前払いされた20代の女性Tさんを連れて、練馬区大泉福祉事務所に生活保護申請同行する。Tさんも友人Kさんが運営する同じシェアハウスに「体験入居」という形で宿泊している。Kさんが紹介してくれた地域の不動産屋さんを訪問、不動産屋の近くにTさんもお気に入りのロフト付きのアパートが見つかり早速、予約する事ができました。その後に福祉事務所で生活保護申請、短時間で受理され10日後には決定通知がだされるとの事、その日に住民票を移動しアパート転宅準備が完了できるようにしていきます。**区の対応とは違う相談員と女性ケースワーカーの暖かい対応にほっと一息です。
➌練馬大泉での生保同行を終えて、反貧困ネットワークにSOSをくれた所沢にいる20代の青年と待ち合わせした。九州の出身で、東京で日雇いの仕事をしていたが、会社の寮が工事をすることになり、住まいを失ったという。所持金も少なく、ネカフェか野宿をしている。
寮付きの求人に応募していますが、決まるまでの住まいがないとの事、母子家庭でお母さんには頼れないと何回も繰り返していた優しそうな青年だった。寮付きの求人が決まらなかったら必ず連絡してほしいと伝えた。「まず優先すべき事は短期間でも良いから生活保護を利用して安心できるアパートを確保した方がいいよ。」とにかく生きていてほしいんだ。

●2020/9/4 「緊急アクション」と「市民連合」との意見交換会

9月5日(土)
❶「新型コロナ災害緊急アクション」と「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」との意見交換会に稲葉剛さん、田川さんと参加しました。市民連合の目的は、立憲野党の政策に対する市民連合からの要望書に「新型コロナ災害緊急アクション」のこの間の支援現場の実践から見えてきた課題と貧困格差問題に関する政策提言を反映する事のようです。
私たちからは「日本に生きるすべての人を対象に、平等な公的支援の速やかな実行を求める」事を基本に生活保護基準の引き下げや運用改善と施設収容型からハウジングファースト、公的支援を受けれない外国人に対する生存権保障に向けての施策実行を提案しました。
市民連合の要望書の柱となる①憲法に基づく政治と主権者に奉仕する政府の確立②生命、生活を尊重する社会経済システムの構築などに反映して頂き、社会運動としての連帯づくりを進める事を期待します。
❷夕方からは、昨日**区福祉に生活保護申請して門前払いされた20代の女性Tさんを連れて、無事に私が住む練馬区にある友人が運営するシェアハウスに入居できる事になりました。親とも連絡がとれて一安心、これからひとりで暮らして自立できるよう応援します。月曜に理解ある福祉事務所で再度、生活保護申請をおこないアパート転宅を目指します。シェアハウスの理事長Kさんにはお世話になりっ放しです。

●2020/9/3 自尊心の破壊  担当の資質の問題では済まされない

9月3日(木) 
自尊心の破壊 担当CWの資質の問題ではもう済まされません。
つくろい東京ファンドの小林さんから15時45分頃に、電話が入った。小林さんが3か月の間、寄り添ってきた青年U君が、私の地元である**区本庁福祉のケースワーカーの理不尽で自尊心を壊すような言動と不適切対応の連続に、我慢し続けてきた感情を押さえられずに、16時に単独で抗議しにいくという。心配でならない。かなり焦っている声だった。すぐに駆け付けて到着したのは16時30分、ゆうりんクリニックのスタッフと一緒に、U君は既に頑張って問題を解決していた。
●区民として6月26日に、生活者ネットワークの区議と一緒に本庁福祉事務所長、担当課長、係長に参加してもらい懇談会を開催した。**ルールである申請日から保護決定日までの仮払い(貸付)が1日当たり500円の運用基準の早急な改善、「カップヌードルを食べ続けて凌げば良い」と言ってしまった係長の発言に憤りつつ、二度としないでください。と確認して終わっていたはずだったのに、よりによってU君にまた、自尊心を破壊するような言動と法律に基づかない対応をおこなっていたのだ。**区が代理納付を受けなかった事で、一ヶ月で二度も家賃を支払う羽目になり、2万円以下の金額で水道光熱費と生活費を賄わないといけない状況で、心配した父親が1.5万円送ってきてくれた。CWはU君は正直に申告した事に配慮せずに、ただ収入申告して保護費から差し引くと言い放つ。U君は求職活動の交通費もないのに、「日雇いで働いてなんとかしてください」と言われたという。就労活動促進費などの説明もされていなかった。ゆうりんクリニックのスタッフさんが同行したら、すぐ就労活動促進費がでる事になったようですが、本当に杜撰な対応と言うしかありません。就職支度金は必ず支給してくださいよ。
●終了後、区議会事務所にいた区議さんに来てもらい、顛末の共有をおこない改善を求める働きかけをおこなう事を再度確認しました。担当CWの資質の問題では済まされません。500円ルール含め、再度の改善要請を準備します。区民として改善を求め続けます。
●6月に、神奈川県**市で生保申請同行し、アパート転宅支援した20代の女性からここ数日、相談が来て対応していました。自宅訪問の際に「私は麦茶を作って飲んでるので、飲み物は買わずあなたも麦茶を作ってください」「食器は100均でプラスチックなんかのを買ってください」「必ず家計簿をつけて報告してください」更に、良くないのは日付と時間指定のCWからの呼び出しが数日間隔で頻繁にされているとの事、恋人のごとく頻繁に会いたくないので辛い。このような状態だったら生活保護を廃止して寮付きの性風俗で働くしかないとのメール、とりあえず私から電話で担当CWに以下のとおり改善を求めました。当たり前ですが、「呼び出す場合は1週間前ぐらいに連絡」「用件を伝える」「自尊心を傷つけない」「マニュアル通り喋るのでなく、利用者の事情や個性を肯定しながら話す。ゆっくり背中を押すこと」「彼女が貴方のせいで生活保護を廃止したら責任問題として追及する」cwの苦労や精神的負担は理解します。でもこんな当たり前の事を言わせないでください。



●2020/9/1 傷ついた心を癒やす事を優先させよう

9月1日(火) 傷ついた心を癒やす事を優先させよう
❶今日は朝から、ひだんれん・「避難の権利」を求める全国避難者の会・避難の協同センターが共同して取り組んだ「新型コロナ災害下における原発事故避難者 の暮らしと住まいの不安に関する緊急アンケート調査」の結果分析と提言書づくりに集中、。コロナ災害において、一気に生活が立ち行かなくなる人たちの特徴 と原発事故避難者の特徴が重なっている。避難者においては、母子避難や母子世帯も相変わらず多い。原発事故前の生業を失い、避難先で、非正規や不安定就労 における収入しかない。単身世帯は公営住宅すら入居できない。貧弱な住宅政策が追い打ちをかけている事がアンケート調査の結果で解っている。三団体合同で 記者会見の開催を予定すべく準備している。コロナ災害によって、復興支援員などの戸別訪問も休止されたままであると聞いている。孤独死も心配されている。 早急に避難者の実態把握をおこない、生活困窮者を早期に発見して必要な生活支援をにおこなうことを求めたい。
❷夕方になってしまったが、3年間に渡ってサポートしてきた自主避難のシングルマザーMさん が、大和市から都内東部**区に転居したので会いに行く。生活保護申請にひとりで行って水際作戦で撃退されて、SOSが避難の協同センターに来たのがきっ かけでした、長男のバイト代と障害があるMさんの軽自動車の保有が水際の理由、生保申請は無事に利用開始、その後も軽自動車の所有についての圧力は続くも 撃退してきました。長男は世帯分離して、無事に地方の大学に進学しました。しかしコロナ感染拡大の影響でバイト先の職場が閉鎖され、生活費や光熱費も払え ず状態、Mさんは生活保護なので経済的サポートができません。苦労して入学した大学生活を経済的事情で断念させたくありません。使える給付金はないか、避 難の協同センターや緊急アクションで支援できる事はないか、これからも伴走していきます。
近くに「良心的兵役拒否」で難民申請中のK君がいる。いつもお腹を空かしているK君とも待ち合わせして3人で顔合わせ、二人はとても仲良くなったようです。
➌夜は、代々木公園からのSOS 20代の女性で所持金は10円 ずっと泣いていました。
5月に仕事がなくなり、新しい仕事も見つけれず、今日から公園で野宿を覚悟した時に、緊急アクションの相談フォームを見つけた。アパートを確保する為に も、生活保護申請を検討してもらう事にして今日から数日、ビジネスホテルに泊まってもらい気持ちを落ちつけて、傷ついた心を癒やす事を優先させよう。今日 はゆっくり休んでください。


●2020/8/31 やっぱり地域で支えあうことが大事です

8月31日(月) 強いられた自立でなくやっぱり地域で支えあうことが大事です。
❶今日は朝から、新宿歌舞伎町で、SOSを受けて緊急支援した20代の女性Sさんを連れて、**区福祉事務所で生活保護申請に同行、無事に受理されていま す。出会ってから11日がたちました。軽度の障害があるだけで、中学卒業後は学校にいく事もできず、学ぶ場は疎か、地域社会で生きる事を閉ざされた10 年、最近、Sさん自身が打ち明けてくれたのだけれど、自宅に作業所の送迎バスが迎えにきて、軽作業を終えて自宅に帰る日々の繰り返しだったようです。先 週、失われた10年を取り戻す横浜市内小旅行に一緒に出かけた後に、
知人が理事長を担うシェアハウスに入居しました。隔離したり、地域から分断された暮らしの強制でなく、地域社会のなかの一人として生きていくこと、強いら れた自立でなく、地域社会の人々と共に生きる事を通じて学び自立していく事を応援していきます。今日はかなり緊張していたSさん 福祉事務所の職員の質問 にしっかり答えました。帰り道でSさんは「今日は頑張りました。いっぱい褒めてくれますか、」私はいっぱい褒めた後に、「今日も優しい時間をたくさんくれてありがとう」と答えました。
❷午後からは支援してきた3名の20代の青年を連れて自立生活サポートセンターもやいの居住支援担当の土田さんとアパート探しの面談、2人は所持金300 円の状態でSOSがあり、生活保護申請同行、携帯電話は喪失していいます。つくろい東京ファンドの携帯アプリを準備します。
もう一人は群馬県の工場で解雇され、上尾市で生保申請、2時間もかかる東松山市の無料低額宿泊所で、強制収容所のような生活を強いられた。手元に2万円も 残らず、このままでは不可能、企業組合あうんで働く事を前提に荒川区近辺でアパートを探し、強制収容所からの脱出を目指します。3人ともに9月中旬までに アパート転宅を目指します。
➌今日、嬉しい情報が届きました。クルドを知る会からのメールでした。先日の「反貧困ネットワーク埼玉」会議で提案した、公的支援を受ける事ができないで 極度の困窮状態にあるクルド人の支援を、クルドを知る会とフードバンク埼玉がつながり、早速お米160キロが寄付されたようです、8月30日には移住連か らの支援金と一緒にお米の配布も行うことができたとの事。次は、医療関係の相談も増えているので、医療相談会なども開催できたら良いと思います。やっぱり 地域で支えあうことが大事です。


●2020/8/30 東京の空から大阪の空へ届け!

8月30日(日) 
東京の空から大阪の空へ届け! 猫を守るために「いのちを繋げ」 
❶今日も4名の相談者からのSOS対応をおこなった。最初のSOSは20代の女性からだった。品川区**駅近くで待ち合わせ、コロナの影響で仕事がなくな り、明日にはライフラインと携帯が止まってしまう。暑すぎる夏は終わらず、携帯が止まると就職活動に影響がでる。今後の生活再建はこれからでも良いから早 く支払いを終わらせようと給付金を渡した。とりあえず間に合って良かった。
❷品川区から2人目のSOSをくれた40代の青年に会いに赤羽駅に向かう。会った瞬間、Tシャツが汗にまみれ汚れていたので、長い間、夏の暑い公園で寝泊 まりしていた事がすぐ解った。2週間以上、公園で寝泊まりしながら、たまにしかない日雇い派遣で食つないでいた。昨年末までは正社員で働いていたが、理由 があって退職した。数年前にくも膜下出血で倒れた影響もあったらしい。現在はイベントの設営で働くが、9月5日に給料が入金されるが、お腹が減り風呂にも 入っていない。力尽きてしまうと彼は泣いた。9月5日までのビジネスホテル代と食費を渡した。今日はゆっくり風呂に入って汗を落としてご飯をしっかり食べてほしい、私は何回も言った。「貴方が悪いのではない。これからだってやり直せる」
彼は「死のうと思ったんです。でも死ななくて良かったです。」ずつと泣き続けていた。
➌赤羽から3人目のSOSをくれた20代の青年に会いに中野区**駅に向かう。福島県いわき市の出身だった。原発事故後に埼玉県に避難した経験がある。その後に親が離婚、警備会社の寮に入り働いていたが、コロナの影響で仕事が減少して寮を追い出された。
今日だけ近くで清掃関連のスポット派遣があったけれど、次の仕事がないという。台東区福祉事務所にいき相談したが、生活保護ではなく、就労支援に回されたという。要するに寮付きの仕事を探し、それまでは施設に入れという意味だよね。もううんざりする対応だ。宿泊費と生活費を渡して、木曜日につくろい東京ファンドの小林さんが生活保護申請同行してくれる。
❹自宅に帰ってから、ほっとしていたらPCからSOSアラートが鳴る。大阪の女性からだった。昨年11月に会社の業績悪化によって全員解雇され、2ヶ月分 の給料、解雇予告手当てが未払いのまま会社に逃げられ、貯金も底をついたという。現在は仕事に就けたが給料日は17日後、手元のお金もなく、火曜日までの 通勤交通費しかなく、数週間、1日一食お米と具なし味噌汁だけの生活、飼っている猫だけは助けたいのですが、ご飯ももう買ってあげられないと言う。大阪で は駆けつける事ができない。とりあえず電話して窮状が緊急性が高い事を確認。原則はお会いしてアセスメントするが、電話で、今後の生活相談をおこないアセ スメントを完了させた。緊急振込と、反貧困犬猫部長の雨宮処凛さんと協議して2か月分のキャットフードを宅配する事にした。電話の向こうで彼女は泣いてい た。彼女から返事が届いた。「今回のことで、ペットと離れることについて現実として向き合わねばならなくなり、胸が千切れる思いでした。素晴らしいチーム に助けていただけたこと、皆様方の優しさで、これからもペットと生きていけること、生涯忘れられないです。」
東京の空から大阪の空へ いのちを繋ぎあう。 
●野戦病院にいつ休息の時間は訪れるのか!「死にたいけど死んでしまう」悲鳴が続く以上は休息はやってこない。


●2020/8/29 k君は食べ残した料理を大事そうに容器に詰めた

8月29日(土)
「持ち帰り容器はありませんか。」良心的徴兵拒否のk君から教えられた。食べ残した料理を大事そうに容器に詰めた理由、中華料理バーミヤンで食い過ぎた自分を責めた。
❶サポートしている当事者の自宅訪問し近況確認を終えて、本郷会館に移動し、『西暦二〇三〇年における協同組合』「執筆者の集まり」に参加しました。私も23人の共同執筆者の一人として、「闘え!協同組合―分断と自己責任社会から協働統治の社会運動を進め「生きづらさを変えていくー」と題して書かせていただきました。
◎「死にたくても死んでしまう」とのSOSが止まらないなかで、私たちが「野戦病院のような支援」を強いられた根本原因は「自己責任社会」に基に安心できる社会保障の土台を徹底的に掘り崩された事と非正規雇用、その影響が市民社会も深刻な事態を生みだしている。更に深刻だと思うのは、CAFが2019年に発表した人助けランキング(1カ月の間に見知らぬ人、あるいは助けを必要としている見知らぬ人を助けたか)で日本が125カ国中、最下位だった。過去1カ月の間に見知らぬ困っている人を助けたことがあるのは14%。反対に知らない人に助けを求めることが出来ると回答したのも4%と、人を助けるのもSOSを出すのも苦手な社会にコロナ感染拡大が襲ったのだ。私が勤務している同組合陣営は、事業が伸長している一方で、この現実を直視していくべきであると考えている。
◎4月以降の地を這うような支援活動における私たち民間の弱小団体の取り組みではヒト。モノ・カネが圧倒的に不足している。施設隔離収容型の生活保護を止めさせる為にも、ハウジングファースト住宅協同組合が必要、外国人が利用できる「医療相談協同組合」良心的な労働の場を提供する企業や生産者連携含めた連携型の労働者協同組合、アウトリーチや居場所型のフードバンクなどが必要、社会運動として提起し、事業化しなければならない状況と考えている。だからこそ、力がある協同組合が、「距離を置いた支援」に留まる事なく、もっと深く関与してほしいと思う。、「協同組合が所有するヒト。モノ・カネ」を使って、空前の大失業と貧困社会を協同の力で共に解決していく方向性を提起する事、
◎今日の執筆者の集まりでは秋にシンポを開催する事を決めた。私の問題意識含め、大胆に問題提起していきたいと思う。
❷会議を終えて都内**区に向い外国人のK君に会いに行く。実は3回目のSOSだ。母国から「良心的徴兵拒否」で日本に来て難民申請した。民族紛争が絶えない国では自国民を殺す事もある、K君は「殺したくない」と考え徴兵を拒否した。難民申請から3か月を経過したが、現段階でも就労可能なビザは下りていない。働いてはいけないので収入ゼロが続いている。支援団体のカンパやフードバンクで食つなぐしかない。3か月後には就労可能となると入管から連絡を受けた。それまでは「生き続けたい」母国に帰れば投獄される、私はK君を守りたい。
◎K君を連れてバーミヤンで一緒に中華料理を食べた。本当に嬉しそうだった。おかずもないお米だけの食事が続いている。二人で五目炒飯と餃子と麻婆豆腐を食べた。k君は空腹なのに食べ残した。残っているので私が少し余計に食べてしまった。最後にk君がウエイトレスに聞いた、「持ち帰り容器はありませんか。」k君は食べ残した料理を大事そうに容器に詰めた。何で気づいてあげられなかったのだろうか。申し訳ない気持ちで一杯だった。私がたくさん食べなければ、もっともっと自宅で料理を食べれたのに!次は大盛りレストランに一緒に行こうと約束した。K君ごめんね

●2020/8/28 ゆっくりゆっくり歩いていけばいい

8月28日(金)
新宿歌舞伎町で、先週金曜日にSOSを受けて緊急支援した20代の女性Sさん、昨日の横浜市内小旅行で「優しい時間」を過ごして、今日は**区福祉事務所 で生活保護申請に同行、軽度の障害があるので、優しい女性相談員と面談、知人が理事長を担うシェアハウスに今日から体験入居を開始、正式入居するかを本人 が決めて、月曜に生保受理する手順ですすめます。シェアハウスの住人も大歓迎 Sさんも大喜びでした。1階に就労事業所があります。楽しいイベントもてん こ盛り!事業所の担当職員も愉快な方で。今後のSさんを見守っていてくれそうです、これから「優しい時間と優しい居場所と優しい仲間」に恵まれて、ゆっくりゆっくり歩いていけばいいよ。


●2020/8/27  中島みゆきの「糸」を一緒に歌った

8月27日(木)
車の中で、中島みゆきの「糸」を一緒に歌った。「生きていて良かった」と笑ってくれた。
❶午前は豊島区役所で生保申請同行した20代の青年ふたりのケースワーカー面談に立ち会う。ふたりとも生保利用決定通知が渡せれ、正式に来週月曜日に自立生活サポートセンターもやいを訪問、上尾市で生保申請し東松山の劣悪な施設に強制収容されているm君含め3名のアパート転宅打ち合わせをおこなう。。二人は携帯電話がない。契約時に間に合うように準備しよう。
❷お昼前に新宿歌舞伎町TOHOシネマ前で、先週金曜日にSOSを受けて緊急支援した20代の女性Sさんと待ち合わせ、一緒に横浜市伊勢佐木町方面に向かった。軽度の障害があるだけで、高校にいかせてもらう事もできず、15歳から家から出る事を許されず、生きる力をそがれてきた。学ぶ権利と楽しく生きていく権利を奪われてきた。勇気をだして家をでたが所持金も底を尽いた。数日前まで死のうと思ったと考えていたそうだ。でも生きていたいと思って、必死に、同時に怯えながら「緊急アクション」の相談フォームにメールした。今日は本来、Sさんが希望した自治体で生活保護申請に役所に行く予定だったが、取り止めた。この自治体の知り合いの女性相談員に事前確認したら、ほぼ施設に入所させられ、暫くは携帯電話が取り上げられる。長い間、狭い部屋に閉じ込められ、唯一の楽しみは大好きなアイドルの動画を見る事とゲームソフトで展開される壮大な物語を通じて旅に出かける夢を見ること、これ以上、彼女を苦しめる訳にいかない。私の地元には、Sさんの障害をよく知り専門的に対応してくれる自由な雰囲気のシェアハウスを友人が運営している。就労支援事業所も併設していて居住先として部屋を用意してくれた。Sさんは大喜び、独りぼっちじゃなくて、これからは友だちがいるから、これからでもいいから焦らずに学んでいけばいい。いろんな体験ができる。Sさんの夢はたくさん旅に出る事と大好きな猫と一緒に暮らす事。明日に生保申請同行した後に体験宿泊する事からはじめる。
◎今日は、これまで失った時間を少しだけでも取り戻してあげる事。Sさんが一度でも良いから旅したい横浜市の観光スポットを見て回った。ゲームソフトに出てくる聖地の伊勢佐木町から日の出町を探索した。孤独な時間でない「優しい時間」を過ごした、車の中で、中島みゆきの「糸」を一緒に歌った。「生きていて良かった」と笑ってくれた。
➌Sさんを今日、最後に宿泊するビジネスホテルに送り届け、上野駅近くでSOSをくれた20代前半のS君に会いにいった。北関東の居酒屋で働いていたが、コロナの影響で仕事を失った。学生の頃に患った精神的な病がぶり返し仕事が出来なかった、何とか落ち着いたのにと、、親が二人ともいなくなり高校の時に死のうと思った。やっと頑張れて居酒屋で働いていたのにと、、かなり長時間に渡る生活保護申請の提案 こちらの熱意が伝わたっか 生保申請の方向に傾いています。後半はずっと泣いていました。嬉しかったと彼は言った。
今日はゆっくり考えたいと。もう独りじゃないよ何回も伝えて別れた。
❹今日の最後は反貧困さいたまのZOOM会議に移住連やクルドを知る会の仲間と参加、公的支援を受けれない外国人が「このまままでは死んでしまう。」緊急アクションで生活給付金とお米の支援を続けてきたし、これからも「いのちを繋ぐ為の支援は続けるが、地域での支援が長期的にも必要だ。川口市・蕨市には約2,000名のクルドの方が暮らしている。食料支援に医療支援や役所同行などに協力頂き、「いのちを支えてほしい」
最初はフードバンク埼玉とクルドを知る会との連携から始める事が確認できた。埼玉県の生協の皆さんもぜひ協力してほしい。

●2020/8/26  目の前にいる彼、彼女たちは人間だ

8月26日(水)
目の前にいる彼、彼女たちは人間だ。よく見てみろよ人間だ。
❶今日は久し振りの避難の協同センター運営委員会を開催しました。新型コロナ感染拡大以降、新型コロナ緊急アクション(反貧困ネットワーク)の支援活動に忙殺され、個別相談支援以外は全くといっていい程、取り組めていなかった。今日から本格的に活度再開となる。
*ひだんれん。全国避難者の会と共に取り組んだ「新型コロナ災害下における原発事故避難者の暮らしと住まいの不安に関する緊急アンケート調査」の中間分析を共有した。
新型コロナウイルスによる家賃への影響では、非常に苦しいが16.3% 苦しくなったをあわせると回答者の半数を超えている。世帯収入も明らかに少ない。10万円以下➡19,4%15万円以下➡19.4% 20万円以下➡15.3% 合計で54.1% 福島での生活や生業を捨て避難先で非正規の仕事しかなかった方が多い。民間賃貸住宅避難者が案数を超える。避難者への家賃補助制度を二年前に打ち切った政府と福島県、コロナ感染の影響で避難者の暮らしは更に追い詰められている。避難の協同センターの担う役割を引き続き果たしていこう。
❷参議院議員会館に移動し「総務省と特別定額給付金に関する政府交渉回答に基づく直接交渉」に参加、8月19日の新型コロナ緊急アクションの政府交渉にいおいて「特別定額給付金の申し込み受付終了問題に関して、延長を求めた件に関する、総務省から宿題について福島みずほ議員事務所に回答が来ました。福島みずほ議員から、この回答を前に置いて、直接交渉をしたい。緊急アクションにも同席してもらいたいと要請がありました
特別定額給付金は、公的支援も受けられない外国人、住民票を喪失したホームレスなど、一番必要な人たちに届かないままで申し込み受付が終了されようとしている。今日の回答もゼロ回答に終始した。「日本に暮らす全ての人に給付する!」安倍首相の発言とは違う。
ゼロ回答の理由は「二重給付防止」ばかり、ホームレスの方の本人確認は様々な方法で確認できる。仮放免や難民申請中の外国人の方は入管が全ての所在を記録している。目の前にいる彼、彼女たちは人間だ。よく見てみろよ人間だ。私たちは諦めない。再交渉を求めて今日は終了、間を置かずに「どうしたら給付できるか」の場を求めている。
➌夜は豊洲シビックセンターで国家公務員住宅に原発事故で避難、転居できない事情があるのに福島県から二倍請求と追い出しをせまられている避難者5名から近況を聞いた。コロナで更に生活が厳しくなっているのに二倍請求を続けている。退去させたいのであれば安心できる住まいを提供してください。
❹今日もSOS最終対応は21時、亀戸駅で、所持金もなく明日から路上生活をするしかない男性に宿泊費と生活費を給付、自ら事業を展開していたが、コロナの影響もあり、数千万円の借金を抱え倒産、家も失った方だ。週末に連絡をとりあい今後の生活のことを相談する。

●2020/8/25  誰でも参加できる仕事づくりをめざす

8月25日(火)
1人1人が主体となり、お互いに支えあう仕事づくり、みんなが対等な関係に立った仕事づくり、誰でも参加できる仕事づくりをめざす。
❶午前は豊島区役所を訪問、TBSの報道に登場した、八王子駅からSOSを受けた20代のSさん、8月14日に生活保護申請同行、受理後、ケースワーカーとの面談は2回目、今日も前払い金の手渡しのみで、2日後に決定の見込みだという。先週、別の相談者の生保申請同行受理の際に、担当CWからアパート転宅をTOKYOチャレンジネットと区が連携しておこなうと説明があったが、今日の担当CWは「そんな話は聞いていない」とキョトン。
受理から決定までの期間も遅いし、アパート転宅を理由とする他区への移管にも否定的、何で担当CWによって違うんだろ。
❷東松山の収容所みたいな無料低額宿泊所から遠路はるばる池袋で待ち合わせ、沖縄石垣島出身のM君の職場体験で企業組合あうんに訪問する。訪問前に、全く東京見物の経験がないM君を連れて浅草見物に向ったが、やっぱり来たSOS!場所は台東区山谷からだ。車で10分、、SOS着信から最短時間30分で待ち合わせ場所に到着、待ち合わせ場所は泪橋交差点近くの「泪橋ホール」前、待っていたのは元教師のNさん。温厚で面倒見の良い先生だったに違いない。学校の教育方針に反発し学校を辞めた。コロナ禍の甚大なる影響を受けて、日払いの仕事で命を繋いできたが力尽きたという。ここ4日間何も食べていない。
緊急小口資金は、早くても今週末の給付なので生活給付金を渡して繋ぐ。
「泪橋ホール」の店主である多田裕美子さんを紹介した。多田さんは、20代から写真を仕事としていて、2016年には山谷に暮らす男性たちのポートレートと文章をまとめた著書『山谷 ヤマの男』(筑摩書房)を出版して、私も多田さん本人から購入した。『泪橋ホール』は映画喫茶店。古い映画を中心に、ドキュメンタリーや色んなジャンルのライブパフォーマンスもあり、美味しい餃子が食べれます。多田さんとの繋がりができるといいな。
➌M君を連れて、荒川区にある企業組合あうんで職場見学。M君は既に報告している上尾市で生活保護申請、受理条件として2時間も離れたSSSの無低施設に収容され、担当CWの面談もなく放置され、生活保護費の三分の二の費用を施設費で徴収され、人権も保障されない状態でSOSがあり、先週に上尾市に同行し、私たちが他の地域でのアパート転宅と移管をおこなう事により施設収容から脱出させる事を通告した。
・傷ついたM君、トラックも運転ができる、これ以上の孤独な暮らしから、あうんの理念にある「1人1人が主体となり、お互いに支えあう仕事づくり、みんなが対等な関係に立った仕事づくり、誰でも参加できる仕事づくり」の働き方を紹介しようと思った。M君は来週に正式に面接、同時並行で荒川区でアパート転宅の作業を開始、早期に強制収容所からの脱出を成功させよう。
❹今日は職場のパルシステムの地域活動委員会の藤田委員長、西村副委員長、連合会とパルシステム東京職員計8名が、あうんの事業視察をおこなう。便利屋・リサイクルショップ・資源買取り・どっこい食堂。ひとりひとりが平等に労働と経営に携わり、「命」と「暮らし」を自分たちで守る共同事業を行うあうんとパルシステムの連携をできる事から始めよう。
❹帰宅後に緊急アクションの同志でもある足立区議の小椋修平さん主催のZOOMイベントで講演、何とその後の23時に赤羽駅から所持金ゼロ円に青年からSOS、小椋さんは深夜に関わらず現地に向かい、緊急宿泊費と生活費支援、金曜日に生活保護申請同行、片山あおるさんも三多摩地域で夜の緊急SOS対応、TBSでの報道後、SOSが急増している。総力戦での緊急対応が続く。まさに私たちの野戦病院は支援崩壊寸前の状態だ。

●2020/8/24  福島からの避難者と久し振りの再会

8月24日(月)
久し振りのSOS出動なしの今日は、八王子・多摩市方面に向かう。八王子市で支援してきた福島からの避難者のお母さんと大学生の娘さんと久し振りの再会、一度も大学の門をくぐる事がない大学生活の寂しさ、勉強よりも大学生活を共に楽しみ、励ましあう仲間がいない。今日は二人を連れて、パルシステム東京多摩センターに向かう。
●今日の目的は、「大学生のコロナ影響における貧困問題の現状ヒアリング」八王子・多摩地域は大学が集中している地域だ。パルシステム東京理事でもある八王子市民の西村陽子さんより「授業料が払えなくなり退学するしかなかったり、所持金がなくなり、、食料も無く、かろうじて生きている学生が増えている」などの大学生の窮状を聞き、西村さんに繋いで頂き、フードバンクTAMAの奥野さん、pinklalatamaの玉内さんから学生の現状を聞く。
●玉野さんの拠点の近くでは最近、飛び降り自殺があった事、支援してきた大学生がずっと冷凍トマトだけを食べていのちを繋いでいた事、結果的に大学を退学するしかなかった事などを聞く。多摩市の社会福祉協議会、若者サポートステーションの皆さんからも支援の状況を聞いた。現状で出来る事は、食料支援が中心となり、経済的困窮にあり、「家賃未納で追い出される」「明日、水道光熱費が払えずにライフラインが止められる」このような問題に対応できていない。「反貧困緊急ささえあい基金」が必要な支援をおこない、大学生のSOSにも対応できるように連携していく事を確認、まずは「苦しい時に声をあげられるチャンネルをつくる」

●2020/8/23  このまま死んでいいのか!もう殺すな!

8月23日(日)野戦病院は土日も休みなし 
 このまま死んでいいのか!もう殺すな!
❶葛飾区四ツ木にある「NPO アデイアベバ・エチオピア協会」を訪問しました。日本に居住するエチオピア人は東京で170名、その多くが葛飾区に居住、全員が、特定活動ビザ3ヶ月、就労不許可または仮放免でコロナ以前から就労できず、保険もない状態。2~10年住んでいる難民の方が多く、保険や就労許可がない方々が現在15名います。複数で狭いアパートに住んでいる方が多いとの事、協会の事務所であるアパートでの週1回の食料配布の日に訪問、支援を求めている皆さんにお会いして状況を聞く、
*「仕事ができないため、保険証がなく病院に行けないことが辛い」ヒアリングでいちばん多い声だ。他にも「電車賃や家賃も払えずマスクも携帯代を支払うお金もない。」「外にも出れず、家にいるしかなく、精神的に苦痛を感じていて頭が痛い。」「難民申請中の男性4人と同居、シャワーのない1K6畳くらいの部屋でプライバシーがない」
*日本政府はこの叫びを聞いてほしい。「みんな仕事ができる。税金を払って生活がしたい。ビザの問題を改善してほしい」
*とりあえず「反貧困緊急ささえあい基金」の緊急給付を15名全員におこなう事を決定した。しかし「当面の間の生きていく為の支援」でしかない。先日お会いしたベトナムの元技能実習生は「今すぐにでも帰りたい」と泣いていた。エチオピアの皆さんは「帰れない・帰らない」理由がある。私たちの民間支援には限界があるのは事実、食料支援やNPOが進める事業支援と個人給付を組み合わせながら「生き続ける支援」を続けていく。本当に政府は動いてほしい、「このまま死んでいいのか!」「殺すな!」
❷隅田川医療相談会を開催中の中村光男さんから電話が来た。「緊急対応が必要な相談者が二名いる。すぐ来てくれ!」中村さんからの依頼は絶対に断れない。隅田公園山谷掘広場まで車をぶっ飛ばした。
*1人目の相談者は福島県中通り出身の男性、イベント関係のスタッフで仕事が減少して住まいも失った。仕事は戻りつつあり月末にまとまった給料が入る。それまでの繋ぎとしての生活給付金を渡した。2人目はホームレスロックンローラー!現金は当面の生活費は持っていて、以前の職場に戻れるか調整中だというので給付支援は行わず。むしろ話題は生活相談よりも、ピンクフロイドや、デヴィッド・ボウイの「ベルリンの壁崩壊前夜の奇跡」、岡林信康で盛り上がる。日本共産党の親父に反発して三里塚闘争に参加したなどなど、、とにかくラディカルに生き続けてほしい。生活保護なんて受けないよ!と言って去っていった。
➌今日の最後は埼玉県さいたま市**区に向かう。メール内容は「派遣会社の寮で待機中、7月22日に赴任してから、今だ仕事決まらず、食料も無く、水のんで、餓えしのぎ、虫の息で辛うじて生きていて、寮で餓死か自殺かを考えている」寮の前で会った相談者は痩せこけていた。寮は派遣会社の配慮で継続居住は認められている。寮費も請求されていない。しかしこのまま仕事が決まらないと退寮させられると言う。バスも走っておらず最寄りの駅まで10キロ以上歩かなければいけない場所だ。これでは面接に行く事もできない。とりあえず二週間分の生活費を給付し、仕事が決まらなければ、一緒に生活保護申請同行する事にした。まさしく野戦病院の状態だ。
❹今日の希望は、昨日と同じように一昨日の夜に出会ったMさんからの「元気にやってます」のメール 人生はじめてのひとり暮らしだ。今日は電話で話した、これまで失った10年の時間を少しだけでも取り戻している。今日は「猫CAFÉ」にいたようだ、将来の目標は「猫を飼う事とたくさん旅行にいくこと」彼女の夢が実現できるように応援してあげたい。木曜日に会いにいく。私の頑張れる力をMさんがくれている。

●2020/8/22  野戦病院の様相を呈してきた

8月22日(土)野戦病院の様相を呈してきた。
今日も止まらない求人の問い合わせ電話が続く。建設・建築業の住み込み寮付きが大半、慎重になってしまう。寮付き派遣や日払いで仕事を失い、住まいを追い出された方のSOSがあまりに多い。二度と繰り返してはいけない。
❶今日は板橋区議会議員の五十嵐やす子さんの区政報告会に呼んで頂いて、1時間の講演をさせて頂いた。板橋区で生活保護申請同行して、現在は同じ高齢者サポート付きのシェアハウス型住宅で暮らしている73歳のMさん、63歳のTさんが一緒に私の話を聴きにきてくれた。二人とも全く違う場所で野宿生活をしていて縁もゆかりもない。私はアパート転宅まで自分なりに頑張れるけれど、その後の地域での生活は地域の皆さんにお願いするしかないと思う。五十嵐さんは議員というより、地域のおせっかいさんとして、ずっと見守ってくれている。その付き合い方が自然体であり、町内会的であるのだ。報告会終了後、五十嵐さんの事務所に立ち寄る。板橋区内で子ども食堂を毎日続けておられる、「まいにちこども食堂」の六郷 伸司さんも一緒です。コロナ禍でもこども食堂を続けてきた六郷さん、
「コロナで死ななくても、もしかしてここがないことによって困難さが増して、もしかしてというのも一瞬、頭によぎる。ぎりぎりまで続けたい、続けないといけないんじゃないかなと思います」ここにも同じ思いで活動している同志がいた。
❷今日はSOSを受けての現場には出動していない。テレビ報道の際に、「反貧困ネットワーク」の瀬戸で紹介された事もあり、大半のSOSが反貧困ネットワークに来ている。相談フォームの統一が必要だ。昨日から福岡、岡山、静岡、様々な地域からの悲鳴が届く。自治体議員の会のまとめ役の片山さんに連絡をとりながら地域で連携できるようにする。埼玉県からは何日も水しか飲んでいなく、餓死しそうだとのメール、電話で連絡がついて明日迄は生きていられるとの確認をとれたので明日に会いにいく。
ベトナムの方々を保護し支えている日越ともいき会の吉水さんからメールが届く。この3日間で5名の方を新規に保護したという。野戦病院の様相を呈してきた。でも今日の希望は、昨晩であったMさんからの「元気にやってます」のメール これまで失った時間を少しだけでも取り戻すために自らの力で今日も小さな一歩、生きる力をMさんがくれている。

●2020/8/21  ひとりで生きていく力をサポートしていく事

8月21日(金)
私に生きる力を与えてくれた相談者の生きたい力と優しい時間。
今晩、SOSを受けて駆けつけた先で待っていたのは20代の女性mさんだった。所持金もなく食事も朝食のマックのポテトだけでお腹を空かしていた。高校にいかせてもらう事もできず、15歳から家から出る事を許されず、生きる力をそがれてきた。学ぶ権利と楽しく生きていく権利を奪われてきた。勇気をだして家をでた。「生きたい」と思ったから!
●mさんは数日前まで死のうと思ったと考えていたそうだ。でも生きていたいと思って、必死に、同時に怯えながら「緊急アクション」の相談フォームにメールした。よくぞ今日まで生きてきたと褒めてあげたい。
●お腹が減っていたmさんに聞いた。何が食べたいと、「ハンバーグを食べたい」と言うのでファミレスにいった、ハンバーグを食べて美味しいと感じる事ができる時間、辛くて孤独な時間でない「優しい時間」を過ごす。たった一度だけ独り旅に出掛けた時の手作りのアルバムを見せてくれた。ひとつひとつの写真の思い出を聞いた。
●来週に一緒に福祉事務所に行く事を約束した。彼女の住みたい場所と理由を聞いた。生活保護申請とその後の自立支援を組み合わせる。清掃の仕事など、すぐ就労する事は可能かもしれないけれど、せめて、これまで失った時間を少しだけでも取り戻してあげたいと思う。学ぶ時間を取り戻してあげたい思う。1日でも良いから旅にでかけて、そして、生きていて良かったと思えるように、私たちの役割は、ひとりで生きていく力をサポートしていく事なんだと思う。

●2020/8/20  TBS放送、反貧困ネットへの電話が鳴りやまない

8月20日(木)
TBSによる私たちの活動の密着レポート報道は、昨晩のNEWS23のみと思っていたのに、今日も昼間から夕方まで様々な番組で繰り返し放映されたらしい。肩書きが反貧困ネットワーク事務局長だったので、今日は朝から晩まで反貧困ネットワークへの電話が鳴りやまない。大半が「私たちの会社で仕事しませんか」15社を超える仕事紹介、5件くらいが住まいの提供案件です。なかには「カネ配って甘やかすな。自己責任だろ」の激しいクレームも複数、緊急SOSも増えています。緊急アクションのスタッフも怒涛の1日でした。
❶午前は豊島区役所に一昨日に池袋周辺からSOSがあり宿泊費支援した20代前半の男性の生活保護申請同行、東北出身で派遣先のコールセンターから雇い止めにあった。職歴を聞いたら専門職のスキルもあり、コロナが落ち着いたら就職先も期待できる。希望は沢山ある。
申請自体は1時間程で受理、今日から1か月間、ビジネスホテルに宿泊して、その間にアパート転宅に向けての作業を完了させる。いつも自治体はアパート転宅はやらずに、私たちの団体に丸投げされるが、今回は違った。チTOKYOチャレンジネットが住居確保相談事業でアパート転居支援事業が開始されアパート転宅を取り組む旨の通知文書が説明された。
もし各自治体がアパート転宅事業にチャレンジネットと連携して取り組んで頂けるのであれば、私たちの負担も軽減されるし、多くの申請同行できない困窮者にとっても朗報だ。
ぜひ全力で取り組んでほしい。
❷午後からは横浜市で生活保護を利用していなが多重債務を抱えている相談者の対応協議を弁護士と地元の支援者である寿の森さん交え、担当ケースワーカーと対策協議、住宅扶助費を大幅に超える家賃、これでは生活費を捻出できない。早急なアパート転宅、債務整理など緊急アクションに寄せられるSOSの幅は広い、その後は市内の別の場所に移動して5月初旬に、公園で所持金50円で野宿していてSOSを受けて、現在は市内のアパート転宅している女性の近況を聞きに行く。とても元気だが、コールセンターの仕事は殆ど戻っていないようだ。アパート転宅で終了でなく、少しづつでも孤立しないようフォローしていこう。
➌夜は蒲田駅近くで所持金300円の青年のSOS、路上とネカフェの繰り返し、以前は正社員で働いていた。免許はある。私の故郷の小田原市に近い自治体の出身、懐かしい故郷には事情があって帰れないが、いつか生活再建して帰りたいという。もう一度、子どもと会いたいという。明日はスポットで派遣に入れるという。やっぱり生活保護を利用してアパートに住んで生活再建のスタートに立とうと提案、来週に生保申請同行にいく。いつの日にか西湘バイパスを車で走らせ、子どもに会いに行こう。

●2020/8/18  暫くは貧乏かもしれないけれど もう貧困じゃない

8月18日(火)
暫くは貧乏かもしれないけれど、もう貧困じゃない。
❶先週土曜日に報告した「生保利用の条件は無低を絶対条件にして、入所させられた無低は強制収容所」上尾市で生活保護申請した20代の青年M君、何故か遠く離れた東松山市の無料低額宿泊所という名のもとの強制収容所に入所させられている。
●今日はM君と一緒に上尾市生活支援課に訪問した。海老原市議の仲介のもとの面談となった理由は、M君が5月7日に生保申請受理後、保護決定は19日後、一度もM君と自ら時間をとり面談してこなかった事だ。だから、最寄りの駅から徒歩50分、上尾市役所に通うには2時間もかかる事を担当のCWは今日はじめて知ったのだ。今日の面談の冒頭にCWはM君に言い始めた。就労先の紹介をたくさんしたよね!と、、、でも紹介先企業は「寮付き派遣」ばかりだった。M君は生活保護費受給した後も殆ど所持金がない理由は、面接に行きたくても交通費がなくて面接会場に行けない理由を全く知らなかった。SSSが運営する無低から徴収される金額は79,000円 上尾市の生活保護費は105,000円 食事も2食のはずだが、大した理由でない制裁で1日1食にさせられている。食事代は月29,000円 風呂は17時迄しか入れない。門限は21時で3回遅れたら強制退所、住宅費は風呂とトイレは共同で38,000円、東松山駅から遠く離れた場所で高過ぎないか。M君は、携帯電話代を引けば所持金は月1万円を切る。
●問題は、このような強制収容所のような貧困ビジネスが入所者をどれだけ苦しめているか、私たちのような支援者がSOSを受けて同行して問題化するまで、何故、実状把握しようとしないのか、気づけないのか!コロナの影響で仕事を失なっただけで「働きたい」と願う20代の青年を施設に収容し、集団生活を強要するのか、集団生活を脱するには寮付きしかない。何故、そんな事を言いきるのか!
●私たちの要求である⓵早急にアパート転居をおこなうので上尾市は協力します。②転居費用、家具什器費特別基準支給を約束します。③就職活動に関する交通費を支給します。
④無料低額宿泊所の実態把握をおこないます。以上4点は合意できた事は成果、今回の事例を、海老原議員の協力を頂きながら一歩踏み出していこう.M君は運転免許だけでなくフォークリフトも運転できる。パルシステムの現場での就労先も紹介してもらいながら、転居先を決めてアパートを早期に探していく。沖縄の離島から独りで頑張ってきたM君に「もう独りじゃないよ」。これから楽しい事はいっぱいある。暫くは貧乏かもしれないけれど、
もう貧困じゃない。
❷パルシステムに戻って明日の院内集会と政府交渉の準備と資料印刷、職場の同僚の何人もが協力してくれている。短時間で終了して、片山かおるさんが丁寧に丁寧に伴走している相談者と面会させて頂いた。私も側面から支援していこう。その後に舎人ライナーの沿線で所持金300円の20代の青年がSOSをくれた。20時40分に到着、コロナでコールセンターの仕事がなくなり今日から泊まる場所がない。16時からメールをやり取りし続けた。
「すぐ駆けつけて宿泊費と生活費を渡してくれて、、やばい団体じゃないか」SOSメールを出しながら怖くなったという。何回も何回もメールのやり取りしながら、やっと会えた。
金曜日に生活保護申請同行をおこなう。


●2020/8/17  生活保護は権利のはずなのに剥奪されていいのか!

8月17日(月)
 生活保護は権利のはずなのに権利が剥奪されていいのか! 絶対変えよう!

お盆明けの月曜日、夜中から朝にかけて、緊急アクションの相談フォームに3件のSOSが入ってきた。今週は相談対応と緊急アクションの院内集会・政府交渉など予定が事前に埋まりつつあるので、SOS対応は先送りにできない。次々にSOSが来たら対応できなくなる。そして所持金300円とか、既に路上生活となっていると聞けば、その日のうちに会いにいくしかない。
❶ささえあい基金でビジネスホテルに泊まった二人、今日は13時にIさん、15時過ぎにSさんと福祉事務所で待ち合わせ、結局、両方とも待ち合わせに現れなかった。二人とも携帯なしの方です。IさんもSさんも生活保護の利用経験者、二人とも、ひとりで福祉事務所に行って、結局は施設に入所させられて集団生活に耐えられなくなったり、施設内でいじめを受けたり、ピンハネされまくって就職活動やアパート転宅の費用が貯めることができなかったり、Sさんはパルシステムで開催した大人食堂にも来られていた方です。私より重い足の障害があって少しづつ歩くのがやっとなのに段差だらけの施設に入所するしかないと言われた。家を失った方の生活保護の現状は「施設収容」人権とう言葉は存在しないのか!だから私たちが「生活保護は権利です」と言っても多くの方が拒絶する。人間らしく生きる権利がはく奪されるから、、
Sさんは今晩、引き摺った足でどこの公園で寝ているのだろう。Iさん、Sさん、今度連絡があったらまた会いにいきます。待ってます。
❷17時に新宿西口で待ち合わせした40代のTさん 朝にメールがあった。所持金は300円なので、急遽だが、お会いして宿泊費と当面の生活費を渡した。4日間も職場のパルシステムの近くの公園で野宿していたといいう。月曜から東北の**県の寮付き製造業派遣の仕事が決まっているとの事、ただ詳しい場所まで解らないとの事、生活保護は施設に入れられピンハネされる印象が強くて嫌だった。私からは申請同行からアパート転宅まで私たちが責任を持っておこなう一連の流れを説明、数日中に生保申請に切り替えるか検討してくれる。寮付き派遣を追い出された相談者と多く出会い過ぎたから「安心できる住まい」をまず確保してほしいんだ、
➌朝にメールがあったもうひとりのTさんとはずっとメールでやり取り、住まいはないが派遣の仕事はあるのに、給料が遅配で所持金がなくなったそうだ。今日のところはチャレンジネットに自ら訪問してホテルを紹介してもらったようだ。引き続き連絡を取り合う。携帯は止まっている。メールが唯一の手段だ。


●2020/8/15  入所させられた無低は強制収容所!

8月15日(土)
生保利用の条件は無低を絶対条件にして、入所させられた無低は強制収容所!
❶住まいを喪失しているので当面の宿泊費と生活費を支援して欲しいとのSOSを受けて、夕方に都庁下で50代の男性Jさんと待ち合わせしました。足に障害がありゆっくゆっくり歩いてくる。**区で生保を利用しているが、数日前に失踪して野宿生活を続けていたという。生保申請時の条件が無料低額宿泊所かに入所する事が条件だった。足が悪いJさんはバリアフリー対応の施設を求めましたが、そんな施設は空いていないと断られたそうです。部屋もベニヤをつけて個室にしただけの劣悪な環境に耐えられなかった。週末は役所が空いていないので、ビジネスホテルでゆっくり休んでもらい、週明けに担当ケースワーカーと面談して今後の事とバリアフリー、もしくは段差が少ない個室を求めていきたい。
❷新宿から埼玉県中央部にあるH市に向った。20代のM君の悲痛なSOSだった。離島から首都圏にでて働きにでてきた。しかし、寮付きの住み込み派遣しかなかった。コロナの影響で寮付き派遣を追い出され、埼玉県中東部にあるA市で生保申請し5月から利用開始している。ここでも生保受理の条件が施設入所だった。M君が入所させられたのは、鉄道路線も違い、最寄りの駅から徒歩50分、A市役所に通うには2時間もかかる。H市のSSSが運営する無低に入所させられた。A市の生活保護費は10.5万円、しかしSSSに施設費用として7.9万円が徴収されていた。食事も2食のはずだが、大した理由でない制裁で1日1食にさせられている。携帯電話代を引けば所持金は1万円を切る。求職活動の交通費も年捻出できない。門限の21時を三回破ったら強制退去だ。CWとも面談は一度もなし、SSWに丸投げです。来週に市役所に一緒にいき、CW及び上司含め、実状を報告し、アパート転居を要求します。
●生保利用の条件は無低を絶対条件にして、入所させられた無低は強制収容所!
福祉事務所はSSSに丸投げするだけで良いのか!


●2020/8/14  東京の街で取り残された人々が泣いている

8月14日(金)
コロナ感染再拡大で、人もまばらになった東京の街で、取り残された人々が泣いている
「死にたくないけど死んじゃう」

19時過ぎに届いたSOS!所持金が200円しかないと書いてある。所持金が1000円を切って野宿生活になる場合は、できる限りその日中に現場に向かう事にしている。
●今晩、待っていた青年Mさんは、昨晩から池袋の公園で野宿していた。新宿区が5月末で、東京都の通達を無視してまで、ウソをついてネットカフェ難民の人たちを、緊急避難先であるビジネスホテルから追い出した87名の中のひとりだ。6月以降は友人の家に泊めてもらいながらスポットで働いていたが、その友人も仕事がなくなり家をを出るしかなく、再開されたネットカフェで暮らしていたが、所持金が尽きて野宿生活となった。
●Mさんは以前、生活保護を利用した事があった。一度目は貧困ビジネス民間団体「FIS」10年前にニュースで報道された。約2千人の生活保護受給者らから多額の利用料を集め約5億円の所得を隠し脱税したニュース、埼玉県や千葉市の傘下宿泊所が入所者の金銭を無断で管理、劣悪な宿泊所運営で逃げ出す入所者も多い。Mさんによると当時、新宿駅周辺で困っていた時に声をかけられ、そのまま車に乗せられ、生活保護申請にFISの職員が同行し、そのまま無低に入れられたという。最後は施設長がMさんに「お金を貸してほしい」と言われて、所持金の殆どが吸い取られて失踪したという。もう一度はあるドヤにある無低で入所者の同僚から執拗な暴力的ないじめにあって失踪したという。この2回の経験はMさんに集団生活に対する恐怖感を持たせる事になった。
●Mさんに来週はどこで生活保護申請にいくか希望を聞く。4か所の区名があがる。既に大半の区がビジネスホテルの斡旋を止め始めていて無低か自立支援センターなどの入所しか選択肢がない。ビジネスホテルが斡旋されても転宅できるアパートがほぼない区も増えている。Mさんの壮絶な失踪経験を聞けば、ビジネスホテルが斡旋される自治体を選択するしかない。こんな事では、生保申請先が偏るのは当たり前だ。こんな事では悪い対応で追い返す自治体を改善する事はできない。でもMさんにとって三度目の人権侵害はさせない。相談者の人権を守る事が最優先だから
●Mさんがいいました。「新宿駅バスタの構内で「助けて」と紙を掲げている40代の男性がいました。でも誰も声をかけていないんです。私は声をかけたくても自分も同じなので声をかけられなかったのです。」移動中の車の窓越しに、キャリーを持ち路上にうずくまり泣き出しそうな女性が見えました。コロナ感染再拡大で、人もまばらになった東京の町に取り残された人々が泣いている「死にたくないけど死んじゃう」


●2020/8/13  虹の橋を渡って天国で幸せになるんだよ

8月13日(木) 虹の橋を渡って天国で幸せになるんだよ 

❶パルシステム地域活動委員会主催では、秋葉忠利さん(前広島市長、平和首長会議議長)の講演会が開催しています。昨年2019年12月5日から7日にかけて韓国の春川市で開催された「北東アジアの平和共存に向けた日韓平和フォーラム」では私も関わる「日韓市民交流を進める希望連帯」が日本側の事務局を務め、「基調講演」を秋葉さんにお願いしました。
春川から金浦空港までの帰路をご一緒させて頂き、私が取り組んできた原発避難者とヒロシマの事、社会運動としての協同組合運動の今後など、助言と励ましをたくさん頂いたのです。その縁で、パルシステムの平和学習会の講演を電話でお願いしたら快諾頂きました。
今日は生保申請者同行があり途中退席、今度は広島に会いにいきたいと思います。
❷14時から**区の福祉事務所にて一昨夜に多摩地域の**駅からSOSを受けた20代のSさんと一緒に生活保護申請に同行しました。素直で礼儀正しい青年です。元々、サッカーのコーチになる事が夢だったようです。高校を卒業した時に正規職に就けず、現在まで非正規や派遣職を転々としてきたのです。Sさんは、3年前に同じ多摩地域の**市で生保を利用したが、劣悪な無低に入所させられた揚げ句に過酷な集団生活を強いられ、手元には月二万円しか残らず逃げるしかなく。その後は、ネカフェ暮らしだったようです。今日の生保申請の際にも「無低から失踪した理由」を何回も年配の相談員から聞かれたSさん、相談員は「何でもかんでもビジネスホテルに一時宿泊させ、アパートに転宅すれば、それで終わりで全て良いと思わない。ちゃんと家計管理や、少し嫌な事があっても大人社会で生きていく為に我慢しなければいけない時だってある。自立支援センターで頑張ってみるという方法もあるんだ。」と言う。相談員がすすめる自立支援センターは私も知っていて最大入所期間は6か月間、都内に5か所ある。勧められた自立センターは、**区で、自主事業で居宅支援事業を取り組み、アパート転宅までおこなう東京援護協会が東京都から委託され運営している。一般的な悪質な無低とは違う。しかし相部屋だ。結果的にSさんの希望通り、ビジネスホテルアパート転宅の方針ですすめる事になった。今日から1か月間、ビジネスホテルに宿泊し、私も責任を持ってアパート転宅の作業をすすめる事になった。
➌生活保護申請が終わり、外に出ようとしたら、空は真っ暗になって凄い雷が鳴り、ゲリラ豪雨状態だった。暫く外に出れない。濡れたスマホに非通知の着信が鳴ったが、濡れた電話に迅速に出れなかった。とても嫌な予感がした。1時間後に雨宮処凛さんから電話があった。反貧困犬猫部で3か月近くサポートしてきた18歳の老犬チワワが息を引き取った。最期に雨宮さんが立ち会ってくれた。5月中旬に路上から老犬チワワと一緒に、住まいを失った女性からのSOSで出会って以降、チワワは一飼い主さんと抱きしめあいながら、一生懸命生きてきた。
丁度、東京の空には虹がかかった。虹の橋を渡って天国で幸せになるんだよ。本当にありがとう。


●2020/8/12  福島原発避難者支援3団体合同ZOOM会議

8月12日(水)
❶午後からフイリピン人家族のお母さんと息子さんを連れて、横浜市**区の福祉事務所に向かう。相談内容は、生活保護を受けたいと横浜市の都筑区役所に行ったところ「そういうことならフィリピンに帰ったら?」と言われた。来日して15年、日本にずっと住める在留資格もあるのに、そのような対応は不当です。違法です。5人暮らしで、以前は収入は夫の収入のみで月に30万あったのが、コロナ禍以降は収入が半減してしまった。生後4か月の赤ちゃんがいるのでお母さんは働きに行けないのです。
今日お会いしたら「私、生活保護は利用したくない。」と言い出したので早速、区役所内で心配して駆けつけてくれた大野市議と寿の森ひでおさんと生活相談に変更しました。このような場合は、生活保護申請を前提に相談するのではなく、家計状況の把握を優先して話を聴きます。家計支出の固定費合計と流動費合計を一覧化し、この間の収入金額を月別に把握してみました。確かにコロナ禍以前の収入を前提に家計が組み立てられていて、元々が貯金できる余裕がなかったので、現在の収入減では、完全に家計崩壊してしまいます。日本語ができるのですが、全て理解する事が難しかったので、帰宅してから情報を再整理、「住居確保給付金」をまず利用できそうです。郵送でなく、窓口で丁寧に相談するように伝えようと思います。9月以降に完全に仕事を失う可能性があるとも聞いているので、引き続き連絡をとりあい孤立しないように対応していきます。福祉事務所の協力が特に必要な事例です。
❷帰宅してから福島原発避難者支援3団体(ひだんれん・全国避難者の会・避難の協同C)合同ZOOM会議です。協同して取り組んだ「新型コロナ災害下における原発事故避難者の暮らしと住まいの不安に関する緊急アンケート調査に寄せられた95世帯からの回答の内容を共有し、今後の報告会や困窮状態にある避難者ひとりひとりへのアウトリーチ方法を協議、全体の30%以上がコロナ感染拡大の影響で家賃支払いが苦しくなっているとの回答、大半が民間賃貸住宅避難で月収入が20万円以下が60%近い。仕事を失っている避難者もいる。回答してくれた避難者は全国に散らばっているので役割分担を明確にして対応していく。避難の協同センターや「反貧困ささえあい基金」の給付も活用していく事が確認された。9月2週に報告会を開催することも確認した。


●2020/8/11  コロナ後の社会的連帯・労働協同組合の可能性

8月11日(火)
朝の段階では今日のSOS対応も生活保護申請もないので、F公論の取材を受けて久しぶりに床屋で散髪する事にした。蜜を避ける為に、理髪師が少なく何と3時間待ちとなってしまった。待っている時間に「ネクストシェアーポスト資本主義を生みだす協同プラットフォーム」を読む。コロナ後の社会における、社会的連帯・労働協同組合の可能性について、再び考えはじめている。いやいや、可能性ではなく地域での協同なしにはつながりの貧困は解決できない。
●散髪を終えて溜まった仕事を片付けようと帰路につこうとしたらSOSメールが来ていた。
東京多摩地域の**駅から20代の青年が所持金300円の状態で、昨日から公園で野宿生活をしているそうだ。20時30分に待ち合わせし、中央高速を走らせた。地元の前市議さんも駆けつけてくれた。上司に耐えられず、少し前に職場を退職、寮から退去するしかなく、ネカフェで暮らしていたが所持金が尽きた。役所に相談にいったが、生活保護相談ではなく、就労支援で、寮付き派遣の仕事を紹介されただけだった。そもそも家を失って相談に来ている青年の相談に何故、就労支援担当がでてくるのでしょうか。。以前に寮から追い出されそうになった相談者と一緒に中野区に相談にいった時に、窓口にいた職員の方が、「生活保護を利用したらどうでしょうか。まず住まいを確保しましょう」と助言してくれたのです。
相談者の青年は、4年前に同じ多摩地域の**市で生保を利用したが、劣悪な無低に入所させられた揚げ句に過酷な集団生活を強いられ、手元には月二万円しか残らず逃げるしかなかった。その後4年間ネカフェ暮らしだったようです。今日はとりあえず生活保護申請同行までの2日間のビジネスホテル代と生活費を渡す。移動中の車中で「ベッドで眠れて浴槽でお風呂に入れるのは4年振りです。」と嬉しそうだった。


●2020/8/10  反貧困ネットワークの全体会議

8月10日(月)
今晩は反貧困ネットワークの全体会議でした。反貧困ネットワークの役割はコロナ以前と以後では明らかに変わりました。反貧困が呼びかけて設立した「新型コロナ緊急アクション」の運営と相談者からのSOS対応とささえあい基金の運用まで、ネットワークに留まらない支援団体としての役割が強まっています。私たちのようなネットワーク団体が。担うべき役割を自覚し、様々な現場で困窮者の救済と生存権の回復に奮闘している各団体の運動を横で繋ぎ、「社会運動」として可視化する必要があります。その為に、事務局人材の補強をはかり、常勤体制を確立すること、反貧困ネットワークを任意団体から法人組織に変更する検討を開始します。「反貧困緊急ささえあい基金」の寄付金は、9千万に達する見込みである事から、事業体レベルの領域に達し、責任を持った運営が求められるからです。給付事業のみならず協働連携事業など事業内容など具体化し、臨時総会を招集し提案することになります。今日から阪上武さん、西田えみこさんが加わりました。私が個人的に目指したいのは「希望の連帯協同組合」みんなが少しづつ力を寄せ合い社会を変えていくこと。平和運動や反差別運動や脱原発や環境運動を横でつなぎあう「希望連帯の社会運動」を目指すこと。夢を恥ずかしがらずに語ろう。


●2020/8/9  反貧困犬猫部が横浜市内に緊急出動

8月9日(日)
今日は、反貧困犬猫部が横浜市内に緊急出動した。犬猫6匹と暮らす女性から、一昨日に家賃滞納で強制退去が迫っていると泣きながら電話が来た。犬猫部長の雨宮処凛さんと寿医療班の森ひでおさんと緊急出動!コロナの影響で仕事が激減した。生活保護の利用を開始したが、生活保護費の住宅扶助費より、家賃が大幅に高いマンションに住んでいた為に、生活扶助費の多くを住宅扶助費と家賃の差額分を捻出しなければならなかった。更に彼女を追い込んだのは、入居時はペット可だったのが、今春の契約更新で、ペット不可物件に一方的に変更、納得できないと契約書にサインできないと主張したら、強制退去を強行しようとしている。家賃も一方的に六千円値上げされた。反貧困犬猫部としてはチーム力で対応していく。福祉事務所にも理解を求めながら進めていく。猛暑の中、支援に繋がれずに途方に暮れる人がこの国にはまだまだたくさんいる。
(写真のワンコは我が家のバンビ)


●2020/8/8  17歳のK君「人助けができるように頑張ります」

8月8日(土)
一緒に歌った尾崎豊の『I LOVE YOU』と17歳の地図
将来、有名になって人助けします。
●17歳の少年K君からのSOSを受けたのは5月13日だった。あれから約3か月近く経つ。今日で新たな人生のスタート地点に発った。所持金は200円 東京の芸能プロダクションのモデルオーディションに合格し、高校を休学して地方の町から上京、アパートを借りて、アルバイトしながらレッスンを受ける計画だった。上京した途端にコロナ感染拡大で全てが狂い、アパートの家賃は払えない。シングルマザーの母に頼れない。すがる思いでSOSをくれた、17歳だった彼を連れていき、生活保護申請同行、住んでいたアパートを退去して個室シェルターで、正式にアパートが借りれる18歳の誕生日を待った。7月20日誕生日を迎え、もやいの土田さんが超スピードで少年お気に入りの新築同様のオシャレなアパートを探してくれた。昨日、正式契約を完了させて今日は、企業組合あうんで家具什器と布団やカーテンを揃えた。お盆休みに入った時期なので、運べる荷物は昨日と今日に分けて私の自家用車で運んだ。
●私の車で、尾崎豊のデビューアルバムの「17歳の地図」が流れた。僕らの若い頃に、社会や学校の中で感じる葛藤や抵抗と心の叫びを表現した尾崎の話をしてみた。知らないと思って話したのだけれど、18歳の彼はオザキを知っていた。特にI LOVE YOUは35年以上も経つのに、今でも10台に歌い継がれているそうだ。K君にとっての17歳の地図は、死ぬかなと思って必死にメールしたSOS!今日からまた新たなスタートを踏み出す。コロナ禍で大変な時代を生きていく。今日はK君を新宿ごはんプラスとTENOHASHIの路上相談会に連れていった。K君は言った。「必ず有名になって、17歳の頃に多くの人に助けられたんですよ!と言いますね。」そして「僕も人助けができるように頑張ります。」
TENOHASHIの相談会の時に横に座っていた、山本太郎さんが「悪い例の先輩だけど頑張れ」と笑った。
●昨日の日本人支援者からのSOS「タイ人の青年が野宿生活をしている、助けてほしい。しかしタイ語しか話せない」TENOHASHIの相談会が開催されている東池袋中央公園で待ち合わせた。あれ、2名に増えている。韓国視察でご一緒させて頂き、タイ語が解る内山富夫さんがTENOHASHIのボランティアで公園にいる。内山さんとタイ語ペラペラの友人を介して会話をおこなう。2名ともに、在留資格は数か月残っている。二人ともにタイ料理のコックらしい。コロナの影響で仕事を失っている。1人は3~4日後に寮付きのレストランの求職結果がでる。もう一人はこれから自ら職を探す必要がある。シェルターを検討したが、新宿・新大久保圏内を離れる事は地理も解らない。シェルターはこの近くにない。とりあえず短期の宿泊費を渡すに留めた。方策が見つからないのだ。多くの外国人が職を失い、路上生活に追い込まれている。給付金も8月末に終了見込み、、公的支援は皆無に近い。会話が通じずコミュニティとの繋がりが弱い外国人が先に追い込まれている。民間でできる事は少ない。


●2020/8/6  生活困窮に苦しむベトナムの若者たちをサポート

8月6日(水)差別することなく、日本に生きるすべての人を対象に平等な公的支援を

今日は本来、被爆75周年原水爆禁止世界大会の分科会「福島の10年、原発事故の責任を問う」でパネラーとして参加するはずだった。コロナ禍で実現できずにオンラインでビデオ収録となつた。そして今日もコロナ禍で生活困窮に苦しむ人々のSOSに走り回る1日となった。来年こそ広島にいきたいと願う。
●先週末からいままで、日本国籍の方からの新規SOSは減少している。一方で公的支援から除外された外国人からのSOSが急増している。最低限の生活も保障されないまま放置され続けている外国人が様々な地域にいる。今日だけで4件のSOSが届いた。この間、献身的に外国人を支援している小さな団体や個人からのSOSが連続して届いている。自宅の部屋を提供して、食料援助と財政的援助する。地域の人から路上で外国人が途方に暮れている。橋の下で外国人が寝ている。また飛んでいく。財政的にも心身的にも擦り減らしながら「誰ひとり見捨てない」仲間がいる。だから仲間からのSOSにも飛んでいく。
●大田区で以前、生活保護申請同行、現在アパート転宅している男性宅に訪問した後に、港区芝公園にある日清窟というお寺に向かう。在日ベトナム仏教信者会とともに、ベトナム人留学生や研修生、技能実習生の支援を行っている。昨日、、日新窟を拠点に『NPO法人日越ともいき支援会』を結成し支援活動を行なっている吉水慈豊さんからSOSが入った。「生活困窮に苦しむベトナムの若者たち16名を日新窟に預かっている、全員がお金がない。助けて欲しい。」送金して解決しようと考えたが、状況を把握する事と今後の日越ともいき支援会との関係づくりが必要と考え、移住連の稲葉奈々子さんと一緒に訪問した。10名の若者たちが待っていてくれて、ひとりひとりの状況を直接聴かせて頂いた。
●多くは技能実習生だった。縫製やうどん工場で働いていたが、給料から毎月2万円ピンはねされ、失業手当もでない。経営が厳しくなると真っ先に解雇される。20代の青年は、鳶職で働いていた。社長に鉄パイプで殴られて指も骨折、腕に深く切り傷があった。昨日、。吉水さんは、5人を保護した。お金が無い、住むところが無い、仕事が無い元技能実習生。出頭して仮放免で短期ビザになった若者たち。コロナ禍、学費が払えず退学した留学生もいた。失踪した若者達が、出頭すると仮放免となる。現在は短期ビザになるが、就労不可、この様な状況の若者が激増してます。『せめて出国する日まで、就労出来る様にして欲しい』それか国が住む所と、食べる事を支援して欲しい。吉水さんは言います。
●今日はひとりひとりに状況を聞いた後に1人当たり2万円の給付金を手渡ししました。ある女性はお金が入った封筒をそのまま吉水さんに手渡して言いました。「このお金は、ベトナムに帰る時の飛行機代の為に預かってください。」吉水さんや僕らは言いました。「いまこそ、ちゃんと食べなきゃ駄目だよ。」女性は泣いていました。現在、飛行機代は高くて2万円ではベトナムに帰れません。そうです、皆が帰れないのです。吉水さんが言いました。「私たちも何とかお金貯めるから無理しちゃ駄目だよ。」皆で涙を流してしまいました。早くベトナムに帰してあげたい。
●帰宅して24時頃に、通訳してくれた大学生の女性からメールが来ました。彼女も生活に困窮している。コロナ禍でアルバイトがなくなり家賃と、学費の90万円が払えない。でも彼女からのメールにはこのように書かれていた。「私は、高校生のときに今までの生活をより豊かにしたいとおもい、さらにドラえもん漫画を通じて日本は夢をかなえられる来るだと思い、18歳のときに一人で未知な日本へ夢をかなえに来ました。日本での生活は楽しみ、悲しむ、苦しみすべて味わっていた私は日本のことが好きになり、将来母国と架け橋になればいいなと思っています。しかし、コロナウィルスの影響で生活は困難な状況に落ちってしまいました。瀬戸さんからのあたたかい支援を頂き、誠に感謝しております。本当にありがとうございます。私は、瀬戸さんの話を通じて、自分は留学生活に身につけてきた語学力と異文化経験を活かし、困っている外国人に助けることがありましたら是非連絡してください。少しでも力になりたいです。私は、日本のことが好きですので、来日してきた外国人の人々も日本のことが好きになって欲しいと思っています。」 私はこのように答えるしかなかった、「私はいまの日本が皆さんを苦しめている事について申し訳ないと思います。ごめんなさい。毎年のようにベトナムに行きますが本当に親切にして頂いていること、美味しすぎるベトナム料理 ハンモックで寝ているおじさんと一生懸命働いているおじさんの風景と会話が大好きです。皆さんの生きる権利を守るために頑張ります。
●日新窟を出発して、都内**区に向った。到着したのは20時30分、日本語が堪能な21歳の青年が待っていた。国の名前は書けない。「良心的兵役拒否」を行使し日本に逃れた青年だ。現在の地球上では、軍隊または国防のための武装組織を保有する約170か国のうち約67か国に徴兵制度が存在するが、そのうちの30カ国しか法的な対策を取っておらず、拒否した場合は投獄される。死刑となる国も存在する。彼は現在も働ける事が認められる在留資格が下りず貧困状態にある。私も9条の平和憲法を守る立場である事を話した。2万円の給付を渡すだけの関係ではいけないと思った。これからも連絡をとりあおうと約束して別れた。
●私たち市民が求める日本は、弱者がいじめられないで生きてゆける社会。世界も同じ。 見せかけの繁栄はもうたくさん。その基本あって、年とった人も若い人も、女も、男も、 陣害をもった人も、外国人も、誰もが、国の内外にわたって、自然をだいなしにせず、 おたがい差別されず、支えあいわかちあい、おたがいの生命いのちを大事にして、 自由、平等、平和に生きてゆける
(市民の意見30の提言より)
差別することなく、日本に生きるすべての人を対象に平等な公的支援を速やかに実行してください。


●2020/8/4  緊急アクション実行委員会のZOOM会議

8月4日(火)8月19日に議員会館で中間報告会と政府交渉開催を決定しました。

今日は第4回新型コロナ災害緊急アクション実行委員会のZOOM会議でした。
現場でのSOS対応からアパート転宅までの一連の支援活動に集中していた関係で、本来の緊急アクションの重要な役割である社会運動化や問題の可視化と政策提言などの事務局作業が遅れていた。コロナ感染が再拡大するなかで更に企業倒産や閉店が相次ぎ、仕事と住まいを失う人々が急増するだろう。住民票を喪失した野宿者や公的支援から外された外国人は低額給付金さえ受給する事すらできずにいるのに、給付金受付は自治体によってだが8月末には多くの自治体が申請受付を終了する。生活弱者はPCR検査も受けられず、生存権は奪われ棄民化される。今日の実行委員会では、緊急アクション中間報告会と政府交渉を開催する事を決定した。
●反貧困緊急ささえあい基金中間報告 
             収入部門 集計期間 7月末日 
  収入部門 ささえあい基金 2,047件  78,190,502円
       犬猫基金    276件  3,866,464円
       合計      2,323件 82,056,966円
  給付部門  直接手渡し給付   87件  1,978,500円
        団体連携手渡し給付 43件 1,107,000円
        移住連外国人給付  485件 16,535,000円
        合計        615件 19,620,500円
        残金           62,436,466円

●8月19日に議員会館で中間報告会と政府交渉を開催します。
日時:2020年8月19日(水)
会 場:衆議院第一議員会館大会議室
13:30入館証配布 受付開始              
    
第一部    新型コロナ緊急アクション 第二回中間活動報告会
14:00  反貧困緊急ささえあい基金の報告と活動報告
      瀬戸大作(新型コロナ災害緊急アクション事務局)
14;15 コロナ災害を乗り越える  
    「いのちとくらしを守る何でも相談会第3弾報告
          猪股正(弁護士 何でも相談会事務局)
14:25  支援現場から見えた、外国人への公的支援の必要性 
          クルドを知る会
14:40  生活保護申請同行の現場から 公的住宅支援の必要性
              稲葉剛(つくろい東京ファンド)
14;50  労働相談から見えてきた企業の責任と労働組合の取り組み
              渡辺寛人(NPO法人POSSE)
15:05   終了

第二部   政府交渉
15:15 支援を受けれない外国人の公的支援を求める政府交渉
16:15 困窮者支援に対する住まいの公的支援を求める政府交渉
17:05 野宿生活者への給付金支給と感染対策を求める政府交渉 

18時終了


●2020/8/3  ネットカフェを転々、一緒にニトリに行った

8月3日(月)
「いままでだって独りだった。これからも私なんか誰もわからない所でひっそり生きて、死んでいく。でも生き続ける事ができない不安」遠くの町のネットカフェを転々しながら何日も続けて届いたメール、6月9日に神奈川県の**駅でやっと会えた20代前半の女性のSさん、今日は2回目の生活保護費の支給日、大人や地域社会の不信感は強く、細い線であっても繋がり続けている。彼女は、いまだに家具什器費も使わずにいた。部屋には何もない。「家具や食器や電化製品と食器を揃えよう」といっても、今までの期間、揃える事ができなかった。「いつ私は消えてしまうか解らない。荷物を持たない方が良い」でも彼女は、いま暮らすアパートでとりあえず生きてみようと考えた。一緒にニトリにいった。若い女性らしく、安くても可愛くお洒落でアジアンテイストの食器を手にとる。家に帰って購入したい商品をセレクトするようだ。ありきたりの寝具セットではなく「ハンモックは駄目かな?」と二人で笑った。「い草のゴザも良いけど寝具で認めてもらえないかな~」とか、楽しくおかしな家具什器選びかもしれないけれど、上限金額に収めるから認めてほしいな。彼女は一歩づつ前を向いて歩き始めている。信用されない大人たちのひとりかもしれないけれど伴走しようと思っている
●3か月間、多くの20代~30代の若者の生活保護申請に同行し、アパート転宅まで実現してきた。全ての若者たちが「早く仕事がしたい。」と願い、その後に就職先を探してもコロナ禍の雇用大不況で仕事が見つからず、独りぼっちの部屋で悶々としている。新たな孤独が始まり、精神的に病んでしまう状況にある。多くの若者たちが、正規社員の職に就けず、安心できる住まいもなく、ブラック企業で道具のように働かせられ、捨てられた。また二度と繰り返す事のないようにしたいが、私たちの力ではどうする事もできない。追い詰められた人間を、門前払いする地獄絵図が展開されている。グローバリストの政治家たちの責任は大きい。


●2020/8/2  「福島を風化させない」映画 上映と講演の集い

8月2日(日)
練馬区立勤労福祉会館で開催された、練馬区内の九条の会4団体共催の「福島を風化させない~続く避難生活のなかで~映画 上映と講演の集い」のゲストトークに、中川あゆみ監督と一緒に参加しました。上映された映画「ふたつの故郷を生きる」は、2017年3月末で住宅提供が打ち切られたために避難者家族が受けたさまざまな困難、生活苦から心身の病気になり自死する人までの姿を描いています。私たち避難の協同センターの支援活動や、政府に政策改善を迫った交渉風景も描かれています。コロナ禍なのに会場の定員を超える参加者数でビックリ!私の話は「新型コロナ緊急アクション」を通じた住まいや雇用を喪失した方の支援活動を中心に原発事故避難者のコロナ感染における生活影響をアンケート分析に基づき報告 参加者の皆さんもかなりビックリしていたようです。
●帰宅して、消耗する電話対応と関係者対応に時間を費やす事になってしまった。120名を超える対人支援を3か月の間におこなってきたが、相談者によっては元気に自立する人もいれば、また孤立してしまう人もいる。連絡がつかずに、逃げ出してしまうのではないかと心配な人もいる。いちばん拙いのは、聞いていた話と本当の事実が違い過ぎる事。正直に言ってくれれば良かった「辛さ」を言えずに、結果的に取り返しがつかない事態になる。支援者と当事者との関係の作り方、距離感、地域に繋いでいくこと 本当に悩ましい。


●2020/7/31  厚生労働省記者クラブで「相談会第3弾」の会見

7月31日(金) 8月は私たち支援者にとって大忙しになる事は確実だ。
❶今日は朝10時より、日曜日に新宿駅からSOSを受けて給付支援した20代の青年と一緒に生活保護申請に同行する予定だったが自宅を出発する直前に「身体の調子が悪く来週に延期してください。」とのメールが入る。週末を超えるので宿泊費と生活費を補充するよとメールする。丁寧にメールをくれる青年なので、明日会いにいこうと思う。少し時間が空いたので、豊島区で生保申請し無事に板橋区のアパートに転宅している青年に会いにいった。4月に新橋駅からSOSを受けた。九州から上京し、赤坂の居酒屋で働いていたがコロナで仕事を失った。仕事が大好きで早く仕事がしたいが、身分証明を喪失している事が就職を困難にしている。マイナンバーカードの申請をしているが、取得まで2か月かかるという。これからも連絡をとりあう事にした。
❷13時からは厚生労働省記者クラブに移動して、‪8月8日(土)に開催される「コロナ災害を乗り越える  「いのちとくらしを守る何でも相談会第3弾」の記者会見に参加、記者会見の冒頭に私のスマホが誤作動!ブルーハーツのメロディーを大音響で流してしまいました。雰囲気を明るく元気にぶち壊してしまい申し訳ありません。私からの報告は、支援現場のリアルな状況報告、コロナ感染者数が再び増加している状況で、再び、雇用に決定的な影響が出始めている。定額給付金や持続化給付も滞納家賃や税金などに使い果たしている事、1度きりの給付で終わりにしてほしくない事、公的支援から外されている外国人の救済が早急に必要と強調しました。
➌厚労省から反貧困ネットワーク事務所がある飯田橋で、他の相談者の明日以降のアセスメント計画づくりと電話かけ、18歳の少年もアパート転宅に向けて大詰めです。事務所をでて帰宅しようとしたら、昨晩21時頃にSOSを受けた女性からのメールが届いた。この間、私たちの相談フォームには性風俗で働く女性からのSOSが続いている。4月の緊急事態宣言以後は仕事がなくなり、6月以降は戻りつつあったが7月以降は、また激減して最近は客数の大幅減少で、お店に出勤しても収入ゼロが続いているという。ネットカフェで泊まりながら出勤する方も多いのだという。今回の感染拡大でお店自体が閉店を余儀なくされる事態が続発するのではと危惧している。SOSを受けた女性には、夜から朝にかけて、給付金支援と生活保護申請同行の提案をおこない、17時頃に返信があり、18時30分頃に待ち合わせ、ビジネスホテルでゆっくり泊まって頂いて、来週月曜日に生活保護申請に同行する。月曜日は同じ境遇にある相談者の生保申請同行がある。つくろい東京ファンドのメンバーと分担して申請同行する。8月は私たち支援者にとって大忙しになる事は確実だ。


●2020/7/30  SOS対応つづく、チームで乗り切ろう

❶午前に渋谷区役所を林弁護士と一緒に訪問、相談者Kさんを連れて治田区議と面会し渋谷区生活福祉課長に状況説明と協力を依頼した。Kさんは4月に勤務していた職場の勤務日数を半減するよう通告され、生活ができないので拒否した途端に、週2日分の給与を前払い金として支払われ解雇されたが、離職票には会社都合でなく、本人都合と記載され抗議したが訂正に応じない。Kさんはその後、日雇い派遣を続けながら、食いつないできたが困窮度は増すばかり、生活保護を最後の手段として検討するが納得できないという。
◎住居確保給付金は(H27年〜)より前の利用であれば、過去の利用は問わないが、Kさんは2年程前に利用していた。このような場合、本人都合の場合は給付対象外となる。最後の命の綱は、4月20日付け厚労省通達文書では、「離職票上は、自己都合であっても、労働基準法の違反があったと疑われる事実 が申請者により証明されれば、本人の責に帰すべき重大な理由による解雇ではないことから、再支給の対象として差し支えない。」と記されている。労働裁判になれば長期化は避けられない。Kさんの生活が持たない。失業給付金も対象外とされている。福祉課長には柔軟な対応を要請した。
❷自宅に戻って、増えている相談やSOS対応に時間を費やす。対応は私ばかりが担っているわけではない。千葉でも茅ヶ崎でも電話で連携しながら地域の市民団体や市議さんが対応してくれている。多摩市から外国人からのSOS、市議さんが動いてくれている。私は避難の協同センターが関わる「新型コロナ災害下における原発事故避難者の暮らしと住まいの不安に関する緊急アンケート調査」を通じた避難者からのSOSも来ている。8月から住まい探しに協力したり、訪問対応で今後の方向性を決めていく。避難者もコロナで暮らしが追い込まれている方が増えている。21時頃に緊急アクションの相談フォームにも2件のSOSが入った。明日から土曜日にかけて対応体制にはいる。チームで乗り切ろう。


●2020/7/29  これから必ず良い事がある、一緒に考えていこう

7月29日(水)
何も恥ずかしがる事はない。これから必ず良い事がある。一緒に考えていこう。もう独りじゃないよ。
❶今日は地元の練馬区社協:ボランティア・地域福祉推進センター主催の「第1回練馬区避難者支援団体連絡会」に参加しました。練馬区内で毎年2月に開催される福島イベントで原発避難者問題の講演に呼ばれていますが、必ず練馬区社協の職員も欠かさず参加頂いています。今日の連絡会立ち上げも一緒に準備してきました。区内で活動しているボランティア団体や練馬子ども保養PJ、東京災害ボランティアNW、行政からは避難者名簿を把握している練馬区危機管理課、福島県復興支援員も参加、私の登場は少し違和感ありという状態。
◎福島原発事故による練馬区内避難者の状況は7月末時点で81世帯179人、2012年当初段階では177世帯482人だったので、半減している。応急仮設住宅の供与終了後に相談が増加すると予測したが、自助努力で住まいを確保したのではないかと社協からの報告、私からは、避難の協同センターも関わる「新型コロナ災害下における原発事故避難者の暮らしと住まいの不安に関する緊急アンケート調査」でも、コロナの影響で大幅な減収や解雇で来月から食べていく事ができないとの声も散見されている。
◎参加団体や社協、復興支援員からは4月以降、避難者宅の戸別訪問を中止、交流会なども同様の状態であり、ひとりひとりの悩み事や状況把握が不充分となり孤独と孤立が深刻化している。元々の「避難者支援団体連絡会」の立ち上げ意図が行政と支援団体が協力して土日も含めたアウトリーチをおこなう事だった。だからこそ、コロナ感染拡大で避難者が孤したり困窮に陥っていても気づけない状態だけは拙い。クルドを知る会が個別訪問を自粛する代わりに、時間と人数を決めて基金とお米や生活用品の配布会を兼ねて、生活相談もできるようにするなど工夫をしている。参考にできないかと提案した。私たちは避難者明名簿を持っていない。練馬区が個人情報を管理している。ぜひ連携してほしい。次回の会議は10月となった。その間に事態は更に深刻化する。
❷自宅に戻り、今日はSOSは来ないようだと判断、来週の緊急アクションと反貧困ネットワーク会議と政府交渉の準備と避難者アンケートの定量分析作業をはじめた途端にSOSはやっぱり来た。池袋駅周辺の路上で20代の女性が、所持金が尽きた状態で待っている。21時に待ち合わせを約束して駆けつけた。住まいは喪失して携帯電話も止まっている。4月に仕事がなくなり、その際に緊急宿泊支援、その後に仕事が復活したが7月以降はまた仕事がなくなった。私のご用達のビジネスホテルにお連れして、いつもお世話になっている従業員さんによろしくと伝える。このホテルは朝食も美味しいよ。緊急宿泊費と生活費支援をお渡しして、生活保護含め、今後の方向性を一緒に考えていく。私からは「何も恥ずかしがる事はない。これから必ず良い事がある。一緒に考えていこう。もう独りじゃない、」今晩はゆっくり寝てください。


●2020/7/27  つくろう「希望連帯社会」!

7月27日(月) つくろう「希望連帯社会」!
先週の連休を控えた22日(水)にSOSを受けて大塚駅前でお会いしてビジネスホテル代と生活費をお渡した青年、今日の午後から豊島区の福祉事務所で生活保護申請に同行すべく待ち合わせしたが、40分程待っても現れず、最近、SOSを受けて現地に向かっても約束時間に現れない場合も含めて、このようなパターンが最近増えています。皆さんからの寄付金なので残念ですね。青年さん これからでもやり直せるからと呟き、待ち合わせ場所を後にして、本来の職場である(はず)のパルシステムに久し振りに戻る。
●夕方は参議院議員会館で、福島みずほ参議院議員に呼んで頂き、「インターネット対談:コロナ災害から命と生活を守るために」にゲスト出演 後で確認してみたら三千人を超える視聴者がいたとの事、、支援現場のリアルを一部で終わらせずに社会的に可視化しないといけません。でも、いつもいつも気にかけて励ましてくれる福島さんに会えて、一気に疲れがすっ飛びました、本当にありがとう。つくろう「希望連帯社会」!


●2020/7/26 「公的支援を受けれない外国人」の生存権を守る戦い

7月26日(日)
民間団体のギリギリの連携で「公的支援を受けれない外国人」の生存権を守る戦いが続いている
❶昨日に緊急アクションの相談フォームにSOSを頂いた20代の男性と新宿駅でお会いしした。出身地は私が20代後半の時に住んでいた町だった。有名なスーパーマーケットの正社員で働いていたが、超絶な長時間残業の連続で身体を壊し退職、その後、日雇いのお仕事を3年間続けながら、ネットカフェで生活していたが、コロナの影響で仕事が無くなり、所持金も今日で尽きた。節約の為に1日1回カップラーメンを食べてしのいでいて、今日から野宿生活を考えていると彼は呟いた。私はいつものように「生活保護を利用すれば安心できる住まいが確保できる。まずアパートで暮らして少しづつ生活再建しよう」と提案した。彼は以前、生活保護の相談にひとりでいったが、冷たく追い返された経験がある。仕事は大好きで今すぐにでも働きたいという。寮付き派遣の仕事に応募しているから応募したいという。私はこの間の支援で、寮などの住み込み派遣などで働いていたが仕事がなくなり、住まいを失った人々を多く支援してきた。だから慎重であってほしい。緊急宿泊費と生活費を
お渡しして本人の判断に一任した。帰宅後にメールが来ました。「生活保護申請の同行をお願いします。」はい。了解です。安心できるアパートを確保して一緒に前に進みましょう。
❷新宿での対応中に、移住連の稲葉奈々子さんからの緊急アラートが鳴る。今日も蕨市立文化ホールで「クルドを知る会:主催の相談会が開催され、反貧困ささえあい基金からの給付金がクルドの方など、コロナ禍で生活困窮に追い込まれた方ひとりひとりに手渡しされているという、しかし2週間前の相談会より、深刻な相談が急増しているという。特に雇い止めや仮放免で仕事ができず支援者からの支援も支援者自身が生活がきびしくなった事で途絶え、家賃滞納で退去を命じられている案件が増えている。急遽、相談会に向い対応を協議、外国人でもアパートを一定期間、貸してくれる知人に連絡した。いくつか入居できる可能性がでてきた。民間団体のギリギリの連携で「公的支援を受けれない外国人」の生存権を守る戦いを続けている状況だ。


●2020/7/25 社会の底が抜けてしまった事がたまらなく寂しい

7月25日(土)
社会の底が抜けてしまった事がたまらなく寂しい。。
❶12時過ぎに渋谷区内の某所で待ち合わせ、最初に相談を受けて1か月近くが経過している。7月7日に渋谷区神南にあるハローワークに同行している。相談者Kさんは4月中旬まで勤務していた事業所から突如、週2回の勤務に変更してほしいと言われて拒絶した事を理由に、雇い止めの通告がされた。残りの2週間の週2日分の給与を前払いする条件でサインさせられた。当初は離職票に「会社都合」となると聞いていたが、後で送られてきた離職票には「本人都合」に書き替えられていた。住居確保給付金は、離職の理由を問わず支給される。離職したことだけで支給対象になるはずが、いまだに給付申請が受理されていない。役所もハローワークも、会社都合以外は出来ないと主張しています。来週に林弁護士と一緒に渋谷区役所に同行する事にしました。最近、同様の相談が増えています。7月に入り、非正規や派遣就労の現場は仕事がない状態です。先週からやり取りしている相談者は、正規の営業職だが給料の殆どが営業給のために給与が激減している。様々な給付金制度は使いやすくなったが、給与が激減したり失職した方の多くが給付対象外で苦しんでいる。今朝の新聞に掲載されていた「コロナ禍の中 生活が苦しくなった世帯が無利子で借りられる「緊急小口資金」の申請が殺到し リーマンショック時の何と80倍」の記事 事態は更に更に深刻化している。
❷14時にもやいと新宿ごはんプラス合同の都庁下での相談会に合流し、一昨日の夜に大阪からSOSがあり昨日、東京に戻ってきた方と今後の生活相談、問題が複雑化していて、溢れる社会と人生の怒りと哀しみが止まらない。優先順位を決めて、1つづつステップを踏みながら解決しようと1時間かけて提案。今日の「新宿ごはんプラス」もパルシステムの多くの仲間がボランティアで参加 疲れる相談の後でのパルシステムの仲間との会話は疲れを癒します。
➌16時30分に板橋区の埼玉県境の駅で昨晩遅くにSOSメールを受けた相談者との待ち合わせ、相談者は来なかった。最近このようなパターンが増えている。いずれにしても社会の底が抜けてしまった事がたまらなく寂しい。


●2020/7/24 いつまで緊急対応が続くのか

7月24日(金)
日付を超えた深夜の1時過ぎにも緊急アクションの相談フォームにSOSが届いています。
24日、私が担当した緊急対応は、、宿都庁前で待ち合わせした女性。生活保護を既に利用中だが、劣悪な無料低額宿泊所から逃げて、全国各地を彷徨ってしまった。今日は宿泊費をお渡しして、明日に弁護士さんも加わって頂いて今後の相談をおこなう。阪上さんが千葉の相談者に自宅に向かってくれています。今日だけで相談が来て対応をおこなっている件数は6件。いつまでこのような緊急対応が続くのでしょうか。


●2020/7/23 「第5回コロナ緊急相談会inふなばし」のアットホームな仲間たち

❶今日は東船橋で反貧困ささえあい主催の「第5回コロナ緊急相談会inふなばし」に参加しました。地域の支援団体や自治体議員の方がたくさん集まっていて、相談者がどこにいるか解らない状況です。千葉の相談会はあまりにもアットホームで相談者と支援者がすぐ仲良くお喋りしてしまいます。今日も船橋市福祉事務所で「無低に入所しないと生保を受理しない」と言われて抵抗し、板橋区で私が生保申請同行して、現在は無事にアパートで暮らしているTさんも卒業生として参加 船橋で何年も路上生活をしていて、ささえあい千葉の相談会に来たら、アットホームな仲間たちに救われた。ささえあい千葉の支援メンバーもT
さんの元気な姿と楽しいお喋りに救われているんですよ。
❷私が相談を担当させて頂いたのは、50代前半の男性Kさん 船橋周辺で約4年 路上生活を続けてきた。所持金はゼロ。出身はパルシステム神奈川ゆめコープ**センターのすぐ近くだった。両足が腫れていて壊死しないかと心配だ。「生活保護申請が受理されたら、無料券でお医者さんに診てもらう事ができる。安心できる住まいも確保しましょう。」船橋市は「無低に入所しないと生保を受理しない」と明言した自治体、相談者の安心を最優先して、船橋の居住支援法人㈱あんどの西澤社長にその場で連絡して先に「一時緊急保護」用のアパートに先に入居して月曜日地元議員さんにお願いして生活保護申請に向かう。
➌船橋を出発して相模大野に向かう。神奈川の困窮者サポートでお世話になっている杉浦さんからの要請なので断れない。6月に相模大野駅頭でコロナの生活相談会をやっていたのを知っていて、杉浦さんの携帯に電話があったとの事。コロナの影響で相模原の会社を解雇され、寮を追い出され、ネットカフェを転々とし、資金が底をついた。この3日は泊まるところもなく野宿。待ち合わせ場所は相模大野駅前で夜9時だ。しかし、1時間待ったが、本人は現れず。携帯電話も喪失していて連絡がつかない。今頃、彼はどうしているだろう。「とにかく生き延びてほしい。」


●2020/7/22 困窮者にとって大型連休は「駆け込む場所がなくなる」こと

7月22日(水)困窮者にとって大型連休は、困った時に駆け込む場所が無くなる事を意味します。

❶午前は5月中旬にSOSを受けて支援を継続してきた17歳の少年が、昨日に晴れて18歳の誕生日を迎えた事を受けて、早速、練馬区内のアパート内見をおこないました。いつもお世話になっている、自立生活サポートセンターもやいの居住支援担当の土田さんの尽力で、若者から見てもカッコイイ内装とロフト付きの新築同然のアパートを正式に申し込む事になりました。元々、モデルを目指して上京してアルバイトしながらレッスンを重ねていく矢先のコロナ災害 本当についてなかった。正式入居が決定する事を願います。
少年は「モデルになってから俳優を目指すか、歌手を目指すか考えているんですよ~」
このポジティブな姿勢 やっぱり若いです。
❷その後は荒川にある企業組合あうんに移動して時間差での「家具什器」選びと見積もり書づくり」です。SOSを受けて緊急対応した男性、15時からは、神田駅からSOSを受けたSさんは**区の居宅支援が責任を持ってアパート転宅 このような福祉事務所が増えてほしいですね。16時からは蒲田駅からSOSを受けたOさん 地元区議の奈須りえさんからの紹介の生活保護の方に理解がある不動産屋さんが探してくれました。今日、冷蔵庫・洗濯機やレンジなど諸々の什器を揃え、新居に運ぶ明後日に転居が決定しました。私の役割は段取りをつくり進行させていく事です。あうんさんには毎週毎週、アパート転宅が決定できた相談者を連れての訪問、在留資格がなく公的支援を受けれずい困窮する外国人へのお米の支援も。あうんさんに有機農家よりお米を集まて、精米して袋詰めまでお願いしています。私たちの支援活動にあうんの存在は欠かせません。協同労働をこれからもよろしくお願いします。
➌今日は4連休の前日でした。また役所や福祉事務所が閉まってしまいます。公的支援の窓口が閉まるという事は、困った時に駆け込む場所が無くなる事を意味します。夕方以降、立て続けにSOSが入りました。あうんさんのどっこい食堂で「オムライス」をご馳走になり、フードバンクの食料カンパを受けて、18時に新宿駅西口で待つ青年に会う。大阪で生活保護を利用していて仕事が全くなくて東京にでててきたけれど、東京では更に仕事がない事が解ったけれど、帰る交通費もない。生活保護廃止の危険もあるので、交通費を渡してなるべく早く大阪に戻る選択をしました。19時30分に池袋に移動、所持金が128円しかなく携帯電話も喪失した青年だった。今まで3年間日雇いのアルバイトで生活をしてきたが、コロナ災害で3月以降仕事が少なくなり野宿やネットカフェにて生活をしてた。緊急事態宣言後も週2日程度日払いで働きながら頑張ってきましたが7月に入り仕事が週一程度になってしまったという。彼が高校時代に過ごしていた町を私もよく知っていた事もあって、高校時代から現在までの事を話してくれました。現在の制度では生活保護を利用するしかない事を話して、連休明けの月曜に生活保護申請に行く事にしました。緊急宿泊日数は5泊になります。リーズナブルな価格でサービスが良い、私のご用達のビジネスホテルまで一緒に向ってチェックイン!5泊は本当に長いけれど、生保申請からアパート転居まで責任を持って支援する事を約束しました。
●明日からもの連休、役所が閉まり、民間の支援団体にSOSが集中する可能性があります。困窮者にとって連休は「生き延びる事への阻害」なのです。私たちにとってもコロナ禍での連休は阻害そのものなのです。


●2020/7/21 新宿の路上では段ボールの寝床が長く延びていた

7月21日(火)新宿の路上では以前より段ボールの寝床が長く延びていた。

●連合会館で夜に開催される「さようなら原発1000万人アクション」実行委員会の前に被爆75周年原水爆禁止世界大会のオンライン分科会の「福島の10年、原発事故の責任を問う」の動画出演の収録に参加しました。コロナ災害さえなければ、世界大会に参加できたかと思うとやっぱり残念です、武藤類子さんと弁護士の海渡雄一と私の3名の分科会に出演しています。YouTube「被爆75周年原水爆禁止世界大会公式チャンネル」にて、各種動画が配信されます。ぜひ観てください。
●今日は定期通院の日だった。尿検査に血液検査、多忙過ぎて心配だったが特に変調はない事は良かったが、閑散とした待合室に鳴りやまない電話、同時並行で6人のアパート転宅を進めていたので、不動産屋さん、ケースワーカーさん 家具什器と引っ越しを担当する子企業組合あうんさんとの電話打ち合わせが続く。この間、相談に乗っているクルド人の方からは病院にいきたいが、仮放免の状態で無料低額診療で病気の専門病院が見つからないとの電話、移住連の稲葉奈々子さんとも連絡をとりあい、いくつかの病院を紹介するが、やっぱり受け入れは難しいという。引き続き、明日も調べてみる予定
●緊急アクションの相談フォームにSOSが入る、江戸川区のトルコ人の20代の青年からだ。以前に京都のホテルで働いていて日本語は堪能だ。2月に来日し難民申請をおこなったが現在でも許可が下りない。所持金も僅かとなり食べる物もない。6か月経てば就労が可能になるから、その時まで食いつなぎたいとの事。さようなら原発の会議を中座して20時30に自宅前でお会いし緊急生活給付金をお渡しする。早く在留許可が下りる事を祈るしかない。
●江戸川に移動中に緊急SOSが鳴った。僕らの活動を追い続けている映像集団ドキュミームの松井さんからだ。新宿駅近くで路上生活者が具合悪そうにしている。まだ40歳くらいの女性だという。傍に20年以上も新宿で路上生活をしている優しいおつちゃんがいて、助けてあげてほしいという。江戸川から新宿の路上に向った。詳細は省くが女性が座っていた路上には以前より段ボールの寝床が長く延びている。お互い助け合っているようで、コミューンのようだ。路上生活は3年以上、通りがかりの人から食料をもらって生活している。でももうガリガリに痩せている。
生活保護は「迷惑かけたくないから受けない」。と最初は言っていたが、以前に医療券が欲しくて区役所に何回もひとりで行ったが酷い対応で追い返された経験があると言う。僕らは「私が一緒に同行するから生活保護を申請に行こうよ」と言うしかなかった。生保を利用してアパートに入居して医療券で無料で病院で治療して身体を治して仕事を見つけようよ」
と言った。最初は拒絶していたが、優しいおっちゃんも勧めてくれる。でも今日はカンパでもらったらしい安酒で酔いが回り、寝てしまった。でも否定ではなく「考えてみようかな」と変わってくれたのは嬉しい。名刺を渡して「連絡してくれたら飛んでいくよ!」と言って別れた。また会いにいくよ。


●2020/7/20 「ひだんれん」と福島県交渉、県職員は内堀知事に忖度する

「内堀福島県知事は安倍政権に忖度し、福島県職員は内堀知事に忖度する」日本社会に深く覆う閉塞感を象徴するのが福島県庁の姿

最後に訪問したのが3月初旬だった福島。東京オリンピックの聖火リレーを目前にして常磐道と全町避難が続いていた双葉駅町の双葉駅など常磐道と常磐線の3駅が開通し、一部地域の避難指示が解除された現地を訪ねた。駅を少しそれた場所の高過ぎる放射線量、菅野みずえさんの浪江町津島の自宅も放射線量 二度と帰れない故郷 この事実を映像として記録して「世界にフクシマの現実を告発する」予定だった、その後は、コロナ災害で更に追い込まれた困窮者からのSOSに奔走する日々が続いた。久し振りの福島は、武藤類子さんが代表を担う「ひだんれん」と福島県交渉 半年ぶりの開催でした。
●ひだんれんからの要望項目は
①国家公務員宿舎の入居者に対する「2倍の家賃請求」をやめること。
②また、国家公務委員宿舎からの「立ち退き」提訴をやめること。
③帰還困難区域からの避難者の住宅提供の打ち切り通告を撤回し、すべての避難者の意向と生活実態にそった住宅確保を保障すること。
④新型コロナ災害下における被害者・被災者への対応について
●今日の交渉で、私たちが驚き落胆したのは、対応した避難地域復興局と生活拠点課の担当職員の無気力対応!現在でも国家公務員住宅を退去できないでいる避難者34世帯が、どのような事情があり退去できないでいるのか、把握しているのか、していないのか明言を避け続ける姿勢に終始、このような態度を見て思います。「この人たちに何を言っても何の反応さえ示さなくなっているんだという事。」「内堀福島県知事は安倍政権に忖度し、福島県職員は内堀知事に忖度する」日本社会に深く覆う閉塞感を象徴するのが福島県庁の姿です。、原発事故被害者の暮らしの厳しさを直視せず、たとえ被害者が自死したり倒れようとも、正義を主張したら「外される」などは存在しないのです。忖度を貫き通すしかないのでしょうか、
●私は何回も強調しました。「退去できない避難者の多くは非正規就労しかなかった。月10万しかない状態でどうやって転居費用を捻出できるのか。収入が少なく引っ越し費用は都内で20数万円かかる。退去を迫るのであれば、転居費用を援助するとか、公営住宅の入居基準を緩和して、60歳未満単身の方も入居するとか、県の支援策をあらためて示すべき。支援策なき退去強制はありえない」福島県職員は無反応。来年は原発事故から10年、避難者の医療費援助も打ち切られるのではと危惧している。


●2020/7/18 「クルドを知る会」相談会でささえあい基金とお米をプレゼント

今日は蕨市立文化ホールで開催されている「クルドを知る会:主催の相談会に参加しました。私たち新型コロナ緊急アクションが取り組んでいる「反貧困緊急ささえあい基金」の生活給付金と「コメと野菜でつながる百姓と市民の会」の米を、支援を求めているクルドの皆さんに手渡ししながら、生活相談に対応します。
●クルドを知る会では、移住連(が行う「移民・難民緊急支援基金」と、反貧困ネットワークの「緊急ささえあい基金」からの支援金を、非正規滞在の難民申請者家族の元へ、一軒一軒、届けて回ってきた。6月末現在で、埼玉県蕨川口の在日クルド人難民申請者に基金やお米で支援した人数は、すでに200名を超えています。コロナウイルスの感染者数が再び拡大する状況のなかで、訪問お届けを休止し、広い会場で時間を指定して、参加していただく方法に変更しています。密を避けてじっくり相談をうける事ができるよう工夫しています。エレベーターホールに続々と小さな子どもを連れたクルド人家族が来られています。今日は30家族ぐらいが参加するようです。
●ささえあい基金とお米の支援が、クロドを知る会のブログに掲載されていました。
⓵「食べること減らして、3回から2回、このごろは1回。いろんな友だち、親戚のところ行って、ご飯、食べさせてもらう。でも、友だちも困ってる。もう頼めない、どうしよ思った。ほんとに、ほんとに……」
②「この助けをもらって、わたしたち、見捨てられなかった、そう思ったです。ほんとに嬉しかった。子ども、学校で10万円の話、自分だけもらえない、友だちと違う言って、家で泣いたです。でも、今日、助けがきた。みんな一緒、みんな同じ」
③子どもの衣服は汚れ、赤ちゃんのオムツはパンパンに膨らんで重たそうだ。気になって尋ねると「もうない」そう言ってオムツを外し、お尻を丸出しにしたまま「これで大丈夫」と言った。
●20時まで相談会は続きます。事前アンケートを見ると2家族が「ランドセルがほしい」と書かれていました。他にもできる事は一杯ある。特に、非正規滞在の難民申請者たちが多くが訴える「病院に行きたい」入管での収容生活で体調を悪化させ、仮放免で野に放たれ、働く事もできずない状態で、ますます体調を悪化させています。
●新型コロナウイルスによる困窮は国籍や在留資格に関係ありません。公的支援が受けられるように、仮放免者や短期滞在者も住民基本台帳に記載してください。とくに仮放免者・短期滞在の場合は公的保険に加入できず、治療費が高額になるため、受診を控えた結果、深刻な健康問題が生じています。在留資格にかかわらず、医療サービスを受けられるようにしてください。。無料低額診療の公的援助を国の責任でおこなってください。


●2020/7/16 福島出身30代男性の所持金は600円だった

❶午前は**区の福祉事務所に先週7月8日に生活保護申請同行したSさんと一緒に担当ケースワーカーとの面談 無事に生保決定通知がおり、7月の保護費が支給されました。その後に「居宅支援事業」の相談員との打ち合わせ、**区が他区市と比べて安心できるのは、アパート転宅支援を丁寧におこなう。来週火曜日に区内3か所のアパートの内見が決定しています。私が担当する作業は家具什器を揃える事ぐらいです。このような「ふつう」の対応をしてくれる福祉事務所が増えれば、僕らの負担も少なくなる。何よりも本人が、安心できるし、これからの人生、前を向いて歩いていけるのです。
❷**区福祉事務所から急遽、上野公園に向かう。朝9時30分に届いた30代の男性から緊急SOSがあり、駆けつけた。所持金は600円、原発事故時は、福島県の浜通りに住んでいて、県外で避難生活を経験していた。その後の生活はいろいろあって他県の地方の町で暮らしてきた。就職活動のために東京に来たが、所持金が途中で尽きた。故郷の浜通りの住所を聞いた。3月に訪問した福島の現在の状況を話した。もう彼は福島に帰る事はないと言った。自宅がある地方の町への交通費は往復券なのである。とりあえず生活給付金と緊急宿泊費を渡し、ホテルまで一緒に行ってチェックイン、、これからも連絡をとりあう事にした。私は原発事故被害者は責任を持って対応していきたいと思うから、、、


●2020/7/15 在留資格にかかわらず、医療サービスを受けられるように!

コロナ禍の影響で、外国にルーツをもつ方々のなかでも生活に困窮する方が急速に増えている。反貧困緊急ささえあい基金給付金額の多くは移住連をつうじた「支援からこぼれ落ちた外国人」からだ。「死にたくないけど死んでしまう」そのようなSOSを受け、現場に向かう。ここ数日、外国人からのSOSが続いている。
❶今日の夜20時過ぎに埼玉県西部のカメルーンの20代の男性に会いにいった。所持金はゼロ。食料もない。英語での会話しか通じないので、移住連の稲葉奈々子さんも一緒です。数か月前に来日して難民申請したが、現段階でも許可がおりていない。難民申請の結果がでるまでには平均3年、長い場合で10年近くかかる。難民申請中は、政府からの支援金を受けることができるが、支援金を得る審査に数ヶ月かかる。、申請後6ヶ月すると就労が許可される。それまで何とか食いつなぎたいと彼は言う。埼玉県西部にもう一人心配しているカメルーンの方がいる。既に野宿生活となっていて、一度SOSを受けたがお会いする前に連絡が途絶えている。
❷午後は「ささえあい基金」で緊急生活給付金で支援したクルド人宅を訪問し、その後の近況を聞かせて頂いた。仮放免(在住は許可するが就労は不可)の状況で生活困窮の悩みは深刻度を増している。コロナ禍での密を避けるためか、入管に収容されている外国人の多くが仮放免とされているが、就労ができない為に、経済困窮を極める。これまでは支援者に生活を支えてもらっていたが、今回その支援者も収入が減り、支援母体だった教会でミサができなくなり献金がなくなるなど、支援者に頼ることもできない。今日の方も体調が悪いが、健康診断も受けていない。仮放免者・短期滞在の場合は公的保険に加入できず、治療費が高額になるため、受診を控えた結果、深刻な健康問題が生じる場合が多い。「ささえあい基金」の給付だけでなく、何か私たちでできる事はないか、多くの宿題を頂いて次の場所に向った。
➌クルドの方の窮状を踏まえ、医療生協さいたまの埼玉協同病院を訪問し、公的支援からこぼれた外国人への「無料低額診療」の実情をヒアリングさせて頂いた。「無料低額診療」は、医療や介護が必要であるにも関わらず、支払いが困難な方に対し、病院の裁量で医療費等の減額や免除を行う社会福祉法第2条に基づく事業です。仮放免などの外国人には就労が認められず、生活保護の受給や国民健康保険への加入もできず、医療費は全額自己負担、医療の頼みの綱が無料低額診療、しかし公的補助もなく国保などで補てんされず、医療機関の持ち出しになっている。協同病院では、相談を重視し、まず公的制度を使えるかどうかを確認し、使える場合は申請手続きを行い、制度がない場合は無低診(無料低額診療事業)を使うプロセスですすめるといいます。本来は政治や公的責任で実施すべきであり、民間が医療費や運営資金を持ち出すべきでない。しかし目の前で病や怪我で倒れている人を助けない訳にいかないのです。関東では群馬の北関東医療相談会(AMIGOS)が検診、検診結果の説明、要治療者のフォローを実施していて首都圏では川口、清瀬で連携して年1回平均で医療相談会を開催している。政府や都道府県には公的支援を求めると同時に、「反貧困ささえあい基金」で給付した外国人で病院に行きたくても行けない方の情報を把握している。どのような手法であれ、医療に繋げる取り組みを真剣に考えている。