<事務局長のサポート日誌>

●2020/5/23・所持金50円の若い女性は半信半疑だった

5月23日(土)今日は午後からSOS先の神奈川県央地域に向かった。最近、神奈川県からのSOSが多い。今回も相模原市在住の友人である杉浦幹さん(やまゆり園事件を考える会世話人)にも来てもらった。杉浦さんは、少し前に車上ホームレス状態で、相模原市で生保申請した青年のアパート転宅後の伴走支援を丁寧におこなってくれている。
●駅近くのコンビニで待っていたのは若い女性だった。所持金は50円、派遣の仕事を失い東京で騙された。コロナの影響もあり働くことが出来ず今はネットで知り合いになつた友人の家に身を寄せていた。親とは絶縁状態にあり帰ることが出来ない。「家を借りるお金も、働く事も叶わずホームレスになるしかないのか。普通に働いて、住む所がある生活にしたいです。」複雑な困難を抱えている事がある事が解ったので、生活保護申請中に劣悪な施設に送られる事にならないように、生保利用後も安心できるアパート転宅ができるよう、週末に生保申請する自治体を決めて、来週に生活保護申請に同行しよう。
●彼女は最初から「また騙されるんじゃないか、何か裏があるんじゃないか」と半信半疑の様子。杉浦さんもFBで書いているけれど、怪しい不審者のようなオッサンが突然現れて、給付金渡して、これからは独りじゃないよと言われて緊急宿泊費と生活費渡されても絶対に裏があって、また騙されると思うよね。来週は散髪に行こう。


●2020/5/22・「来ないでください」と言われたけれど

 5月22日(金)今日は、茨城県南地域から、車上生活を続けている60歳の男性からのSOSを受けて常磐道高速を走る。昨晩に電話で話したが、相当弱っている声で「今夜もう終わりにしてしまいたい」と繰り返していた。昨晩は会う事を約束したが、今朝電話があった。「もう死んでしまいたいので来ないでください。私みたいな者のために東京から来るような事はしないでください。」と言い続けて電話が切れた。悩んだが会う事をしないで、男性が死んでしまったら後悔する。会えない確率が高いが車を走らせた。しかしこのような面会は一人で抱えない方が良いと思い、阪上武さんも同行してくれました。
●常磐道で千葉県から利根川を超えて茨城県に入った直後に携帯電話が鳴った。「いま何処にいますか?」彼は、待ち合わせ予定場所であった大型ショッピングセンターの駐車場にいると言う。「あと30分で到着するので待っていてください。」彼は驚いたように「来ないでいいですと伝えたのに来てくれるのですか」とにかく待っていてほしいと告げて電話をきった。18時50分頃、ショッピングセンターの駐車場に到着した。車のナンバーを聞いていたのですぐ会う事ができた。
●男性はとても真面目に働いて親と一緒に住めるように家を購入後の3年の間に、立て続けに両親が亡くなり家を出た。以来、10年以上も車上生活しながら仕事を続けたが、大病も患ったという。それでも定年退職まで働き続けた。彼の困難の最大理由は「孤立」のように感じた。職場を離れると誰とも会話する事もいない。友だちもいない。頼れる人もいない。社協を訪ねたが、SSSの簡易宿泊所を紹介された。コワイ、汚いで無理だった。不安、恐怖、孤独で限界。どこにも行くところがない。
●私は私たちのネットワークができる事を提案してみた。もう死んでしまいたいと繰り返す。「もう死んでしまいたい。今日にも死にたい。でも死ねないのです。」1時間半が経過した。所持金がない訳ではない。しかし、孤独がここまで人を追い込んでしまう現実に今日の私たちは何もできなかった。でも会いにいって良かったと思う。「また連絡します。何かあったら連絡します。また会いましょう。」彼は否定しなかつた。別れ際に二人でトイレで横に並んで連れションした。「ずっと笑った事がないんですよ。」今日からは独りぼっちじゃないと伝えて茨城から東京に戻った。

●2020/5/21・出逢ったのは伝説の売れないアナーキストだった

●今日は午後から5月13日にSOS対応して18日に生活保護申請した17歳の少年のアパートで担当ケースワーカーさんの面談に立ち会い、今後のアパート転宅に向けた打ち合わせをおこなった。地元区議さんも一緒です。高校を休学して、地方の小さな町から東京にアパートを借りて、モデルとして本格的にレッスンを受けながら、アルバイトで自立生活をしていこうとしていた矢先にバイトがなくなった。家賃は払えず、所持金もなくなった。生保は5月末に利用が決定される見込みだが、現在の住まいは5月末で退去させられる。少年自身が借主となる新しいアパート契約は18歳にならないと契約できない事が基本ルールだ。親との関係が断絶状態なので親が契約したり保証人にならない。18歳になるまでの仮の住まいと誕生日以降のアパート転宅と賃貸契約を念入りに打ち合わせして、ケースワーカーにも理解を頂いた。少年の明日の希望が途切れる事のないようにチームで支えていこう。
●都内から90キロかけて神奈川県三浦半島に向かった。70代のご夫婦で所持金ゼロ。食料は、米があと数日。イベントを開催する会社を経営していたが、事実上、倒産したという。今日の夕方以降に訪問すると伝えたが、携帯が繋がらない。本当に会えるのか不安が募るが、道が空いていて横浜横須賀道路まで一気に走り抜けた。三浦半島に入って電話しても繋がらない。もし自宅内で不測の事態があったらどうしよう。自宅の前まで来た。
●暫くしたら、芸術家のようなファッションと風貌をした老夫婦が歩いてきた。道端に咲いた野花を摘みながら仲良く歩いていた。会えて良かった。普段は相談者の自宅には入らないが、誘いを断れず部屋に入れてもらった。贅沢ではないが芸術家が住むお洒落な部屋だ。お父さんがコーヒーを豆から挽いて飲ませてくれた。詳しくは書けないが、私から見れば憧れのプロデューサーだった。でもあまりにアナーキーで売れているプロデューサーからお金にならないジャンルのプロデューサーとなり現在に至る。
●話をしていて私の親父と重なっていると思った。大手の映画会社から反体制の映画を作りたいために独立して、借金づけになるまで社会派映画を撮り続けた。借金先から取り立て電話が相次いでいるのにいつも余裕の顔をしていた。パートナーさんとは60年代後半から70年代前半のベトナム反戦運動について話した。1969年1021国際反戦デー新宿騒乱の現場にいたという。私は好きだった小田実の話をして盛り上がった。
●二人が今回の支援に繋がったきっかけを教えてくれた。山本太郎さんのYouTube映像「生活保護を受けよう」を見て、その中で紹介されたホットラインに電話して猪股正弁護士に繋がり私に繋がった。何故、山本太郎なのか!お父さんは「れいわ新撰組」に共鳴し、東京の選挙事務所でポスター発送やチラシ折りボランティアに参加、選挙区が小泉純一郎の選挙区なので対抗して、れいわ新撰組のポスターを張りまくろうと考えていた矢先のコロナ感染だったのだ。
●ひとりひとりの緊急事態をSOSで受けて現場に出かける緊急支援、とても辛いはずなのに私の方が「優しい時間」を頂いた。出会えて良かった。たくさんのCDをプレゼントして頂き「また必ず会いましょう」と約束した。お互い「アナーキーに生き抜きましょう。」


●2020/5/20・全力でアパートを探すしかない、事態は切迫

5月20日(水)原発避難者含む電話とメールでの相談対応を終えて、午後からは都内板橋 区福祉事務所で、SOSを受けて緊急対応し生活保護申請同行した2名の生活保護決定通知を 踏まえたアパート転宅に向けた打ち合わせと、先日前に山本太郎さんが都内某所で保護し て頂き、反貧困ささえあい基金でビジネスホテルに泊まって頂いたCさんの生活保護申請 同行を五十嵐区にも同行頂き、連続しておこないました。3名全員を同じビジネスホテル での宿泊入所、2名は携帯もメールもなく連絡手段がない為、ケースワーカーさんも同じ 方にして頂いた事で、連携体制も確保!板橋区福祉事務所の皆さんの配慮と協力に感謝です。

●Aさんは、成田空港に寝泊まりして5月3日にSOSを頂き、連休明けの7日に板橋区福祉 事務所で生保申請同行、申請受理後はビジネスホテルに宿泊、今日から正式に利用が決定 しました。現状では非常事態宣言終了と同時にビジネスホテル提供も終了が予定されてい るので板橋区が住宅支援事業を委託している東京援護協会が紹介するアパートを内見して 、5月末までに転宅できれば良いが間に合うかどうか、時間との勝負だ。

●Bさんは、反貧困ささえあい千葉主催の相談会で出会った。路上生活を3年以上続けてい た。コロナの影響で、路上で支援してくれた「つながり」も途絶え、所持金も数十円とな り相談会に来てくれた。相談会の翌週に、船橋市の福祉事務所での生活保護申請。しかし 「貧困ビジネスで有名な無料低額宿泊所に入所しないと、生活保護申請は受理しない」と 門前払いを受けた。5月11日に板橋区福祉事務所で生保申請同行して受理され、ビジネス ホテルに宿泊している。Bさんは携帯電話もないしメールもない。3日前にCさんの件でB さんの宿泊するビジネスホテルに立ち寄り、面会した。床屋も行き、格好いいおっちゃん になっていた。「5月末までにアパート転宅が決まらないと無低のSSSに入所する可能 性があるんだ。」と言っていた。早速今日、担当のケースワーカーさんと相談させて頂き 、今後の面談やアパート探しを連携しておこなう事にしました。

●Cさんは、5月17日の夜に山本太郎さんが都内某所で路上で寝ていて保護した70代の男 性、ビジネスホテルに泊まって頂き、翌日にホテルで面会し、今日の生活保護申請同同行 に繋げた。Cさんも以前、埼玉県で生活保護利用したが、貧困ビジネスで搾取され逃げた 経験がある。現在は住所もない。年金のみの収入でアパートを借りる事もできなかった。 生保申請は受理され5月末まではビジネスホテルが住まいとなる。保護決定は6月になる可 能性大、来週月曜に東京援護協会とケースワーカーと私も参加し、6月以降のアパート転 宅の打ち合わせをおこなう。

●東京都のビジネスホテルを宿泊先として提供される期間は、緊急事態宣言終了と同時の 5月末になる可能性が高い。アパート転宅を急がないといけない。一旦、住民票の場所を つくる為に一時的にでも確保しないといけない。携帯電話など連絡先がないとアパート契 約も困難を極める。自治体が用意する無料低額宿泊所もコロナの三密を避ける為に、部屋 が不足しているという。。5月 15 日の NHK ニュースでは、都内の宿泊所の 9 割が新規の受入が出来ないとの報道。空きがあるのは、貧困ビジネスの施設ばかりと自治体職員も嘆く。全力でアパートを探すしかない。事態は切迫している。公営住宅の提供や携帯なしの方など含め、緊急一時宿泊場所(ホテル)に滞在している方に「居宅保護の原則」を遵守し、ホテルから直接居宅への移行を実施するよう早急な対応を求めたい。


●2020/5/19・ささえあい基金の給付金で大阪に帰ります

5月19日(火)今日は、日曜日の隅田川医療相談会での生活相談で出会った杖をついた老夫婦、宿泊先のホテルから林治弁護士が待つ代々木の法律事務所に向かった。二人は以前、生活保護を利用しながら暮らしてきた。事情があって大阪に転居し生保を利用して暮らしてきたが、逃げるように東京にやってきた。所持金も殆どなく、上野駅周辺のアスファルトを寝床に二人で1か月を過ごした。日曜日の相談会での要望は、「大阪へ帰りたいので交通費がほしい。」。事情をいろいろ聞いたら生保利用開始後につくった債務や生保以前の家賃が滞納など夫婦だけで解決できない課題があり過ぎた。「大阪に帰すわけにはいきません。」反貧困ささえあい基金での宿泊と生活支援費でベッドで休んでもらい、今日は林弁護士との債務整理の相談、大阪で担当して頂く弁護士を決定して面談日まで確認しました。
明日、ささえあい基金の給付金で大阪に帰ります。私が大阪に行ける時が来たら、通天閣の下で待ち合わせましょう。串カツともつ煮と焼酎で乾杯して次の日は鶴橋に行きましょう。約束ですよ!


●2020/5/18・フロントの女性が「山本太郎」同行に驚く

●今日は午後から、**区の福祉事務所を訪問、地元区議と一緒に、5月13日にSOS対応した少年の生活保護申請同行からはじまりました。地方の小さな町から東京にアパートを借りてアルバイトしながら自立しようとした矢先にコロナ感染拡大でバイトがなくなった。家賃は払えず、命綱はフードバンクからの食料のみだった。少年が高校を休学してまで東京で独り暮らしを決意した理由はモデルとしての面接に合格し、本格的にレッスンを受ける寸前にコロナ感染があったとの事だった。どんなに辛かったであろう。自暴自棄になっても不思議じゃないよね。今日の生保申請は受理、結果を待つのみだが未少年なので、契約するアパートの保証人や後見人、これから生きていく為に必要な社会性を身につけていく為の援助は筆須です。これからが大事です。
●**区を出発し、東京都中心部にあるビジネスホテルに向かう。昨晩21時30分頃に雨宮処凛さんから緊急相談が入る。「山本太郎さんより連絡。都内某所で、行き場がない様子の人に声をかけたら、家も所持金もないとのことでどうすればいいか」私からは2日分の宿泊費と生活費の仮払いとホテルの予約を太郎さんにお願いしたら何とホテルまで連れていってくれました。夕方にホテルに向かいフロントの女性従業員に「昨日、山本太郎さんが連れてきてくれたAさんとお会いしたいのです。」と告げたら女性従業員は、「山本太郎さんが来られて年配の男性を連れてきて泊めてげてほしいと言われて驚いたと同時に素晴らしい方だと思いました。」と笑顔、当事者のAさんは70代の男性、埼玉県の某市で以前、生活保護を利用したが、貧困ビジネスで有名な施設でタコ部屋のような所に押し込められ辛くて逃げだした経験があるとの事、年齢の事もあるので明後日、一緒に生活保護申請に行く事にしました。
●夜は、横浜市に直行し30代の女性とコンビニの前で待ち合わせて緊急給付支援、所持金は500円だった。コロナの関係でコールセンター縮小で仕事なし、シェアハウスの家賃を1か月滞納したら、4日前に強制的に追い出された。入居時の契約書も渡さないブラックなシェアハウスだった。住居確保給付金も対象外と役所に言われたらしい。その後は、友達の家の倉庫や、公園、夜はただ歩いていていたという。殆ど食事はしていなかった。フラフラだったのでコンビニで早速買ったパンやおにぎりやメンチを食べる姿は本当に嬉しそうです。明日、生活保護申請同行してくれる横浜の弁護士さんに聞いて予約したビジネスホテルに一緒に行って見送り終了、生保申請受理は心配ないけど神奈川県は、東京都のようにアパート転宅前のビジネスホテル入所は認められていない。女性専用の個室がある施設も殆ど空いていない。少し、いや結構心配なので生保受理後に連絡をもらう事にしました。


●2020/5/17・隅田川医療相談会、医師の問診や弁当配布

5月17日(日)午後から隅田公園山谷掘広場で開催された一般社団法人 あじいる(フードバンク+隅田川医療相談会)主催の医療相談会に参加しました。医師が問診しながら血圧測定、薬の配布、パック詰めの弁当とパルシステムが提供したパンや果物の配布をおこないました。鍼灸や散髪は私も利用したかった、4月からゆっくり休めていないので髪は伸びっばなっしです。
●昨晩の1時頃にビアンカさんからメールが入る。「今夜、上野駅と公園周辺で、9人で手分けして80人くらいに生活物資配布、明日の相談会の案内などしながら廻った。終礼時、ささえあい基金の対象となる案件が2件発生したとスタッフから相談を受けた。」元々、パルシステムから第一回目のあじいるへの食料支援で隅田公園に行く予定だったので、あじいるの相談員の小西さんと一緒に当事者から状況を更に詳しく聞いてみる事にした。
●1人目の50代の男性は大型トラックのドライバー。コロナの影響で仕事がなくなって野宿生活 よく聞くと、大型長距離トラックドライバーの中には住む家を持たす車中泊している場合が多いという。現在は所持金ゼロだが、もうすぐ次の仕事が決まりそうだ。仕事への意欲は旺盛、生保は考えていないので当面の繋ぎ生活給付金を渡し、もし仕事がダメになったら連絡をもらう事にした。
●2人目は大阪から東京に出てきた杖をついた老夫婦、大阪では生保を利用している。大阪に帰るお金がないという。事情を聞いたら生保利用開始後の債務や生保以前の家賃が滞納なままなど対応する事が山盛りで、そのまま大阪への交通費出すだけじゃダメなので2日分の宿泊費を渡して火曜日に一緒に弁護士にお会いして法律対応して大阪に戻ってもらう事に。お父さんは通天閣のもつ煮が好きで私は串カツ 東京出身のお父さんは言う。「大阪は食べ物が美味い。大阪に帰りたいな~」早く帰れるように頑張るよ~

●2020/5/15・ZOOM会議で福島の皆さんと再会

今日もつくろい東京ファンドの稲葉さん・佐々木さん、生活保護問題対策会議の田川さんとZOOM会議。引き続き長期戦に耐えられる緊急対応相談と生活保護申請同行とアパート転居までの流れ、ささえあい基金、今後の役割分担について協議した。
●6月には議員会館で「新型コロナ災害緊急アクション」の中間報告会と今後の行動計画を開催する事を5月末までに提案していく。現段階で考えている事は以下の5課題提起①給付金中間報告⓶生活保護申請同行での水際実態報告③急増する在留資格を持たない外国人からの緊急給付に加えた有機米生産者団体と連携した「支えあい米(仮称)」準備、④各団体からの提起⑤緊急事態宣言解除後の情勢予測とアクションの取り組み 
●午後から地元練馬区役所で区議会議員さんと待ち合わせ、相談者であるSさんは、待っても待っても来なかった。議員さんとお別れして1時間後に電話が来たんです。「すいません。寝過ごしてしまいました。」凄くホットしました。目の前からいなくなる事より、こうやって線が繋がっていることが大切、来週にもう一度申請だね。次はアラームオン!
●今日は中野区議会議員さんが、私がSOSで緊急対応した相談者の2名の生活保護申請同行を午前。午後とおこなってくれて無事に申請受理されたとの報告、夜には、生活保護申請同行した2名の方のメール相談、アパート入居に向けた不安を聞いて今後の伴走支援を約束したり、緊急的な債務整理をおこなう為の弁護士さんの段取り打ち合わせなど、在宅していても気は休まらない。生活保護申請して受理されて終わりじゃないから大変なんだ。
●夜は本当に久し振りの福島原発事故避難者支援の活動に復帰、ひだんれんや全国避難者の会の皆さんと2か月振りの再会をZOOM会議で実現、今日から福島県は非常事態宣言が解除されている。国家公務員住宅に避難していて、経済的事情があって福島県から二倍請求されている方々への追い出しと二倍請求され続けている方々のへの圧力、4名の方が福島県から提訴いる裁判の対応など、、
●「新型コロナ災害における原発事故避難者の暮らしとの住まいの不安に関するアンケート調査」を避難の協同センター含めた三団体でおこなう準備をすすめていく事も論議、5月末には取り組みを開始し、主に経済的困難と住宅に関してお困りの状況を集約、今いる場所での住み続けを保障、家賃の減免や補助の必要性を訴えるための資料として活用、緊急対応が必要な場合は、対応支援していく事とする予定です。


●2020/5/13・チームで困難に立ち向かえ!

●午前はつくろい東京ファンドの稲葉さん・佐々木さんとZOOM会議。止まない状態のSOS、あと1年先まで緊急対応の日々を続ける事はかなりシンドイ状 況、今日のZOOM会議では長期戦に耐えられる相談体制、緊急対応と支援計画づくりから始まり、生活保護同行申請とアパート転居までの流れと今後の体制補 強と役割分担をなるべく早めに準備する事を確認、あまり個人が抱え込む事がないようにすすめようと確認したはずが、休む間もなく午後には緊急対応で現場に 直行する。同じ時間に何人もの仲間たちが自治体の福祉事務所で生活保護申請同行をおこなっている。台東区では平気で嘘をつきビジネスホテルに泊めずに無料 低額宿泊所に無理やり収容しようとするクズ対応に生保同行した小林さんが徹底抗戦で跳ねのける。同じ午後の時間、土曜日の新宿ごはんプラスの時に私が相談 対応した2名が生活保護申請が受理され今日から保護決定までの間はビジネスホテルに泊まる。嘘は通用しないぞ!台東区!
●夕方に向かったJR大宮駅、待っていたのは20代の青年だった。3日前の大宮の福祉事務所に生保申請へ行ったが「住所がないからダメ」といわれ、無料低額宿泊所のリストを渡されて「ここから自分で選んで電話かけて決めてから申請して」といわ れた。11日に再度福祉事務所へ。「まだ電話していないの?じゃあダメ」のようにあしらわれたのだった。あまりに絶望的な展開なので、反貧困緊急ささえあ い基金で2泊分のビジネスホテル代と生活費を給付、明後日に都内某区で区議会議員が同行し申請同行する予定だ。
●大宮駅から**区内のSOSの現場に向かった。待っていたのは高校生だった。所持金は200円、親の暴力から逃れて2月から東京でアパートを借りてアル バイトしながら自立しようとした矢先にコロナ感染拡大でバイトがなくなった。家賃は払えず、命綱はフードバンクからの食料のみだった。住居確保給付金は 53,700円しか給付されない。生活保護申請を選択するしかないが、未成年は強力な扶養照会がされる。ここで少し幸運な事があった。フードバンクの提供 先が私の友人のフードバンクの関連団体だった事。この団体の責任者自身が少年が通っていた学校の先生だった。暴力の事実を証明してくれた。明後日に地元区 議会議員と一緒に生活保護申請同行、扶養照会させないよう頑張っていこう!チームで困難に立ち向かえ!


●2020/5/12・福祉行政の対応が厳しくなっているとの声を聞く

5月8日夜に大和市の路上で車上生活のSさんからのSOSに対応、「反貧困緊急ささえあい基金」からビジネスホテル4泊分の宿泊費と生活費を給付し、今日は神奈川県内の近隣自治体で生活保護申請をおこなうので同行してきました。東京都以外の福祉行政は、ホームレス状態の生保申請者を必ずこの無料低額宿泊所に送り込む(貧困ビジネスの劣悪環境の施設送り)ことがシステム化されている現状に直面しています。住宅扶助費を支給するのに本人が希望してもアパート入居は厳として拒絶して生保申請を拒絶した自治体もありました。
●今回は、立川市のNPO法人さんきゅうハウスの吉田さんの紹介で横浜市の不動産会社の協力で、福祉事務所にいく前にアパートを内見して、今日からの住まいを確保してから生活保護申請に向かいました。地元の自治体議員さんが事前に送付した本人情報を保護課に伝えてくれていたので、申請受理から仮払金支払いまで1時間30分で終了しました。
●今日も多くの支援者や自治体議員さんがSOSのあった現場に向かったり生活保護申請に同行している。移動中に情報交換を電話やSNSでおこなっている。数日前よりも各自治体の福祉行政の対応が厳しくなっているとの声が聞こえる。例えばSOSで現地で面談し数日後の生活保護申請を約束して近隣のビジネスホテルに宿泊してもらう。住民票はない。近隣の自治体に申請いったら「前泊地の自治体で申請してください。私たちの自治体では受け付けできません。」これって生活保護法から見てもおかしくないかな、多くのネットカフェ難民とされた方たちの多くが、新宿区のビジネスホテルに入所している。そんな論理が通用したら大変な事になりますよ。師匠である田川さんに言われた「対応の良い自治体に生活保護申請を集中したら、そこの自治体の福祉は疲弊し壊れるぞ」水際作戦で住まいや生活に困っている方々を追い返す自治体が楽をして、丁寧な対応をおこなう自治体が疲弊する。その通りになっている気がする。


●2020/5/11・120名を超える方に緊急給付をおこなう

●2020/5/9・新宿140名 東池袋250名の方に食品支援

5月9日(土)は13時30分より都庁下で開催された自立生活サポートセンターもやいと新宿ごはんプラス主催の緊急相談会、17時より東池袋中央公園で開催されたNPO法人TENOHASI主催の炊き出し・相談会に「新型コロナ災害緊急アクション」として参加しました。新宿では140名以上、東池袋では250名以上の方に食品を配布、困りごとや医療相談は合計で約40名以上の方が利用されていました。パルシステムは今週も多くの役職員が支援活動に参加しています。今までの新宿ごはんプラスに加え、今回からTENOHASIの食料支援に協力する事になりました。
●昨日の東京都への要請行動で「TOKYOチャレンジネットの制度などでビジネスホテルに宿泊している者に対し、今日の相談会のお知らせの告知協力を要請しましたが、チラシ受け取りを拒否されました。緊急事態宣言が延長された事を受けて、ビジネスホテルの期限も5月30日まで延長されましたが、期待していた派遣業務が見つからず所持金が尽きている方が増えています。チャレンジネットからの方は「利用期限までに安定した仕事について自分のアパートを借りる金が作れるのか?」生活保護の人は「期限が来たら相部屋で劣悪な環境の無低宿泊所に移されるのではないか?」早急な相談体制と安心できる住まいの提供が早急の課題です。相談会のお知らせの周知がされていれば、もっと多くの方が繋がれたと思うと残念でなりません。
●私は2名の方の生活相談と緊急対応、緊急宿泊対応と来週以降の生活保護申請同行対応の段取り作り、私と雨宮処凛さんが相談対応、宇都宮健児さんが法律対応、何と山本太郎さんがビジネスホテルを見つけて宿泊予約をおこなってくれました。


●2020/5/8・「生きていてほしい」一人で頑張らなくていいよ

日付けが変わった0時30分に自宅に戻りました。新型コロナ災害緊急アクションの東京都要請を終えて自宅に戻り、自らのインタビュー映像も映ったNHK首都圏ニュースを見終わった頃に届いた30代の男性からのSOSメール、大和市鶴間からだった。所持金は315円、急遽、大和市まで東名高速を飛ばして21時20分に到着した。今後の神奈川県のサポート体制を強化しないと自分もパンクしてしまうので、相模原市在住のピカイチの信頼を置いている杉浦幹さん(津久井やまゆり園事件を考え続ける会世話人)に電話したら、すぐ現地に駆けつけてきてくれました。
●男性Aさんは、東京の居酒屋店長を務めていたが、事情が重なり退職、社員寮も追い出されて、派遣のスポットで働きながらネットカフェに泊まっていましたが緊急事態宣言により閉鎖され行く所を失いました。1日1食の生活をしています。知り合いの現在は使っていない車に僅かな手荷物を置かせてもらっており寝泊まりしていました。これからの日払い・週払いのスポット派遣に期待を寄せているようでしたが、これでは今後。お金を貯めてアパート暮らしをしていくのは難しいので、しっかり生活再建をすすめていく為に生活保護制度を説明、来週火曜日に地元市議さんも同行頂き、生活保護申請をおこないます。夜も遅かったのですが、4泊分のビジネスホテルを予約、生活費も反貧困たすけあい基金から給付しました。ホテルは昔、私が住んでいたアパートの近くです。今晩はゆっくり寝ているはずです。もう心配する事はありません。
●昨日の夜に大和市からSOSがあった男性とまだお会いできていません。海老名や町田に移動し公園で野宿しているとの事。1日、メールでやり取りしています。朝に「手をさしのべて頂いてる中で、少しもう一度もがきたいと思ってます。瀬戸さんからメール頂いて、一人じゃないと言われて、最後の力振り絞って動こうと思ったことご理解ください」しかし夜に心配なメールが届きました。「全て駄目でした。親も役所も。もう諦めます。所詮、弱者は何も出来ないと分かりました。失礼します。暖かいメール本当にありがとうございました。人と会うのも怖いぐらいで気持ちが落ち着いてなく、時間が欲しいです。死ぬとか安易な行動はしません。ただ、時間を下さい。」明日も引き続き連絡をとり続けます。「生きていてほしい。」もうひとりで頑張らなくていいよ。いつでも駆けつけるからね。


●2020/5/7・連休明けの怒涛の生活保護申請同行

【連休明けの怒涛の生活保護申請同行】5月7日活動日誌
―神対応の**区と悪魔対応の**市の水際作戦―  
5月7日は大型連休中に住まいを喪失、所持金も底をついてしまい、緊急支援をおこなった方々の生活保護申請同行の日、緊急アクションに参画する各団体の支援者や自治体議員が一斉に動いた1日でした。
●神対応の**区/ワンストップで全て問題解決、優しい対応に感動
13時から**区の福祉事務所にAさんを連れて訪問、先週、ネットカフェなどに泊まりながら、短期派遣を繰り返しながら、成田空港近くのビジネスホテルの清掃業務で食べてきたがコロナの影響で派遣契約が打ち切られ、所持金も底をつきSOSをもらった。東船橋の相談会でお会いした。連休で役所は休みなのでビジネスホテル代5泊分と生活費を反貧困ささえあい基金から給付、以前住んでいた事のある**区で生活保護申請。今日は私の信頼している地元の区議会議員も同行してくれた。
◎**区で応対してくれた女性相談員の対応は神対応レベルの優しい対応、Aさんの複雑な事情や喋りたくない過去など、申請に必要な事項を問題解決の提案をおこないながら丁寧に聞いていく。生活保護決定までの間の宿泊先は、個室の施設が空いていない事から速攻で都内のビジネスホテルを予約、1日当たり2400円の仮払い金も支給された。よくある「次はあつちで手続きして」と振り回す事は一度もなく、相談室1か所で、担当する相談員が次々と来てくれて対応してくれた。アパート探しも責任を持っておこなってくれる。この神対応の陰には地元女性区議会議員さんの事前の働きかけがあった事も大きいと思う。
●インフェルノ(地獄のような場所)と化した千葉県**市の究極の生活保護水際作戦!
◎同じ時間に千葉県**市の福祉事務所はインフェルノ状態の水際作戦で同行していた議員さんの怒りで炎上していた。インフェルノの現場から神対応の現場にいた私の電話が鳴り続けた。厚労省事務連絡では「適切な保護の実施」「速やかな保護決定」となっているが、千葉県**市は人でなしの対応に終始、結果的に生活保護申請を受理しなかった。
◎相談者のBさんも、東船橋の相談会で出会った。千葉県の**で路上生活を3年以上続けていた。コロナの影響で、路上で支援してくれたつながりも途絶え、所持金も数十円となり相談会に来てくれた。60代も半ばになり、嫌だった生活保護を利用しようと決心してくれた。話していて特有のプライドと格好良さに溢れる人だった。そのBさんに**市が生保申請受理の条件としてきたのは、貧困ビジネスで有名な無料低額宿泊所に入所しないと、生活保護申請は受理しないと門前払いを続けた事だ。Bさんは路上生活の仲間からこの無低で散々、辛い経験をして逃げだした事例を多く聞いていた。生活保護費から差し引かれて月3万円しか手元に来ない。この無低がいやで逃げ出しても、追いかけてきて連れ戻される。やっと生活保護利用を決心したのに、この貧困ビジネスの無低に収容されるなら路上に戻りたいと言う。生活保護手帳には、そのようなルールは無い。生活保護手帳には、そのようなルールは無く、あくまでローカルルールでしかない。今日の神対応の**区は個室の無低がないと解ると即時にビジネスホテルを予約してくれた。事情がある場合はビジネスホテルを当面の宿泊先として利用させる事を厚労省が通知を出しているはずだ。その事を出張しても門前払いが続き17時を迎えた。とりあえず、次の生保申請日まで、たすけあい基金からビジネスホテルの宿泊費と生活費を追加給付し、丁寧な対応をしてくれる自治体での生保申請をおこなう準備をすすめる方針だ。
電話でこの状況を信頼する生活保護申請の大先輩に報告したら「、悪い運用をする自治体が楽になり、正しく運用をする自治体に申請が集中し、疲弊する。このような自治体の対応を改善させる事も重要だよ」とアドバイス。その通りだと思うが、Bさんの心情を考えると生保が受理されても今後が心配だ。再び路上に戻る可能性も否定できない。
●自宅に戻ったら、神奈川県の県央部からSOSメールが来ていた。所持金は200円、数日の間、食事もしていない。メールでやり取りして22時に本人との合意、警察の職務質問が増え、野宿する場所も限定されているので今晩は静かな公園で寝るという。明日の10時に待ち合わせする。朝ごはんと緊急宿泊と生活支援をおこない今後を相談する。その後に東京都庁に戻り緊急申し入れと記者会見がある。あちこちで辛過ぎる人々が増えている。
「生き抜こう」これしか言えない。


●2020/5/6・仕事がない所持金がない人、5/9路上相談会へ

【区市経由でビジネスホテルに入所している方に5月14日までに宿泊延長されていることが伝えられていない可能性】

結局、渋谷からSOSをくれた方からのメールは途絶えた。今晩はどこで寝ているのだろうか。ご飯は食べたのだろうか。あきらめないでまた連絡してほしい。

●待っている間に届いた20代の青年からの相談メールの緊急対応に費やす。以下の内容だった。
「ネットカフェ難民になり、ネカフェ閉鎖から**区事務所経由で、ビジネスホテルに入所したが、宿泊期限も7日までで明日から居場所がないです。残金も五千円、仕事もありません。路上生活を回避出来る方法がもしありましたら教えて欲しいです」
●私はこのように返信しました。「第一に緊急でお願いしたい事があります。緊急事態宣言延長に伴い、現在は5月14日まで宿泊延長されているはずと認識していますが、**さん本人に伝えられていなかったのではなかったかと推察されます。至急、ホテルのフロントに確認し、返信ください。宿泊延長となっているはずです。差しつかえなければ、相談した自治体の市及び区も教えてください。」
●彼からの返信は「手紙も来ていなかったので知らなかったのでら分からかったです。フロントに聞いたら、「指示が明日来るらしいがとりあえず延長します」とのことでルームキー14日までに延長してもらえました」
●とりあえずほっとしましたが、東京都から4月28日付で、5月14日までホテルを使えると事務連絡されています。担当した区・市は、責任を持ってご本人とホテルに連絡ぐらいして欲しい。知らずに再び路上生活を強いられる方々が多数でてしまうのです。明日朝が本当に心配です。
●最後に彼に伝えました。
「連休後にも仕事がない。所持金も殆どないとの声を多く聞いた事から、5月9日に緊急路上相談会を開催する事としています。その場に私も参加しています。その場には、法律家や様々な専門家も参加し、**さんのいくつか抱えている相談に対応できると思います。ぜひ参加ください。もしその前に緊急にお会いする必要があれば遠慮なく連絡ください。」


●2020/5/3・ホテルにつなぐ「これからはひとりじゃないよ」

●報告1
朝起きたら昨日から日課となった「新型コロナ緊急対応フォーム」に寄せられたSOSを確認しメール返信、いのちが危ぶまれる相談者に、今日中にお会いしたいと返信してから千葉に車を走らせる。昨日にメールでSOSを頂いた男性に会いにいく。
●報告2
東船橋駅近くのふなばしネット事務所で開催される「コロナ困りごと相談会」に合流した。急遽結成された「反貧困ささえあい千葉」の主催だ。伊藤県議、大野博美さん、阪上武さんらが中心にフードバンクちばや生活クラブやパルシステム千葉、生活困窮者の支援活動に携わるメンバーらで構成している。
◎昨日に成田空港に寝泊まりしている男性AさんからSOSがあり、「東船橋に私が参加するので来てくれませんか」と返信したら約束の時間どおりに来てくれ ました。Aさんはネットカフェなどに泊まりながら、短期派遣を繰り返しながら、成田空港近くのビジネスホテルの清掃業務で食べてきたがコロナの影響で派遣 契約が打ち切られ、所持金も底をついたとう。連休明けの5月7日に東京区部で支援が手厚い**区の福祉事務所に区議会議員同行のもと生活保護申請同行、同 時に4泊分の宿泊費と生活費を「反貧困緊急たすけあい基金」から給付し、今晩は久し振りにビジネスホテルで熟睡されている事でしょう。
◎阪上さんの報告によれば今日は6名の方の生活相談に対応、うち4名が所持金がほとんどなく、明日住む家がない深刻な状態でした。事情を聴きながら、3名の方に連休明けまでの宿泊支援と連休後の生活保護申請の手はずをとり、当面の食料を渡す作業を行いました。
◎路上生活をされているBさん、Cさんとの会話が弾んだ。二人とも表現は難しいが「俺は野宿しながら何年も生きてきた。そんな心配する事はない。」と言い 切る。Cさんは給付金を受け取らなかった。でもCさんは言った。「こういう場をつくつてくれて、みんなと話できる事が楽しいんだ。」Bさん、Cさんは連休 明けに生活保護申請することになった。でも生活保護利用で終わってはいけない。「こういう場がある事」がとても大切なのだと
●報告3
東船橋駅から高速道路を飛ばして、雨宮処凛さんが待つ新宿駅西口前に向かう。デートの待ち合わせではない。今日の朝に「新型コロナ緊急対応フォーム」に SOSをくれた女性Dさんと16時に連絡がとれて、急遽18時に待ち合わせができる事になった。雨宮さんは今日も浦和で開催された電話相談会に相談員とし て参加した足でそのまま駆けつけてくれた。「相談者が女性だったら女性が対応した方がいいから」Dさんも数年間、ネットカフェに泊まりながら仕事を続けて いたが、コロナの影響で仕事の再開の目途が立たず、所持金が尽きた。10年以上前に某区役所で生活保護申請したが、執拗な扶養照会で親との関係を壊された。福祉事務所が恐い。涙を流しながら話してくれた。「対人恐怖でひとが怖い」でもDさんは話してくれた。連休明けに支援団体最強チームの**区で生活保 護申請同行し、その後の居宅支援もおこなう。4泊分の宿泊費と生活費を「反貧困緊急たすけあい基金」から給付し、今晩は久し振りにビジネスホテルで熟睡されている事でしょう。「これからはひとりじゃないよ」
●報告4
自宅に帰宅してメールチェックしたら、「反貧困緊急たすけあい基金」の給付申請が大量に来ていた。特に増えているのは「移住者と連帯するネットワーク(移 住連)」からのSOS!コロナ感染染拡大により多くの外国人が生活に困窮し、その日の食事にも事欠く状態になったり、居住する住居を失うなどという相談が 増えている。帰国予定であったが、航空機の運休等により帰国できず、生活基盤自体が失われた状態のまま途方に暮れている外国人も多くいる。在留資格なし (仮放免)の方など、ネットカフェから追われた方々と違い、家族で貧困に陥る。10万円給付は対象になるだろうか?埼玉の「電話相談会」で緊急対応をおこなう案件も生じた。深刻な事態となっている。


●2020/5/1・10万円給付の前に多くの人が力尽きてしまう

午前は職場であるパルシステムで専務にこの間の状況報告をおこなう。パルシステムの職員は毎週、もやいの新宿都庁前での路上相談会に食料支援含め参加している。
●午後からは横浜に向かう。寿炊き出しの会と寿医療班主催の「雑炊炊出しと生活医療相談会」に参加してきました。厚労省通知に関わらず多くの自治体で生活保護申請の窓口が閉まります。明日からの5連休を控えた今日の路上相談会は首都圏で寿くらいです。コロナ感染リスクの心配から派遣村のような大規模な取り組みができていない。寿の支援者からも検討すべきだとの声!これでいいのだろうかと自問自答する日々、
●寿の雑炊炊き出しを待つ列は普段と変わない。医療班の森さんが担当する生活相談に立ち寄る人は少ない。生活保護費の支給日が昨日だった事が影響しているようだ。だからおじさんたちの表情は明るい。だから街も明るい。一方でコロナ感染影響で仕事を失い住まいを喪失した中心世代である20代~40代の参加者は5、6人いただろうか、でも炊き出しが終了する前に寿公園から消えていた。もっとこちらから声をかけても良かったかなと思う。
●終了後の総括会議に参加させて頂いた。「新型コロナ災害緊急アクション」の活動を紹介した。住まいを喪失した人々が、広域からSOSを出してくるが、神奈川県では、緊急対応や生保申請同行のネットワークが進んでいないので協力を要請した。寿炊き出しの会の報告集によると寿日労以外でも、戸塚・相模原・藤沢・小田原・鎌倉/江の島・横須賀・平塚で夜パトが取り組まれている。
●自宅に戻ったと同時に4月28日に川崎駅近くで対応した23歳の青年からのメール、昨日に生保申請同行するはずがネット障害で待ち合わせ日時が伝わらず、会う事ができず、明日からの6連休を控えてやっとネットが繋がった。明日の昼に川崎駅近くで会う。連休明けの生保申請までの緊急宿泊と生活支援が必要だ。
●昼12時に「新型コロナ緊急対応フォーム」を緊急アクションのHPに開設、早速2件のSOSが来て対応を開始しています。第一号は関西からの問い合わせ、関西の支援団体を紹介、もう一人は明日に会いに行く。千葉県の方だ。2件とも大型連休を控えて所持金も尽きて路頭に迷う。10万円給付の前に多くの人が力尽きてしまう。


●2020/4/29・TVスタッフ派遣切り「20代青年」からSOS

●今日も昨日に続いて府中緊急派遣村などが主催した「コロナ困りごと相談会」に参加してきました。最後の総括会議によると昨日は17件、今日は34件の相談で2件が生活保護に繋がったとの事です。松野さんの報告に含まれていない生活保護繋がり案件に含まれていませんが、15時にフリーダイヤルに掛かってきた20代の青年からのSOSは、私自身が電話対応、夜に新宿区内でお会いし、緊急小口生活費支援をおこない、明日に地元の前市議さんに同行して頂き、生活保護申請に向かう。
●府中緊急派遣村の「コロナ困りごと相談会」は、府中市の後援を受けて地域の多様な団体や個人が参画している。代表の松野さんによると、府中緊急派遣村をはじめた直接のきっかけは、2008年日比谷公園にて「年越し派遣村」の活動を遠くから見ていて、「この派遣村は現代の縮図だ」「この活動は地域で日常化することが大事なのではないか」と考え、2009年の設立以降「派遣村を地域で日常化する」活動を続けている。公園相談会なのにフリーダイヤル、メール相談が同時並行でおこなわれ、感染予防や医療対応などきめ細やかな運営のレベルの高さは圧巻です。
◎子どもを連れたシングルマザーが何人も参加していました。子育て支援団体との連携も進んでいます。コロナの影響で収入が減少したあげくに子どもとのステイホームで精神的に追い込まれていたようです。今日の府中公園での優しき人々との「優しい時間」でとても楽になられたようです。やっぱりどんな状況下でも「繋がれる居場所」が必要なんです。
◎反貧困ネットワーク緊急たすけあい基金を通じた緊急生活支援金は計4名の方に給付させて頂きました。うち2名は長期間に渡り、野宿生活を続けていらっしゃった方です。基金に寄せられた善意を、辛い日々を送ってきた方々に直接手渡す。おいしいご飯食べてほしい。
●府中からSOSをくれた青年が待っている歌舞伎町のビジネスホテルに向かった。20代後半の青年だった。所持金は2,000円、彼は昨年末までテレビ番組の制作会社のスタッフだったが、局から委託契約を打ち切られて、会社からも雇用契約を切られた。以降はネットカフェを泊まり歩きながら日雇い派遣で食いつないできたという。コロナの影響で日雇い派遣の仕事がなくなりネットカフェ営業休止で更に追い込まれた。東京チャレンジネットの窓口に自ら向かい、ビジネスホテルの提供を受けた。連休明けに派遣就労の見込みがある事が前提だった。しかし今日になっても就労の展望は開けない。派遣会社を10社以上申し込んでも駄目だった。ビジネスホテルの利用期限が迫っている。所持金も底を尽き始めている。私からは「生活保護は権利、明日にでも生保申請をおこなって安心できる住まいと生活扶助費で生活の展望をつくりだそう」。明日に住民票のある自治体で生活保護申請を私の親しい地元の前市議が同行しておこなう。稲葉剛さんとも話した。これからビジネスホテルの退去期限が来たら、多くの住宅喪失者が生まれる。この事実を行政は早急に把握して対策を講じてほしい。


●2020/4/28・府中の「コロナ困りごと相談会」

●4/28午前は府中公園で開催されている「府中緊急派遣村」など主催の「コロナ困りごと相談会」に参加しました。ユナイテッド闘争団の吉良紀子さんから昨晩連絡をうけました。「涙が出ます。心細い思いをしている人が世界中で沢山溢れています。衣食住を無くしたツラい状況の方のために何か自分にできることはないかと考えています。」組合差別により解雇されて辛い状況下で闘っている吉良さんだから解る痛み「府中派遣村で会いませんか」と私、会場でたくさんの出会いがあり繋がった。コロナ感染が終息したら裁判応援にいくよ。
●反貧困「緊急ささえあい基金」が朝日新聞に大きく紹介されて以降、全国の優しき人々からの寄付金が一千万円を超えています。困りごと相談会で、所持金も殆どない。住まいを喪失した方の緊急宿泊や生活支援費に「優しき人々の善意」を使ってほしい。そんな意味で寄付金を当事者のために使って頂く為に、駆けつけました。反貧困運動の大先輩の「府中緊急派遣村」共同代表の松野哲二さんの自治体を動かす力と地域をネットワークする力に圧倒されます。今日だけで17名の方が相談に来られました。最初に相談に来られた、両親と高校生の息子とともに暮らしているという40歳の女性は「感染拡大で勤務先の飲食店から雇い止めをされ収入がなくなった」との事、多摩川河川敷で野宿されている方の10万円給付をうける方法についても検討しています。住民票移動の事、口座がない場合は受け取れるかなど、厚労省の対応を求めていきたい。明日(4/29)も午前11:00から午後3:00まで、府中公園で開催されています。夜のNHKニュースで紹介されて以降、問い合わせが止まらないようです。明日の相談会は忙しくなります。
●午後は、参議院議員会館に移動して、医師の立場からホームレス支援など現場の最前線で関わり続ける、医師の谷川智行さんの仲介で、共産党の山添拓参議院議員、里吉都議、近藤新宿区議から、聴き取りを受けました。私からは「新型コロナ災害緊急アクション」が取り組む生活保護申請同行の自治体議員ネットワークに共産党の自治体議員も個人の立場で参加してほしいという要望をさせて頂いています。自治体によっては水際やたらい回し、劣悪な環境の無料低額宿泊所に住まわせる事例が頻発しています。生保申請同行ネットワークが必要なのです。
●夕方はJR川崎駅に移動し、つくろい東京ファンドへSOSを頂いた方の緊急対応、メールでは年齢が解らなかったのですが、何と23歳の男性でした。東北から上京し、昨春に新卒入社した企業がとっても酷いレベルのブラック企業で耐え切れずに年末に退社するが、社員寮からも追い出され、物流倉庫で日雇い派遣として働き、夜はネットカフェに転々として暮らしてきた。コロナ感染影響で仕事がなくなり、所持金は600円の状態で路上生活するしかない。連休明けに日雇い派遣の仕事がありそうだといいますが、私からは「たとえ日雇い派遣の仕事があっても住まいがない状態は変わらないのだから、生活保護を利用して安心できる住まいを確保し、ちゃんと食べて、ゆっくり仕事を探す」提案をおこない、明後日に神奈川の支援団体の同行で生保申請同行をおこなう事となりました。最後に言いました。「まだ、やり直せるからね。これからはひとりで悩まないこと。これからは一緒に考えていこう。」(2002年4月28日・瀬戸大作「反貧困ネットワーク」事務局長のFBより)